帝国までの道のり
魔法で作った椅子やテーブルは各自の家庭に持って行って貰っても構わない事を伝えてあった。
地面から魔力で土をかなりの硬度に固めた物なので結構頑強で丈夫にできている。長持ちする事だろう。
夕食の焼肉会も終わり、村の人々は幸せそうな顔で皆家路につく。
「はぁ~。満足満足。じゃあ片づけをしようか。」
持ち帰られなかった椅子やテーブルはそのまま土に返す。仕様済みの箸なども魔力で分解して土へと戻す。
箸もいくつかの家庭が持って帰っているがそこら辺は気にする所じゃ無い。
「とまあ、そんな訳で。もう寝ましょうか。」
俺は一瞬で片づけを魔法で終わらせたので手間も掛かっていない。後は寝て明日になればまた出発だ。
一瞬で目の前の先程迄あった物が地面へと溶けるように無くなっていく光景を見て村長が唖然として固まってしまっている。
それに俺は一言「帰りましょう」と言って背中を軽くポンと叩く。それに村長が反応して「ひゃい!」と変な悲鳴を上げた。どうやら驚かせてしまったようだ。
そんなこんなでその夜の俺は大満足で眠りについた。羊肉は美味かった。と言うか、大勢でわいわいしながら食べる焼肉の雰囲気に何とも言えない楽しさを覚えていた。
そうして翌日。お腹一杯夢一杯の幸福感に包まれて眠った事でもの凄く目覚めがスッキリだ。
「うーん!今日で帝国に着くのかね?あ、そこら辺を聞いてみれば良いか。この世界での距離感って言うのがそれで分かるだろうし。」
俺は宿泊させて貰っていた部屋を出る。すると村長が俺に挨拶をしてきた。
「おはようございます。昨夜は御馳走になりましたので、朝食の方は私が用意させて頂きました。まあ昨日の肉と比べたらほんの些細な物ではございますが。御口に合えば宜しいのですが。」
「ああ、おはようございます。有難く頂きます。」
こうしてささやかな朝食で持て成された。サラダに固めのパン、薄味のスープだ。薄切りの肉が入っている。
正直に言って、そこまで美味しい食事とは言えない。けれども昨日のジンギスカンを少々腹に詰め込み過ぎていたのでこれくらいの食事が丁度良かった。
(なるほどなあ。若者が村に居ないって事は、働き手が少なくて食糧確保の面でかなり厳しい所があるのかな)
労働力が村から出て行ってしまう。コレは死活問題になるだろう。村の存続に関わる。
だけども村長は帝国に行って村から出て行った若者たちを戻ってくるように説得しようとしたが、失敗している。
もしかしたらこの村は「限界集落」に向かって進んでいるのかもしれない。北の町と同じ様に。
「この村から帝国までどれくらいの日数で着きますか?」
「はい、そうですね。私が以前に帝国へと赴いた時には五日掛かりました。余計な金や食料は使えませんでしたから、急ぎ足で、と言った状況ではありましたが。」
「そうですか。なるほどなあ。有難うございます。」
そんな会話を終わらせて朝食は終了した。俺は別にこの村を「何とかしよう」などと思いはしなかった。
この村の事情を知っても余所者の俺が何とかする義理が無い。北の町では俺は調子に乗っていたし、しかも冬のレジャーを楽しみたいと思っての事であったのだ。
ここの村の将来に対しては何ら俺に思う所は無い。こうした冷たい部分が俺の中に有るのは別におかしくは無いだろう。
自分の頭の中に「どうでもいい」と言った思考が存在するのは普通だろう。俺はそこまで善人な思考回路をしていない。言うなれば凡人だ。ソレを今更に改めて自覚する所だここは。
「では、一晩泊めて頂きありがとございました。出発したいと思います。」
「こちらこそ、あのような贅沢をさせて頂き、一生の思い出です。有難うございました。」
村長は昨日の焼肉会の事をそんな風に言って礼の言葉を俺に伝えて来た。
こうして別れの挨拶は終わり、俺は村長の家を出る。ここで俺は話に聞いた「急ぎ足で五日」と言う速度を考えてここからは進んで行こうと考える。
今更と言えば今更であるが、ここで俺は「普通」を実践してみようと考えた。
面倒だと思った事も、この世界の普通が分からないと悩んだ事も、ここで一つ、一度最後まで体験してやってみて、それから文句を言おうと。
「とまあそんな偉そうな事言っておいて既に音を上げそうです。」
村から出て俺は人の誰も見ていない場所でワープゲートを出してクロを呼び出している。
一応は今回の旅はクロと一緒に、と言った事を最初に考えて連れて来ていたのでこうして旅の続きに呼び出したのだ。
「さて、急ぎ足、って、そもそもどれくらいの速さで歩けば良いんだ?個人で差が出るよな?コレは?」
それこそ俺は魔力で自分の身体を常時強化している状態だ。ちょっと気持ち歩く速度を上げようと思うと結構な速度を出せてしまう。
「・・・それこそ俺も随分と「普通」が分からなくなってきたもんだ。どうにもこちらに来てからは以前の「普通」もどっかに行っちゃってるような感覚に時々なるよなぁ。」
この世界に来ての最初の頃のあの師匠の隠れ家の森での経験で随分と俺の「普通」は歪んだなぁ、などとボンヤリと思ってしまう。
あの森での生活は「普通」も「常識」もかなぐり捨てて生きる事に注力しなくちゃならなかった。
魔力があって、魔法があっても、そんな事は関係無しに魔物が襲ってくる場所だったのだから。
最初の頃は上手く魔法が使えずに命の危ない場面も幾度も経験した。でも俺はこうして生きている。それが全てなんだろう。
そんな少し前の自分の事を振り返りながら、村から出た初日は進んでいた。その出していた速度はどれくらいなのかは全く気にせずに。
日が傾いて地平に掛かりそうな時間になってようやく俺は野営の準備の事を思い出す。適当な場所を魔法で平らにしてその日はクロに焼肉を出して食べさせた。
そうして翌日の朝、二日目である。
「クロは小食なんだな。しかもその巨体で燃費も良いらしいし?体のコンディションを良くそれで保てるよな?」
クロの食事量は別段多く無い。遠慮していると言った風でも無いのだ。
「まあ良いんだけどな。お腹がすいたらおやつを上げるから、言ってくれれば休憩を入れるからな。遠慮せずに我儘言って良いぞ?」
「がウウ?」
クロは俺の言った言葉が通じているのか、そうでないのか?微妙な響きの短い鳴き声を上げる。
確か知能と言うのは脳の大きさによって決まるのだったか?などと昔に読んだ何かの科学本の内容を思い出す。
「いやー、クロってこれだけの大きさだし、そうなれば脳も比例して大きいだろ?そうなると、俺の言葉を聞いて意味を理解していてもおかしくないとか?いや、ここは地球じゃ無かったな。それとはまるで別の世界、異世界なんだよなぁ。」
朝食を用意して俺は食事を摂る。クロにもまだまだインベントリ内に残っている肉を少量やった。
どれくらいの量を食べるかと思い、少しづつ出していって食べさせたのだが。
大体量としては「大きめのハンバーグ」くらいの量を少し超える位?でクロは首を横に振った。それはもう要らないよ、という合図である。
「それじゃあ今日も昨日と同じくらいの速度で行こう。出発だ。」
俺とクロはこうして二日目を歩き出す。歩く速度は昨日と同じくらいを目安にした。
この速度で一体どれだけの差が出るかを確認するのだ。村長が以前に帝国に向かった時の日数と比べれば俺の今の普通がきっとわかるはず。
そうやって二日目も歩いていたが、どうにも人と出会わない。いや、本当に。
「クロが居るから怖くなって逃げ出した、とかじゃないんだよなあ。帝国方面から向かってくる旅人が居ないってどれだけよ?」
村長は言っていた。帝国は人の欲望を吸い上げるとか何とか?帝国に入れば己の欲を引き出されて惹き付けられ、出て行こうとする事すらできなくなるとか?
「行ってみれば分かる。それが旅の醍醐味だよな。とは言え、ちょっと寂しい。」
そんな気分になりはしたが、ペースを上げたりはしない。昼食を摂り、再び歩き出して進む。
街道は草原を抜け、林を抜けと、別段代り映えしない景色、と言う訳でも無かったのでそれなりに自然を満喫した。
草原ではクロが何か見つけたようでひとっ走りしてその獲物を獲って戻ってくると言ったハプニングもあったりもした。
ソレはウサギの様な動物で俺はソレをクロから受け取った。どうやら夕飯にでもしてくれと言った感じらしい。
二日目の夕飯はそのクロの獲った動物を捌いてスープに投入して出汁を取ってみた。コレが中々美味しかったのでちょっとびっくりする。
当然このスープはクロにも与える。クロが獲って来た物なのだから当然だ。
クロは熱さなど何のそのと言った感じでスープをあっと言う間に飲み干した。多めに入れていた具の肉もキッチリと平らげている。
「クロって猫舌じゃないんだな。やっぱり地球とは違うよな。そもそもクロは「猫」じゃないんだよね。見た目がネコ科見たいで似てるだけで。」
俺のこんなボヤキにクロは反応して「がうう?」と可愛げに首を少しだけ傾げた。
二日目はこうして終わりを迎える。
そうして三日目。本日は曇り空でどうにも雲行きが怪しかった。一雨来そうな天気である。
「いやー。雨の中歩くのは嫌だし?どうしよ?自分に魔力でバリアーでも張って歩けば良いのか?」
そうなるとクロがずぶ濡れになってしまう。それは可哀想なのでクロにも魔法で雨に濡れない様にと配慮をしないといけないかと思った所で閃いた。
「おっと、そもそもだ。地面に魔力を流して自由自在にできるんだったら、空も同じ様に出来たって良いじゃ無いか。雨雲があるんだったら風で吹き飛ばせば良いじゃない。」
有り余る魔力は自覚している。ならばここでソレがどれくらい放出すれば疲れが見え始めるかを試してみる事もできるだろうコレで。
上空、雲が生成される高度はいくら位からだったか?などと考えて手を天へと向ける。そして魔力を真っすぐに掌から一気に放出するイメージで力んでみた。
「フン・・・!」
体の中から熱いのか、冷たいのか分からない何とも言えない感覚が湧き上がって来る。
ソレが天へと向けた手のひらから勢い良く出て行っているのが分かった。
その感覚、と言うか、放出量を、圧をもっと意識してドンドンと上げていく。
掌から出て行った魔力がどんどんと昇って行くのが何となく分かった。
そして俺が顔を真上に向けると真上の曇り空にぽっかりと小さく穴が開いているのが目に入る。
「おっと?魔力が到達した?ならあの穴の部分から水平展開していくように強風が雨雲を吹き飛ばす・・・」
と口に出して具体的なイメージを固めようと言葉にしたらソレは起こった。
一秒と経たないそんな短い間に雲が消えたのだ。何と言って良いか分からない。
小さく穴が開いていたのが、一気に拡大したと言ったら良いか?何の音も無くソレが瞬時に展開してしまったので俺の目がおかしくなったかと思ったくらいだ。自分でやった事なのに。
頬が引くついて自分がドン引きしているのが分かった。そして。
「魔力、減った感じがしないよ・・・どう言う事だよ?いくら何でもだよ?薄く引き伸ばした魔力ソナーとかじゃ無く、一気に、大量に、それこそ上空1000m以上?まで魔力を届かせたんだけど?何で減らないの?と言うか、減っても良くない?俺の身体に何が起こってるの?」
以前にドラゴンがその点に関して意味深なセリフを吐いていたが、具体的な事を教えてはくれなかった。
本格的に自分のこの魔力に関しての事を調べておかないと将来何か拙い事でも起きないか?などと不安になってしまう。
「魔力が減らない、良い事だ、そうだ、減らないなら減らないで良いじゃ無いか。」
そんな乾いたセリフを口にして俺は晴れた空を見上げる。コレを現実逃避と言う。
その後は帝国への道のりを進む。歩くペースを変えずに。それに一緒にクロが付いて来る。
クロの歩きは非常に遅い。俺の歩幅と速度に合わせてくれているから。俺の一歩と、巨体の黒の一歩の差はかなりのモノだ。
「疲れて無いかクロ?お前にとってはもの凄く遅い速度で逆に疲れないか?」
この質問にクロは首を左、右にと傾げて「がううう」と一つ唸って横に首を振った。
「あー、クロは完全に俺の言葉を理解している、って言うよりかは、伝わってる、って感じなんだな。」
クロとのコミュニケーションの取り方は「言葉に意志を乗せて話す」と通じる様だ。ならばこれからはその点を気にしてクロに話しかければもっと意思疎通がし易いかもしれない。
そんなこんなで三日目が、終わったのだが、いかんせん、どうにも地平に見えて来たものがある。
「・・・帝国、だよなあれは?もう夕方も終わりかけて辺りは薄暗くなってるのに、なに?ピッカピカ光ってんだけど、アレ。」
恐らく少々無理をして進めば到着してしまう、そんな距離にまで来てしまっていた。
村から帝国の到着まで三日半という感じだろうか?そこまで速度を出した覚えは無いのだが、コレが現実というモノだ。
「村長の早歩きと俺の早歩きにはザっとそこまでの差が在った、と言う事ね。と言うか、もう辺りは暗いのに帝国眩しいな、オイ。」
かなり遠くに居るのに光り輝く帝国が確認できる。野営準備をしながら俺はその地平を眺めてそうぼやいた。
どうにもかなり大きな建物があるようで、あの教会本部?と同じくらいの様に見える。
「明日になれば分かる事か。あー、それとクロはどうするか?お前もっと小さくなれたりしない?」
「がウウ?ぐるうるる?」
俺の求めに只々首を傾げるクロ。どうにもそう言った事はできないようだ。
「ドラゴンがそもそもおかしいんだよなぁ。あんな巨体を小さくして、挙句の果てに人のカタチを取っちゃったし?」
規格外、そんな言葉を浮かべて夕食を摂り、そのまま素直にその日は就寝した。ここで思いを馳せずとも嫌でも明日は帝国に到着する。
「さて、何が待ち受けているのか。楽しみだ。」
こうして翌朝。俺は起床をして直ぐに帝国の方を見る。
「昨日はピカピカだったけど、朝も朝で中々主張が強い建物だな?」
高く聳え立つ黒い巨塔と言った感じだ。一際目立っている、と言うか突出している。
朝食を用意しつつも「やっと来たなぁ」なんて感想を俺は漏らす。
「クロもこのまま一緒に行ってみるか。従魔って言うのが帝国ではどう言った扱いになってるか分からないけど。」
朝食を済ませてから休憩の時間を充分取ってから出発をする。クロに騎乗して俺はゆっくりと進むように言う。
「良し、出発してくれ。」
この言葉にクロはノタノタと牧歌的速度?と言えば良いか、もの凄く踏み出す一歩が遅い歩みで進んでくれる。
しかしその一歩は人の一歩とは歩幅が違うのでグイッ、グイッと進み具合はかなりの距離だ。
そんなこんなで進む事暫し。帝国の外壁が僅かながらに地平に見えて来る。
「と言うか、かなりの大きさになるなぁ帝国はコレ。怖ろしいな?」
よくもまあこんな巨大な国家が隣接しているのに、王子様はあんなにも呑気で居られるな?などと思う。
「戦争になったら?とかは思わないのか?と言うか、完全に帝国一人勝ちじゃないのかコレは?」
どんどんと近づくにつれて外壁の高さも分かって来る。
「もしかしてその心配が無い?戦争の?そうなったら一体帝国ってどんな国なんだろうか?」
外壁に続いてその門も巨大だ。その側に検問所?らしい小さな建物がある。
「うわぁ・・・到着したけど、まあ、見上げれば首が痛くなる程デカイなぁ。」
右を見ても左を見ても果てが分からない程に横に広がる外壁。見る者を容赦無く威圧してくる巨大門。
「でも、何でだろうか?検問、とかないの?そこの小屋に門番が居るよね?居るよね?出てこないんだけど・・・」
俺たちが来た事が分かっていないのか、どうなのか?その小屋にはどうにも人の気配はするのに一向に出て来る様子が無い。
巨大門の直ぐ近くに小さく申し訳程度に人一人が通れるくらいの鉄扉がある。コレもこれで滅茶苦茶頑強に作られているのか、結構な存在感である。
俺はクロから降りて小屋へと向かって尋ねる。
「すいませーん?帝国に入りたいんですけど?入国審査お願いしまーす?」
すると中から一人だらしない恰好の兵士が出て来た。その手には冒険者証の読み取り機らしき物が。
「なんだよ良いトコだったのによー。お前らそのままにしとけよ!絶対に触るなよ!カードの役は覚えてるから変な真似したらすぐに分かるからな!」
どうにもこの出て来た兵士は小屋の中に居る五人の内の一人である様だ。しかも「カードゲーム」に興じていたらしいと言うのも分かった。
「ったくさー、入国審査だって?珍しい馬鹿もいたもん・・・だ?あ、あ、あ、あ、ああぎゃあああああ!?まままままままま!魔物!まものまもの!?マモノぉぉぉぉぉお!?」
頭をがりがり掻きながらこちらへと進んできていた兵士は下を向いていた。俺に近付いてその顔を上げるまでクロの事に気が付いていなかった。
そして気が付いたら気が付いたでこの大声、絶叫である。
コレに小屋から何だ何だと残りの四人が出て来るのだが、こちらを見れば固まる者、尻餅を付く者、驚きで顎が外れたかの様になっている者、魂が抜けたのかと言った感じで立ったまま白目をむいてしまう者と、それぞれの驚きリアクションでこちらを楽しませてくれる。
と言うか、完全に恐怖で動けないでいる様だったので俺は声を掛ける。
「あのー?すいませんけど。ここ、帝国であってますよね?隣国から来たんですけど、入国にはどの様にしたら?・・・あ、こいつは俺の従魔でしてね。アナタたちに危害を加えたりとかは無いので落ち着いて貰えません?」
最初に出てきていた兵士は読み取り機を手から落としてその代わりに剣を抜いてこちらに向けて来ていた。
しかし全身ガクブルで様になってはいない。震えが凄くて剣先がもの凄くブレッブレだ。カチャカチャと鎧の各所が細かくぶつかり合っている音まで聞こえる始末である。
こんなにも恐怖を感じていると一目で分かる状態でも一応は「おもらし」をしないで頑張っている所は根性があるなぁ、と思ってしまう。もう一押ししたら「決壊」しそうではあったが。
「クロ、お座り。はい、よろしい。彼らを脅す様な事はしない様に。不用意に鳴いたりしちゃ駄目だぞ?」
俺がそんな注意をするとクロは大あくびをする。どうにも目の前の五人には全く興味も沸いていないようだ。
こうしてやっとクロが兵士たちに対して「眼中に無い」と分かってから彼らは動き出した。
「で、伝令を出せ!こ、こいつを帝国に入れちゃ駄目だ!ここで討伐するぞ!」
「あの、俺の話し聞いてました?こいつは俺の従魔で、言う事はちゃんと聞いて大人しいんですけど?」
「そそそそそ!そんな言葉を信用できるかぁ!おま、おま、おま、お前らぁ!さっさと正気に戻れ!上に報告して来いよぉ!」
俺へと剣を向けたままにそう叫ぶ兵士は未だ呆けている四人へとそう怒鳴るのだが。
「いや、駄目だろコレは?もう俺たちここで御終いじゃね?」
「もしも俺たちを殺すつもりなら、こんな強力な魔物なら一瞬だぞ?」
「そこの扉重いから開けるのに時間掛かるだろ?開けようとしている間に・・・」
「ざっくり?もしくはガブリとやられて即死じゃねーか・・・」
「いいからお前ら行ってこいってぇ!」
何だか妙な面白みの無いコントを見させられている気分になる。もうこうなればクロがこの場からいなくなれば話が進むんだろうか?なんて事も思い始めた。
帝国での従魔の扱いがどの様な事情になっているのかは分からないが、このままだと話が進まない。
「あのー?帝国には帝国で従魔の登録ってしなくちゃいけないんですか?隣の王国では登録はしてあるし、許可証もあるんですけど・・・」
この俺の言葉にまだまだ剣を下ろす気の無い兵士がキリッとこちらを睨んで来る。
「貴様は怪し過ぎる!これだけの強大な魔物を従魔?嘘を吐くんじゃない!コレが人の言う事を?人に服して従う様な存在じゃ無いだろうがぁ!」
興奮をしっぱなしで冷静にクロを見れていない様子だ。そもそも今のクロは俺の言う事を聞いてちゃんとお座りをして大人しくしているのをこの兵士は目の前で見ているのだが。
「よし、じゃあクロ。俺の周りを三周してみて。はい、次は向こうの木々まで走って引き返してくる。・・・はい、良くできました。って言うか、お前今のちょっと本気出しただろ?一瞬だったな帰って来るの。じゃあ次はこの場で跳躍!おおおお?凄い高いなぁ。結構跳ぶねぇ?」
別に俺はここでクロをワープゲートで森へと移動させる事もできた。だけども俺の事を怪しい者だと決めつけられてしまった「仕返し」をしてやりたくなったのだ。
俺の言葉にクロは従って次々に命令を実行する。寝転がったり、そのままゴロリと転がって見せたり、腹を上にして「ヘソ天」なる恰好になったり。
コレにまたしても仰天するのは兵士たちだ。俺の言った言葉通りの動きをするクロに目を奪われている。
「で?俺の言った事にちゃんと従順に従ってくれてますけど?コレで嘘とまだ言うんですかね?そうなるとあなたの目は全くの使い物にならないと言う事に・・・あ、もしかして視力が低いんですか?もっと間近で見ます?」
クロが俺の従魔だと言う事がコレでハッキリと分かったはずだ。コレで「王国と帝国は従魔登録は別」などと言われてしまうとしょうがないのだが。
「こ、こいつが従っていると言う事は分かった!だが!貴様が怪しい奴だと言う事は変わらん!」
「・・・あの、だからここで検問をしてそうであるか無いかを調べているんですよね?俺の冒険者証を読み取る機材じゃないんですか?ソレ?」
俺は地面に転がっている読み取り機らしき物を指さしてそう言ってみた。
コレに兵士は「あ・・・」と言ってソレに視線を向けた。そしてまた叫びをあげる。
「あああああああああ!壊れて無いだろうな!?コレ幾らすると思ってるんだよ!俺の今後の給料からどれだけ引かれちまうか分かったもんじゃねぇぇぇぇ!」
今度は逆にその手に持っていた剣を放り投げて読み取り機を大急ぎで拾い上げる兵士。
どうにも読み取り機各所に故障が出ていないかを確認し始めた。
しかしこの光景に残りの四人の兵士は。
「お前どっちに賭ける?俺は駄目になってる方に。」
「じゃあ俺は無事な方で。」
「あー、二択はツマラネエけど、壊れてる方に。」
「あ?じゃあ俺は無事な方が良いかな?俺たちにも追及が来ると嫌だし?」
「てめえら賭けてんじゃねーぞクソったれ共がぁ!」
この場にはどうにも読み取り機の確認音「ぴー」とか「ぴぴ」やら「ぴー、がッがッ」などと言った音だけが響いた。そして。
「うああああああ!良かったぜぇー!初期化良し!正常動作良し!うおっしゃ!」
ガッツポーズをするその兵士は真剣な顔つき。しかし背後では賭けに負けた二名が「あー」と落ち込んでいる。
勝った方はと言うと「一杯奢り!ゴチになります!」と嬉しそうな顔になっていた。どうやらもうクロへの恐怖心は幾らか抜けた様子だ。
そんな小さい人生劇場を鑑賞していた俺はここでやっと訊ねる。
「で、話を先に進めて貰っても良いですか?従魔登録の件は王国とは別ですか帝国は?それと、入国審査はして貰えるんですか?」
ちゃんとこう言った事は確認を取っておいた方が良い事である。この俺の質問にやっと真面目に兵士が対応してくれるようになった。
「従魔登録証を見せてくれ・・・分かった。帝国でも共通だ。そいつを帝国内に入れても良いが、そいつが起こした問題は全てお前さんが背負う事になるから、ちゃんと神経使って気をつけろ。それと・・・冒険者証には、何ら問題が、無いな。・・・クソ!コレを言わなきゃいけないのかよ・・・」
俺はどうやら帝国へと入っても大丈夫らしい。けれどもクロの扱いには充分に気を遣えと注意された。
冒険者証は別に何ら問題は無い。何故ならほぼ自分でも使った覚えが無いし、冒険者ギルドで問題も起こした覚えは無いから。
ちょっと高額を引き出したり、入金したりとか、手続きは色々とやってはいたが、別にソレが悪いと言う訳でも無い。
そしてその兵士は滅茶苦茶に嫌そうな顔をして、しかしそのままで無理に繕った笑顔で。
「ようこそ帝国へ!貴方の入国を歓迎します!思う存分楽しんで行ってくださいね!」
そう言葉を吐き出すのだった。