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そうじゃ無いだろう

 町に戻れば宿にて夕食、そして寝る。この日は何だカンだと言って、俺は余りジッと引きこもりをしていられないらしいと言うのが分かった。

 スマフォ、インターネットがあれば一人部屋に閉じ籠っていても暇を潰せただろうが。ソレが無い世界ではこんなものだ。


 そうして翌日、ベッドから起きて朝食を摂ってとゆっくりな朝を迎えた。


「さて、今日は王子様と午前中はこの町の発展の為の追加の会議だな。」


 俺は魔力ソナーを広げて王子様が何処に居るのかを探る。そしてそれは直ぐに見つかった。町長の家である。

 今日はどうやら報告会でもあったのか、他にも数名の部下が居るようだった。


「丁度良いや。話を聞いて貰おう。」


 直ぐに俺はワープゲートで移動する。しかも家の中に直接だ。


「やあ、俺も話したいお題ができたから顔を出させて貰った。大丈夫か?」


「何を意味して大丈夫かと言っているのか分かりたくないですね。ですが、もうここまで来たら聞きますよ。」


 こうして一応は先に部下たちが王子様へと報告を済ませた後に俺の追加の思い付きを話す。

 公衆浴場、それに香草焼きの店。クスイと話しをしないといけないが、と前置きをしてから魔力薬の工場を作りたい事も。

 魔術師を多めに確保したいのと、この町の人々を工場で雇いたい点も。


「思い付きの規模が規格外なんですよ、ほんと。それらを建てるのは当然・・・エンドウ殿がやると言う事で?」


 王子様はその点を突いて来る。コレは俺が一気にやってしまった方が良いとは思うのだが。


「あー、工場は以前に建てたから大丈夫だけど、公衆浴場は図面引いてくれない?魔石で水の確保はできるだろうし、それを熱して湯にするのも魔石でできる。けどそれらを効率良く設置できる様なその手の職人に頼んだ方がそこはいいでしょ?あ、男湯と女湯に分けなきゃ駄目だよ?混浴、良くない!」


 俺の脳内はあくまでも日本の「銭湯」である。なのでこちらの世界で公衆浴場の「常識」なんて知らない。

 混浴が当たり前、などと言った話になったらイケないと思って一応はそこを指摘しておいた。


「エンドウ殿の頭の中が未だにどの様な思考回路をしているか分からないよ。まあ、魔術師が大勢必要で、魔力薬も大量に求められると言うのは、良くわかったよ。嫌でも解るよ。」


 俺がテーブルへと置いた「魔石」の大きさに頬を引き攣らせている王子様。

 それとまだこの場に残っていて貰っていたその部下たちもコレを目にして青い顔をしている。

 何せバレーボール程の大きさを持った綺麗な「球体」である。コレが魔石だと言われても初めてコレを見るだろう者が居れば「綺麗」としか思わないだろう。

 魔石の「常識」を知る者であればこうしてドン引きするのは致し方無い。


「あ、もう少し小さい方が良かったか?自由に大きさは変えられるから、そこら辺は融通が利くよ?」


 俺のこの一言は余計だったらしい。部下の一名がどうにもこの俺の発言を聞いて気を失いかけた。


「ソレはどう言う・・・」


「ああ、別にそのままの意味だけど?そうそう、入浴料は気軽に入れる様な料金設定でお願いね。ああそれと、管理やら掃除やらとかでもちゃんとここの町民を雇用してあげてね。そうだなあ、廃棄する湯は雪を溶かす用に使えないかな?そうすれば建屋の周囲を雪で埋もれさせて出入りができない、とかは無くせそうだけど。コレは上手くやらないといけないか?」


 俺は段々と町を経営する「ゲーム」でもしている気分になりかける。


「ああ、ゴメンゴメン。そこら辺の細かい事は町の人々の知恵と国の支援で上手い事回してくれ。俺があんまり小言を口にすると動きずらいよな。」


「決してそんな事は無いですよ。では、クスイはいつ頃ここに到着するかなどは分かりますか?」


「あー、それは分からんなぁ。何も問題が起きない様にと馬車には頑強になる魔法を掛けて、それを牽引する動物には力が上がる魔法を掛けてあるんだけどね。もうこちらに向かっているから近日中?」


「話し合う内容が増えてしまいましたね。クスイにはこの計画に大幅に参加して貰う事になってしまうでしょう。」


 どうやら俺は余計な事ばかりを持ち込んでいると言いたいらしい王子様は。

 しかし俺にはクスイが「喜んで」と、すんなりとソレを受け入れる場面が目に浮かぶ。しかもちょっとだけ楽しそうな顔で。


 その他にも雑談を交え王子様から細かい所もツッコミを入れられつつ話し合いを終える。

 話し合い、と言うか、俺の傍迷惑な思い付きを述べる場になっているだけの様な気がするが、気にしたら負けだ。


「じゃあ俺はもう良い感じの時間になったから行く。話しこんじゃったな。」


 もうお昼前になってしまった。もう少しすれば腹の虫が鳴る時間だ。俺は町長の家を出る。


「あー、そうしたら向こうに行って、親睦を深める為に一緒に香草焼きを食べに行こうか。」


 俺はまたしても思い付きで行動を開始した。そう、昨日に「対決」を終えた彼女の家を訪れようと思ったのだ。


「こんにちわー。昨日はどうもー。対決は俺の勝ちで良かったのかな?引っ越しの準備はできてるー?あ、それとも心の準備がまだ?」


 俺はそう言えばと思い出す。香草焼き二号店の店長にする予定の彼女の名前をまだ聞いていなかった事を。

 ここで家のドアが開く。昨日の出会いを思い出してこの時に「うるさいわね」とまた言われるのかと身構えたのだが。


「どうか私を貴方様の弟子にして頂けないでしょうか!」


 待ち受けたのは土下座をして俺へとそう願い出る彼女の姿だった。


「・・・話が違うよね?一応はここで聞くけど、婆さんの顔に泥を塗る気なのかな?」


 俺は容赦無い質問を彼女に飛ばした。傍から見れば変な恰好の男が少女に土下座されている場面だ。

 だがこの家、どうにも人の気配が近づく様子が無い。ここはどうやら意図的にそう言った位置取りの場所なんだろう。

 俺の質問に彼女は少しだけ「ギクリ」としたらしく微かに身体を震わせていたのだが、それを俺は見逃してはいない。


「俺が魔法対決に勝てたら、君は北の町に作る香草焼きの二号店で働く、そうした約束だったよね?確かに弟子に、と言った事はそれとは関係無いからそうして頼んで来る事自体には何ら問題は無いけどね?でも、それをするなら先ずは筋を通して最後までちゃんと自身の責を熟してからでは無いのかな?」


「どうか!どうか!弟子に!」


 どうやら彼女は「弟子にしてくれコール」を繰り返して俺を「折る」のが狙いらしい。彼女はまだ自分の名も俺には名乗ってもいない状態なのにもかかわらず。

 コレを忘れているのか、それとも狙っての事で後で何か企んでいるとか?

 しょうがないのでここで少しばかり深めにブスリと釘を刺してみる。


「君は「御婆様」と呼んでいたからきっと婆さんの事を尊敬か、或いは恩人だとか、そう言った感じに思っているんだよね?なら聞こうか?もしこの場にその本人が居ても、そのまま俺に弟子にしてくれと言い続けるつもりかな?」


 この一言に彼女は何も続きを口にしなくなった。と思うのは一瞬だけ。突然立ち上がって俺の脚にしがみ付いて来た。


「どうか!どうか!どうか!」


 どうやら言葉での説得は無駄の様だ。こう言うのを「恥も外聞も無く」と言うのだろう。

 彼女は心の中で「御婆様はこの場には居ないのだから関係無い」などと思っているのがバレバレである。

 そう、俺は魔力ソナーで彼女の精神を既に探り、把握している。彼女はどうにも腹の中に黒い部分が相当ある。

 この縋りつきの行動を避けられなかったのは彼女が素早過ぎたから。心と体の動きが瞬間的に同時に起こり、そのまま躊躇いも無く跳びかかって来たので驚いて反応できなかった。

 要するに俺は「衝動」と言う素早さへの対応ができていないと言う事だ。コレは中々勉強になった。

 なりはしたが、それとこれとは別であり、その点を彼女に教える義理も無い。


「そうか、なるほど。じゃあちょっと一緒に婆さんの元に行こうか。そこで同じ事を最初からやってみてくれるかな?さて、それを見て婆さんはどんな視線を君に向けるだろうか?呆れるかな?それとも見放すだろうか?君はそれだけ俺に教えを受けたいと言うくらいだし、魔法への熱意は有る方なんだろうね。さて、その熱意はどれ程のものかな?」


 既にもう彼女は俺の「魔力固め」で動けないでいる。そこから操作して直ぐに俺の脚から離す。


 自身が操られている、その事に気付いた彼女は必死に「ムグぅゥぅゥう!?」と唸って自身の魔力を放出して俺の「魔力固め」から脱出しようともがく。コレは中々反応は早いし、対応も適切だ。

 でも、無理だ。俺の込めた魔力は相当多い。と言うか、まだ流し続けている。彼女がコレを解除できない様に強固にする為に。解除は恐らくは不可能だと思う。完全にと言わないのは俺の知らない方法が何かあるかもしれないな、と思ったから。

 そして呼吸はできる様にしてあるが、口は動かせない様にしている。喋れるようにしてあると五月蠅いと思ったからだ。


「さて、行こうか。何、婆さんの家は直ぐ近くだから、別にこのまま歩いて行くだけで直ぐに着くよ。」


 俺はそのまま家の敷地内から出る。それに付き従うように未だに唸りを上げ続けながら彼女が付いて来る。

 まあ当然俺が魔力固めの魔力で操って無理矢理に歩かせているのだから当たり前だ。

 彼女が俺の魔力固めを解除する事ができていればすんなりとこうも付いて来るなんてあり得ないだろうから。

 相当に婆さんの所に行くのは嫌なようだ。自身の魔力の密度を上げようと唸り続けている。俺の拘束から抜け出そうと必死である。


 そうしていればもう婆さんの家に到着。そのまま断りも無く中へと入り客間へ。真っすぐにソファに向かい、そして座る。

 その目の前には超が付く程に機嫌が悪くなっているのが即座に分かる顔の婆さんが。


「ついこの間だね、呼ばずとも勝手に中に入って来ても良いと言ったのは。あれは間違いだったようだねえ。判断を誤ったよ。何故クレーヌが一緒にここへ?」


「まあコレを見てくれれば早い。」


 俺は壁へと魔力プロジェクターで映像を流す。もちろん俺の主観視点の先程の事だ。

 映し出された映像、そして響き渡る声は弟子にしてくれと言っている「クレーヌ」である。


 さて、この時はもうこの「クレーヌ」への魔力固めは解いている。だが彼女は既にこの家に入る前に魔力固めの解除に必死になり過ぎて自身の魔力を使い果たしてしまい、ヘロヘロで良い訳の一言も口に出す事ができない位に疲弊をしていた。

 流れる映像と音声はそのままずっと先程のやり取りを余す事無く上映し、婆さんに俺と「クレーヌ」がここへと来た理由として見せつける。


「・・・クレーヌ、・・・クレェーーーーヌ。そんなにアンタはワタシの事を馬鹿にしていたのだねぇ?さあ、どうだい?もう一度ここでワタシが今見た光景を再現して見せてくれないかねぇ?」


 優しく、そして心底冷えた声音で婆さんは「クレーヌ」へと話しかける。コレには「クレーヌ」も青い顔を通り越して白い。

 そして何も言い返せないのか、どうなのか?もう息は整っているのにも関わらず「クレーヌ」は婆さんの求めに動き出す気配は無い。少しは落ち着いたはずなのでゆっくりなら動き出せるはずなのに。


「ワタシが今までどれだけアンタの面倒を見て来てやったと思ってるんだい?アンタとの付き合いは、さて、どれだけの年月経った?これまで散々世話してきてやったワタシに、どうしてあんな恥をかかせる様な真似ができるのかねぇ?何を思えば、どんな事を体験すれば、あのような行動に出れるんだい?そうじゃなくてもね、自分の立場を弁えていない者など何処の誰だって「必要だ」などとは言わなくなるんだよ。そんな使い難い者を手元に置いて勝手やたらに動き回られ、大事な事を決められちゃ「粗大ゴミ」として処分しなきゃいけなくなるだろう?どうだい?クレーヌ?アンタはそれほどにワタシに認められていて、その勝手をできる権限を持っていたのかい?自分の方から申し出た「魔法対決」に負けたクセに、自分の言った事を守らないのかい?アンタの器は昔から小さいまま何だろうねぇ。成長なんてこれっぽっちもしちゃいなかった。自分の都合だけその場限りで切り抜けられれば良い。後は何とかなる。周りの空気なんて知らないとばかりに自分勝手を「隠れて」押し通そうとした事がその証拠だよ。弟子にもし認められていたら、さあ、どうとでも言い訳できると思っていたんだろう?ワタシを舐めるのも大概にして欲しいねぇ。」


 滅茶苦茶重い。婆さんの説教は「クレーヌ」の心を圧殺していた。

 彼女は最初白い顔で血の気が引いていたが、その内に顔中に玉の様な汗が一斉に「ぶわっ」と浮き出て来ていた。

 しかしそれも少しの時間だけ。突然に汗が出るのがピタッと止まって、今度は顔が青になったり赤になったり白になったり紫になったり。

 婆さんが最後の言葉を発した時に「クレーヌ」への圧を一層上げていた。それを受けて彼女は気絶したのだ。


「うわー、人が言葉責め、と言うか、説教を受けて気絶するとか。初めて見たわー。えぐい・・・」


「この子を連れて行くのは暫く止しとくれ。教育をし直すからね。こんな性格のままでこれまでやらせて来てしまっていた責任があるからねぇ。矯正してから少しでもマシにしてそっちに引き渡すさ。こんなままじゃあ人前になんて出させられないし、働かせる事もできないさね。閉じ籠らせて研究と研鑽だけやらせていたのは間違いだったねぇ。思えば最初から分かっていたはずなんだけど。甘かったねぇ考えが。」


「なあ?そもそもさ、彼女気絶しちゃったけど、俺はまだ直接ちゃんとした挨拶と名乗りを彼女自身から受けて無いんだけど、これで良いのか?それと、最初から分かってたって、それどう言う事なの?」


 俺は婆さんが大きく溜息をついた後にそう今更な事を突っ込んでみた。


「そうだねぇ。まあこの件の詫びとも言えない様な代物だけど、聞かせようか。」


 こうして婆さんは「クレーヌ」の過去の話を搔い摘み話してくれた。


 どうにもクレーヌは以前に王宮魔術師の新人として働いていたそうで。しかし彼女に目を付けた貴族が自分の「娼婦」になれと迫ってきたらしい。

 そんな事は真っ平御免だと言ってソレを断った彼女はその貴族を「返り討ち」にしたそうだ。そう、「返り討ち」である。

 貴族が断られた事の腹いせに彼女の研究、実験室を荒らしたそうだ。しかしそこに直ぐに駆け付けたクレーヌはその暴れ回る者たちを「賊」として成敗。

 これが「返り討ち」である。まあそんな事になれば貴族の方は余計に黙ってはいられなかったようで。

 彼女を王宮から追い出す事を画策し、それが通ってクレーヌは城を去る事になったと言う事らしい。

 権力を使った「言いがかり」である、その理由の全てが。これに対抗できる力も後ろ盾もその当時のクレーヌには無く、泣く泣く追い出される始末に。

 そこからは粘着質な貴族に命を二度狙われて、しかし辛くもその二度を命からがら逃走に成功。その後に偶然婆さんの「組織」の一員に助けられて今に至るらしい。

 貴族のクレーヌへのちょっかいを止められる程にこの「組織」には力があったようだ。こうして命を助けられ、そして住みかと生活費を与えられ、そこに追加で魔術の研鑽、研究費が与えられて自由にできる様になったクレーヌはその対価に今までの成果を「組織」に提供する事となったと。


(恐らくはその研鑽の成果はその内にクレーヌ自身に「仕事」として発揮させるつもりだったんだろうけど)


 この婆さんの「組織」は殺人もやっていたのだ。クレーヌの事もその内にこの「仕事」へと従事させる腹だったはずだ。

 彼女の魔法はきっと大いに組織の「力」になっていた事だろう、それが実現していれば。

 だが何の因果か、今はこうなっている。人生とはどう転ぶか分からないものだ。


「なるほどなあ。世の中は本当にロクでも無い。しょうがないからこっちも予定をズラして調整しようか。俺は別にここでちゃんと彼女が婆さんに謝罪をして説得が出来たなら弟子にするくらいは良いかと思った部分もあるんだけどなあ。」


「ソレは最初に言ってやって欲しかったねぇ。まあそれでもアタシはそんな事は許さなかったがねぇ。」


 こうして「弟子騒動」は一応の収束を迎える。クレーヌがこの先どの様な「教育」をされるのかは、俺が知らないでも良い話だ。


 話は終わり婆さんの家を出る。しかしこの時に俺の腹の虫が鳴る。


「そう言えば飯を食って無い。どうしようか?どこかで一人バーべキュウでもするか?いや、駄目だな。肉は大量に残っているけど、こう言うのは皆が揃っている時に振舞うべきだし。」


 一人で消費できる量では無い。しかも自分一人でバーべキュウなんてしても楽しくも面白くも無かった。


「香草焼き、に行っても客がきっと行列だしな。サンサン料理店で食べるか?うーん?いっその事ダンジョン都市のあの隠れ家料亭で食べようか・・・あ!ゴズさんの所に行ってみるか。」


 食材持ち込みをするとソレを調理して美味い食事にしてくれるのだ。丁度良いだろう。

 俺はこうしてワープゲートで移動して直ぐに彼の家の扉を叩く。


「ごめんくださーい。飯食わせて貰いに来ましたー。居ますかー?」


「おう!なんだなんだぁ~?と思えば、お前さんかい。今回はどんな物を持って来たんだ?」


「突然で毎度スイマセンね。店、大丈夫です?」


「おうよ!中に入んな。」


 そんなやり取りをして俺は台所に通される。そこで俺はドデカイまな板の上に「肉」を出す、前に聞いてみた。


「えーっと、何処の部位が良いかね?丸々一頭あるんだけど。どこら辺が良い?」


「おいおい、どれだけの大物を狩ってきたんだ?そうだなぁ・・・一応はその全部、と言いてぇ所なんだが、置いとける場所が無い。料理の研究もしたいからな。各部位をそれぞれこれくらいでドウだ?」


 ゴズは両手を使って大体握り拳二つ分くらいを要求してくる。そうなるとソレはそれで中途半端な大きさになってしまうが、まあそこが落し所だろうなと俺も思ったのでインベントリから先ずは「赤身」を取り出した。


「後は他の部位を出して保存できる箱は何処?ああ、アレの中で良いのか?んじゃ適当な部位を入れておくよ。」


 俺はゴズに指摘された保存箱にホイホイと各部位を詰め込んでいく。そしてついでに魔力でその部位を保護して腐食がしずらい様にと膜を形成しておいた。

 取り敢えずこのままにしておけば二日三日は大丈夫だが、包丁の様な鋭い刃物の先を「プスリ」とすると解けてしまうくらい弱い魔力だ。

 ここら辺を別に俺は説明をしたりしない。一応は別に人体に悪い影響が無いように気を配って張ったから。


「よし、それじゃあこいつで何か作ってやるよ。それにしても取れ立てかコレは?まあ何にせよ、美味い物を作ってやるが、時間は有るか?あるなら少しだけ手の込んだ物を作るが?」


「いやー、お腹空いてるからサッと作ってくれると助かる。まあ、焼くだけでも良いや。あれ?そうなると別にここに来なくても良かった?」


 焼くだけ、なんて単純な調理であっても、ソモソモそれを俺がやった所でそこまで美味しい物ができる訳じゃ無い。

 ゴズが調理してくれた方が何倍も美味しい物ができるのだから来ても意味が無かった何て事は無い。


 俺のこの発言に別段気を悪くした様子も無く「がッはっはっは!」と豪快に笑ってゴズは鉄板を熱し始めた。


「隣の部屋で待っててくれ。アツアツの焼きたてを食べて貰うからよ。丁度良い焼き加減で味付けも抜群に仕上げてやるから。」


 こうして俺は料理ができるまで待つ事に。まあそれもザっと十分くらいだったが。


「ほらよ!お待ちどうさん!少しだけ先ず焼く前に味見をさせて貰ってるんだが、これほど美味い肉を持ってくるとは、また驚かされたぜ。」


「はぁーい!久しぶりね!私もご一緒良いかしら?」


 ゴズの奥さんのルーネである。どうやらこの夫婦も昼食はまだだったようだ。俺と一緒に昼食を摂ると。

 テーブルには三つステーキが並べられた。まあそこには酒好きのルーネの為にジョッキもあるのだが。


「じゃあ先ずは何も言いっこ無しで食べましょ!冷めたら美味しさが一つ終わっちゃうからね。」


 出来立ての熱さというのも料理のおいしさの一つに数えられる。人の味覚は繊細で、温度一つ変われば味や旨味の感じ方が大きく変わるモノだ。

 俺たちは早速ジョッキを掲げて軽く当て合い「乾杯!」と先に冷やした酒で口の中を冷たくして喉を潤す。

 それからは誰も言葉を口にせずに旨味の塊となったステーキをずっと頬張り続けた。


 そうしてあっと言う間に食べ終えれば今度は交渉だ。何の?と言えば、今回の肉の代金の話である。


「こんな美味い肉を御馳走になったばかりか、各部位をあれだけの量だからなあ。飯の代金は貰わねえのは当たり前として、幾ら払えば良い?」


 ゴズはそう言って腹を撫でながら言う。お腹が膨れて大層幸せそうな顔で。


「あらやだ。そんなに大量になの?ちょっと、ウチの金庫どれくらい入ってたかしら?」


 ルーネはそんな事を口にしながらやっぱりお腹を撫でている。美味しいモノを食べてお腹が一杯な時って何故に膨れた腹を撫でてしまうのだろうか?


「あ、そう言うのは良いんで。今度また来た時に奢ってくれればそれで。あれ?似た様なやり取り前にもしませんでした?いや、してないか?」


 二人へとプレゼントとしてご提供。前回来た時にもそうした覚えが。

 さて、俺はそもそもお金と言うモノに執着が無い。いや、こちらの世界の金銭感覚が全く身についていないだけだ。

 既に元居た世界、日本では定年退職した歳である。こちらに来て若返っている事自体がおかしい事ではあった。

 そのチグハグさが俺の中でまだ何処か消化できずにいるんだろう。精神のバランスが整っていないと感じている。

 身体の若さに引きずられて精神が今では結構なノリノリな性格をしている。そうで無ければスノーレジャーだなんて言って北の町をあれ程までに好き勝手はしなかっただろう。

 まあ日本で会社勤めの時には何ら面白くも何とも無い人物ではあったし、全く持ってして「遊び」という事をしなかった反動が今ここに出ている。


(もう少し年齢を上げた見た目にした方が、ちょっとくらいは落ち着きそうな感じがするけど)


 俺はもう魔力と言う不思議不可思議な力で肉体を幾らでも変化させる事ができると知っている。

 師匠は若返ったし、ドラゴンはあの巨体を小さくした後に、追加であの「人型」だ。あの時は流石に驚いた。

「魔力」と言うのはある程度の限度は有ろうが、それでも俺の想像くらい簡単に具現化させられる「奇跡」である。

 俺の今の若い姿をもう少しだけ年齢を上げた肉体に変える事なんて幾らでもできるだろう簡単に。


 そんな考え事をしながら俺は「御馳走様でした」と述べて家を出る。

 二人には「また直ぐに飯を食いに来てくれ」と言われ見送られた。


 さて、少し遅めの昼食はこうして終えた。しかしこの後の予定は何ら立てていない。


「あーあ、時間が有り余る、って言うのも、逆に落ち着かないもんだな。フラフラしているのが何となく、そこはかとなくツライ。そうだなぁ。ゲードイル伯の所にでも進捗を聞きに行ってみても良いかも?」


 ミッツの改革がどの様な形で進んでいるのかを様子見に行くのも良いだろう。俺の力が必要だと言われれば幾らでも貸す気でいる。


「・・・あ。そう言えば大司教の家から回収したお金、ゲードイル伯に引き取って貰ってミッツの教会改革の資金にして貰えば良いのか。じゃあ早速行くか。」


 確かお金を回収した屋敷から「女性の像」も回収していた事を思い出した俺は。


(これもついでに引き取って貰っちゃうか。俺が持っていても何にもならないし。もしかしてこの像もあわよくば高く売れるんじゃないだろうか?)


 ちょっとゲスな事を考えつつもワープゲートを出す。そして一応の為にゲードイル伯の屋敷の庭へと繋げたのだが。


「いきなり仕事中に突然現れたりしたら迷惑・・・いや、今更か。直接行っちゃえ。」


 俺は散々他の人たちへの迷惑顧みずに、ワープゲートを通っていきなり目の前に現れる何て事は散々してきた。

 ゲードイル伯もワープゲートの事はもう既に一度認識しているだろうから構わないか、なんて軽い気持ちで執務室へと俺はいきなりお邪魔した。


「・・・」


 しかしゲードイル伯は俺の事なんて気付かない位に書類との睨めっこに夢中であった。

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