北のダンジョン
もしくはただ暴れたくなったかのどちらかだろうか?金稼ぎしないでも懐は温かいはずだ。
またはダンジョンはあれば潰す、そう言った単純な理由かもしれない。
「取り敢えず師匠が戻ってきたらそこら辺の事を説明してもらってから出発だな。」
この城下街から北へと向かうとどうやら小さな町があるらしいのだが、特産品は特に無く、目ぼしい観光名所なども無し。
雪が降る時期まではひたすら畑仕事で食料を確保。娯楽と言ったモノは無く、冬場は家の中でせっせと内職仕事といった具合の寂しい生活を強いられる土地らしい。
人口は多くも無く、そして少ないと言った事も無い。平穏な暮らしが続く田舎町と言った具合か。
それでもそんな何も無い所では血気盛んな若者は嫌気がさして町を飛び出して城下街へと向かう。そこで仕事を見つけるなり、冒険者になるなど、もしくは、上手く行かずに浮浪者となると言った感じだそうだ。
「年々と人は少なくなってる。ほんの微かずつだがな。年寄りと子供だけ、とまでは行かないが。若い者たちが出稼ぎに出てそのまま帰ってこない、なんて感じだな。働き手が徐々に減っている。」
ラディがこれから向かうその町の事を説明してくれた。どうやら真綿で首を絞められている、と言った具合の限界集落間近と言った感じか。
「で、エンドウ、何か企んでるわね?その顔・・・なんだか無性にイラつくわ。」
「え?俺そんな顔になってた?いやー、ちょっとね?そんな事聞いちゃうとさ、少しくらいは助けになる事できそうかな?って。まあ、やってみない事にはどうしようも無いんだがな。」
マーミから俺の表情を突っ込まれる。自分でどの様な顔になっていたのかは分からないのだが、マーミからイラつくと言われてしまうくらいには怪しい顔になっていたんだろう。
「色々と遊びがあるんだよ。雪には雪の。それを使って人を呼び込めないかな?ってな。それと「良い景色」なんてのはさ、作れるんだよ。人の手でな。一風変わった、趣向を凝らしたモノが一つや二つあれば、物珍しさで金持ちなんかが観光でやって来るだろうしな。要するに、お祭りにしちゃえばいいのさ。もしくは大会でも開いてお遊びの祭典ってな。」
「嫌な予感がするわね・・・程々にしておけって言っても、この調子だと止まらないわね・・・」
マーミに思いっきり溜息を吐かれる。まあ今の俺は結構テンション高めだ。結構あれもこれもと「楽しみたい」と言った気持ちである。ここで師匠が戻って来た。
「エンドウ、戻って来ていたか。今すぐに向かった方が良さそうだ。ギルドに少々危ない情報が入っている。どうやらこれから向かう先の町との中間地点にダンジョンができたらしいのだが、その規模が大型だそうだ。中に存在する魔物も強力な物が多いらしい。おそらくここのギルド所属の冒険者たちでは手に負えない可能性が高い。そうなるとダンジョン都市の二の舞になる事も大いに予想される。」
師匠が俺を見るなりそう口にする。カジウルがこれに即決する。
「よし、じゃあ直ぐに皆出発だ。ギルドに寄ってそのまま攻略の手続きをしてダンジョンに向かおう。エンドウが居れば攻略完了の報はパパッとできるしな。時間を置くのは手遅れになる要因だ。さっさと片付けるぞ。」
こういう時に直ぐにこの様な決断ができるのがカジウルの良い所、器のデカい部分である。
「所でエンドウ、ドラゴンはどうした?」
師匠がここで素早くカジウルの酒を手にしていつの間にか用意しているコップにガバッと酒を注いでグビッと一口飲みながら言う。
「あー!お前も何してくれちゃってんだよ!?」
カジウルは叫ぶが。
「なんだ、お前らばかり飲んで私には飲ませない気だったのか?ズルいものだな?」
なんて言い返してまた師匠は酒をグイっと一口。カジウルは師匠に「俺のだぞソレ!」と言って憤っている。
こうして少し騒がしい感じで解散して各自が出発の用意をする。もちろん俺のインベントリに荷物を入れていくので殆ど皆は手ぶらだが。
カジウルだけが背負う荷物が多い。それは全部酒だった。
「くっそー!おい!エンドウ!お前俺の酒飲んでるだろ!コレを入れてくれよ!」
しょうがないなー、などと言って俺はカジウルの荷物をインベントリを出してしまい込む。
「これ一つ貸しな?」
「俺の酒飲んでおいて貸しとか言ってんじゃねーよ。」
カジウルはフンと鼻を鳴らして顔をプイッと背ける。そこにマーミが毎度の事突っ込んでくる。
「ほらほらさっさと行きなさいよ!カジウル、あんたが余計な物買ってるのが悪いんでしょうが。」
こんなやり取りをしつつ冒険者ギルドに俺たちは到着する。ダンジョンの件の手続きをする為に俺たちは中へと入った。
受付には師匠とラディが行ってくれる。俺たちは壁際へと寄って手続きの様子を眺める。
「ねえ?何だか長引いてない?ラディが妙な書類を手にしてるわ。あんなの見た事無いんだけど今まで。」
マーミはどうやら手続きに妙な違和感があると言ってラディと受付の様子を睨む。
「おかしいな?今まで手続きでこんなに時間をかけた事なんてねーのにな?」
そんな風に時間がやや掛かっている事にカジウルは呑気なセリフを吐く。
ここで師匠がこちらを手招きしている。しかもどうも俺を呼んでいるようだった。
「ちょっと行ってくる。・・・なんですか師匠?は?指名依頼?・・・王子様から?視察の護衛任務?俺は傭兵じゃ無くて冒険者なんだが?まあいいか。その書類にサインして本人の所に顔を出せばいいんですか?分かりました。」
どうやら冒険者ギルドに「つむじ風」充てで俺への個人指名が入っていたようだ。
(ああ、これってもしかしてアレかな?まあ行ってみれば分かるか)
ラディがそのまま受付でのダンジョン攻略の手続きを終わらせて俺たちは一旦集合する。そして師匠が説明し始めた。
「手続きは済んだ。既に今二組の冒険者パーティがダンジョンに潜っているそうだ。私たちもこのまま出発してその勢いでダンジョンへと突入する。で、エンドウだけはどうやら・・・王子殿下に呼ばれているらしい。どうする?」
この師匠のどうすると言うのは今から即座に行くのか、或いはダンジョンを攻略してからなのかと言う事だ。
指名されているのは俺だけ。別にどちらでも良いのだが、一応はダンジョンの前まで行ってから王子様の所に顔を出した方がやりやすいかもしれない。
「一旦はこのままダンジョンの場所に行ってしまおう。到着後はワープゲートで俺だけ王子様の所に行ってくる。皆はそのまま中に入ってダンジョン攻略しちゃってくれてもいいし、待っていてくれても良い。速攻で攻略してくるって言うのであれば、終わったらその場所で俺が戻るまで待っててくれると良いかな?」
俺はこれからの動きをそう決めた。これに反対は無かったので俺たちはギルドを出た。
「取り敢えずは門から出たら全力で飛ばそうぜ。最近は体が鈍ってた所だしな。軽い準備運動がてら競争しねえか?」
「あのね、カジウル?幾ら何でもこの時期にそっち方面に行く旅人が少ないとは言え、目撃者が出るでしょうが。そうなれば面倒な噂が立って身動き取り辛くなるでしょ。馬鹿なの?」
カジウルの提案を即刻バッサリと切り飛ばすマーミ。これにカジウルはつまら無さそうな顔になるしかない。
「まあ別にそこまであり得ない速さで走らなければ良い事だろ。急いだ方が良いが、しかし特別に急ぐって程でも無い。・・・おい、エンドウ、飛ばなくていいぞ?特にマーミが怒るからな?」
「あ、飛ぶのは駄目なのか?別に走らんでも、って思ったんだがな?」
ラディはすかさずフォローとも言えないフォローをカジウルに送るが、次には俺を見て釘を刺してきた。マーミも俺を睨んできている。どうやら変な事をしでかさないかと言った疑いの目であるようだ。
俺はそこまでマーミからの信用が無い事にちょっと落ち込む。
「二組が先行してダンジョンに入っている。私たちが普通では有り得ない速さでダンジョンを攻略すると、その二組が逃げ遅れてしまう可能性もある。入り口に着いたとしても少々様子を窺ってから私たちは入った方が良いだろう。」
師匠は慎重に攻略をするべきだと言う。しかしこれは先にダンジョンに入っている冒険者の事を考えての発言だ。
こうして俺たちは町中を歩きつつもミーティングを終える。丁度その時になって門に到着したので町を出るための手続きを行う。
そのまま何も問題無く無事に目的地のダンジョンへと続く方面の街道に出た。
「さて、じゃあちょっと走ろうか。夕方前にダンジョン入り口に到着、野営準備、翌日の朝に突入でいいんだよな?それまでに俺の用事を済ませるのと、中に入ってる冒険者の動きの観察だな。」
こうして俺たちは軽く体をほぐすストレッチをしてから一斉に走り出した。それこそ百メートル走レベルのダッシュ速度である。
しかし魔力で体を強化している俺たちには疲れなど起きない。そのままの速度を保ったままに街道を爆走する。
目撃されれば確実に噂されるレベルなのだが、マーミはどうやら「これぐらいなら、まあ何とか?」などと思っているのかどうかは分からないが、これに何も言わない。
こうして俺たちは大分早い時間で目的のダンジョンの入り口がある近くまで来た。
「方向は向こうだ。話だとあの林の手前に入り口があると言っていた。・・・よし、それらしい反応がある。行こう。」
師匠はどうやら受付で大体の場所は聞いていたらしい。そして魔力ソナーを広げているようだ。
迷わず向かって行く。しかし少し歩いただけでどうにも様子がおかしい。向かう速度を上げた。
「怪我人が居る様だ。急ごう。何かが起こっている可能性がある。」
どうやら先にダンジョンに入っていた冒険者が出て来ていたようだ。そしてどうにも怪我をしていると言う。
皆で話し合って直ぐにダンジョンには入らないと言う事で、俺は別段魔力ソナーは使用していなかった。なのでこうして師匠が気付くまで全く分からなかっった。
そこにはまるで地下室にでも通じているのかと言った具合に地面に扉が存在していた。そこから這い出してきた様子の冒険者が五名。
一人は右腕と右脚を大怪我している様子で救急措置なのか包帯が巻かれていた。それも流れ出る血で真っ赤に染まっている。
このままではその冒険者は死ぬかもしれない。そう言った緊急事態であった。
「何があったのかは後で聞く。俺たちは冒険者「つむじ風」だ。エンドウ!直ぐに治してやってくれ!」
カジウルが叫ぶ。五名の冒険者たちはそんなカジウルを憔悴した目で見上げて「助かる」と一言だけ発してぐったりと力を抜いて地面へと横倒れになった。
「傷からしてどうやら大型の魔物に襲われているな。これで今まで良く生き延びてここまで逃げ切れたもんだよ。」
俺は包帯を取り外した。カジウルが叫んだ時にはもうその怪我人に魔力を流し込んで治療を終えている。
彼らが助かったのは運だろう。それもとびっきりやつだ。これから先の人生の残りの運を使い果たしたと言っても良いだろう位のである。
彼らに一息つかせるために俺は野営道具を全て出す。テントにテーブル、椅子に調理器具。
この様子だと食事もマトモに摂れてはいないだろうとの判断だ。先ずは温かいスープでも作って提供してやった方がダンジョンの中で何があったのかを話しやすいだろう。
緊張感で体がガチガチに固まっている様子の五人組へと出来上がったスープを俺は差し出す。
「まあ飲んでください。ここは安全ですから。気を抜いて大丈夫ですよ。怪我した人は既に治療は終わっているけど、血を流し過ぎていて気を取り戻すまでは大分掛かると思います。一応は命は取り留めていますけど、油断はできないです。」
一応はこの四名もそこかしこに怪我を負っていたのでついでに治しておいたのだが、いかんせんショックの方がデカイらしく自身の身体の方へと意識を割いていないようだ。怪我が治っている事に気づいていない様子。
暫くは彼らが心落ち着くまで待った。そうして時間が過ぎてやっと一人がスープを飲み干してから口を開いた。
「俺たちは六人でこのダンジョンに挑んだんだ。ここにまで逃げて来る際に一人とはぐれてしまった・・・アンタたちに頼みたい!仲間を助け出してくれないだろうか!?」
どうやらリーダーである男が俺たちに向かって土下座をして頼んで来た。
「頼む!俺たちがこのダンジョンで集めた素材をここでアンタらに全て渡しても良い!どうか!」
「先ずはお前らが逃げ出す原因になったモノの話が先だろ?仲間を助けたいのは分かったが、俺たちに何も教えずにこのダンジョンに入らせる気か?そんな頼み事をしておいてよ。」
カジウルは突き放したような言い方でそう言い返した。怪我人を見た時の声とはえらい違いだ。冷たい空気を醸し出しながらカジウルは安請負はできないと言い放つ。
それもそうだ。彼らがこれほどに追い詰められた存在がこのダンジョンの中に居るのである。それがどの様なモノだったのかを先にこっちに知らせるべきだ。
なにも知らない冒険者が入って行って同じような目に遭えば目も当てられない。
まあ俺たちがその様な存在と遭遇しても無傷で返り討ちにする可能性の方が高いが。
「すまない・・・焦っていた。事情を話す。俺たちはそもそもこのダンジョンの五階層に潜っていたんだ。そこでは鉱石の類が、それこそ宝石類が大量に摂れたんだ。俺たちはそれに夢中になっていてそいつの接近に気付かなかった。」
このダンジョンはかなりの深さと広さを持つと言うのは事前に分かっていた。しかし宝石が産出すると言った話は聞いていない。
「俺たちも今日初めてその階層に到着して知ったんだ。これまでにここへと入った冒険者はどうにもこの広さと迷路のように入り組んでいるダンジョンで三階層までが限界だった。しかし俺たちはそこから四階層へと続く道を見つけられて、しかもそのまま運良く五階層へと続く階段を見つける事ができた。でも、それがいけなかったんだ。調子に乗った。自分を見失った。」
目の前にした宝石の取り放題に我を忘れてしまったらしい。そして警戒を怠って、そして。
「俺たちは人の形を取った岩の塊、それこそ見上げる程の大きさの魔物に襲われて必死になって逃げだしてこのざまだ。そいつは俺たちをこのダンジョンの入り口付近までずっと追って来ていて・・・」
「それで途中で仲間が一人はぐれたってか。うーん?ここに入っているもう一組は大丈夫かな?」
俺はそんな呑気な事を口走る。そこにツッコミが入った。マーミから。
「エンドウ、あんたなら直ぐにでも中の様子は分かるでしょ?何でやらないのよ?今の状況解ってる?」
「いや、分かっているけど、冒険者って自己責任的な部分が大きいし、多いでしょ?これはもうしょうがないんじゃないかなって。中を俺が調べるにしたって、最終判断はカジウルが出す、それからだね。」
善意で何でもカンでも人助けをしていたら俺は世界中の人々を救わねばならなくなる。俺はそんなのは御免だ。
今俺はあくまでもつむじ風の一員としてここに居るつもりである。俺個人でここに居て、勝手をしても誰も文句を言わないと言った状況では無い。
カジウルがこのパーティのリーダーなのだ。このパーティの緊急時の方向性はカジウルが出す。
「エンドウ、先に中を調べてくれや。全部隅々まで見落としが無いくらいにな。」
どうやらカジウルはこの救出を受け持つつもりらしい。
「で、お前が行ってさっさと戻って来てくれ。」
「全部俺に丸投げかよ!まあ良いんだけどね。さっさとやるかぁ。」
俺は魔力ソナーをダンジョンへ向けて一気に広げる。どんどんと俺の脳内にこのダンジョンのマップが出来上がって行く。
そしてどうにも先に入ったと言うもう一つの冒険者パーティを発見した。
「ほほう?どうやらもう一つのパーティは四階層に入るみたいだぞ?・・・で、何処ではぐれたの?大体の場所を教えてくれない?」
今の所で四階層が半分くらいまで調べたのだが、それらしいはぐれた冒険者とやらが見つかっていない。もう一組の冒険者だろう四人は見つけられた。どうやら進み具合からしてみて順調な様子だ。
そして五階層にまで俺の魔力が浸透し始めた所ではぐれたであろうおおよその場所を教えられた。
「五階層の奥だ。追いかけられた際に早々にはぐれてしまった。分かれ道が多くて複雑になっているんだ。怪我人抱えて俺たちだけでも戻ってこれたのは奴の脚が微妙に遅かったからなんだ。はぐれた仲間は何とか俺たちを安全に逃がそうとして囮を買って出てな。攻撃をしかけて奴の気を逸らそうとして、逆に反撃され吹き飛んで・・・」
「それきりってか。まあ、大丈夫みたいだよ。まだ息はあるらしい。移動してる。ゆっくりとだけど。あー、そうなると助けに行かないといけないのかー。距離あるなあ。遠いなあ。めんどくさくね?」
このダンジョン相当一階層が広い。まあだからと言っても俺が行くとなれば一直線で向かうだけだが。
「皆、ちょっと待っててくれる?俺がサクッと行ってパッと戻って来るからさ。」
俺はこの後でまだ王子様からの指名依頼の話を聞きに行かないといけない。なので全力で行こうと思った。
このダンジョンは迷路のようになっているが、広い。そしてもう魔力ソナーで中の事は把握した。
俺は一直線で突き進む。事前に目的地までの道を「開けて」おいてある。そこを只全力で飛ぶだけだ。
俺はダンジョンの入り口扉を開いて中を覗き込む。大体2mくらいの深さの穴になっていた。
(怪我人抱えて良く協力して外に出られたもんだな。この深さを上がったんだから相当な無理をさせてるんだろうけど怪我人に)
俺はその穴に飛び込んで着地と同時に飛行して目の前の通路をぶっ飛ぶ。
目の前を遮る物は無い。魔物も邪魔なので近付けない様に通路はこちらの都合の良い様に改変してある。
1分も高速で飛んでいれば二階層に続く階段だ。そのまま俺はそこへと突っ込む。
止まったりはしない。このまま二階層も突き進んだ。そしてまたもや同じ時間位を飛んでそのまま三階層に突入である。
全く同じに四階層へ。そのまま目的の五階層迄は6分も掛からなかった。これほどの速度で直進して6分未満。
かなりの広さを持つダンジョンであるが、普通なら何日もかけて三階層迄やっとといった具合だろうか?
そうなると先行して入った冒険者二組は相当に優秀な者たちだったと言った感じになるか。
「で、五階層からは遭難者の方に通路を作って行って・・・と。」
今俺は降りて来た階段の前に居る。未だに遅い足取りではあるが移動しているその遭難冒険者へと通路を開けていく。
俺の目の前には今、まるで壁が波打って勝手に穴が開いていっている様子が映っている。これは俺がこのダンジョン全体に本気で魔力を流して改変しているのだ。
「魔力の使い過ぎだと思うんだけどな。こんなに思いっきり消費してもまだ余裕が有る感じなのはどうなんだろうか?」
俺は未だに自身に掛けている魔法を解いていない。このせいで日に日に魔力総量は上がって行くばかりだ。
消費して、回復して、僅かずつながらもこれまでの間ずっと最大魔力容量が上がり続けている。塵も積もればだ。
「もうそろそろ止めた方が良いんじゃなかろうか?俺はどんどんと人の身を止めてしまってはいないだろうか?それでもコレをいきなり止めるとかなると一抹の不安が・・・」
不意打ち、それが俺が一番懸念してるものだ。あの森の中で学んだのは自然の容赦無さである。こちらの都合などお構いなしに自然の存在はこちらへと攻撃を仕掛けてくる。俺の事を餌として得ようと、いついかなる時も。
「だからだろうな。いつだってどんな時も、寝てる時も自身に掛けた魔法は解いたりとかできなくなったんだよなあ。」
人の居る場所に行ってもこの身についた習慣というか、何と言うか。これを途中で解除する様な事をしてこなかった。
「おっと、見つけた。おーい、あんたが遭難者で、あってるよな?助けに来たぞ?」
俺は視界に入ったその男に声を掛ける。この冒険者はどうにも腕に怪我をしていたようだ。腕を押さえつつ痛みに耐えている顔つきである。
でも俺が現れた事で逆に驚きで一瞬だけ痛みを忘れたのかポカンと間抜けな顔をした。
「・・・一体この階層までどうやって来たんだ?それに今俺は何か幻でも見たのか?こう、壁がニュー?っと穴が開いたように見えて、それで・・・」
「事情説明はしない。面倒だから。俺も忙しい身でさ。さっさと俺の言う事を聞いてくれる?腕ももう治しておいたから痛くないでしょ?」
左腕を庇っていた彼は俺のこの言葉にハッとして自身の怪我へとやっと意識を向けた。
「なんだ!?い、痛くない?どうなっているんだ!?いや、助けに来たって言ったよな?これはお前さんが?」
俺は構わずワープゲートを作り出す。そして告げる。
「さっさとこの中に入ってくれないか?助かりたくないって言うのであれば別に良いんだけど。・・・あ、アンタらが命からがら逃げだしたって言うのは、アレの事なのか?」
俺が開けた直線通路のその奥。そこにうっすらと人型の何かが見えた。俺は即座に魔力ソナーでハッキリとその存在の姿を確認してみる。
「あー、コレが俗に言う「ゴーレム」って言うヤツなのかね?どっかに「えめす」?だったかが彫られていたりするのか?」
確かそのスペルのどれかを削ると「死」と言う意味になってゴーレムは崩れ去って機能停止するとか何とか。
「あー、まあいいや。ほら、ここに飛び込んで助かるか、それともアレとまた追いかけっこしたいか。どちらか選んでくれ。」
俺の出した二択にこの男は顔を青くする。突然不気味にも現れた自身を助けに来たと言う相手の言う事を素直に聞いて良いモノかどうか決めあぐねているんだろう。
言われた内容も内容だ。いきなり何も知らない者がこの初めて見るワープゲートに飛び込めと言われても「はい」と言って即座に行動できはしないだろうから。
この男の目にはワープゲートはさぞや怪しく映っている事だろう。そんな物に幾ら助けに来た者が入れと言って来ても動き出しづらいはずだ。
そこにこのゴーレムが徐々に近づいている事実。逃げ出したくもこの五階層を当てもなくこのまま逃げ続けても埒が明かないと理解しているんだろう。
「むおおおおおお!自棄だぁ!くっそぉ!こんな訳の分からない・・・後で事情は説明して貰えるんだろうな?俺だってこのまま死ぬのは御免なんだ!飛び込めばいいんだろ!」
やっと覚悟を決めたようだ。もうゴーレムは俺たちの10m手前であった。ゴーレムの圧力に負けたと見える。
そのまま勢いをつける様に走り出してワープゲートへと突っ込む男。ソレを見届けて俺も移動する。
「お前さんの相手は俺じゃない。俺がするにしてもまだ暫く後になるだろうさ。今はバイバイ。」
俺はそんな言葉をゴーレムに一言掛けてからワープゲートを通った。
ダンジョンを出ると先程の男がどうにもずっこけていた。いきなり足場の感触が変わった事で足がとられて盛大に「ステーン」と転んだらしい。
「ぶへらっ!?・・・俺は本当にダンジョンを脱出できたのか?」
どうやら草のクッションで顔を強打しないで済んだ事で直ぐに顔を上げて周囲の様子を窺っている。
「おーい、エンドウ。どうやら上手くいったらしいな?とは言え、お前が失敗している所を想像できねーんだがよ。」
カジウルがそう声を掛けてくる。しかし俺は直ぐにでも王子様の所に向かうつもりだったので、ここでまたワープゲートを出す。
「カジウル、後の事は全部任せた。俺は指名依頼の方の話を聞きに行ってくるよ。そっちはそっちで決めていた通りに動いていてくれ。それじゃ、また。」
「おう、お前が開けた通路はどうなる?もとに戻るのか?」
最後に確認とばかりにカジウルが俺の開けた通路の事を聞いてきた。
「暫くは大丈夫だと思うけど。うーん?明日の夕方くらいには恐らくだけど塞がり始めて元の状態に戻っていくかも?ここのダンジョンって結構抵抗が大きかったように感じるから、徐々に時間をかけて閉じて行くと思う。」
こうして俺はカジウルの質問に答えてから王子様の私室へと移動した。