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お金と熱気

「お帰りなさいませ殿下。お早いお帰りでしたが、如何なさいましたか?」


 もうすっかりとメイドが板についたケリン。部屋の掃除をしていた様でその手には箒と塵取りが。


「一時的に帰って来たに過ぎないよ。着替えるから手伝ってくれ。それと、夕方頃にまた出かける。父上に話があるから連絡を取っておいてくれないか?」


 レクト、王子様の言葉にケリンは「畏まりました」と言って軽く頭を下げる。

 俺はどうやら今回の説明に別に加わらなくても良いらしい。王子様は何ら俺へと指示を出してこない。


「じゃあ俺はちょっと冒険者ギルドに行ってくるよ。お金の用意もしておかないといけないし。準備ができてるか確かめてくるわ。夕方前になったらここに来ればいいか?」


「ああ、そうしてくれ。その頃には全部済ませておく。」


 かなりの自信を込めての王子様のこのセリフ。どうやら俺が用意した資料だけで説き伏せる気らしい。

 俺が居れば上映会を城でやっても良いのだが、それを王子様は求めていない、使う気は無いようだ。


(まあ、俺の事を良く思わない奴が居たら俺の事を詐欺師扱いして話を滅茶苦茶にしてこようとするかもしれないか)


 怪しい奴が王子様の周りをウロチョロしているのだ。事情を分かっていない者や、おおよそ貴族と呼べない様な頭の中身をしている者であれば王子様の側に居る俺を疑いの目で、或いは下賤の者めと責めてくる事は大いに在り得る。

 以前の第二王子とのゴタゴタで大分城の中の「大掃除」は済んでいるだろうが、その代わりに城に上がって来た貴族たちも居る事だろう。

 その中には俺の事なんてこれっぽっちも知らない奴がいるはずだ。いや、必ず居るだろう。

 城で働かせるに、優秀であっても性格が「クソ」と言った奴も少なからず存在する可能性がある。

 ならば俺は今回の人事の面とそれらの説得、説明は全て王子様に任せる場面か。


 俺は「じゃあまた」と言ってワープゲートを出して部屋を退出する。

 いつも通りにギルドの裏手、人気の無い所に出てからギルド内へと入って行く。

 中は冒険者はまばら、俺に視線を向けてくる者が何名かは居たが、それらは無視だ。


「すいません、ギルド長との面会をお願いしても良いですか?」


「あ、エンドウ様ですね!少々お待ちください。ギルド長から渡す様に言われている物が御座います。」


 そう言って受付はガサゴソとカウンター裏から大きな荷物を一つ一つ丁寧に持ってきた。


「こちらがお約束の物です。ギルド長は只今忙しく面会はお断りをさせて頂いておりますので、こうしてこちらでお渡しとなります。」


 頼んでおいた金額なのだろう。ギルド長の事は信用している。なので俺はこの出された金貨の詰まった大きな袋を全てインベントリにしまい込む。

 受付はこれに目が見開いていたのだが、俺は「しー」と人差し指を唇に当ててその後に「この事はご内密に」と言っておいた。

 受付は両手で口を抑えつつも頷いてくれた。しかも何往復も高速で。


 用事は済んだので直ぐにギルドを出る。前にお金関連で冒険者に後を付けられて恫喝、カツアゲをされたと言うのがあったので長居は無用だ。まあその以前の時のは返り討ちにしているのだが。


「後はサンネルの方は動きがあったかな?行って聞いてみるか。」


 この世界は携帯電話が無いのでこう言う所が不便だなと思う。いや、以前の地球が便利過ぎたと言っても良い。

 こうした伝達手段は太古の昔から頭を悩ませる事案だった。遠くに居る者へと連絡を即座に付ける方法は知恵者や技術者が頭を捻りに捻って幾つも生み出し、編み出し、改良してきた歴史がある。

 ソレを思えばこの世界の通信事情に何をかいわんや。

 こっちの世界だってそう言った者たちが必死に考え、作り出した物がある筈だ。

 ダンジョン都市のペリオンと城との連絡手段はかなりの速度であった。もうそう言った代物は生み出されているに違いない。

 まだ使用するにそうした重要連絡、しかも国家レベルでの運用のみであるだけで。

 技術革新、或いは廉価版的な物が開発されればきっと国民も手軽に使っていける様になるんだろう。


(俺の作った魔石の「電話」とはまた違った技術や方法を使ってるのかな?まあ、いいや)


 そんな事を考えて歩けば到着だ。今回もサンネルは入り口で待ち構えていたりするのか?と思ってよく見てみると。居た。


「ようこそ御出で頂きましてエンドウ様。ささ、こちらにどうぞ、どうぞ。」


 こうまでドン・ピシャリに待ち構えられると何とも背中が薄ら寒くなる。まあ相手に悪気はないのだろうが。

 いや、本当に何でここまで?と思ってしまう。俺が来る事を勘で捉えているのか、それとも単純に俺を監視する何者かが居て連絡をしていたりするのだろうか?などと不安になる。


(次に来るときは魔力ソナー全開で警戒しながら来ようかな?)


 などと要らない警戒心が頭の中にボンヤリと浮かんできてしまう。

 ソレはそうと、サンネルはどうにも事務所にでは無くいきなり倉庫へと俺を案内する気らしかった。


「どうして倉庫なんだ?事務所で話さないのか?・・・ん?」


 かなり多い人の気配を感じた。魔力ソナーは使っていない。使わなくても物凄く分かり易い。

 ざわざわとざわめいて、その騒ぎに「どれだけ居るんだよ?」と疑問に思ってしまう。

 そうして特別大きく広い倉庫に俺は案内されて中に入ればそこには大勢の商人だろう者たちがひしめいていた。


「サンネル、コレはどう言う事なの?まさか、コレ、今から?」


「はい、これから競りを行います。こちらで全ての準備は整えてありますれば。エンドウ様は貴賓として見学をして頂ければと。さ、こちらに。」


 余りにもタイミングがバッチリ過ぎて何が何だか俺には分からない。取り敢えず震えた。

 どうしてそうなるの?と聞きたい所をグッと堪える。こうなっているのならば仕方が無い。

 サンネルとは「競り」を始める時期の相談はしていなかったはずだ。しかし、もう既に始まってしまった。サンネルの独断と言った形になっているこれでは。


「皆さま!この度はお集まり頂き誠にありがとうございます。先日の催しが大変反響がありまして、急遽このように競りの日程を早めさせて頂いた次第であります。本日は偶々ではございますが、提供者が偶然にもこちらに寄って頂けた事でお買い上げ後に直ぐに競り落とされたお品物はお引き渡しが可能となっております!是非とも皆様方にはご自身の懐具合と相談して、この競りを盛り上げて頂きたく存じます。では、先ず初めに・・・」


 などとサンネルの声が会場に響く。これに怖ろしいくらいに商人たちは一斉に口をつぐんでいる。これだけで本気度が伝わって来た。

 ここに集まった商人たちはガチンコ勝負でこの「牛肉」を競り落としたいと集まっているのだ。冷やかしが居る雰囲気は感じられない。

 その圧倒的本気度に押されて俺は会場の幕の裏手でポカンとしてしまっていた。そんな間にも次々に競りは進んでいて肉の各部位の説明が終われば「10!」「11!」「13!」などと言った数字が声高々に叫ばれている。

 もうここは戦場になっていた。集まった商人たちは自分の懐具合と、ライバルとなるその他の商人たちとの熾烈なバトルへと発展している。

 叫ばれる数字、それにかぶさるようにして上がる数字。単位は?銀貨、では無く金貨なのか?などと言った間抜けな思考になってそんな声を聞き流していく俺。

 叫ばれた数に続く声が無ければ「カンカン」と木槌が叩かれて、どうにも最後に示された数を口にした商人が競り落としとなるらしい。

 契約の為の書類をその場で競り落とした商人が受け取り、また次の部位と言った感じで進行は休む間も無く続いて行く。

 これに疲れすら見せない商人たち。競り落とせなかった悔しさか、或いはまだまだ余裕が有るからか?はたまた競り落とせた安堵からか。

 様々な熱量を内包した商人たちは瞬きすらするつもりは無いと言わんばかりに真正面を向いたまま。

 司会のサンネルが牛肉の部位の説明をし続けては商人たちはそれに値を付けていく。

 そんなやり取りが繰り返されて行き、最後の最後でどうやら「一頭丸々」という商品をサンネルは出してきた。


(コレは大丈夫じゃない様な気がする。サンネル、良いのかそれは?)


 競り落とせていない商人たちはこれに一瞬だけ目を見開いた。それは分かり易く「マジか!?」である。

 コレを落とせさえすれば何もかもを挽回できる。そんな狂気にも似た思念が会場に渦巻いているのが見える様だった。

 これまでは一頭の各部位を一つ一つ「バラ」で売っていたのだ。これまでの経緯を総合して「値付け」が始まるのである。莫大な金額が動くだろう。

 だがそんな中で俺は途中で商人たちの熱に当てられて何処の部位にどれくらいの値が付けられていたかなどは覚えていなかった。余りにも商人たちの勢いと熱に圧倒されて思考を一時的に停止していた。


(気分が悪くなりそう。ちょっと抜けるか)


 本来だったらクライマックスで「ここが見どころ!」という場面なのだが、俺は熱気に当てられて息苦しいと感じ深呼吸したくなって会場の外に出た。

 そして出て「すううううう」と大きく息を吸った瞬間に「わああああああ!」と会場内から盛大な歓声が上がったのでびっくりして俺は息が止まる。

 何だろうかと思った時には既に最後の競りは終わったらしい。どうやら一発で競り落とした者が出たようだ。

 会場があれほどに振動する程の金額だと言うのは分かるが、正直に言ってソレが幾らだったのかは余り知りたくは無い。いや、知らなくて良い。

 後で俺が受け取る金額の内訳は説明不要だとサンネルに言っておかねばならないだろう。


「俺はそもそもこっちの世界の者じゃないから金銭感覚は未だに受け入れられてないから使い方がざっくばらんだけど。商人たちはそもそもお金の価値を良く知ってるんだよねぇ。「牛肉」にドンダケの価値を見出したんだろうか?」


 もし提供元が俺だと知られたらエライ事である。命を狙われる可能性すら考えないといけないかもしれないレベルだ。

 そうじゃ無くても「サンネルとだけじゃ無くて自分とも繋がりを持ってくれ」などと迫って来る商人は多いと思われる。

 俺が牛肉をまだまだ大量に所持していると知られたら、それを強奪、脅し取る、盗もうとする輩も出てこないとも限らない。

 直接交渉を持ちかけてくる者であればまだマシだが、それでもそんな輩の中にも上から目線で「自分に売れ」と迫ってくる勘違い者はいるかもしれない。


「サンネルが俺の事を他に漏らすとは思えないけどね。でも、別ルートでバレる事はあるかもしれないし。勘だけで俺の事だと気づく奴もいるかも?うへぇ~?」


「おお、こちらに居りましたかエンドウ様。ではでは、お仕事をお頼みしても宜しいでしょうか?」


 お仕事とは肉の仕分けをする事だろう。この後は競り落とした商人と契約書を交わして品を引き渡すのだ。

 恐らくは現金ニコニコ払いでこの場で支払いと言う商人も居るだろう。

 だが持ち込んだ金額以上の買い物をしてしまった商人はきっとローン払い契約でもするのでは無いだろうか?

 どの様にした支払方法がこちらの世界に有るかは詳しくは無いが、どう転ぼうともう競りは終了したのだ全て。

 ならば後は俺は俺の仕事を熟して今回の貰っておけれるだけの現金を受け取っておけば良い。


「分かった。何処でやれば良いんだ?」


 こうして俺はサンネルに案内されてそこそこ広い個室へと案内された。

 そこで個別に部位を出してくれないかと言われる。この場で解体しながらでは無く。

 どうして俺がソレを出来ると思ったのかとサンネルに聞いてみた所。


「エンドウ様ならその様な事でもきっと可能ではないかと考えただけで御座います。そして、できるのですなぁ。いやはや、エンドウ様の底は計り知れません。」


 サンネルの読みが怖い。そしてそれにまんまと乗せられて簡単にばらしてしまう俺の雑魚感。

 取り敢えずそんな事を気にしている時間は余り無い。競り落とした商人たちが今か今かと待っているのだ。


「こちらの部屋は私とエンドウ様しかおりません。ですので安心してくだされ。こちらのリストに有る部位を上から順番に出して頂けますかな?」


 俺はその言われた通りにインベントリから牛肉を取り出していく。一応はチルド冷凍の状態にして。コレはサービスだ。

 肉が傷んでしまわないようにとの気配りである。これらを準備していた箱に順次詰め込んでは部屋の外に運ぶサンネル。


「有難うございますエンドウ様。こちらには遠方からいらっしゃった方もおりますので凍らせて頂いたのは非常に有難い。」


 こうして俺はどんどんと仕事を終える。最後の「一頭丸々」別の倉庫で出して欲しいと言われてこの部屋を後にする。


 こうして移動中に俺はサンネルに頼み事をした。残った物の処分だ。


「なあ?皮がマルマル余るんだけどさ。これ、何かに使える?」


 これにサンネルが目を見開いた。どうやら肉を捌く事が手いっぱいでその後に残るだろう「皮」を忘れていたらしい。


「ならばそれは私が買取させて頂いても宜しいでしょうか?・・・もしかして、切れ目の一切無い状態で?」


 俺がインベントリから直接「肉」だけを取り出しているのだ。不思議、摩訶不思議にも残った皮には傷が一切無い状態である。


「ああ、そうだ。取り敢えず付ける値段はサンネルに任せる。あ、後は今回で俺が受け取る金額の詳しい内訳なんかは要らないから。今日に俺が受け取れる分を準備しておいてくれ。残りの金額はそのままサンネル預かりで管理しておいてくれるか?そうして貰えると助かる。」


「はい、畏まりました。いつでもお受け取りに来ていただいて結構です。では、こちらの倉庫で「一頭」を出して頂いて宜しいですか?」


 到着した倉庫はそこまで広いモノでは無い。しかしそこに別段何かある訳でも無いので俺は言われた通りに「一頭」を出す。


 一応はこれもチルド冷凍をしておいた。この世界で丸々一頭を冷凍などとあり得ない事だと知ってはいるが。

 これもやはり肉の傷みを抑える為だ。せっかく買って貰った品物なのだ。ちゃんと隅々まで捨てる部分無く存分に捌ききって欲しい所である。

 俺の気分的にも無駄になってしまう部分は出したくないと言う気持ちもあるからだが。


 俺たちの入って来た方の扉では無く、反対側からどうにも使用人たちが荷車を引いて入ってきた。

 どうやらコレを競り落とした商人の使用人らしく、凍った牛一頭を見てギョッとした表情に顏を変えた。


 驚いたのも一瞬、相当優秀な者を雇っているのか、早速荷車に「牛」を乗せようとするのだが、上手く行ってない。重た過ぎるらしい。

 そこで俺はもたもたしていると商品に余計な傷がついてしまうので手伝う事にした。

 軽くヒョイと持ち上げて荷車の上にそっと乗せる。すると荷車はその重みで「ぎしり」と小さな悲鳴を上げていた。


「いやはや、申し訳無いね。これほどの物とは想定していなかったモノでな。用意した荷車ではどうやら途中で耐えられなくなってしまうだろうね。」


 ここで入って来たのはこの「丸々一頭」」を購入した商人である様だった。

 白髪のロングヘアー。顎髭も真っ白、長い。まるで「仙人」かのような顔。しかしその背筋はぴんと延びていて歳を感じさせない。

 顔の皺は相当深いが、まだまだ現役を貫き通すと言った意思を乗せた強い瞳が俺を見つめてくる。

 背に手をまわして「ほっほっほ」と笑う様は何処か作り物めいていてちょっと引く。


「エンドウ様、こちらは・・・」


「いやいや、サンネル君。私はしがない商人の一人に過ぎないよ。そちらの彼をどうやら君は紹介したいようだがね、止めておこうか今は、ね。問題はコレを持ち帰るのに相当苦労しそうだと言う事だよ。どうかね?代金は払うので君の所の一番頑丈な荷車を買い取らせて貰えないかね?」


 この商人の求めにサンネルが「畏まりました」と言って交渉が始まる。二人のやり取りはどうやら纏まったようでサンネルの一声であっと言う間にかなりのガッチリとした大型の荷車が用意された。

 俺はそちらに荷を移し替える。どうせ使用人たちにやらせるとまた時間が掛かっただろうから。


「いやいや、君は凄いな。これほどの物を軽々と。怪力無双だな。ほっほっほ!それではお暇させて貰うとしよう。さてさて、こいつを捌くのに忙しくなりそうじゃわい!」


 嬉しそうに倉庫から去っていくその「仙人」。俺は何だったんだろうなあ?などと思いながらソレを見送った。


「さて、サンネル。売上金の方の受け取りに移ろう。」


 俺とサンネルは事務所に戻ってその後にお金の受け渡しを終える。


「では、エンドウ様、また何かございましたらいつでもお越しください。」


 サンネルに頭を下げられながらその言葉を背に俺は倉庫を後にした。


(今回でどれくらいの金額なったかを先ず俺が分かっていないと言うね)


 インベントリに今どれくらいの金貨が入っているかサッパリだ。しかし俺はこれらの金額を全部あの北の町に投資する気でいる。

 恐らくはこの世界の人々にしたらきっとこの俺の決断は「気が狂っている」と言われてしまうんだろう。

 でも、やるからには徹底的にやっておきたいと願ってしまった。レクトとマーミはスケートが気に入っている。

 俺もスキーで遊ぶ気満々だし、あの寂れていく町の将来を思ったら俺がここで金をつぎ込んでも良いと思えてしまった。

 どうせこの世界での俺の金銭感覚はマトモじゃない事は自覚している。ならばこう言った所で有り得ない位に投資したって別に構わないと感じているのだ。

 あそこを賑わう町に変えたい、俺自身がそう言ったビジョンを持った、持ってしまった。そしてソレを実行できる力とお金があった。

 ワクワクしている実を言えば。そう、俺がやりたいからやるのだ。どんな世界でもやりたいと、夢中になった事に一生懸命でお金を注ぎ込むのは変わらないんだと思う。


「さて、まだ夕方前までに時間はたっぷりあるし、クスイの所に顏を出しに行くかな?」


 次に俺はクスイの店に向かった。


「おーい、クスイ、居るかー?」


 クスイの店の方に直接顔を出しに行く。今は魔力薬の方はこの店以外でも取り扱い始めていて客が殺到していると言う状況では無い。

 なので余裕を持って接客対応ができている、はずなのだが。


「客が多い・・・なんだろうか?あ、元祖?ああ、そう言う事か。」


 魔力薬を扱っている店で品質は変わらないはずなのだが、どうにもクスイの店の方を心理的にも客は買いたがるんだろう。

 店内ではひっきりなしに客がカウンターに訪れて魔力薬を求めている。これに店員が精算とおつり出しにひーこら言っている。

 魔力薬の瓶は一応はリサイクル可能と言う事で回収もしているので、そちらの客も多い。回収専門のカウンターまで作られている。


「エンドウ様、こちらに。」


 いつの間にか俺の横に来ていたクスイが静かに声を掛けて来た。どうやらクスイはもう完全に裏方として働いているようだった。

 こうして住居の方へと移動して落ち着いた所で俺は単刀直入に話を始めた。そう、クスイにも北の町の事に一枚噛ませようと思い付いたのだ。


「クスイ、良い話があるんだが、乗らない?」


「恐ろしいですなぁエンドウ様は。この魔力薬以外にどんな事をこの短期間でまた思い付いたので?畑の方も順調すぎて怖いくらいに手応えが無いのですがねぇ。」


 どうやらクスイの商売はどれもこれも順調の様である。何よりだ。そこへ俺は「説明するより早いから」と言って壁へと映像を流してクスイに俺の考えを見て貰う。


 これに驚く事無くクスイはソレを見つめ続ける。どうやらもう俺が何をした所で驚く精神は残っていないようだ。少し残念な様な、話が早くて助かるような。

 これらを見終わってからクスイが「ふぅ」と小さな溜息を吐く。そして。


「今から町の発展に必要そうな物を揃えて直ぐに第一陣を行かせましょう。本当に貴方様の考える事、力で為す事は我々には考えつかない、不可能な事ばかりですなぁ。」


 感心したような、呆れた様な、そんな複雑な空気を込めてクスイはそう漏らす。


「いや、魔力薬はいつか誰かしらが改良していたんじゃないか?まあ、それがいつの事になるかは分からなかっただろうけど。」


 何時かはマズイ魔力薬に不満を持った者がきっと改良を目指した事だろう。その開発がどれだけ長い期間掛かったとしても。

 この世界の者が改良、開発したかもしれない可能性を俺が潰したと言っても良い、悪く言えば。


「エンドウ様がやらなければきっと十年先も、二十年先も、魔力薬はきっと、ずっと、不味い物のままだったでしょう。今まで改良に挑戦して成功を収めた者はおりませんでした。エンドウ様が初めてなのですよ。」


 ニッコリとほほ笑んでそう口にするクスイ。どうやらクスイはそう捉えていたようだ。この先どれだけ待っても俺がやらなかったら魔力薬は不味いままだっただろうと。


「良し、それじゃあクスイ。宜しく頼むよ。・・・あ、クスイが持って行く品を買う金は俺が町の土地を買った代金で支払う事に?あ、これマッチポンプ?」


 ヤバい、何だか悪い事をしているような感覚になる。お金が回る、だけど仕組まれた形で。

 でも誰も損をしない事に気が付いた。それなら誰も怒ったりしないよな?などと自分を納得させて俺はクスイの家を出た。


 まだ時間が余っていた。夕方前と言う事で未だ少し時間が余っている。クスイとの話が早く終った為だ。


「それじゃあどうしようかね?テルモの所にでも様子を見に行くか。」


 店は安全になって軌道に乗った、完全に俺の手から離れたと判断して俺はサレンが新人として働くようになってから様子を一度も見に行っていなかったはずだ。

 別に何年も店の様子を見に行っていない、などと言う訳では無い。だから別に変っている所など無いと思っていたのだが。


「行列がヤバい?あ、整理券をやっぱり配ってるな。あーあ、最後の方は悔しさで叫んでる客がいるわー。」


 整理券を取る事ができなかった客もいた。「間に合わなかった!」と叫んでいて周りの人々も「ドンマイ」と言った感じでその客の肩を軽く叩いていた。

 どうやら客同士が一体感を持っているようで、その者たちはどうにも常連客な様子だった。


 店内の様子を開いた扉から覗いてみれば中は大盛況。繁盛、繁盛、大繁盛である。活気と言うか、食事をしている客の顔がヤバい。

 誰もかれもが恍惚とした表情で肉を食んでいるのだ。怪しい薬でも盛られているのか?と思わず思ってしまう。

 けれどもそんな事をテルモがするはずも無く、そしてこの店の従業員にそんな真似をする者が居るとは思えない。

 サレンは確かに「裏」の人間かもしれないが、この店で働くにしても客のその様な悪事を働くような人物には見えなかった。

 そもそもここの常連たちは最初から異常な執念を燃やしてこの店に通っていた事を思い出す。

 そして「エコーキーの太腿香草焼き」をお酒と一緒に頼んでかっ食らう姿を俺は見ている。その時の表情も今とさほど変わらぬ表情だったはずだ。


「以前よりも深刻な状態になっている様な気もするけど、まあ、ほっとけばいいか。今はテルモとサレンが交代で仕事に入ってるはずだし、少しは余裕が有る筈だ。」


 俺は店の裏口に回って仕込み用の厨房を覗いてみた。するとどうにもサレンとテルモが二人で手分けして作業をしていた。その速さは以前と比べると断然早い。

 そして見る見るうちにその下処理した肉はどんどんと山になっていく。行くのだが、そこからまた従業員が即座にソレを焼き場に持って行くのだからおかしな光景だ。

 そして見ている時間は30秒程だったのだが、全ての下処理を終えた二人はこちらに気付く。


「ああ、師匠!いついらっしゃってたんですかぁ!」


 テルモは俺を師匠呼びする事をするなと言っていたのを忘れているようだ。しかし別にここには関係者以外が居ないので俺もソレを突っ込まずにおく。


「仕事は順調か?と言うか、前よりも客の数が増えて無いか?」


 俺のこの質問にはサレンが応える。


「客の数は計算してありますので御心配には及びません。もう既に私たちの仕事も全て終わりました。」


「あ、私はまだ手伝って行くんですけどね。それで師匠は今日は何か御用だったんですか?」


 テルモが続けて俺に何か用があったのかと訊ねてくる。


「ああ、そうだな。今この場の思い付きなんだけどさ。二号店を出したいな、ってな。魔術師誰か紹介して貰えない?」


 俺はサレンに向かってそう言い放った。

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