残念なのはしょうがない
教会の始まりは至って簡単だ。心優しい少女が深く傷ついた者を助けたい一心で神へと祈りを捧げる。
その少女の魔力が怪我人に干渉、命を繋ぎとめた。それからその少女を中心に祈りを捧げる集団ができ、やがてその中から怪我の治療ができる者が徐々に現れ始める。
その回復術を使える者が次第に増え、少しずつ「形」ができて行って教会になったのだ。
そしてあの像はその「少女」を象って作られたものだと言う事だ。
教会という組織が出来上がって行けば、その中に「ルール」も出来あがっていく。傷を癒やすと言う話が広まれば各地に「ウチにも来て欲しい」と言った声も上がるだろう。
そうなれば各地に赴き活動を続けるにあたり治療行為に対して無償では成り立たなくなり始め、いくばくかの金を徴収するようになる。
そうして金が絡めば、欲を持った者がそれに介入してき始めるのは目に見えている。
営利などが最初の目的では無かったはずなのに、そこに「儲け話」なんて目で見る者が紛れ込むのだから、そこからは徐々に腐蝕が始まる。
恐らくは初めの頃は自浄作用などがあったはずだ。けれども長い年月でそれも完全に失われて、今では腐っていない所など無いと言わんばかりの組織が出来上がっていると言う訳だ。
「大司教全員がこれだからな。参るものだね、こりゃ。」
俺は今なんとも言えない気分で辺境伯の屋敷の上空に浮いている。空高い場所に浮いて上空に浮かぶ月を眺めている。
あの三馬鹿はそのままに放置しておいた。その内に屋敷の召使たちが大司教が戻ってこない事に騒ぐかもしれないが、そんな事は今の俺にはどうだっていい事だった。
「世知辛い。なんだかテンションがダダ下がりだなあ。」
辺境伯の書類仕事を手伝う気にもなれず、そのまま寝てしまう気にもなれずにぼーっと月を眺めているとそこに声が掛かる。
「エンドウよ、そのように浮かない顔をして何を考えている?」
忘れていた。ドラゴンだ。こっちに来てから直ぐに勝手にいなくなりやがってくれたので今の今まで放置していた。
「おい、いきなり来た途端にいなくなりやがって。悪さしてねーだろうな?」
「そこまで心配をするくらいならお前の力なら私を監視するくらいの事はできただろうに。一切ソレをしていないのにその様な事を言える権利は無かろう?」
「ドラゴンの事ばっかりにかまけてられないんだよ。俺たちには用事があってこっちに来てるんだぞ?それに少しくらいは人の常識ってものが理解できたんだったらお前はもう自分で何とかできるんじゃないか?」
「寄る辺というモノを求めるくらいは良いだろうに。私も勝手にフラフラとしているだけじゃ無く、戻れる場所と言うのがあった方が気分に幾分かは違いが出る。」
「ソレを俺にしてんのか?まあ、友人なんだったか?しょうがないか。それくらいにはなってやっても。」
「やけに落ち込んでいるではないか?何があったのか話せ。どの様な面白い事をしてきたのだ、私と離れている間に。」
ドラゴンにとってはこの世の大抵の事が面白可笑しい事なのだろうか?俺がこうしてあからさまに元気が無いと分かっていて?
ちょっと大きめに溜息を吐いてから俺は今日に何があったのかをドラゴンに話す。別にこれらは話しちゃいけない内容でも無い。
夜空で二人、宙に浮いてのこうして会話である。関係の無い他者が見ればさぞ面白可笑しい光景な事だろう。当人の俺には何ら面白い事は無いが。
「と言う訳でな。人ってどこまでも残念な生き物だな、って思ったのさ。俺もその「人」なんだな、って思うとやるせない気分になっただけだよ。」
これにドラゴンは少しだけ黙る。どうやら俺の事を慰めるための言葉を探している様子だ。
「ふむ、別にそう落ち込む程のモノか?その様な歴史など今まで腐る程重ねてきているであろう人種は。人のいわゆる習性と言ったモノだろうに。それらが全て一気に無くなろうものなら、人の世は寧ろ逆に終わるのではないか?」
「何で終わるんだよ。極端過ぎるわ。確かに、それでも「良い人」ばかりの世界って言うのも、恐ろしいっちゃ恐ろしいか?想像ができねーが。」
くだらない話をしたせいか少しだけ気分は晴れた。そのタイミングであくびが出る。
「ふぁ~。寝るか。今更俺がどうのこうの言う事でも無ければ考える事でも無かったな。教会の事はミッツがヤル気出してるし、俺はソレにちょっと手を貸すだけでいいよな。で、ドラゴンはどうするんだ?」
「ここは大体見て回った。明日はお前たちについて行ってその教会とやらを見に行こうではないか。」
俺はこのドラゴンの言葉に「マイペースで良いなぁ」と思いながら辺境伯が用意した俺用の部屋へ移動しようと動く。
で、ドラゴンは今夜はどうするのかと思っていたら、俺に一言も無く何処かにまた飛び去って行ってしまう。
「ホント、自由な奴だな。悩みが無さそうで羨ましいや。」
俺はその後ベッドに入ってグッスリと眠った。
こうして翌日、ドアをノックする音で俺は意識を覚醒させる。そして声が掛けられる。どうやらメイドさんが俺を起こしに来たみたいだ。
「朝食のご用意ができております。お部屋でお食事をなさいますか?それとも食堂にいらっしゃいますか?ご主人様も、ミッツ様も食堂でお召し上がられになります。」
「じゃあ俺もそっちに行きます。」
こうして俺は一つ背伸びをした後にベッドから起きて食堂へと向かう。そこには先に来ていた二人が。
「おはようございますエンドウ様。本日は教会本部を見に行く予定ですが、それ以外には何かございますか?」
「いや、神子様とやらはもう昨日あの後に確認しに行ったんだ。それでミッツにもその事を食事の後にでも話すよ。」
俺が丸テーブルの空いた席に座ると辺境伯は大きなあくびをする。
「ふおおおおおおあああああああー・・・ッ!すまないな。見苦しかった今のは。昨夜は少々無理をして仕事を処理していたのでな。まだ眠気が・・・むぐう、ッ。」
最後にまたあくびが出そうになっていたのか、辺境伯はぐっと口を結んで小さく呻いた。
辺境伯には後で俺が魔力を譲渡して疲労を吹き飛ばしておくべきかと愚考する。このままのペースで仕事を続けていれば先にダウンするのは辺境伯なのが目に見えていた。
「食事を終えたら辺境伯も話を聞いておいて貰えますかね?一応は教会の「神子」の件での事です。」
俺がそう聞くと辺境伯は多少緊張感を取り戻したのか真剣な顔つきになる。教会絡みでの話だ。ちゃんとキッチリとケリをつける為なら小さな情報一つでも逃すまいといった感じなのだろう。
「分かった。私もその話を聞かせて貰うとしよう。さて、食事を摂ろうか。」
運ばれてきた食事は卵焼きに刻み野菜の盛り合わせ。パンにソーセージと言った所だ。
それらの何ら変哲の無い食事をゆっくりと食べて食後のお茶を一口飲み一息つく。そうしてから俺は間を置いて昨夜の教会に入った時の話をした。それと三馬鹿から聞いた「神子」の事も。
「そうだったのですね。すべては昔から大司教たちに隠されていて・・・」
「我々もそう言った事実を知らなかった。なるほどな。悪事がバレればそれらを居もしない「神子様」に擦り付けて言い逃れでもする気だったか?」
なんとも言えない気分になる二人。ちょっとした沈黙が訪れたがここでミッツが以前の怒りを突如に表に出す。
「ならば遠慮はいりませんね。大司教は全て首を落として各地の司教も捕縛、大々的な調査を二年・・・いえ、三年は掛けて執拗に過去の罪も暴いて教会は即座に解体・・・」
現実的でかつ、恐ろしい事を口にするミッツに辺境伯もちょっと引いている。ミッツの表情が滅茶苦茶に怖いものであったからだ。
「ミッツ、それは各国の協力が無いとできない。するにしても規模を考えると今できる範囲ではこの国限定だ。それと、教会を無くしたいのは分かる、が。その代わりになる組織が必要だ。住民たちの健康と安全を考えた組織がな。そんなモノを作れるとしたら、ミッツ、お前しかいないのは分かってるか?」
辺境拍がミッツに問う。今まであった支えが無くなる、これは大いに死活問題になる。教会が無くなると言うのは民の健康を、命を守ってくれるものを失うと言う事だ。
これは流石に辺境伯も唸る。散々今まで教会をどうにかしたいと考えてきていても、根本からもう救いようが無い程に教会が全て腐っていたと言うのは想定をしていなかったんだろう。
「教会の解体は直ぐできるだろう。だがソレは即座には行われない。それまでにミッツ、お前が作れるか?教会に替わるものを。」
辺境伯は真剣な眼差しでミッツを見る。
「作るのが当たり前です。それ以外はあり得ません。しかし、教会から「まとも」な者を引き抜かねばなりません。作るにしても私一人だけの力では足りなさ過ぎます。」
組織作りに人はいくらでも必要になるだろう。これに辺境伯は即座に返事をする。
「私の所からも人を使って良い。申請して人を寄こす様に城へと掛け合っても良いだろう。辺境伯権限で周辺地域にある教会から関係者たちを呼び寄せて面接をさせる。・・・はぁ、やらねばならぬ事が増え過ぎる。」
どうやらミッツは教会を潰す事だけでは無く、これからもまだまだ長い戦いをする事になりそうだった。
「長い間ミッツはこっちの仕事に掛かり切りになるな。終わりは遠い、か。」
「皆には私の事は気にしないで欲しいと伝えておいてくださいエンドウ様。」
どれだけの年月掛かるかは分からないが、その間はつむじ風からミッツが居なくなると言う事だ。
これはもうミッツが事前に皆に覚悟を伝えていたのでもう分かっていた事だが。
俺が手を出すのはここまでにしておくべきだろう。良い加減いつまでもズルズルとこのまま付き合って行ったら何処まで手伝うかの切り所が分からなくなる。
「俺はここまでにしておくよ。やりたい事が他にあるし。この後は一度ドラゴンと教会見学をもう一回してから皆の所に戻る。」
「はい、有難うございましたエンドウ様。私、頑張ります!」
ミッツはフンスと鼻息荒くガッツポーズをする。その気合の入り様に俺は少しだけ心配はするが、これ以上言葉を掛けるのは野暮だろう。
「大賢者殿、この恩は必ず返す。ゲードイルの名に懸けて。この先の一生を掛けてでもな。とは言え、恩の大きさが桁違い過ぎるのでな。いつでもどんな時でもいい。何か私の力が必要な事があれば直ぐに呼んでくれ。どの様な事でも協力は惜しまない。私が出せる全力をその時は貸そう。」
辺境伯からめちゃクソ重い事を言われてうーんと俺は唸る。そもそも今後で俺の人生に辺境伯に頼る事が思いつかないからだ。
それと、俺は別に辺境伯に恩を売った覚えは無い。
「では、早速、お願いしたい事があるんですが。・・・俺の事を賢者呼ばわりするのは止して貰えます?呼び捨てで構わないですから。俺は只の冒険者で、辺境伯から畏まって賢者などと呼ばれる立場じゃ無いんですよ。それと、俺の事を広める様な事は一切しないで欲しいですね。」
俺のこの求めに辺境伯は片方の眉毛を釣り上げてちょっと驚いた感じで言う。
「あい分かった。その求めを全て呑もう。エンドウ。これで良いか?」
「はい、それで結構です。では、俺はもう出ますね。それじゃ。」
こうして俺は屋敷を出た。そのまま空に浮いてドラゴンを呼ぶ。
「おーい!何処に居るんだよドラゴン!教会見に行くんじゃないのかー?」
別に俺がこうして一々呼ばなくても魔力ソナーで探せば良いのだが。しかし近くにいたのか、何処に潜んでいたのか。ドラゴンが何処からともなく現れる。
「おお、エンドウ。もう良いのか?ミッツはどうした?」
「お前何処に居たんだよ?まあ、気にしたら負けか。ミッツはやる事が今後沢山できてな。長い間俺たちとは合流できない。この間話してただろ?」
「おおそうだった。それでは私たち二人で行くのだな?それではその教会?とやらを見に行こうではないか。」
「お前って何に興味が出るのか予想が全くできねえな。あっちフラフラこっちフラフラか?目についたものや気になったモノに直ぐそうやって食いつくな?」
まるで気が散漫な幼児を相手にしているみたいな気分になる。しかしここで余計にツッコミを入れたら負けだ。
俺はワープゲートを作ってドラゴンに入る様に促す。
「ほれ、行くぞ。教会の観光が終わったら皆と合流してスノーレジャーだ。」
俺の最後のスノーレジャーが何を言っているのかをドラゴンは理解していないだろう。
そんな事よりも教会の事に気が行っているドラゴンは別に俺の言葉なんて聞いていない様子でワープゲートを潜っていく。
「さて、夜の光景と明るい時の景色はどう言った違いを見せてくれるのかね?」
そう言って俺もワープゲートに入った。そして教会のすぐそばに有った物陰に出てきている。
俺たちを目撃している者は一応調べた所いないみたいだ。ドラゴンはこんな見た目だし、突然そんな人物が何も無い所から現れたらソレを見た住民は驚くだろう。
そうして教会の入り口、門の前まで歩いて移動した。そしてそこで一旦立ち止まる。
やはり昼の教会本部は眩しい。シミ一つない真っ白な壁が日の光を反射して目に刺さって来る。
夜に来た時は暗闇の中に浮かぶ不思議な怪しさを醸し出していたが、こうして明るい時間に見るとそんな雰囲気は全く無くなっている。
「ほほーう?コレがそうか。人とは恐ろしいものだ。この様な巨大な建築物を作り上げてしまうのだからな。」
ドラゴンは腕組をして教会の天辺を見上げている。そしてその様な感想を漏らしていた。
「どうする?中に入ってお祈りでもしていくか?」
俺はドラゴンに信じる神などいないと分かっていてそんな冗談を言う。
「おお?そうだな。中がどの様になっているのかを覗いて行こう。ついでに人が祈る神とやらも見学しようではないか。」
信者がこの言葉を聞いたら怒るのではと思うセリフをドラゴンは吐く。しかしこれはしょうがない。
何せドラゴンは人の姿をしているだけで中身は化物なのだから。こうして人の世を興味で見て回っている今のこの状況が「この世界」的におかしい状態なのだ。
俺たちがドラゴンを見つけていなかったら、きっとあのままずっとその後も寝て過ごしていた事だろう。
今のこの状況にこの世界に神などが本当に存在するのならばどの様に思っているだろうか?
「さあ行こうではないか。ほれほれ、エンドウよ、中に入るぞ。」
俺とドラゴンの会話は朝から教会へと祈りを捧げに来ている他の信者には聞こえていない。
門のド真ん中で二人で立って教会を見上げていたのを見られているが、どうやらこうした事は珍しいモノでは無いらしく住民たちは俺たちを「観光客」として認識しているようだ。
俺たちを無視して教会内へと入って行く信者たちに混ざり一緒に中へと入って行く。
「うむうむ。これらは人の手で作られたのか全て?魔力を流して形作った訳では無く?・・・人の狂気を見たな・・・」
どれだけの膨大な時間と労力と苦労と根気があれば達成できるのか?そこら辺がドラゴンにはドン引きのポイントらしい。
俺はこう言った建築物をもう「自分の元いた世界」で幾つも知っているのでそこら辺の感想などは持たない。
サグラダファミリアなどと言う未だに完成を見ない教会もある事だ。皮肉も込めて言えば「気が長い」などと言った言葉でも表現できるだろう人の性質は。
人から人へと連綿と受け継がれていく事業とでも言えば良いのか?万里の長城などと言うある意味で「凄まじい」ものですら作り上げてしまうのである。人の持つエネルギーとは想像を絶するし、何処までも馬鹿げたものであるのは俺は既に知っている。
「夜に見るのと明るい時間に見るのとでは印象がかなり変わるなぁ。」
俺も通路を歩きながらもう一度良く周囲を見る。暗い時と明るい時では陰影の付き方がまるっきり違うし、夜の「黒」か、昼の「白」かで別物に感じる。
夕方の赤焼けた色でもまた変わるのだろう。これらはきっとその時にはまたガラリと印象が変わるのだろうと思えた。
「で、この像が・・・神とやらか。そこら中で跪いているな。何を祈っておるのやら。」
ドラゴンはちょっとだけ呆れた様子で信者たちの祈っている姿を眺めやる。
「おい、俺たちは壁際に移動しておこう。彼らの邪魔だ。それとまだ奥にも続いているんだ。そっちに行こうか。」
ドラゴンの言葉は信者たちに聞こえない様に俺がシャットアウトしている。魔法で。俺たちの会話が響かない様に空気の振動を抑え込んでいる。
信者たちは祈りが終わったら踵を返して教会内からさっさと出て行こうとする。奥の方まで誰一人として行こうとする者が見受けられない。
どうやら像の後ろの扉は関係者以外に立ち入り禁止とでもされているのかもしれない。周知の事実だとでも言うんだろう。
もしくは誰もが奥に行っても何も無いともう知っているのかもしれない。一応は本来の崇めるべき物である少女の像が存在するのだが。大分朽ちてしまってその面影はもう既に無くなっているし、有る事は知っていても無視されているのかもしれない。
俺たちは彼らに見られないように姿を隠してその奥へと向かう。
そこで目にするのはやはり昨夜とは全く違う印象を与えてくる彫刻の数々。
「こちらも全て手作業なのか?人とはどれだけなのだ?」
関心からドン引き、そして呆れへと感想が変わって来たドラゴン。物質へと魔力を流してその組織を組み変える事ができるのを知っている身として、この様な職人技術と言うモノが理解でき無いんだろう。
こうして長い廊下を歩き続ければ到着するのはあの場所だ。そこに足を踏み入れて目にした光景にドラゴンは声を上げた。
「おお~?ここはなかなか心地が良い場所では無いか。昼寝に丁度良い。」
別にこの光景に感動した訳でも無ければ驚いた訳でも無かった。
「もうちょっと無いのかよ?こんな建物の奥にこれだけ広い花畑だぞ?」
俺の言葉など無視してドラゴンはさっさと奥へと言ってしまう。サクサクと言った草花を踏み行く音が静かに響く。
そうして俺たちはあの像の所まで来た。一つだけポツンと寂しく存在する少女の像。
「奇跡の始まりがこんな風にほったらかしとはな。何処までも物悲しい事だ。人とは良い意味でも、悪い意味でも変わる生き物、いや、忘れる生き物と言う事か。」
ドラゴンはそんな事を言葉にして少しだけ像を見つめてその場に寝転がる。俺はまさかと思った。
「おい、一眠りしていくつもりか?ここに置いて行くぞ?いいか?」
俺はもう用事は無い。つむじ風の皆と合流して北のスノーレジャーへ行きたいのだ。
「ふむ、暫くすれば私も戻る。これほどに心地良い場所なのだ。ちょっとくらいは良いだろう?」
「お前の自由さに呆れてモノがこれ以上言えねーよ。じゃあ、俺は行くぞ?勝手に戻って来い。来るのが遅ければ置いてくぞ。」
こうして俺はドラゴンと別れる。ワープゲートを出して俺だけが戻った。
そうして皆が泊まっている宿に戻って中に入ればそこにはカジウルが居た。そして既に飲んでいる。
「おーう、帰って来たか?首尾はどうだ?ミッツは上手くやってるかー?」
別にそこまで深酒をしている訳では無かったらしい。どうやら飲み始めたばかりだったようだ。
「昼間から酒か?カジウルはやる事無いの?」
「もう準備は一通り終わってるんだよ。お前らが行ってから直ぐに必要な物は揃えた。結構な荷物になっちまったからな。エンドウが持ってくれよ?良いだろ?」
どうやら俺の魔法を当てにしてカジウルは買い物をしこたましたらしい。別にコレを拒否する事も無いのだが。
「余計な物は受け取らないぞ?必要無い物だと思った物は自分で持たせるからな?」
ちょっとだけコレにギクリと顔色を変えるカジウル。もしかしたら酒を買い込んだのかもしれない。
寒い場所での体を温めるのに酒の力を借りると言うのは別に否定はしない。が、しかしその量が問題だ。
余りにも飲み過ぎれば逆効果だ。眠気からその場で睡眠を取ってしまって凍え死ぬ。アルコールを摂取し過ぎて肝臓を悪くする。
アルコール依存症なども考慮に入れなければならない。カジウルは酒が大好きだ。今はまだそれなりに周りが抑え込んでいると言った形になっているのだ。
寒い場所で散々酒を「体を温める為」などと言った言い訳を使って飲み過ぎればカジウルがそのせいで死ぬ目にあう。
「酒か?」
俺は一言だけそう懸念を示したら案の定だった。またしてもカジウルが体を硬直させる。
「いや?ほら?な?体を温めるには手っ取り早くだな?」
「今飲んでるそれも買った酒を我慢できずに味見とか言った理由で飲んでるな?しかもその量は味見とか言う量じゃ無いだろ。」
この俺のツッコミでカジウルがとうとう呼吸を止める。追い詰められて汗を少し多めに額に流し始めた。
「いいわよエンドウ。そいつの荷物は持ってやらなくて。寒い地域に行くって言うのに、コイツ防寒着の一つも買って無いのよ、まだ。馬鹿も大概よ。」
マーミがいつの間にか近くに来ていた。そしてカジウルをいつも通りに罵る。
「で、ミッツの方はどうなったの?教会への処分は?」
マーミが少しだけ心配を込めてミッツの事を聞いて来る。カジウルはまだ固まったままだ。
「ああ、向こうはもう問題の方は全部済んだと言っても良いんだけど・・・後片付けがね?相当な年月掛かるからミッツはその仕事でこっちには戻れない。良くて四年か、五年かな?」
「・・・そうか、それはそれで仕方がねーな。今生の別れって訳でもねーし、事前にミッツの口から長くかかると聞いてるしな。戻って来るのを楽しみにしようじゃねーか。」
カジウルがここで一口グイっと多めに酒を口に含んでゴクリと飲みこむ。
「取り敢えずカジウルのコレでミッツのこの先の未来を祝いましょ。ホラホラけちけちすんな!」
マーミがカジウルから酒を取り上げて新しいコップにゴポゴポと豪快に酒を注ぐ。
「あー!お前コレ一番高くて良いやつなんだぞ!そんな勿体ねぇ!もっと少なめに注げってばよ!」
「ミッツの門出を祝うのに器の小っちゃい事言ってんじゃ無いわよ。」
カジウルがマーミへと怒っているが、その表情は別に本気と言った感じでは無い。マーミもカジウルにいつも通りに言い返している。
ちょっとだけ通常運転よりも騒がしい。二人とも恐らくは少しだけ寂しいと思っているんだろう。それを誤魔化すのにリアクションを多めだ。
俺もカジウルの酒を奪ってコップにまたしても多めに注ぐ。コレを見てカジウルが「むー!」と憤っているが、ここでラディが現れた。
「おっと、それじゃあ俺も酒を頂こうか。お?カジウル、良い酒選んでるな。こいつはなかなか美味いんだ。」
ラディもいつの間にかその手にはコップが。そしてやはりドボドボとカジウルの断り無く勢い良く酒を注ぐ。
「かー!お前ら!ソレ俺の奢りだからな!ちゃんと味わって有難く飲めよ!くっそーぉー!」
カジウルはそんな叫びを一つする。しかし諦めたのか自分のコップの酒をまた多めに煽った。俺たちはこうしてその後は酒を飲みつつこれからの事を話し合う。
「それで、明日にでも出発で良いか?雪遊びしたいんだよ、俺。」
「お前は子供か?只寒いだけじゃねーか。何が楽しいんだよ。」
俺が遊びたいと言うとカジウルは怪訝な顔で俺を見てそう言う。
「もう防寒着は買ったし、私は別に明日出発で構わないわよ?ラディはどう?」
「俺も既に用意はできてる。今からでも大丈夫だが。・・・カジウルがなあ。んん?おい、エンドウ、ドラゴンはどうした?」
「ああ、あいつは思う存分昼寝するってよ。満足したら自力で俺たちを探して合流するだろ。」
ドラゴンは自分勝手で自由気ままだ。アイツに付き合わされ続けているとこっちが疲れ続けるだけだ。
人型になって「社会」も「金銭感覚」も多少身に着けたのなら別にこれ以上の面倒はほどほどで良いだろう。
ドラゴンは別に何も分からない、知らない子供と言う訳でも無い。長い年月を生きてきた話せばすぐに道理の理解ができる存在だ。ならば全部が全部アーダコーダと俺が一から十まで説明しなくたっていい。
「所で、師匠は?」
「ん?マクリールか?それならここの冒険者ギルドに行って北のダンジョンでどこかしら良い情報が無いか見に行ったぞ?」
カジウルが答えてくれた。どうやら師匠はダンジョン都市の件をかなり深刻に捉えているようだ。