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冗談から出るもの

 そんな状態で15秒程経ってからゲードイル伯は顔を上げた。そして一言。


「いつの間にそこに・・・いや、そうだな。そうだった。そう言った手段を君は持ち合わせていたんだったな。いつでも来てくれて良いと言ったのは私だった。さて、うーん!休憩を入れるとしよう。」


 どうやら俺が来た事で区切りにして休憩を取ると言う。


「いやー、別にどうって事無い要件だから直ぐに片づけて消えますよ。あ、ミッツの方は順調に教会改革進んでます?」


 俺とゲードイル伯は対面でソファに座る。


「まあまあと言った所だ。大きな問題は無いと言っても良いだろう。これだけの証拠があるのでな。証言者も確保しているし、反論や訴えを起こしてくる者は随時「潰して」いるさ。」


 潰すと言う事は、そもそもその訴えを起こしている者の裏を取って確認を取っているんだろう。

 大司教の関係者か、或いは協力者か。それともその他にも何かしらの関与をしていた者かどうかを。

 ここで徹底的に不正を虱潰しに掃除する、膿は出す。今まで出来なかった事を、今出来ている事がどうやら嬉しいのか、ゲードイル伯は爽やかな顔でニコニコしている。


「ああ、それは良かった。それと俺が預かっている物について何ですけどね?ゲードイル伯に引き渡しをしようと思って。お金、必要ですよね?」


「・・・ん?あ!忘れておった。そうか、そう言えばエンドウ殿が持っていたんだったな。まだあの時の事が本当に現実だったのかの実感が無くてな。よし、金庫室に行くか。共に来てくれ。そこに出して貰えれば助かる。」


 こうして俺と一緒にゲードイル伯は屋敷の地下室へ。そこには鉄扉が。滅茶苦茶頑強そうだ。

 その扉の鍵だろう棒をゲードイル伯は真ん中の穴に差し込んだ。するとボンヤリと扉が白く一瞬光る。


「ここは専用の魔法鍵が無ければ開かない仕様でな。この仕組みと魔道回路と魔法陣を組み込んだ特注品。かなりの金が掛ったよ。」


 軽く「ははは」と笑うゲードイル伯。俺は別に金庫の仕組みは別に興味無かったが、いつか勉強する事もあるかな?くらいには頭の隅に入れて置いた。

 中に入れば壁際には大きな箱、小さな箱、その中間の大きさの箱、などなど。恐らくは貨幣価値を揃えて仕舞っておくのだろう箱が大量に並んでいた。


「部屋の一番奥に出しておいて貰えるか?簡単に説明すると、大司教の奴らが貯めた金は国の物として処理してある。それらはこれからは公的な金として民に還元していく決定だ。先ずは教会改革の関連に回されて、その余りが他の事案に回されていく事になるだろう。」


 この金庫室はかなりの広さ。なので俺が回収しておいた量は心配無くこの場に全て出してしまえる。

 一応はそれぞれの価値で揃えておいた方が後で数えやすいだろうと思って綺麗にそれぞれを並べて行った。


「じゃあコレで。後は女性の像、なんですけど。これ、どうします?」


 俺がインベントリからお金を出して綺麗に並べたのを見てゲードイル伯は驚いたような、呆れた様な顔をしている。


「ああ、あの時のアレか。難しい問題だな。出来得る事なら、それらを競売に出して金に換えたい、と言いたいが。アレがどう言った流れで作られて、あんな隠すように仕舞ってあったのかが懸念でな。正当な手続きで大司教が職人に依頼して作らせた物なら良いのだ。しかし、コレがもし万が一に違法であるとなぁ?」


「本人は何も言わないんですか?それと、違法って?」


「うむ、何も言わん。しかもだ。そもそもあの像の数は異常だ。それに「記録」も見つかっておらんのだ。幾ら犯罪証拠の書類やら、その他の関係無い書類も読み漁りはしたんだが。あの像の事だけは、何も、何処にも載っておらん。意図的に証拠を残していないと言うのがなぁ?どこかに職人への依頼などが出されていなかったかまで調べはしたが。何処にもそれが出てこないのだ。奇妙で気持ちが悪い。」


「かなり生々しいですよねあれ。滅茶苦茶写実的?参考にした女性とか居るんですかね?あ、でも思い出して見るとそれぞれ別の顔してたよなぁ?まさかあれだけの数の女性を連れ込んで無理矢理?あ、デモ何かコレもしっくりこないなぁ?」


 インベントリの中にあの像を入れておくのが何だか俺も気持ち悪くなってくる。早い所ゲードイル伯に引き取って貰いたい。

 中に女性を閉じ込めてそのまま生き埋め、なんてサイコな代物では無いのだが。

 そう、あの像には魔力ソナーでもう既に調べは付いていた。ちゃんとした、れっきとした、只の女性像、である。

 当人の大事な大事なコレクションだったのだろう事は簡単に察せる。そこにはどの様な熱意があったのかが知れないので余計に気色悪く感じてしまう。


「まさか、長年かけて自分で製作した物、とか?」


 俺が発したこの戯言をゲードイル伯は本気にした。


「次に会って尋問した時にソレを聞いてみよう。もしかすると・・・」


 本当にクレビレス大司教本人が製作した物の可能性があると、ゲードイル伯は考えたようだ。

 俺は冗談で言ったつもりなのだが、こうも本気にされるとは思わなかった。

 取り敢えずは別に倉庫があるのでその空きに置いておく事になった。コレで俺のインベントリは整理されたと言えよう。


「じゃあ用事も済んだので俺はコレで失礼します。・・・んあ!ちょっと待ってください。俺が今居る町の事なんですけど!」


 俺はここでゲードイル伯に「北の町を宜しく!」というお願いをしておいた。これからあの町は変わるから、要注目であると。


「エンドウ殿は何かと問題を起こす、いや、あの町は確かに先が無かったと言える土地だ。それを再生させると言うのだから解決をしたと言えるのだろうな問題を。あい分かった。恩人の頼みである。私にできる事があれば協力をしよう。何でも言ってくれ。」


「あ、別にそんなに気合を入れないで良いです。一度遊びに来てくれたらそれで。その時にはミッツも一緒に連れて来てください。つむじ風の皆がその町に居ますので。冬の遊びを堪能して貰って楽しんでくれたら。」


 こうして俺はゲードイル伯の屋敷を出た。アレもコレもと思い付いたら動くのは何だかクセになっているのだろう。思い付いたらやっておく。後で後悔しない様にと。


「あとそれから面倒な事はあらかじめ大体を先に熟しておいた方が後が楽、ってなもんだ。」


 やり残している事が無いかどうか、俺は一通り確かめてみようとしたが。


「止めておこう。多分コレをするとまた余計な事を思い付く。帰ろう帰ろうお家に帰ろう。」


 その後は北の町へと戻って宿に入る。自分の部屋に行って今日の事を振り返る。


「充分休んだ・・・とは言え無いな。何だコレ?ゆっくりと引き籠ろうとしたけど、結局はそうならなかったのはやっぱり体力的な余裕が今は有るからか。」


 本当に疲れて何も考えられない、などと言った状態であればこんな事にはなっていない。

 今の自分には体の疲れと言ったものは皆無である。魔力で体力を補っているから。

 俺が動けなくなる時はきっと精神的な疲れからだろう。それも相当に大きくて呑み込めない、処理しきれない程の衝撃を受けた時になる。

 そんな事は今後起きるだろうか?それだけのショックを受ける状況というのが想像できない。


「今は何も考えないのが吉かな?ちょっと寝よう。」


 まだまだ寝るには早すぎる時間だ。けれども起きていると次々に何かしらを思いついてしまうと思って無理矢理目を瞑って静かにベッドに寝転がった。


 そうしていればいつの間にか寝入ってしまって翌日に。


「寝過ぎたな。自分で思っていたよりも随分と疲れてたのか・・・?」


 昨日の寝る前に「体の疲れは皆無だ」などと考えていたのだが、やはり小さい蓄積は奥底に溜まっていたのかもしれない。起きたのはもうお昼前であった。


「あーあ、何しようか今日は。遊ぶかな。まだやっていない遊びがまだあるし。皆を誘うか。」


 俺は宿を出て昼飯を食いに町の食堂へ。そこでいつものメニューを頼む。

 どうにも最初にここの食堂で食べた食事が気に入っていて飽きが来ない。

 宿で出された食事も気に入ってはいるのだが、昼はここに食べに来てしまう。


 そうして昼飯を食べ終えると次に俺は皆を探した。だが、様子が変だ。


「何で皆スケートリンクの方に集まって、と言うか、コレはここに派遣で来てる兵の人たちも居る?王子様も居るなあ。」


 何かを始めるのだろうか?俺は直ぐにワープゲートで移動した。何だか除け者にされている様に感じて即座に声を掛ける。


「ちょっと、俺を置いて何をしようとしてたんだよ?俺も参加させてくれよな、もう。」


「アンタは寝てたじゃない。起こしに行ったけど返事が無かったから放置したのよ?」


 マーミに指摘されてしまった。どうやら俺は深い睡眠に入っていて起きられなかったようだ。

 いつもならその様に声を掛けられれば起きられたはずだ。だけどもどうやら俺は最近「警戒心」と言ったものが和らいでいるようだ。

 あの森で一人で生活していた時と比べたら天と地も差が在る、今の生活は。危険と言う意味で。

 今の自分は安心しながら眠りにつけていると言えるのかもしれない。コレは別に悪い事では無い。


「それにお前はアッチにもこっちにも好き放題に歩き回っているだろ?伝えようと思っても捉まらないんだからしょうがないぜ。」


 ラディが痛い所を突いて来た。こう言われると俺がドラゴンと同類だと言われているみたいで嫌だ。でも言い返せない。


「で、皆してソレを着用してるって事は、やるの?今から?」


 この場に居る者たちは俺が作っておいて王子様に引き渡していた「防具」を身に着けている。もちろん全身フルセット。そしてその手にはスティックも持っている。

 ちゃんと俺が用意しておいた「パック」と呼ばれる玉もある。どうやらコレはアイスホッケーを始める様だ。


「競技の基本は押さえました。後は実際にやってみると言った所です。私たちが実際に体験してみない事には、他者への説明や伝道するのに足りない所が出ますからね。」


「王子様もやるの?怪我するし、危ないよ?・・・今更か?」


「今更、ですね。」


 王子様はニッコリ笑ってその顔を俺へと向けてくる。その笑顔の中には隠された俺への非難が。


(いやー、確かに無茶をさせてるね、俺は。一国の王子にいきなりスキーさせるとか。いや、ホント、マジでヤバい)


 馬鹿な話、スキーを王子様にさせて事故となり、即死なんて事になっていたら流石の俺も「生き返らせる」のは無理だっただろう。

 人を生き返らせると言った点で、俺はその「核心」を掴めてはいないと断じる事ができる。

 俺はそもそも「死」というモノを体感も体験もしてないので、先ずそこからして理解が及んでいない。

 それこそそんな事になっていると、そこから俺と言う存在が「生き返れるか?」と言う問題に直面する。

 死んだらお終い、それが全てだ。自分が感じた事も無い、経験した事も無いものを、他人に対して施すのは無理が大きい。

 重傷や重体ならばそこから即座に回復、復帰をさせる事はできると思うが。


「この競技は体当たりは可能で、この手に持つ道具で叩くのは無しだろう?ならこれくらいは許容範囲内だよ。剣の稽古と比べたらこっちの方が優しいね断然に。」


「まあ確かに、木で出来てる剣で叩かれた方がヤバいよなぁ。」


 王子様の説得力ある意見に俺は直ぐに納得できた。この世界には魔法があって、そして体の怪我を直ぐに治せるのだ。

 剣の稽古で打ち合って打ち身も打撲もした所で魔法を使って回復できるのだから。そう考えると大事な王族なのだから怪我の跡一つも残さない様にと、城にはそうした治療専門の者が王子様に付いて即座に何かあれば回復、と言った事は当たり前だったはず。


「いやー、今は俺がここに居るから何も心配いらないか。まあ俺は見学してようかね。」


 こうして始まったアイスホッケーの試合はかなり白熱した戦いになった。

 ルールは一応はざっくりとしたモノを俺は伝えてあるのだが、そこからの細かい部分の変更や追加などは任せてある。コレを丸投げと言う。

 その粗削りな戦いがより一層にぶつかり合う威力と迫力に繋がって、互いに一進一退で点の取り合いとなったのだ。見ごたえが抜群にあったと言える。

 王子様チーム対カジウルチームだ。試合時間の方も文官の部下たちが計っていた。流石は城の兵たちで、その試合時間の間は体力の落ちる事無く全力でぶつかり合っており、その勢いと熱は時が経てば経つ程に上がっていた。鍛え方が違うと言える。

 彼らはそもそも戦場に立って戦わねばならない立場だ。そんな場で体力が無くなって戦えない、立ち上がれない、動けない、なんて事になればソレはすなわち「死」と同義だ。

 そんな事にならない様にと普段から徹底的に体力作りはしてあるんだろう。最後の最後、試合終了の合図が出るまでずっと互いにぶつかり合う事を、点を取り合う事を諦めずに動き続けていた。


「いや、コレはマジで凄かった。」


 俺はそんな感想を自然と漏らしていた。勝ったのはカジウルチームだ。最後の最後で王子様チームのパスをカット。

 そのままゴールを決めてリードを守り勝利を収めた。お互いに全力でぶつかって競り合った結果だ。誰もがスッキリとした顔で終わる、と思われたが、王子様だけがちょっとだけ悔しさが浮かんだ表情になっていた。

 どうにも負けず嫌いな所があるようで、先程のラストのパスカットされたのは何がいけなかったのかのミーティングを始めてしまった。


「おいおい、コレは別にそこまで深く考えなきゃいけない事か?本気になり過ぎだろうに。」


 王子様の様子にカジウルは少しだけ呆れた様にそう言う。


「いやいや、だからこそだろう。ここでちゃんと追及ができていれば次にやる時にはさらに磨きをかけた試合ができる。当然その次を何時にするかは未定だが。」


 師匠もこの試合に参加していた。そして王子様の行動は別に悪い事では無いと。


「でもねー?終わってすぐにって、ちょっと熱意があり過ぎやしないかしら?」


 マーミも試合に出ている。男女平等?いや、マーミは魔力で身体強化を出来るので屈強な男の体当たりなんて屁でも無い。

 今回の試合は常時そう言った強化をしたままにしないで、要所要所でオンオフを切り替えながら戦っていたカジウルたち。発動しっぱなしでは兵たちとの差が余りにも開き過ぎてしまうからである。

 今回は試しにやってみた、と言った部分が重要だ。これに魔力で身体強化をフルに使ってカジウルたちが試合をしたら一方的な蹂躙になってしまう。それはもう試しに、なんて言った領域を軽く超える。


「新しい事を始める時には国が先導し、率先して民に示す事が必要ですからね。そこに王族が何らの熱意も情熱も注がれていないとなると、民たちはそこを敏感に感じ取って遠ざかってしまいます。定着がその分遅くなるんですよ。こう言った事はね。」


 どうやら聞こえていた様で俺たちの意見にちゃんと答えをくれる王子様。どうやらミーティングは終わったようだ。

 試合に出ていた兵たちは皆がスケートリンクから上がって来る。


「負けず嫌いなだけでは?まあ、だからって確かに何にも感情が動かないよりかはよっぽどマシか。冷めていればいるほど見えてくる部分もあると思うけどな。それじゃあ風呂、作るか。」


 俺の最後の一言に全員が「は?」とこちらに一斉に視線を向けてくる。


「ほら、銭湯、あいや違うわ言い方が。公共浴場を作るって話だよ。王子様に相談して専門の設計士に図を書かせてくれって言ってあったけどさ。今回は特別って事で外に急拵えで作るからちょっと待ってて。良い試合見せて貰ったお礼かな?」


 俺はスケート場を出る。その後は大きく広いスペースに露天風呂を作り出す。

 とは言え、今回だけのものだから簡易的なものだ。大きな穴を作ってそこに湯をダバダバと流し込んで完成だ。溜めた湯が沁み込んで行かない様に風呂内面はコーティングを施してある。コレで今はオッケーだ。

 試合をしていた全員が入れるくらいに大きな大きなお風呂の完成である。


「ここまで大規模な工事をしたのに、俺の魔力は全く減らない。しかもお湯まで出してるのにな?全然減ったと言った感覚が無い。とうとうアレか?化物ってのに足を踏み入れてる?まあ、今更か。」


 俺は風呂が出来上がった事を伝えて案内する。兵たちはいきなりスケート場を出て案内された「池」を見て驚愕。

 そう、何処からどう見ても只お湯が張られた人工的な池にしか見えないのだ。コレはどうしようも無い。

 けれどもそんな事は関係無いと言った感じでカジウルが真っ先に素っ裸になる。


「ひゃっほーい!」


 その池に飛び込んだカジウルは次に「ぶへあー!良い湯だぜぇー!」などとオッサン丸出しのセリフである。

 コレは俺の落ち度かもしれない。脱衣場を作らなかったからだ。


 そこからはどんどんと兵たちも防具を脱いで次々にその中へと飛び込んでいった。何だカンだ言って奇妙な光景になってしまう。

 誰もが風呂の気持ち良さに先程のカジウルの様なオッサン顔になって行ったからだ。誰もかれもが随分と風呂が気に入ったらしい。

 最高だ、幸せだ、疲れが抜ける、心地良い、極楽だ、などと思わずと言った感じでそう言葉を漏らしている。


「で、私はどうすればいいのかしら?」


 マーミだけ取り残されている。まあ当然男たちの中に女が一人だけ、紅一点だったのだ。

 この場でマーミも一緒に風呂に、なんて事はできやしない。


「あ、じゃあ向こうに専用で作るよ。いや、すまん、マジで忘れてた。いや、そんな目で睨まないでくれない?」


 マーミにはマーミ専用の風呂を作って、脱衣所も作って、覗き防止の柵もバリアも張って事無きを得た。


 こうしてこの世界での初めてのアイスホッケー試合は幕を閉じる。今後にこの競技が町の名物になるかどうかは分からないが。

 その後は風呂の後処理を終わらせてこの場を後にした。即席の風呂が目の前で消えていく光景を見て兵たちは悲しみの声を上げている者も中には大勢いた。

 ソレは無視する。どうせ後で公共浴場が本格的に出来上がる予定だ。その時に思う存分入ればいいのだ。風呂の気持ち良さを体感してしまった兵たちはもうこの快感からは逃げられなくなっている事だろう。

 浴場ができればきっとしょっちゅう入りに来るに違いない。まあ今冬に出来上がるかどうかはまだ不明だが。

 この町から城へと帰還する者も中には居るだろう。その後にその者たちが「風呂!求む!」と訴えを起こしても俺は責任を持たないけれど。

 そんな訴えが出ると、国としては城下街にもこうした公衆浴場を多く作りたいといった感じになるだろう。その時にはこの町に作る公衆浴場がモデルになれば良いなとは思うが。

 そんな先のどうなるか分からない事は今は誰にも分らないのだ。ここでそれを考えるのは無駄である。


 今日の残りの時間、この後は宴会となった。試合をした感想戦をしつつ。飲んで騒いで、食べて語らって。

 試合をした事でより一層に兵たちには連帯感が生まれたのか、仕舞いには酒を飲んでいた者たちは酔っ払って歌い出し、そして踊り出した。

 そんな面白い時間はあっという間に過ぎて夜も更けてお開きとなる。この宴会費用は国が持つのだと言う。王子様は太っ腹、と言う事では無く、恐らくはガス抜きと言った所だろう。

 この兵士たち、こちらに来たその日から訓練は続けていた。毎日毎日欠かさずに。何の為に此処に来たのかと言った不満も出始めた頃だったんだろう。

 こうしてアイスホッケーをさせて何をさせたかったのかを実際にやらせ、そしてこうして騒いで日々の疲れを忘れさせる。

 王子様はちゃんとそこら辺を考えての事だったんだろう。宴会中にニンマリと笑った瞬間を俺は見ていた。その笑顔はどうやら上手く行ったと感じての事である様子だった。


 そうして翌日。昨日のどんちゃん騒ぎは嘘の様。静かな朝を迎える。

 連日アレもコレもと動き続けて少しは悟った。自分はどうにもジッとしていられない性分なのだと。


「何をしようか?とは言っても、兵士を借りてまたアイスホッケーは流石に無いな。昨日ので俺は満足したし。」


 観戦をしただけで俺はあの競技はお腹いっぱいになった。自分がプレイすると言った思考にはならない。

 あの迫力のプレイを目の前にして興奮を俺も覚えた。海外で大が付くくらい人気のスポーツだと言うのが大いに納得できた。


 俺は朝食を摂りに宿の食堂へ。そこで後は何で遊んで無いかをまだ少しだけ眠い目をこすりながら考える。


「エンドウ様、お久しぶりですな。これほどの速さでこの町に到着できたのはエンドウ様の魔法のおかげなので御座いましょう?」


「あ?クスイ?滅茶苦茶早い到着だったな?あれ?日程の計算合ってる?」


 そこにはクスイがテーブルに着いて食事を摂っていた。ここでマルマルから子の町までの日数が普通ならどれくらいだったかを思い出そうとする。

 しかしこうしてクスイがこの町に到着したのであればもうその様な些事は考えないでも良いだろうと思考を止めた。


「あの街道はエンドウ様でございましょう?しかもあのような魔法までいつの間にかかけて頂いていれば、早く到着しない訳がありません。凹凸の無い街道、雪の無い道、これだけでも相当に旅程は早まりますな。」


「あー、何かすまないな。クスイに声を掛けようと思ったんだけど、馬車の中に居たみたいだったからさ。引き留めるとか言うのは止めておいたんだ。」


「エンドウ様ならその様な状態であっても声を私だけに届ける術は有ったと思われますが。それはもう過ぎた事でございますな。」


 俺は宿の主人に朝食をお願いして持ってきてもらう。そして食べながらクスイと話しを続けた。


「ああそう言えば王子様とはもう顔合わせした?クスイの協力が欲しいって言っていたから会って無いなら後で引き合わせるけど。」


「エンドウ様?何故ここに殿下が?」


 まだこの町の事情がそこまで分かっていないクスイ。コレは仕方が無い。さっきここに着いたばかりだと言うのだから。

 俺はクスイへとこの町の「改造計画」を説明した。取り敢えず時間は有り余る、とまでは言わないものの、たっぷりとある。充分にクスイが説明を理解して貰えるだけの時間を設けて話を続けた。

 ソレが終わるとクスイは随分と難しい顔をしたままになった。どうやら頭の中で自分の利益を計算している真っ最中と言った所のようだ。

 ソレが大体2分か、或いは3分。思考は終わったようでパッと表情が変わる。ニッコリと満面の笑顔だ。


「魔力薬の工場を設ける事は大丈夫です。問題はありません。しかし従業員、それも魔術師を雇うのが難しいかもしれません。その点辺りは・・・殿下との相談と言う事で?」


「そうだな。国との連携を取って上手くクスイが纏めてくれ。やりたいようにやって良いと思う。」


 こうして朝食後はクスイと王子様を引き合わせる。場所は「氷の家」だ。


「じゃあ後は宜しく。」


 俺はそれだけ言って後を任せる。王子様は「考えていた予定が思いきり早まったのだが?」と俺に文句を言って来ていたが、コレを俺はニッコリ笑顔で無視した。


 次に俺は魔力薬工場を建てる場所は一応は決めてあったのでそちらに移動した。

 そこで工場を建てる上で建材が少々足りないかもしれない事に気付いた。結構大きいものを建てるのだ。今インベントリに入っている材料では心もとない。


「そうだなあ。森に行って多少の伐採をして材料の確保と、後はクロの様子でも見に行くか。」


 地面に魔力を流して土を圧縮し土台とするのは良いのだが。建物全体をコンクリ造りにするのはやり過ぎかと思い止まったのだ。

 町全体を見てこの工場だけそう言った外観の見た目をしているとかなり目立つだろう。

 景観的な所も含めての発展計画を王子様は考えているかもしれない。なので俺がここでその考えからぶっ飛んだ建物を用意してしまうとバランスが悪くなる結果に繋がるだろう。


「まあ見た目なんて後で幾らでも外側を取り繕えば良いんだし、気にする事じゃ無いけどね。」


 とは言え、ここの土地は冬場は相当に冷える。だとすると冷たいコンクリ仕様はちょっと避けたい。

 暖かで木の温もりが感じられるような、そんな内観にしたいと思ったりする。


「それもまあ中身を後で追加でリフォーム工事すれば良いだけなんだけど。それでも材料は必要なんだから取りに行くか。」


 こうして俺はクロの居る森にワープゲートで移動する。あそこは木々が幾らでもあるので取り敢えず間引きする感じで森の中に日の光が入るような伐採をすれば良い感じに収まるのではないだろうか?


「おーい、クロー?居るかー?」


 俺は移動した後は先ずクロが現在元気でやっているかの確認をする事にした。

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