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急ぐでも無く?焦るでも無く?

 さっと行ってパッと帰ってくる。そんな予定で俺は翌日になってシーカク国城下町へとワープゲートを繋げる。

 一緒に来たのは師匠とドラゴンだ。しかしここで俺は別行動である。それはワークマンの書き上げた論文を持って王子様に直接会いに行く事になっているからだ。


「じゃ、俺はコッチを先に片付けてきます。その間は自由にしていてください師匠。とは言え・・・こいつが居るから気が気じゃないかもしれないですけど。時間は掛けずに戻ってくるつもりです。向こうの冒険者がソロソロ何も無ければ戻って来る予定ですからね。あっちもこっちも忙しいですよ、全く。」


「うむ、別に私たちは暫く放って置いていても構わんぞ?短い時間しか見て回れんのは面白く無い。」


「ドラゴン、私の言う事は聞いてくれよ?やるな、駄目だと言ったら抑えてくれ。エンドウよ、早く戻って来て交代して欲しいのだが?」


 そんなやり取りをして俺は城の王子様の私室にワープゲートを繋げて移動する。


「やー、御免ね。いつもいつも急に仕事を持ち込んで。ちょっと重要案件でさー。」


 俺は優雅にお茶を楽しんでいる王子様に一言謝りの言葉を掛ける。しかしコレに王子様はと言うと。


「頭が痛くなりそうです。しかしもう既に大体の概要はペリオンから報告が簡単なモノではありますが受けていますから、我慢します。」


 頭痛を抑えるかのように手でおでこを抑える王子様。眉根を顰めて「今この時に来るのか・・・」と溜息と共に吐き出していた。


(アレからまだちょっとしか時間は経っていないのにもう連絡来てるのか。特別な方法があるんだろうな)


 などと俺はそんな事を考える。だけどそんな呑気な事を言っている場合では無い今は。


「あー、なるべくならこう言ったモノは早めに広めた方が良いモノだと思うんだ。俺も協力するから、そんなに落ち込まないでくれる?毎度の事いきなりこうして訪問するのもちょっと罪悪感あるし、ダンジョン都市の「片付け」の件もあるからさ。手っ取り早く終らせられるようにするよ。」


 俺は持ってきた論文を王子様に渡す。それへと直ぐに目を通す王子様はその表情を直ぐに厳しいモノに変えていく。


「この内容は・・・嘘では、無いんですね?直ぐに手配が必要、か。最近は仕事が落ち着いてきて少なくなって来た所なんですがね。この様な危険な情報が入って来てしまえば見直しが必要になります。研究者たちにも要請を出さないと・・・」


「で、この資料、多めに要る?複製するなら俺がこの場でパパッとやるけど。」


 ここで俺ができる事と言えば、関係各所に配る為の資料としてこの論文の必要数を確保する事だろう。

 書き写すと言った方法では遅い。ならば俺の「力」で大量生産で行くべきだ。手っ取り早く終らせるのに俺にもメリットがある。これくらいの労力は掛かったうちに入らない。


「お願いしても宜しいですか?ならば百、お願いします。」


 俺は自分がコピー機になった気分になる。しかし協力すると言ったのは俺だ。ここは機械の様に求められた物を求められた分だけ用意すればいい。


「じゃあちょっと材料取って来る。」


 俺はワープゲートで師匠の隠れ家の森へと移動して木を十本ほどインベントリに放り込む。そしてまた直ぐに王子様の私室に戻る。

 その後は俺も論文を読む。内容は全て魔力で強化した「脳」の中に収めた。

 そして一気に魔力を採って来た木に流し込み「紙」の生成、それに論文の内容を全て落とし込む。

 ばさり、バサリと次々に複製されていく論文。どんどんと山と積み上がってあっと言う間に百部が出来上がりだ。

 ワークマンの仕上げた論文のページ数はかなり多くなっている。なので両面印刷で「本」の様にして仕上げたので幾らか嵩張りはコレで減っているだろう。

 それでもかなりの量になってしまったのはどうしようもない。それ以上にこの様な速さで関係各所に配る資料が用意出来た事の方が重要だ。


「相変わらず貴方の「力」を目の前で見せつけられると言葉が出ません。ケリン、他の手の空いているメイドを呼んできてくれ。これらを運ばせる。台車も用意だ。回る部署には私が同行する。国王陛下には後程私自ら説明しに行くから、その前に先ずはコレを配ってしまおう。」


「俺のできる事は他にあるかい?無いようなら俺も別の用事あるし、行くけど?」


「・・・ダンジョン都市であまり派手に「やらかさないで」くれると助かりますが。いえ、もう遅いんでしたね。ならば、徹底的に潰してしまって構わないでしょう。エンドウ殿は自由にして頂いて構いません。後の事は全てこちらで持ちます。まあ、一応は言っておきましょうか。ペリオンを余り脅さないでやってください。あれでも結構臆病な性格なのでね。優秀であるのは私が保証します。彼にダンジョン都市への決断権を与えておく手続きは済ませておきます。」


「別に脅したりした覚えは無いんだが?まあ、いっか。取り敢えず片が付いたらまた報告に来ようか?速報で。何だったらペリオンをその時には一緒に連れて来て直接報告をさせても良いけど。こう言うのは早い方が良いだろ?」


 俺のこの提案に王子様は「お気持ちだけで結構ですよ」と拒否を示してきた。その後即座に王子様に「ではまた」と別れの挨拶をされたのでコレに「またね」と俺は返事をする。

 これでもう俺のここでの用事は全て終わりだ。早いものである。と言ってもこれ以上引き延ばす意味も、雑談をする気も無かったので、俺はワープゲートで城下町へと移動する。


「さて、師匠とドラゴンを回収して向こうの都市に戻れば良いかな?ゆっくりしても居られないけど、だからって言って焦る案件でも無いって、なんだかやり辛いな?」


 魔力ソナーで二人の位置を探った俺は別段急ぐでも無く、しかしゆっくりと歩くでも無く、只ただ人込みの流れに合わせる速度で道を進む。

 そんな状態で俺はあっちに、こっちにと落ち着きを見せずに移動する二名の下へと向かった。


 で、ようやっと二人を見つけたら絡まれていた。誰に?ソレはチンピラ風の男、四名にだ。

 しかもそいつらはどうにも冒険者である様子で、剣も持っていた。

 それだけじゃない。周囲には老いも若いも男も女も、と言った感じで人々がドラゴンへと視線を向けていた。


「あー、やっぱりかぁ。これだけの「美人」だからなー。あーあ、やっぱり人目を引くよなぁ・・・」


 この場合、ドラゴンは「男」として見ても美しいのである。なので「美人」だ。誰彼構わずと言った具合でドラゴンの美貌は通りを行く人々の視線を独り占めである。

 そしてそんな存在があちこちの屋台の品を買っては食い、買っては食いと際限無くもりもりと美味しそうに食事を歩きながらするのだから、さぁ大変である。

 人々の口から口へとそのドラゴンの見た目が話題に出て、それがどんどんと広がり、果てはその内に野次馬みたいに一目見てみようとする住人が集まって来ると言った具合だ。


「おう!テメエ!ぶつかって来ておいて謝罪の言葉だけか!おおう?舐めてんじゃねーぞこら!」


 どうやら食い気で周囲への注意を怠ってドラゴンはこのチンピラにブツかってしまったようである。

 いや、この場合はチンピラの方がイチャモンを付けるためにワザとドラゴンへとぶつかった可能性すらある。


「悪いな。お前が私の事を認識しているのにもかかわらずに避けようとすらせずぶつかって来たモノだから。こちらも避ける隙間が無かった。許せ。」


 ここは大通りで人の波はかなりのモノだ。そこに絶世の美貌を持つ存在が歩くのだ。それをこの目に入れようとする人たちで沸き返り、普段より人口密度の高い状態になっていた。

 ドラゴンはそんな状況だったんだからお互いに許し合おうと言葉にしている。いや、意味が解らない。


(このチンピラが全面的に悪いだろうに、何でドラゴンはそんな奇妙な事を言うのか?)


 コレが器の大きさと言うモノだろうか?相手が悪いと判っているのにドラゴンが謝罪の言葉を言うのはどうかと思うのだが。

 そんな事を口に出してしまえばこう言った手合いは調子に乗るのだ。


「おうおうおう!悪いと思っているならそれ相応の誠意の示し方ってもんがあるだろうが?あぁ?そうだなあ?慰謝料として金貨三枚で許してやる。」


 馬鹿が居る。只単にちょっとぶつかったくらいでそんな高額の慰謝料を求めると言うのが頭の悪い証拠だ。どうしてそうなる?である。高々ちょっとぶつかり合っただけでこんな大通りで人込みなのだ。そこかしこで起きている日常茶飯をそれ程に大きな問題にしようとするとは余りにも大げさである。

 それだけの金を支払う道理が何処にも無い。チンピラの言っている事は無茶苦茶だ。話にもならないと言うのはこの事だ。

 ドラゴンは互いにぶつかった事を謝り合って許し合おうと言っているのに、そこでチンピラの方が一方的に自分たちが被害者だと訴える。噛み合う部分が全く無い。


(師匠が横に居るのに何らこれに対応しようとする様子が無いんだけど?アンタどう言う事だよ?)


 俺は師匠にドラゴンの事を頼んでいた。そして師匠も俺が帰って来るまでの間だけ、と請け負ってくれている。

 そこに師匠の視線がこちらに向いた。それは俺の事をハッキリと見ている、認識している。


「おいおい、まさかコレを俺に収めろとか言いたいのか師匠は?俺が来る前に起きてた事なんだから師匠が止めても良いでしょうに。」


 俺はこの師匠の動きが無い事で諦めた。この陳腐なトラブルを止めようと俺はドラゴンの前に出て行こうとして、もう遅かった。


「なんだ?私を悪者にしたいのか?ならばお前たちの求めに応じようではないか。ホレ。」


 ドラゴンはいいがかりをつけて来ている男の一人の襟首をつかんで一瞬でそいつを放り投げた。真上に。

 多分ドラゴンは軽く力を込めただけなんだと思う。でも、その真上に投げられた男は10m程高く舞い上がった、空へ。

 そして落ちてくる。一瞬の出来事だ。コレを目撃している周りの野次馬たちは地面に激突する男を幻視したに違いない。

 しかし実際はドラゴンが地面に男が叩き付けられる前にキャッチした。しかしコレに男は無事、とも言えるし、そうで無いとも言える。

 地面に叩き付けられる事は免れたが、しかし受け止められた衝撃はその男の身体に多大な負担をもたらした。


「おげぇ・・・!?」


 ドラゴンは腕を前に出しただけ。それに落下してきた男が引っ掛かると言った感じであったのだ、受け止めると言えども。

 その腕の部分に腹が丁度支えられ支点になり、身体がくの字に曲がる。腹に掛かった圧迫はいかほどのモノだろうか?

 まあ男の様子を見れば一目瞭然だった。気絶して白目を剥いている。俺はそれに一応死んでいないか確かめるために男へと魔力を流してその状態を観察する


「死んでなかったか。一安心・・・じゃ無いな。おい、ドラゴン。前にも言っただろうが。手加減考えろよ。それと、注目集め過ぎ問題。師匠、どうにかできなかったんですか?」


「無理を言うなエンドウよ。ドラゴンを私が全部が全部抑えきれると思うのか?そこまでの事を期待されても困るのだが?」


 師匠が俺を見てそう漏らす。確かに師匠が幾ら力を出し切ってもドラゴンにはまだまだ届かないかもしれない。

 だからと言ってもドラゴンは注意すれば分かる。力ずくで止めなくてもお説教をすれば直ぐに理解を深めてくれる。


「ふむ、エンドウよ。そう言うでない。これまでにマクリールには色々と世話になっているのだ。コレは偶々だ本当に。これまで何も問題など無かったのだぞ?」


 どうやらワークマンが論文を書いている間に二人は随分と仲良しになっていたようだ。


「とは言え、ドラゴン。お前は隠蔽する魔法ぐらいは使えよ。お前の今の見た目でこんだけ人が集まって来てるんだぞ?自覚してくれよ。」


「む?そうなのか?・・・なるほど、どうにも人の密度がここの周囲だけ上がっているな。しかしまだ人の美醜の判断基準が分からん。大げさ過ぎやしないか?」


 俺がドラゴンへとお説教を始めようとする前に師匠がコレを止めた。


「人目が多い。エンドウ、やるなら別の場所に移動してからだ。それに仕事は終えたんだろう?ならば向こうに戻るとしよう。」


 この師匠の言葉にドラゴンが偉そうに「まあ、良かろう」と口に出す。コレに俺は溜息一つ出して人目に付かない場所へと一旦避難するために歩き始めた。

 俺たちは先程のチンピラが宙を舞う場面で回りが唖然としている間にその場を離れた。

 こうして人気の無い道の方へと入って行ってようやく一息つく。


「で、終わったのかエンドウ?まあそもそもいきなり王子殿下の下へと直接行くというのは控えろと注意したい所だが・・・お前くらいだろう、そんな真似ができるのは。」


 師匠から小言を言われる。しかしこう言った事でしがらみやら手続き処理などに煩わされるのは避けたい。

 重要な案件ほど早い所に偉い人物に目通しして貰ってスピーディーに処理をして貰うのが一番良いのだ。

 余計な時間を掛けたり、或いは許可を各所が出すと言った処理が行われる間に忖度が入り込むと言った事も無いとは言えない。

 そう言ったモノが入り込まないで「生の声」と言ったモノが為政者の耳に入った方が実像がしっかりと伝わりやすい。そしてそれに下す判断も的確になりやすいだろう。


「取り敢えず向こうに戻りますか。ドラゴンは・・・どうやら美味しいモノを堪能したらしいから充分でしょう。」


 ドラゴンの口端には何やらのソースが付いている。夢中で屋台飯を食べていたんだろう。そう言った汚れに無頓着なのかどうかはさておき。


「むむ?そこそこ楽しめたぞ。味覚と言うのはこれほどに楽しく幸せになる物だったのだな。様々な刺激が心地よかった。今日の所はこれくらいにしておこうか。」


「何でほんのりと偉そうなんだよ?まあ、良いか。楽しめたなら何よりだ。問題さえ起こさなければ、な。」


 俺はワープゲートを出してダンジョン都市へと繋げると師匠とドラゴンを通す。その後で俺も移動をしたのだが。


「あら?何やら騒がしいな?・・・戻って来てる、らしいな。じゃあちょっと俺はそっちの方に行ってみるんで、師匠は研究所に戻ってこの事を皆に知らせておいてください。ドラゴンも研究所に一旦戻ってくれ。一緒に来られるとお前の見た目で余計にややこしい騒ぎが起きかねないからな。」


 俺はワープゲートから出てすぐに住民たちの騒ぎ立てる声が聞こえたので魔力ソナーを即座に広げて確認を取った。

 すると一塊になった集団が冒険者ギルドに進んでいるのを確認して戻って来たのかと理解する。

 師匠とドラゴンに研究所に戻るように伝えると、俺は冒険者ギルドの方へと直ぐに向かった。


 そこには全くの無傷な冒険者たちがやって来ている。そしてどうやら「嘯いて」いる様だ。「ダンジョンを攻略して帰って来た」と。


「おーい!お前ら!ダンジョンを攻略してきたのに何でそんなに身綺麗なんだー?汚れの一つ、傷の一つも負って無いじゃないか?それに、魔物の素材は持って帰ってこなかったのかー!?」


 喧騒の中、そんな言葉が良く響いた。住民たちの耳にしっかりとその疑問が入り込む。

 もちろんそれを叫んだのは俺だ。魔力を込めて、しっかりとこの場に集まっている者たち全員に聞こえるようにして言い放った。

 冒険者たちがダンジョンを攻略できるはずが無いのである。俺たちが事前にもう攻略を済ませていたからだ。

 新たなダンジョンがこの短時間で生まれていて、それを攻略した、何て都合の良い事が起きているはずが無い。

 帰還した冒険者たちは集まっていた住民たちに、さも「俺たちはやり切った」みたいな顔で手を振っていたのだが、俺のブチ込んだこの「質問」に対してギョッとした顔をした。間抜けである。

 これでは「嘘」であるとバレバレだ。冒険者たちに注目していた住民たちの目にもソレが既に入っている。


「おい!本当にお前らダンジョンに潜ったのかよ!?」

「いや、そもそもダンジョン攻略自体をしているのかも怪しいぞ?」

「ゴブリン素材は剥ぎ取る部分なんて無いだろうし、そんな真似はしないでも、汚れ一つくらいは誰かに付いていても良いのに・・・無い?」

「おい、どうなってる?こいつらは本当にダンジョンに潜ったのか?」


 住民たちに、そしてギルドへとデモをしていた者たちに一気に疑心暗鬼が蔓延した。


「お前ら証拠を出せ!攻略した証拠だ!まさか攻略すると言っておきながらヌシを倒していないなんて事は無いだろうな!?」


「攻略と同時に狩った魔物の素材を持ち帰って来るんじゃなかったのか?出て行った時と比べてちっとも損耗してねーじゃねーか!」


 そんな声が響き渡る。コレは俺が出したモノでは無い。だけどもタイミングがぴったりだったのか、シンと静まり返った中にその声は大いに響いたのだ。

 もうこの時点で冒険者がダンジョン攻略を終えて第一陣が帰って来たのだと信じる者は居なくなった。

 この冒険者たちはこの都市から一番近いダンジョンに派遣された部隊だったのだと思われた。そしてその他のダンジョンへと赴いている部隊との合流をせずに独自の判断でこうして戻って来たのだと思われる。


(あーあ、判断が甘いぜ。こうなっちゃったらもう俺の出番無いぞ?と言うか?国の監査官はどうした?)


 俺には疑問に思う所がった。かなりこの点は重要だ。しかし監査官が今ここに存在していないのはペリオンの指示かもしれないのでそこをなるべくスルーした。

 もうこの状態では冒険者たちが何を言い訳しても住民たちの疑心を抑え込む事は不可能だろう。

 これから帰って来る冒険者たちにも、安心を求める住民たちからの疑心の眼差しを向けられる事になるはずだこうなってしまっては。


 俺が放った、たった一言だけでこれなのだ。この戻って来た冒険者たちはそもそもこの都市に安易に戻って来るべきでは無かった。早過ぎた、戻って来るのが。いや、そもそも監査官の事はどうした?と言った具合だ。

 住民たちのその不満と疑心のエネルギーが爆発する前に冒険者たちはギルドの敷地内へと素早く入り込んだ。

 危険だと察知したんだろう。なんの言い訳も、言い繕いもしようとせずに逃げ出した形となった。

 逃げ足と危険察知だけは一丁前。しかしこの冒険者たちの行動でより一層の燃料投下となってしまう。


「ふざけるな!お前たちは一体何しに行ったんだ!」

「俺たちの安全よりも金の方が大事なのか!命よりも金か!」

「良くも騙しやがって!ギルド長をつるし上げろ!どうせこれもそうやって裏で指示を出していたんだろう!?」

「全部攻略するんじゃなかったのか!?これじゃあ他のダンジョンも同じなんじゃないのか!?」

「まさかヌシを倒さずにダンジョンを残しておいて、俺たちの与り知らぬ所で金稼ぎかよ!?」

「ここのギルドは信用ならねえ!誰かほかの地域に伝手は無いか!?別の所のギルドの攻略依頼を出せないか!?」

「潰せ!こんなギルドはもうここに置いておいても無駄だ!解体だこんな組織!」


 言いたい放題だ。ここの住民たちは今までの自分たちも少なからずダンジョンに関わって来ていた、生きて来ていたと言う事実を顧みていない。

 その様な事を一方的にギルドへと押し付けるような主張を言える権利も無いだろうし、立場でも無いはずである。

 怖いものだ。コレが一般心理、集団心理、エゴの塊の恐ろしい所である。自分たちが一方的な被害者だと多くの人が叫び、そしてソレを信じ込む。

 ダンジョンが無くなった後の自分たちの今後、と言った部分を今は何も考えていないんだろう。

 今まで気にしたりもしなかった「自分たちの身の安全」をまじまじと目の前に突き付けられた事に因って、その全ての責任をギルドへと負わせようとしている。

 今までここで生きて来た責任は各自の自己責任であったはずなのに。ここがダンジョンと言う危険な代物を土台とした経済で成り立っていたと知っていたはずであるのに。


「もういいや。戻ろう。後はギルド長の動きと教会のあの豚司教の動きだけ気にしていれば良いか。」


 俺はその場を離れて研究所へと戻る事にした。ギルドの前は今、冒険者たちが攻略へと出る前よりも一層激しい様相を呈している。

 もしかしたらこのデモの勢いでギルドの建物は崩壊させられるのではないかと思えるような熱気だ。

 この騒動を消火しようにも焼け石に水と言った具合になっている。何を誰が言っても相当な決定打を出せなければ一切落ち着く様な事は起きないだろう。


「ただいまー。みんな揃ってるね。じゃあこの後どうする?」


「おい、エンドウ、お前何やってきた?」


 戻って早々にカジウルからそう問われた。


「冒険者たちが戻って来た時よりも騒ぎが大きくなってるだろ。こっちにも振動が響いて来てるくらいだぞ?」


 どうやら研究所の方にまでデモの騒ぎで起きている揺れが伝わっていたようだった。


「ん~?住民を煽って来た?綺麗なままで戻って来た冒険者たちにその事を指摘しただけだよ。」


「ソレはまたエグイ事を・・・容赦をする必要も無いが。まあ、これくらいで丁度良い・・・のか?」


 ラディが俺の答えに首を傾げる。今までずっと日陰にあって見向きもされていなかった「危険」の大きさを考えればこれくらいの騒ぎはまだまだ小さいくらいだと俺は思うが。


「私たちは後はこの騒動の終息を見たらここを出ましょ。次は何処を目指すわけ?」


 マーミがもう他人事だ。もう冒険者ギルドへのイライラは治まっているらしい。次は何処へ目的地を据えようかと言い出す。

 コレに俺は積極的に意見を出した。


「はい!俺は寒い地域に行きたいです。雪あり山ありの地域が良いなぁ。」


 俺のこの求めにマーミは「何で?」と言った風に眉根を顰める。どうやら寒い地域に一々行きたいと口にする俺の心理が分からないと言った感じだ。

 もちろんスキーにスノボ、スケートなんかを楽しみたいだけである。雪のレジャーを満喫したい、この部分が大きい。しかしこの様な事は俺以外の誰にも分かりはしない。


「そうですね。そう言った地域の患者さんを診るのも良いかもしれません。特殊な病状や怪我などがあるかもしれないですし。経験になりそうです。」


 ミッツは俺の意見にポジティブな賛成をしてくれる。しかしその理由がいささか特殊だが。


「別に私は一向に構わんが。寒い地域ならではの美味い料理という物もあるしな。外の寒さに温かい室内、名物料理をゆっくりと堪能、雪景色を楽しむ。なかなか良いじゃないか。」


 師匠が何故かノリノリである。何かしらツボにでも入った所があるんだろう。気にしないでおく。


「ふむ、何故その様な地域にエンドウは行きたいと?何か面白い事でもあるのか?ならば付いて行くだけだな。」


 この場に一緒に居たドラゴンは俺に付いて行くと言ってくる。この場にワークマンは居ない。

 ワークマンはと言うと、どうやらまだ何やら他にも論文に関してのあれやこれの雑務が残っているようで部屋に籠っているそうな。


「決定だな。次はここから北に向かった地域に行こうか。そうなると寒さ対策にいくつか冬山用の上着やら防寒具を買っておかないとな。」


 カジウルのこの一言で次に行く場所が決定した。コレにマーミがちょっとだけ嫌そうな表情をしたが「しょうがないわね」と溜息と共に了承をした。


 そんな話がまとまったタイミングでどうやらダンジョン攻略に出ていた他の冒険者が戻ってきたようで騒ぎの振動がより一層大きくなった。

 それがこちらの研究所の方まで響いてくる。どうやら新たに帰って来た冒険者たちも「異様」だったんだろう。

 ダンジョンを攻略しに行ったのに何らの被害も消耗も無く綺麗なままで帰って来たんだろう、どうせ。

 俺が最初に帰って来た冒険者たちへと爆弾発言をしたおかげでこの騒動は終わりが見えない状況へと突き進んでいる。


(ギルド長の動きも、教会の動きも未だに無し、か。いつ頃のタイミングで接触を図るかね?それともこのまま住民たちの怒りのエネルギーが落ち着く時までジッと静かに忍耐するつもりか?)


 今の状況では動きたくても動けない、それが正直な所だろう。余りにも問題が都市全体に広がり過ぎたと言える。もしかしたら爆発した住人がギルドを襲撃、何て事も視野に入れないといけない。

 何処もかしこもダンジョンの危険の事、冒険者ギルドへの批判で一杯だ。こんな中で冒険者ギルドへと向かうのは目を付けられかねない。

 住民たち、デモをしている者たちから追及の手が伸びる事は間違い無い。今こんな時にギルドへと何の用だ?と。


 まだまだ時間が掛かるかもしれない、そんな事を思いつつも俺は次に向かう雪山、スノーレジャーに思いを馳せるのだった。

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