向かう先に思いを馳せる前に
次に向かうのはクロの所だ。挨拶周りはこれくらいで終わりで良いだろう。後残っているやっておいた方が良い事は思いつかない。
「おーい、クロ。行くぞー?準備は良いか?」
「がウウ?がう。」
俺はそのクロからの返事を受けてワープゲートを出す。繋がっているのは北の町の街道だ。分かれ道があってそちらが帝国に繋がっている。
「よし、じゃあここからノンビリ行くか。取り敢えずお前もあの森の中だけじゃ無くて色んな所を歩いてみるのも偶には良いだろ?」
俺とクロは歩き出す。誰も居ない街道を。まだ冬が開けたばかりなので人の通りは無い。
ついでに言うと、この北の町に来る者の往来がそもそも皆無に近い。なので人っ子一人この街道にはいないのだ。
「ああそうだ。もしかしたら帝国の方から人が町に観光で来る事もあるかもしれないよな。ならこっちの整備していない道も平らにしながら向かうとするか。」
交通の便が良くならなければ、人の行き来もその分無くなる。ならばここで帝国までの道をついでに均していくのが良いだろう。
「そうだよなあ。今回は歩いて行こうと思ったんだから、俺が歩く上でも綺麗になってあった方が楽ちんなのは確かだしな。クロもデコボコ道を歩くんじゃストレスだよなぁ?」
「ぐるるうる?」
クロはそこら辺別段気にしていない様子だが、俺が気になったので一気にはるか先まで魔力を流す。
そして帝国側に在る最初の街の傍までを小石一つ無い完璧なまでにスベスベな地面へと変える。
「あ、コレもしかして街道を歩いている他の旅人が居たらもしかして驚かせちゃう・・・もう遅いけど。」
街道を行く旅人が俺たち以外に居るかどうかを確認せずにやってしまった。コレはもうどうしようもない。やってしまったのなら仕方が無いのだ。
俺とクロはそんな歩きやすくなった道をひたすらに歩き続ける。それはソレは何時間も。
「もうそろそろここ等辺できっと普通の旅人なら野営の準備なんだろうなぁ。夕食の準備、それとテントも張って。早めに寝て、早く起きて、また街道を行く。あ、もの凄く面倒臭くなってきた・・・」
早々にギブアップ。俺はこの世界での「普通」の旅ができない。目的地へと黙々と歩き続けて、そしてやっと到着。それまで旅には日数が掛かり、こうして道の途中で野営をしなくちゃならない。
しかし俺なら魔法一つで空を飛び、高速飛行であっと言う間に行きたい所へ行けてしまう。
夕方前になっている今の状況に俺は即座に旅を楽しむ事を諦めた。
「よし、今日はもうここで良いだろう。家を出しちゃうか。或いは何処かテキトウに宿にワープゲートで戻って・・・もう何やってんだか分からなくなってくるな、こうなると。」
有り得ない事ができる。コレが「良い部分」もあれば「悪い部分」もあると言った所だ。
俺はこの魔法で幾つもの問題を解決してきた。コレは良い事だろう。
だけども、こうして「普通」の旅ができない、それは良いとして、その事を直ぐに「面倒臭い」と感じ始めてしまうのは偏に「悪い部分」だ。
精神が魔法と言う便利な力に依存、偏っていると言う点で見て堕落しかけている。
「・・・準備をしよう。堕落はイカン、堕落は。便利なのは良いんだけど、それに頼りっぱなしは人間性が著しく下がる。とは言え、使わないって選択肢は無いんだよなぁ。」
夕日がもう既に地平の傍に。俺はここで野営準備を始めた。道の傍に平らな場所を魔法で作り出して。
「これくらいは、良いよな?いや、油断すると何でもカンでも「良いよな?」で済ませてしまう様になってしまう・・・もう少しだけ気を引き締め無いと。でもどうしろって言うんだよ?」
もう魔法と言う存在をこうも乱用している俺である。今更気を引き締めようとした所でどの様に?と言う疑問が俺の心を占める。
この日はテントを張って、簡単な夕食を作って食べる。クロには少し多めにインベントリから肉を取り出して焼いて出してやった。
「インベントリがある時点でもう有り得ないんだよなぁ。」
俺はそんな事をぼやいてから眠った。
翌日に目覚めてみれば現金なもので、俺は昨日の寝る前に考えていた事などサッパリ気にならなくなっていた。
「今日は軽く走るか。飛行するのは止しておいて、ランニングくらいは、良いよな?」
朝食を食べて片付けを済ませる。俺はクロにも食事をと思って肉を取り出したのだが、クロは朝食を食べないらしく首を軽く左右に振った。
「じゃあちょっとだけ軽い運動と行きますか。」
俺は屈伸をして朝の硬い身体をグッと引き延ばす。その後に軽くジャンプを三回してから走り始めた。
速度はどれくらいだか分からないが、大体100m走を本気で走るオリンピック選手並み?
その速度に付いて来ているクロはこれくらいは余裕だと言った感じだ。
その速度を落とさずにずっと走り続ける俺は疑問が出て来た。
(この街道、旅人が居ないな。一人くらい見かけてもよさそうなのに)
幾ら何でも国同士が国交を断絶しているなんて事は無いはずだ。俺が帝国に向かうと言う話を色んな人物に話したが、そう言った事は一切聞いていない。
防衛の為の国境、或いは砦なんてモノが見えても良さそうなのに、そう言ったモノもまだ見られない。
道中に村や町などあっても良さそうなモノだが、そう言った場所も未だ到着しない。
「あれ?道を間違えたとかは無いよな?だってちゃんと事前に王子様にも道の事は聞いてあったし?」
一応はそこら辺の道標や方向など、向かう街道の事はしっかりと聞きとり調査は済ませてあった。
それに沿ってここまで来ているので間違いは無いと思われるのだが。
「行商の馬車がいても良さそうなんだけどな?どうしたんだろうか?」
ここまで俺は魔力ソナーを使用したりはしてない。旅先の事がそれを使って丸わかり、というのは白ける。
だからなるべく使わずにいるのだが、良い加減に気になって来た。
「とは言え、俺はまだこの旅を始めて二日目だし?そりゃまだまだ何処にも辿り着かないのは当たり前だよな普通は。」
ここまでずっと走る速度は落としていない。寧ろ上げて行っている徐々に。俺が魔力を流して平らに均した綺麗になっている道は走るのに何らストレスが無い。なので相当な距離を走破している。
なので余計にぐんぐんと速度は上がる。上げてしまう。コレにクロも少しづつ同じく走る速度を上げて付いて来ている。まだまだ余裕があるようだった。
もう既にこの時点で普通と全くかけ離れているのだが、人と言うのは馬鹿なもので、一晩ぐっすりと眠ればそう言ったクダラナイ悩みなどは一時的にすっかりと忘れる事ができる生物なのだ。
「流石に国と国なんだから、相当な距離離れてるのは当たり前だよな。ノンビリ行くのもまだるっこしいけど、あんまり急ぎ過ぎるのも風情が無いなぁ。」
俺は走る速度をやっと緩め始める。そもそも遠距離を移動していると言うのを考慮に入れていない状態で今回の旅を捉えていた。
車も、電車も、飛行機もある世界からやって来た俺にとっては「隣の土地」に出向くのに長くかかっても新幹線で三時間とか考えてしまう。
それこそ出国とか言って海外などと言っても飛行機で三時間、と言った風に。
この世界の基本で考えるならば馬車だ。そうなればもっとその速度は落ちる訳で。そして隣国に行くとなればソモソモ幾日も掛かる程の事であり、早々に行ったり来たりが日帰りで出来るとか有り得ないのである。
その事を思い出して俺は休憩を取るために一旦停止した。それこそ俺は馬車では無く徒歩で移動しているのだ今は。まだまだ何処にも辿り着かないのが当たり前であった。
「それでも走って来た事で相当な距離を稼いだけど。それでもまだ中継になる町すら見えてこないな。」
俺は魔法で水を作り出してソレを飲み干す。軽く乾いた喉がそれで潤う。クロにも与える。
「さて、どうせ誰も見ていないなら飛んで行っちゃうか?あ、クロが居るんだったな。じゃあクロ、俺を乗せて行ってくれない?お前の体格なら俺なんか乗せても何とも無いだろ?」
「がううう、がう。」
俺は一息ついた所でクロの背中に乗る。乗り込むときは魔法で宙に浮いた。
「良し、それじゃあ出発してくれ。クロが負担にならない程度の速度で良いぞ。」
俺が合図を出すとクロは軽く体をゆらゆらとさせ始めて突然に「ヒュン!」と風を切るような音を出して走り出した。
「ぬおおおおおおおお?いきなりそれかあぁァぁァぁあ?」
急激なスタートにちょっとキレ掛けたが、それは抑え込んだ。滑り落ちそうになる体を魔力でクロの身体に固定して俺はその乗り心地を堪能する。
「いやー、自分で空を飛ぶ感覚とはまた違った体感速度だなぁ。」
俺はそんな呑気な事を口に出す。傍から見たらコレもまた有り得ない光景だと突っ込まれる事だろう。
しかしこの街道には一応は他の旅人が一人も居ないのでやりたい放題である。
今のクロは本気を出した走りをしていない。疲れなど全く出ない速度なんだろうクロにとってこの速度は。
しかし俺が体感している速度としてザっと目測で「時速40」は出ている様に感じる。
まあ体をそのまま外に出している今の状態と、車の中で椅子に座って窓の外を眺めている感覚では相当に違いがあると思うが。
そんな速度で進んでいればかなりの距離をあっと言う間なのである。いつの間にかどうやら国境とみられる場所に辿り着いた。
そこは大草原で、街道はあるし、別段変な所は見受けられないが、申し訳程度に看板が出ている。
そこで少しだけクロに止まって貰い、その看板の字を読んでみる。
「ここからは帝国なり。・・・だけ?シンプルだなぁ。しかもこの看板、最近になって取り換えられたばかり?ちゃんと管理されてるのか。しっかりしてるな、こんな所にまで。」
誰がやっているかは知らないが、どうやらこの看板は帝国側が設置している様子だ。
俺の中の帝国のイメージが何だか定まらなくなっている。
「なんだかクスイからも婆さんからも脅されたけど。看板は何だか律儀な感じだし、どう言う国なんだろ?本当に分からん。」
だけどもその分だけ何故だか少しだけワクワクする。
「さて、クロ、行ってくれ。ここからは帝国だ。ちょっと速度は落として警戒をして行こう。」
ここで俺はようやっと帝国へと入国した。手続きは良いのだろうか?とも思ってしまったが。
こう言った境には検問か、或いは監視があっても良さそうなモノなのだが。
「検問はどっちの国がやるのかーとか問題があるか。合同とかだとソレはそれで煩雑なルールが必要になりそうだしな。監視をこの場に置いても、まあ、しょうが無さそうではあるな。」
こうも解放されていると逆に余計な警戒心が湧くが、それを頭の隅に寄せる。
そんなモノは考えても俺にはどうしようも無い事である。クロにも警戒して行こうなどと言いはしたが、コレも無駄だろう。
そう言った事は忘れて今は帝国はどんな所なのかを想像してドキドキを保ちつつ街道を進んだ。
クロにとっては体力の減らない程度の並足であっても、その速度は人にとってはかなりの速さ。
そんな速度で進んでいればあっと言う間に看板は遠くの彼方だ。そしてその進み具合は時間が経てば経つ程に軽やかになっていく。
どうやらクロは少しだけこの「散歩」を楽しみ始めたようだ。しかしそんな時間も少しの間だけで終わりを告げる。
「お?村だ。クロ、もう少しだけ速さを抑えてくれ。村の手前でスッと止まれるくらいに徐々にな。」
そんな俺からの注文を受けてクロは僅かずつ走る速さを抑え始めた。
別段その事に対してクロは機嫌を悪くはしていない。ちょっと物足りない?くらいの気持ちにはなっているようだったが。
「・・・あれ?誰も居ない?訳じゃ無いみたいだけど。あ、クロがいけないのか。」
そもそもクロの様な魔物がこの辺りをうろついている事自体が緊急事態所の騒ぎ所では無い事を俺は思い出す。
普通じゃないのだ、俺の行動は、この世界の人たちにとって。それをすっかりと俺は忘れている。
「クロの様な巨大な魔物が迫ってきたら、そりゃ村人たちも家の中に避難するよな。と言うか、家とかに入ったとしてもクロの一撃でそんな家なんて即刻吹き飛ぶだろけど。」
家の中にいても安全じゃない。クロ位の魔物が一体現れただけで恐らくは小さな村なんて一たまりも無く潰されるだろう。
恐らくは「街」の規模でもクロを抑え込むだけの戦力しか無いと思われる。止めるのであるならばきっと国規模の兵団が必要になるだろう。
そんな事を思考してクロは村の入り口で止まった。俺の指示通りにしてくれている。
「よし、有難うクロ。森の方に一旦は行っていてくれるか?どうにもお前の事を村人たちは怖がっているみたいだし。すまないな。」
俺はワープゲートを出してクロに森へと一端移動していてもらう。コレで村人の警戒心、と言うか、恐怖の元は取り除けたと思う、のだが。
「一向に誰も顔を出す人が居ない・・・すいませーん!さっきの魔物は俺の従魔でして。この村への危害の意は一切無いので安心してくださーい。」
俺は声を張り上げてそう伝えるのだが、そこに一人のおっさんが出て来てくれた。
「あ、あ、あ、あ・・・貴方様は一体どなたなのですかな?あの様な・・・強力な存在を、従魔?この様な寂れた村に何用で御出でになられたのでしょうか?」
怖がりつつもハッキリとそう俺に質問をしてくるこのオッサンはどうにもこの村の代表と言った感じに見える。
なので俺も丁寧にこの質問に答える事にした。
「俺は隣の国からこちらの帝国へと観光に来た者でして。今先程にこの村へと辿り着いた所です。こちらに宿泊施設などがあれば泊まりたいのですが、案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
俺があんまりにも丁寧にそのように口にするのでオッサンは呆気にとられたようだ。
どうやら上から目線で、しかも偉そうに喋るとでも思われていたんだろう。そしてこの村を蹂躙しに来たとでも思っていたのだろうか?
「・・・え?は!?い、いえ、そのー、この村は別段観光の名所や名物など無い、しがない村ですので。宿屋の方は存在しません・・・」
「ではどなたか村の方に俺を宿泊させていいと言ってくれる方は居ませんか?無理なようでしたら空き地にでも野営をさせて頂けると助かります。」
「では、私の家にどうぞ。何も無い家ではありますが、どうぞゆっくりして行ってください。」
こうして俺はこのオッサンの家に泊まらせて貰う事になった。その家に向かう途中で会話が続く。
「あの、先程の魔獣は今どちらに?その・・・村の者が恐れて外に出られないので。」
「ああ、今この場には居ません。移動させてありますからご安心を。村の方々にはご迷惑をお掛けしまして。後程迷惑料をお支払いします。」
「いえいえ、その様な事をなさらないでも結構です。村の者たちには私から警戒を解く様に広めておきますので。」
「では、この村に一拍でも滞在させて頂く費用として食料を各家にお分けします。俺が従魔を何の配慮も無くこの村に近付けさせてしまった事はこちらの落ち度ですので。避難していた間の分の補填と考えて頂ければ。」
俺は非常にこれでもかと言えるくらいに過剰に下手に出る。別にここまでしなくても良さげなものだが、俺が何となく納得できなかったのでそう申し出た。
コレにおっさんは「有難うございます」とだけ言って俺の申し出を受け入れてくれた。取り敢えず遠慮し過ぎるのも失礼と思ってくれたみたいだ。
「では、こちらが我が家になります。狭いですが、ゆっくりとして行ってください。」
そこでオッサンはやっと俺が手ぶらな事を訝しがる。最初に俺を見た時にはきっとクロの事で混乱していて気付かなかっただけだろう。
だが今になって俺が下手に出ている事や、落ち着いて会話をしていた事でオッサンもどうやら冷静さを取り戻したようだ。
首を少しだけ傾げつつもオッサンは家の扉を開けて中へと俺を招いてくれた。
「あー、コレは帝国に入って第一村人発見、って所だな。そして田舎に泊まろう的な?でも家の中は結構しっかりした造りだな。」
俺は小さな一室へ案内されて「寛いでください」と言われる。恐らくは訪れた者を宿泊させるのにこうした一室を提供するのは結構な待遇なのでは無いだろうか?
怪しい者だと思われて監視がし易い部屋に押し込められた、なんて言う風にも考えられるかもしれないが、オッサンからはそう言った警戒心は今の所は感じられない。
「私はあちらの部屋に居りますので、何か御入り用な物があればお呼びください。では。」
俺はそうして部屋に一人となった。
「ふーっ。さてと、それじゃあインベントリから物資を出して運ぼうかな?ここの村にはどれくらい家庭があるんだろうか?一家にどれだけの量を出せば良い?」
そこら辺の事を一切考えないで俺は補填を出すなどと言っていた。アホである。
この世界の、そしてこの村の規模で一つの家庭にどれくらいを配れば充分と言える基本が分かっていないのだ俺は未だに。
一食分?あるいは一週間、は出し過ぎとは言え、二日、或いは三日分くらいを出せば、俺がこの村の人たちに与えてしまった恐怖は拭えるだろうか?
「・・・んん?相当な量になっちゃうだろ、そうなると。適切な分量が分からないと言う前に、この村の人口が分かってねぇ。」
馬鹿も重ね重ね、と言った感じで自分自身に呆れる。とは言え、一応はインベントリの中には買い込んである食料はタンマリあるし、肉の提供もできる。
「ならいっその事、今日の夕食は俺が提供と言うのはどうだろうか?」
俺はまだまだ残りがタンマリとある羊の魔物の肉を提供する気になった。ジンギスカン食いたいで候。
これに俺は思い付きのままに何も考えずにこの事をオッサンに話しに行った。
「あの、それは非常に助かると言えばそうなのですが。ハテ?その様な物量は何処に・・・?」
「あ、全部俺が用意しますので、何処か広場は有ります?そこに皆さんを集めて頂ければそれで結構です。」
「はい、村の中央には皆が集まれるような場所がありますが・・・はい、分かりました。そこまでして頂けるならばもう何も申し上げませんが・・・」
俺は今魔力ソナーでこの村を把握している。どれだけの分量の食料を出せば良いかを少しだけ計算する。
そしてそこまで広い村では無く、人口もそこまで多く無い事が少しだけ違和感を覚えた。
しかしここでこの村の事情にこれ以上は余計な口出しをする立場に俺は無い。なので黙って仕事に取り掛かる。
中央広場に行って俺は地面に魔力を流すと焼き台、テーブル、椅子を作り出す。
焼き台には網もセットだ。網と言うか、以前にテレビのグルメ特集で見たあのもっこりとしたヘンテコな形の焼き板と言って良いか。
溝が付いていて焼いた肉の余分な脂がそこから淵に流れ溜まってそこで野菜を焼くと油の旨味が絡まって美味しく焼けると言うアレだ。
「確かこんな形だったよな?・・・もやしが久しぶりに食いたくなったな?」
何故だか変にもやしが思い浮かんだ俺はそんなボヤキと共に今回も「プロパンガス」を生み出す。
「何が凄いかって?俺が以前にプロパンの組織構成を見ていたって事だよな。コレがそもそも奇跡だわ。」
人とは自分の人生の経験の中で何が将来役に立つのか分から無い物だと、今この世界に来た事に因ってしみじみと身に染みる。
本来だったら肉を焼くのに薪が必要になるだろう。その物資の確保も大変だろうし、その上で肉を薄く切って鉄板で焼くなどと言った事も考えると、今この場に用意した各種様々な準備は過剰の域を超えているなと思う。
「補填なんて言って俺が食いたいだけ。うん、準備をしていた俺はウキウキしてたんだから何も言えんな。」
この村の住民を怖がらせてしまった事への謝罪も込めているとは言え、どうにもそんな気分は準備している間吹き飛んでいた事に気が付く俺。
「まあ良いじゃ無いか。悪い事をやっている訳じゃ無い。皆が楽しければそれで良いんだ。」
そんな事を言っていたら徐々に村人たちがやって来る。小さな子供は少ない。それなりに男性も女性もいるが、若いと呼べる者がどうにも少ない様に感じる。
「あの、こ、これはどう言った事でしょうか?」
オッサンが代表してこの準備された状況を聞いてきたが。
「いや、お気になさらず。さあ、食べてください。量はちゃんと皆さんに行き渡るくらい充分にご用意してありますよ。」
先ずは俺が焼いておいた肉を皿に乗せてオッサンへと提供する。各テーブルには皿にこんもりと肉の山。
コレを恐る恐る受け取って口へと運ぶオッサン。いや、もうここでは俺の中だけでこのオッサンを村長と呼ぶ事にする。
毒見の為の人柱は必要だろう。俺の用意した肉に何ら仕掛けは入っていない事を食べて実際に証明してもらう人物が必要だ。
「ぅ!ぅゥぅゥぅゥぅゥぅゥううううう!?」
しかし村長は咀嚼し始めてから呻き声を上げ始めた。俺はコレに「え?肉、腐ってる?」と驚いたが。
「うまあああああああああい!」
どうやら飲み込んだ後に大声で感想を述べた。この声は集まり始めた村人たちに響き渡り、瞬く間に知れ渡る。
「あ、そんな感じ?えっと、じゃあ皆さん、どうぞご自由に席について肉を焼いて食べてください。」
俺はどうやって「箸」を使うのかを見せて実際に肉を焼いて見せる。後は自由に村人が工夫をして食べれば良いだろう。箸の持ち方を村人に伝授していく。
肉を中央に、そして野菜は端の淵に乗せてジュウジュウと熱が通る音が広場に静かに響く。
この時になって同時に村人たちの喉から「ゴクリ」と口内に溜まった唾が飲み込まれる音が良く響いた。
その後は宴だ。誰もかれもが肉を、野菜を口に含んで美味しい美味しいと口にしながら食事が成された。
「これほどの食事は久しぶりです。有難うございます旅人様。しかし、この先帝国へと赴かれるのですよね?ならば、話しておかねばならない事が御座います。お気を付けください。帝国は天と地が幾らでも、何度でもひっくり返る場所です。」
俺はその村長の言い方にまたも奇妙な気分にさせられる。クスイや婆さんに脅された内容と何だか近いからだ。
「あの、それはどう言う意味なのかしっかりと具体的に教えて欲しいのですけど?」
「はい、帝国は人の欲望の塊なのです。そこで成功する者、失敗して底辺に落ちた者がハッキリと出るのです。ウチの若い者たちはこの村を見限って栄光を、成功を、掴もうと出て行っています。しかし、誰も帰って来た者はいない。村で心穏やかに過ごす日々がどれだけ尊いモノであるのかが、若い者たちには分からなかった。若さゆえの過ちと言う物ですな。思い止まる様に説得を試みましたが、誰も私の話に耳を傾けた者はいませんでした。帝国へと入ればそこはもう二つに一つ、使う者か、使われる者に分かれます。漠然とした事しか考えられない者は目の前の数々の娯楽に溺れて。或いは自らを過信して真っ逆さまに谷の底に落ちる場所です。村から出て行った者たちが帰ってこないと言う事は、そう言う事なのです。」
「アナタは帝国へと赴いた事があるんですね、その言い方だと。」
「はい、出て行った者たちを連れ帰る為に一度だけ。しかし私にはあの場所に長くは居られない事が良く分かりました。人の欲望を引き出し、引きずり込む力があるのです、帝国には。しかし、私には最初からその様な欲望が無い訳ではありませんが、出て行った者を連れ帰ると言う使命がその時にはありましたから。こうして村に帰って来る事ができました。帝国は、眩しい。それこそ夜の火にフラフラと近づいて来る虫たちの様に、あそこは欲望をその身に詰めた者が誘き寄せられる。力無き者はそこで餌として変わり、力持つ者のさらなる金に変わる。怖ろしい場所です。私は誰一人として、連れ帰る事は叶いませんでした。それこそ、手遅れになっていた者たちも多く・・・」
「なるほど。なかなかにエキサイティングですね、それは。中々楽しめそうだなぁ。」
俺のこの返しに村長はポケッとした顔になる。どうやら予想外と言いたいらしい。「えきさいてぃんぐ?」とその言葉を村長は口の中で転がしていたが、意味はどうにも解っていない。
「貴方様にはこれほどの力があるのですから、私のこの様な心配も無用な物だったのでしょう。楽しめそうだなどと、豪胆な方なのですなぁ。」
村長は先程の顔からコロリと表情を変えてそう笑うのだった。