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欲望の渦、帝国

 クロが大きいので小さい扉の方からは入れずに大きな門の方を開いて貰った。

 兵士たちは必死に開門用の回転部にレバーを取り付けてグルグルと五人がかりで回してくれる。

 これだけの重量物なので僅かに隙間を開けるのにも時間が掛かる。俺とクロが通れるくらいの広さが取れるまで三分ほど掛かった。


「あー、その、スイマセンね。これ、少ないですけど皆さんに。」


 ゼイハアと息を切らしている全員に銀貨を一枚ずつ渡して労う。


「あ、王国銀貨・・・ありがてぇや。今ちょっと懐が寒くてヤバかったからなぁ。」

「やったぜ!これでもう一勝負だ!」

「コレは取っておくか・・・生活費カツカツなんだよなあ。」

「さっきの負けはコレで補填できそうだ。ふぅ、良かった良かった。」


 俺の事を怪しい奴呼ばわりした兵士だけは苦い顔だ。しかし親切にも教えてくれた。


「換金所は入ってすぐ左の建物だ。冒険者証の中身も帝国貨幣換算で出してくれる。精々金をここで落としていってくれ。」


「ああ、有難う教えてくれて。それじゃ。」


 俺は帝国内へと踏み込んだ。その後ろからクロも付いて来る。そして完全に入り切った所で少しづつ門が閉まり始めた。


「ここは、何処だ?」


 しょっぱなからそんな言葉が俺の口から洩れる。もちろんここは帝国で、それを分かっていての言葉であるのだが。


「サイバーで不夜城でネオンピカピカで金と暴力と男と女と酒と博打と・・・それと、この雰囲気はどうにかならないの?」


 俺が言いたいのは「ここはファンタジーじゃないのか?」と言う事だ。俺はラスベガスに何て行った事は無いのでもし目の前にしたら「こんな感じなのかな?」などと言った感想が浮かんで来たりしたが。


 しかしここは何かの映画で見た様な近未来を彷彿とさせるデザインの建物が所狭しとみっちり、密度高く詰め込まれている感じだ。

 そしてそこかしこで客引きが行われている。今俺の目の前に見える景色は、女を買う場所、賭博場、酒場が主なメインと言った感じの景色だ。

 何処の店も客がひっきりなしに出入りしている。娼館では「キャハハ、ウフフ」とピンクな女性の男を誘う笑い声。

 しかしその隣では「勝った」「負けた」を酒の肴に飲んでいる酔っ払いたちが酒場で大声を上げている。

 そのまた隣では賭博場だろう。キンキンジャラジャラと金属貨幣がぶつかり合う音と共に歓声が沸き起こっている。


 そんな建物が通りの奥の、そのまた奥の奥まで続いているのだ。酒と女と博打、三拍子そろったここはロクデナシの世界。


「コレが、帝国かぁ・・・」


 俺の横ではクロがすました顔で首を傾げて俺を見ていた。恐らくは俺の今の状態を「どうしたの?」とでも心配してくれているのだ。


「で、俺たちの方には全く人が寄って来ないのはクロのおかげだな。」


 遠巻きにして俺たちを見る者たちが集まって野次馬状態。円を作る様に囲いができ始めた。


「さて、取り敢えずは換金所に行ってこの帝国のお金を得ないと始まらない、んだが。」


 教えて貰った「左の建物」がどれなのか分からない。なので何となく左の方に歩き始めると野次馬の中から「きゃあああああ」と悲鳴が。


 どうやらクロが俺の動きに合わせて動いたモノだから女性が驚いたようだった。

 もちろんこの帝国には普通に働く女性も存在する。娼館所属だけの女性だけでは無い。

 その悲鳴を上げたのはどうにも「洗濯」を生業としている女性だったようで洗濯籠を地面にボトリと落としていた。

 幸いにも中の洗い物は籠から落ちずに汚れる事は無かったが、驚かせてしまった事に俺は謝罪を伝える。


「ああ、驚かせてスイマセン。安心してください。こいつは俺の従魔なので。暴れたりはしませんから。」


 俺はそこで証明書を出して見せる。そして一緒に冒険者証も。コレを見てもまだその女性は怯えてしまい動けずにいる。

 そこに俺が落ちた籠を拾って手渡してやっと気持ちを落ち着き始めた。

 クロには待機して貰って女性に俺だけ近づいたがどうやらソレが良かったらしい。


「換金所ってどれだか分かります?・・・あ、アレですか。有難うございます。ほら、クロ。行くぞ。」


 俺は礼の言葉と共に丁寧に頭をその女性に下げてその場を後にした。女性は建物を指したままで固まっている。

 教えて貰った換金所は確かに門の左、直ぐ目の前だった。しかし何も看板などが無かった、と言うか、こちら側からは看板の裏しか見えておらずに分からなかったようだった。


「ごめんくださーい。あ、クロは外で待機ね。と言うか、中にはこの大きさじゃ入れないけどね。」


 俺は建物の中へと入り誰も居ないカウンターへと大きな声で従業員を呼ぶ。しかし誰も来ない。


「呼び鈴も無いし、誰かしらが頻繁に利用している風にも見えない。ホコリが角に溜まってる。」


「誰じゃい誰じゃい!ったく!何処のどいつだ!ワシを呼び出すのは!」


 そんな俺の観察の言葉に時間差で奥の扉から頑固そうな顔した爺さんが姿を現した。


「運良く大穴当てて大金を稼いだから気が変わって換金して故郷にでも帰るつもりになったのかぁ?」


 どうやらこの換金所に来るのはそう言った者が多いようだ。しかしこのホコリの溜まり用だと頻繁に、とはいかない模様である。


「あの、王国のをコッチの店で帝国貨幣に変えてくれる換金所だと聞いたんですけど、あってますよね?」


「ああ!?なんじゃい!お前は!帝国のを別に変えるんじゃ無いんかい。久しぶりだな、そんなバカはよ。で、幾らだ?」


「客にそんな態度と言葉遣いで良く今までやって来れましたね?と言うか、バカバカ言われて何か嫌な気分になって来るんですけど?門番の兵士にも馬鹿呼ばわりされてるんですけどね?どう言う意味なんですか?」


「ああ?そこから説明せにゃならんのか?ここを何処だと思って来とるんじゃ?帝国だぞ?帝国!この国の有様を見たじゃろう?コレを馬鹿と言わずに何を馬鹿と言うんじゃ?その門番も馬鹿の一人と言う訳じゃろうが。お前だけじゃねえ。皆この国の中に居る奴は洩れなく馬鹿ばかりなのさ。」


「おじいさんも、って事で?」


「そうじゃわい。ワシも馬鹿じゃ。しかしな、この国から出て行こうとしている奴は馬鹿から抜け出る者じゃい。賭けに狂って身を滅ぼした者を幾らでも知っておるわ。だから、この国に来る者は馬鹿じゃと言ったんじゃい。」


「そんな場所で自分は抜け出る事も無くここで仕事を続ける理由は?」


 俺と爺さんの会話はここで途切れた。


「おい、そんな無駄話をしに来たわけじゃあるまい!王国の金は換金率が低いぞ?それでも良いのか?普通は帝国で稼いだ金を王国のに変えて更に大金にして故郷に帰るもんだ。逆はかなり低額になっちまう。それで構わねえのか?手数料も取るぞ?馬鹿を言うもんじゃないぞ?そのまま王国に返ってその金で慎ましく暮らした方が幸せってもんだ。」


「忠告有難うございます。でも、俺はここに観光に来たので。それじゃあコレを全てと、冒険者証の中の金額を全部変えてください。」


「・・・お前さんはこの帝国で一発当てに来たのか?と言うか、お前さん観光だと?おいおいおい・・・観光するだけの癖に何でそこまでする必要がある?まあ良いがな。お前さんが只の馬鹿でない事を祈るばかりじゃ。・・・おい!なんじゃいこの高額は!コレを全部帝国のに変えるじゃと!?正気かお前は!?」


 驚かれた。俺は今カードの中に幾らの額が入っているのかの正確な所を把握していない。この爺さんが驚くくらいだからきっと凄い額なんだろうなとは分かるが。

 北の町で相当に使ったはずだから相当に減っていると思うのだが、それでも何だカンだとまだまだお金は残っている模様だ。


「・・・お前は一体何者じゃい。まあ良いわい。ワシは言われた通りにするだけじゃ。ったく。こんな驚きはここをやり始めて初めてじゃ。」


 俺は手続きをし終わった爺さんから現金とカードを受け取る。帝国の金属貨幣に刻印されている模様はどうやら竜の横顔で、金銀銅と揃っている。どれも五百円硬貨程の大きさだ。

 それを考えるとこの帝国の彫金技術?鋳型技術?は優れていると見て良いのかもしれない。何せ結構精巧に竜の、「ドラゴン」の顔であるからだ。


(ドラゴンがコレを見たらちょっとだけはしゃぐんじゃないかな?アイツ突然子供っぽい所を出すから)


 帝国貨幣の価値は後で分かるとして俺は換金所を出た。とは言え、王国と帝国でどれだけの換金率なのかを詳しく聞いていないので価値だのなんだのに意味は無い。

 またここで新たに俺は始める、そんな軽い気持ちでこれから帝国に留まる間の宿を探すつもりだ。


「よし、行こうかクロ。待たせちゃったか?と言うか・・・どうやら注目の的だったみたいだな?」


 野次馬が遠巻きにまだ居た。完全にクロを珍しいモノとしてその目は見ているが、その中には恐怖も若干混じっている。

 取り敢えずは怖いもの見たさ、と言った感じだろうか?クロの事を酒の肴に、或いは褥の寝物語として今日は語る者が多く居る事だろう。

 なんて事を思っている場合じゃ無い。俺はクロが通れそうな幅の道を選んで当てどなく彷徨う。

 見つけたいのはクロと一緒に泊まれる宿。とは言え、そう言った宿ともなればきっと最高級宿と言った感じになるはずだから宿泊費が心配だ。

 それだけで金を減らし続ける訳にはいかない。俺は帝国がどの様な国かは概要を知ったが、まだどう言った稼ぎがあるのかは調べれていない。

 帝国に留まり続けるにはちゃんとそう言った所も知っておかねば隅々まで楽しむ事はできないだろう。


「とは言え、そんな都合の良い宿なんて無いだろうしな簡単には。それに俺ってワープゲートも使えるし?いざとなったらそれに頼っちゃうだろうな。」


 俺は別に金の心配も、それこそ宿泊場所にも実際には困っていないのだ。魔法で簡単にそこら辺の問題は全て解決できてしまう。

 だが、やはり新しい場所で何かをする時にはその場所でなんとかしたいとも思う。なので俺は首をあちらに、こちらにと、それこそ田舎者丸出しと言った感じで歩き続ける。


 こんな風に歩いていれば誰かしら「チンピラ」が俺にイチャモンを付けてきて「鴨」と狙ってきそうなものだが、あいにくとクロの存在がソレを阻んでいる。

 人相の悪い者たちはひっきりなしに視界に入るのだが、そいつらは俺とクロを交互に見やって諦めたようにすごすごと細い路地に入ってしまう。


 しかしここで一人の勇者が現れた。どうにも胡散臭い顔をした「ネズミ」と言って良い様な?ゲゲゲの●太郎に出て来る鼠男の様な風体の者だ。


「よ!旦那!何をお探しで?あっしはしがない案内屋で御座いまして!どの様な要望も叶えてご覧に見せますよ?お代は一切要りません。こうして旦那と知り合っただけであっしは儲けものでさぁ。」


 上手い事を言っている様だが、見た目の胡散臭さが倍増するだけだ。この男は自分の姿を鏡で見た事があるのだろうか?

 とは言え、俺は今魔力ソナーでこの男の「精神」を調べてはいない。今の俺は魔力ソナーを相手に纏わせるだけでその心理状態、精神状態を一瞬で見抜く事ができるようになっている。まあいわゆる「バケモノ」とか「エスパー」とか言った風に言われてもおかしくないレベルで魔法が扱える。


(うーん、もう俺は人の範疇を超えてしまっているのではないだろうか?と、そんな事よりも今は帝国を楽しもう)


「どんな場所でも良いのかい?ならこいつが一緒に泊まれる宿で、お安い所って無いかな?ああ、食事は出ないででも良い。素泊まりで出来る場所は?」


「・・・難しい質問でさぁ、旦那。そこの、旦那の従魔で宜しいので?そうなると高級宿、しかも最上級になりまさぁ。この国には従魔を戦わせてどちらが勝つかを賭ける場所があるんですがね?ソコにご案内した方が良さそうですなぁ。」


「おっと?こいつを戦わせる?へえ?そんな場所があったんだなぁ。それは従魔だけが戦う闘技場って事?」


 道のド真ん中で俺たちは会話を続けるが、誰もコレに注意はしない。何せここは人通りの少ない場所であった。避けて通ろうとすれば充分にできる道幅もある。

 と言うか、クロのせいで人が寄り付いていないと言うか、ビビッて建物の中から出てこないと言うか。


 そんな中に俺たちに声を掛けて来たこの男はやはり勇気があるんだろう。と言うか、脚は結構ガクブルで怖がっているのが魔力ソナーで調べなくても一目で分かるが。


「いえいえ、一緒に従魔師も一緒に戦うんでさ。と言うか、行ってみませんか一度そこに。観戦をした方が一発でどんな場所かが分かりまさぁ。」


「なるほど。確かに一見は百聞に勝る、って事だな。行こう。案内してくれるか?はい、じゃあコレ、代金ね。」


 俺は帝国金貨を一枚この男に渡す。コレに男は「き、金貨・・・」と絶句だった。

 素直に俺が案内をしてくれと頼んだのもそうだが、その代金をポンと金貨で支払うとは思っても見なかったようだ。


「し!しっかりと案内させて貰います!どうぞ!こちらへ!」


 シャキン!と言った感じで曲がった背を伸ばしてキリキリ歩き出した案内男。

 しかしここで俺に見えない様にと一瞬だけその顔を下に向けて「コリャ大物だぁ・・・」と聞こえない様に小声で口にしていたのは聞こえている。そしてその時に非常に悪い顔になっていた事も。


(こいつは小悪党か、或いは大悪党か。その時になってみればわかるかね?)


 この男の本質が悪人だと言うのが理解できてしまった。俺の耳と目を侮られては困る。

 こうして俺たちは一先ず「従魔闘技場」と言うこの帝国でもかなり上位に入る人気の「賭博場」へと向かった。


 まあこう言った事に賭け事は欠かせない、と言えるだろう。別にその事に何ら俺は侮蔑をしない。

 古代ローマでもコロッセオで戦士を戦わせて娯楽とし、賭けも行われていたと言うらしいから。

 それにそもそもこの帝国に入った時にこの国の「特色」は直ぐ理解している。だから別にこれ以上何も特別な感想は無い。


(ああ、ポケモ●かなぁ?あれはもの凄くシリーズが出て人気作品だったな。新作が出れば毎度の事で話題になっていた)


 会社勤めの頃の後輩が嵌っていたゲームの事を思い出す。そしてスマートフォンでもゲームとなっているのも思い出した。

 とは言え、この世界はゲームじゃない。ゲームと言う遊び、データの中では簡略した「育成」で片付いているが、こちらは現実である。

 生き物の世話がそこには何処までも付いて回り、そしてそれにはお金が掛かるものなのだ。甘い気持ちで従魔などと言ったモノに手を出せるか?と言われたらこちらの世界では相当に無理が出てしまうだろう。

 餌代に飼育場所、それと糞尿の処理などを考えるととてもじゃ無いが世話をするのに相当な負担となるはず。

 気軽に小動物をペットとして飼う感覚、状況とは訳が違うだろう。それこそ従魔同士を戦わせると言っていたのだ向かっている先の娯楽施設は。

 ならばそんな強力な「戦闘」を出来る従魔ともなれば、きっとその世話は非常に難しいモノとなろう。


(もしかすると専属の世話師とか、或いは食事管理者やら掃除夫なんてのを雇っているのでは?あ、そうなると余計な面倒が付いて回って来るぞ?)


 考えてみれば魔物を従える者だけじゃ無く、それ専門の仕事を熟す者たちがセットで従魔と言うのは初めて成立するのでは無いかとここで俺は気付く。

 だからこの案内人はこの従魔闘技場を選んだと言う訳だ。納得がいった。しかしこの案内人が俺に対してよからぬ事を考えてここに案内していると言うのも確信しているが。


(さてさて、どんな事を企んでいる事やら。普通に俺をこの闘技場で戦わせるつもりで案内した、って訳でも無いだろうからな)


 この案内人がどの様な事を俺へと仕掛けてくるつもりなのか、少々楽しみになって来た。そんな時にどうやら目的地が見えて来た。

 そこは非常に大きな建造物。正しく俺の知るコロッセオであった。しかしその大きさは俺の知る物の「2倍」か、或いは「2.5倍」と言った驚くくらいのデカさである。

 こんな物が帝国内部に存在しているのだからこの国の面積は想像以上の広さを持つと分かる。

 俺はこの帝国にまだ魔力ソナーを広げていない。この帝国の大きさを性格には把握はしていない。

 そんな事をせっかく観光に来た国でやってしまうと楽しみが無くなるというモノだ。こう言うのは徐々に知っていく方が楽しみも長続きする。


(王国が心配をしていないのはこの帝国がこんなだから、なんだろうなあ)


「旦那、着きましたぜ。ではこちらに来てくれますかい?コッチの通路でさぁ。」


 どうにも俺は正規の入場口からでは無くて関係者入り口からである様だ。しかしこの案内人はどうにも警備の者に止められずに中へと入って行く。

 俺もその後に付いて行くが声を掛けられたり、止められる様な事は無かった。

 まあその警備員はクロを見て多少はビビッてはいたが。流石にこの従魔闘技場で魔物は見慣れているからなのだろうか?とふと思う。


「では、こちらのお部屋で暫くの間待っていて貰えますかい?上の方に話を付けに行って参りまさぁ。」


 俺とクロはかなりの広さを持った部屋へと入れられる。案内人はそう言って部屋を出て行ってしまった。ここは装飾品や椅子、テーブルなどは無く、至って何も無い部屋だ。

 恐らくはこの闘技場での出場者専用の待合室と言った感じなのだろう。クロがリラックスして寝そべってもまだまだ広さが残っている。どんな大きさの従魔も此処に入れるようにとした結果なのだろう。


(さて、どう出て来るかね?素直に話が進めばソレはソレ。しかし妙な事になれば・・・)


 俺はここで一応は警戒心を上げておいた。何が来ても対応できる様にする為に。それこそ過剰と言われるくらいにである。

 しかし一向にその「上の方」とやらが来る気配は無い。案内人が戻って来る気配も無い。

 騙された訳では無いんだろう。放置されている訳でも無さそうだ。どうやら俺たちに気を配ってかこの部屋に菓子と茶を持ってここの従業員らしき女性が入って来たからだ。


 その女性もクロを見て持って来た茶と菓子を一瞬落としそうになる位には驚愕したのだが、流石ここで働いている従業員なのだろう。

 グッとソレを堪えて俺へと対応してくる。


「立ったままで申し訳ありませんが、お茶をどうぞ。私は貴方様の話し相手となるようにと仰せつかったメールンと申します。まだまだこちらへの到着は遅れると言う事でございますので、あちらの準備ができるまでは私がそれまでのお世話をさせて頂きます。どうか宜しくお願いします。」


「はい、どうもご丁寧にありがとうございます。」


(まあ彼女は俺の監視役だろうけどね、逃げ出さない様にと)


 メールンが頭を下げてこちらから視線を外して挨拶をしているその短い瞬間に俺はテーブルと椅子をインベントリから取り出している。

 コレに目を見開いて驚くメールン。まあ今の瞬間までこの場に存在しなかったモノがいきなり目の前にいつの間にか現れたら驚くのは当たり前だ。

 俺は只単にこのまま突っ立って居続けるのがかったるかったから出したのであり、それ以上の意味は無いのだが。


 しかしコレに即座に動揺を抑え込んでテーブルへと茶と菓子を置いたメールンは相当に「訓練」を積んでいると見受けられる。

 何となくに俺が彼女にイメージした監視役と言うのがこれで増々信憑性が上がった。

 一応は魔力ソナーをまだ使用はしていない。せっかくここに来たのだから少しの間ゆっくりとしようと思うのだ。

 世話役だと言う事でメールンが居るのだからこの従魔闘技場の事を聞いても良いだろう。

 そうしてルールなどを聞いてみたのだが、どうやら単純な物である様だ。


 従魔師と最大で三体までの従魔が参加可能。相手を戦闘不能に持ち込んだ方が勝ち。ただし従魔師を殺す事は厳禁なんだそうだ。

 従魔は闘技台の上から押し出されても再び復帰は可能だが、従魔師が落ちるとそこで即座に負け決定。

 勝者には莫大な賞金が贈られる。敗者には特に無し。


 だがどうにもこの「従魔師」にはスポンサーが付いていて負ければそのスポンサーからかなりのお説教を食らう事になるだろうと言う事である。


「戦闘不能、って事は、従魔は勢い余って殺してしまっても良いと言う事?」


「はい、そもそもがここは殺し合いの場です。私としては本当はそんな風にして従魔を死亡させる様な規則は止めさせたいんですけどね。私の様な只の従業員で何ら力の無い小娘には無理な話なんですけど。」


「でも魔物って言うと本来であれば闘争本能とか有って根本的に無理な事では?」


「ええ、そうなんです。おっしゃる通りです。・・・あの、でも、アナタ様の、その、従魔はどうにもその様には見えないのですが・・・」


 中々見る目があるこのメールンは。確かにクロは知能がかなり高くてそうした本能とやらも抑え込むだけの力を有している。


「あの、話は変わるんですけど、従魔師が台の上に上るのは何でなんですか?指示を出すだけなら場外に居ても良いんじゃないんですか?」


「あ、それは単純な事です。従魔師を狙うか、従魔を狙うかの駆け引きの為ですね。コレによって従魔同士を戦わせるだけで無く、従魔師を倒して勝つと言った作戦もできるようになりましたから。そう言った部分で賭けの複雑さを狙っています。」


「ああ、なるほど。素早さだけが取り柄の従魔で相手従魔師を場外へと吹っ飛ばしたり気絶させたりして勝つ戦略が出るんですね。体格が良くて力があっても素早さが無いとそいつに間を抜けられて直接従魔師を狙われてしまうと。」


 そこそこに考えられている。従魔同士の力のせめぎ合いだけ、などと言う単純性を排除しているのだろう。

 こうなると揃える従魔の特性も考えて戦う事を強いられる。だけどそうなれば。


「あの、そうなると従魔も得るのが大変になるんじゃ無いですかね?」


「鋭いですね。確かに体格が良い従魔は生き残る確率が高いですからそちらに比重が寄っている現状なんです今は。しかし大型の魔物はやはりそう言った面でも体力もあって捕獲するのが非常に難しいですね。速度を出せる従魔は捕獲するのも逃げ回られて一苦労ですから。そうやって逃げられ無いようにする為の色々な準備でかなりの手間が出ますね。そう言った面で値段が高騰していたりするんです。特殊な行動を取る魔物はそれ以上に捕獲難度が上がってもっと高いですね。」


「あの、魔物を捕らえる専門が居るって事ですよね、ソレ?ああ、なるほど、この闘技場の為だけにそう言う職業がこの帝国にはあるんですね。あ、それなら冒険者に頼めばいい話?」


「色々とあります方法は。確かに冒険者に依頼を出す事もあれば、専門業者・・・と言って良いのかは分かりませんがそう言った方たちに頼むと言うのもあります。調育師と言うモノもあります。」


 どうにもその聞きなれない言葉をもうちょっと聞いてみると、どうにもまだ小さい魔物を捕まえて特性や育成法を調べて成長させ従魔師に売り出すというモノらしい。

 この職業はもの凄く珍しいらしく、この道のベテランが二名、この帝国に居るそうだ。

 そしてその調育師に育てられた魔物はかなり強力な物が多く、もれなくこの従魔闘技場で活躍してその名を馳せたそうだ。

 今はその魔物も死亡して存在はしていない。居ないのだがどうにも「殿堂入り」を果たしているそうで。


「あの、従魔師自身が戦う事は禁止されてるんですか?」


「え?いえ、その様な事は一切ありませんけれど。でも、戦うにしたって相手の従魔とどうしたら人の立場で立ち向かえるでしょうか?一撃を貰って即座に試合終了ですね。」


 俺の質問に少しだけ苦笑いをしながらメールンはそう答える。どうやら従魔師はとてもじゃ無いが戦闘能力など無いと言う事らしい。

 対戦相手の従魔から一撃貰えば運が良ければ場外負け、普通は簡単に死ぬ、と言った感じだろうか。まあ命令で従魔師は気絶させろ、なんて言う風にしてあると思うが。

 従魔を最低でも一体は自分の守りに入れさせて残り二体がアタックを仕掛けると言った具合になるだろうこの分だと。

 相手を攻める従魔は一体で充分、そんな自信があるなら守りを二体と言った形になったりもするかもしれない。

 破れかぶれで三体を全て攻撃に回して短期決戦、なども考えられるか。その逆もしかりである。


(さて、そうなると俺はこの闘技場でどんな戦いを出来るだろうか?手っ取り早くここでお金を一気に稼ぐと言った事もできるだろうしな)


 ちょっと悪い考えが浮かぶ。ここで俺とクロで荒稼ぎ、なんて考えが。ここで師匠の言葉が一緒に思い浮かぶ。確か従魔師は珍しいのでは無かったのか?と。

 だけれどもこの帝国ではこんな場所が存在するのだからそこそこに数は居ると見て良い。どんな者が従魔師となるのか?どんな魔物を基本は従魔にするのかと言った事を知る事ができるだろう。


「ここって個人で出場はできるんですか?」


「はい、出資者が居ない従魔師の方も登録は可能です。」


 聞きたい答えが返って来て俺はニッコリと笑う。どうやらここで一暴れをするのも一興だろう。


 俺がそんな決心したこの時にようやっとこの部屋に入って来る人物が現れた。だがその数は一人じゃない。十名だ。

 内九名がどうにも「魔術師」と言った風貌である。残り一人が如何にも「御貴族様」と言った姿で。

 その背後には案内役だった鼠男が嫌らしい笑みをし手を合わせてゴマスリをしていた。

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