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面倒臭いと言うのはこの事だ

 短く一言「やれ」と言う合図。王子様がこの兵士たちを止めようとしていた事など無視、お構い無しで俺へと剣を振って来る兵士たち。

 奇術師、詐欺師呼ばわりされたのならそれに倣って動いてみるのも良いかと思って、俺は迫る剣へと魔力を当てて弾いて見せた。

 俺の身体からかなりの魔力を出して薄く透明なアクリル板のイメージを載せて。


 剣が当たったその透明な魔力の壁の方はと言うと奇妙なモノで何ら音を出さない。剣の方はと言うと「ギイン」と言った金属同士がかち合った時の様な音を立てていた。


「不思議なモンだなあ。ホント、魔力っていったい何だろうね?俺ってば頭が悪いからそう言うの考えるの苦手なんだよ。」


「な!?何だコレは一体!剣が弾かれただと!?」


 どうにも誰もが俺がやった事を理解できていない様子だ。一応戦闘訓練を受けている者たちであるはずなのだから魔法と言う存在がある事をここで誰かしら察しても良いはずなのだが。

 誰の顔にも何故か理解の色は見えない。驚きや警戒などの歪んだ表情でいる。


「分かっただろうこれで。お前たちは直ぐにこの場を去れ。後に今回の件の処分を下す。それまで大人しく・・・」


「殿下、コレで証明できましたね?こやつは我々の剣を弾くと言うどんな手を使ったかもわからない方法で抵抗を見せました。奇術、詐称はお手の物でしょう。殿下はこやつに騙されているとお分かりになられましたかな?」


 何処までも阿呆と言うのは突拍子も無い事を言うモノだと呆れて俺は無表情にならざるを得なかった。

 俺にイチャモンを付けて来た偉そうにしている兵士がそう言って王子様に「どや?」と言った顔を向けているのだから。

 王子様もこれにはどうやら「手に負えない」と思ったらしい。そして解らせるにはどう言って良いかの説明に頭を悩ませたようで。


「・・・魔法と言うモノを御存じかな?エンドウ殿は魔法に長けていて君たちの攻撃如きはこうして相手にするまでも無く簡単に弾いて防ぐ事ができる程にお強い方なのだ。彼の怒りに触れる前に剣を収めよ。コレは命令だ。」


「魔法ですかな?殿下も御冗談を。魔法ではそんな真似は普通できますまい。こやつは何か卑怯な手を使い我らの事をおちょくっているだけです。次にはその奇術もその種を明かしてこの怪しい者を切り刻んでこれ以上の狼藉を出来ない様にしてご覧に入れますよ。」


 まあ世の中探せばこう言った人物も一人くらいは見つかるモノなんだろう。そう思わなければ納得、呑み込めない位にこの兵士は頭が悪かった。

 命令だ、最後に王子様はそう言ったはずなのに、剣を収めようともせずに俺の包囲は未だ解かれない。

 何を見せれば、どんな事をすれば、こいつらは止まると言うのだろうか?


(駄目だな。こういった手合いは自分が全て悪い事でも他人のせいにするだろ後々に。この場で分からせてもきっとその後に「自分は何も悪く無いのに」と言い出して声を上げて周りに自分の「言い訳」を触れ回るんだろうな)


 面倒臭い。非常に。そうなれば今回の事に城の他の全く関係無い者たちに迷惑が掛かるだろう。


「王子様、ちょっと良いか?こいつらの直接の上司を呼び出してくれ。それとそうだな、王様も。ついでに正式に今回の事を書類に記録しておくための書記官も。決闘だ。」


 俺が出した提案に王子様は「はい?」と呆けた事を言う。俺がここで軽くあしらっても後でごちゃごちゃと騒動をこいつらが起こして面倒になる位だったら完全にここで再起不能にしてしまうべきだ。

 まあ起こさない、という可能性もある事はあるが。こいつらはもう俺を殺そうとして剣を振って来てしまった。それをナアナアで終わらせる気が俺には無い。


(マーミに怒りっぽいと言ったけど。人の事言えないわ。大げさにしちゃったなぁ、決闘だなんて。そんな柄じゃねーのに)


 剣は俺を殺すつもりで振られた。踏み込みも充分。剣を弾かれた後の兵士たちの態勢で「寸止め」する気すら無かったと言うのはもう俺も把握済みだ。

 そんな真似されて舐められたままと言うのは無理だ。反撃させて貰う。

 ここで素直に王子様の命令に従って引き下がっていれば、俺だってそれ以上かかわろうとは思わなかった。

 けれどもこの兵士たちはまだヤル気だ。しかも俺を見る目が未だに敵意に満ちている。

 こんな奴らになど遠慮はしないでも良いだろう。ここで完璧に潰しでもしておかないと俺の悪口やら根も葉も無い事を後でそこら中に吹聴するに違いない。


「さて、俺は逃げも隠れもしない。アンタが俺を詐欺師だなどと言うのであれば、そんな犯罪者をアンタの手で王様の前で成敗できる機会だぞ?王様の御目に留まればもしかすれば出世も見えてくるかもなあ。さて、決闘を受けるかい?このまま逃げても良いんだぜ?ああそうそう、決闘と言えどもアンタたちの方は全員で掛かって来い。俺一人で相手してやるよ。さっきの事で分かってるだろ?あんたら全員で掛かって来ても俺を殺す事なんて土台無理な話さ。さーて、どうする?」


 まあなんてクダラナイ挑発だろうと俺自身で思った。こんな事で相手が乗って来るか?と自分で思ってしまうくらいだったのだが。


「殿下を誑かすだけでなく我らと決闘だと?良いだろう!我ら全員を相手取ると言ったその蛮勇、戯言を後悔させてくれる!その下らぬ策に何を企んでいるかは知らぬが国王陛下の前で貴様の正体を暴いて見せて一興としてやろう!受けて立ってやる!」


 駄目だ。俺は決闘を自分で申し込んでおいて、そしてこんな展開になると分かっていて、全身の力が抜けた。

 相手が余りにも馬鹿の極みだったからだ。これにはお手上げだ。


 俺が王様を呼べと言ったのも、正式な記録を残しておくのも、こいつらの上司を呼べと言ったのも、全部退路を断つためだ。

 誰の?ソレはこいつらの、である。後でこの場を見ていない者に言い訳を幾らでもしそうだこいつらは。

 でも、ここにそもそも居れば?事の経緯をしっかりと説明をした後での決闘は?その結末をその目で見ていれば?

 自分よりも立場が遥かに上の存在が実際に現場で事を始まりから終わりまで全て見ていれば、言い訳などできるはずが無いだろう。


 こうして俺とこの兵士たちの決闘は決まった。一応この国の王様に俺の力をその目で見て貰って馬鹿な事を考えないようにとの注意の意味もあるだのが。

 こんな奴らがまだまだこの城には居そうだ。また次に城に用事ができて訪れた際に今回と同じような絡まれ方をされるのは勘弁である。

 そして少々の待ち時間の後。


「なあ、我が息子よ?マジでこいつら何を言ってるの?お前は王族だよな?止めたんだよな?でも、決闘?馬鹿なの?いや、お前でも無く、このエンドウ殿でも無くて、こいつらが心底馬鹿なのかと。切り捨てる者の名にこいつらが抜けてたのは・・・まあ、あの時は数が多過ぎたから抜けもあっただろうと言うのは分かるんだがなぁ。これほどの馬鹿とは・・・」


 王様がこの場に来て王子様にそんな事を問いかけている。準備はスムーズに整い、そこまで待たされずに正式書類も用意された。王様がこの場に来るのも早かった。

 俺と馬鹿共は既にその書類に署名まで済ませている。そしてこの馬鹿共の上司もこの場にちゃんと来てもらっているのだが。


「申し訳ありません。私の不徳の致す所。こいつらの処分は私から厳しく行いますので、どうか王命での処罰だけは勘弁してやってはくれませんか?」


 そんな事を言ってそのアホ共の上司は王子様へと頭を下げていた。確かにたかが兵士の分際で王子様の言う事を聞かずにあれよアレよとこんな展開になっているのである。

 王族の命令に逆らったと言う事で首が物理的に飛ぶと言うのも視野に入れなければいけないのは当然だ。

 こいつら馬鹿の上司としては先ず王子様に謝罪から入るのはしょうがない。

 だが、頭を下げるのであれば先ず順番が違う。そして頼む相手が違う。どうやらこの上司もちょっとだけ駄目な部分があるようだ。

 ソレを王子様がやんわりと、と言うか、ハッキリと指摘した。


「君が謝るべき相手は私では無く、エンドウ殿だ。頼み事をするのも彼へと言ってくれ。確かに私の命令を聞かずに勝手をした兵たちには処罰が必要だ。許す訳にはいかない。命令とまで私は口にしたのにこの者たちは剣を収めなかった。ここに来る上で説明はもう文官から聞いているだろう?道理が分かるのであればエンドウ殿へと最初に謝罪をするべきだ。彼は私の客人だ。そんな彼が決闘などと言うのを申し込んできた事がどれだけの事であるか、彼がこの者たちから受けた態度が腹に据えかねるモノだったのかが分からないか?」


 この決闘は何でもアリというルールになっている。だから決闘が決まってから念入りに準備を始めた相手側は完全装備だ。

 槍に剣、全身鎧である。もうこれでもかと過剰武装だ。俺一人に対して寄って集って全力全開で嬲り殺しにする気満々。どれだけだって話である。恥は何処に行った?外聞は?そのどちらも「無い」と言っているのと同義だ。

 そんな者たちの上司がマトモであれば良かったのだが、少々、いや、それ所か大分ズレた頭の持ち主だったようで。


「君かね?少し揶揄われたくらいで決闘などと申し込んだと言う事だが。自ら殺される様な真似を。愚かだな。自殺志願者か?決闘などと申し込まれれば騎士たちは引き下がれぬ。しかも私だけならまだしも、陛下までこの場に呼び出す?死ぬのであれば死ぬで構わぬが、ちゃんと踊り楽しませて欲しいものだ。一方的に串刺しの刑を見せられるこちらの身にもなって欲しいモノなのだがね?」


 このアホにこの上司アリ。どうやらこのセリフに王子様も「こいつもか」と言った感じの苦い表情を浮かべている。

 そこに元凶の馬鹿が王様の方を向いて宣言をしている。


「今から国へと被害を及ぼす害虫を駆除してご覧に入れましょう!この害虫は殿下に寄生し、騙し誑かして何を企んでいるか分かりません!しかし、その様な事はこの場でこやつを殺してしまえばそれ以上の被害は出ぬというモノ。この私の槍捌きで見事にこのペテン師の悪巧みを阻止してみせまする!」


 言いたい放題とはこの事だろうか?しかも俺の事を害虫扱い。続いてペテン師呼ばわりである。


(俺はここに何しに来たんだったっけなぁ。えーっと、ホントに、何だっけ?)


 捕縛してある二名の野盗はもうとっくに別の兵士にしょっ引かれて別の場所へと移送されている。

 後は野盗どもの死体を引き渡したら終わりだったはずが何でこうなったのか?と。


「ではこれより、決闘を始める。両者、構え!」


 この場には王様が来ているのだから当然ソレを護衛する騎士もセットで付いて来ている。

 その護衛騎士の中でも一際立派な鎧を着た白髪オールバックのナイスミドルなおっさんが場を仕切り始めた。


「始め!」


 俺と兵士、いや、どうやらこいつらは全員が騎士、貴族だったようなのだが、鍛錬場中央に10m程離れている状態で向かい合っている。

 そして合図と共に五名が俺の正面、四名が俺の背後へと回り込んできていた。

 今度はそれぞれに槍を手に持ち、どうにも俺を全方位から串刺しにする気でいるらしかった。


「今降参をすれば命「だけ」は勘弁してやろう。無様な命乞いをすれば痛い目を見せずに許してやるが?」


「ああ、そうだな。俺は今までお前ら程の馬鹿と出会った事が無いよ。ホント、そんな経験が無かったからこんな展開になっちゃったのかね?」


「そうか・・・ならば死ね!」


 馬鹿の代表だけは一人包囲の外。そして死ねと言う言葉と共に俺へと一斉に槍が突き出された。

 きっと剣だと弾かれると思っての事なんだろう。なら槍で突きはどうだと言った感じだ。

 確かに槍の方が防ぎにくい、という点では同意するが。そもそも次元が違うと言うのを理解していないのだから話しにならない。勝負にならない。


「もう、容赦しなくても、良いよな?」


 俺は魔力を放出する。槍は俺に触れずにピタッと止まった。「魔力固め」だ。


「先ずは人生の授業だ。真面目に勉強するんだぞ?この世の中には理不尽がそこかしこに潜んでいるって事を。」


 俺はそう言ってから一人の騎士を「大車輪」する。俺の魔力で身体の自由を奪われているその者は宙に舞い、まるで人間ルーレットの如くに高速回転をする。

 暫く回転させてから地面へと思いきり叩き付けた。これでも加減はしてある。殺してはいなかった。

 ちゃんと命の灯が消えていない事は「魔力固め」の魔力から確認をしてある。まあ瀕死、とまでは行かないが、重症と言った所だろうか。

 それでも死んでいない事に感謝して欲しいと言った感じだ。


「では、次だ。」


 俺は次の一人をテキトウに選んで同じ事を繰り返した。誰もがこの光景を唖然とした顔で見続ける。


「さて、次は二人いっぺんにやろうか。無駄に時間をかけても何も面白く無いからな。つか、そもそもこんな事、面白いモノでも無かったわ最初から。」


 やる事は同じ。だけどその数は二人同時。コレで合計四人が片付いた。その次も同じく二人同時に処理。コレで計六人。

「魔力固め」で動けない騎士たちの口は抑え込んでいないので声の一つも上げられるのだが。

 どうやら目の前で行われている現実が信じられないようで開いた口が塞がらないと言った状態らしい。


「じゃあ次は三人同時で。最後に残った代表のアンタは最後の最後だ。俺が満足するまで踊って貰うから、覚悟を決めておけ。」


 俺は一歩も動いていない。開始からそれこそ手の指一つも動かしていない。敢えて動かしていると言えるのは魔力と、それをどの様に動かすかの頭の中のイメージくらいだ。


 先程と同じ光景が今度は三名の騎士にて行われている。これで後は残り一人。ここで降参の言葉が聞ければ俺はさっさとこの場に野盗たちの死体を出して去ろうと思ったのだが。


「き!貴様!どうやって我々を動けなくした!?卑怯な手を使うか!正々堂々と戦えないのか!」


「いや、最初に署名した決闘書類に「規制無し・制限無し」って書かれてたでしょう?何?ちゃんと確認して無いの?」


「馬鹿を言うな!貴様がどの様な手を使っているかは分からぬが!コレが決闘などと呼べるものか!我らは騎士だぞ!?こんな展開が決闘な訳があるか!」


「いや、アンタちゃんと署名したじゃん。これ、決闘だよちゃんと。アンタの上司も居る、王様も見てる、開始の合図した騎士の人もちゃんとコレが決闘だから立会人としてそこで見張ってるんじゃないか。それは全てアンタの意志一つで全て覆るって言うのか?ソレは王様の事も王子様の事も、上司の事も、そこの立ち合い人を受けてくれた騎士の人の事も、これに関わった全ての人の事を、侮辱しているって事だぞ?良いのか?そんなので?」


「うるさい煩い五月蠅いウルサイうるさぁァぁァあああああい!こんなモノは無効だ!もう一度最初から戦え!卑怯な手を使用するとはやはり貴様は悪党であったではないか!ええい!コイツを誰か捕らえろ!この犯罪者を誰か!」


 呆れてモノが言えなくなる。そんな気持ちをこの決闘の場に居る全員が感じたのだろう。誰もが同じ表情になっていた。

 いや、こいつの上司だけが「あ!あ!あ!ああああああ!」と青い顔になっていた。


「どうやらアンタは騎士で、貴族でもあるらしいけどさ。決闘の書類、王様の印がちゃんと押してあるんだよ。その意味、分かる?これにアンタは署名してる。コレの意味為す所が分からない訳でも無いだろ?いや、分からないからそこまで喚くんだよな。うん、駄目だコリャ。」


「何が言いたい!?くそ!何故動けない!?」


 どうする?そんな気持ちで俺は王子様を見た。しかし王子様は首を横に幾度か振るだけ。


「アンタが負けた場合、貴族としての爵位を一つ下げるんだよ。俺が負けた場合はこの国から追放だった。署名をする際、負けた時の罰に気付いていればもう少し違ったか?いや、違わなかったか?もうどっちでも良いか。どうやらこの国では決闘はもの凄い重いモノとして捉えられてる。分かっていて乗って来たんだと思ったんだが、どうやら違うらしいし。ハア、じゃあ、サヨナラだ。」


 俺は先程と同じ「大回転」を敢行した。暫く回して、最後は地面へと叩き付ける。決闘は終わった。誰も立ち上がる者はいない。


「勝者、エンドウ。」


 静かに俺の名が呼ばれて決闘は終了となった。倒れている者たちは全員担架で運ばれていく。


「で、こんな事になっちゃったけど、良かったの?」


 俺は王子様に質問を投げた。ここで返って来た答は。


「いや、ここまでになるとは思ってもみなかった。彼らのいた部隊は再編成かな。監督不行き届きで部隊長も処分だね。」


 その処分対象となっている人物は両膝を地に着き絶望の顔をしている。まあ放っておけばいいだろう。

 俺に対して初対面であんないきなり失礼な言葉を吐いたのだ。俺がここで彼を庇う謂れも義理も無い。


 ここで王子様から俺へと質問が来た。


「エンドウ殿、先程のあれ、一体どれだけの人数に同時に掛けられますか?まあ、答えは私としては聞かないでも想像できますけど。」


「ああ、そんな事?・・・うーん?何人居ようが全部漏れ無くやれるよ?」


「ああ、そうですよね。答えてくれて有難うございます。じゃあ本来の用事を済ませてしまいましょう。死体を出して並べてください。出し終わったら町へと戻りましょうか。」


 正直に言ってあんな事くらいなら一万人居ようが、三万人、五万人居ようが全く同じ様に大回転させられるだろう。

 王子様からはもう何も言う事は無いらしく、俺はここでこの城に来た本来の目的を達成させる。かなり遠回りになったが、コレでこの城にはもう用は無い。

 野盗の死体を一体ずつ俺が出して綺麗に並べて行っている間に王子様がどうやら王様と何やら会話をしている。

 ソレを別に俺は聞こうとも思わない。もうこの場での俺の仕事は終わったのだ。気にする事すら億劫だ。

 予定外の余計な事に俺は精神を大分削られたようで大きな溜息が出そうになった。それをまだだと思って我慢して呑み込む。

 盛大に溜息を吐くなら町に戻ってから。ここからまたこの場で何か別トラブルでも起きたらと思うとちょっと気を抜きたくない。そんな事が起きれば余計に疲れが溜まりそうになるから。


「エンドウ殿、城で食事をどうかな?父上が招待したいと言っているんだが。」


「あん?お断りさせて貰うわ。もう疲れた。戻って遊びたい。後まだ一杯やりたい事も、やらなきゃいけない事も残ってるし。あ、そうだ。俺寄る所があるから王子様は先に町に戻っててくれない?あ、城で飯食ってくの?じゃあ俺先に用事済ませて来て良い?」


「そうかい?ならしょうがないね。じゃあ私も仕事を少し熟してから戻ろう。夕方頃に迎えに来てくれるかい?」


 こうして俺はこの場でワープゲートを出して婆さんの家へと移動した。

 正直疲れていてワープゲートも隠したり見せない様にするのに気を遣うのが面倒になったので、この場にまだ残っていた王様にも、それ以外の者たちの目にもワープゲートを目にしてしまっている。


「あ、王様来てたのに挨拶の一つもして無かった。まあ、良いか。おーい、婆さん、居るー?」


「なんだいなんだい。そんな風に呼んで一々居るか確認しないでもアンタなら勝手に入って来ても良いよ。」


 婆さんが玄関ドアを開いて顔だけ出して入って来いと促す。これに遠慮せずに俺は中へと入らせて貰う。


「あ、そう?じゃあお邪魔します。それで、この間の件は進んだ?」


 俺はソファへと座って直ぐにこの間の件の事を聞いてみる。今はどうやら出勤中らしくサレンの姿は無い。


「本当にアンタは無茶を言ってくれたよ、全くねぇ。一人だけ、行っても良い、と返事をくれた者が居たよ。けど、条件があるってさ。」


「ん?条件?給料上げろって?」


「そんな単純な事じゃ無いさ。そうだねぇ。まあ、分かり易く言えば「魔法対決」をしろと言って来たよ。アンタがこれに勝ったら、言う事を聞いてやっても良いってさ。本当に馬鹿な奴だよ。」


 魔法対決、はてさてソレをどんな内容にするかは当人と話して見なければ決まらないだろう。

 それに俺が勝てば香草焼きの二号店で働いてくれると言うのだが。さてはて、どんな人物なのだろうか?想像がつかない。

 魔法対決と言ってくるくらいだからきっと魔術師としてかなり研鑽を積んできた者なのだろうとは思うが。


「そいつはね、まあ、会ってみれば分かるか。アタシから説明しても当人を見ない事にはとてもじゃ無いが信じられないだろうからね。ほら、コレがそいつの居る家の場所の地図さ。時間がある時にでも行ってみな。来るならいつでも良いとさ。」


 俺は婆さんからメモ書きを貰った。その魔術師の住んでいる場所までの簡単な地図が乗っている。どうにもここからそう遠くは無い。


「分かった。有難う。近日にでも訪ねてみる。んじゃ、また用事ができたら顔出しに来る。」


「もうアタシとしては来ないで欲しい所だよ。」


 俺が家を出る際に婆さんからそんな言葉を背中に投げられた。まあ早々に此処に用事ができる事はもう無いと思うのだが。人生何が起きるか分からない。


「さて、じゃあクスイの方の様子はどうなってるかな?あれから準備して直ぐにでも出発させるとか言ってたか?」


 俺はまだ魔術師の家には向かわない。この香草焼き二号店は「できたらいいな?」くらいに思っていたから。

 婆さんが知る魔術師が全員断ったらこの話は無しにしようと考えていたくらいだ。結構軽く考えていた案件である。

 なのでそこまで深刻な状況でも無いので先にクスイの方に話を聞きに行こうと考えてそちらへと向かう。


「おーい?クスイ居るー?あ、もしかして出発した?」


「あ、エンドウさん。父は昨日に出張をしてくると言って出て行きましたよ?」


 クスイの家はもう勝手知ったる何とかである。入ってクスイを呼ぼうとしたが、代わりにミルが答えてくれた。


「なんだかワクワクしてるような感じでかなりの荷物を積んだ商隊を組んで出て行きましたけど。あの、エンドウさんがもしかしないでも絡んでますよね、コレ?」


「あー、やっぱ分かっちゃう?そうだな。事情を説明するよ。」


 俺はこうしてミルに北の町の件の事を話す。クスイに町へと行商をして貰う事になっている事も。


「そうですか。それであんなに張り切ってたんですね。今の父は何でしたっけ?総取締役?とか言った役職なので部下の人たちに指示を出すだけの立場なんですよね。自らの身で動いて「商売」を最近していない事が父は少しだけ不満だったみたいです。今回の事は反動ではっちゃけ過ぎたりしないかちょっと心配で。」


 そう言ってミルは苦笑いをした。まあクスイならそこら辺の抑えも自身で自覚はできてるだろう。俺はそこは信頼している。


「じゃあ俺はその商隊の方に顔を出してくるよ。んじゃまたね。」


 俺はミルに「行ってらっしゃい」と見送られて家を出た。


「あれもこれもそれもと沢山やり過ぎて把握できてない事が増えるなあ。もうちょっと落ち着かないと。」


 今回のスノーレジャーの事は少々俺がはしゃぎ過ぎている。もう少しペースを落とすべきだった。しかしもう遅い。

 こう言った事は大概はほぼ全てを終わらせた時に気付くものだ。いつもいつも。

 こうして忙しないと言って良い程にあっちにこっちに行ったり来たりをしている今の俺の状態がその証拠だ。


「うーん、この!まあ、楽しんでるから良いか。さて、クスイはどうやら大量に荷を積んでると言う事だけど。一応は魔法を掛けておいた方が良いよな?・・・こんな風にいつもいつも思い付きで行動するからいけないんだろうなぁ。」


 こんな行き当たりばったりな行動を取る人物を「賢者」と呼ぶのはいささかどうかと思うのだが。

 俺の事を賢者などと言ってくる者たちは俺のどんな部分を取ってそう言うのだろう?


「そんな事よりも馬車には魔力で強化を施して、スムーズに車輪が回るように軸の回転摩擦抵抗を下げる?」


 商隊がなるべく問題無く、早めに北の町へと到着できる様にする為にはどうしたらいいかを考えながら空を飛ぶ俺。

 門から一々手続きをして出て行くのはもうしない。手間だし面倒だし無駄な時間を使うから。

 今の俺ならもう何処にでも自由に行ける。魔力様様、魔法様様である。


「さてと、アレがそうか。このままいきなり登場しても驚かれるだけだよな。それにしてもクスイ、気合入れ過ぎじゃないのかこの数は?」


 北の町へと続く方の街道を暫く道なりに飛行して行けばそれらしき馬車の列が見えて来た。

 だがその数に俺は驚く。七台もあるのだ。どれだけの量を詰め込んできたんだと思ってしまう。

 幌が付いているモノで、荷が濡れない様に雨風凌げるかなり大きめの馬車だ。それが全てパンパンである。

 車を引いている動物はこれまた俺の見た事の無いもので、サイだか、或いはカバだか。それらを足して二で割った?いや、自分でそう考えていてその表現で合っているかちょっと不安になった。


 そんな動物が馬としてその荷車を引いていた。

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