遊ぶのだ
その翌日、さも俺が作業し終えるのを待っていたと言わんばかりに雪が降り始めた。
しかもサラサラで大粒。朝からじゃんじゃんと降るわ降るわの大盤振る舞いだ。
「これなら二日か三日でもう雪化粧かな?あるいは銀世界?この分だと今日中にはかなり積もるだろうなぁ。なあ王子様、この地域は雪が降り始めたら止まらないのか?」
宿の食堂で俺は朝食を食べながらそう聞いてみる。
「聞いた話では雪は別に降りっぱなしという事は無いらしい。だが一度降るとやはり大量に積もると言う事だ。吹雪く事はそう無いと町長は言っていた。取り敢えずは明日にはエンドウ殿がやりたいと言っていた例の「アレ」ができると思うよ。」
「今日は一日、道具作りかな?形から入るって重要だよな。うーん?スキーウエアってこっちの世界には無いし、各自で防寒着を用意って事になるよねぇ。」
俺はそうぼやきつつもインベントリの中にある材料を思い浮かべる。
今回の件で用意する分には充分足りると思っている。町民が「俺も私も僕もワシも」と言ってこなければ。
それだけじゃ無く俺が思い浮かべたアイデアを実現するために用意しておく道具が多過ぎる。
あれもこれもと考えていれば作業も道具の数も揃わない。なので俺はさっさと朝食を平らげて自分の宿の部屋へと戻った。
これに見学したいと言って王子様が付いて来るのだが。
「良いのかサボってて?俺の作業を見ていてもきっとつまらないぞ?」
「良いんだよ。仕事はもう大体のモノは振り分けてあるんだ。後は連れて来た者たちが町長と擦り合わせ、話し合いをするから。私はもう重大な案件が出るまでは余裕があるよ。」
王子様がそう言うのであればもう俺から何も言える事は無い。そもそも今回の事は俺があーしたい、こーしたいと我儘の様な事を言い始めたのが発端だ。
それにここまで何ら関係無かった国を巻き込んでの一つの町の再建計画にまで発展させたのも俺である。
そしてソレを殆ど丸投げして王子様に押し付けたのも俺だ。もう何も言える権利が無い。
手が離れているのだ、もう俺の手から。後は野となれ山と慣れ、である。
(明日以降にスキーが一回でも楽しめりゃ俺的には成功だからなぁ)
無責任この上無い事を考えながら俺の作業は続く。
スキーにスノボー。スケート靴。アイスホッケー用のアーマーなど。取り敢えず思い付いた案件の道具などはトコトン数を揃えていく。
王子様には王国の兵士を使ってアイスホッケーなんてどうだ?と話を既に振っており、その「映像」を見せたら中々に王子様の食いつきが良かったのは意外だったが。
静かで大人しい性格だと思っていたのだが、どうにも王子様は内面には熱血をお持ちの様であった。
「あ、道具を揃えても置く所がねえ。それに貸し出しにするにしても料金取った方が良いよな?安めな価格設定にして気軽に遊べる冬場の趣味みたいにしたいんだけどねぇ。」
俺は次々に作っていった道具の山をインベントリにしまっていく。そこに王子様が。
「そこら辺はもう考えてあるし、実行にも移せるように詰めはできてる。エンドウ殿は自由にしてくれて構わないよ。一応は道具類もそうだが、私たちが初めて目にする様なものは先に作って用意して貰わないと駄目だが。でも、もう種類は全部出終えてる様だね。」
「まあ、そこはね。後はカマクラに、雪灯籠でしょ?雪像作りもしたいね。後は雪だるまは欠かせない。」
「その前にエンドウ殿が行った「土地工事」で森に異変が起きていなければ良いんだが。」
「そこら辺は気にしながらやったんだけど?あれ?この町って何か冬の害獣とか出たりするの?」
俺はフラグを起てるような言い方をした王子様に質問するが。
「いや、そう言った被害の話は一度も聞いた事が無いな。まあ大丈夫だろう。なんたってここにはつむじ風の皆が居るしね。何かあれば直ぐに対応できるだろう。」
こう言った王子様に俺は安心した。別にそこまで心配する程の事も無いかと。
俺は道具作りを再開する。細かい所、かゆい所に手が届く様にと「それ別に必要無いんじゃない?」と言った細かい道具まで作ってみた。
今日の所はずっとこのまま外は雪が降り続けると見込まれている。ならばそんな時は目一杯今の引きこもり状態で時間を潰すのだ。
散々作ってはインベントリにしまう事を繰り返す。コレを飽きもせずに王子様はずっと俺を観察し続けていた。
そしてその翌日。快晴。気持ちの良い冷たさと共に外に出れば一面が真っ白。
雪に反射する太陽光で肌が日焼けしそうな程に輝いて、輝いて、寧ろ輝き過ぎて目が開けにくい程。
「いやー、少し引くわ。イメージ通りのスキー場が出来上がってるのが。」
起床した後は直ぐに俺は宿の裏の丘を見に行った。そこには俺が頭の中に想像した通りの世界が広がっていた。
積もり具合もばっちりである。ならば直ぐに朝食を摂って朝っぱらから遊びに遊び倒すのだ。
俺は準備を進める為に宿へと戻り朝食を頼んでゆっくりと食事をする。
慌てる必要は無い。やろうとしたことは大体終わらせてある。この町の冬はかなりの長さだ。雪が溶けると言った心配も無い。
外気は中々の寒さで気温で雪が溶けると言った事も有り得ないだろう。空に浮かぶサンサンと輝く太陽の光でもこれだけ積もった雪を溶かすには至らない。
「で、何でお前待ち伏せしてんだよ?」
「私も遊ぶぞ!はッはっは!」
「私も一応はこの計画の中心になる遊戯を体感してみない事にはなんとも言えませんので。」
「俺にも遊ばせろよ。別に減るモノじゃ無いんだろ?」
ドラゴン、王子様、ラディが揃って宿の裏、スキー場手前に並んで集まっていた。
「カジウル、マーミ、師匠は?」
この俺の質問にはラディが答える。
「カジウルはどうやらこの寒さで外に出る気は無いらしい。それでも剣の稽古はやるみたいだがな。寒い寒いと言いながらも一時間位は剣を振っていたぜ。」
どうやらカジウルは真面目に腹回りの脂肪と戦う決心である様だ。
「マーミはスケートか?そっちの方に向かったぜ。朝飯を食ってから直ぐにな。どうやら随分とお気に入りな様子でな。」
マーミは何が気に入ったのか、スケートに夢中であるらしい。
「マクリールはずっと盤面と睨めっこさ。どうやらあっちもかなりのめり込んでるぞ?後で良い加減にしとけとお前から言っておいた方が良いかもな。」
師匠はどうやらチェスに思考の全部を注ぎ込んでいると言う。余り無茶をして体調を崩されても嫌なので今日の終わりにでも説教をしておかねばならないかもしれない。
「はぁ~。じゃあ、天辺まで行こうか。これ、今回は俺が上まで連れて行くけど、本当だったらここでムゥフィーグにソリを引かせて走らせて上に向かう所なんだよね。王子様、そこら辺の話は済んでる?」
「ちょっと難航しそうだけど、まあできなくは無い。明日にでもエンドウ殿が「アレ」を見せに言ってくれ。それで相当な説得力になるだろうし。」
「ああ、分かった。それじゃあ行くぞ。」
俺は王子様とラディを宙へと浮かせる。そしてそのまま頂上まで一飛びである。
「何故私を置いて行くのだ!」
後からそんな風に叫びながら自力でドラゴンが追いかけて空を飛んでくる。
「え?だってお前自分で飛べるじゃん?嫌だよ?」
俺の返しに「むぅー!」と頬を膨らませているドラゴンを放っておいて俺はスキー道具を取り出す。
それらを先ず初めに取り付けるのは俺である。実際にどうやって取り付けるのかを見せるのはコレが初なので丁寧に説明しつつだ。
「靴はコレを履き替えて。あ、素足だと駄目だからコレ着用ね。そうそう、そこをパチッとひっかけて。」
専用に靴も用意、そして靴下もである。俺の説明に従って三名は準備を終えた。
「では、スキーの基本を・・・ってオイ!ドラゴン!?」
俺の言葉なんて耳に入っちゃいない者が一名。勝手に斜面へと踊り出た。
「ムハハハハハハハハハハ!なんと爽快だ!コレは気持ちが良いぞおおおおおおお!?」
ゴーグルも付けずにそのまま滑っていくドラゴンはあっと言う間に小さくなっていく。しかも教えてもいないのに急カーブまで披露し蛇行して滑っている。
これに俺はちょっとだけムカついた。最初に初滑りするのは俺であるべきなのに。
「後で殴る・・・はい!それじゃあコレも付けてね。そうじゃ無いと滑ってる時の風が目に来るからねー。」
俺はゴーグルを二人に渡して装着して貰う。昨日の内にこれも作っておいたのだ。透明な目を保護する部分を再現するのにかなり頭を捻ったがどうにかなった。
ちょっと厚めのガラスとなっている。コレを後々には強化プラスチックなどに変更したいと願っているのだが、今は当然無理だ。その知識が俺には無い。なのでこのままだとちょっと重めだ。いつかは改良したい。
ガラスの素材などは別段問題無かった。土中に魔力を浸透させてそれらの材料を抽出してインベントリにしまうだけ。
いや、色々と問題だ。そんな事が簡単にできてしまう俺という存在が問題なのだ。
とは言っても、今は目の前にある遊びに集中してしまいそんな事は頭の片隅に追いやられている。
「さて、それじゃあ一通り教えたし、後は実践と言う事で。コケても下は雪だし、怪我もしにくいだろう。遠慮無く失敗しても良いと思うよ。それじゃあ・・・行くか。」
俺はようやっと冬のバカンスへと一歩踏み出した。眩しい銀世界にスーツ姿の人物が飛び出して滑る光景はソレはソレは滑稽だ。
だがそんな事を気にする者はこの世界には居ない。そう、居ないのだ。ここはそもそも俺の生きていた「日本」では無いのである。
結局スキーウエアは後回しにした。別に作っても良かったのだが、それよりも他に優先順位の高い物を先に揃えたら後々で作るのを忘れた。そして今である。
「頭の中でチューチュー電車が流れるのは中年の証。寒いぜー、心が寒いぜー。しかし気持ちが良い!」
などと言いながら俺はスキーを堪能する。二回目に滑る時はスノーボードに挑戦である。
「ハハハッハハハハハハ!疾走感と爽快感がスキーとは別だなあ!凄い気持ちいいいいい!」
そんな事を少し興奮しながら叫んであっと言う間に二回目の滑りが終わった。
「ふはぁ~。中々に楽しかった。二人はどう?」
滑り終えての感想を聞こうと俺はラディと王子様に問う。ドラゴンはと言うと何度も何度も滑っており、忙しない。初めてを楽しむ興奮した子供の様である。なのでこの場にドラゴンは居ない。
滑り終えればドラゴンは自力で空を飛んでいけれるので直ぐに頂上に行ってしまう。アイツだけ回転率が高過ぎる。
「こいつは少し病み付きになりそうだ。しかしまあ本当に面白い事をエンドウは次々に思い付くんだなぁ。」
「いやー、スケートとは別でこれもまた楽しいですね。」
「んじゃちょっとまた毛色の違ったスキーをお見せしましょうかね?」
ラディは俺をアイデアマンだと言い、王子様はスケートもスキーも好きになってくれている様子だ。
これに俺は次の段階へと行くタイミングだと思い、斜面へと魔力を流してジャンプ台を形成する。そしてそんな時に丁度ドラゴンが滑り終わってこちらに近付いて来た。
「むむ?エンドウよ、何をする気だ?また面白そうな事をするのか?」
ドラゴンはまたしても俺のした事に興味津々である。
「まあ見てろって。じゃ行ってくる。あの出っ張った所で注目ね。」
ジャンプ台は全部で四つ。俺は空を飛んで頂上へと辿り着いたら一気に加速をつけて滑る。
そしてそのままスノーボードでジャンプ台へと入り、大ジャンプと共に「技」を繰り出して見事に着地した。
俺には今しがた自分がやった「技」の名前を知らない。こんなだったな?などと言ったうろ覚えで跳んでみたのだ。
そして二回目、三回目、四回目と連続でそれぞれ違う「技」を繰り出しては着地を決める。
そうして滑り終えて皆が居る場所に近付けば俺の予想していた表情とは違った。
驚いていたり、或いは呆気に取られている顔になっているだろうと思ったら無表情だった。
俺がこれに「何で?」と疑問に思っていたら。
「おい、エンドウ、さっきのは何だ?あんなの普通じゃ無いだろうに?」
「エンドウ殿、危険です。流石にあれば無いかと。」
「何故、回転したり捻りを入れたり?只飛ぶだけでは駄目なのか?」
「お前らなんちゅう感想を口にするんだよ。価値観が違い過ぎるな。いや、初めて見るんだからしょうがないのか?」
この様に三人から言われて俺の方が逆に混乱しかけた。でも俺がラディに「やってみればいい」と言えば三人とも一度は試してみようと言い始める。
「あれは如何に難しい行動を空中で熟して着地するか、って言った競技なんだよ。技だよ、技。それぞれの技に難易度があって、得点を競うんだ。いかに難易度の高い技を、綺麗な姿勢と動きで決めて、しっかりと着地できるか、ってな。」
俺はラディなら直ぐにできるだろうよ、と言っておいた。魔力で身体強化をすれば恐らくは簡単なモノであれば直ぐにできるだろうし、着地に失敗しても怪我をする心配は少ないだろうから。
それをラディに伝えると「ああ、なるほど」と先程とは変わって興味が高まってきたようだ。
「王子様は少し速度を遅めで跳んで着地するだけでも感想が変わるよ。やってみてくれれば直ぐに分かる。」
「やらずに批判だけはしてはいけないね確かに。なら少しだけやってみようか。」
王子様もやる気になってくれている。で、ドラゴンはと言うと。
「アイツ既に頂上に行っちゃってるし、しかももう滑ってるし、一回目のジャンプ台に入ってるし、何なの?」
そしてドラゴンは跳んだ。大きく跳んだ。そして先程やった俺と全く同じ技とは違うだろうが、スキーで似た技を決めて着地もする。
着地後は何やら言っている様に見えるのだが、距離が遠くてこちらにまで声は届いていない。
けれども「ワハハハハハハハハ!」と言った笑い声だけがこちらに響いて来ていた。
「お気に召して良かったよ、あーあ、全くアイツは制御不能かよ。疲れる。」
行動力と言うか、瞬発力と言うか、ドラゴンはあっと言う間にいつも動いてしまうのでそれに俺は付いて行けない。
この後は俺もラディと王子様を連れて頂上に。その後は二人も滑ってジャンプ台に挑戦をした。
するとどうだ、ラディは簡単なモノではあったが難無く技を決め綺麗に着地してフィニッシュ。
王子様の方も一回目のジャンプ台は只跳ぶだけに終えるが、二回目の方はより大きく跳んだ。
三回目には簡単な腰の捻りを入れて危な気無く着地、四回目には一回転を余裕で決める。
「運動神経良いと言うか、万能過ぎないか?王子様って。」
何だかちょっと納得いかない部分があったのがだ、まあ二人は相当今のでコツを掴んだらしく、中々に良い笑顔である。
どうやら楽しいと感じてくれたらしい。俺もこれには嬉しく思った。
それからはもう三度程滑って休憩を取る事に。宿へと戻って一息入れる。
俺たちが滑った回数を遥かに上回るドラゴンも俺たちに合わせて宿へ一緒に来ている。
「いやー、中々想像以上だったな。もっと子供っぽいモノかと思っていたんだがなぁ。」
「小さい一人乗り用のソリならば子供に遊ばせるのも良いのでは?あ、でもそうなれば傾斜が余り激しいと事故の原因になるのでそこら辺は考えて別にしないと駄目ですね。」
ラディも王子様も話が弾んでいる。で、ドラゴンは。
「ふむ、エンドウよ。次は何だ?他にも色々とあるのだろう?」
「お前はちょっとは落ち着けよ。時間なんてそれこそ幾らでもあるだろうにお前には。」
ドラゴンの寿命なんて知らないが、この先もずっとこいつは存在し続けるのだろう。
ならば俺が今この町でやっている事を覚えれば自分で遊びたい時に幾らでも自力で再現可能だろう。ドラゴンの持つ魔力の量も半端じゃないのだから。
「ああ、そう言えば聞きたい事があったんだ。ドラゴン、お前から見て今の俺はどんな感じなんだ?」
「なぬ?私から見たエンドウが今どの程度かと?何故ソレを今?」
ドラゴンは一瞬だけ不思議に思ったようなのだが、しっかりと俺を鑑定し始めてくれた。
「むむむむ・・・!?おい、エンドウ?お前一体何をした?」
「おい、何もしてねーよ。何なんだよ、その言い方は。不安になるだろうが。」
俺は今自分の状態を意識的に「ニュートラル」にしている。自身の内部の魔力を抑え込んだり、或いは外へと放出したりとかはしてない、はずなのだが。
「何で黙ってるんだよ?何か言ってくれないと分からんだろ?」
「本当にエンドウは自分の今の状態を何も分かっておらんのか?鈍いのう。」
「いや、鈍いってどう言う事だよ?馬鹿にされてる?説明してくれなけりゃ分からんわ。」
勿体ぶらずに教えて欲しいと俺はドラゴンに求めるのだが、一向にドラゴンは口を閉ざして説明をしてくれない。
「何か俺やっちゃいけない事を無意識でしてる?」
「そうだな。良い事でも無いが、悪い事でも無い。しかし人の身でそこまでに到達しているとはなぁ。私でもまだそこまでは至らんのだがな。」
具体的な事を言わずにドラゴンはずっとこんな風にして俺の今の状態の説明をはぐらかす。
「自分で気づく事だ。私の口からは説明を拒ませて貰う。そしてエンドウよ。気付いたのならその事を口外するな。お前の身の為だ。」
「意味深な事を言われても分からんモノは分からん。まあいいさ。そん時はそん時だ。」
俺はドラゴンに言われた通りに自力で自分の状態を観察してみる事にした。でも何だかいつもと同じだとしか思えない。
俺がそんな事に悩んでいる内に昼食の時間だ。俺たちは町の食堂で食事をしようと宿を出る。
以前に食べに行った食堂だ。そこで四名で入る。俺、王子様、ラディ、ドラゴンである。
「はーい、いらっしゃい!四名様?あ、貴方はこの間の。」
「前に来た時の奴を四つお願い。」
「はーい!直ぐにできるからもうちょっとだけ待っててねー。」
王子様は前回来た時の恰好である。なので正体がバレていない。
「俺は残り半日もスキーで遊ぼうと思うんだが、どうだ?」
ラディが俺へと質問してくる。お前はどうするんだと。
「ああ、俺はちょっとこの後に寄る所があるんだ。王子様はどうする?」
「私もそちらに同行しよう。ムゥフィーグだろう?重要案件だからな、あれは。」
「ふむ、どちらに付いて行けばより面白い?」
ドラゴンはラディとスキーか、俺たちについて行った方が面白いかを聞いて来る。
「お前は勝手にしろ。つか、付いて来るな。ややこしくなりそうだからな。ホレ、コレを貸しといてやるから、ラディに別の場所に案内して貰え。」
俺はスケート靴をドラゴンへと渡す。受け取ったソレを見て「ヘンテコなモノを作るのが趣味か?」などと言ってきた。
流石に俺はそれにツッコミを入れて「お前程面白いモノは無いだろ」と言ってやった。
俺はドラゴンへと嫌味を言ったつもりだったのだが、どうやら俺の嫌味のセンスは低いらしい。ドラゴンは別段嫌な顔もせずに「はっはっは!」と今の何処の何が面白かったのか分からないのだが、盛大に笑った。
これに俺が眉を顰めるが、そこで食事が運ばれて来た。
「はーい!お待ちどうさま~!熱いからゆっくりと味わって食べてねー。」
俺たちは食事を始める。ラディはどうやらこのたっぷりチーズ?料理を一度は食べていたようでゆっくりと食べ始める。
逆にドラゴンはハフハフホフホフと吐息を漏らしつつも口の中一杯に料理をいきなりほうばってモグモグ盛大に食べている。
(なんだかなぁ。ギャップがあり過ぎなんだよ、ドラゴンはその見た目で)
笑っていいやら、悪いやら。美形がそんなドン引きな食い方をするのだ。他の客は少なかったとは言え、その全員の注目がドラゴンに集まるのは必然だ。
驚いたような、唖然としたような、そんな顔で客が皆ドラゴンを見る。
「ぷはぁー!美味かった!良し!ラディよ!行くぞ!案内せい!」
「まだ俺は見ての通り食ってる最中だぞ?」
「良し!ならばおかわりだ!おーい!もう一皿くれ!」
ラディを急かすドラゴン。しかしコレに冷たく突き放すように返すラディ。
しかしドラゴンはそんな事にはお構いなしでオカワリの注文である。その声は食堂中に良く響いた。食べ終わるのが早過ぎだと俺はツッコミを入れない。
コイツはほっといて自由にさせておけばいいのだ。余り気を使い過ぎればこちらが疲れるだけ。
俺も王子様もゆっくりと食事を楽しんで食べ終われば丁度ドラゴンは三杯目を平らげ終わっている。
「って言うか、いつのまに三杯目なんて頼んでたんだよお前は・・・」
俺は驚きを隠せない。少し目を離した隙にドラゴンの前には三杯目が来ており、それをあっと言う間にまたしても平らげてしまっていたのだから何もこれ以上言えない。
幸せそうにして腹を撫でるドラゴン。それを他の客たちは唖然として未だに見ていた。
まあ目の前で一人フードファイトを見せられたのだからしょうがないだろう。
俺たちは支払いを済ませて店を出た。こうして俺と王子様、ラディとドラゴンの二手に分かれる事に。
「ラディ、場所は分かるか?」
「ああ、マーミが行ってるとこだろ?把握はしている。」
たったこれだけのやり取りで俺たちは歩き始めた。ラディの事だから道を間違えたり迷ったりはしないだろう。
そのラディの後ろを素直について歩いて行くドラゴンはニッコニコである。どうやら先程の食事が随分とお気に召した様だ。
「さて、俺たちはあのムゥフィーグの牧場主を説得しないといけないんだが。王子様、もう誰かしら派遣して事前説明や協力要請とかは?」
「してある。だが色よい返事は聞かせて貰えていないと言った感じだ。何かしら拘りか、或いは譲れない部分などがあるような雰囲気だったと報告を受けている。」
「じゃあ今回の説得が駄目だったら国が丸々そこら辺を出してもらうと言う事で。」
「無茶だとは言わない。一応はこちらもそこら辺の事も考えてはある。だが、地元の者が積極的に参加してくれる方が好ましいんだが。」
そんな会話をしながら牧場へと辿り着く。そこにはこの間と同じ風景が。
牧場主はブラシでムゥフィーグをマッサージしている。そこに俺は声を掛けた。
「こんにちわー。この町の復興計画に関するお話をしに来ました。お時間頂いても宜しいですか?」
「帰りな。俺はまだまだ仕事が忙しくてそんな時間は取れねーよ。邪魔だ邪魔だ。帰った帰った。」
取り付く島も無いとはこの事だろう。しかしここで引き下がるのは駄目である。せめていつ頃に手が空くかを聞かねば話が進められない。
「どれくらい待てば余裕ができますか?」
一面真っ白な銀世界。その中にムゥフィーグがどっしりとその存在を主張する。今回の説得が駄目であってもその後に幾度かは繰り返しここに訪れる気ではいるのだが。
ここでやはり牧場主は拒絶を示してくる。コレは恐らく何度も足を運んでも同じ対応をして来るだろうと俺には予想が付いた。
「あんたらに構ってられる暇など無いんだ。ムゥフィーグが怯えてる。仕事の妨害だこれじゃ。アンタらは俺の仕事の邪魔をしに来たのか?そんな奴らを相手にする気は無いよ。」
「ああ、怯えてるんですか。俺の目じゃ別段どう変わったか分からないんですけどね。どう言った部分を見て、そう判断するのですか?後学のためにそこ等辺の事教えてくれないですかね?」
俺は諦めずにそう返す。この牧場主がムゥフィーグの事に夢中なのだと言うのであればこうした質問に食いついてきてくれないかなと咄嗟に思ったのだが。
「素人に教えて俺に何の利益があるって言うんだ?さっさと消えてくれ。喋る体力すら惜しい。」
そう言い返されて牧場主はそれきり黙ってしまった。会話のきっかけすら掴ませてくれない態度だ。コレはどうしようも無いかもしれない。
ならば別に彼の許可などお構いなしで無理矢理視界に入るようにしてしまえば良いと俺は思った。
そして空中に巨大スクリーンを出し、そのまま俺がどう言った風にムゥフィーグを利用したいかの映像を流した。
これなら嫌でも視界に入るだろう。牧場主はこれにギョとした顔で一瞬止まる。けれども次には直ぐに作業を再開した。
(かなり頑固者だなあ。でも、そんな風にしていてもちゃんと見てるのは分かってるんだけどね)
因みに先程ムゥフィーグが怯えていると牧場主は口にしたが、この動物、これだけの巨大スクリーンが自分の直ぐ側に出て来たのにホンのちょっとも動揺した様子は起こしていない。
俺が魔力をこっそりとムゥフィーグに流して確認したので確かである。怯えていると言うのも嘘だと言うのが直ぐに分かった。