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ミッツ、戦いのスタート

「良いんじゃねーか?やりたい事が今だっ!って言うなら俺たちに止める権利はねーよ。寧ろ仲間だからな。応援するし、協力も惜しまねえよ。何しみったれた顔してんだミッツよ?」


 カジウルがさも当然、当たり前だと言った感じで自然にそう言葉にする。やはりカジウルの人としての器は大きい。

 このカジウルのセリフに何ら反論は無いのか、他の皆は別段黙っている。コレは要するにカジウルの言った事に同意だという事だろう。


「今生の別れって訳でも無いんだし、そんな落ち込む事無いわよ。私一人でこいつらのケツ蹴り上げるのは大変だから早めに戻ってきて欲しいけどね。ちゃんとケリ全部付けて終わったら戻って来てくれるんでしょ?」


 ミッツへと優し気にマーミが語り掛ける。いや、俺たちの尻を蹴り上げると言うツッコミの仕事を一人でやるのはシンドイとはこれ如何に?


「エンドウが居れば直ぐにミッツの居る場所に移動できるんだ。別に今更じゃないか?今じゃ稼いだ金は相当ある。冒険者活動もなあなあになっちまってるからな。気を引き締めるのに良い機会だ逆に。行って来いよ。徹底的にやりたい事ってヤツを実現してこい。そんでもって俺たちに自慢しに帰って来ればいいさ。」


 ラディは俺を移動手段扱い。俺はコレに「ひどくない!?」とちゃんと抗議の声を上げておいた。まあ、実際にはミッツに会いに行こうとすればワープゲートを使うだろうしこれ以上の声は上げられないが。


「教会の不正は随分と昔から王宮内でも問題視されていたがな。まあ、貴族共は金を裏で握らされてその殆どが黙っていた様な状況だった。やってしまえばいいさ。思う存分な。」


 師匠が以前に王宮に勤めていた時の裏事情をペロッとこぼす。どうやら師匠なりに憤りを感じる部分があったんだろう当時。ミッツに「やってしまえ」と発破をかける。


 ドラゴンは別段反応は無し。しかし反対意見も出さない。


「とまあ、こう言う訳で。ミッツ。頑張って来いよ。んでもって先ずは明日だな。」


 俺がこうして纏めるとそこでマーミが「ん?明日?」と突っ込んできた。一応は明日ミッツに頼んだ事をこの場で説明する。するとまた俺はマーミに説教された。


「なんて事してんのよあんたは?いい加減エンドウには首輪が必要だと思うのだけど?あっちフラフラ、コッチふらふらと、まあ飽きもせずに面倒臭い事をどこからでも持ち帰って来るんだから。」


「言い過ぎじゃない!?首輪とかやり過ぎじゃない!?自覚はあるけど、ほっとけないでしょ?それにこれからミッツの出陣なんだから、コレは別に妥当な線でしょ逆に?」


 何故俺はこの件でマーミからそんな酷い事を言われないとならないのか解せない。でもコレが俺に対するマーミの通常運転だ。安心する。


「みんな・・・ありがとうございます。私は明日、教会へと宣戦布告します。一応は教会にも私と同じ気持ちの協力者、後ろ盾が居るので安心してください。直ぐに片づけて戻ってきます。エンドウ様、宜しくお願いします。」


 ダンジョン都市の件を片付ければミッツをどうやらその「後ろ盾」の所へと送れば良いらしい。

 コレに俺はちょっとだけ「雪国レジャーはもう少し御預けか?」と脳内に過ぎるのだった。

 こうして今日はもう寝るのに良い時間となったのでコレで解散となった。


 そして翌朝。俺とミッツは宿の食堂で一緒に朝食を摂っていた。


「じゃあ今日は宜しく。あ、そう言えばペリオンがどれくらいの時間に教会に来るのか知らないや。」


「私たちは独自に動けば宜しいのでは?取り敢えず教会へと向かえば良いでしょう。そこで代官様を待って監査が終わり次第に治療の宣伝をすれば良いかと。」


 俺たちができる事はペリオンの仕事の後である。なのでそれまでは「待ち」なのだ。


「一応は俺も神官の服着ていた方が良いか?」


「いえ、エンドウ様はそのままで。もし、私が治療するのが難しい患者さんだったり、私の魔力が尽きたりした時には頼んでも宜しいですか?」


「そこら辺は大丈夫。あ、でもさ、治療の件を一気にやるって言っても、都市の全域に宣伝をしないと駄目かな?うーん?どうするか?」


 教会に通っていた被害者を全員、一日で片付けたい。拘束される時間は今日だけにしておきたいのだ。

 一日でも早くミッツを送り出してあげたい。まあ別に時間はたっぷりあると言っても良いのだが。

 それこそ、ワープゲートを使えば今まで俺が行ってきた場所へは簡単に、一瞬で移動できるのだ。

 行った事が無い場所ならば空をぶっ飛んで行けばこの世界では有り得ない速度で、時間で到着できる。

 俺のこの速度に対抗できるとしたらお城の情報通信網が良い線に行くくらいだろうか?


 こうして朝食を食べ終えてから食休みを10分ほど入れてから俺たちはダンジョン都市へとワープゲートで移動した。

 しかしここで「何でお前まで?」と聞きたくなる存在が一緒に付いてきた。


「私も手伝おう。なーに、教会に足を運べと宣伝してくれば良いのだろう?隅々まで歩き回って来よう。その後は私も治療に参加すればさほど時間もかからずに終わるだろう?」


「不安しか無いんだが?まあ、宣伝をしてきてくれるのは有り難いんだがな?・・・問題起こしてきそうだよ、お前は。」


 ドラゴンが一緒に付いて来ると言うのだ。そして手伝いとして教会で治療をしている事を宣伝して回って来てくれると言う。しかしコレに俺は何か起こして帰って来るんじゃないかと思ってしまう。

 どうやらここ数日でドラゴンは「世間の常識」とやらを学んだらしい。しかしだ。それとこれとは別だ。不安に思うのはしょうがない。

 そもそもドラゴンの今の「見た目」でこの間は悶着を起こしている。いや、チンピラ共が引き寄せられたと言って良いか。

 美人、男から見ても、女から見ても、今のドラゴンの見た目は非常にこの世のモノとは思えない位なのである。

 だからソレに腹に一物持った者が近付いて来るんじゃないかと、その美貌に食いついて。

 ドラゴン自体に何かしらの被害が出る、という点に不安がある訳では無い。それによって加害しようとして近づいた不埒者が逆に返り討ちにされて「被害者」となるのが怖ろしいのだ。

 いちいち何かあるごとに「ややこしい」事にそうやって変わって、俺たちへとその問題を持ち帰られてきても対処が心底面倒臭い。


「なに、心配は要らんよ。歩くだけだろう?無料で治療、教会にて。その看板を持って歩くだけで良いのならそこまでの事は起こるまいよ。」


 ドラゴンは自分の見た目の事をどうやら理解できているようだ。「世間の常識」を学んだおかげなのかそうで無いのか。

 取り敢えずは街をフラフラと歩き回って住民たちの顔の「サンプル」をしっかりと多く取ったんだろう。

 そして自分の顔をそれと比べてみて認識を改めているに違いない。それでもドラゴンが何と思って居ようとも変質者はそんなのお構いなしに現れるのだからたちが悪いのである。


「エンドウ様、ドラゴン様にもお手伝いをして頂きましょう。このお綺麗なかんばせならば注目を集めるのに最適かと。」


「いや、それなら別の誰かで良くないか?」


 しかしこの場にはつむじ風のメンバーは他に誰も居ない。付いて来てくれていない。応援すると、協力はすると言ってくれていたのに?


 ミッツはこの際だからドラゴンの顔の美しさを宣伝に利用しない手は無いと言う。

 俺は移動先で教会前に立てるための大きな看板を作っていたのだが、その出来上がった看板を既にドラゴンが俺から取り上げて担いでいる。

 看板には「本日のみ教会で無料の治療を行っております。ぜひ体に異常を感じている方は今すぐ教会へ」と書いてある。

 ドラゴンの美しさは確かに人目を惹く。そこへこのデカイ看板の文字が目にイヤでも入るだろう。効果は抜群だ。


「私がミッツにしてやれる事など多くは無いからな。これくらいはやらせてくれても良いだろう?短い付き合いではあるが、私の仲間でもある訳だからな。送り出すのにこうして協力するんだ。良いではないか。」


 ドラゴンもそれなりに考えていたようだ。そしてミッツはこのドラゴンの言葉にちょっとだけ感動している。

 仲間、そのフレーズがどうやら響いたらしい。

 ミッツはドラゴンの「竜」形態をその目で見ている。だからだろう。そんなもの凄い存在から「仲間」なんて言葉を受けたので衝撃があるのかもしれない。

 ミッツは「宜しくお願いします」と述べる。俺は「やり過ぎるなよ?」とドラゴンに注意をする。こうなればもうどうしようもない。


 こうして俺たちは教会の前まで来たのだが、既に教会には監査員が大勢入っていた。どうやらペリオンはこのガサ入れに相当な時間が掛かると計算したんだろう。随分と朝早くから突撃を敢行したらしい。

 そしてどうやら証拠でも見つかったのか、どうなのか?あの豚司教が捕縛された状態で教会から連行されて出て来た。


「キサマラァ!この私を誰だと思っている!?この様な仕打ちを私が受ける謂れは無いぞ!?この縛を解かんかぁ!貴様の顔は覚えたぞ!?教会からも国へと責任追及と損害賠償をぉぉお!」


 喚いている。それはもう息を荒げてゼイゼイ呼吸も荒く。ずっと。


「本当に下らん存在だな、あれは。何なのだ?見るに堪えんな。心底汚らしい心根を持っているようだ。あれは流石に無いぞ?」


 ドラゴンはどうやら何かを豚司教から感じた様だ。魔力ソナーでも使って豚司教を観察でもしたのだろうかと俺は思った。

 ソレを使えばより一層その相手の事が深く理解できる。しかし俺はそんな見苦しい豚司教の深い部分なんて知りたくも無いし、そもそも知ろうとも思わない。だからやってない。

 しかしドラゴンはやったんだろう。その美しい顔を歪めている。歪めているのに、何故か美しい。

 そこに声を掛けて来る者が居た。ペリオンだ。


「随分と遅かったですね・・・と言うか、その方も見た所お仲間ですかな?そう言えばこの都市で少し前に話題に出ていますね・・・」


 遅かったじゃないかと言ってくるペリオンは嫌味を俺に言いたかったんだろう。しかしドラゴンの事を目にして少しだけ黙ったと思えばどうやらドラゴンの「噂」を思い出したようだ。

 どうやらこちらでも人形態でドラゴンは歩き回ったりしていたようだ。そうで無ければペリオンがこのような反応をする事は無いはずだ。


「ああ、今日の件で手伝ってくれる。俺たちつむじ風の仲間だよ。と言っても、こいつは別に冒険者でも何でも無いんだがな。さて、もう少し時間が掛かるか?」


 俺はペリオンに片付けは終わるのかと問う。まだまだ時間が掛かると言うのならば治療はもう少し遅く開始する事になるだろう。


「いえ、もう治療の間に行って頂けるとありがたいですね。朝一で治療に来た患者たちは数が少ないですが、それでも今、勾留しておいてある状態です。教会のこの状況をベラベラあちこち言いふらされてもこちらはやり難いですからね。それじゃあ、宜しく頼んでも?」


 恐らくはもう既に治療担当の神官は拘束してあるんだろう。こうしてペリオンから許可が出たのだ。もう中へと入って治療はしても構わないはずだ。


「よし、じゃあドラゴンは回って来てくれ。ミッツ、行こうか。俺は来る患者への説明と整理を担当するよ。」


 こうして教会でのミッツの治療は始まった。待合室に入ってみればそこには兵士たちに見張られてオロオロとして椅子に座っている患者たちが居る。お年寄りから、子供まで。

 しかし入って来たミッツを見て神官だと分かったようだ。治療は行われると安堵した様子で息を一つ吐いていた。


「では、皆さんの治療を始めます。ああ、そのまま椅子に座ったままで結構ですよ。落ち着いて、身体の力を抜いていてください。それと兵士さんはもう大丈夫です。退出なさって結構ですよ。」


 ミッツは優しい声で患者へそう声を掛ける。これにどうやらペリオンから話は通っていたのか、見張りをしていた者たちは全員が一礼してから待合室を出て行った。

 患者がコレでやっとリラックスをしたのか、ホッとした表情で他の患者と互いに顔を見合わせている。


「あの、どう言う事が起こっているのでしょうか?私たちは朝一にこちらに来たのですが、既にその時には国の兵士さんたちがあちらこちらと走り回っておりまして事情が分からんのです。」


 一人めの治療のためにミッツが近づいた患者、おじいさんがそんな事を訊ねてきた。別に隠しておく事でも無いだろう。

 その質問に答えても良かったのだが、ミッツははぐらかした。


「大丈夫ですよ。皆さんが不安に思う事はありません。さあ、治療を始めましょうか。」


 ミッツは不安そうな顔のままの爺さんの手を握るとそのまま診察を始める。

 今日の患者の数は大いに膨れ上がる事だろう。何せ無料での治療を宣伝している。無料にしたのはミッツの求めだ。

 ここへと通っていた患者はこれまで散々教会に金を搾り取られてきていたのだ知らなかったとはいえ。生かさず殺さずの辛い年月を苦とも思わせない絶妙な塩梅で。

 その償いをするのに患者に治療費を払わせる訳にはいかないとミッツが関係者として思うのは当たり前かもしれない。


 数をこなす事になるだろうから終わりは夜を見込んでいる。それだけ時間が膨大にかかる筈だ。

 しかしミッツはどうやら腕を上げたらしい。次々に患者の前へと移動していき、その手に触れると瞬時に患者へ魔力を流し、患部を特定、治療していた。


「ミッツ、凄いじゃん。かなりの速度で治療ができてるな。これなら夕方ギリギリで片が付くか?」


「どれだけ来ていただけるかはまだ未知数ですから。今日のみの対処をするだけでは無く本当は明日も明後日もしておきたいんですけど。」


 ミッツは覚悟を決めている。教会との戦いを。だから今日この治療をきっかけに本部、総本山へと本格的に殴り込み、と行かないまでも対立する気である。

 数日ここで治療仕事に従事していても別に何ら大きな遅れは出ないだろうが、それでも一日でも早くミッツは教会の改革を進めたいと思っているんだろう。


 こうして俺と会話を交わしつつも患者への治療行為は止まらないミッツ。あれよあれよという間に今居る患者への治療は全て終わってしまった。

 治療と称して手をちょっとの間「握られただけ」の患者たちは恐らくは「慣れて」いたんだろう。

 普段の治療も患部へと神官がさっと手を当てて魔力を流して「ハイ終わり」だった故か、このミッツの治療もすんなりと「こういうモノだ」と受け入れていた。騒ぐ者は誰も居ない。


「さて、ミッツ、どうやら第二陣がやってきたようだ。俺は列の整理をしてくる。」


 もうどうやらドラゴンの宣伝効果が出たようだ。こんなにも大量の人々が来るなんて思ってもみなかった。

 一塊で三十名以上が教会の治療の間へと移動して来ていた。俺はソレをいち早く魔力ソナーでキャッチして待合室から外へと出る。


「はーい、皆さん。落ち着いてください!治療はこちらへ一列に並んで順番にお願いします。ホラホラそこ!横入りしないでください!喧嘩はしないでください!」


 俺は待合室からテーブルと椅子を外へと持ち出して受付の様な仕事をし始める。そして列に並ぶ者たちを順番に待合室へと入るように数を調整する。

 入れる数は十五名を基準にして一旦中へと入らせたらミッツに纏めてササッと治療をして貰う。そして終わった者からパパッと出て行って貰うのだ。

 中へと入れた患者の治療が全員終わればその繰り返しである。単純作業だ。

 ミッツの診断、治療は早い。それこそ一瞬だ。流れ作業でもしているかのような速度で教会へとやってきた人数はあっと言う間に捌いてしまった。


 しかし終わらない。第三陣が既に敷地内へゾロゾロと入って来ていた。どうやらこの教会近くに住む人たちが集団で来たらしい。

 俺はソレを先程と同じく整列するように言って順番を守らせる。守らせるのだが、人の集まる速度が速い。


「くっ!ドラゴンは一体なにしてんの?いや、何もせずに看板持って歩くだけって言ってたのに直ぐにこれだけの患者が集まるっておかしくないか?」


 俺は並ばせた患者たちをずっと立たせたままにするのはどうかと考えて椅子を作り出す。もちろん人目を忍んでだ。

 ソレを並べてそこに座って待って貰う作戦に出る。余りにもミッツの患者を捌く速度を超えた人数が集まって来ているのである。


「おーい、ミッツ!ちょっと予想外だ!そっちは配分は大丈夫か?」


「はい、まだまだ心配はありません。・・・随分と集まる数がおかしく無いですか?相当な敷地があったはずなのにもうこれだけ埋まるなんて・・・」


 そうなのだ。ミッツの治療はどんどんと終わっているのに一向に教会に集まる人数が減らないばかりか、増える増える。

 一々待合室へと分けて入れるよりも外に出て並んでいる患者を一気に治療しないと、いつまでたっても終わら無さそうだった。


「コレはもうなりふり構ってはいられないようですね。エンドウ様、一気にやります。患者さんたちを一列に並べておいてもらえませんか?」


「しょうがない。分かった。まだ交代はしないでも大丈夫かミッツ?」


「まだ魔力は多めに残っていますので大丈夫です。限界が来たらその時はお願いします。」


 こうして俺は患者たちを一列に並ばせる。その際は向いている方向を一定にさせてミッツが背中に手を当てられるように調整をしておいた。

 治す際に一々真正面から患者を見ていなくたって治せるのだ。ならばパパッとササッと終わらせるために、速度重視で診察、及び治療ができる流れを作りやすくしておいた方がいい。


「準備はできました。では、行きます。」


 ミッツは列の一人目から順番に魔力を流し、患部を特定、治療していく。一人に掛かる時間は早くて五秒、遅くても十秒と言った所か。

 それだけの早さの処理でもうんざりするくらいの数の人がこの教会の敷地へとまだまだ入って来ていた。


「神官の手が背中から離れた方は既に治療が完了しています。速やかに退出してください。お疲れさまでしたー。」


 俺は声を掛け続ける。ミッツは治療をし続ける。治療が終わった患者が首を捻りながらも教会の敷地内から出て行く。

 多分患者たちは実感が湧かないんだろう。コレで本当に治っているのかどうか。

 この中にはきっと冷やかしで来ている者が居るに違いない。しかしそれを選別している時間などこちらには無いし、そんな面倒な事をしていられない。

 もう健康な相手でも一通り魔力を流して少しでも悪い部分が見つかれば治してしまえば良いのだ。


(ドラゴン・・・戻ってきたらその脳天に一発ゲンコツくらわせてやる)


 これ程の規模に膨れ上がるとは思っていなかったのだ。想定外である。ドラゴンに任せなければ良かった、そう今更後悔する。


「ミッツ、疲れたら即座に交代するから無理はしないで。」


「大丈夫ですエンドウ様。それよりもこれだけの人たちが居れば良い経験になります。逆に張り切りますよ。」


 どうやらミッツはサンプルが一杯だと、自らの修行にもなると言って嬉しいようだ。これだけの人数の治療を経験できるのだ一日で。確かに早々にこんな事いつでも経験できる事では無い。

 今回のコレはミッツの経験値がどんどんと上がると言う事だ。この教会の敷地は広い。その庭一杯になりそうな程の人々が集まっている。人数を正確に数えるのが億劫であるほどである。

 魔力ソナーを使えば一瞬で分かるかもしれないが、それをする気にもならない。それだけ「人がゴミの様だ」なのである。


 そんな終わりの見えない状況でも昼は来るわけで。


「皆さん、申し訳ありませんが、昼食休憩を取りますので一旦ここで治療は中断します。」


 人間、何もしていないでも腹は減る。俺はミッツに一旦待合室へと入っている様に言う。


「コレを持って行って。先に食べて休憩をしていてくれ。俺はこっちの整理を終えたら休憩に入る。」


 俺はこの間に買って食べていなかった屋台飯をミッツに渡して先に休憩を取って貰う。インベントリの中に入っている物は時間が停止しているかの如くに変化が起きない。摩訶不思議である。でもそこは深いツッコミは入れない。

 便利な物は理屈が分からずとも使うのが人の性である。使える物は何でも使う、良い事である。


 以前の会社勤めの時には書類関連での小難しい言回しを読み解くのがしんどかった。仕事だからと一生懸命になっていたが、その内に慣れていった。

 でも今は違う。取り敢えず意味不明にも俺はこんな別世界へと何を間違ったのか来てしまったのだ。

 これ以上に難しい話は無いという物だ。ならばそれ以外での事象も事案も何処へやら、深く考えるのは無しだ。


「では、皆さん少々失礼しますね。」


 ミッツはそう言って待合室の方へと入って行く。ゆっくりと昼食を食べて英気を養う時間だ。ミッツにはまだまだこの後も大量の患者の処理に対応して貰わなければならないのだ。

 まだミッツは俺に助けを求めていない。なので俺はまだ手を出さないでいる。

 そんな時に一人の男が俺の側にやってきた。そして大声で。


「あんたはこの間俺を助けてくれた人だろ!有難う!あんたが居なかったら俺は今頃死んでたんだ!お礼をしたいんだ!なんでも言ってくれ!命の恩人だあんたは!」


 俺はここで正直に言って「面倒臭いなあ」と思ってしまった。しかしソレを今ここで口に出してはいけない。

 なので患者の列の整理が大体終わった所で俺はその先日助けた男に返事をする。首を左右に振ってから。


「では。大声を出すな。そして治療を受けに来たなら列に並んで大人しくしていてくれ。今のアンタは俺に迷惑を掛けている。理解できているか?」


 俺は冷たく突き放すように冷静にその男へと注意する。コレに「な、何故?」と男は困惑の顔をして来るのだが、俺は続ける。


「今の状況を分かっているか?アンタが今勝手な事をしようとしているのが理解できないか?ここに居る人たちが今何のために並んでいるか分かってるのか?そして、俺はアンタに用は無い。急ぎでないなら後にしてくれ。それと、お礼がしたいと言ったな?俺はそんなものは要らない。それでもしつこく礼だのなんだのと来るのであればそれを全て拒否する。押し付けは迷惑だからしないでくれると助かるね。それと、言いふらすのはやめてくれるか?その話を聞いた他者が鬱陶しくも俺に近付いてよからぬ事を仕掛けてくる事も考えられる。迷惑だ。有名になりたい訳じゃ無い。崇め奉られたい訳じゃ無い。礼が欲しかった訳でも有難がたられたくて

 やった訳でも無い。気まぐれでアンタの命をたまたま助けただけだ。付き纏うのは止してくれ。」


 ここまで立て板に水を流すかの如くに言い切った俺。別に早口だった訳じゃ無い。ちゃんとこの男の頭の中に言った意味がちゃんと染み込んだはずだ。

 そしてその男はその場にくずおれた。随分と気分が盛り上がっていたんだろう。それを俺が急激に冷やしてしまったモノだからショックがデカかったらしい。


 コレは半ば八つ当たりだ。これだけの数が集まっている事への。ドラゴン何してくれちゃってるの?と言った部分も入っている。

 そのイライラがここで漏れ出てしまった。ちゃんと心の中に押し留めていたのに、この御登場された男の大声でソレが決壊してしまったのである。


「そこにいつまでも居ると邪魔だから、退いてくれる?」


 そこに追撃を入れてしまったが、後悔は無い。その男は立ち上がるとトボトボとこの場を離れて行って列の最後尾へと並んだようだった。


 そのタイミングでミッツが昼休憩を終えて出て来る。


「エンドウ様、有難うございました。では続きを始めましょう。」


 患者の整列は終えてあるので暫しはミッツ一人で大丈夫だ。俺は交代して昼飯を食べるために引っ込む。


「ふあァ~!食べたら患者の整理をまたしなきゃだめだな。いつまでも減る気配が無い。どんどん来る。ドラゴンめ。何かしらやらかしやがっただろ、絶対に。」


 何て思いはしても、魔力ソナーでその様子を探ろうとは思わなかった。知ってしまえば心労が増えるだけだ。

 今は次々にやって来る目の前の患者を捌いていた方が気分は楽だ。

 そう思って軽めにパクパクと手早く昼飯を口に放り込んでサクッと休憩を俺は終わらせる。


「さて、気合を入れますかね。・・・これ、本当に終わるのか今日中に?」


 そんな一抹の不安を覚えつつもやらねばならないのである。深呼吸を一度して俺は不安になった気持ちを切り替えた。

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