山と積み重なっていくやりたい事
「こんにちは。少々お時間を頂いても宜しいですか?お話を伺いたくて。」
俺はそんな一言から入る。これに訝し気な目を向けられるのはしょうがない。
「なんだいあんたらは?ここはウチの敷地内だ。家畜が慣れて無い物を入れるとこいつらが暴れる可能性がある。直ぐに出て行ってくれ。」
俺たちは最初柵の外から牧場を眺めていたのだが、ここの責任者と話しをしたかったので中へと入ったのだが、怒られてしまった。
「すいませんね。どうしても話をしたい事がありまして。この家畜、冬場にも有効活用して稼ぐ方法があるんですけどね?乗りませんか?」
どの様に解釈しようにも俺の今の言葉は「詐欺」にしか聞こえなかっただろう。どうやらデッキブラシの様な道具で家畜のマッサージをしていたらしい男は増々不機嫌になった。
そしてその手に持つ道具をこちらへと向ける。イラつきながら。
「お前さんたちは見ない顔だな?痛い目を見たくなかったらさっさと出て行け。見逃してやる。しかし、次は無いぞ?」
恐らくは喧嘩に自信があるんだろう。その構えはどっしりとしている。恐らくは昔に武術をある程度修めた者である様だ。
引退してスローライフとでも言った感じだろうか?
「貴方は今日の夕方に広場に来ますか?上映会をぜひ参加して欲しくてですね。町興しが成功すればもっとこの町は活性化すると見越しているんです。それと、国の協力も取り付けてあるんですよ、ここだけの話。」
取り付けてあると言うのはレクトの事である。別にコレは嘘では無い。真実だから堂々と宣言しておいた。
「・・・お前が胡散臭い話を持ち込んで来た余所者って奴か。この町を金で買収して何を企んでいる?」
先程よりも剣呑な雰囲気を込めた言葉が男から発せられる。俺は別にこの程度では怯んだりはしないのだが。
「企んでいる事は今日に全て見せます。その全貌を見て意見を聞きたいんですよ。そして協力して欲しいんです。その協力にこのムゥフィーグが欲しいんです。」
俺はムゥフィーグに近付いてその顔をそっと撫でる。ムゥフィーグは大人しいまま。まるで俺の事など意に介していない。器がデカいのか、或いはただ鈍いのか。
取り敢えずこの家畜の使い道は「リフト」だけでは無い。馬車を、いや、ソリをこれに引かせてこの町へと来て貰う際の交通手段にしたいとも考えていた。
「このムゥフィーグ、数はどれくらい飼ってらっしゃるんですか?」
牧場には十頭が見えているが、宿舎にもっと数が居るのかも知れない。そこまで魔力ソナーで調べれば良いのだろうが、俺はソレを今回はしない。
ちゃんと話をする相手が目の前に居るのだ。ちゃんとその人物から話を聞くのが道理だろう。
「お前に教える気は無い。それに上映会だと?私は出る気は無いぞ。幾ら町長の頼みでもな。」
「うーん?しょうがないですね。後で個別でお話をまたさせて貰いに来ますよ。ぜひ助けて欲しいですからね。」
説得には応じない、そんな空気を醸し出している男は未だにデッキブラシをまるで槍を持つかの如くに構えている。油断をしていない。
俺たちがここから出て行くまでずっと警戒は解かないだろうこのままでは。なので今日の所はここで退散する事にした。
そうして俺たちは牧場から離れる。ここで俺はレクトに聞いておきたい質問をした。
「ムゥフィーグって飼うの難しかったりする?それと、数は簡単に増やせるかね?」
「・・・どれだけの数を確保したいと考えてるんですか?いや、まあ、簡単な類の家畜だと言う話ですよ。しかしあの巨体ですからね。住まわせる宿舎の確保とか、数が多ければそれだけ餌代に管理する従業員も必要になります。この町の規模を考えても今先程に見えた数だけでも家畜は多い、余裕が有る方ですね。」
「生み増やすとか言った事も容易?ここら辺は専門家が必要な所か。レクト、頼んだ。」
「だと思いましたよ。仕事を増やして貰いたくは無いんですけどね。でも、まあ、この町が発展するのを楽しみにしている自分が居るので何とも言えない。」
そう言った畜産農業に詳しい者を誘致してこの町で働かせればこの町の将来の為にもなるだろう。レクトは少し苦い顔になりつつも頭を回転させている。
そうなるとここで働かせるための人員確保も必要になるだろうが、そこはどこからでも引っ張ってくればいい。
最悪スラムで「生きた死人」みたいな者たちを搔き集めて従事させても良いだろう。貧しい子供達を引っ張って来てここで働かせて、食べさせて、「生かす」事もできるはずだ。
「あぁ~、どんどんと実現可能な妄想が先行してドンドンと膨らんでいくー。」
「その妄想を全て押し付けられるのは私ですよね?」
「王子様、頑張ってこの国を良くして行ってください。協力は惜しまないので。」
「あまり重いモノは背負わせない様に加減を考えてくれればどうにかしますよ。」
そんな会話をしながら俺たちは宿へと戻った。宿の食堂では師匠が一人でチェスを展開して一人でウンウン唸っている。
「師匠、どうしたんですか?あ、そうそうレクト、このチェスもこの町に流行らせたいんだけど?」
「押し付ける量が多過ぎです。しかもまだこれからの事が全然根本から何も解決できていないのに・・・」
師匠はこちらをチラリと見てからぼそりと呟く。
「この間レクトに負けたのだ。何処が分水嶺だったかを検証している所だ。」
「ああ、なるほど。・・・え?手番を全部覚えてたんですか?師匠、暇人ですね。外でパーッと遊びません?」
俺は引きこもり気質な師匠を外へと誘うが。
「・・・いや、結構だ。先にこちらを納得させたい。その後なら付き合うさ。」
師匠は盤面と睨めっこしたままにそう返事をする。俺もそれに「絶対ですよ?」とだけ返した。
まだ夕方の上映会には時間が多少残っていたので俺はレクトと共に資料作りをする事にする。
「で、私は必要でしたか?」
俺がどんどんとA4コピーペーパーを生み出し続けるのを眺めながらレクトはそう呟く。
その紙には既に俺がやりたいと思った事が種類別で書かれている。必要になりそうな物のリストも添付してある。
どんな職種の職人が必要か、この事案に関して必要になる働き手は何人くらいが最低数か。
実現したいスポーツのルールも俺の知る限り詳細に載せた物も一緒に作っておいた。
もうそれこそ俺の脳内に思い付いたアイデアを片っ端から印刷していく。
「レクト、これらを後で精査しておいてくれないか?まあゆっくりとでいいさ。今年の冬は下地作りだ。今年から始めたい、なんて贅沢は言ってられない。五年くらいで本格的に始動できるまではこの町の人々の冬場の娯楽と言った形で定着させたいな。少しづつ。」
「エンドウが動けば八割がたは終わるでしょう?一番難しい土台工事をエンドウが済ませてしまえば五年もせずに外から人を呼び込めるようになりますよ。」
レクトは俺がまとめた資料を一つ取り上げて読んでそう言葉にする。
確かにこの世界で重機も無く工事と考えるとどうしても年月も労力も人手も掛かり過ぎるだろう。あと労働の為の人件費。
ソレを俺が魔法一つで全てやってしまうのだからレクトからしたら常識外れも良い所か。
この世界の魔法使いの質は相当に低いと言うのは以前に師匠から聞いている話だ。
もし優秀な魔術師が十名くらい居たとしても、俺の熟す仕事にこれっぽっちも追いつけないだろう事は分かる。
コレが百人居ても、千人居ても同じだろう。いや、それだけの魔法を使い熟せる者を揃える事がそもそも先ず不可能に近いと思われる。そしてそれらを雇う経費も馬鹿が付くほどに高くなるはず。
実現するのに金の問題と年月の問題が立ちはだかる。計算すればするほどにこの改革案は白紙になる代物だ本来なら。
でも、ここに俺が居る。レクトが言った「八割」は俺が全て熟せてしまうのだ。金も時間も掛けずに。
「おっと?もうそろそろ時間かな?早めに広場に行っておこう。」
夢中になってプリントアウトしていた俺は窓の外を見て時間が来ていた事に気づく。
何人程来てくれているかは分からない。もしかしたら一人も集まっていない可能性も考えられる。
だが、そうなればもう構う事も無いだろう。こちらで全て揃えて無理くり押し付ける形にしてこの町に根付かせればいいだけだ。そこはレクトに頑張って貰おう。丸投げだ。
そして指定の広場へと到着したのだが、そこには満杯の町民。お年寄りから子供まで。満員御礼だ。
「来ましたか。もう始めてしまって良いでしょう。貴方が何をこの町になさりたいのか、町民に説明して貰いましょう。」
町長が俺たちに気づいて近づいてきてそう口にした。この場には俺とレクトの二人で来ている。
レクトは今回の件に乗り気になってくれている。なので上映会を一緒に見て貰うために来ていた。
もう一度俺の思い描く物をその目で見て貰うために。何度も見てイメージを固めて貰いたかったのだ。
レクトは既に一度見ている物ではあるが、いくつかの変更点を加えたモノを今回は上映するつもりだった。
「皆さんお集まりいただき、真に有難うございます。今回皆さまにこうして集まって頂いたのは他でもありません。この町を活性化させて活気のある町へと発展させたいがためです。私の思い描く世界、それを皆さんと共有し、明るい未来、笑顔の絶えない楽しい未来を掴んで頂きたくてこうして集まって頂きました。」
ざわついた町民たちが俺のこの挨拶で一斉に静まり返る。それもそうだろう。俺は魔力を込めてこの場で発声している。
声量は魔力で増幅され、誰の耳にも聞こえる様に調整して喋っている。
「これから見て頂く映像は皆さんに協力して貰えば実現可能なものです。この町を観光地にします。外からやって来る観光客からの売り上げでこの町の今の生活をより一層豊かにできるでしょう。しかしそれだけではありません。町民の方々にも楽しんで頂きたい。そう、この祭りを一緒に住民の皆さんが楽しめなければ意味は無いと考えています。では、早速見て貰う、と、その前に。コレを住民の皆様へと贈らせて頂きます。」
俺はどんどんと特性セーターを取り出す。そして各家庭の代表者に出て来て貰いセーターを渡していく。
町長がここら辺を事前に話をしてあったんだろう町民を集める際に。これらの受け渡しは非常にスムーズに終わった。
そしてソレを早速着る者たちが多く、各員がそれぞれセーターの感想を述べあっていた。軽い、温かい、薄い。信じられない、そんな感想を着た者たちは口にする
「では、これからお見せするのは私がこの町をどの様に変えていきたいかを映像にしたモノです。どうかコレを見ながら自分たちの生活にどの様に当てはめるかをそれぞれの方たちで想像しながらご覧ください。」
薄暗くなっている空模様。もうそろそろ夜になる時間だ。
俺は空中に魔力を放出して空へと俺のやりたい事を投影していく。それはまるで青空映画館かの様だ。
誰もが最初に何も無い場所に映像が流れるのを見て騒いだが、そこに映っているのが自分たちが住む町だと分かると誰もが黙り始める。
そこで流れるのはこの町がどんどんと作り変えられていく映像だ。俺の脳内で計画している都市計画を少しづつ変化していく演出で見せていた。
そこからはスキー、スケート、雪像祭り、雪合戦、幻想的な雪灯籠の回廊など。
他にも俺がやりたいと思い付いた物をこれでもかと「主観視点」で紹介していく。主観視点の次には客観視した映像も続けて流す。
今見たモノがどの様な構造であるかを両方の視点で見せるのだ。そうした演出で最後まで流したら上映会は結構な長さになってしまった。辺りはもう真っ暗と言って良い時間である。
「いかがでしたでしょうか?コレが私が考えるこの町の未来です。実現してみたいと思いませんか?もう既に感じている方もいらっしゃるでしょう。この町が徐々に寂れて来ている事を。ですが、生まれ変わらせる事ができます、こうして。この町の皆さんが手を取り合い、助け合って、諦めない気持ちがあれば、私が今の映像を現実のモノにして見せます。ぜひ協力の件をじっくりと考えておいてください。まだもう少しだけ時間もあります。さて、今日は遅くまでお付き合い頂きありがとうございました。これにてお開きとしたいと思います。」
上映会が終わってみれば町民たちの顔はさも「狐にでも化かされた」と言った表情になっている。老若男女、大人も子供も皆同じ顔である。
俺はもう今日の仕事は終わったと思ってその場を去った。後はこの上映会を見た町の人々がどの様なリアクションを返してくるかで今後の俺の動きが変わる。
俺の事を胡散臭い奴だと言って反対意見が多くなればこの計画は頓挫するだろう。
肯定的な意見が多くなっていればこの町はきっともっと賑やかな場所へと発展する。
静かで慎ましやかな生活が気に入っている住民は俺の見せた映像を快くは思わないだろう。
この町の寂れ行く姿を許せ無いという声を心の奥底にしまっていた者はきっと賛成の声を上げてくれるはずだ。
まあどちらに転んでも俺はあの宿の裏手の土地は買い取るつもりである。何せ俺はスキーを楽しみにしていたからだ。
あそこをもう少しだけ傾斜を付ける様に地形を改造して、その丘のもっと奥にそびえる山からの雪崩などを防ぐための防壁なども設置予定だ。
カマクラを作ったりして遊び心を満たしたいし、雪像づくりなんかで芸術ごっこで遊びたい。雪灯籠に火を灯して幻想的な光景にも酔いしれたい。
スケートはもう楽しんだので後回しで、雪合戦も楽しみたいと思っている。
「子供か!って突っ込む所なんだけどね。まあ良いじゃないか。」
俺はレクトと一緒に宿へと戻る道すがらに自分へのそんなツッコミをするのだが、レクトがどうにも真剣な表情でウンウンと唸っている。
「エンドウ、本当にこの計画は実現が可能だろうか?いや、可能だ。可能なんだが・・・この地に住む者にとってコレは良い事なのだろうか?」
悩んだのは政治的な、そして住民の「幸せ」を考えているかららしい。
国としてはこの町の経済が発展すれば税の徴収量も上がって良い事だ。お金の巡りも良くなって良い事づくめ。
レクトも冬のレジャーを、スケートを楽しんだ手前この観光事業を成功させたいと思っている。
でも人が集まる、しかもこの土地の者では無く、全く別の場所から。そうなれば「無法者」と呼ばれる者たちが寄ってきたり、或いは暴力、権力を笠に着た阿呆共がこの地を食い物にしようと食い込んでくるはずだ。
そうしたら今まで起きた事も無い問題でこの町に住む善良な人々は困惑するどころか迷惑をこうむる。
以前ではこんな目に遭う事は無かった、昔の方が良かった、などと言い始める住民は必ず出て来る事だろう。
「そんな事を言っていたらレクト、王様に向いてないんじゃない?必ず問題って発生するもんだよ、何事にも。すべてが丸く収まるなんて事、一生に三回も無いと思うよ?今回の事にその一回を使いたい?」
「・・・奇妙な事を言ってくれるねエンドウは。まあ、確かに問題が出れば国が解決に動かなきゃいけない事だよね、こればかりは。そうだなぁ、住民たちが乗り気にならなかったとしたら、コレは国が梃入れを主導でやらなきゃいけない事かぁ。当たり前だよねぇ。問題が浮上してもこちらが請け負うのは必須か。」
きっとこの町の経済が以前よりも落ち込んでいる事はレクトは知っていたんだろう。
一つの町の衰退、コレは国としても見逃せない事だろうけれども、具体的にどう援助すれば持ち直すのかと言った案は出ていなかったに違いない。
ここで俺がこの町の復興のアイデアを出したモノだからレクトもそれに思わず飛びついたと言った感じだろうか?
さりとて俺もこのアイデアが実現した後の事なんてどうなるかを完全に知る術は無い。
問題が起きたらその都度解決、それくらいしか方法は無いだろう。
「あ!この町に教会、もしくは治療院はある?観光客が怪我をしたり病人が出た時にはその治療をしてくれる施設がないと駄目だよね?・・・そうなるとミッツに頼むかなぁ?それよりもゲードイル伯?」
「何でそこでゲードイル伯が出て来るのか?そこ詳しく!」
レクトはまだミッツとゲードイル伯の件を知らなかったらしい。なので俺は宿への到着までにかいつまんで話をしておいた。
「何でそんな重大な事を教えてくれないんですかね?何だか頭が痛くなってきました・・・」
こうして俺たちは話し終えた時に丁度宿へと帰りついた。
それから二日経った。町長からの良い返事などは来ていない。俺はこの町を改めてこの二日で見て回り、再度、頭の中の「都市計画」に微調整を入れていた。
この二日間、カジウルは既に薪割の仕事はパパっと片付けて酒を昼間から飲んでいたりする。けれども何処かにフラッと突然に姿を消しては帰って来てまた酒を飲んでいたりと、行動がおかしい。
きっと人気の無い所で剣の特訓などをして日の運動量を増やしているんだろう。ダイエット。
上映会の翌日にはマーミはレクトから話を聞いた様で俺に「スケート」をやらせろと迫って来ていた。
アイススケート、しかもアイスダンスを結構気に入っていたマーミはどうやら自分でもソレをやってみたくなっていたらしい。
先日に俺がレクトに遊ばせた場所にもう一度スケートリンクを作ってマーミに提供した所、どうやら随分と気に入ったらしく、いつまでもずっと滑り続けていた。
ダブルアクセル、イナバウアー、スピン、などなど、他にも技名は知らないが色々な滑りを試してご満悦だった。
ラディは師匠とチェスをし続けていた。二日間もずっとだ。どうやらパターン化などを編み出そうとしているようだ。
師匠がレクトに先日負けた事が発端らしい。研究をするにレクトでは無くラディを引き込んだのは負けた相手への対抗意識からだろうか?王子様相手にちょっとソレはどうかと思ったが俺は何も言わなかった。
ラディがこれに結構乗り気で師匠とチェスにのめり込んでいたからだ。放っておこう。
俺は後で「将棋」も教えたら面白そうだと思った。何せチェスとはルールがかなり違って特殊だ。
またこれに頭を悩ませる事となるだろう。師匠とラディがチェスに飽きたら提供して見ても良いだろう。
レクトはと言うと俺が作成した資料と睨めっこだ。随分と今回の件に力を入れる気になっているようだ。
こうなればもう俺がやる事と言えば土地を買う話を町長と締結する事と、その土地を「改造」する事だろう。
まだどれくらいの場所を買い取っても大丈夫かの話を詰めていない。宿の裏の丘は確実なのだが。それ以外の場所も買いたい事をまだ町長に告げていなかった。
「やっべ、町長ともうちょっと話をしないと駄目だな。もしかしたら拒否されるかもしれないけど。」
俺はこの事に気付いて町長の家を訪問する。すると何だか険しい表情で町長が出迎えてくれた。
「丁度話したい事がありました。中へどうぞ。」
どうやらかなり重たい話になりそうな事がこの時の町長の声音から察せられる。
「実は・・・ムゥフィーグ、その飼育をしている者が納得していません。」
上映会では俺の計画にムゥフィーグを使う場面を追加していた。なので町長もソレを見て恐らくはムゥフィーグの牧場、その経営をする主人を訊ねに行ったのだと思われる。しかし。
「彼にもこの町の行く末を決める決定権を持たせているのですが、どうにも首を縦に振って貰えないのです。」
どうやらもう町民たちの多くは賛成を表明しているそうだ。しかしこの復興計画に一番貢献して貰えるであろう最後の一人が納得いかないと言っているそうだ。
「彼への説得はどうにも私たちではできそうにないのです。エンドウ殿、彼にもあの光景を見せて貰えないでしょうか?そうすればきっと賛成へと意見を変えて貰えるはずです。」
「いや、あの人なら見ても意見を変えないんじゃないかな?一度上映会の前に話を少しだけさせて貰ったけど、どうにも反応は良くなかったし?あ、俺の説明が宜しくなかったと言った面は大いにあるけど。」
俺のこの言葉に少しだけ町長が驚いた顔をする。
「もう一度説得しに行くにもかなりの「土産」を持参しないと駄目かもねぇ。そうだなあ。レクトにお願いするかぁ。せっかく町の人たちも乗り気になってくれたんだし?ここで一気に大方の部分を進めちゃうのも良いかもなあ。」
俺はとある方法でそのムゥフィーグ牧場の主人を説得する事にした。それはレクトの力を大いに、王家の権力を大いに使う事である。
俺は町長へと他の未使用の場所や俺が考える欲しい土地を説明して買い取りたい事を話した。これをすんなりと町長は了承してくれた。こうして詰めの話を終えて俺は宿へと戻る。
「レクト、城から人員を大量に引っ張ってこれない?あ、移動はワープゲート使っても良い。牧場主を説得する事になった。」
「・・・どう言う事か話して貰えません?いきなり本題をブチ込んでくるのはエンドウの良くない所だと思うんだ。」
レクトは王子様だと言うのに下品な言葉遣いをする。ブチ込むなどと。そこら辺の事を突っ込まずに俺は話を続けた。
「いやー、どうやらほら?ムゥフィーグの牧場主、町長の説得に応じないみたいで。それで「土産」が無いと無理だろうなって思ってね?」
町の寒さはこの短い期間でかなりの物になって来ていた。俺の勘ではあるが雪の降る時は近い。
なので俺はここで一気にケリを付けたく思っていた。ムゥフィーグを使って雪ソリレースなどもしてみたいし、そのコース予定地も既に考えていたりする。
「はぁ。まあ、良いか。休養は一時停止と行こう。私もこの町を早く活気を取り戻させてやりたい。」
「以前はここってこんなに寂れて無かったのか?」
「そうだよ。資料によればムゥフィーグの牧畜が盛んだったんだ。しかし都会に若者が集中して出稼ぎに出る年があったあたりからドンドンとこの町の人口が減っている統計が出てる。何とかしたくてもどうしようも無かった感じだね。」
金さえある程度あれば贅沢はできなくても便利な都会。
逆に慎ましやかに貧しくても穏やかで変化の無い田舎。
(まあ退屈って言ったら悪い言い方か。若者が都会に出稼ぎって、そりゃ田舎よりも都会の方が刺激的で故郷に帰りたく無くなるのも無理ないかな)
どうも典型的な話である様だ。田舎と都会。故郷の何も無さに辟易して、きっと都会には何か自分が知らない事が沢山待っていると言う期待。
血気盛んな若者であればある程にハマる罠。いや、罠という感じでも無いか。
ただ自分の置かれている状況に漠然とした不安か、或いはやりたい事と言った夢があって狭い世界から外へと目を向けているに過ぎない。
町の将来を変えたくて外にアイデアを求めて出て行った若者も居たりした事だろうきっと。
しかしそれが見つからずに毎日の生活の中に埋もれてしまってその夢も忘れてしまう、なんて事も在ったりするかもしれない。
(まるでドラマだな。そうなるとこの町の出身者に「戻ってこないか?」と声を掛けるのは一定の効果が見込めるかね?)
この町の事を良く知る者たちが集まってくれた方が町興しもやり易くなるだろう。
(まあこれも国に投げちゃえばいい話だけどね。俺が頑張る所じゃないな。アイデアだけ後でレクトに聞かせよう)
「さて、準備は良いよ。一旦城に戻ろう。この資料を幾人か各役員に見せてから引っ張って来て町へと連れて行こう。こき使ってやらないと。」
どうやらレクトはもう大体の連れて行く人員の目星をつけているらしい。
そこら辺に俺は口を出す様な真似はできないので全部レクトにお任せだ。王子様に頑張って貰う所である。
「じゃあ先ずは王子様の部屋に繋ぐので良いよね?それじゃあ行こうか。」
俺はワープゲートを出す。これにもうレクトは何らビビったり怖気づいたりせずにスッと通っていく。
「いやー、もう大分慣れた感じになっちゃったな。ビビってた時の頃が懐かしい。」
俺はそんなレクトを見てそう呟いてから続いてワープゲートを通った。