調子に乗るのは時に良い事、時に悪い事
で、その広場に入る前の都合のいい曲がり角で身を潜めてラディはその奥を覗く。俺もその後ろで警戒をしつつ待つ。
幾ら俺の脳内にマップがあるとは言え、実際にこの目で見る経験は必要だ。
そしてその目にすると言う経験の一番最初をサポートしてくれる仲間は大事である。
巨大な魔力があるからと言ってソレだけに頼って過信してしまい、命を落とすなんて事はしたくない。
でも、大体そう言うのは慣れた頃にやって来るものだ。自分の中から。
俺もこの世界に来て暫く経つが、そう言った油断や迂闊を一杯してきている。
こう言う事は人生に幾度もある事なのだろう。どんなに気を付けていても。
だから、こうした場面でも驕らずに経験者の力を借りる事は大事な事である。
「覗いてみろ。どうやらキメラだ。眠っている。物音を立てるなよ?」
静かにそう言って角からこちらへと振り向いて手招きしてくる。
そのラディの覗いていた角から今度は俺が覗く。
「あ、なるほど?サソリの尻尾に、ライオン?で、背には巨大な蝙蝠の羽・・・飛ぶのかあいつ?」
その体躯は巨大である。普通にライオンを三倍にしたような感じで、「え?無理じゃね?」と思わず言ってしまいそうになった。
自分の中に残っている「常識」や「普通」とやらが咄嗟に口から飛び出しそうになった。
でもよくよく考えてみればあの程度は何とかなると呑み込めてしまった。
(定年退職後の自分が思わず出てきたけど、よく観察したら・・・魔法でやれちゃいそうだよな)
一瞬だけだがオッサンの時の感覚が戻って来てしまったが故の驚きだった。
地球、日本にいた頃は小、中、学生時に動物園などに遠足に行くこともあるだろう。
その時に見たライオンの印象が子供ながらに「こいつには勝てねえ」と言った感想だった事がもう忘れていただろうはずの深い所に沈んだ記憶から浮かび上がってきたのだ。
そんな存在が巨大化して目の前に居るのである。そりゃ昔に子供心にも恐怖を感じた存在のそんな物を目の前にしてフラッシュバックがここで出てくるのはしょうがないと言うモノだ。
「でも、そんな恐怖なんて目じゃない体験をこの世界で散々合ってきたんだよなぁ。あの森で。」
そう、もう既にそんなものはとっくの昔になってしまう程にいろんな修羅場をあの森で体験したのだ。
今更この様なキメラ、と言ったか?そんな魔物が出てきても多少驚く程度で済んだ事がその証明だ。
だけれどラディはそうでは無い。見慣れていないばかりか、そもそもそんな存在とは今日が初めての出会いらしかった。
「どうしてあんなのがこのダンジョンに・・・どうやらコレは国が兵を出す案件では・・・」
どうやら、とラディは見付けてキメラだと断定した。だから、知識があって、それでいて初めて見たからそう言ったのか。
あるいは一度でも以前に見た事が有ったからそう断じたのか。
どちらでも今は関係無く、それどころでは無い。ラディは顔面蒼白になっていたのだ。
「おい、大丈夫か?一旦みんなの所に戻ろう。そーっと、ソ~っとな。」
ここまでラディに先導して貰っていたのだが、今度は逆に俺が彼を支えて仲間の所まで戻る事になった。
ラディ以外の三人はもっと手前の小部屋で待機して貰っている。
あくまでも今はこのダンジョンの調査に切り替えたので、もし万が一にも予定の時間を超えて俺たちが帰還しなかった場合に「異常アリ」としてギルドに戻る手配だったのだ。
大事な報告員がいなければ異常を伝える事ができなくなる。何かトラブルが起きた場合の事を考えて偵察を出す際には必ず残る者を最低一人は出すと言う事になっているらしい。
冒険者の習わしの一つだと言う事だ。
で、四人の意見はと言えば。
「なーに、今回もエンドウがやってくれるだろ。何せそのキメラにエンドウが負ける想像がつかねえ。な!やってくれるんだろ?」
「私は戻る事に一票。流石にエンドウにおんぶに抱っこじゃ、ねえ?私もキメラって聞いて恐ろしく感じたのだけれど、でも確かにエンドウが何故か殺されている想像とかできないのよね。でもそれとこれとは話が別。」
「多分アリャもっとこのダンジョンの深い所に住んでいた魔物だろう。その魔力圧力のせいでビッグブスもエコーキーも、ああやって押しのけられて一か所に一塊になってたんだ。それほどの魔物だって言う事だ。俺は帰還に一票だ。いくら何でも危険が過ぎる。」
「エンドウ様に掛かればその様な魔物も即排除できるでしょう。だって三人も感じたでしょう?あの時のエンドウ様の魔力を。ならばこのままキメラを倒し、そのまま下に潜ってキメラが上層階にこうして出て来た原因を調べるべきではないですか?」
パーティーを意識した意見。全てが俺頼りな意見。危険度を前に出しての意見。
カジウルは調子に乗っている。マーミは俺への申し訳無さ。ラディは直接キメラを見てその危険度からの撤退を。ミッツは・・・より一層の原因究明を、と。
意見は出そろったが、どうやら全員が同じ思いであるようだ。それは。
(全員俺を見てくるじゃん・・・それってつまり・・・)
俺がゴーと言えば進む。帰ろうと言えばこのまま帰還だ。
確かにもう稼ぎは十分すぎる程に昨日稼いだ。ならばこれ以上はキメラが危険だと言うのなら帰還が大正解だ。冒険者なら。
ラディが呟いていた様に、報告をして後は国が兵を出して何とかする。
しかしそれにはきっと問題がある。ラディが危険だと言っているのだ。相当な犠牲者が出る可能性がある。それは避けたい。そして。
「考えてみりゃあれくらいならどうって事無いんだよなぁ。森の中で襲って来た魔物の中にあれぐらいのはしょっちゅういたしなぁ。」
気付いたのだ。もうライオンは過去のトラウマである。あれ以上の猛獣が襲い掛かってきていた森での生活で今はそこら辺の免疫が付いている、いや、付き過ぎている。
「それじゃあ・・・?」
マーミは静かにそう俺に言ってきた。
「あぁ、アレを倒して、どうせなら一番奥。ヌシもやっちゃっていいと思う。」
この俺の言葉にカジウルは自分がキメラを倒す訳でも無いのにどうやら大分調子にのっているようだ。
「よっしゃ!キメラの素材なんて滅多に市場に出回らんし!むしろソレで皮鎧一式作れば相当な防具になるぞ!どうしようか・・・ふふふ、夢が膨らむぜ!」
「言っておくけど、カジウル、アンタの物では無いわよ?キメラの素材は。全てエンドウの物よ。はあ~馬鹿がここまで極まったか。」
マーミが盛大な溜息を一つ吐く。
「エンドウがそもそも今までの魔物を全てかたずけている。だから本来ならお前がこれらの物の所有権を主張して良いんだぞ?カジウルの馬鹿の妄想は放って置け。今のこのパーティーはもうお前が中心だ。・・・あーあ、俺はお前の言う事に従う。」
ラディは最後に呆れたように俺に従うとまで言った。で、ミッツと言えば。
「エンドウ様の御力でここのダンジョンを攻略となればその最速攻略がきっとギルドで取り上げられます!そうなればランクだって一つ、いえ、二つは確実に上がりますよ!」
ギルドのランクが上がると興奮気味に言う。
「なるほどなぁ~。・・・なあ?ダンジョンって攻略するとどうなるんだ?ってか、そこら辺が良く分からない。」
この疑問にカジウルが答える。
「ヌシを倒すとな、その魔力で出来たダンジョンは崩壊する。とは言ってもスグにじゃない。大体三階層くらいの小さいモノなら三日で、十階層程なら・・・そうだな、六日か七日、位じゃないか?」
「崩壊って言うのも表現がちょっとね。広大な森をそのヌシの魔力で覆われているダンジョンとかは時間と共にその場を支配している魔力が霧散するの。そしてその中で魔力が元で起きている現象は無くなるし、元の普通の森へと戻っていくわね。」
「だけどな、こうした洞窟型と呼ばれている物はそもそも大体がヌシの魔力が作り出した「空間」である場合が多いんだ。だからその「空間」を構成している魔力が無くなりゃ消滅するんだ。たまに自然にできた洞窟なんかがヌシの魔力で拡張されている場合などは元の洞窟だった部分は消滅せずに元のものに戻る。消えるのはあくまで魔力で作りだされた「空間」だけだな。」
「ヌシはそう言った「空間」を維持するために体内のどこかの器官に魔力を溜めているんです。それが結晶になった物を体内に持つ魔物は大概が長い年月を生きた大物ですね。キメラがこのダンジョンに居る。と言う事はかなりの大物である可能性が大きいでしょう。」
マーミは森タイプのダンジョンの説明を。ラディはもう少し詳しい詳細を。ミッツはヌシの説明を。
それぞれが違う説明をしてくれた。
ダンジョンとは奥が深いのである。そこでふと思った事が口に出た。
「なあ?空間を魔力で作りだすって言うなら、それって人でも出来るのか?」
これには「え?何言ってんのコイツ?」みたいな顔をマーミから向けられた。
その説明をラディがしてくれる。
「まず、ミッツが言ったが、ダンジョンに居るヌシって言うのは大概が相当な力を持つ魔物なんだ。だからそう言った魔物の持つ魔力って言うのは大きい。例外は、まああるらしいが。それでもそう言った強大な魔力を持った魔物が何年もかけて作り出すのがダンジョンなんだよ。人が、それこそちっぽけな魔力しか持たない人が「空間」を作り出して、しかも維持をしていくなんて事は到底無理にきまって・・・」
そこまで行ってラディは気付いてしまった。が、既に遅い。
これに一拍遅れてミッツが気付いた。しかし驚きの表情はしても言葉に出さない。
で、マーミもこれに遅れて気付く。カジウルは?を頭の上に浮かべているのが幻視できた。
がソレも五秒ぐらいだっただろう。徐々に目を見開き、段々と大きく口を開き始め、そして。
「あー!あー!あー!あーああああああああ!」
と大きな声を出し仰け反ってビックリ仰天とばかりにその勢いで尻餅をついた。
このデカイ声にキメラが起きてしまわないか心配になる。寝ている間に奇襲を仕掛けるつもりでいたのだけれど、コレで起きてしまっていたら残念だ。
「お前・・・確か、あれだよな?入れた物を取り出せる「空間」を・・・」
カジウルが見上げるようにしてブルブルと震えた指先を俺に向ける。
「なるほど、ダンジョンって俺でも作れそうだな。・・・うーん?でも試してみるの、コワイな。止めとこう。今は。」
一歩に二歩、三歩と後ろへと後退するマーミとラディ。強大な魔物と同格、あるいはそれ以上。
俺の認識がそうなった時点で恐怖が込み上げてきたのかもしれない。
俺の事を賢者様と呼んだミッツでさえ半歩身体を後退させている。しかし、恐れ戦いてはいるがそれ以上は下がらずに我慢している様子。
「さて、じゃあキメラをやっつけに行こう。ん?行かないの?え、何?奥に行かずに帰還するのか?」
俺に近寄らない四人。みんな同じく引き攣った顔をして俺を見ていた。
「おい、何だよ・・・マジでヤベーんじゃねえのコレ?」
「人柄は分かってるから悪い人物じゃ無い事は確かなんだけど・・・」
「結界を張れる魔法使いでさえ国に一人居るかいないかだぞ?ヤバいなんてモノじゃ無いだろ・・・」
「え、エンドウ様がそれほどまで凄まじいとは・・・いえ、あの伝説の魔法を使っていらっしゃったのだから当たり前なのですが・・・」
この四人の反応で俺はこの世界での立ち位置がはっきりと理解できた。
いや、もう既に師匠に森へと連れられて行った、最後に使用したあの魔法で分かっていたはずだ。
それを今の今まで見て見ぬフリをしていただけである。
「長い年月を生きた超強力な魔物と同等、か。そりゃ化物って言うんだ。ははっ。そか、ならソレを隠しながら生きて行かないとこの世界じゃつま弾きものにされるな。しかもその感情は・・・恐怖、か。」
乾いた笑いと感想が漏れた。師匠の言葉「コントロールができるようになったか?」ソレは魔法だけでなく、俺自身の、も付くのだろう。自重しろ、という名の。
とそこでミッツが一歩前に出て覚悟を決めた目で俺に宣言する。
「私はエンドウ様に一生ついて行きます。さあ、キメラを倒しに行きましょう!」
怯えていたはずのあの態度からいきなりの「一生宣言」には少し引いたが、それでもちょっとだけ俺はそれに嬉しく思った。
しかし続いてマーミも俺へと言葉を掛けてくれた。
「私がパーティーに誘ったんだもの。勝手なマネは、出来ないっての。それこそ私たちは仲間なんだからね。」
そしてカジウルが続く。
「儲けさせるって約束だからなぁ。ここで冒険者稼業を教えるのを中途半端に終わらせられ無いってもんよ。」
だけどカジウルの脚はちょっとだけ震えている。
「・・・恐ろしい魔物が一体、仲間に居ると思えば怖いがな。それだけの戦力がウチのパーティーの主力なんだ。この先何が出てきても怖くないってもんさ。」
ラディはそう言ってカジウルの背中をバンと叩いて気合を入れてやっている。
「じゃあ、行こうか。何だか慰められっちゃったなぁ。でも、まあ、嬉しいよ。ありがとう。」
四人に怖がられた事がかなり自分の中で大きなショックだったらしい。
しかし、こうして彼らは俺を受け入れてくれた。コレで俺の「力」を見て受け入れてくれた人物はクスイ、師匠に続いてである。
正直に嬉しいと思えた。人とはコミュニケーションにおいて拒否される事を怖がるし、受け入れられる事を喜びとする。
俺も何もそこら辺は変わらない「人」であると感じられた四人のその言葉にちょっとだけ救われた。
こうして気持ちを新たにキメラの寝ている場所の直前まで来た。
そしてどうやらキメラは眠りから目覚めていた。
「あー、これってもしかして?カジウルのアノ時の声がここまで響いてたって事か?」
俺は何の緊張感も無くそう言って見る。それにラディは否定した。
「いくら洞窟内とは言え、ここまでの距離は相当あった。響いたとしてもかなりここまでで小さくなってたはずだ。それが要因とは考えづらい。」
俺とラディは最初にキメラを偵察に来ていた時と同じ道の角から様子を窺っていた。
その後ろにはミッツ、マーミ、カジウルが続く。でも角から顔を出して様子を見ているのは俺とラディだけ。
全員で覗こうとすれば身体が角からはみ出てすぐにキメラに気付かれる。
「どうする?このままツッコむか?って言っても、今回キメラに対処するのも俺一人だけって事なんだが。」
と言っている俺に対して四人が同じポーズで俺に頭を下げていた。
両手の平を顔の前で合わせて目を瞑り、「モウシワケアリマセン」と言った感じで頭を下げる。
「はぁ。じゃあ行ってくる。」
こう言って俺は角を出てキメラと真正面からご対面することにした。
で、キメラと言えばそんな警戒心まるで無しで現れた俺を見て威嚇をし、「只の人」である事を認識したようでその口を大きく開けた。敵認定だ。いや寧ろ餌認定か?
その口内では大きな火炎が渦巻き始め、やがてそれは火炎放射器の如くに俺へと吐き出された。
で、そんな迫ってくる炎は俺の前で掻き消えている。
そもそも「火」を認識してすぐに俺は空気の層を目の前に作り出した。そして炎と言う事は空気が無いと燃え続ける事ができない代物である。
真空の層を重ねて作って炎自体が消火するように、そして熱がこちらに伝わらない様に壁を作ったのだ。
魔力とは万能だ。そして怖いモノである。こうして恐ろしい魔物の攻撃を難無く防ぐ事ができるのだから。
そしてその逆もできる。それが怖い。今こうして炎を防ぎつつも俺は反撃をする為のイメージを作っていた。
天井からズズズズと微かな擦れる音がし始める。そう、これは俺がやろうとしている事の始まりでしかない。
この音は微かで、未だに炎を吐いてその音で聞こえないキメラは気付いていない。
そして次の瞬間には、天井から凄まじい勢いで落ちてくるソレ。
ギロチンである。魔力を通して天井から鋭い刃を生成。もちろん中世の処刑道具、あのギロチンをイメージして作り出した。
それが天井から射出される。キメラの首目掛けて。キメラはその瞬間まで気付かないでいた。
俺を燃やそうと必死に炎を吐き出していてそれに気付くことも無かったのだ。
擬音で表すなら「ぎゅろん!」であるだろうか?「じゃこん!」であるだろうか?
何か微妙な音と共にキメラの首は胴と切り離された。
自分でやっておきながら思い切りドン引きした。生き物をこうした殺し方で殺めた事が有るはずも無かったからだが。
ごとりと音をたてて落ちる頭部。ドサッと横倒しになる胴体。そしてキメラの息絶えるまでにしていた混乱の目をハッキリと俺は捉えていた。
キョロキョロと左右に激しく視線を振り、そして静かにそれが停止する瞬間。そう何度も見たいと思わせない、寧ろこんなモノ見たくなかった、と言った感想をソレは俺に持たせるに十分だった。
流れ出る血はいつも通りに端に魔力を流して操作して寄せて、血臭もこれまた魔力で作りだした気流に乗せて通路の端へと流す。
こうしてキメラを無事に倒したあとに四人は近寄って来た。そして感想を一言。
「あー、その、何だ。一個中隊で倒す強さの魔物を一撃とか・・・うん、もう何も言わんでおこう。」
「ねぇ?これ、もうヌシの所まで行っちゃいましょうか?もう、良いわよね?」
「なぁ?きっとお前ならこれより下の罠も無理矢理解除出来るんだろ?・・・はあ~。一体何なんだろうなぁ。」
「凄まじい強さですエンドウ様!私は今猛烈に感動しています!」
この四人の言葉への俺の答えは「カオス」であった。特にミッツ。
「じゃあこいつをしまって階層を降りようか。一応この先の罠も全て解除しておいたけど。いいよな?」
インベントリにキメラを入れる際に四人が改めてギョっとした目で見ていたが、それを俺は気にしない。
多分しっかりと意識してインベントリを見ていたのだろう。
空間、そして、それを自由自在である。出し入れ簡単。いくらでも入る収納。コレをギョっとせずして何にギョっとするのか?と言った具合だろうか?
「じゃあ、行くか。この下の階層はまだまだ情報がそこまで有る訳じゃない。しっかりと警戒は怠らないようにな。」
カジウルがそんな空気を一変させるために皆に気合を入れ直す様にと注意を促す。
しかしそんな事は俺には無用だった。もう既に魔力をこの下の階層まで隅々に流したので、脳内マップは完成していた。
注意しなければいけない魔物の動きも分かっている。罠も全て発動、もしくはぶち壊してあるので安全だ。
そんな中で一部分だけマップに灰色に移る部屋があった。小部屋である。その中に正体不明の物体が有る事まで分かっていた。
(俺の脳内マップはスゴイデスネー。便利過ぎてこれが無くなったりしたらと思うと震えるな)
下の階に下りる階段を一歩一歩と進む。警戒をしながら。もちろん先頭を行くのはラディである。
進む並びは変えていない。俺が安全だと言ったとしても警戒を怠ったりしちゃ駄目である。
油断がすぐに死につながる職であるからして気を緩める事に慣れたら終わりだ、と説教をラディから受けた。ごもっともであるので俺はそれに素直に頷いた。
そして次の階層にはいきなり目の前には広場。そしてその中央には落とし穴が全開で開いている。
これには俺以外の四人は空いた口が塞がらない様子だった。
「いきなりこれかよ。俺たちを殺す気マンマンじゃねーかよこのダンジョン最初から。」
「これだけ即死級の罠をいきなりここに配置してくるとか・・・ヤバ過ぎでしょ!」
「そうじゃない。この落とし穴、大分分かり易いぞ?ホレ、ここの部分の床、これが装置だな。大分出っ張ってるから容易に見つけられただろう。コレを踏んで押し込むと穴が開く仕組みのようだ。」
「コレがもしもっと深い階層に配置されていたら、もっと判り辛く偽装されていますよね。この装置は一体何のためにこんな大胆な所に?」
どうやらこの2m四方の落とし穴は「変な場所」に仕掛けられていると言いたいらしい。俺が既に魔力を流して罠を発動させていたので開きっぱなしだ。
で、どうやらその答えが近づいて来ていた。それはギャオギャオと喚きながら近づいてくる。
「どうやら敵さんのお出ましだな。おうおう、あんなにいきり立っちゃってまぁ。」
カジウルが剣を抜きながらそう気楽に言う。どうやらゴブリンの集団がこちらに接近している。
で、この広場でかち合う。そう、邪魔である。よりにもよってこの落とし穴が。
「あちゃー、もしかして?コレの為の?え、嘘でしょ?マジなの?」
ベストタイミングでゴブリンがここに来るわけだ。そしてもし、罠がこうして発動していなければコレを使ってゴブリンを一網打尽にしてしまえるかもしれなかった。
「極稀にこう言った罠が仕掛けられているダンジョンと言うのがある、と昔に聞いた事が有るな。」
ラディはマーミの言葉を肯定する。そしてミッツは。
「既に開いてしまっている物は仕方がありません。真正面からゴブリンを潰していきましょう。」
広場に通じている通路、その奥からゴブリンは突進してきている。その数は20は居るか。
広場に出てこられると乱戦になるかもしれない。それは危険を増やす、なので先制攻撃で数を減らすためにマーミが通路の奥へと弓矢を放つ。
速射技術が高いのか、マーミは矢を番えては放ち、番えては放ちと、ゴブリンどもを次々に倒していく。
それでも突撃を止めないゴブリン。マーミの矢で六体は倒したが、そのままその他は広場に到着してしまった。
「あいつら結構足が速かったわよ!?まさかユニーク級?でも弱すぎる?」
と油断しかけたマーミ。その横でラディは投げナイフで二体を撃破した。投げナイフの技術が高いようでゴブリンの額に見事に突き刺さっている。
「こいつらは足は速いみたいだが、回避技術がてんでダメみたいだぞ?奇妙すぎる。変な偏りがあるな?」
「そんな事はどうでもいい!あらヨット!先ずはこいつら全部片づけなけりゃ落ち着いて話もできんぜ!よっこらせっとぉ!」
カジウルが剣を振ると二体同時にゴブリンは真っ二つに。しかも斬り返しでもう二体を掻っ捌いていた。
カジウルの言う通りである。先ずはゴブリンを全て片付けなければオチオチと話もしてはいられない。
「少し目を離すと足の速さですぐに近寄ってきますね!うー!この!」
ミッツは先がゴツゴツとしている棍棒?だろうか?メイスと言えばいいのか。
その武器で近づいてきた一体の脳天に振り下ろしをブチかました。
流石にベテラン冒険者チームだろうか?こうしてあっと言う間に20体のゴブリンは片付いてしまった。
「今回は俺の出番は無しだったな。うん、こう言うの、なんかイイな?」
連携が取れている。しかも、皆はそこまで具体的な指示をお互いに出し合っていた訳では無く、皆が自由に動きつつも互いに死角をカバーし合ってである。
互いが互いを理解しあってこその動き、と言うヤツなのだろうか?
「はぁ~。片付いたわね。で、こいつら・・・別に見た目が変わったって感じじゃないわね。」
マーミは、いつものゴブリンでは無い、しかし、どこかが違う訳でも無い、と言いたいようだ。
「もしかすると、今このダンジョンは変化の途中なのかもしれんな。」
カジウルがそう予想する。そこにラディが付け加えた。
「急激な変化には魔力が大きく関係してくるが、それに充てられて変化を起こした魔物と言うのもあるらしい。このゴブリンがそうなのかもしれん。」
「そうするともっと強力な「ヌシ」に変化を起こしているかもしれないと言う事ですね。ではこれ以上強力になる前に「ヌシ」を討たないといけなくなりましたね。」
どうやらダンジョンの変化はヌシの強化と密接にかかわっているらしい。
で、四人は一斉に俺を見た。そしてこう言い放つ。
「エンドーが居るから安心だな!」
「エンドーは強いし楽勝でしょ!」
「エンドー、後は頼んだ。」
「エンドー様ならこのような事は些事も同然で御座いましょう!」
皆俺の事を好き勝手言っているが、ソレもコレも俺が安易に「強さ」を見せてしまったせいだ。
ならばここは飲み込むしかない。
「あぁ、分かった分かった。一気に行こうか。時間を掛けるのもアレだからな。」