旅行です・・・?
「やあ!待っていたよ!こちらの準備はもう終わっているから旅立とうか。」
王子様がいきなりそう言って俺を歓迎する。どうやら仕事が一段落して以前言っていた「旅行」に出かける感じらしい。
「一々俺の事を指名依頼にしないでも良かったじゃん?とは言え、こうして冒険者ギルドに依頼をしていなかったら忘れてたけどね。」
俺は冒険者ギルドに指名はやり過ぎじゃないかと問うがソレはどうやら違うらしい。
王子様はどうやら開放感から爽やかな気分になっているらしい。ちょっとだけテンション高めでルンルンだ。
「そちらの動きは多少把握していたからね。ギルドに寄る可能性は高いと思って一応依頼を出していたんだ。」
先読みされていたらしい。それにしてもだ。
「城の役員たちに説明は終わってる?出かけて来るよって。騒ぎになられても困るけど?」
「大丈夫!出て行けるものならどうぞどうぞと言われているんだ。もちろん、警備上って言う名目さ!だったら遠慮は要らない。こうして言質は取ってあるよ。さ、行こうか!」
どうやら仕事は終わっていても王子様をお外へと遊びに行かせる気は城の者たちには無かったらしい。
しかし悲しいかな、その役員たちは俺の事を知らないのかもしれない。いや、知っていても城の防備を固めていれば出て行ける訳も無い、などと思っていたのかもしれない。
「一応は説明しておくけど、北のダンジョンって分かる?ああ、そっちの情報も把握してるのかもう。だったら話が早い。つむじ風の皆もそこに居るから、そうだなあ。その恰好は目立つから、一般的な冒険者風に見た目を変えてくれるか?お忍びなんだろ?一応は。」
この説明で王子様は着替えをする為にクローゼットらしい場所を開ける。そこは俺には考えられない程の広さがあり、そして衣装がズラッと大量に。
(やはり金があるとやる事が一々デカいなあ。俺なんて小市民だからなもともと。衣裳部屋にこんだけ広さとこの量の服があるとドン引きだよなー)
などと思っていると直ぐに着替えが終わる。そしてどうにも化粧まで施して衣装も所々にほつれや汚れ、傷などもあって変装は上々だ。リアルにそこら辺にいる冒険者である。髪の毛の質まで汚れを再現していて完成度が高過ぎる。
先程の王子様と別人がそこに立っていた。これを看破して王子様だと見抜けるのは相当な眼力の持ち主だけだろう、ってくらいだ。
「ケリン有難う。では行ってくるよ。」
「行ってらっしゃいませ殿下。」
その短いやり取りで王子様と、その命を狙っていた元暗殺者のケリンの間に主従の関係が既にキッチリと出来上がっている事が窺えた。
この短期間で王子様はケリンに大分信頼を置いているようだし、ケリンもちゃんとお付きのメイドとして仕事をしっかりと熟せているようだ。
「おい、化物。お前が付いているから安心して殿下を送り出せるが、傷一つでも殿下に付いてみろ。その時はお前を一生恨むからな。」
ワープゲートを作って王子様がソレを何ら怖気づく事無く通った後にケリンにそう小声で忠告?脅された。
「バケモノ呼ばわりしないで欲しいんだけどなあ。それとさ?ちょっといない間にそこまでケリンは王子様に忠誠誓うってどれだけの事があったの?」
少し深い所まで聞いてみたかったが、流れ的にここに残るのもどうかと思う場面なのでそれだけ言って俺もワープゲートを通って退出する。
で、そこにはマーミとラディ、それと師匠が立っていた。カジウルはと言うと、どうやらテントの中でゴロゴロと休憩中らしかった。
で、この三人はワープゲートから出てきた人物を警戒、してはいなかった。どうやら先にワープゲートを目にしている事で俺の関係者だと理解できているらしい。
だがここで真っ先に気付いたのは師匠であった。流石以前に長い事王宮で務めていただけはあると言っても良いのだろうか。
ここで師匠は小声で問う。
「・・・殿下、どうしてこの場に?」
短い中にいくつもの疑問を内包している質問だ。早々にこうしてバレたのにもかかわらず王子様は結構あっけらかんと理由を述べる。
「ああ、良くわかったね君。まあ言うなれば疲れたから長期療養だね。エンドウ殿に連れ出して貰ったんだ。ああ、大丈夫。城にはちゃんとそこら辺は断ってから出て来てるよ。」
などと言う王子様の表情は少々悪い顔だ。きっと城から自分が居なくなった事が広まれば大騒ぎになると解って言っている。
だけども王子様は師匠の事が分かっていないらしい。元宮廷魔術師マクリールだと言う事を。
まあ若返っている事を知らない訳だし、有り得ないと考えていてそんな事を思いもしないんだろうが。
ラディもマーミもこの師匠の小声が聞こえていたので一瞬で体を硬直させる。そして次には俺を激しく睨んできた。どうやら無言の非難を俺に向けてきている。
「ああ、私の事は只の一介の冒険者として扱ってくれないか?そうだなぁ・・・このつむじ風の仮の仲間としての扱いでお願いするよ。レクト、もしくはレックと私の事は呼んでくれ。あ、一人称は「俺」の方が良かったか?」
馬鹿を言わないで欲しい、そんな顔にラディもマーミも師匠もなる。
まあ、言いたい事は分かるが偽装の一環だ。堪えて貰いたい。それと王族の命令と言う点でこれは避けられない部分でもあるので呼び捨てるしかない。
そして王子様、レクトは大地に存在するダンジョンの入り口、扉を見やる。
「アレがダンジョン?凄いな。初めて見るよこんな形。ハッキリとしてるな、随分。主張が強い。それにどうやらここに怪我人が居たみたいだね。」
血の跡を見て直ぐにそう察するレクト。観察眼は高いらしい。
あの冒険者たちはどうやら怪我した仲間が目を覚ました際に先に帰還をしたようだ。この場に居ない。
「で、皆。レクトをカジウルに紹介したいんだけど、隠しておく?それとも、身分を明かして説明した方がいいか?」
俺は黙っている三人にそう問いかける。これに首を振る三人。それからラディが言う。
「このまま仮入、冒険者見習いとしてお前が仲間に引っ張って来たと言う説明で行こう。と言うか、カジウルも詳しく説明しないでもある程度は察すると思うがな。アイツには具体的な事は何も知らせないでいた方が上手く行くだろ。」
知らぬが仏とは言うけれども、俺が王子様の所に顔を出しに行って帰ってきたらレクトが居るのだ。
察しはしても詳しく聞かない方が動きにぎこちなさを無駄に挿まないで済むかもしれない。
師匠は昔に宮廷魔術師だったからカチコチ、昔取った杵柄で動きが少々固くなっている。
ラディはもう慣れた、諦めた、みたいな感じで直ぐに肩の力を抜いていた。
しかしマーミがもう駄目だ。先程から動かずにじっと黙ってしまっている。身体も硬直したままだ。
「じゃあレクトの事は俺が話してくる。皆も早く慣れてくれ。」
「あんたがおかし過ぎなのよ!?どうして王族の前でそんなふざけた態度で居られるのよ!?早く慣れろって土台無理な話を振って来るな!」
マーミがとうとうキレた。しかしそれが功を奏したのか力んでいた身体の力が目に見えて抜けていっているのが分かる。
「あー、も~、な・ん・な・の・よ!問題が起きたら全部エンドウのせいよ!そうよ!エンドウが全責任を負って貰うわ!王族への無礼も不遜も不敬も全部アンタのせい!それで良いわね!?」
そう言いながら俺を睨む顔を一歩一歩詰めて近付けてくるマーミの迫力に負けて俺は「うん」と言ってしまった。
ここでカジウルが「うるせぇなぁ?」と言いながらテントから出て来る。
「何事だよマーミがそこまで怒るってよぉ?・・・あん?見慣れねー顔が居るじゃねーか?エンドウ、お前か?」
この「お前か」には俺が連れて来たのかと言う意味だ。ここで俺は説明してしまおうと思った。
「ああ、つむじ風の最近の活躍を知ってどうやらウチに入りたいんだそうだ。仮入として冒険者見習いで面倒を見てやれないかな?どうだカジウル?」
このつむじ風のリーダーはカジウルだ。なので許可を貰うならここで、である。もしも駄目だと言われたら俺だけでもレクトを連れて北の町まで先に行く事にしようと思っていた。
「おー!?良いんじゃねえか?ウチに新入りねえ。エンドウが入ってきた時には新入り、って感じじゃ無かったからな。とんでもねえ奴が仲間になっちまったと思ったくらいだぜ。よっし!俺が剣の扱いを見てやる。そこで打ち合うぞ。」
カジウルはいきなりそんな事を言い出した。これに顔を青褪めるのは師匠とマーミだ。
ラディはここで「あちゃー」と言った感じで右掌で顔を覆って大きく溜息を吐いていた。
「はい、宜しくお願いします!俺の事はレクトと呼んでください。では、行きます!」
レクトはそう言いながら剣を抜いて構えを取ってからカジウルへと素直に斬り掛かった。
綺麗な太刀筋だ。王族だし城で剣の稽古もしているはずだ。その一撃は様になっている。
だけどもカジウルは何とも言い難い感じでソレを「ヒョイ」と雑に見える動きで簡単に避けた。
「わっかりやすいなー、お前。魔物にも知恵や経験を積んだ奴が稀に居るんだ。そう言った奴らは分かり易いこちらの攻撃する動きを読んでくるぞ?そんな一々構えて、行きますなんて声張って、大きく振りかぶってちゃ当たるモノも当たらねーぞ?良い動きはできてるんだ。勿体無いぜお座敷剣術じゃあよ?」
「お座敷剣術、ですか・・・確かに型を習ってただひたすらに剣を振って来ただけですね。模擬戦も手加減を相手にはして貰っていてたからなあ。魔物を倒すのも、戦争でも、どちらも本質は殺し合いですか・・・ならば冒険者の剣術はいざという時の為にもここで良く習っておいた方が良いですね。」
この言葉を吐いてからのレクトの動きが変わる。振りはコンパクトに、そして踏み込みは深く、腰の入り具合もしっかりとカジウルへと斬り掛かる。
「ほっ?はっ!?おっとっと!?・・・いきなり変わるかここまでフツー?」
その動きのキレの変わりように流石のカジウルもビビりながらソレを避けた。まだまだカジウルには余裕があるが。
レクトはどうにも既にこの時に自身の型を破ったようだ。自然体で立っている状態から即座に動き出している。
最初に構えてから、そして斬り掛かるなんて言った段階を踏む動きでは無い。
流麗で自然な流れで初動、そして相手の意識の「間」を付くような剣のキレであった。
「レクトって天才ってやつなのかね?ここまでいきなり変わるって言うのもちょっとおかし過ぎやしないか?」
俺はそんな疑問を持ちながらカジウルとレクトのやり取りを眺めた。
レクトが三撃、四撃、五撃と連続で斬り掛かるのだが、それを危なげなくカジウルは避ける。
「筋は悪くねえな。でもまだ実戦勘が足りないって感じか。いいね、いいね!お前みたいな奴は戦えば闘う程強くなるんだ。何処まで行けるかな?」
などと言ってカジウルはレクトの繰り出した横薙ぎを少しだけ後方に下がって避けた後にすぐさま動き出す。
その動きにレクトは間に合わない。何が間に合わないかと言うと、カジウルの蹴りを避けるのがである。
「うぐっ!?」
カジウルの蹴り、しかもつま先が少しだけだがレクトの腹に入る。軽いカウンターだ。
「よし!ここまでにしておこうか。レクト、良い動きだったぜ。それと避けられた後の蹴りをどうやったら避けられたかを考えとけ。そうすると次に似た場面があった時に咄嗟に動きやすくなってるからな。おっと、もう一つ。お綺麗な意識は無くしとけ。生き残るには何でもカンでも、それこそ汚くて卑しい、そんな事でもしてかなくちゃ生きて行けねー場面もあるんだ冒険者って奴はな。お前、俺の蹴りを予測できてなかったろ?しかも頭の中にちょっとでも俺がそんな動きをするとは思ってもみなかった。違うか?」
既にカジウルが喋っている間に回復したレクトは立ち上がっている。
「そうですね。確かに。これは良い勉強になりました。」
師匠もマーミも顔真っ青。ラディは死んだように無表情だ。
カジウルが何も知らないのでこうした流れになったのは仕方が無いが、それにしたって王族を蹴るのである。レクトの正体を知っている身として「有り得ない!」と心の中で叫んでいるんだろう。
レクトに対してもカジウルの「試してやる」と言う言葉に素直に乗り過ぎだと思っているに違いない。
「それじゃあカジウル、これからの予定の方は決めた通りか?」
俺は今後の予定を改めて確認する。
「おう、明日になったらダンジョンに潜る。そんでもって最奥を最速で目指すぞ。エンドウの開けた穴はまだ大丈夫だっていうからな。それを突っ切ろうと思ってる。」
「もう一組入ってるっていう冒険者はどうする?」
まだ確かもう1パーティがダンジョンに潜っているはずだ。
「一応は警告だけしときてえな。だけどあっちも馬鹿じゃねえだろ。俺たちが攻略したらダンジョンの変化にも気づいて外への脱出を計るだろ。あーでもなぁ。このダンジョンはデカイっつったよな?消滅に巻き込まれる前に逃げ出せない可能性があるか?」
このダンジョンは広くて迷路状だ。なのでもしかしなくとも逃げ遅れの可能性は大いに残る。
「じゃあヌシを倒す直前にでも俺がソッチに向かってワープゲートで外に出て貰っておくか?」
俺は最も簡単な解決法を提案する。しかしコレには師匠が待ったをかけた。
「おい、エンドウ。最近お前はその力を見せびらかし過ぎではないか?そんな事をすればその冒険者たちからお前の噂が広まるぞ?しかも早急にだ。」
「え?駄目?ちゃんと口止め料を払っても?」
「駄目だろう。その程度では。」
師匠にバッサリと俺の案が切られてしまった。師匠が言いたい事、それは冒険者にも色々と種類があると言う事だ。
良い奴も居れば悪い奴もいる。口が堅い奴も居れば軽い奴もいる。約束を守る奴も居れば守らない奴もいる。
単純な話だった。冒険者は人だ。黙っていて欲しいと要請したその相手が「良い人」ならきっと守ってくれるだろう。
だけども悪い奴ならどうか?俺のワープゲートの事を「高い金で売れる情報」と見なした場合には俺の「黙ってろ」という求めは無視されるだろう。
結局は相手の性根次第。俺のワープゲートの事を喋るにしたって酒の肴にする為に、などと言った理由で広める奴もいるかもしれない。
「まあ明日の事は明日に。その時になったらまた改めてって事で。」
その後はダンジョン入り口前で野営する準備だ。とは言え、食事の用意くらいである。テントももう一つ追加で建てた。既にテーブルも椅子も出してある。
夕方に差し掛かれば焚き木を囲んで作った食事を摂って寝るだけ。
因みにレクトはこの野営で一人はしゃいでいた。どうにもその姿が俺には「キャンプではしゃぐ子供」にしか見えない。
「いやー、野営と言っても天幕を張るのも部下の仕事だったし、そこに入るだけでは何ともね。演習で俺も出る事になってたものだったんだけど。只々付いて行くだけの御飾だったんだよ。だから得るモノなんて何も無くてね。でも今日は食事の用意も手伝った。テントを張るのも一緒にやらせて貰った。実に有意義だよ。こうして夜空を見上げてゆっくりする時間が自分に訪れているなんて夢みたいな気分さ。」
レクトは就寝前にそんな事を俺に語った。きっと好奇心旺盛な性格なんだろうレクトは元々。
だが王族であるからこそ、それはずっと圧し止められていたに違いない。王子と言う立場の重圧で。
解放感、それもかなりのモノを今レクトはここで感じているんだろう。レクトは草場に寝転がって暫くの間ずっと夜空を見つめ続けた。
そして翌朝。朝食の準備をさっと済ませて食事を摂り、ダンジョンへ。
「まあ、流石に俺たちは一度この場面は見てるからなあ。」
そうカジウルはぼやいた。ダンジョン都市での事である。俺が一直線に通路を作り替えたのをつむじ風は知っている。
ラディもマーミも師匠も目の前に何処までも長く伸びる一直線の通路に何も言わない。
しかしここでレクトだけは言う。でも、その驚きは小さい。
「これは一体・・・?」
このダンジョンの内部情報をしっかりと王子様は把握していたようだ。だが目の前にはその知っていた情報に全く合わない光景がある。情報と目の前の現実の乖離にちょっとだけ戸惑っている。
「まあ、良いじゃないそんな事。一言で言えば昨日、俺が事情があってやった。って感じ?」
「ああ、なるほど。そう言う事ですか。まあしょうがないですね。」
俺がやった事だと分かるとレクトは直ぐに気持ちを切り替えている。それもそうだ。俺のやることなす事を色々とその目で実際に見ているから。これくらいはやってのけるんだな、などとレクトは呑み込んだのだろう。
「さて、ここでちょっとだけ意見を聞いておきてえんだが。さっさとヌシを倒すって言うのが方針だったけどよ。ダンジョンの魔物を倒して稼ぐって言うのもアリだと思うんだが、そこはどうだ?」
皆は今、金には困っていない。なので稼ぐと言う意識はそこまで持っていない状況だ今は。
ヌシをサクッと倒してしまうのは別に何の問題も無い。
「ここで狩った獲物をこの後向かう町で売却しても良いんじゃないかと俺は思ってる。」
この意見はラディである。北のその町がヤバい、という点からしての援助と言う意味でなのだろう。
ここで魔物を多めに狩ってその町で売ればソレが一時的であっても町は活性化する。
これから俺たちが向かう町が寂れて、衰えていると言うのは、まあ、面白く無いと言えば面白く無い。
なのでこの意見に俺は賛成する。師匠も一緒に賛成の声を上げてくれた。
「ここまで来て急ぐ旅でも無ければ、このダンジョンも早急に攻略せねばならない危険状態では無いようだ。ならば体を動かすにも丁度良いだろう。」
師匠は別に町の事を心配しての意見では無かった。どうやら自分が暴れたいだけらしい。自分の魔法の研鑽の為に発言しているようだ。
「うーん、まあ、私はどっちでも良いわよ?と言うか・・・ねぇ?レクト・・・が居て安全は大丈夫なの?そっちに神経が行って胃が痛くなりそうよ?」
マーミはどちらでも良いなどと言ったが、レクトは連れて行くのは大丈夫か?と言ってくる。
「俺の事は心配無用です。エンドウが守ってくれますからね。そうでしょう?」
レクトはもう冒険者になり切っているつもりらしい。俺の事を殿付けでは呼ばない。
「ああ、そこら辺は俺が責任持つから、皆暴れちゃっていいと思うよ?最近運動していなかったから丁度いいんじゃないか?」
話し合いが纏まった所で俺たちは奥へと進む事にした。俺が開けた直線通路は通らない。魔力ソナーを使わずに先ずは別の進路を進む。
しっかりとここで冒険者としての基礎をレクトに教えるとカジウルは言う。
「レクトはうちのパーティ仮加入だろ?だけどよ、それでも仲間だ。新入りだ。だったら俺たちは先達としてそう言うヤツらをちゃんと勉強させてやっていかないとな。」
カジウルは別にレクトの前で良い恰好を見せようと思っている訳でも無い。偉そうにしている訳でも無い。
先輩風をブイブイ吹かせている訳でも無い。至って自然体でこのセリフを吐いている。
「カジウルさん宜しくお願いします!勉強させてもらいます!」
レクトも調子に乗ってそんな事を言っているが、そこに魔物が現れた。
ここは狭い通路だった。しかし敵は一体。全員で掛かれば簡単に倒せる。皆はそう思っていた。
その魔物は俺の知識から引っ張り出せばヤマアラシ?だろうか。背中には長い針の様なモノが大量に生えていて。
「いや、こんな狭い場所でこんな魔物に攻撃されたら普通の冒険者ならハチの巣じゃないかな?」
俺は咄嗟に通路を塞ぐように魔力を展開して障壁を作った。一拍置いてからそこへと「ギャリギャリギャリ!」と鋭く障壁に何かがぶつかる音がする。
ソレはガンガンと跳ね返って床に散らばるのだが、予想が当たった。いや、二つ予想したウチの一つと言えば良いか。
「針だね。」
目の前の魔物の背中から生えていたその針がこちらへと射出されていたのだ。ソレを俺の張った障壁が防いでいるのである。
しかしそれだけでは終わらなかった。その魔物の背中には既に全ての針を飛ばしてしまってこれ以上の飛び道具は無いのだが。
まだまだその魔物には攻撃方法があるらしかった。そもそも先ずこの魔物、身体がデカイ。俺の腰辺りまで大きさがある。
そんなモノが体を丸めてまるで球状になってこちらに勢い良く突っ込んでくるのだ。
その針が無くなった背中には棘?先程飛ばしてきた針の三分の一程度の長さの代物だ。その棘はこちらに向いている状態での突進である。
飛び道具と突進の二段構え。それがこの魔物の得意攻撃、必殺の構えであるらしい。
しかし張った障壁はまだ消してはいないのでこれに「ドゴン」と言った重低音を出してぶつかる魔物。
どうにもこの魔物は体重も結構な重さである様だ。こんなものにぶつかられれば棘が体にグサグサ刺さり、そして派手に吹き飛ばされるだろう。一撃で戦闘不能にさせらてもおかしくは無い、普通なら。
「ねえ?もしかしなくてもエンドウが居なかったら今の私たちでも大怪我どころじゃ済まされなかったんじゃない?今の?」
マーミがどうやら自分たちが大きな油断をしていた事を認める発言をする。ラディはこれに同意した。
「あー確かにな。今の俺たちならどんな魔物が出て来ても大丈夫だ、なんて思いがあったのは確かだな。エンドウも居るから余計にな。油断どころじゃ無く完全に気を抜いていた。引き締めないと駄目だな。」
「で、これ、どうする?予定変更する?」
俺はもう一度話し合いをしようとそう持ち掛ける。この予想以上、と言うか、こちらが勝手に軽く死にそうになったと言う事実。
このダンジョンの魔物は相当に強力な攻撃を持っている事が判明したのだ。余計な事はせずにヌシの部屋へと行く方針にまた変えるかを皆に問う。
「あー、言っちゃなんだが、エンドウが居ればどんなのが来ても無敵だろ?取り敢えずこのまま行こうぜ。」
カジウルが俺に全部押し付ける発言をする。師匠も。
「そうだな。今のは偶々だったのかもしれん。まあ、その偶々で冒険者は簡単に死ぬと言うのもあるが。今のが大量に居るのであれば考え物だが、エンドウ、この周囲に同じ魔物は?」
「えー?師匠が自分で調べてみてくださいよ。今なら結構な範囲と精度が出せるんんじゃ無いんですか?うーん、取り敢えず皆に障壁の作り方とか教えた方がこの先安全かなぁ?」
俺だけしかこうして壁を作り出せないから皆が俺へと問題を丸投げしてくるのだ。ならばここで全員に魔力障壁の出し方を無理やりにでも詰め込んで個々で身の安全を確保させた方がこの先いいだろう。
何かとあれば俺に何でもやらせようとして来ても、じゃあ俺が居ない時になったらどうするのかと言いたい。
「とまあ、今はコレをどうするのかですけど。絞めちゃっていいです?」
俺の魔力障壁にぶつかった体勢のままの魔物は既に魔力固めで動けなくさせている。
一応は飛ばしてきた針もインベントリに素早く放り込んで片づけてある。
「知らない魔物だな。研究などの為に生きてしかるべき施設に持って行けば買い取り額はかなりのモノになりそうだが。」
師匠がそんな案を出すが、今は生け捕りにする余裕も無ければそんな時でも無い。俺はサクッとその魔物の首を捻じって息の根を止める。
そしてインベントリにしまい込んだ。ここまでの間のレクトは固まったままで微動だにしない。
どうやら魔物が飛ばしてきた針の時点で「死」を感じての様だ。「エンドウが守ってくれる」などと言った安心がレクトの中に有ったとしても、いきなりの事でどうやら気持ちが負い付いて来ていないみたいだ。
俺が障壁を張れると言うのは知っているはずではあるが、一瞬で迫って来た針にレクトの脳内には反射的に死と言うモノが浮かんできたんだろう。
「あー、皆、ちょっと待ってあげてくれない?レクトの心の中がどうやら修羅場っぽいから。」
レクトが落ち着きをある程度取り戻すまでの間、少々の待ち時間となった。