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次に向かうタイミング

 クロは寝入っていた。いや、ネコ科なのだから当たり前か?と思い直す。いつも寝ている所しか見ていないな、と。


「元気に大人しくしてたか?いや、こんな問いかけは変だな。まあ、何事も問題無く過ごしているみたいで何よりだよ。」


 クロがこの森に新しく加入?して自然体系が壊れないかと心配を少ししていたのだが、別にそう言った事は起きていない模様だ。

 いや、こう言った事はきっと数年経たないと表層上に結果が現れないモノだ。警戒心は無くさないで持ち続けていた方がいいかもしれない。


「がううう?」


「ん?いや、別にお前に深刻な用事があった訳じゃ無いよ。木を伐って持って行く為に此処に来たんだ。別段寝てて良いぞ。」


 俺に対して首を上げて眠気眼をこちらに向けて来たクロは一鳴きしたらまた目を瞑る。


「さて、森の中全体を満遍無く光が入る様にした方が良いよな?この先も木材は幾らか使う場面が出るかもしれないし。少し多めに持って行くか。・・・そのせいで森の生態系が崩れるとか、無いよな?」


 ちょっとだけ不安が。しかし人と言うのはそんな懸念も吹き飛ばす「自己中心的思考」というモノがある。

 不安に思ったのは一瞬だけ。俺はさっさと仕事を終える為に森の中へ入る。

 そして木々へと一気に魔力ソナーを広げて調べまくる。そう、建材として有用な木材をコレで見つけようと思ったのだ。

 木の「密度」をコレで量ってみる。するとどうだろうか?アレもコレもと結構しっかりとした木々が生えている。


「スッカスカの中身の木とかは流石にどうなのかと思うけど。コレもコレでかなりの代物だなあ。」


 同じ体積で重さが違う。それは相当に組織がギュウギュウに詰まっていると言う意味だ。

 滅茶苦茶ガチガチに密度の高い木の種類を発見した俺はソレを伐ってインベントリに入れていく。使うなら頑強な方が良いと思って。

 伐った木に余りにも近い位置にある同種の木は採取しない。余り伐り過ぎればこの森からこの種の木が無くなってしまいかねない。


「あ、伐らずに切り株ごと全部インベントリに入れれば良いのか。そうしたら無駄が無くなるよな。」


 二本を採取した所でその事に気づいた。その後に採取する木はそもそも丸々根元から引っこ抜いてインベントリに入れる。根に付いている土は要らないので魔力を流し込んで弾き落とす。


「あ、違うわ。最初から魔力を地面に流して抜けばそもそも土が付かないや。一回一回そうやって気付くとか?間抜けだなぁ、俺。」


 そうやってこの広大な森の中を隅々まで移動して目的の木をインベントリに入れ続けた。


「いや、これってそもそも俺が移動して抜いてインベントリに入れて、ってやらずに、魔力ソナーで把握してある木をそのままインベントリに入れちゃえば良かったのでは?」


 俺の視界外の場所にも一応はインベントリは発生させられる。魔力ソナーで頭の中にはその木の位置も把握できているのならば、有り余る俺の魔力で一気に目を付けた木をインベントリに入れてしまえば良かったのだ。今までの行動は全て無駄である。


「移動しなくても突っ立って魔法で全て解決で良かったじゃん・・・」


 何処までも自分の「力」を把握できていない、上手く扱えていない俺である。こんなので「賢者」と言われる資格は心底無いなと思う。

 それでも俺と会って魔法を使っている所を見た者たちは「賢者」などと呼ぶのだからどうにも未だに納得いかない。


「納得いかなくても、どうしようも無いんだけどな。他人の評価なんだから。」


 俺は仕事を終えてクロの居る所に戻る。


「クロ、お前はずっとここに居るのでも構わないのか?」


 この森に居続ける事をクロがどう思っているのかを問う。こいつをここに連れて来たのは俺なのだが、クロにもクロの不満があるだろう。

 あのダンジョンから出るのは命を守るのに選択肢がそれ以外に無くてどうしようも無い事だったとして、その後には俺がこのクロを哀れに思って従魔にしたのだ。この様な流れにクロが不満を胸に抱えていてもおかしくない。

 そう言ったモノがあるならここに連れて来た責任として聞いてやる、或いはその不満があれば解消をしてやろうと思ったのだが。


「がう、があああう、がう。」


「うん、何言ってるかは分からないのに、何だかんだ何故か不満は無い、と理解できるのは何でだろうな?」


 一応はその後に魔力ソナーでクロの感情を読み取ってみたのだが、別段不満を抱えていたり不安になっていると言った感じを受け無い事に俺は少し安堵する。


「じゃあまたな。そうだな、また暫くしたら来る。その時には一緒に旅をしようか。退屈・・・でも無さそうだけど、一応はお前って俺の従魔?なんだしな。」


 北の町に春が訪れた時にはまたここに来ようと思う。その時にはクロと一緒にのんびりと当ての無い旅を始めるのも一興だ。


「あー、お隣の国?って言うのに行ってみるのも良いかな?どれくらい離れてるのかね?あの野盗どもがこっちに逃げて来たってアレの国か。まだまだ俺はこの世界を知らなさ過ぎるよな。」


 俺はワープゲートを通りながらそう思い直してみた。今まで結構狭い範囲での活動である。

 ここで一気にまたこの世界への見識を拡げてみるのも良いだろう。

 そう思いながら予定地へと戻って来た俺は魔力薬製造工場を早速建て始めた。


 建てるとは言ってもそこまでの時間は掛からない。土台は魔力を地面に流して固めてコンクリの如くにするし。

 木材は加工処理をしたモノをイメージしてインベントリへ手を中に突っ込んで引き出せば、綺麗な想像通りの板になって取り出せる。しかも加工時の無駄が一切出ずにだ。


「本当に魔法って言うのは恐ろしい。使えるものは何でも使え、なんて、それでもコレは便利過ぎて後でツケが回って来ないモノなんだろうか?」


 無償でこんな便利な事ができる何てちょっと信用できない部分がある。まさか最悪のパターンで「命を削って」使用可能とか後出しで条件が判明したとかなったら、その時には俺はどうしたら良いのだろうか?


「そこら辺の事はドラゴンが詳しいのかもしれないけど。まあ本当にあいつが知っているとも限らない訳だし。さてはて、どうしたモノか?」


 そんな疑心は工場を建てている間だけ。出来上がった工場のその立派で頑強な佇まいに俺は自画自賛する。


「いやー、我ながら良い物を建てたな。中の内装もちょっと凝ったけど。まあ良いじゃ無いか。それと作業動線もちゃんと考えてあるし、効率アップだろこれなら。倉庫の方の広さもしっかりと取ったし。よし、クスイと王子様に話をしてこよう。」


 俺はこうして町の方に戻ったのだが、王子様とクスイは町長の家に集まっていた事を魔力ソナーで知る。

 二人には氷の家で顔合わせだけをさせたので場所を移動したんだろう。確かにこの町の改革の話に町長は欠かせない。

 俺はそちらにワープゲートで移動する。


「あー、話し合いしてる所にスマン。一応報告しに来た。工場建設はもう終わったから、いつでも魔法使いの「研修」をしても大丈夫だ。クスイはそこら辺分かってるだろ?王子様の方は王宮から魔術師の選定をやっておいてくれる?」


「いきなりエンドウ殿はやらかしますね、いつもいつも。有難迷惑と言う言葉が思い浮かびますよ。」


 王子様は呆れた様子で俺を見る。クスイは別段「いつもの事」と言った感じだ。


「人員が充分に集められれば直ぐに製造を開始できるのは良い事ですよ、殿下。私はもうそこら辺を計算に入れて行動しておりますから。慣れたものです。」


 ニッコリとクスイは王子様に笑いかける。その言葉の中には俺への非難は無い、無いのだが、最初の頃はクスイにも気苦労を掛けていた事を察して俺は申し訳無さで黙る。そんな真似は今更だが。


「魔力薬がもっと安価で手に入る様になれば世の中は今以上に劇的に変わる。良い方にも、悪い方にも。使う者次第、とは良く言ったモノだ。」


 王子様は懸念表明だ。どうにも悪人に魔力薬が悪用される何て事を不安がっている。

 だけどもそんな事は心配するだけ無駄で、その無駄は「もしそうなったらどんなシチュエーションか?」を考えておく方に切り替えるのが前向きというモノだ。

 只々に不安がるだけでは何もそこから動かない。頭を使うなら「パターン化」を考えておく方が建設的だ。

 まあこの様な事も俺の心配なんて必要が無いのは分かっている。王子様はそこまで無能じゃない。寧ろ少しだけ腹の中は黒いくらいだ。既にそちらの建設的な思考の方に切り替わっている。


「町がこれほどに急激に変わってしまうとは思っても見ませんでした・・・今後はどの様に変わっていってしまうのでしょう?」


 俺が部屋にいきなり現れる事にはもう早くも慣れて来た町長は、寧ろこの町の変わっていく早さに付いて行けないと不安がる。

 だがまあこの不安も目の前に出て来る問題を一つ一つ解決していけば良いだけだ。町長には頑張って貰いたい。だって町長だから。

 それらの浮上してくる問題を解決し続けていればそんな不安を考えている暇なんて無くなるだろう。不安に思うのは今の内だけになる事だろう。

 国の支援もあるのだから何も心配はしないで良いのだ。何か町長の手に余る問題が出てくれば王子様が何とかしてくれる手筈なのだから。


(ああ、何でもカンでも丸投げだな。発起人は俺なのにな)


 でも、町一つを丸々変えようとするのだ。こう言った事業を熟すには「適材適所」なんて言葉が当て嵌まるのだろう。


 大規模な工事や建築は俺がやる。大雑把な受け入れの「器」を作り上げる。

 王子様、或いは国がその「中身」の用意と整備をする。細かい必要物資の手続きも。

 その物資などは商人が運んでくる。国が用意しようとする人材の足りない部分を補う。

 地元の調整は町長が行って町民への配慮や説明、その他の雑務を熟す。町の「見た目」を整える。


 少しづつ積み上げ、そして周囲を固めていく。山となって高く聳え立つ程になったその時には、立派な町が出来上がっているのだ。


「じゃあ後何か俺が必要になる事ができたら呼んでくれ。俺はまた暫く遊んでるから。」


 こうして俺はこの会議の場を出る。


(いやー、こうして俺の用事だけ全部済ませたらさっさと立ち去るのって俺の悪い癖なんだろうなぁ)


 そんな事を思いながら今日は残り何をして遊ぼうかを考えながら町をゆっくりと歩いた。


 それからというモノ、俺はこの町で時に遊んで、遊び疲れれば宿でゆっくりとし、クスイや王子様にこの町の仕事に俺の力を求められれば協力をした。


 そうして月日はあっと言う間に過ぎていく。雪の解け始めが感じられる時期になった頃には、この町は大きく変貌を遂げていた。


「いやー、それでもまだまだ終わりは遠いけどね。基礎は出来上がったと言えるかな。」


 俺の隣では王子様がそう言っている。ここはスキー場の頂上だ。最後に一滑り、そんな感じで俺と王子様は今ここに居た。

 雪はまだもう少しだけ残っている。今年の滑り納めと言った感じだ。これまで仕事の合間に王子様はずっとスキーを楽しんでいた。


「スキーだったよね、呼び名は。コレをすると思考がスッキリしてモヤモヤした気分がいつも整ったんだ。ここが無くちゃもっと今頃ウンウン唸って執務をし続けていただろね。」


 王子様はまだまだ冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んでから吐き出す。


「もうそろそろ行くんだろうエンドウ殿は。やり残しは無いかい?」


「そうだなぁ。また別の何かを思いついたら来年にでもすれば良いんじゃないかね?今は何も無いかな。」


「ソレは上々。さて、今年最後の一滑りだ。来年が待ち遠しくなるね。」


 そう言って斜面へと向かう王子様はかなりの速度を出して軽快に滑っていく。途中のジャンプ台で一層高く跳び上がると「ひゃッほーぉぉぉぉ!」と子供の様に嬉しそうな叫び声を上げる。

 人前では王族としての立場があるからあんな風に大声を出して楽しむなんて事ができないからこその今なんだろう。

 まだこの町には観光客は一切居ない。だからこそ、誰の目にも憚る事無く、心のままにこうして王子様はスキーを楽しむ事ができた。

 この町に観光客が多く訪れる様になれば、今みたいに素直に自身を曝け出して遊ぶ事もできなくなるだろう。それは後何年後になるだろうか。


(その時は海に行ってクルーザーにでも乗せてあげよう。スキーとは全く違う解放感を味あわせて上げようか)


 クルーザーだけじゃ無く、サーフィンなんかも面白そうだ。そんな事を考えてから俺は思考を止める。

 俺も今日でスキーを終わりにして次の旅の準備でもしようと思う。


「とは言え、別に用意する物も別段無いんだけどな。」


 そんな独り言を呟いてから俺も斜面へと滑り出した。


 その翌日には俺は町長に挨拶をしに行った。そこには王子様とずっとこの町に残り続けていたクスイも居る。

 クスイはこちらで自分の部下を北の町に残る者、そしてマルマルとこの町を往復する者に分けて仕事をし続けていた。


「オッス!おはようさん。俺は今日にでもこの町を出て行くよ。まあまた雪の時期になったら顏を出しに来るかもね。つむじ風の皆も居るし、この町は安泰でしょ。」


 つむじ風は全員がこの町に残る。もしダンジョンがこの町の近場にできたとしても攻略は彼ら「つむじ風」に任せれば安心だ。


「もう行ってしまわれるのですか。アナタがいらっしゃらなければこの町は息を吹き返す事無く衰退して消滅していたでしょう。有難うございます賢者様。」


 町長が深く頭を下げて俺に挨拶してくる。しかもいつもの「アレ」も付け加えて。


「あの、その賢者様、って言い方、止めましょうか?俺は遠藤ですよ。只の、エンドウ、です。そう呼んでください。俺が賢者なんて言われる資格は無いですよ。」


「また出ましたね、その謙虚さ。何で認めようとしないんですか?」


 ここで横から王子様がツッコミを入れてくる。余計なお世話である。


「殿下、よろしいでは無いですか。エンドウ様は、エンドウ様ですよ。さて、私も少々ここに長居をし過ぎてしまいましたから一度マルマルに戻ります。向こうは別段部下に任せて順調に回っていると言う事なのですがね。私の決定が必要な案件が溜まり始めたらしいので。」


「あ、それなら俺が送るよ。クスイはもう用意は出来てるのか?ならこの後に直ぐにでも移動しちゃう?」


 クスイがフォローをした後に自身も町を一端離れると言う。マルマルには確かに今まで俺のワープゲートを使えば一瞬で帰れはしたのだが、クスイが俺にソレを頼んだ事はこの冬場に一度も無かった。


「こちらに残す部下たちには全て仕込みを終えました。殿下、後はお好きな様に彼らをお使いになってください。では、エンドウ様、後でお願いしますね。まだ少しだけ話し合いをしなければならない案件が残っていますので、お昼にどうでしょうか?」


 マルマルと往復させていた部下たちは主に物資や人材を運んで来ていた。この冬場にずっとだ。そのおかげでこの町に居る人の数は大幅に増えている。街道が雪で埋もれておらず、しかも真っすぐ平らな事が大きく貢献している。

 その事で前に一度俺がワープゲートで一気に運ぼうかと提案したら却下された。曰く「到着までの時間を計算してその間に他の仕事を熟しますので」との事だった。

 要するに、そこまで一気に詰め込むような事をすると逆に費やす時間が、無駄にする時間が余計に増えると言う事らしい。

 どうやら俺のやり様はこの世界では過剰な「せっかち」であるみたいだ。少し反省する所だろうそこは。


 こうして俺は昼までの間に挨拶周りをする。宿の主人に、町の食堂、つむじ風の皆にも。そしてムゥフィーグの牧場主にも最後に挨拶しに行った。

 どうやら国からの要請は通ったらしく、かの牧場で飼われているムゥフィーグを冬の労働力として貸し出す契約は結ばれたそうで。


「何だ、お前か。良くも俺の平穏な時を壊してくれたな。国から要請されれば受けない訳にはいかない。やってくれる。」


 凄く不機嫌な声で牧場主は俺を睨んだ。そしてもうそれ以上は何も言う事は無いと言った感じで黙ってムゥフィーグの世話を続ける。


「この町が萎んで、寂れて、消えてなくなるよりかは良かったと俺は思ってますけどね。アナタはそうは思わないんですか?」


 俺の言葉に瞬時に苦い顔へと変わった牧場主。どうやら心の底ではそこら辺の理解はあったようだ。


「もうこの町は大丈夫でしょう。それと今日にも俺はこの町を出ますので、その挨拶に来ました。」


 俺のこの言葉に大きな大きな「チッ!」と言う舌打ちが。解せぬ。この舌打ちはどう言った意味が込められた物か分からない。

 だけどもソレを追及するなんて事を俺はしない。


「それじゃあまたいつか会う事もあるかもしれません。では。」


 俺はこれ以上この場にいても牧場主とは打ち解けれ無さそうだと思って別れの挨拶をして離れる。

 出来得る事ならもう少しくらいは普通に話合いを出来る間柄にしたかったが、そう上手くは行かないモノだ。


 その後は冬場の間に完成した公衆浴場へと足を運ぶ。そこには魔術師が十名以上いた。

 そう、ここの風呂に湯を満たす為に使う魔石への魔力供給の為の人員だ。彼らの手には魔力薬が握られている。

 既についこの間に魔力薬製造も開始された。彼らはそちらにも従事している。効率アップの為だ。

 この町へと国から派遣された魔術師たちはいわゆる「研究馬鹿」などと言われる者たちの様で。


「ややや!私の魔力総量が昨日よりも上がっておりますぞ!」

「何!?もうですかな!?コレは凄い事ですぞ!コレさえ有れば我々の魔力はどんどんと上げる事ができる!」

「そうなれば必要量に全く足りずに凍結していたあの研究の続きができる様に!?」

「おおおお!この魔石に魔力を全て注ぎ込んでコレを飲むだけで魔力量が簡単に上げられるのか!革命だ!」

「しかもコレは美味い!美味いぞ!フハハハハハ!以前の魔力回復薬なんぞはもう飲めんわ!」

「魔力薬製造に魔力を使い!そしてこの魔石に魔力注入にも魔力を使い!そして減った魔力はコレを飲めば解決ですか!どちらもかなりの精緻な操作が必要になります!鍛錬がこの様に簡単にィ!」

「楽園か!ここは楽園か!あああああああ!殿下のおっしゃられていた事は本当だったのか!」

「城では魔力薬は我々の方にまで回って来るのに時間が掛かった所か、二本だけ!一本を飲んで、残りの一本を研究用に使ってしまったからな!」

「いやー、その時に飲んだのはあの「役立たず」のクソ上司でしたからな!ここはそれと比べると極楽です!」

「立候補して良かった!そして怠惰で足の引っ張り合いしかしていない奴らは向こうに全員残っている!本当に私は良い機会を掴み取った!掴み取れた幸運!神よ!感謝します!」

「それにしてもこの魔石は見事としか言い様が無いですな!自然的な物では絶対に無い!何処の誰がこの様に?」


 などなど、もう騒ぎが凄い。俺はこれにどうしようか迷った。挨拶をしていこうかと考えたのだが、止めてその場から静かに離れた。


(捉まったらどんな目に遭うか分かったモノじゃ無いな、あの様子だと)


 俺は直ぐに危険を察知して踵を返して宿へと戻った。宿へ戻ってみれば大分時間が経過した後である事に気づく。もう昼前だ。

 俺は宿の主人に昼飯を出して貰え無いかどうか訪ねる。すると黙って主人は小さな一人用の鍋を出して来た。


「奢りだ。食いな。アンタにゃ世話になったからな。まだこの町の行く末は不安だらけだが、以前の不安とは真逆の不安だ。良い事だぜ。」


 この町に俺たちが来る前の町の不安とは「このまま自然消滅してしまうのか」と言った物だ。

 しかし今は「この先の町の未来は明るくなったが、さて、どの様に変わっていくだろうか?」と言った代物だ。

 下を向いている不安と、上を向いている不安。どちらの不安を抱えて生きて行く方が良いかと町民に問えば、誰もが漏れなく「上」と答える事だろう。


 俺は出されたアツアツの鍋料理を「頂きます」と言って食べ始める。

 俺はこうしてこの町の人々に感謝されたくてやった訳では無いのだが、しかし結果的にこの町を蘇らせたのは事実だ。

 掛けられる感謝の言葉に何も言わずに黙って受け取るのが無難なんだろう。

 こうして俺は昼食を摂った後に氷の家に向かった。既にもうそこにクスイが準備万端で待っていたのが分かっていたから。

 食事を終えた後にすぐ魔力ソナーを広げてクスイの居る場所を調べている。しかしここまで早く準備を終えているとは思っていなかった。


「すまんクスイ。遅くなった。昼飯食べてたんだ。そっちはまだなのか?」


「いえいえ、私も先程食べ終わったばかりですよ。既に準備はし終えておりましたので、こうしてここで待っていれば来ていただけると思っておりました。」


 こうして俺はワープゲート出してマルマルのクスイの家に繋げる。俺もクスイと一緒に移動した。

 俺とクスイは一緒に家の中に入る。そして俺は一応だが次に向かおうと思っているのがお隣の国だと言うのを説明しておいた。


「そうですか。帝国へ向かわれるのですなぁ。向こうでは何をなさるおつもりで?」


「いや、別に何も考えてないんだよ、コレが。アレもコレもと今まで思い付きでやって来たからねぇ。向こうに行ったらのんびりとしたいな、くらいは思ってるけどね。忙しなかったから今まで。だから何もしない、って言うのもアリかと。」


「いやはや、きっとそうはいかないと思います。コレはまあ、向こうに行ってのお楽しみでしょうから私からは何も言わないでおきましょう。楽しんできてください。」


 何か含みがあるクスイの言葉だが、そのままの意味で俺は素直にソレを受け入れる。


「ああ、その帝国ってのがどんな特色があるのか楽しみだ。何か土産も買ってこないとな。」


 俺はその後に他に用事がまだあると言って家を出る。この後クスイも溜まり始めた仕事を熟さなければならない。余り時間を取るのも申し訳無い。


「さて、婆さんは「躾」を終わらせてるかな?」


 こうして俺はまだ一つだけ残していた仕事を熟す為に婆さんの家に向かった。

 店はもう出来ているし、材料の仕入れの手配などはクスイの部下がしてくれる予定である。

 既に店員の方の雇用もクスイがやってくれていて北の町の住民の幾人かに契約をしていた。

 もう後は「下拵え」のスタッフが入れば直ぐに店を開く事が可能である。「クレーヌ」が今どの様になっているかは分からないのでそれ次第ではあるのだが。


「御免くださいよー、っと。婆さん、どう?再教育?の方は。」


「随分と来るのに間が空いたじゃ無いか。サレンに教師を任せたからね。香草焼きの方のやり方もちゃんとできる様になってるよ。」


「あれ?そこまで?じゃあ俺の役割は無い?一応は俺が下拵えの方を教えるつもりだったんだけど?」


「少々迷惑を掛けちまってるからね。まあ、これくらいは教育の内さ。徹底的に仕込みをしておいたから、ふざけた事を今後は口にする事は無いさ。」


 そう言って婆さんは「クレーヌ」を呼んだ。そして直ぐに現れたクレーヌは見事にしおらしい。


「先ずは改めてご挨拶させて頂きます。クレーヌです。どうぞこれから宜しくお願いします。」


「はい、改めまして遠藤です。君には北の町で香草焼きの店に従事して貰う事になります。そこら辺の事はもう呑み込めました?」


「こちらのお店の方に研修として働かせて頂きましたので直ぐにでも仕事に取り掛かれます。」


 どうやらこっちの香草焼きの店で仕事に慣れる為に働いていたらしい。ここまで婆さんがクレーヌにさせていたとは俺は思っていなかった。


「じゃあ落ち着いたら北の町に向かってください。町長さんに話はもう既に通っています。では、コレが支度金です。受け取ってください。」


 俺は事務的に金をクレーヌに渡す。その中には充分な金額を入れてある。


「婆さん、受け取ってくれ。教育費と、それとサレンにも臨時で教育係をして貰った臨時給金ね。」


「アンタは金を出すのに何の躊躇いも無いんだねぇ。呆れるやら、関心するやら。本当にアンタと敵対関係にならなくて良かったとホッとしてるよ、今心の底からね。」


 婆さんは俺の出した金貨の詰まった二つの袋を受け取る。どうやらコレは素直に受け取ってくれた。以前には大金をホイホイと出して渡そうとするなと怒られたのだが。


「じゃあ俺はもう行くよ。」


「何処に行くんだい?まあ、アンタなら何処に居ようと距離なんて関係無いんだろうけどねぇ。」


「ああ、何だっけ?お隣の、帝国?だったな。そっちに遊びに行ってくるんだ。」


「遊びに、ねぇ?確かにあっちは遊ぶ場所なら事欠かないだろうさ。精々嵌って抜け出せ無くならない様に気をつけるんだよ。」


 帰り際に婆さんにそんな脅しを掛けられて俺は家を出た。

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