ミッツ、出発
何とかどうにか夕食前に全て片付けられそうだった。どのタイミングかは分からない。プツリと人の流れが止まったと思えば、それ以降は大勢固まって患者が押し寄せて来ると言った事は起こらずにいた。
こうなれば今居る人たちを治療してお終いで良いだろう。ポツポツと一人、二人とまだまだ偶に教会に入って来るのだが、それが完全に止まる最後まで待っていてはいつまでも終わりが見えなくなる。
「ミッツ、今居る患者までやったらそこまでにしよう。もう大体は片付いただろ。これ以上はしょうがない。」
既に周囲は暗くなりかけている。もういい加減に止めておかねばこちらが無駄に時間を取られる。
新たにやって来る人も居なくなっていたのでミッツにそう声を掛けた。
「そうですね。ここでは大勢の方を診ましたし、後は家から出られない、出歩けない患者さんなどを診て回りたかったんですが・・・そこまでは無理そうですね。」
ミッツも一応は理解できているようだ。所詮は一人では「完璧」になど到底届かない事を。
そうこうしている内に最後の一人を診終えたミッツは背伸びをした。俺は教会入り口に看板を設置しておく。今日の診察は終わった、と。
「さて、明日はミッツを送り届ければ良いんだよな?何処へ向かうかの話は明日にして今日はもう残りはゆっくりと疲れを取ろう。あー、疲れた、疲れた。」
俺はおっさん臭い感じでそうぼやく。いや、中身は実際にはおっさんである。
外見が若くなり、それに釣られて精神はそこそこ若返っている様に感じてはいたが、それでもこうして時々思いきりおっさんが出る。
何か他に忘れている様な気がしたのだが、多分思い出せない位にどうでもいい事だと思われるので気にしない。
「はい、では戻りましょうか。」
俺たちはワープゲートで城下街の宿へ戻る。中へ入ればそこではテーブルでマーミと師匠が対決していた。チェスで。
マーミは必死な顔で駒を見つめ、師匠は腕を組みどっしりと構えて盤面を俯瞰している。
どうやら俺が残していったチェスで時間を潰していたようだ。どちらも真剣で俺たちが入って来た事に気付いていない。
ここは食堂のテーブルだ。なので他にもこの宿の宿泊客が居てこの勝負の行方を見守っていたのだが。
「やっぱりさ、コレは勝てないんじゃないのか?」
「俺はこの一戦手堅く男の方に掛けてる。それで良いんだよ。」
「面白く無い奴だな。ここはねーちゃんに賭けるのが勝負所ってもんよ。」
「悩むよなーこれ。抜けれるか?あれも駄目だろ?これもダメだろ?そうなるとコッチの駒を前に出して・・・ありゃ?」
「俺たちもやり方を分かって来たけどよ?頭の悪い俺たちにゃ賭ける位しかできねえよ。実際に俺たちがやれば即座に王駒なんて落とされちまうさ。負けるのは目に見えてる。」
「俺たちにはコレがお似合いってな。おっと?嬢ちゃんが打つぞ?」
どうやら周囲で見守っている客たちは賭けをしていたようだ。
「アンタラうっさいのよ!集中してるのこっちは!勝手に賭けてるみたいだけど!口を開いてんじゃ無いわよ!話がしたいならこっちに聞こえない様に喋りなさいよ!」
マーミはどうやら荒れているらしい。勝てるか勝てないかの瀬戸際の様だ。どうやら師匠とガチ勝負らしい。
余裕を見せている師匠の様子を俺は観察してみた。するとどうだろうか?マーミがあれじゃないこれじゃ無いと悩んでいる間、師匠もどうやら悩んでいるようで眉根を顰めたり、緩めたりを繰り返していた。
どうやら接戦らしい。余裕に見せかけて師匠はどうやら逆に追い詰められているようだ。
しかし勝ちたいマーミはその師匠の様子など一瞥もしないで駒の動きを一つ一つ確認するように視線をあちらこちらへと動かしている。
「ミッツ、放っておこう。俺たちは食事をして部屋に戻ってもう休もうか。」
「そうですね。邪魔してはいけませんから。明日からもまた私は動かねばなりません。ならば体力は回復しておかないと。」
俺たちは宿の主人に頼んで夕食を出して貰う。それを食べ終えたら早々に自分の部屋へ入った。そこでふと誰かが居ない事に気が付いた。
「・・・あ、ドラゴン置いてったわ。まあ前に急にアイツが居なくなった事があったし、コレで何も言わずに仲間が居なくなった時にどんな気持ちになるかあいつもコレで分かっただろ。とは言え、迎えに行かないと後で文句がうるさいしなぁ。・・・また戻るのかー。」
俺はワープゲートでまたダンジョン都市の教会へと戻る。そこでは丁度塞がれた入り口の門の前に立っているドラゴンが。
「エンドウめ!私を置いていくとは良い度胸だ!今度本気でやり合ってみるか?」
「悪かったよ。いや、俺は悪くない。疲れがでてお前の事を忘れる位に患者が押し寄せて来たのが悪い。ドラゴン、お前何かしでかしただろ。異常だったぞあれは。」
俺は逆にドラゴンを睨む。するとニッコリと笑ってドラゴンが言う。
「私の美声にどうやら住人たちが酔いしれたか?只単に看板に掛かれた事を読み上げて通りを歩いたに過ぎんのだがな?」
悪びれもせずにドラゴンは「どうだ?」と言いたげドヤ顔である。
「そう言う事かよ・・・看板持って練り歩くだけにしとけば俺もこうしてお前を置いてけぼりにしたりするような事にならなかったんじゃないか?」
「何を言うか。どうやらミッツは心残りとやらを取り除いてから自らの戦に臨みたいと思っていたんだろう?ならばソレをキッチリと遂げさせて見送る為にも家の中に居る者たちにも伝わるようにだな?」
ドラゴンの言い分に俺は言い返せなかった。確かにミッツのここでの心残りはそれだっただろう。
豚司教のやった医療詐欺まがいの被害者への救済。アレだけの人が集まった後でもミッツはここへ足を運べなかっただろう人々に気を割いていた。
「分かったよ。お前は悪くない。俺が悪かった。謝るよ。それじゃあ戻ろう。」
俺はドラゴンから看板を受け取ってソレを処分する。もうこれは必要無くなった今日限定のモノだからだ。
地面の土から作った物であるのでそのまま分解して土へと還す。
こうしてワープゲートでまた城下街へ戻ると今度こそ俺はベッドに入って就寝するのだった。
そして翌朝。朝早くにミッツは起きていて既に朝食を摂った後だった。
「今日は宜しくお願いしますエンドウ様。こちらの準備は終わっていますのでゆっくりと朝食を食べて頂いて結構ですよ。」
今日はもうミッツが行くと言うのにつむじ風の皆は見送りに来ていない。
「ああ、マーミは昨日の勝負で勝った様で。その際に祝杯だと言ってラディと一緒に飲みに行っています。相当飲んだらしいので今日は起きてこれないでしょう。」
ミッツは既に皆の事は把握済みらしい。ラディも付き合いで飲まされたらしく、起きて来るのは困難だろうと。
カジウルはどうやらこの間に話し合いをした時で充分だと思っているらしい。
「カジウルはしみじみとした空気は苦手なので今起きていてもここには下りてこないと思います。」
二階が宿泊階になっている。食堂は一階だ。カジウルが下りてくる気配は無い。
「マクリールさんはどうやら負けた事が悔しいらしくて昨夜は随分と頭を悩ませていらしゃったようで。そのせいでお疲れの様子ですし今はまだグッスリかもしれません。」
くすくすと笑うミッツ。どうやら見送りが無い事は別段残念ではない様子だ。それよりもいつも通りの通常運転で逆に喜んでいる。
「私がこの件を片付けて戻ってきた時には、以前と変わらずにまた皆と冒険者ができる、そう言う風に思えるんです、この今の感じが。だから、改めてキッチリと見送りをされる、って言うのもどうかな?って思っちゃうんですよね。おかしいですよね。」
しかしここでウチの中で一番空気の読めない存在がやってきた。
「はははは!ミッツ!思う存分暴れて来ると良いぞ!お主の気の済むまでとことん腐った者どもを叩き潰してくると良い!何かあればこの私が出向いて全てを更地にして進ぜよう。」
ドラゴンがそう言って階段から下りてくる姿にミッツが盛大に笑う。
「あは!あははははは!何を言ってるんですかドラゴンさんは!でも頼もしいです!」
ドラゴンの言う更地にするとはアレだ。(物理)とか言うやつだろう。ドラゴンブレスで何もかも全て吹き飛ばして実際に教会の土地やら建物を消し飛ばして更地にすると言う事である。
「空気読めよお前・・・でも、どうやらミッツも喜んでるし、良いのか?いや、良くない。ちゃんと説教しないとドラゴンに。」
俺は思い直してしっかりと「更地」についての「お・は・な・し」をする。この光景にミッツは嬉しそうにニコニコ顔だ。
こうしてやっと出発になる。で、である。
「何でお前まで付いて来るつもりなの?」
ドラゴンも一緒に今、宙を飛行中だ。
「私の見知らぬ土地へ行くのだろう?ならばそこで私は見分を広める。さぞやその土地その土地で様々な違いが私を楽しませてくれるだろう。」
別段このドラゴンの行動、言葉にミッツは反論もしないし、拒否もしない。
「良いではないですかエンドウ様。ドラゴンさんは誰にもその行動を縛る権利は無いんです。」
俺はこのミッツの言葉に何も言えなくなった。俺も別段ドラゴンの行動を否定する権利は無い。こいつは自由なのだ。俺がソレを縛る権利を持っているわけではない。
「だけどな、監視はするぞ?ドラゴンが馬鹿やらかさないか、な。」
昨日のドラゴンの事を考えれば、これから行く事になるミッツの後ろ盾になってくれる貴族の居る土地で問題を起こしかねない。
余りここで余計な心配をアレコレ思い浮かべても心労が無駄に増えるだけなので俺は考える事を止めた。
「あーもう、絶対に問題起こすんじゃないぞドラゴン?」
こうして俺たち一行はそのままミッツの目的地、ゲードイル伯爵の統治するその地へと向かうのだった。
訪問するのに前触れが必要だ。相手は貴族である。そしてミッツがメインで行くのだ。キッチリと手続きは踏む。
俺だけが訪れるのであればきっとこの様な面倒な事をしなかっただろう。そんな事をしていればマーミに怒られる案件である。
こうして俺たちはこのゲードイル「辺境伯」の統治する街へ入って先ずは宿の手配と先触れを出す為の準備をしなければならない。
それとミッツは「正装」をすると言う。教会関係者の、である。
「ほえ~。なんだか見違えたなあ。いつものミッツじゃないみたいだ。」
着替えは既にミッツは用意していた。そして着替えるとここの教会へ向かうと言う。
俺もこの街を少しくらいは観光しても良いかと思ってそれに同行をする。ミッツは既にこの街の道は把握しているのか、宿を出て真っすぐに迷いなく通りを行く。
因みにドラゴンは既に俺の目を盗んでこの街の観光をする為に一人で消えた。後で説教だ。
「ゲードイル様は教会を嫌厭しています。以前に賄賂を贈られたようですが突っ返したとおっしゃられていました。隣国からの脅威を抑える者が腐ればどこまでも国民に迷惑を掛ける事になるだろうと。そうなれば命がどれだけ失われるかと。教会の腐敗にも怒りを覚えています。命を預かる者が謙虚で無く傲慢にふるまう事がどれだけの反感を買うか分かっていない、と。」
「立派で頑固そうな人だね。で、ここの教会は大丈夫なの?」
俺はミッツの説明からだけだが朧げにゲードイル伯のイメージを作る。そして幾らこの地を治める貴族が教会と仲良くしてはいないとは言え、ここの教会に勤めている者たちは信用に足りるのかと心配になる。
「はい、ここの神官たちはゲードイル様が認めた者しか置いておりませんから。そう言う訳で、ここの方たちは今の教会に不満を持っている方たちですよ。安全です。」
安全だと言うのはミッツの持ち込んだこの「スキャンダル」を知っても不用意に漏らさないと言う事を言っているんだろう。
しかしゲードイル伯に認められている、とは言え、その神官がどの様な「不満」でここに居るのかは分からない。内心を隠している可能性もある。いわゆるスパイだ。
教会側が大分腐っていると言うのであれば、この辺境伯は目の上のタンコブみたいな感じだろう。
賄賂を受け取らない、こちらの要求を呑まない貴族などは放っては置けないと言って、そう言った間者を放って様子を探る事をしてくる司教、もしくは大司教?なんてのもいるはずだ。
「ミッツ、ここの教会関係者には情報は一切流さない様にした方が良い。もし、ミッツがここの教会から「改革」を進めていこうと少しでも考えているなら、それはやめた方が良いと俺は思う。前に自分で治療院を建てる、とか言っていたよな?なら、この場所は駄目だ。この地の教会「関係者」を全て追い出してからじゃ無いと。もしくは教会の力が一切無い場所から始めた方が良い。そして人を選ぶなら自分の目で見極めた相手だけにしておくべきだ。」
俺は懸念を伝える。しかしその駄目な具体的な理由を述べてはいない。だからミッツがこれを受け入れてくれるかどうかは分からなかった。だけど。
「はい、分かりました。何かエンドウ様には感じる所があるのですね。では、今回の事はゲードイル様だけに伝えて他の者には一切情報を漏らさない様にします。」
「すんなりと呑み込み過ぎじゃないか?多少は疑問に思って了承までに少しくらいは間を開けても良いんじゃ?」
「エンドウ様のおっしゃられる事であれば間違いはありません。そこは信頼しております。」
「この件はミッツ主動でのはずだから、ちゃんと意見があればミッツが仕切るんだよ?俺はその辺境伯とは会わないよ?ミッツだけが行くんだよ?」
ミッツがこれに「えぇ?!」と小さく驚いていた。どうやら俺が一緒に来てくれるものだと思っていたらしい。どうしてだ?とこれに逆に俺が問いたい。
今回の事はミッツが教会との戦いをすると言うので俺がここまで送って来ただけだ。なので俺は今日でここを離れる。貴族に用があるのはミッツで、俺じゃない。
助けてやりたい気持ちはあるが、俺は今回「スノーレジャー」が待っているのだ。薄情だとは思うが、今のミッツなら誰が来ようと返り討ちにできると俺は思っている。心配は要らないだろう。
ちょっぴりションボリしているミッツはこの先この調子で上手くやっていけるのか?などと言ったちょっとした不安を覚えるが、まあ大丈夫だろう。
こうして教会に先ずは到着したが、何をしに来たのかと言うと、ここから正式にミッツが教会関係者としてゲードイル辺境伯へ面会をしたい旨を知らせる前触れを出す為に訪れたのだ。
「御無沙汰しておりましたバールド司教様。この度は辺境伯様との面会をしたくて参りました。重要な案件。早急な対策を取って頂くために近日中にお願いしたく。」
「おぉ、久しぶりですな。もう何年も前になりますか会ったのは。しかし、重要な案件ですと?ソレはどの様な内容で?辺境伯様もお忙しい方。先ずは私がお話を聞きましょう。」
「いや、アンタには聞かせられないよ。」
俺はここで突然二人の会話に入り込んだ。そしてこの司教へと言い切った。お前は駄目だ、と。
「ミッツ、この司教はどうやら辺境伯の目でも見破れ無いくらいにツラの皮が厚いらしい。」
「いきなりなんだね君は?どうやら彼女の付き人の様に見えるが。見慣れぬ珍しい服を着ているな?従者であるならば君の失態は共に居る彼女の品位を下げる事にも繋がるんだぞ?言葉を慎みたまえ?しかも突然会話の中に入って来たかと思えば、失礼無礼な私への発言。謝罪したまえ。」
俺は既にもう警戒心最大でこの教会に踏み入っていた。そして最初に出会ったこのバールド司教とやらの「様子」を即座に探っている。
そしてミッツとの会話中に魔力ソナーで見ていたこの司教を表すアイコンが「赤丸」に変わった。そのタイミングも「重要な案件」と言うキーワードに反応してだ。
どうやら狸爺であるこの司教。しかも随分と場慣れしていてポーカーフェイスも得意らしい。
「ミッツ、これ以上はここに居ても時間の無駄だ。直接辺境伯に会いに行った方が早い。今日中に面会の約束を取り付けて後日に訊ねよう。その時は俺も一緒に行くよ。どうやら一筋縄で行かないっぽいしな。」
「・・・分かりましたエンドウ様。では、バールド司教様、ごきげんよう。」
ミッツはさっと綺麗な一礼を見せてその場を直ぐに去る。俺もこの場に用は無い。ミッツの後ろへと付いていって教会を出る。
ソレを止める事も、別れの言葉を掛ける事も無くバードル司教は俺たちの背中を睨んだままソレを見送る。
「エンドウ様、ずっとバードル司教の様子を窺っていたのですか?そして、それは・・・」
「駄目だった。あれは敵だよミッツ。そうじゃ無かったら俺の判別で「赤」に変わる筈が無い。」
俺はあの司教の反応が「敵意」に変わった事を説明した。あの司教が味方で無く中立だった場合、赤に変わる筈が無いのだ。しかも「重要な案件」などというタイミングでは余計に。
普通は中立だと、もしくは教会へと不満を持つ者であったならば只々訝し気にするくらいで終わるはず。
ミッツに敵意を向けるなどと言った事になりえるはずがないのだ。もうこうなるとあの司教がどういった立場の存在なのかが決まる。敵だ。
「ゲードイル様の目でも見破れ無い?・・・ソレは、困りましたね・・・」
どうやらミッツは今までの辺境伯の動きが本部に筒抜けになっていた事を重大だと
捉えている。
「だから俺が居る。こうなれば話は変わるからね。早々に協力しないとこの件はどうにも進まないようだ。俺のスノーレジャーが遠のくなぁ・・・」
俺の最後のボヤキに反応してミッツが「?」と首を少しだけだが傾げる。スノーレジャーなんて言葉は聞いた事も無いだろうからしょうがない。
それでも直ぐに首を元の位置に戻して「有難うございます」と俺に礼を述べてくる。
そんなやり取りをしていれば辺境伯の屋敷に着いた。忙しいにも程がある。
現地に着けば宿を取り、直ぐに教会に向かえば敵がいて、こうして即座に辺境伯の屋敷である。
そしてそんな事は一切気にしないミッツは門番に直ぐに声を掛けた。
「すみません、突然の訪問、失礼とは承知の上でございます。辺境伯様に「ミッツが来た」と伝えて頂けないでしょうか?」
門番はこれに眉根を寄せて警戒心を現して一言。
「教会の関係者ですか?それにしたって個人名で辺境伯様に言伝なんて・・・怪しいですね。お断りさせて頂きます。」
多分真面目な性格をしているんだろうこの門番は。辺境伯に対して妙な者を近付ける事を嫌っているのだ。それだけの忠誠心があると言うのは分かるが、まあ、この場合は融通が利かない、と言えば良いだろうか?
「すまないが、君は訪問者の求めを個人で断る判断を下せる権利を持っているのかい?」
俺は追及する。偉そうにしてんじゃねえ、と。お前は何様だ?と遠回しに。
そしてどうやらこの俺の言外に伝えたかった中身が通じたのか、凄く悔しそうにしてその門番は下働きの者を呼んで屋敷内へミッツの伝言を伝えるように命じる。
この屋敷の広さはかなりある。隣国への守りとして君臨する貴族だというのだ。緊急時にはここに兵を集める場所として使う役割もあるのかもしれない。
こうして待たされる事2分くらいか。門から屋敷までは遠い。屋敷からどうやら執事と思われる若者が出てきた。これがまた門へ辿り着くまで時間が掛かる。
「ゲードイル様がお会いになるそうです。どうぞ。中へ。」
門に近付いた執事はミッツを見るなり綺麗な一礼をしてそう伝えた。これを聞いて目を見開いたのは門番だ。辺境伯は仕事で普段から忙しいと知っているんだろう。
そんな辺境伯がいきなり来た教会の者に対し、仕事を一時的に止めてまで会うという事に驚愕しているらしい。
俺たちは門を通る。そのまま広い庭を真っすぐに突っ切る綺麗に舗装された道を歩く。
そのまま屋敷の中にすんなりと入り、、あれよあれよと奥へとそのまま案内される。そしてそこで辿りついた立派な扉の部屋の前まで来る。
「ご主人様、ミッツ様をお連れいたしました。」
「うぬ、入って貰ってくれ。」
執事が扉を開けるので俺たちはその執務室へ入る。そこで目の前には髪をオールバックにした白髪のナイスミドルが。
「さあ、座ってくつろいでくれ。君と私の仲だ。そう緊張せずともよい。で、ミッツ君、君と一緒に入って来た彼は・・・信用できる、信頼できる者であるのかね?」
めちゃんこガンを飛ばされた。もの凄く俺を辺境伯は睨んできている。まあ、別に俺は全然怖くは無いのでコレに平然とソファに座るが。
「どうやら胆力は相当なようだ。私の飛ばす殺気を受けても何ら微かな変化も見せないとはな。」
次はニッコリと笑顔を見せる辺境伯。ギャップが凄い。
そしてここで俺の事をミッツが説明をしようと口を開きかけたので俺はソレを首を振って止すようにジェスチャーをする。
「いいよミッツ。別に俺の事を詳しく話はしないでも。今は先にしておかなきゃいけない大事な話があるだろ?」
「そう、ですね。では、ゲードイル辺境伯様。今日はこちらをお聞きになられて欲しいのです。これはつい先日に録音されたものです。そして、もう既にダンジョン都市の教会の司教は捕縛をされております。」
このミッツの言葉に一気に辺境伯は緊張感を上げに上げた。俺は今魔力ソナーで辺境伯の様子を探っている。
しかしそんな事をしなくても今の辺境伯の顔を見ればその内心が手に取るように分かる、分かってしまう。
「これは、心して聞かねばならんな。その内容いかんによっては直ぐに私自ら教会と城へに出向かねばならん。」
この言葉を受けてからミッツは音声を再生した。コレを聞いた辺境伯は無表情だ。
「これは余りにも酷いな。この調子だと本部の大分上まで「献金」が行き届いていると見ていいだろう。しかし、恐らくはその筋は辿れまい。今から情報を探っても証拠は消されるはずだ。きっとこの司教は切られるだろう。別の教会でも同じ事が為されていると見ていい。何せ各地の大司教の奴らは・・・金の亡者と言えるくらいに金を貯め込んでいる。」
「どうにかなりませんかエンドウ様。ここで教会の不正を尽く潰しておかねば今後もずっと変われる機会は訪れません。」
「んー?まだ本部?本拠地にはこの情報は行き渡っていないよな?それだけの時間はまだ過ぎていない。そうだろ?だったらさ、今からでも辺境伯を連れて関係各所に回って無理矢理証拠集めするくらいしか無いね。行く?」
俺のこの言葉に何か頭の悪い奴でも見るかのような歪んだ表情で辺境伯は一言。
「それでも遅い。私たちが動いたとあれば奴らは直ぐに連携を取って証拠の隠滅を図る。貴族も巻き込んでな。奴らはそう言った「協力」を貴族たちに取らせる事ができるだけの裏金を渡している。」
「ああ、それなら近日中にでも腐れ貴族は断罪されますよ。王子様の手腕で。この録音の証拠の方も渡してあるので、まあ、動く時には素早く動くと思いますよ。こっちも直ぐに動かないと教会がコレを察知しますから決断するなら今にしてください。城の方へ辺境伯が行かないでも片が付きます。」
俺は何を決断させようと言っているのかと言うと、ここで連れて行けるのは辺境伯だけ、と言う事だ。
護衛も連れて行けないし、不正にかかわる関係者を捕縛しておく兵も連れて行けないと言う事だ。
ソレがこれだけの言葉で通じているかは分からないが。いや、確実に何か思い違いをしている辺境伯は。
これは仕方が無い話ではある。何せ俺の事を何も知らないのだから。
「手っ取り早く、ミッツ。ここから一番近い「一番上」は何処の誰だ?そこに先ずは行こう。飛んで行くことになるけど、辺境伯はこの事は誰にも言わないでくださいね。ご内密に。」
「ここからだと教会本拠のある南に大司教の一人が住む屋敷があります。そちらでしょうか。」
「お前たち、何を言っている?ここから?南?しかも大司教と言えばクレビレスだぞ?あいつは警戒心が一際強い。行っても我々の要件を探るために面会などは二日、或いは三日はさせずに待たせる程だ。事前に要件に対する「答え」を用意してそれ以上の事を言わない様にしている奴だぞ?それに向こうに着くまでに幾日掛かると思っている?その間にこの情報は広まって大司教共は証拠を隠すか消すだろう。それこそ、無理な話だ。」
辺境伯はこれ以上無いくらいに「胡散臭い」と言った目で俺を見る。これは何処までも失礼じゃないか?と俺は思うのだが。
こうまでミッツの事を信頼しているのに、その信頼した者が連れて来た相手をここまで疑うのはどうかと思うのだが?
慎重と言えば聞こえが良いが、これは少々頑固の域に入っていると思える。
「あ、そう言えばさ、司教の上が大司教だと言うのは分かるんだけど、その上は無いの?教皇?」