表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/327

怠けてちゃいけないね

 道行く速度は遅い。レクトが走れないからだ。この中でレクトだけが「普通」である。俺たちは徒歩で移動中だ。


「人力車を作ってレクトを乗せて走るのが早いんだけど、どうする?」


 暫く歩いて進んだ。2km程だろうか。その時に俺がそう提案したのだが。


「止めとけ止めとけ。そんなモノを作って道を暴走してたらそもそも乗ってるレクトが死んじまうよ。と言うか、人力車って何だよ?」


 レクトは魔力を使っての身体強化はできない。なので今こうして歩いての移動になっている。

 カジウルは俺の「人力車」を想像できないままに、それに搭乗するレクトの心配をして俺に止めろと言ってくる。


「もうちょっと行ったら休憩しよう。レクトが少し疲れてる。その時に説明してくれ。」


 ラディがフォローを入れてくる。もちろんコレはレクトを心配しての事である。

 慣れない旅でいささか余計に疲れているレクト。これほどの長距離をひたすら歩くと言うのは経験が無いのかもしれない。


「いや、私の御心配は無用です。先へと急ぎましょう。どうやらエンドウが楽しみにしているみたいですしね。」


 などとレクトは苦笑いをしつつ深く深呼吸をした。


「駄目ね。休憩は入れましょ。私もちょっと疲れたわ。」


 マーミがすかさず自分は一息入れたいと述べてくる。コレは別にレクトを心配しての事では無いだろう。本心だ。

 もしかすると移動に関して歩き慣れているはずのマーミがこの様な事を言うのは何か理由があるかもしれない。

 魔力での身体強化を行えるマーミが疲れたと口にするのは妙な違和感を感じる。


「では、そこの開けている場所で休もう。丁度良い腰かけられる岩もある。」


 師匠が遠くに見える岩場を見てそう決める。これに俺も異論は無い。

 こうして休憩をとる事になった俺たちはそれぞれ腰かけやすい場所に座った。ここで俺以外が長く息を吐いた。

 どうやら俺以外の全員は歩きと言う事で身体強化を使用していなかったらしい。


「何で皆身体強化使わなかったの?別に歩きで使っちゃ駄目とかは無いだろ?」


 俺は変な所で何で皆が共通して身体強化を使用していないのかが疑問になった。

 当然俺は使いながら歩いている。なので俺だけがここで疲れを見せていないのだ。


「ずっと使ってるとよ、自分の生の状態の感覚を忘れかけるんだよ。」


 カジウルの言い訳は何となく理解できた。確かに俺はずっと魔力を自分に纏わせている。今の自分の「デフォルト」の状態など全く分からない状態だ。


「ずっと楽な状態で居ると怠け癖が付くのよ。カジウルみたいにね。」


 マーミはカジウルがだらだらしていた期間を観察しての感想をここで述べてくる。

 これにカジウルが自覚があるらしく短く「うっ」と息を詰まらせた。


「まあ俺も似た様なモノだな。魔力を使わない状態の感覚も研ぎ澄ませたい。使えば便利なのは分かるんだがな。それが使えなくなった時という万が一の場合も考えてしまうのさ。」


 ラディは鍛錬の一環として捉えての事である様だ。それで師匠はと言うと。


「使いっぱなしで生活しているとな、自身の身体が鈍っていくのではという不安がな。そう言った事は無いと分かっているのだが。しかし時々は魔力を使わない時の感覚を思い出しておきたくてな。」


 どうにも皆の理由は似たり寄ったりであるみたいである。ここでレクトが。


「あの、皆さん?先程から何の話を?」


 一人だけ付いてこれていないレクト。話の内容がイマイチだと言ってくる。ここで除け者にしたりはしない。説明をする。


「ああ、話の流れはもう理解できてるかもしれないけど、実際には体感してみない事にはピンと来ないよなぁ。えー?とー?レクトも魔力は持っている、よな?」


 俺はレクトへと問いかける。これに対して「はい、多少は」と返事をするレクト。


「ソレをさ、身体の強化、或いは身体運動の補助に使うんだよ。後は他にも色々と魔力は万能だ。ぶっちゃけ怖いくらいに。」


「まあ、皆さんを見ていたらソレは理解できますね。ハッキリ言われると多少の戸惑いもありますけど。しかし・・・その様な事が可能な程の魔力量ですか?現実的とは言えないのですが。」


 疑問だ。確かにそうである。師匠から教えられたこの世界での魔力量を上げる方法は確かに現実的とは言えないモノだった。

 しかし今は違う。魔力を回復させる薬が幾らか安価で手に入るようになっていて、しかもそれの味は以前とは真反対、美味しく頂ける物として変わっている。

 これらを利用すれば誰もが魔力量を僅かずつでも上げて行ける世界となっている今は。


 暫くしてこれに気付いたレクトはどうやら納得したようで「なるほど」と頷いた。現実的とは言えない、などと言っているが、レクトは師匠の荷車製作を見ていたんだろう。直ぐにも答えに辿り着いたようだ。


「皆さんはエンドウに「やられた」みたいな事を言ってらっしゃいましたが、今の魔力薬があれば可能ですね。・・・しかしそれでもそこそこの長い年月が必要になるはず・・・あれ?」


 レクトはどうやら自分の出した答えに疑問が浮かんだようだ。どうやらつむじ風の全員が魔力薬を使った方法で魔力量を上げたのだと勘違いしているようだ。

 レクトは魔力薬の件も俺の「仕業」だと言うのは知っている。だがコレはごく最近の事であり、魔力薬だけでつむじ風の皆が魔力量を上げたと言うのであればそこに「期間」と言う壁ができるのに気付いたようだ。

 レクトも口にしている通り、この魔力薬での方法は長い年月掛かると試算した。だが、飲みやすい美味しい魔力薬ができたのはつい最近。

 そこから計算してつむじ風の全員が「身体強化」を使える程の魔力量を保持している事へ疑問が生じたのだ。


 そもそもレクトはその身体強化にどれ程の魔力を消費するのかと言った感覚は理解できていない。

 コレは本人が使えるようにならねば完全な理解はできない代物だ。自分の感覚を言葉で説明して他人に同じ様に体感させられないのは当たり前だ。


 実際にできるようになってみれば分かるが、使い処は結構細かい。

 瞬発力を上げるのなら魔力出力を一気に上げて特定の個所に。

 攻撃の底上げを狙うなら満遍なく、そして大量の魔力を身体の内に込めて。

 持続力を考えるなら少量の魔力を持続的に流し続ける。

 これらをもっと事細かに、そして使い処を考えて咄嗟に切り替えるなどをして総合して「身体強化」なのだ。

 まあ、ぶっちゃけ俺の場合は垂れ流しみたいなモノであるのでこんな切り替えなどしていないのだが。


 言葉にしてしまうと難解になりやすく、しかし一度ソレを体感してしまえば簡単に自身の感覚で操作可能だ。

 コレを出来ない者に言葉で説明しても理解ができないのは当然だ。


 師匠だけは魔力薬での魔力量底上げをしているので、ある意味ではレクトは間違っていないのだが。

 しかし師匠は元宮廷魔術師だったので魔法に関して、魔力に関しての事でこれほどの急激な底上げが可能になったと言える。

 恐らくは魔力の知識も才能も無い者が魔力薬で底上げをしようとしたら、恐らくはもっともっと遥かに長い期間が必要になる事だろう。


「で、人力車ってのはどんな物なんだ?」


 ラディがここで話題を変える。俺はこれに応えて未だに悩んでいるレクトを残して地面へと絵を描いた。

 そこには京都観光で見かけるだろう人力車の簡単な絵をデフォルメな感じで描いた。馬車の荷車などよりもコンパクトで、人が引いて走らせると言う事も説明に付け加える。


「エンドウ、止めておけ。コレはちょっと問題だ。人が引いている、というのが駄目だな。これでは奴隷にやらせていると勘違いされる。」


 師匠がここで俺の説明にストップをかけて来た。どうやら人力車はこの世界での人々にとっては「奴隷」に紐づいて印象が浮かんでくるようだ。


「そうね、コレは余計にレクトを乗せられないわ。だって、ねぇ?」


 マーミは俺の事を睨みながらそう言ってくる。

 カジウル以外はレクトを「王子様」だと分かった上で付き合っている。そこには「エンドウが連れてきちゃったし、どうしようもない」という諦めが付いているが。


「うーん、駄目かぁ。それなら思い切って車を作ったろうかな?」


「おい、何を考えてるのか知らんが、余計な物をこれ以上は作るな。時代はエンドウの発想については行けん。」


 師匠がまたしてもストップをかけて来た。しょうがないのでここで俺はモノ作りは諦める事にした。


「じゃあレクトの魔力を底上げしちゃいます?もういっその事。」


「止めておいてやれ。日常に戻った時に差が激しくなっちまうだろう。」


 ラディがここでそれも止めろと言ってきた。しみじみと実感を込めて。でもここで反対の事を口にする人物が。


「ああ?良いんじゃねーか?これからは俺たちつむじ風の一員になるんだろ?ぶっちゃけ、強くなって悪い事なんて無いだろ?」


「つむじ風に「普通」枠は必要よ。アンタの軽い考えで事を決められないわ。」


 マーミがカジウルへと余計な事を言うなと責める。だけどここで問題のレクトが。


「えーっと?できるならばやってみて欲しいのですけど。駄目なんですか?」


 これにカジウル以外が一斉にレクトを思いとどまらせようと声を掛ける。


「止めておきましょう?不可逆なのよ?後悔しても遅いのよ?」

「レクト・・・この世の中には知らない方が良かった事などいくらでもあるのは、お前なら知っているはずだ。」

「その様な事は何ら覚悟を持たずに口に出すべきでは無い。取り消した方が宜しい。」


 圧倒的なその三名からの重圧にレクトは折れた。


「えーっと、その・・・やっぱりやめておきます。」


 タジタジになって苦笑いを浮かべるしかないレクトはその言葉しか絞り出す事ができないみたいだった。

 これにカジウルは「おいおい、何だってんだよ、大げさな」などと言っている。いつもカジウルはこうした部分に楽観的だ。


「さて、休憩もそろそろ良いだろう。出発しよう。」


 師匠のこの言葉で皆は一斉に腰を上げる。軽い背伸びを皆で同時にしてソレを笑った。

 俺たちの旅は当然の事ながら普通では無い。荷物は一切無いのだから。野営道具も食料も全て俺のインベントリの中である。完全なる手ぶらだ。

 考えれば考える程に普通とは懸け離れた旅だが、もうこの様な事はレクト以外は慣れっこだ。

 そしてレクトはと言えば、こうした少人数の旅自体が初の事だろう。そして俺のインベントリの事はもう理解ができている。

 この旅が本来のモノとは全く違って楽なのだろうといった事はレクトも薄々に気付いているのだ。


 この様に俺たちの手軽な旅は町に到着まで続くのである。手ぶらなので移動速度もこの世界では考えられない位に距離を稼げているし、野営も楽々。

 そして俺のインベントリと魔力があれば風呂にだって入れるのだ。そう、途中でマーミから風呂に入りたいとリクエストをされてそれらも用意した。

 もうぶっちゃけ「こんなのは旅とは違う」と否定されても言い返せないと思う。

 食事だって何でもアリだ。旅と言えばひもじい節制した食事、と言ったイメージだが。俺たちの食事は至って豪華である。新鮮な野菜や肉が食べられる。

 これもインベントリの、延いては俺のおかげである。だがそれに有難がってくれる仲間はここには居ない。


(まあ別に感謝して貰いたい訳でも無いけれど)


 とは言え、これほどに快適な旅を出来ている事に一言くらいは感謝の言葉は欲しい所だ。


 こうしてダンジョン攻略から三日後。俺たちはとうとう目的地の町へと到着したのだった。

 かなり遠いし、本来だったらもっと日数が掛かるだろう距離だ。普通に考えて一般人ならまだまだ町についていないだろう。それだけ早い旅だった。


「静かだねえ。でも作業の音はする。冬ごもりの準備なのかな?」


 俺は到着した町の入り口でそんな感想を漏らす。この町の入り口を守る門番に「ようこそ、何も無い町ですが歓迎します」と言われて検問なども無くすんなりと町の中に入る事になっていた。


「今は忙しい時期でしょうね。もうそろそろ空から氷が落ちてくる時期だもの。」


 マーミは雪の事を言っているのだと思う。それにしても「氷が落ちてくる」などと言う直接表現な事に変な感覚を受ける。


(あれー?雪、って言う表現は無いのか?・・・ああ、こっちの世界の表現としてそう言った事は無いのか)


 考えてみれば所々おかしいのだ。俺とこの世界の常識や言語なんて言うのは噛み合わない所がある筈なのに会話が成立している。

 こんな事を今更またぶり返して思考の渦に沈むのは意味が無い。なのでソレを直ぐに忘れておく。


「よし、宿を先に探しておこうぜ。ここで俺たちが何かするって言っても仕事は無さそうだし、引きこもりになるだろ。・・・金が有り余ってると怠け癖が付いて仕方がねぇな。」


 カジウルはどうにも「働く」と言った部分が金がある事で回避できるので動く機会が無い事にぼやく。

 本来だったら衣食住の為に仕事をして金を稼いでソレらに当てるというサイクルが起きるはずなのに、もうこのつむじ風はそのサイクルを断ち切れるだけの金は稼いでしまっていた。


「仕事なんて幾らでも探せばあるでしょうに。いつまでもそんなクソみたいな事言ってると弛んだ身体、肉ダルマになるわよ?その時にお金が無くなっていたりすれば再び稼ぐのに倍以上の労力が必要になってるわね。」


 俺たちは宿を探しているのだが、結構歩いて町の中ほどまで来たのだが中々見つかっていない。ゆっくりと周囲を観察して歩きつつ、マーミがカジウルへとキツイ未来を言い放つ。


「おそらくは冬場に使う薪割りくらいは何処の家にも仕事として残っているだろう。冒険者として身分を明かして各家庭に仕事を取りに行くのも良いかもな。どうやらここには冒険者ギルドは無いみたいだからな。」


 ラディがそう言ってカジウルに「仕事して来いよ」と突き放す。冒険者としての身分証、そのカードを見せれば信用になると言って。

 これにどうやらカジウルは少しだけ乗り気になって言う。


「そうだなぁ。良い運動にはなりそうだ。身体をある程度に動かしてねーと凝り固まっちまうか。それじゃあ宿を見つけた後の残り時間でやってみるか。」


 ここでカジウルは「良い運動をした後に飲む美味い酒」と付け加える。どうやらだらだらと飲む酒に飽きているらしい。

 これにマーミがここで軽蔑の眼差しを向けつつ「中毒になって早死にするわよ?」とグサリと深めに釘を刺している。


(ふーん、まあこっちにもアルコール中毒とかあるよな。当たり前か。・・・それも内臓を魔力で強化したら大丈夫そうだけど)


 肝臓の働きを魔力で補強できれば恐らくはこの心配も無くなりそうだ。とは言え、俺はそんな事を積極的にカジウルへと教えるつもりは無い。

 そんな事を考えているとどうにもこの町の奥まで入って来てしまっているようだった。

 そんな場所にポツリと一件の大きめの家が見えた。そしてそこには看板が立てられており、そこにはベッドの絵が描かれていた。分かり易い。


「どうやらあそこが宿であるようだな。一軒しかないのは、まあしょうがないな。需要が無いのだろう。存在しただけでも凄い事だ。」


 師匠がそんな風に感想を述べる。そう言えばそうだ。この町には門番は立っていたが、その門番は歓迎の言葉と共に何も無い町と付け加えていた。

 当然そんな町ならば観光客が訪れる何て事は滅多に無いと思われる。


 俺たちはそのままその宿「白銀亭」へと入って宿を取る事にした。最悪宿が見つからなかったら俺が以前にインベントリに仕舞った家を出してそれで宿泊すれば良いと考えていた。


「・・・んんぁ?んな!?ウチの宿に・・・客、だと・・・?」


 居眠りから覚めた宿の主人が俺たちを見ての最初のリアクションは驚きだった。

 どうやら宿の主人は「客など来るはずが無い」などと根本的に考えていたようだ。それもそうかもしれない。

 何せこの町には何も無いと言う事なのだ。そんな町にやって来る者など皆無だと。

 だがどうやら気を取り直したらしい。俺たちへと「いらっしゃい」と一言声掛けをしてから宿台帳を出す。

 その台帳が開かれた中を見れば真っ白、これまでにホンの僅かな客が居たのだという証拠の、たった数名の名前が書かれているだけ。

 その状態もいかにも擦れていてその客がどれだけ昔に来たモノだったのかが窺える。相当に昔だろう。

 ここでカジウルが宿泊したい事を告げる。


「六名だ。部屋はそれぞれ個人で。それと食事の説明もしてくれ。」


 この宿は大きい。なので部屋数もちゃんとあるだろう。それぞれ個人で部屋を取って寛ごうという形になる。


「部屋はある。食事は夕食を出せる。昼までにその時は言ってくれ。その他に町には食堂がある。三軒。その味は何処も似たり寄ったりだがな。」


 簡単な説明を受けて俺たちは各自の部屋へと移る。ここからは自由時間と言う事で話しはしている。

 主人へと宿泊日数を「まずは一週間」と告げたら「こんな何も無い所でそんなに長く?」と訝しがられてしまった。コレはしょうがない。

 多分そんなに長く滞在した客は今まで居なかったんだろう。そこで俺たちの事をおかしいと疑ったんだろう。何も無い町にそこまでの長期滞在はどう考えても変だと。そして「先ずは」などとそれ以上の滞在の可能性までほのめかしたのだから。


「さて、俺は先ずこの町の町長の所に行ってみるぜ。薪割の仕事なんてやらせてくれるかどうかわからんがな。」


 カジウルが早速動くという。しかしこの町の薪割の仕事を自分の様な余所者で、しかも冒険者などにやらせるような事は難しいだろうとも言って。

 先ずはこの小さな町で仕事を得ようとしても、ここの一番偉い人物に話を通しておかねば後々で問題が起きたりした場合に面倒になる。

 カジウルはそこら辺を弁えている。真っ先にやるのはこの町への「挨拶」だと。自分たちの存在がこの町のイレギュラーだと認識した上で町長に「悪い冒険者じゃないよ」と説明しに行くのだ。

 まあそこで俺たちの目的を聞かれた時にカジウルが何と言うかは全面的に任せればいだろう。

 俺はカジウルに付いて行くつもりは無い。それよりもこの宿の背後の斜面が気になるのだ。

 そう、どう考えても「スキー場」なのだ。この場所は。スノーレジャーにぴったりに俺には見える。いや、寧ろそれにしか見えない。


「なあご主人、この宿の裏手の管理はどう言った事になっているのか教えて頂けませんか?」


 俺は早速この件を宿の主人に聞いてみた。


「ん?どう言った事だって?別に只の禿げた丘だよ。以前にはここにも木々が生えてたんだがな。薪が足らない年があるとここから少しづつだが切っていってな。その内にこんなになっちまったんだよ。」


「新しく植え直すとかはしないんですか?」


「あ?植樹ねぇ。それだけの手間と世話がな?分かっちゃいるんだ。町長もそこら辺はな。だが、そんな余裕が無ぇんだよ。」


「他に木々が極端に無くなっている場所は在ったりしますか?」


「一応はここだけで済んでる。その内にこの町は他所から薪を買って得ないといけなくなっちまうようになるだろ。そもそも、森を管理するって頭が無ぇよ、町の奴らにはな。」


「アナタはそこら辺を分かっている、と?森守りがこの町には居ない?」


「・・・僅かずつだったけどなぁ、俺はこの木が徐々に無くなっていったのを見てたんだ。年を重ねる毎に減ってくのを寂しく思ったぜ。俺の父が森を守ってたんだがな。それも病で死んじまった。俺に森の事や木の事を教える事無くな。母は近年に亡くなっちまったよ。」


「理解しました。それで、この丘、誰の土地です?」


「はぁ?土地の所有者だぁ?・・・アンタ、何を考えてるんだ?」


 宿の主人はどうやら俺の事を怪しいと思い始めている。それはそうだ。いきなり土地の権利は誰が持っているのかと聞いて来るのだ。

 地上げ屋か何かかと疑って来てもソレは当たり前の発想になる。


「・・・ここは町全体の土地だよ。そこら辺の話は町長としてくれ。アンタが何考えてるんだか知らないが、妙な犯罪をしようってんなら、俺は許さねえぞ?」


 睨まれた。別にここで隠しておく事でも無いので俺はちょっとだけその中身を話す。


「ああ、ここを土地開発で町の観光名所、遊技場にしたいと考えてるんだ。そうなればこの町に人を呼び込めて経済発展できそうだしね。森守りも他の土地から呼び込んで住み込んで木々の管理とかもやって貰った方が良いだろうな。そうするとこの町での気立ての良い嫁さんとかあてがって永住して貰うように・・・あ、そうだ!この町独特の美味い料理とかはありませんか?」


「アンタ、一体何者なんだ?何考えてるんだ?この丘が?観光?遊び場?何を言ってるのかサッパリだ。ああもう!そういう話は町長に持って行ってくれ。」


「ご主人にも関係がありますよ、コレが成功したら。この宿の部屋数じゃ足りない位に客が大勢、なんて事もあり得るかもしれない。」


 俺のこの言葉に宿の主人は呆れた顔をするだけ。そして話を信じていない感じで「しっしっ」と手で払われて宿から追い出された。

 どうやら早くこの「妄想」を町長に話しに行って来いと言う事らしい。俺を見ているその目が「馬鹿らしい」と言っているのがアリアリと俺には読み取れた。


「さて、もうカジウルが先に行ってるだろうから後から俺が行って訝しがられたりしないかね?」


 俺はそのまま町の人たちに道を聞いて町長の家へと向かった。

 到着すると丁度カジウルが家から出て来る所だった。それに俺は声を掛ける。


「おーい、カジウル、良い反応は貰えたか?」


「お?エンドウか。何だ?お前も仕事を貰いに来たのか?町長は俺の挨拶をちゃんと受けてくれたぜ。今日は取り敢えず町長のトコの薪割だ。」


 どうやらカジウルの事を町長は受け入れてくれたらしい。俺のこの「計画」も受け入れてくれると良いんだが。


「ちょっと俺もやりたい事があってな。町長に許可を貰いたくてね。まだ雪が降って来てない今の内にサッサッと取り掛かりたいんだ。」


 まだこの町には雪は降り始めてはいない。なので今の内にスキー場整備といきたいのだ。

 あの宿の裏の丘は薪用に木々が切られたまま、切り株の処理などもされていなかった。そのままの状態で長年放置されていて斜面は全くのデコボコ。なだらかにされていない。


「おう、何するつもりか知らねーが、ホドホドにしておけよ?やり過ぎんなよ?まったく、エンドウはいつもいつも突拍子も無い事ばっかりやるからなぁ。」


 などと言ってカジウルが家の裏手へと消えていく。どうやら薪はそちらに積んであるようだ。

 これからカジウルは薪割の仕事、町長の家が終われば次々に別の家へと移って薪割をしていくんだろう。


「さて、俺も俺でやりたい事の為の仕事を熟さないとな。ごめんくださーい、町長さんいらっしゃいますか?」


 俺はカジウルが開けっ放しのドア、その家の中へと声を掛ける。一々ノックは要らないだろう。このまま声を掛ければ中に居る者に聞こえるはずだ。

 そうしていると奥から一人の青年がやって来た。これに俺は説明をする。


「こんにちわ。先程の薪割の話を持ってきたカジウルの仲間で遠藤と言います。町長さんに私個人から別件でお話がありまして窺わせて頂きました。お話を聞いて頂けないでしょうか?」


「はい、そうですか。では、ここでは何ですので中へどうぞ。」


 俺はそう言われて家の中へと入らせて貰う。特に町長と言えども家の中は別段装飾品が置かれ飾られていると言った事は無く、質素である。

 特に町に魅力、観光客が存在しない町であれば贅沢などしている余裕は無いのは当たり前だった。


「いやいや、ウチの町にこうした長期滞在のお客様がいらっしゃるのは実に十年以上ぶりですね。我が町では冒険者の必要も余り無くてあなた方がどうしてこの様な何も無い町に来たのかと思ったら療養だとおっしゃられて。確かに我が町は静かでゆっくりするのにはうってつけですが、それでもこれから寒さ増す時期ですから。何故その様な時期に来られたのかと言った部分も疑問なんですけどね。」


 少なからず俺たちの事は疑って掛かっているようだこの青年は。しかしそれでも受け入れる事を優先している。

 せっかくの町に金を落としていってくれる客だ。珍しいとか、怪しいとか気にしている余裕は無いんだろう。

 その様な対応になるのは仕方が無いと言うか、必要だと言うか。悩む所はあっても受け入れて行かないとこの町の現状は結構厳しい所に置かれているのかもしれない。


「では、改めてご挨拶を。この町の町長をしているカレムと申します。宜しく。それではお話とはいったい何でしょうか?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ