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辛抱の時間

 その日はずっと振動が収まらなかった。冒険者が戻ってくるたびにデモをしている住人が騒ぐのだ。

 どうにも頭のよろしくない冒険者たちだったようで、毎度毎度と各ダンジョンから戻って来る者たちは一切の消耗や怪我などが無いらしい。

 誤魔化すつもりが無いのか、或いは「楽な仕事だった」などとお気楽な気持ちで帰還して来ているんだろう。

 コレに住民たちからの怒声は止まず、その空気の振動が研究所の方まで響いて来るのだから全く落ち着かない。


「これ、どうする?こんなに昼間に住民たちがギルド前に隙間が無くなる程押しかけていたら出掛ける事すらままならないだろ。」


 カジウルが疑問を口にする。確かにこれでは「動き」も何もあったものじゃない。ギルドの建物は周囲を全て住人たちが塞いでおり、ずっと大声を上げてギルド批判をし続けている状態だ。


「逆にギルドへと入る者も制限されているな。帰って来た冒険者が中に入るのは分かるが、それ以外の人物が入ろうとすれば必ず目に付く、目立つ。誰かしらの視界に入るだろう。」


 ラディはそう指摘する。当然そんな場面が見つかったら、その注目の人物は一体誰だ?となるだろう。追及は免れない。


「教会にしろ、商人にしろ、関係者であっても冒険者以外が入って行けばすぐにバレるわね。あ、でも変装をしてギルドに入るって言うのはどう?」


 マーミがそんな気付きを言葉にするが、俺はコレは無いな、と思ってしまう。


「あー、ミッツの手前、言いたくは無いんだけどさ。俺、見て来たんだよ、ここの教会の司教?一番上らしき人物。で、そいつがさ・・・」


 俺はその時に目撃した人物の詳細を話した。変装するにしてもその本人は土台無理、その他の神官である者でも普段しない恰好をして冒険者ギルドに向かえば、こんな状況では余計に目立つモノになるだろうと。


「もういい加減いいのではないでしょうか?本来の役割を果たしているとは言えないソレはもはや教会ではありません。解体してしまいましょう。」


 ミッツは物理的に教会を破壊するつもりだ。先ずは手っ取り早く建物を粉々に砕くつもりである。

 そうで無ければその手にメイスを持つはずが無いのだ。今のミッツが魔力で身体強化をして一撃するだけでも分厚い壁の一つや二つは簡単に粉砕が可能である。


「落ち着けミッツ。そんな事では何の問題の解決にならん。今はこちらも待つのが正解だ。排除すべきは怠惰と悪を成しているだろうその司教だけでよい。エンドウがその不正の証拠を取って来るまでは辛抱するんだ。」


 師匠がミッツを止めた。そして師匠は俺に全部丸投げである。まあ確かに今のこの都市の状況だと俺しかできなさそうな案件なので仕方が無いのだが。


「いつまでも待つのは退屈だ。それならこちらから動いてしまえばよかろう?エンドウには「繋がり」があるのだ。そちらに要請を出して兵を動かしてしまえばよいだろう?」


 ドラゴンがそんな事を言ってきた。どうやら俺が論文を誰に出しに行ったのかが分かっている様子。

 そう、ここで知り合いの権力者に御出で頂くか、或いはこの住人たちのデモを鎮める為の兵を出して貰うと言う方法もある。


「いや、そんな事頼むのはどうかと思うが?ここに派遣するにしたって、ここの在中軍を動かすのだって、時間が掛かるだろうに。でも確かにあちらが動けないならこっちが動けばいい話か。とはいえ、そう簡単に良い案が浮かぶでも無し。」


 城から兵を出すにしてもここの都市までは距離があり過ぎるし、この都市の国の在中軍をペリオンに動かすように求めて兵を出して貰えたとしても、果たしてこの数のデモを鎮める事が可能かどうかが怪しい。

 それだけ熱量が凄い。住民たちのそんなエネルギーが自然に収まるまでは触ろうとしない方が良いだろう。安易に近づけばこちらが火傷させられる。

 そんな状況を作ってしまった張本人は俺であるのだが。


「取り敢えず今日は夜まで待とうと思う。俺が魔力でずっと監視をしておくし、皆は気を楽にして過ごしてくれ。」


 俺は未だにびりびりと震える研究所に魔力で保護膜を張る。コレで外の騒ぎがシャットダウンされて静かになる。

 同時に俺は魔力ソナーを広げたままにしてこの騒動をずっと夜まで観察し続けた。夜になれば家へと帰る者たちが出て騒ぎも小さくなるだろう、ギルド前に張り付く人々も居なくなるだろうと思って。


 こうして各々が思い思いに過ごす。マーミにここで時間潰しの為の遊び道具を出してくれと頼まれて以前やったチェスを取り出した。

 ここでドラゴンが何だなんだとコレに興味を示してきて参戦をする。途中で息抜きにこちらに顔を出しに来たワークマンもコレに混じってその場が異様な空気に包まれる事になっていた。


 そうなれば早いモノで時間はあっという間に過ぎる。夕食の時間はとうに過ぎている。

 デモの熱気も収まった様子で騒ぎはこちらにまで届かない程度にまで落ち着いていた。

 冒険者がある程度帰還してきており、既にこれと言って大きな変化も見られない事で住民たちは自分たちの「毎日」へと戻って行った。


 そしてそんな人の少なくなり始めたギルド前に不審な動きをする人物が三名現れたのを俺は察知した。

 しかもどうにも馬車に乗っての御登場らしい。その三名の内訳は御者、護衛、そして司教である。

 既に俺は冒険者ギルドの敷地は全て把握済みだった。ギルドの裏手、人の最も少なくなった場所から護衛と司教は馬車から降りて素早くギルド内へと入って行く。


「あー、もっと遅いと思ったんだけどな。フットワーク結構軽いなあの体型で。まあその方がこっちには都合が良いか。司教を一度見ておいて良かったな。おーい、皆、どうやら動きがあったから俺は行ってくるよ。」


 チェスに夢中になっていたマーミ、ワークマン、ドラゴン、ラディ、師匠は夕食を摂っていない。俺はそんな彼らを放って置いて先に食事は済ませてあった。カジウルは既に研究所から外に出て酒場で夕飯を食ってくると言って出て行っていた。ついでに酒を飲んでくるとも。

 ミッツも俺と一緒に食事を摂っていた。教会の司教の事を俺が話してしまった事で心中穏やかでは無いのでチェスで遊んでいる場合じゃないと言った感じである。その表情は「無」だ。師匠から辛抱しろと言われたので我慢をしているんだろう。

 ソレはきっと気持ちを落ち着かせるために必死なのだと思う。時折表情が般若の如くになりかけているのを幾度か見ている。どうにも落ち着いたと思えば急激に怒りが湧いてきているんだろう。

 四六時中そんな怒りの感情で居る事は疲れるだけ、無駄だとミッツも解ってはいるようだ。しかしやはり我慢ならないのかどうしても突発的に教会の事に思いを馳せてしまうようでその際に感情が爆発するようである。


「エンドウ様!私もご一緒させて頂けませんか?もうこれ以上は・・・」


 ミッツからそう申し出があった。既に司教はギルド内へと入ってしまったので急がないと会話を録音するのに最初からと言った事ができなくなる。

 俺は「良いよ」と言って即座にワープゲートを繋げる。そして俺たちの存在一切を認識させない様にする為に光学迷彩、消音、匂い消しなど、色々と魔法で隠蔽を掛けてから移動を始めた。


 録音する道具は既に使い方は習っている。なので移動先のギルド長の部屋に入った後に道具を即座に起動した。

 そこには肥え太ったキンキラ成金豚司教がどっさりとふんぞり返ってソファに座っていた。


「ギルド長、何故今回は冒険者が全員無傷なのかね?この都市で居なくなっても構わない冒険者三名をこちらに売って貰える手筈はどうしてくれるのか?説明を、いや、保証はどうなっているのかね?」


 いきなり本題に入った司教。この言葉にミッツが爆発しそうになった。しかしコレを俺はミッツの肩に手を置いた事で抑え込む。

 ミッツもどうやらまだ我慢は効くらしい。だが全身がプルプルと震えていて今にも爆発しそうだ。


「・・・冒険者たちの報告によればダンジョンは全て存在しなかったそうです。こちらとしても商売あがったりでしてね。無能にもそのまま帰って来た奴らですから、私が何を言っても理解はしない馬鹿ばかりです。」


「そんな事は聞いておらんのだよ。売って貰えるはずの奴隷は用意できるのか否かしか聞いておらんのだがね?」


 ここでハッキリとギルドが冒険者を奴隷として今まで裏で教会に売り飛ばしていたと言う証言が採れた。

 ここで俺はハッとする。ミッツがヤバいか?と思ったからだ。証言が採れたのが早く俺は「こんなアッサリかよ」と意識をミッツから一瞬だけ逸らしてしまったのだ。

 ここでミッツが暴れ出したりすれば滅茶苦茶だ。もっと商人との繋がりとかも喋って貰えたら全部まとめて終わりにできるのでこのまま録音を続けたかった俺はミッツの動きに注意を払うべきだった。

 しかし妙な事にミッツは先程からプルプルと怒りで震えていた体はピタッと止まっていた。その代わりにその顔が「無」になっている。

 ここで俺は肝が冷えた。ミッツのその目がやけに冷たく感じたからだ。


「どうやら信じがたい事であるのですがね。「つむじ風」がコレをやったらしいのです。確証はないのですが。」


 ギルド長は既に俺たちの仕業だと言う事を察しているらしい。しかしその確かな証拠は無いとも。信じられないとも口にする。


「だからどうすると?私にはそんな事は関係無いんだが?今回の取引も何ら問題無く終ってくれたらそれで良いんだ。さて、もう一度聞こうか?どうするつもりなのかね?」


 あくまでも豚司教は奴隷を寄こせと押せ押せの強気な態度である。


「我がダンジョン都市冒険者ギルドは彼ら「つむじ風」をこの都市へと不利益をもたらした罪人として手配をします。彼らを拘束後、そちらに引き渡しましょう。それを承認して頂きたい、教会も。」


「ほほう?たかが冒険者如きをそのように?不利益とはどの様な罪状内容なのだね?そんな物に教会から「お墨付き」などそう簡単に出せるとでも?」


 どうやらギルド長はこの件を教会も巻き込んで処理をしようと画策していたらしい。司教との交渉を始めてしまった。


「彼らにはこちらで適当な罪をでっち上げておきます。それを後々でアナタがその書類に判子を押して頂くだけで結構。全てはこちらで後は動きます。そうですな。お値段は一人分で結構ですよ。「つむじ風」は五人で構成されています。」


 ここで「え?俺は?」と思った。ギルド長はきっとつむじ風の皆がここに来た時の人数で把握している。俺の事がそこに入っていないらしい。


「ほほう?大層お得と言った所だが。国に知られる前に都市のこの騒ぎも含めて全て終息させられるのかね?」


「あのような頭の悪い集団などダンジョンが全て無くなったと判ればすぐに消えて無くなるでしょう。しかし、ダンジョンが無くなったこの事実で教会とのこうしたお話も今回で最後と言う事になりますが。」


「本当にダンジョンは全て無くなったのかね?ソレが本当なら潮時だろう。今回が最後、それ以降は君とはもう二度と顔を合わせる事が無くなるだろうね。いや、非常に悲しいよ。最後の取引で大盤振る舞い、と言った所かねギルド長。」


 司教は別段その様な悲しい表情はしていない。取引が終わる事で最後にサービスなのか?と司教はギルド長に問う。

 しかしギルド長は別にコレをサービスだと考えていないだろう。「つむじ風」の処分の為に教会に安い値段で押し付ける、と言った所か。

 冒険者から引き渡す為の奴隷を用意出来ない今回の取引を強引な形で司教に頷かせるための措置も入っているはずだ。

 それにしては俺たち「つむじ風」の値段が安すぎだとは思うが。それほどに舐めてかかっているんだろうギルド長は俺たちを。


「これからの冒険者ギルドは運営が大変だろうが、頑張ってくれたまえ。教会の稼ぎもダンジョンが無くなってはそれだけの利益が出せ無くなってしまうがね。そちら程でもあるまいよ。では、失礼させて貰う。」


 こうして司教はこの部屋を出て行く。俺はここで録音を止めようと思ったのだが、まだギルド長が喋ろうとしていたのでちょっとだけ延長して録音を続けた。


「豚が!奴隷を貴族に裏で売り飛ばしておいて私を見下す?あり得ん!私も貴様も同類だ!貴族に取り入り、私腹を肥やして、地位も手に入れたとは言え、その中身は所詮田舎出のどんくさい一神官だったくせに。私がどれだけ苦労してこの地位に立ったと思っているあの豚が!」


 はい、頂きました奴隷の売り捌き先。録音を続けていて良かったと思える。

 売り飛ばされた冒険者たちの行先がこうして判明したのなら、芋づる式で腐った根性している貴族を一緒に処分できる。


(コレを配る関係各所は冒険者ギルドに、教会の大本だろ?それと王子様にもコピーを配らないといけないよな。さてと、また俺があちこち行ったり来たりしないといけないんだな)


 ミッツは良くここで我慢したと思う。もし堪忍袋の緒が切れて最初の頃に暴れ始めていたらここまで怖いくらいに事が運ばなかった。

 隣りのミッツに視線を向けてみると感情がその顔に全く乗っていない。無表情を貫いていた。それが逆に恐ろしく感じる。

 もう既にこれ以上はここに居る意味が無くなったのでサッとワープゲートを出してミッツを通らせて俺もこの部屋から出る。

 研究所に戻って来た俺たちは残っていた全員に「どうだった?」と聞かれる。それを説明するために俺は先ずお茶の用意をした。


 椅子に座ってお茶を一飲みしてから俺は報連相を始める。


「ギルド、俺たちを指名手配の罪人にするってよ。罪状は適当にギルド長が決めるそうだよ。今日の内に此処から出ようか。それとワークマンも城に匿って貰った方が良いね。この調子だとギルド長はワークマンにも何かしら手を出そうとしてくる可能性も無くは無い。一緒に王都に移動した方が良いね。」


 コレにここに居たメンバー、つむじ風の全員にワークマン、それとドラゴンも閉口した。

 そして少しだけ時間を置いてからカジウルから喋り出す。


「まあ、普通だったらこのまま俺たちはここでギルドの手勢に捕まってるだろうが・・・なぁ?」

「そうね、エンドウが居なかったらそうなっているわね。と言うか、そもそもエンドウが居なかったらこんな状況にはなっていないと思うけどね。」

「取り敢えずこの都市に居なければ捕まる事は無い。ギルドが出す指名手配はこの都市内でしか効力は無いしな。この理不尽を国に訴えれば捕まるのはギルド長の方だ。」

「私はもう直接手を出す気は無くなりました。あれは教会関係者などではもうありません。只の犯罪者、しかも重罪を犯した「人で無し」です。このままいけば順調に死罪ですから。もう私もこれ以上何も言えません。」


 カジウルは俺を見て呆れ、マーミは今更ソレを言うのかと言った感じだ。ラディはギルド長の指名手配がこの都市でしか通用しいないと説明をしてくれる。

 ミッツはと言うと、既に堪忍袋の緒が切れていたらしい。けれどもその怒りが爆発、したのではなく、逆に冷静になれたようだ。

 しかしこう言った場合は冷静になった時の方が怖ろしいものだ。何せ怒りに任せていた時よりもより一層に冷徹になれるモノであるからだ。

 怒りの質はそのままに、しかして沸騰した頭のままでは思いつかなかった様な事を冷静に考えて実行に移すだけの精神の余裕が生まれるからである。


「で、我々は国の保護の申請を出す、つもりは無いようだな。まあ確かに単純な「力」だけで見れば武力は過剰だろう。だが一応はしておいた方が後々に面倒な事をせずに済むのではないか?」


 師匠がここで対応はできるモノから全てやっておいた方がすっきりするぞと言ってくる。しかし俺にはそこら辺の手続きはしようと思わない。


「つまらんしがらみが多いものだな、人と言うモノは。まあ、そこが面白いと言えば面白い。予想の付かん事は、逆の発想からしてより一層良いモノを生み出す事にも繋がっておるからな。人の思い付きの突飛さのなんと驚かせてくれる事か。」


 ドラゴンは他人事だ。この俺たちの状況を楽しんでいる。まあ、思考の仕方が俺たちとは全く違う存在だし、それにそもそも、確かにこの件はドラゴンには全く関係が無い事もある。

 ここでワークマンが困惑と共に俺へと問いかける。


「・・・私も王都に?しかも城に匿われた方が良いだと?何を言っているのだエンドウ殿は?いや、私の身にも危険がある可能性が、と言うのは理解できるが。いきなりその様な事が可能な訳が・・・」


 まあ、そう言ったワークマンの疑問はもっともだが、そんな事を言っている場合じゃない。

 既にギルド長は俺たちを罪人に仕立て上げる為の書類や手続きは終わらせている可能性がある。

 後はソレを豚司教の判子を押させるだけまでに仕上げているかもしれない。そうなれば明日にでも即座に動くはずだ。

 今の所は俺の魔力ソナーでギルド長に動きが無いので別段今は焦る事は無いだろうが、しかしうだうだとここに居続ける意味も無い。

 ならばもう俺たちもこの話が終わり次第に移動してしまうのがいい。


「じゃあ結論は・・・今から王都に移動、って事で。あ、皆は城下街で、ワークマンと俺は城に行ってくるから。今日の内にできる事は全部やっておこう。王子様もまだ寝てはいないだろうし?」


 俺はワープゲートを出してワークマン以外の全員を通らせる。先に通った皆は王都の一角、城下町の端の人気の無い道に出ているはずだ。

 ソレを俺も顔だけをワープゲートに突っ込んで移動先が別の場所になっていないか、皆がちゃんと移動できているかを確認を取る。


「おい、エンドウ、気持ちワリイから顔だけ出してくるんじゃねえよ。見られたらどうすんだよ?」


 俺の顔だけが道の真ん中に浮いて見えるんだろう。カジウルからそう指摘される。


「ああ、確認も取れたから大丈夫。直ぐに引っ込める。そっちはそっちで自由にやっててくれ。明日の予定も別に無いし、ワークマンの護衛なんかも城に預けちゃえば安全だろうし。冒険者ギルドで仕事を久しぶりに受けるって言うのもアリだと思うけど。それじゃこっちはこっちで行ってくる。」


 俺は顔を引っ込めてワープゲートの繋ぎ先を変える。そうして振り返ればワークマンの「無表情」が出迎える。


「あ、コレは駄目なパターンだな。ほら、行きますよ?固まって無いでホラホラ。」


 俺はワークマンの背中をぐいぐいと圧して無理矢理にワープゲートを潜らせる。一応ワークマンは気絶してはいないので押されるがままに前へと進む。


「ここは・・・何処だ?妙に豪勢な部屋だが・・・私はどうなった?さっきまで私は研究所に・・・」


「エンドウ殿?また、ですかね?・・・貴方には借りっぱなしで返せない程の恩義がありますが。この様な時間にまで来るのはどうかと思いますがね?」


 ワークマンは自分の身に何が起きたのかが理解できずに呆然とし、王子様は「流石にこの時間は無い」と俺を批難する。


「まあまあ、良いじゃない。こう言う事は早い方が良いんだよ。それに手続きなんてできないでしょ?俺が係わる案件大体?王子様が何かとやってくれる方が手っ取り早いし、実績も詰めるってものでしょ?まあ、迷惑かけてるって自覚も持ってるけどね。だけどさー?問題はちょっと深刻になっててさー。」


 俺は録音した例の魔道具を取り出して王子様に見せる。マルマルのギルド長から借り受けている物だと説明をして。

 そして中に入っている会話の再生をしてダンジョン都市のギルド長と教会の豚司教とのやり取りを聞かせた。


 ワークマンもコレをジッと大人しく聞いている。目の前に居るのが王子様だと言うのは一目見て察したんだろう。咄嗟の判断で動いたのか、いつの間にやらワークマンは床に膝を付いて礼を取っている状態になっていた。

 そして録音会話が全て流れ終わると王子様が幾度と無く小刻みに息を吸い、長く溜めに溜めてから、手で口元を押さえて天井を見上げ、一気に吐き出した。


「エンドウ殿?我が国の貴族をどれだけ減らせば気が済むので?処分をする数が増え過ぎていましてね最近は。派遣する代官の数も足りず、優秀な者が喉から手が出る程に欲しい状況なんですが?城からそう言った者を出さざるを得ない事で城の業務の負担が、ですね・・・」


 ジト目で王子様に見られてしまった。しかしこうした貴族、不正を今まで取り締まったり、或いは情報をキャッチして早期解決を出来ていなかった王様が悪いと思うのだが。それはここで言うのは止めておく。


「その負担も少しだけ減らせそうだよダンジョン関連。彼がワークマン、あの論文を書いた本人。コッチで匿ってくれない?あっちの都市に居たらいたでギルド長に何かと狙われる可能性もあったから連れて来たんだよね。王子様の御墨付で守ってやってくれよ。そうすればそっちの仕事の負担もちょっとは減らせるでしょ?」


 ようやっとここでワークマンの紹介ができた。コレに王子様が真剣な眼差しで「分かりました」と受け入れてくれる。


「もうこうなれば自棄です。父上・・・国王陛下へと仕事を丸投げしましょう。最近は私に何でも「勉強だ」などと言って簡単な書類の処理まで押し付けてのんびりとしてますからね。ダンジョンの件と後は貴族の処分も。それに教会の事も冒険者ギルド長の事も、優秀な者を引き上げて取り入れる事も・・・全部やってもらいましょう。私はもう次の国王になる為に必要な分の実績は積みました。まだまだ国王陛下は引退するには早くて、まだまだ働き盛りの年齢ですからね。もういい加減にして貰いましょう。休息は終わりにして頂きましょうか。」


 王子様の目は遠くを見つめている。どうやら最近の俺の突然の登場と持ってくる問題のストレスが爆発してしまったようだ。


「で、エンドウ殿。今後はどの様に動かれる予定ですか?その証拠品はどの様に?」


 王子様は俺の動き次第ですぐにでも国王に仕事をぶん投げるつもりだろう。そしてタイミングを見て「逃げる」算段でも脳内でしているに違いない。


「ああ、コレは関係各所に配る為に録音内容を複製して貰う。ギルド長から借りてるって事になってるから持って行ってコレを返却する予定だ。あー、そうだな、複製した分は各所に正式な手続きとかで送り届けるんじゃなないかな?教会用に城の分に、冒険者ギルドの分だろ?後はもう二つ三つ予備を作って貰った方が良いか?世論を動かすには民衆の圧力って言うのも馬鹿にならないし?とは言え、住民に聞かせるってのは危険か。」


 俺はダンジョン都市でのデモを思い出しながらそう口にする。今回の会話を民衆へと聞かせればきっと暴動が起きるだろう。あの都市の住民たちの怒りのエネルギー総量は凄まじかった。

 あのエネルギーで襲われればたちまちのウチに冒険者ギルドも教会も飲み込まれて潰されるはずだ。

 激昂した者が殺人をする可能性も一緒に高くなるだろう。その時は何ら罪の無い者まで手にかける、何て事にもなりかねない。


「では、明日その魔道具をこちらにエンドウ殿に直接持ってきて貰いたいのだが。二つお願いしても構わないかな?城の方でも複製はできます。こちらでも多めに持っておきたい。」


 こうして取り敢えず今日の所はここで話し合いは終わりにする事に。

 ワークマンは王子様の御客様扱いで部屋を専用で用意されてそちらに案内されていった。

 この続きは明日と言う事で俺もワープゲートを出して退室をする。


 しかし俺が繋げたのは城下町の方じゃない。マルマルの冒険者ギルドの裏路地だ。

 出来得るなら今日の内に動けるだけ動いて電光石火の素早さでこの問題をちゃっちゃと片づけたい。

 なのでここ、マルマルのギルド長に会いに来たと言う次第だ。別にこれほどに急ぐ案件でも無いだろうが、それでもこの流れでやれる所までやっておいた方が明日が楽ちんだ。


 ギルド内へと入る。するとそこには丁度カウンターにギルド長のミライの姿が見えるので一声かける。


「すいませーん。例の件でお話がー。」


「・・・はぁ~。執務室に先に行っていてくれるかしら?今もう少しで一仕事終える所なの。少し待ってて頂戴。」


 俺の掛けた一声にギルド長ミライは一瞬だけ硬直し、天井を見上げる。そして俺の方を向かずにそのまま仕事の続きをしながら先に行っていてくれと言葉にする。

 俺はコレに謝罪をする。


「いやー、忙しい所に突然すみません。でも、こう言うのはなるべく早い方が良いでしょう?情報は新鮮なのが一番、って事で。」

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