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皆で成功に導こう

 この町の周囲は至って平和だ。強力な魔物や狂暴な動物の様なモノは居ないらしい。

 ダンジョンなどのそうした異常な変化がある場所なども無いか念入りに調べて何も無い事が判明した。

 宿の裏手の丘以外はどうにもなだらかな山々に囲まれている。こう言った地形は何と言うのだったか?と下らない事を考える位に何も無い。


「寒さが厳しい土地だからそう言った存在が近寄らないのかね、最初から。」


 小さい小動物はどうにも多めに散見されたのだが、大型と言えるような存在はついぞ発見は無かった。

 一通り見て回れば時間はそこそこ過ぎる。空中を飛んで一気に魔力ソナーで調査をしたのでまあ別にそこまでの労力も無かったのだが。

 それでもアッチにこっちにと飛んで回って詳細調査をする為に自身の目で現地を確認と言った事もしていたので時間は掛かった。


「さてと、戻って皆に俺がやりたい事の説明をしようかな。戻って来てるだろ。」


 まだ残り三名に俺はこの町でしたい事を説明していない。カジウル、マーミ、ラディだ。

 レクトと師匠にはもうある程度の俺の考えは分かってくれているだろう。キッチリと映像で見せた事でイメージも共有してくれたはずだ。


「カジウルはどれくらい仕事を熟したかな?できればカジウルにも協力して貰いたいけど。」


 なんて呟きつつ宿に到着する。そこでは皆が集まっていた。


「カジウルはもう薪割は良いのか?」


「あ?もう全部の家の分を終わらせてきたぞ?」


 これに俺は「は?」となる。説明を求めたかったが終わったと本人が言うのであれば別に何か俺が言う事も無いだろう。まあ早過ぎるとは言いたかったが黙っておいた。


「エンドウ、もう三人には私から言葉で説明をしておいた。後はお前が「見せる」だけだ。」


 師匠がそう言って説明をしておいてくれた事を知らせる。なので俺は早速上映会を始める。

 師匠とレクトは一度コレを見ているがもう一度真面目に今度は見るつもりらしい。と言うか、最初に見せた時は唖然としてぼーっと眺めているだけだったと言った感じだった。


 上映会はつつがなく終了し、皆が感想を述べる。


「ふーん、面白そうだな?ちょっとこれはやってみたいぜ。爽快だろうな。あ、でもコレ寒さがヤバくないか?」


 カジウルは協力をしてくれるらしい。マーミはと言うと。


「この氷の上を滑って踊ってるのが良いわね。綺麗だったわ。」


 以外にも食いついて来た。上々である。


「俺は像が良かったな。こいつは芸術家、彫刻家には面白い題材として注目されるかもな。」


 ラディが芸術面での感想を言ってくれる。そちら方面にラディは詳しいのだろうか?


「寒さを凌ぐ為の防寒着は特殊な物が必要になりそうだが、まあそこら辺は別の土地の寒さを遮断する素材を使って製作は可能だろう。」


 師匠はどうやら特別な防寒着を大量に製作するのに素材の当てがあると言う。


「まあ、できなくは無いですけど。相当に長い年月が必要になると思いますよ、コレ。流行るまでに。」


 レクトは時間との戦いがあると懸念を示した。だがそこら辺はまだ良いのだ。結局はこの町に今までそうした客など来た事は一度も無いだろうから。

 流行るまでは年月がかかり、客は来ない。それならそれでこれまでと何ら変わらぬ日々となるだけだ。


「そこら辺のレクトの懸念は王家で何かとお祭りごととして開催するとか何とかこじつけて人を最初の内は引っ張って来てよ。町が冬場の楽しみとしてこの「お祭り」を根付かせるのも必要だし?」


 俺はそこら辺の問題をレクトに丸投げした。すると良い返事が返って来る。


「その点は国で何とかできるでしょうけどね。でも、街道整備はどうなるんです?」


 この町に来るまでの道は整備されていたと言える様なモノでは無かった。まあ当たり前だ。

 通る人の数が少ない道に整備などをする為の予算など使えない。町にだって人を呼び込むための予算の余裕など無かっただろう。生きるだけで精いっぱいだったのだから。


「もうそこら辺の事は俺に任せてくれ。と言うか、俺が土台になる部分は殆どやるから、それら以外の事を皆に頼みたいんだよね。宜しくお願いします。」


 俺はそう言ってそれぞれ皆ができる事を協力して欲しいと言って頭を下げた。

 もう夕食時だったので丁度この時に食事が運ばれてきた。俺たちはそれぞれ夕食を宿で摂ると伝えていた。


「すまねえが、手間を考えて鍋にしちまったぜ?一人づつ小分けにして配膳するにも俺一人で宿をやってるからな。一まとめにしちまった。これで勝手に食ってくれ。」


 人数分の器がテーブルに並べられた。中央にはドデカイ鍋が一つ。しかしたっぷりと入った具と美味しそうな香りが鼻を突く。俺はこれに何だか懐かしい感覚を覚える。


「ああ、匂いが似てるな。豚汁か。うーん!良いね良いね!コレを中心にして食卓を囲む、ああそうだ。カマクラの中で食べるならコレが良いだろ。」


 郷土料理、などと言った表現はちょっとアレかな?などと思ったが、これで食事面での推しは決まった。

 他にも細かい面で町の人々の協力を求めないとこの計画は成功しないだろう。


「よーし、明日のプレゼンを気張らないとな!」


 俺の「プレゼン」という言葉に全員が「何言ってんだか分からん」と言った顔をしつつも食事をし始めた。


 そうして翌日の朝。俺は町長の家へと向かう。町長はそれぞれの町の代表者を集めて話しをしておくと言っていた。昨日の内に町民会議はしておいてくれているモノだと思っていたのだが。


「申し訳ありません。まだ数名の方にこの話ができていないんです。冬越しの準備の方が忙しくてそれどころでは無いと断られました。」


 到着後に直ぐに家の中へと招かれて椅子に座らせられた。そして単刀直入に話を切り出される。まだもう少し時間が掛かると。


「ですがその方たち以外は全員が賛成を示し、エンドウ様の申し出を受け入れると言っています。」


 しかし集まった代表者たちの全員は俺の土地の「買取」を受け入れたと言う。


「あそこの土地の売却額は各家庭に均等に配分となるのです。あのような使い道が無い土地を売れるのならばと。臨時収入に喜んでいます・・・」


 この様に言っている町長は何故かその顔が暗い。どうやら町長は売るのを反対らしい。まだ一悶着ありそうである。


「まあゆっくり行きましょう、と言いたい所なんですけどね?冬に本格的に突入する前にちょっと町の人たちにも協力を要請したくって。俺のこの計画に乗ってくれないかな?って。」


 俺のこの申し出に町長は眉を顰める。しかしそれも一瞬。


「昨日にも言いましたが、町民たちは今の時期は準備に追われて人手を出すのは無理だと・・・」


「いや、俺も言いましたけどね。土地の開発やら整備は俺がやりますから。そこ以外の所に皆さんの力が必要なんですよ。私の考えている事を町の人たち全てに理解して欲しいのでそう言った場を設けて頂けませんかね?」


 これに町長は俺を増々胡散臭いモノを見る目になる。ポーカーフェイスを崩し始めた。


「お金の方はこちらも準備がまだなのでちょっと時間が掛かります。なのでその土地契約の前に皆さんに、まあ、冬に入る前のちょっとした娯楽的な物として楽しんで貰える様にしますから。」


 この俺の言葉で余計に俺の事を怪しい奴だと言いたげな目で町長が睨んでくる。まあ実際に俺が銅貨の一枚も出さずに口八丁で理解不能な事を言っていると思われているのだからこの反応はしょうがない。


「そこで集まって頂く代わりと言っちゃなんですけど、こちらの服を町民の皆さんに差し上げたいと思ってます。」


 俺はダンジョン都市での騒動で素材ゲットしたあの羊の様な魔物の毛で作成したセーターを取り出す。

 この毛は魔力の流れがかなり良く、俺の思う通りにセーターを編む事ができた。

 インベントリは実に優秀だ。俺が取り出したい、仕分けしたい物を頭の中に浮かべて穴から引っ張り出すだけで毛刈りは終了だ。

 それらをまたしてもインベントリ内へと入れ直す。その後にまた実験をした。次は毛糸だ。これも何故か俺がインベントリの穴に手を突っ込んでイメージしただけで出来上がった状態で出て来た。。

 その毛糸でセーターをイメージすると勝手に毛糸がクルクルと勝手に編み上がっていくのだから恐ろしい。

 俺は人生で編み物など一度もした事が無いというのに。毛刈りの映像はテレビなどで見た事があるし、毛糸作りの映像も見た事はある。


 しかし編み物なんてのには興味が無かった自分は編み上がっていくセーターの映像など見た事は無かった。

 服屋の出来上がった物しかお目に掛かっていない。それなのに俺がその完成図を脳内に描いて毛糸に流せば、それらが宙に浮いてスルスルと勝手に絡み合って完成してしまうのだからコレをホラーと言わずして何だと言うのか?コワい、実に怖い。


 ソレは横に置いておいて俺は町長にそのセーターを渡す。もちろん彼にこのセーターが悪いモノでは無い事を確認して貰うためだ。

 あの時に狩った羊の毛は相当ある。それを手土産にこの町の住人の協力を取り付けるきっかけにしようと俺は思ったのだ。

 そしてこのセーター、滅茶苦茶温かい。しかももの凄く軽い。信じられないくらいである。

 これらを各家庭へと人数分に行き渡らせられなかったとしても、かなりのインパクトは与えられるだろう。

 まあ俺の上映会にどれだけの住人が集まるかと言った問題もあるのだが。


「何ですかコレは・・・こんな物見た事も聞いた事も無い・・・」


 これに町長の様子は驚愕と言って良いモノだった。ここで俺は上映会にできるだけ人が集まって欲しい旨を告げる。


「一応は代表者は全員参加して欲しいんですよね。それができなきゃその次に人を纏められる方に俺のやりたい事を見て貰いたいので。」


 俺の求めを呑んでくれたらしい町長は「なるべくその様にします」と承諾してくれた。

 今日の内に集めてくれるらしく、町の中央に広場があるそうなのでそこに夕方に集合して貰う事になった。

 話がある程度まとまった所で俺は町長の家を出た。この後の予定は決まっていない。


「うーん?まだギルドの方は準備できていないだろうし?サンネルの方もまだまだ時間が掛かるよな?ちょっとレクトと話を付けておくかな。」


 スノーレジャーに欠かせないスキー道具一式にアイススケートを楽しむならスケート靴と、ある程度俺も作っておいて準備しておかねばならない物がそれなりにある。

 それらを大量生産するにしてもこれらの製造を俺一人が魔法でパパッと揃えるよりも、国の方でなんとか下地を作って欲しい所だ。

 そう言った所を任せるには職人を揃えなければならないだろう。それらを国のプロジェクトとして扱ってくれれば経済もそこそこ回せる一つにできる。


「と言う訳で、そこら辺の人集めをレクトに頼みたいんだけど、どう?」


「こちらに戻って来たと思えばいきなりそれですか?まぁ、悪くないと言えば、悪くは無いんですけど。」


 宿に戻ってすぐレクトが居たので俺はさっさと俺の考えを伝えた。つい先日にここへ来たばかりだと言うのに外気温の下がり具合がかなりのものになっていた。急降下である。ちょっとこれに俺は焦りがあったので前振りせずに話を簡潔にレクトにしている。回りくどいのは無しだ。


「エンドウの遊びたいと言ったソレが人々に受け入れられるかどうかが、まだ感覚を掴めていない。時期尚早だとは言わないけれど、突然すぎるからね。」


「じゃあこれからレクトには実際に体験して貰おうか。降り積もって無いけどそれなりの遊びは今からでもできるから。スケートが良いね。ちょっとアイスリンク作って来るから待ってて。」


 俺はそう告げて宿を出る。そして人影が一切無い平らである程度の広さがある場所へと向かう。

 事前調査で既にそこは計画に入れてある場所だ。一足先にそこをちょっとだけ借りて魔法で素早く水を撒く。

 ダバダバと俺の魔力が水へと変わって辺りを水浸しにするが、それらが地面へと沁み込まない様に固めてあったりする。

 そしてついでに水が無造作に散らばらない様に5cm程低い段を作ってそこに溜まる様にしてある。

 そうしていれば見事に超デカい水たまりの完成だ。その水へと魔力を流して瞬時に凍らせる。表面がデコボコしない様に調整も入れて。


「よし、完成したな。これで後はスケートシューズだな。とは言え、どうしたものか?」


 コレを作るにしても牛の皮か、羊の皮かを悩んだ。いや、悩む所では無い。

 どちらでも変わらない、それに気づくのに1分程掛かったのは我ながらアホであると落ち込む。

 とは言えそこまで行けば直ぐに完成品は出来上がる。インベントリから羊の皮を取り出して鞣した状態をイメージする。

 皮の表面をぞりぞりと擦り上げるのは魔力だ。それらがじわじわと皮に馴染んで革へと変化するのに一瞬だ。

 スケートシューズの刃の部分は土を魔力で超高圧縮で作り上げる。とりあえずは即席での完成としてこれぐらいで充分だ。


「いや、本当に魔力って凄いな?俺が魔力を使ってる、って言うよりも、魔力に俺が振り回されてるって表現の方が適切だと思う。」


 手の中に出来上がったスケートシューズを見つめながら俺はそんな事を呟く。

 しかしここでぼーっとしてても始まらない。俺は宿へと戻ってレクトを伴い出来上がったばかりのスケートリンクへと連れてくる。もちろんワープゲートで移動は一瞬だ。


「何を作り出しているんですかエンドウは?こんな物を作って・・・」


「あーそうだな。アイスホッケーなんてどう?兵士に冬場の訓練兼、遊戯としてやらせると良さげだよ?」


 何を言ってるのか全く分からない、そんな目をレクトに向けられるが、それを俺は返事の代わりに作り立てホヤホヤのシューズを渡す。


「何ですかこの危険極まりない見た目の靴は・・・」


 俺はシューズを二足用意してある。なので習うより慣れろ、聞くよりも見ろ、と言った感じで俺が先に履いて見せる。

 そしてそのままアイスリンクへと入ってスイーッと滑って見せた。


 会社員をしていた頃の自分ではここまで動けなかっただろう、そんな動きでスケートリンクを自在に滑って見せた。

 レクトは既に俺の伝えたかった映像はその目にしていたが、実際にその目で現実を見るとどうにも感動が違うらしい。

 最初は驚いた目で滑る俺を見ていたが、その内にウンウンと言った感じで頷き始めた。コレはどうやら俺の動きを理解しての事らしい。

 そして自分でその動きを真似するために脳内でシミュレーションしているらしかった。


「理解しました。私もやってみましょう。」


 そう言って俺の渡した靴を履いてちょっとよたよたしながらレクトもスケートリンクへと入って来た。

 そして少しバランスを取るのに苦労をしている。だがそれらに慣れたらもうスイスイと何事も無かったように滑り出す。しかも俺の動きを真似た動きで。


「は、は、は!はははははは!はっはっは!アハハハハハ!」


 まるで子供の様な笑い声を出してレクトが爽やかな顔で滑り続ける。どうやらお気に召したようだ。

 これに対して俺はちょっとだけ意地の悪い事を言ってみた。


「王子様、そんな姿を見たら城の者たちはどう思うでしょうねぇ?」


「ふふふふふ!いや、この冷たい爽快感には負けるよ!」


 どうやら既に滑るコツは極めてしまったのか、レクトはまるで踊るかのように滑りを楽しんでいる。

 ついでにレクトは別に俺のこの意地悪発言に対しては気分を害したりする所か開き直ったかの様な返しだ。

 それだけレクトは上機嫌になっている証拠だろう。少し冷えた外気を気にする事無くレクトは気持ちよさそうに氷の上を滑り続けた。

 身体が冷えて風邪を引いてはいけないと思って途中で俺は上着を着る様に言って特性羊毛セーターを渡す。

 するとレクトはこれに反応して素に戻った。


「・・・なんですかコレは。またとんでもない物を取り出しましたね・・・」


 どうやらこれほどの質の防寒着をレクトは知らないみたいだ。

 王家の一員だから病気やら何やらに人一倍気を遣うだろう。風邪なんて以ての外、引かせちゃいけないと言う事で着る物も超一流所を揃えるはずだ。

 それらに防寒と言った面でも身体を特に冷やさない様にする服も揃えてあるはず。

 しかしどうにもレクトの反応だと俺の出したセーター以上の代物は持っていない様子。


「まあそれはあげるよ。一応はこの町の人たちに配る予定のモノだけど一着くらいは良いでしょ。」


「なんてモノを町民に与えるつもりですか・・・ああもう、王族よりも良いモノを民が着ているなんてその内問題になりかねない・・・」


「レクトが黙ってりゃいいんだよ。それとこの観光事業が成功したら町の人たちの保護もしてくれよ?」


 俺のこの計画が成功し、それを知った悪どい欲張りがこの町の儲けに食い込もうとして来ても跳ね除けられるようにとレクトに頼んでおく。

 これにレクトは「分かっていますよ」と言って再び滑る事を楽しみ始めた。

 俺はコレを見てこの事業が成功すると確信を持った。持ったが、まだまだ進捗は亀の歩みだ。

 最低でも二年、或いは三年くらいは順調に儲けが出る様な軌道に乗らないだろう。

 それでも続けていればこの町の隆盛は約束されたようなものだ。何せレクトが、この国の王族がこれほどに楽しんでいるのだ。成功しない訳が無いだろう。


「さてと、俺ももう少しだけ遊んで行くか。その後は試写会だな。」


 成功するにしても町の人たちの協力が不可欠だ。コレを町人たちに受け入れて貰え無ければこの冬場の観光事業は座礁する。


 こうして暫くはレクトと滑りを楽しんで昼食を摂りに町へと戻った。

 戻る際にはスケートリンクは元通りにしておいた。あのまま放っておいて誰か知らない者が立ち入って滑って転んで怪我でもすれば問題だ。

 町の中へとレクトと二人で歩く。暫くウロウロすると皿とフォークの看板が見えた。どうやらこの町の数少ない食堂の一つである様だ。

 俺たちはその食堂に入る。中は狭くてそこまで大人数は入れる店では無かったが、昼の時間だと言うのに客が少なかったので席も空いていた。

 その空席の一番奥のテーブルへと俺たちは着く。


「はーい、いらっしゃい。あら?他所から来た方たちみたいね?見ない顔だわ。・・・それに見た事無い服ね、貴方は。」


 この食堂の看板娘なのだろう赤毛のアンみたいな少女が俺たちの元にやって来て挨拶をしてきた。続けて注文を取る。


「何にする?と聞いてもここは初めてだろうし、分からないわよね。おすすめ二つで良い?」


 そう言って素早く厨房へと去っていく。この素早い行動に少女は「せっかちな性格なのかな?」と俺は思った。

 俺も伝家の宝刀「この店のおすすめをお願い」をしようとしていたのでまあ別に害は無い。

 そうして出てきたのがアツアツの鉄板の上に乗っかった拳大の大きさのジャガイモらしきもの。

 その上からドッロドロに溶けたチーズらしきものが大量にかけてあった。

 その他にもどうやらこの町で取れる野菜がもりもりで乗っかっており、どうやらこの大量のドッロドロに絡めて頂く様だ。そしてなんとも香ばしい良い匂いのするスープ付き。


「この乗っかってるのはこの町の家畜の乳を加工した物を加熱して溶けた物なの。塩気もあってアツアツで口の中でとろけるよ。野菜にいっぱい絡めて食べてね。」


 こう言って少女はまた厨房に戻って行った。俺は説明の通りに「では早速」と言った感じで料理を一口食べてみる。


「あ、コレは美味い。そのまんまチーズだな。癖が無くて、だけど独特の香りもあって。塩気が野菜の甘みと混ざると何とも言えない味わいだな。美味い美味い。」


 パクパクと食事が進む。途中でスープを飲んでみたが、こちらは口内をサッパリとさせてくれるモノだった。

 サッパリしたらまた料理を頬張って、スープを飲んでリセット。そこにまたパクリと料理を口へと放り込む。

 レクトもどうやらこの料理のおいしさに夢中になって食べている。スケートでかなり遊んで腹が減っていた事も食欲増進のスパイスになっているんだろう。

 レクトはお城でこの料理よりもよっぽど味に拘った食事を毎日口にしていたはずなのだから、今目の前にしている料理にこれほどに夢中になっている姿を俺は「どうなのそれは?」と思わなくも無いのだが。


「御馳走様でした。はぁ~。美味かったな、コレ。家畜の乳だって言ってたけど、どんなの何だろ?」


 俺は少し疑問に思った。単純に俺は「牛」を思ってしまうのだが、ここは俺の以前に生きていた世界とは全く異なる。

 なのでその家畜がどんな姿形をした動物なのかが今ここで気になった。

 気になったのなら見に行けばいいのだ。別に俺はこの後の予定は立てていない。夕方には広場に行かないといけないが、それまでは自由時間だ。


「レクト、この後どうする?俺はこの町で飼われてるって言う家畜を見てみたいんだけど。」


「ええ、別に予定は無いですからね。ゆっくりと過ごすつもりで同行したんです。付き合いますよ。」


 レクトは今「療養中」である。何を気にするでも無く一日一日を過ごすつもりでここに居る。

 なので俺に付き合って一緒にその家畜を見に行っても良いと口にした。

 こうして俺たちは看板娘ちゃんに声を掛けて見学できる所は無いかを教えて貰う。


「あら、それなら店を出て真正面を真っすぐよ。毎度アリー。」


 俺たちは料金を支払って早速店を出た。そして教わった通りに真っすぐに道を進んで目的地へと向かった。

 そして辿り着いた牧場には草を食む奇妙な動物が。


「・・・なに?あれ?」


 この世界に来て奇妙な動物、魔物は幾つも見て来たつもりだったが、やはりなんとも言えない気分にさせられた。

 下半身がウサギと言って良いだろうか?しかし上半身が、馬?しかし首から上が牛の様な見た目の奇妙な姿。

 そしてデカイ。体高が2mはあるだろうか?幅も凄い。170cmはあるようだ。その纏う空気はずっしりと重い。


「キメラって言えば良いんだろうか?でも、全身の体毛がコレはウサギな感じかな?肉質はどうにもこの巨体を支えるのにかなりの筋肉質であるっぽいけど・・・」


 大人しい家畜である様で俺たちが来た事は視界に入れているのだろうが、何ら気にした様子は見られない。ずっと草をもしゃもしゃと食べている。


「エンドウは初めて見るのかな?ムゥフィーグと言う家畜だよ。小食ながら発揮する力はもの凄いんだ。皮も肉も採れるし乳もさっき食べたとおりに美味い。畑を耕す道具を纏わせてソレを引かせると言った方法もある。まあ見ての通りに身体が大きいから荷車を引かせると言った事も可能かな。けれども長距離の旅には不向きだ。小回りが利かないし、この大きさだから。草食で大人しいと言っても怒らせて体当たりでもされれば軽く吹き飛ばされるしね。下手をすると轢き殺されるよ。走る速度はそこまででも無いんだけど、瞬発力は凄くてね。それを受けた時の衝撃は普通に死ねるね。」


 レクトの説明でピンと来た。コレは使える。スキー場に最も必要な「リフト」に。

 このムゥフィーグにソリを引かせて坂道を引っ張って貰えば良いのだ。スキー客をそれで頂上まで運んでもらうのだ。


「どれくらいの重さまで引かせて走らせられる?坂を上らせる際にどの程度まで?それと、この家畜は冬場にも活動は可能か?」


 俺の質問の意図が分からないんだろうレクトは首を捻りながらも答えを返してくれる。


「うーん?人の二人や三人は軽く引っ張れるよ。それこそこの体格を見て分かる通り、十人がかりで引っ張ってもビクともしないだろうね。冬場は大人しく小屋の中に入って干し草を食んで乳を搾られているね。」


 どうやらこのムゥフィーグの事をレクトは大体把握しているようだ。まあこの国の王子様なのだからこう言った土地土地の特産や生活様式などを勉強して知っていたりするんだろう。

 国を治めるのに知見が狭ければ小さい政治しか回せないだろうから、こうして様々な地域の経済の根本を知っておかねばならないだろう。いざという時に「知らない」では済ませられない。


「よしよしよし!それじゃあこの牧場主にも話を通しておかないといけないな!あーもう!やりたい事と、それに必要な事がどんどん増える!」


 喜んでいいやら、悪いやら。いや、代用が見つけられたのだから良い事だ。

 しかし牧場主が俺のこの計画に乗ってくれる、良い返事をくれるかどうかはまだまだ分からない。いや、寧ろ貸し出してくれない可能性の方が今は大きいだろう。


 俺はこの後にムゥフィーグの身体をデッキブラシの様なモノで撫でていた人物に話しかけた。

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