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予想外の出来事は突然目の前に現れる

 そこにはお腹が膨れているゴブリン。しかしその体格は巨大と言って良いモノだった。

 そしてもう一匹のゴブリンは痩せ細っているのだが、その股間はいきり立っていた。コレにカジウルが。


「母体だこいつは。それと種を仕込むゴブリンだ。雄雌揃っているとは驚きだぜ。」


 どちらのゴブリンもその見た目は醜悪だ。余り直視していたくはない。


「あー、そう言う事なのかぁ。随分とお盛んで。」


 俺はやっと納得した。長い年月をかけてこのダンジョンが一杯になるまで「生み出していた」のだ。

 そして今もまだ生み続けるつもりなんだろう。腹が大きいと言う事はその中に既に子がいると言う事だ。


「ゴブリンと言えどもお腹の中に居るのを殺すと言うのは気が引けます・・・」


 ミッツはそう言うが、それでもしっかりと構えて戦闘態勢を取っていた。長年冒険者をしてきているのだ。それくらいは当然できる気構えは持ち合わせているんだろう。


 二体のヌシ、ゴブリンは部屋に入って来た俺たちに見向きもしていない。コレに俺は不思議に思った。


「なあ?何でこいつらは俺たちを気にして無いんだ?・・・なあ?何だかヤバそうじゃないか?」


 早くこの二体を殺した方が良いのでは?そんな直感が働いた。しかし遅かったようだ。


「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ!ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


 母体ゴブリンはそんな泣き声をあげる。どうやら生まれるらしい。じっとそれを見つめてまるで動かない種馬ゴブリン。


「雲行きが怪しくなってきたけど、どうする?このまま何が起こるか見届けるか?」


 俺はカジウルとミッツにそう訊ねるのだが、二人の答えは同じだった。


「やっちまおう。」「今の内ですね。」


 直ぐにカジウルが踏み込んで種馬ゴブリンの頭部を唐竹割りで真っ二つにする。

 ミッツは母体ゴブリンへと跳躍。その頭部よりも遥か高くに飛んで自身の手に持った武器のメイスを叩き付けて頭蓋を完膚なきまでに潰した。


「駄目だな。もう生まれるらしい。二人とも下がれ。出て来るぞ!」


 俺は警戒を最大にした声で二人に呼びかける。コレに応じてカジウルはじりじりと後退し、ミッツはピョーンとバックステップで俺の隣まで飛んできた。


「ミッツ、いつからそんなに身軽な動きができるようになったの?」


「これでも普段から隠れて特訓をしていましたから。」


 俺とミッツのそんな呑気なやり取りにカジウルが叫ぶ。


「おい、そんな呑気な事を言ってる場合じゃないみたいだぞ?」


 もう既に死亡している母体ゴブリンの股の間から何かが這い出してきた。

 そいつは羊水だろうか?べっとりと塗れた状態で身体が全て外に出てきた時にはすぐさま立ち上がった。

 背丈は150cm程、見た目はどうにも人の姿に非常に近い。しかし肌の色はやはりゴブリンだ。

 確かにそいつはゴブリンなのだろうが、妙だった。どう言う訳か何故か「高貴」な空気を纏っていたのだ。

 所作が何故だか一々演劇染みている様に感じる。立ち上がったそのゴブリンは自身の掌を見つめつつ握ったり開いたりを繰り返しているのだ。

 続けて両腕を大きく横へと伸ばし広げて顔は目を瞑り天を仰ぐ。まるで一人で舞台に立って「一人演技」をしているかのように。


「いや、馬鹿かお前?状況分かってる?」


 俺は思わず突っ込みを入れてしまった。でも、そんな言葉は耳には入っていないようで。と言うか、このゴブリン、俺たちの事を認識していないらしい。まるで自分に酔っていて俺たちの事なんて関係が無いとばかりに振舞っている。


 しかし突然このゴブリンは動き出した。いや、別にこちらに突然襲い掛かってきた訳じゃ無い。

 寧ろそっちの方がまだよかった。マシだった。今俺たちは目の前で「共食い」を見させられている。

 そう、この生れて来たゴブリン、死んでいる二体を貪り食い始めたのだ。


「うおええええええ!?何だよこいつはよぉ!?」


「ううぅっつぷ!?生まれたばかりでお腹が空いていたんでしょうか?」


「まさかこんな展開になるとは思っても見なかった。気持ち悪いな、ホント。」


 カジウルは困惑し、ミッツは呑気な感想を、俺は斜め上どころじゃない展開に精神をぶん殴られる。

 俺たちはそんな突然発生したこの光景に気を取られてゴブリンをそのまま放置してしまった。

 そうなればこの光景を止める者は居ないのでいつまでも続く事になるのだが、こちらも余りの気持ち悪さに動けない。

 で、ようやっと食事を終えたゴブリンはこちらにやっと振り向いて俺たちを見る。

 そして不気味に「ニヤリ」と笑うと軽くその場で二度、三度と飛び跳ねる。どうやら自分の身体の具合を確認しているようだ。

 そして次の瞬間にはカジウルに飛び掛かって来ていた。


「堪らねえなオイ・・・どんなに姿が人に近かろうが、中身は獣と変わらずかよ。」


 カジウルがそのゴブリンの手刀を剣で受け止めた。そして眉根を顰めてそう言った。

 カジウルは剣の刃を立てて受けているのでゴブリンのその手が本来だったら傷付いていても良いはずだ。

 けれどもゴブリンは何とも無い。直ぐにカジウルからバックジャンプして後方へと逃れる。


「ちっ!勘も鋭いみてーだな?コイツ咄嗟に俺との力の差を読んで即座に引き下がりやがった。」


 そうカジウルが言った直ぐ後に今度はゴブリンがミッツへと飛び掛かる。でも、遅い。その程度ではミッツに怪我一つさせられないだろう。


「先ほどのカジウルへの一撃は不意を突いた一撃でしたからね。既に今は警戒態勢になっていますから。」


 ミッツはもう気持ちは切り替えている。このゴブリンが襲ってきたと言う事は敵だ。ならば倒すまで。

 ゴブリンはきっとミッツになら勝てると踏んだんだろう。でも、それは考えが浅はかだ。

 ゴブリンはその鋭い爪を真っすぐにミッツへと突き立てようとして手を前に出すのだが。


 メキッ!と骨が折れる音がする。ミッツがゴブリンの腕をメイスで打ち払った音だ。この瞬間に「ぎゃ!?」とゴブリンの短い悲鳴が響く。

 既にコレで勝負はついたと言ってもいい。この隙をカジウルが見逃すはずは無いのだから。

 それでもこのゴブリンはしぶとかった。折られた腕をかばいながらもカジウルの高速の斬撃を避けて見せたのだ。


「おい、コイツやけに勘が良いな?全力で無かったにせよ、今のは確実に斬れたはずの踏み込みだったんだぞ?」


 カジウルがこれに少々の困惑を見せる。それ以上にゴブリンは俺たちが強敵で、しかも自らを殺し得る相手だと言う事に混乱している。

 どうやらゴブリンは相当甘い見積もりで俺たちの事を判断していたようだ。

 だからだろう。二人には敵わない、だから残る一人も強いんだと判断した様である。

 既に肉塊、死んだゴブリンの食いかけを掴んで俺へと投げつけて来た。おそらくは俺への牽制、もしくは目くらましだったのだと思う。

 ソレは俺への顔面へと一直線、コレにカジウルもミッツも意表を突かれて一瞬だけ動きが止まる。

 でもそれは俺の目の前で透明な壁に阻まれる。魔力障壁だ。しかし肉塊はそれにべっとりと張り付いて余計に視界が取られてゴブリンの動きが視認できない。


 そしてそのゴブリンは動いた。その瞬間を狙って。


「まあ、そうは問屋が卸さない、ってな。しかしまさかこの部屋から逃げだそうとするとは驚きだ。」


 そのゴブリン、俺たちに敵わないと判断したら即座に逃げ出す事を決断したのだ。このヌシの部屋の扉へと即行で向かって行っている。

 でもその動きを俺が捉えられていない訳が無い。この部屋に入った時には魔力ソナーで異変を直ぐに察知できるように最大限の警戒を敷いていたのだ。

 そして今この時もそれを解除はしていない。だからこのゴブリンの動きが直接俺の目で見れなくともその行動は把握できていた。


 ベシン!だと思う。擬音に変えれば。その音は思いきり壁にぶつかる音。透明な魔力障壁にその逃げ出そうとしたゴブリンが思いきり衝突した音。

 そう、出口となっている扉は大っぴらに解放されている状態だったのだが、そこを俺の魔力障壁が塞いでいたのだ。

 それを分からずに見事そのゴブリンは全速力で魔力障壁にぶつかった。


「ぐが!ぐぎゃぎゃがぎゃぎゃ!ぎゃぎゃー!」


 ゴブリンは床にゴロゴロとみっともなく転げ回っている。痛みと驚きで。おそらくは自分に何が起きたのかすら理解は出来ていないんだろう。


「取り敢えずまあ、終わりにしておくか。これ以上は時間を掛ける意味も無さそうだし?」


 俺は魔力をゴブリンへと流す。そして瞬間冷凍、液体窒素を思い浮べる。コレに悲鳴すら上げられずにゴブリンはその瞬間見事な氷の彫像に変り果てる。その顔は苦悶に歪んだままで非常に醜怪だ。


「じゃあ戻ろう。さあ、入って入って。あ、話があるんだ。ダンジョン都市で俺たちはワークマンの護衛をする事になったから。詳しくは戻ってからするよ。」


 俺の始末の付け方がそんなに可笑しかっただろうか?カジウルもミッツも凍ったゴブリンへとジッと視線を向けている。


「エンドウは容赦ないよなー。まあ、良いけどよ。もうゴブリンは懲り懲りだぜ。」


「そうですね。もう暫くは見たくもありません。都市に戻ってゆっくりしましょう。」


 カジウルもミッツも相当に疲れているようだ。俺が出したワープゲートにスタスタと近寄って来る。もう慣れたものである。

 ワープゲートを通る前にカジウルは何を思ったのか凍っていて白く空気が滲んでいるソレへと鞘に納めてある剣を叩き付けた。


「はぁ~すっきりした。じゃ行こうぜ。」


 見事にゴブリンの氷の彫像はその一撃で粉々に砕け散ったのだった。


「只今ー。帰って来たぞー?ワークマンは今時間空いてる?」


 研究所に付いて真っ先に俺がした事はワークマンにゴブリンの件を伝える事だった。

 カジウルもミッツも、色々と話しておく事があったのだが、コレはラディに任せた。


 こうして俺はワークマンの執務室へと入り、ゴブリンダンジョンでの事の顛末を説明する。そしてワークマンの見解がこれだ。


「・・・そいつは恐らくだがゴブリンキングになっただろう特殊個体だな。しかも生まれ方が聞くに堪えんな。確率、と言って良いんだろう。その一匹を生むまでに誕生したゴブリンは全ていわゆる「ハズレ」と言えるモノなのだろう。異常繁殖はその「王」を生み出すと言う副産物と言えるか。そもそもそのような「王」の発生は研究されてきていないな。観測ができていないと言ったらいいか。今回が世界初だろう。世紀の大発見だな。」


 このゴブリンの件も研究論文に書くとワークマンは言う。どこもかしこも、どの地域でもゴブリン被害が絶えないという。

 今回の事でゴブリン駆除の一助と少しでもなってくれればという気持ちも入っているそうだ。


「書く気力がどんどん上がっている。四日後には全て書き終えられるだろう。そうなったらコレを持って国の研究機関に正式に申請する。この論文が世界的に広まるのは、そうだな。一年と言った所か。」


「遅いな。いや、この世界ならそれでも早い方なのかね?そこら辺が分からんな。まあ、もっと早くする為に俺が助力を惜しまなければもっと早く広められそうだな。って、ワークマン、休憩も睡眠も食事もちゃんと摂れよ?師匠もそこら辺の管理をしてあげてくださいね。」


 俺の指摘にワークマンの助手的な仕事をやっていた師匠が鼻から息を一つ、長めに吐き出す。


「分かっている。余り根を詰めると効率が下がるのは自身で身を持ってして体感してる。そして、もうそろそろ休憩を取れ、ワークマン。最後に休憩を取ってどれだけ時間が経っている?」


 師匠がそう言うのでワークマンがそれに素直に従って椅子から立ち上がる。そして大きく一つ背伸びをしてからお茶を入れ出した。


「それじゃあ四日後を楽しみにしようか。別にそこまで焦ってもいないし、気楽にやってくれ。」


 俺はそう言って部屋を出る。ワークマンとまた顔を合わせるのは四日後の夕方と言う約束をして。

 そして研究所から出て外に居たカジウルに声を掛ける。


「で、事情は分かった?そう言う事でカジウルもミッツもこの研究所の警邏をして欲しいんだよね。」


「おう、ゴブリンを見ないで済むんだったらそれくらいはお安い御用だ。襲って来るにしたってな?人の方が何倍もマシだ、マシ。」


 カジウルはそんな風に言って研究所周辺の警備を受けてくれる。コレにミッツが。


「そうですね。もし迎撃した不審者が怪我などをしたら私が治療しましょう。そうすれば死人は出さずに済むでしょうし。」


 コレは要するに、殺しさえしなければ、生きてさえいれば問題無いとミッツは言っているのだ。怖ろしい事である。

 死んだ方がマシ、と言える拷問をされるかもしれないと、捕まってしまった不審者はそんな感想を持つ事だろう。


「さーて、俺は何をしようかね?やる事は・・・そこまで無いな?つむじ風の皆がやってくれるのであれば俺は過剰じゃね?」


「あら?エンドウ一人だけサボる気?ソレは許さないわよ?」


 マーミが大通りの方から現れて俺へと追及をして来る。サボるのは無しだと。


「あっちの大通りはまだ騒ぎは治まって無いわよ?どうにもギルドの方が何も反応しない事で市民は怒りが上がりに上がってるわね。このままだと暴動に発展しかねないわ。」


 マーミからは別にここのギルドがどうなろうと構わない、という空気がアリアリと感じられる。


「弁明をせずにそのまま圧し潰されれば、それはソレ。それまでだったんだろ。残酷だろうけど、放って置こう。」


 俺もギルドがこの後どうなろうと知ったこっちゃない。と言うか、何ら向こうがアクションを起こしてこない事は恐らくは準備をしているものと推測をしている。

 何をしでかそうとしているのかは調べないが、何をこちらに仕掛けてこようと返り討ちにする自信はある。


 この日はこれ以上何も起きずに過ぎて行った。けれども翌日になってギルドが動き出したのだ。

 朝早くにもかかわらず、冒険者ギルドを批判するデモの人数は多かった。そこにどうにも一人のギルド職員が扉から出てきたと言う。

 ソレが朝早くされていた事で俺はその時間寝ており、その詳細をこの耳で直接聞いてはいないのだ。

 だがしかし起きて早々に俺は都市の様子がおかしい事を察知して魔力を広げて人々の会話を拾って情報収集をしている。そしてどうにもその内容とやらが。


「冒険者ギルドの総力を持ってして、この都市周辺の全てのダンジョンを攻略、消滅させる。」


 と言う遅過ぎる物であった。だけどもその後には俺たちが。


「いや、もうつむじ風が安全のために昨日全てのダンジョンを消滅させているけどね。」


 この事実をこのギルドの発表の後に広げていたりするが。そう、ギルドに赤っ恥をかかせるためである。

 ギルドがダンジョン攻略に乗り出したと知って俺は朝食を食べた後につむじ風の皆とワークマンと会議を開いていた。そこで俺はこの様な案を出している。


「この都市の正式な「治安軍」?に俺たちが既にダンジョンを全て潰した事を報告しに行こう。この都市には国の代官も駐留していたりするでしょ?その人にも一緒に説明をしてしまおう。」


 一旦ワークマンにも論文執筆を止めて貰い、すぐさま朝には行動に移した。もちろんこの案に全員は反対をしてこない。

 マーミなどは「馬鹿共に大火傷を負わせてやりましょ!」と嬉しそうだった。マーミの恨みは根深くねちっこい。


 ワークマンはこの件の証人として一緒に来て貰うのだ。ギルドはつむじ風にダンジョン調査の護衛を依頼してきていると言う証拠もある。

 調査団の代表としてワークマンはコレに参加しているので記録もバッチリと残っている。証拠が強い。


 ここはダンジョンから生み出される富で発展してきた都市だ。それをギルドが全て攻略をすると言うのであればそれの恩恵を受けていた者たちは黙っちゃいないだろう。

 そして少なからずこの都市に国もかかわっているはずだ。そうなればこのギルドのダンジョン攻略宣言に首を突っ込まないではいられないのである。

 富を生み出し続けていたこのダンジョン都市の重要性、そして、その裏側にずっと潜み続けたダンジョンの危険という面においても。


 こうして俺たちは会議の後はワークマンの案内でこの都市へと国から派遣されている代官の居る所へと向かったのだ。


「・・・この論文は非常に解りやすかったです。いやはや、流石この国でダンジョンの一番の研究者だ。さて、それとは別に既にダンジョンを全て消滅させていると言う事なのですが・・・私からは何も言う事はありませんな。冒険者とは自らの命を掛けて魔物からの脅威を退ける為に居る存在です。ならば、貴方たちのした事は誰に憚られる事では無いでしょう。とまあ、表面上はですがね。本音を言うと、そんな馬鹿な、が半分。そして、やってくれたな、が半分ですね。本当に貴方達つむじ風が全てのダンジョンを消滅させたと言うのなら。この都市の未来に関わる事ですからね。それにしてもこの報告書を読みましたからねぇ。本来なら先ずは感謝の言葉を口にせねばならないんでしょう。報告書を読まねば貴方たちの事を只の馬鹿だと思ってしまっていましたよきっと。」


 どうやらワークマンの論文が一番効き目があったらしい。この都市に駐留する代官「ペリオン」はそう言って俺たちへと鋭い視線を向けてくる。

 ここで嘘の論文などを持ってくるなんて心底馬鹿げた事をワークマンがするはずが無いのだ。それをペリオンは理解していた。そして魔物の氾濫の危険性もちゃんと解っているのだ。


 俺たちは直ぐにワークマンの名前でこの代官へと面会の許可申請を出していた。会いに来たと言っても普通はアポイントメントを取っていないのに相手がそのまま「はい、了解」と言って即座に会ってくれる訳が無い。

 しかしここでワークマンの名前が大きく役に立った。ダンジョンの研究者が会いに来たと言う事で、重要な案件だと受け止めてくれたらしいのである。

 既にこのペリオンはギルドの発表を知っており、そこへこうしてダンジョン研究者が訪ねて来たのだから会わない訳が無かったといった流れであるようだった。


 滅茶苦茶糸目でマッシュルームカット、いつでもニヤついた表情が非常に胡散臭い代官ではあるのだが、俺たちはここで「証拠」を国でもしっかりと確認を取って貰うためにこう求めていた。


「それで、そちらの求めは「我々国の役員をギルドの攻略隊へと最低一人は捻じこむ」と言うだけで良いのですかね?」


 コレに俺が代表して答える。


「はい。もうダンジョンは「無い」と説明してもあっちは聞く耳を持たないでしょうからね。ちゃんと確認を正式に取って貰うためにそちらの方でも調査員を出して欲しいのです。ギルドも国からの求めであるならば受け入れをせねばならないでしょうからね。」


 俺たちがダンジョンを攻略したのに、ギルドがその事をあたかも攻略隊が為した事だと嘯かない様にする為である。ダンジョンが既に無い事でギルドの者たちは慌てふためくだろう。その後は「俺たちがやった事にすればいい」などと結論を出して何食わぬ顔で都市に戻って来る所までがアリアリと想像できる。


 ギルドは、そして裏で繋がっている商人たちはきっと住人たちの怒りを、危機感を抑え込む事を真っ先に画策したに違いなかった。

 じゃ無ければこのようなダンジョンを全て攻略する、などといった大胆な事をしようとはしなかっただろうから。


 今まで動きが無かったのも冒険者を集めるのに時間が掛かっていたとみられる。そしてその集める為の金は恐らくは主に商人が出したはずだ。ギルドもかなりの出費をしただろうけれども。

 ダンジョンを攻略して出た素材で先ずはその冒険者を雇った分の支払いの埋め合わせをして、ついでに住民たちの鎮静化も狙うと言った浅はかな事を考えたんだろう。

 もしくは「見せかけ」であるかもしれない。ダンジョンのヌシを倒さずに中の魔物だけを倒して素材回収、金の生る木を消滅させるなんて「馬鹿げた事」などと商人は考えるだろう。


 そう言った思惑を封じるためにも国からのそう言った「監視」を入れなければならない。まあ既にもうダンジョンは一つも残ってはいないのだが。


「分かりました。こちらもあなた達の証言の確認、調査が必要ですからね。すぐにでもギルドに人を飛ばします。」


 こうしてペリオンとの話し合いを終えて研究所へと戻る。後は野となれ山となれである。


「おう、大分早かったではないか。もっと時間が掛かると思っていたぞ?どうやらそこそこ聡明な者が責任者であったようだな?」


「・・・誰?!」


 ワークマンの執筆部屋に入ったらそこにはソファにゆったりと座ってお茶と菓子を優雅に楽しんでいる人物がいた。


「いや、マジで誰?・・・あ?まさかおま・・・」


 俺は驚きを隠せない。いや、気付いたのが俺だけで他の皆は全く分かっていない。


「ふふん!エンドウがそこまで驚いたのだ。私は満足だ。その呆けた顔を見れただけで苦労が報われるわ。それにこの姿の方が何かと便利だ。ふむ、こうして茶を飲むのにもいい。」


 ここでどうにも聞いた事のある声が見知らぬ人物から聞こえてくる事でラディが気付いた。

 しかし言葉が出てこないようで、しかし代わりに顔色が優れない。青くなっている。

 次にラディの様子を見て師匠とワークマンが気付いた。二人ともやはり驚きが大き過ぎて言葉が絞り出せない程である様子。


「あのよ?コイツ、まさかだよな?信じたくねえぞ俺は?」


 どうやら妙な所で勘の鋭いカジウルがここで気付いた。しかしどうやら目の前の人物の事を信じたくないと言葉に出す。


 青く輝いて光にかざすと銀色にも見える特殊なストレートロングの髪。長さは大体背中の真ん中あたりか。

 真っ白なシャツとズボンを着ており、その髪の輝きと相まって非常に眩しい。

 そしてその顔はイケメン。女性がやると言う恋愛シミュレーションゲームに出てくるキャラクターがそのまま現物になったかのような。


「・・・この声はもしかして、ドラゴンさんですか?」


 ミッツがここでこの不審人物の正体に気が付いた。その横でマーミが口を大きく開けて呆気に取られている。


「フハハハハハ!コレでようやっと私の事に全員気付いたな。私くらいの「力」があれば姿などは仮初めに過ぎぬ代物だ。前の姿のままでも良いのだがな?お前たちに付いて行くのならばこの姿の方が何かと都合が良かろう?」


「まあ、そこは否定しないがな。どうやるんだ?その人の姿と前の形じゃ明らかに違いすぎるだろう?」


 どうあっても以前の姿から人に変わるなんて予想もしていなかった。俺たちがペリオンの所に行っている間はドラゴンには留守番を頼んではいたのだが。

 それにしたって帰って来るその短い間にこんな大きな変化を起こされていたらこちらだって驚かざるを得ないだろう。

 今後の扱いだって大幅に変わる事になる。やっとドラゴンの存在に慣れて来ていたつむじ風の皆なのに、この「人形態」とも言える姿になられたら、また扱いを考えるのに、慣れるまでに時間が掛かるだろう。


「私にエンドウが「小さくなれ」と言ったからあの大きさだったのだぞ?外側だけを変えるなど、全身にめぐる魔力の形を整えれば直ぐにでも可能だ。とは言え、まだ少々ぎこちないのだがな動きが。」


 要するに、魔力を通して自身の細胞の連結を操作してしまったと。そもそも人とドラゴンなんて根本的な部分から大きく異なる存在だろうに、それを成す事が可能な「魔法」「魔力」が怖ろしい。


「服とズボンは?どう言う事?」


「む?これか?皮膚の変化だな。人は素肌を隠すのだろう?それらしい恰好を考えた結果だな。」


「有難いよ理解して貰っていてな。ったく、変な所には気が利くんだなドラゴンは。」


 もうこうなったらどうにでもなれ、である。俺は、と言うか、この場に居る全員がドラゴンの行動に振り回されている。

 自由奔放にふるまうドラゴンに俺たちは今さっきまでのこの都市の問題の事など綺麗さっぱり頭の中からすっ飛んでいた。


「・・・えーっと、皆、解散!」


 時が止まったかの様な皆を動かすのに、俺の口からはそれくらいの言葉しか出せなかった。

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