貸し借りは無しで
勝手知ったる何とやら。俺はさっさとギルド長室へと向かう。案内も今更要らない。直接にギルド長から先に行っとけと言われているし、何度も顔を出しに来ているので部屋の場所ももう既に知っている。慣れたものだ。
部屋へ入ると薄暗い。今日の仕事は終わっていると言っていたので、どうやら消灯していると言う事だろう。
俺は自分の魔力を使って照明用の光の玉を生み出す。コレに魔法として名前を付けるなら単純に「ライトボールかな?」などと下らない事を考えつつもソファへ座ってギルド長が来るのを待つ。
その後は五分ほどしてギルド長が仕事の処理を終えたようで部屋へと入って来た。
「・・・昼間の様に明るいわね・・・一応はうちだって照明用の魔道具をそこら中に設置しているのに。こんなのを見せつけられると参っちゃうわ。」
確かにもう夜の時間だが、ギルド内は入り口の所から廊下まで結構明るいと言えた。しかし俺が日本社会で生きてきてこの目にしていた「明るい」と比べたら、これも暗いと言わざるを得ない。
「そんな話をしたい訳じゃ無いわね。ねぇ?もしかしてだけど、証拠が録れたのかしら?それとも、別件?」
「あーそうですね。聞いてもらった方が早いです。コレを。あ、コレはお城用に二つお願いします。俺が直接持って行くので、どれくらいにまた来ればいいですか?」
俺は録音の魔道具を取り出して返却を済ませる。そして国へと提出するコピーは二つでとも。
「分かったわ。取り敢えず明後日の朝に来てちょうだい。大急ぎで複製はしておくわ。」
俺が城に直接運ぶと言った事に何ら疑問を投げてこないミライギルド長。その表情は何だか達観したような、諦めたような顔である。
「取り敢えず今日の所はこれだけです。あ、この録音内容はもう王子様に聞かせてあるんですけど、良いですよね?国にも対処して貰わないといけない案件になっちゃったんでそっちにいち早く報告しに行っちゃったんですよ。」
俺のこの言葉にミライギルド長は大きく息を吸い、掌を顔に当てて溜息を盛大に吐いた。
「あぁ、仕事が早いって事は良い事だと私は以前思っていたのだけれど。それも過ぎたモノになれば考え物だと重々理解させられたわ、今この場で。」
確かに問題を次から次へと持ってこられるのはしんどい。それが二日三日で即座に「解決した」とか「終わった」とか「回収してきた」とか言って持ってこられても処理が間に合わない。
状況的にも、心理的にも、体力的にも、処理能力的にも追いつかないと言うのがある。
「あー、一応はこの件が終わったら休息?に入ろうと思ってるんで暫くは顔を出さないと思います。安心してください。それまでの辛抱です。」
「何が安心なの?辛抱は、まあ、するわ。冒険者ギルドがコレでもっと「正常化」するのであれば我慢するわよ。・・・ねえ、コレに入っている内容は、どんなモノだったのか軽くあなたの口から先に聞かせて貰える?」
どうやら録音内容をコピーする前に確認はしておきたいようだ。渡した魔道具を再生せずにいたミライギルド長は不安をなるべく出さない様にそう俺に聞いてきたが、その声音が「あんまり聞きたくない」と言ってるのがバレバレである。
ここで俺は求められたままに「ギルド長と司教が奴隷売買」と説明をする。そしたらどうにもこの事実に眩暈でも起こしたのかどうなのか。
ミライギルド長は横長のソファにスーッと倒れ込んで行く。そして。何処か遠い目をして。
「どう言う事なのよそれぇ・・・よりにも寄ってそんなのアリなの?ほんんんんんんっと!勘弁して!」
コレはどうにも耐えられない事実だったようだミライギルド長には。言葉の最後は取り乱して叫び気味だった。
この様な態度を俺の前でして見せると言うのは、きっと俺に慣れて来てくれたのだと思っておく。
そして衝撃の事実から自分の精神を保つためになりふり構っていられない、そんな心境になっていたりするんだろうきっと。
「御免なさいね取り乱したわ。後で直接私もコレを覚悟して聞くわ。・・・はぁ、何て事してんのよ向こうの馬鹿共は・・・本部が大混乱に陥るわこれじゃ・・・」
大混乱に陥るのは冒険者ギルドだけじゃない。お城の方も大変になる事だろう。何せあちらはアッチで貴族がこの件に絡んでいると言う事だから、関係した貴族を切らねばならない事態になってしまっている。
「えーっと?これで綺麗さっぱり汚い膿が出し切れるといいですね?・・・じゃあ、俺はコレで。」
俺は「ライトボール」を消さずにそのままにしてソファから立ち上がって扉に向かう。
「アナタにはどの様な形でこの恩を返せば良いのかしら?」
部屋を出る前にそんな事を聞かれたので俺はこう答える。
「あ、そう言うの要らないです。そういった貸し借りとか言ったの、正直面倒臭いし?それに今回は録れた内容が偶々こうなっちゃっただけですからね。今回の事にちゃんと「ケジメ」が付けばそれで結構ですよ。じゃあ明後日にまた来ます。お疲れさまでしたー。」
そう言って退出する。そのまま俺は冒険者ギルドを出て行った。その後は城下町へとワープゲートで移動だ。
つむじ風の皆が集まっている宿を魔力ソナーで探し、そこへと向かう。既にチェックインは済ませてあるんだろう。各自が部屋を個別に取っていて一人の時間を確保していた。
まだ時間はギリギリ受付ていたようでその宿に入れば俺を出迎えてくれたのは強面のおっさん。
しかし仕事は丁寧でちゃんと愛想良く宿の説明をしてくれた。ついでにもうちょっと入って来る時間が遅かったら宿を閉めていたとも。
俺は翌朝の朝食を一応この時に頼んでおいて自分の部屋へと入る。
「さてと。俺が動くのは基本的に明後日からだな。とは言え、明日は明日で向こうの都市の様子も一応は確認しに行かないと駄目か?・・・俺、働き過ぎてやしないか?」
働き過ぎている、そんな事を疑問に思ったのだが、コレはちょっとどうかと思った。
俺が勝手に「俺にしかできない仕事」をやっているだけに過ぎないからだ。こればかりはどうしようもない。
「俺、コレが終わったら北に行った時に雪のレジャーで遊ぶんだ。思い切り、心行くまで。あ、温泉とか在ったらいいなあ・・・なんだか嫌な予感?」
コレが俗に言う「フラグ」か?などと一瞬だけ、そう、一瞬だけ思いはしたが、忘れる。そんな事は無いだろうと。
行く先々で毎度毎度、問題と鉢合わせとか有り得るはずが無い。
「今日はもう寝るかぁー。明日は明日でまた明日、ってね。明日は明日の風が吹く。おやすみなさい。」
こうして俺は今日の所はもうおしまいだと口にしてベッドの中に潜り込んだ。
そして翌朝、宿の食堂でカジウルとラディと顔を合わせた。
「よう、エンドウ。いつ戻って来てたんだよ?一言くらいは声かけろよな?」
「お前はさっさと酔っぱらって早々に寝てたじゃないかカジウル。良くそんな事を言えたな?」
カジウルは俺へと帰って来たことくらいは連絡しろと言って来るが、ラディがコレに笑って突っ込みを入れていた。
「ああ、別に一々言わないでも俺の事なんて気にしてたりしないだろうな、って。マーミは特にキツイ事言って来るしな毎度。俺の心配なんてして無かったんじゃないかどうせ?」
俺はそう言って二人の居るテーブルで一緒に朝食を摂る。運ばれてきた食事は朝からがっつり焼き肉であった。
皿の上にはこんもりと肉の山。薄くスライスされた何らかの肉がたっぷりのタレをかけられて山のように盛られていた。
しかし大盛の肉と思わせてその中身はどうやら様々な野菜の千切りが詰め込まれていてバランスを取っていた。栄養的な面でも盛り付け的な視点の意味でも。
そもそも朝食は三つの中から選べたのだが、せっかくだし俺は銅貨二枚のちょっと高いスペシャルメニューを昨夜は頼んでいたのだが、朝から結構なボリュームだ。
そして俺と同じ選択をした二名。そう、俺たちの居るテーブルには山が三個並んでいた。
「お前もか・・・」「お前もだろ・・・」「ちょ、おま・・・」
俺たちは同じ反応をして自分の目の前のその朝食を見つめる。
「何してくれちゃってんのよエンドウよぅ?」
「いや、カジウル、お前もだろ。どうせ酔った勢いで決めたな、さては。」
「二人と被るとか、誰得だよこの展開・・・」
しょうがないので愚痴をこぼしつつも俺たちは料理を口に運んだのだが、味付けが濃い。甘辛くて濃いのでソレを緩和するために野菜の千切りを口に放り込む。
そしてまた肉、野菜、と繰り返していればいつの間にか目の前の山はいつの間にか消え去っていた。
「結構食えちゃうもんだな・・・味も濃かったが、美味かったし。」
「酒のつまみにも良さそうだが、コレは・・・勢いであまり食べ過ぎると太るな。」
「あー、酒かー。ビール飲みたくなる味だったのは確かだなぁ。」
いきなり朝食を食いながら酒は駄目だろう。そんな姿はダメ人間まっしぐらだ。
「今日のつむじ風の予定を聞いておいていい?一応俺は都市の方に様子を見に行っておこうと思うんだけど。別に昨日今日で大きな動きは起きないと思うんだけど、念のためね。」
俺は今日の自分の予定を先に二人に聞いて貰ってから皆がどう動こうとしているのかを訊ねる。
「うん?まあ、個人で自由に、って感じだな。正直言って俺らのする事が無ぇよ。」
「俺もやらねばならない、って程の事案は無い。ああ、そう言えばミッツがここの教会へと行っておきたいと言うから俺はソレの付き添いで一緒に行く。」
カジウルはぶっちゃける、何もする事が無いと。ラディはどうやらミッツと一緒に教会へと赴くようだ。
ミッツは恐らくは大人しく待っているのが苦痛であるのかもしれない。何かしら自分のできる事をしていた方が気がまぎれると言った感じで。
心中穏やかでは無い、そう言った心理状態である事は確実だろう。
「ミッツが暴走しない様に良く見張っておいてくれラディ。司教とギルド長の会話を聞いたミッツは何だかもの凄く冷えた目をしてたから。ここの教会で何をする気なのかは、まぁ、病人や怪我人の治療をする気なんだろうけど。それで「やり過ぎる」って言う事はあるだろうから。今はこんな城のすぐそばで注目を浴びる様な事は避けた方が良いいだろ?ミッツの目的を遂げる第一歩を始めるにも、まだ時期が早い。それに、まさかとは思うけど、一人突っ込んで行ってここの城下の教会で不正が起きていないか調べようとする気なのかもしれないし?」
悪い方へ考えて行けばキリが無い。俺のこの心配にラディは「注意しておく」とだけ答えてくれた。
朝食を摂り終えた俺はその後すぐにダンジョン都市へと移動した。ワープゲート様様である。
「朝からやっぱりギルド前には人だかり。しかもギルド長を解任させろコールが止まないな。」
俺は今屋根の上に居る。魔法で姿を消した状態で。一々あの人込みの中に入る気にはならないし、人気の無い裏路地で観察する意味も無い。
こうして現場で高みの見物をしていればいいだろう。こうしていれば何かあればすぐに動ける。
「お?出て来たな、ギルド長。しかも護衛が剣を抜きっぱなしで一緒に出て来るとはね。いきなり襲い掛かられない様にって言う警戒心が駄々洩れだな。住民の敵意を煽るだけだろうに、そんな登場の仕方は。」
ギルドの扉が開いたと思ったら出てきたのは解任を求められているギルド長その本人だ。そしてその口からは真っ赤な嘘が吐かれる。
「昨日で既に我々が派遣した冒険者がダンジョンを全て消滅させた!もうこの都市に危険が訪れる事は無い!皆さん安心してください。」
よくもまあヌケヌケとそんな無責任な事を言えるなと思う。ここダンジョン都市ギルド長は今目の前のこの騒ぎをどうにか先にしなければ動けるものも動けないと考えてのこの「嘘っぱち」なのだろうが、そうは問屋が卸さない。
俺が、では無く、ペリオンが、である。そう、このデモの中にこのダンジョン都市の代官として国から派遣されているペリオンが登場したのだ。そして良く通る声で喋り出したモノだから騒いでいたデモ住民たちはシンとコレに静まり返った。
「アナタのその発表に物申します。本当に貴方たちギルドが派遣した冒険者がダンジョンを攻略したのですかね?高難易度のダンジョンもあったはずですが?それは今までこの都市の冒険者の中に攻略できるだけの強さを持つ者が居ないと言う事であったはずです。そんなダンジョンを攻略してきた?この数日で?しかも多くの住民が目撃していますが、帰って来た冒険者は誰もかれも全員が消耗も怪我も損壊も見られずに全くの「無傷」で戻って来たというでは無いですか。さて、ここで国はこの冒険者ギルドに監査に入らせて頂きます。今回の遠征で準備された道具、傷薬、包帯、携帯食などの調査とその減りの差を比べさせて貰いましょうか?ダンジョン攻略で使用されている消費量が計算できますから。もし本当に冒険者たちが攻略したと言うのであればそれなりに減っていてしかるべきですよね?その様子が見られなければ今の貴方の発言は虚偽と言う事になる。覚悟は宜しいですか?」
ペリオンは「宜しいか」などと聞いておいてここでギルド長に時間を与える気は無いらしい。
彼が手を上げた瞬間に何処に隠れていたのか次々に現れた鎧姿の騎士たちが剣を抜いて構えていた冒険者たちを取り囲む。
「な!?何だ貴様らは!何を勝手に中に入っている!?」
ギルド長は驚いてそう叫ぶのだが、遅い。電光石火で行われたその突撃にギルド長の護衛でついていた冒険者たちはあっと言う間に反撃もできず拘束されてしまう。
その間にもズカズカと二十名以上の監査員だろう者が吸い込まれるようにギルド内へと入って行った。
「王子様が優秀だって言っていたな。でも小心者とも言って無かったっけ?大胆な事するよ。これってデモで集まっている人たちに「国は貴方たち側ですよ」とアピールするのも入ってるんだろ?」
国はどちらの味方なのか?ソレをこんな場面で実行するなんて。デモをしている住民たちへと国が「こんな対応をしますよ」という具体的な説明もついでにするとは。
「もうコレでギルドは動けないだろうな。それにギルド長の勝手な判断でつむじ風を「指名手配」なんてしようとしていたのもバレるだろ。」
ペリオンはダンジョンを攻略したのが俺たちだと言うのは知っている。なのでそこら辺の追及などもしてくれるだろう。
後は録音魔道具の会話内容が証拠となって犯罪者として逮捕されると言った流れか。コレでギルドの方はあと数日で完全に終わりを迎える事になるだろう。
ダンジョンが無くなった事でこの都市の活動や価値は大幅に下がる。しかしそれをどうやって軌道修正し、歯止めして、そして新たにやって行くのかはこの都市に住む全ての者が一人一人考える事だ。これ以上は俺たちもこの都市に介入する気は無い。復興は住民の皆さんが頑張ってください、と他人事だ。
「それにしてもペリオンの出て来るタイミングがバッチリだったのは・・・ずっと近場で張っていたんだろうな。」
ここぞ!と言う時に出遅れないためにきっとギルドの側で張り込みをしていたんだろう。お疲れ様ですとしか言えない。
ここで思わずと言った感じで予想より大分早いギルドの終わりが見えたので時間が大分余る。今日は行く気は無かったのだが教会の方へと様子を見に行こうかと考えた。
前回は祈りの間?の方を見学していて治療の間の方は中を見ていない。まあしかし、俺は治療して貰わなければならない部分なんて無い。
「だからって言って医療従事しに行く訳でも無いんだから。姿を消したままで行くか。」
俺はワープゲートを教会近くの人気の無い裏道へと繋げて移動する。教会の敷地内へと直接繋げないのはこの「ワープゲート」を見られない為だ。
自分の姿は消せる。しかし、このワープゲートの見た目は消せない、誤魔化せない。
「さて、じゃあお邪魔しますかね。」
治療に訪れた住人たちが向かう方へ俺も足を進める。そのまま教会の中へ入って行くとそこは病院の待合室みたいな所だった。
そこでは治療を待つ多くの人々が椅子に座って静かに自分の時を待っていた。
待合の順番が数字で呼ばれ、その数字の割符を持った患者が奥の扉へと入って行く。その際に一定額を寄付としてどうやら箱に収めていくようだ。
カウンターが近くにあり、そこに設置してある料金箱へとチャリンとどうやら銀貨を一枚入れて行っていた。
(ここに居る人たちは身なりはどう見ても裕福層だな。そりゃ経営も儲かり過ぎてウハウハだろう)
ここへと訪れた人々の治療がどの様になされているのかが気になった。もし、コレが「やぶ医者」であるならば人を癒やす、治す気が無いと言う事だ。
金を搾取するために一度で出来得る限りの治療などを行わずに何度もこちらへと足を運ばせるためにホドホドの治療しかしないと言った事を平気でしていそうだ。
先程入って行った人の様子を俺も観察するためにその部屋の内部へと魔力ソナーを広げる。そしてその会話を拾う。
「今日はどの様な?ああ、アナタは以前に腰を痛めていたのでしたな。」
「はい、どうにも昨日にまた腰を痛めてしまいまして。以前に来た時は二週間前でした。」
この様な会話がされる。俺はその患者の内部を調べるために魔力ソナーを通して患部を見てみた。
(どうやら腰の骨に微かなズレが起きてるな。しかし痛めた?この程度では別段傷みはそこまでには至らないはずだろうに)
ソレは俺がほんの僅かに捉えた腰骨の歪みだった。しかし日常生活ではそこまでの痛みを引き起こすような様子を感じられない。
神経への圧迫は見られないようだし、骨が欠けているとかも一切無い。骨粗しょう症で潰れて扁平されていると言った様子も無しだ。
「では、治療をしましょう。背中をこちらに。はい、治りましたよ。」
治った。その言葉に俺は違和感を覚える。魔力ソナーでその医者の動きを捉えていたが、少しだけ魔力をその患者の腰に流して終わりだったのだ。
その患者の腰の状態は別に変っていない。しかし、どうやら当人は痛みが引いたと言った事で礼を言って立ち部屋を出て行く。
(俺が完全にここで治療をしておけば嫌がらせになるだろうな。やっておこっと)
俺はその患者が部屋を出る瞬間に魔力を少し多めに流し込んでその患者の腰の治療をする。骨のズレの矯正、たったそれだけ。
そのズレが再び起こらない様にする為に「補強」もしておく。一週間くらいは持つように。それくらいすれば自然治癒で患者の腰も筋肉などが付いて関節への負荷の軽減になるようにと。
次の患者が呼ばれる。そして俺も先程と同じ様に中の様子を観察したが、さっきと同じだ。
(やっぱり金が持続的に入ってくるようにと患者の治療を本気でして無いんだな・・・いや、治療の腕前が低い奴をワザと置いている?まあそれでも金が入って来る構造には違いないか)
部屋を出て行く患者の治療を俺は次々にしていく。こうしておけば彼らはここにまた通わずに済む。
ここへと来る事が無ければ教会に金を落す事もせずに済み、金銭的な猶予も確保しやすくなる。治療費を出さずに済む事で。
そうなればそれらの金はこの都市に買い物の余裕として落とす事になり、経済を回す重要な一歯車になる。
(さて、全員が治療を終えたかな?人気が無くなったな完全に。もしかしてやって来る患者のコントロール迄大体把握してやってるのか?ソレはそれで心底たちが悪い)
今日だけじゃ無く明日、明後日も様子を見に来てここに通う患者全員の治療をしないと完璧な「嫌がらせ」にはならないかもしれない。どうやら俺はここに暫く通う事になりそうだ。
まだまだ今日という時間は大分残っている。なので俺はここで姿を消したままで他に患者がまだ来ないかどうかを待ち続ける事にした。
コレは別段俺がしないでもいいはずの行為だ。教会にさほどの恨みは無い。
しかしここで教会に来させられないミッツの代わりと言っては何だが、患者の治療をしておけば後々の彼女の怒りを抑える効果もある事だろう。ミッツを連れて来るとどの様な騒ぎを起こすか分からない。
それに、豚司教が気に入らないと言った個人的な感情もある。とにかくそのまま患者を放置するとまた時間が経ってここに来なければならなくなると言うのは患者が可哀想だ。
待っていれば次々に患者がやって来る。そしてその数は膨大だ。確かにこの都市の人口は多いだろうとは言え、流石に今日一日でこれほどまでに?と思う程に待合室は人であふれ返った。
(時間的に混むのかな?まあいいだろ。ここで全員纏めて治療してしまうのも良いが、ちゃんと診断を受けてからでないと面倒が起きそうだしな)
ここで医者に診て貰ってから部屋を出た後じゃ無いと患者を治せない。今この待合室に居る患者全員を俺がさっさと治してしまうと「奇跡」などと言った噂が立つだろう。
教会にやって来ただけで体の調子が良くなっただのと言う噂が立つのは豚司教を調子付かせる一因にもなりかねない。
そんな事をしてしまうとソレを元に美味い「詐欺」でも起こしそうだ司教は。教会が「奇跡」を売りにするのはこの「治療行為」だけで充分だ。
夕方前には既に患者の数はもうなくなり、職員が部屋の入り口に今日の診療は終わったと言った内容の看板を立てた。
かなり長い間拘束された事に少々腹が立つ。飯を食わずにここでジッと只々居続けた俺には誰も感謝の言葉一つすら掛けては行かない状況である。当たり前だ、俺は姿を消したままである。
「流石に辛い。明日も様子見しに来なきゃいけないだろうしな。あ、録音の複製取りに行かないといけないし、それを王子様に持って行って、えーっと、後何があったかな?」
随分と俺は働き過ぎだ。しかし別に疲れてはいないし、しなければならないと判断して動いているので後悔も無い。
やっている事は自分にしかできない事ばかり、と言った事でも無いので、他の仲間に頼ると言った事もできるのではあるが。
しかしそうすると余計な時間が掛かる。掛かればその間に相手側も準備をしてしまう。電光石火、相手を完膚無きまでに叩き潰すならそう言った時間を与える事はしない方が良い。
既にここの冒険者ギルド長は捕縛されているはずだ。そしてまだこちらの豚司教にはその情報は回って来ては居ないだろう。
一人でする仕事の範囲と、協力者と同時に一緒に行動するのとでは確かに「できる事の広さ」がまるで変わるが、それでも俺はソレをカバーできてしまう程に一人で即座に長距離を移動できる手段がある。
ソレが今、俺をこれほどまでに働かせている原因だ。
「ワープゲートなんて思いついて使えるようになっちゃったのは・・・ある意味では間違いだったな。もう後の祭りか。・・・んん?なんか今もの凄いヤバい事を思い付いた様な・・・」
思い付いた事を直ぐにそうして「何だったか?」などとボケる様な内容。それはきっと俺の中で「めちゃクソ危険」と判断している。そして即座に封印しているとみられる。
ソレは何故か?魔力で「脳強化」を施している俺が思い付いた事を即座に「忘れる」と言った事をするのは流石にそう余りない事だからだ。
なるべくその事を気にしない様に待合室を俺は出て行く。そして教会の敷地内を出て一番近いだろう食堂でも探そうとして魔力ソナーを広げた。
腹が減っている。今日は流石に働き過ぎたと思った。食事抜きでここまで働いたのは久しぶりだな、などと思いながら細い路地を抜けると大通りに出る。
そこで騒ぎがあった。どうやら人が刺されたようだと言うのがその事件現場に集まっている人々の会話から窺えた。
どうやら強盗が刃物で、と言うのが内容らしい。直ぐに勇敢な者が三名ほどでその犯罪者を取り押さえたようだが、刺された被害者は重傷みたいだ。
「おい!教会へ連れて行け!こんな傷じゃ長くはもたないぞ!」
「駄目だ!この時間はもう診療を終わらせえているぞ!?あそこは何があっても時間外の治療はしてくれねえ・・・」
「だったら他に頼れる所は!?誰か!思い当たる節は無いか!」
「あそこ以外で誰にもこんな傷治せる場所なんて無いじゃないか・・・」
「なんだろうな~。犬も歩けば棒に当たる?あんまりにもこのタイミングは無いんじゃないか?まあ、被害者には幸運か?・・・はーい!私が治せますよ!はいはい、皆さんそこ退いて!命に係わるからねー、早い所治療しましょうか。」