未知、道、みっちり
そこは大きな穴だった。直径が五メートルほどあり、それが斜めに地下へと続いている。
中を覗いてみるとどうやら天井の高さも同じくらいある様子だった。
巨大洞窟と言って差し支えないものだろう。人工的に作られたかの様な綺麗な地面。
そしてうっすらと中は青白い光が満ちていて視界が暗闇で遮られていない。
ダンジョン、そこは不思議空間であった。
そんな入り口前も草が鬱蒼と生い茂っているので俺は魔法でそれらを処分して平地を作った。
これにまたしても驚かれたが、二度目だったからか、それとも俺が先に魔法を使う前に一言声をかけたからか、その驚きの時間は短かった。
その入口の前で一度休憩を挟むために一時的な拠点を張るためテントと椅子、テーブルを用意し始める。
組み立て式の物でカジウルが持って来ていた荷物がそれだった。
四人がそれぞれ持つ物を分散して運び込んだのでそれ程大荷物にはなっていなかった。
「じゃあもう一度確認するぞ。」
カジウルが皆に声を掛ける。最終確認だ。別に今まで馬車の中で話していた事を再確認するだけ。
しかし皆は齟齬が起こらない様にと真剣に話を聞く。食い違い、それが起こっているとそのせいでパーティーが危険に晒される事もある、とマーミは俺に教えてくれた。
「じゃあ各々力を抜く時間だ。精々今のうちだけは頭の中を空っぽにしとけよ。」
カジウルはそう言うとテントの中に入って寝転んだ。マーミは弓の点検を。
ミッツは目を瞑り両手を合わせてまるで合掌しているような格好で祈りを捧げているようだ。小声で「天におわします神よ・・・」と呟いている。
そしてラディはと言うと、俺に話しかけて来た。
「エンドウ、少し良いか?聞いておきたい事が有る。」
その表情は真剣で言葉にしなくとも「誤魔化しは無しだ」と圧力を掛けてきている。
「俺の今まで見て来た魔法使いで、あんな事をできる奴を見た事が無い。本当にお前は魔法使いか?アレは本当に魔法なのか?この場をこんな風に変えちまったのも、魔法だって言うのか?」
俺からしてみたら「魔法以外に何と言えばいいの?」と返事をしたくなる質問だった。
魔法以外でこんな摩訶不思議な事を実現ができるはず無いと思えるのだが。
それでもこの世界での魔法での「常識」からかけ離れた行いをしたと言う事なのだろう。俺がどうにも信用?信じられないのだろう。
「何で魔法は火を発現できるのかな?何で魔法は水を生み出せるのかな?魔法って、いったい何だろうな?で、コレもそう言った不思議な事の一つと何も変わらないんだよ。俺のやってる事が誰もできないんじゃなくて、誰もやった事が無いだけで。」
俺が知り得る魔法の基本。それはイメージ一つでほぼほぼ何でも実現可能と言う事である。
だから、ただ、今までそう言った発想をする者が居なかっただけで、俺以外の魔法使いも草を排除し、整地する事ができるはずだ。想像する事に慣れ、それを実現しようと魔力を流す事ができるようになれば。
そしてどうやらこの説明で深く納得してくれたようでラディは引き下がる。
「なるほど・・・そうか、確かに、実際の自分で見た事実を疑ってしまえば何を信じて良いのか曖昧になってしまう。エンドウと同じ事を他の魔法使いもできるって事で良いんだな?でも、まあ、これだけの規模の魔法を使える奴なんて、宮廷魔法使いくらいしかいないんじゃないか?そんな実力を持っているエンドウが仲間か。頼りにさせてもらうとしようか。」
そうしてラディが椅子に座り瞑想し始める。質問はコレで終わりだったようだ。
そしてリラックスタイムとやらもミッツが祈りを捧げ終わるまでだったらしい。
彼女が立ち上がって背負いカバンの準備をし始めると残りの三人もカバンを背負い始めた。
「良し!行こうか!下層を回るだけだが、油断はするなよ?例のアレも起こらんとも限らんからな。」
それが何を指しているのかは俺には分からなかった。質問してみたが「その時になったらか、もしくはダンジョンアタックを終わった時に」説明してくれるらしくはぐらかされた。
(ソレはもうアレじゃ無いか?いや、止そう。今は目の前の未知への緊張感をだな)
そう思ってラディを先頭にカジウル、俺、ミッツ、マーミの順で一列になりダンジョンに突入する。
そしてそのダンジョンの中は薄暗く感じる事は無く、むしろかなり奥の方まで見渡せる程だった。
「何でこんなに明るいんだ?明かりも点けていないのに?」
この疑問にカジウルが答えてくれる。
「ダンジョンって奴は「ヌシ」の住処だろ?んで、その「ヌシ」の魔力がダンジョン内に行き渡ってるんだ。その魔力が放つ光がこうして内部を照らす。魔力って奴はそのまま垂れ流しにするとだな、魔力そのものが発光するんだとよ。魔力の性質ってやつらしい。」
俺が魔力そのものを駄々洩れさせた場合もその魔力はこうして青く光るのだろうか?
ダンジョン内は青い洞窟となっている。放たれる光は「白」では無く「青白」であるようだ。
そんな中、いきなり分かれ道に差し掛かる。どうやら右は行き止まりらしく左へと向かう。
ミッツが地図を片手にどちらに進むかの指示を出していた。どうやら役割分担と言った所らしい。
これまでにこのダンジョンに入った冒険者によって作られたマップを購入していたようで、それに沿ってダンジョン内を進む計画である。
「しかし、こんなデカイ通路、もしかして大分強力なその「ヌシ」って奴がいるのか?」
俺はこのダンジョンの通路のデカさにふと思った事を口にした。
入り口と何ら変わらない広さの通路が延々と続いているのだ。しかし、それだけでは無いと言う。
「ここはまだ「発見」からそれ程月日は経っていないだけで、確かに「ヌシ」は強力なのかもね。でもそう言った所が比例しない事実も有るから何とも言えないわ。巨大な広場を内部に持ったダンジョンの「ヌシ」が小さな弱い魔物だったって言う報告があるくらいだもの。」
どうやらダンジョンには基準とやらが存在しないようだ。むしろ在ったとしても研究し尽くせていないと言う事だろう。
そう言っている間にどうやら先ずは一番目の「稼ぎ所」に辿り着いたようだ。
そこは学校の体育館程度の広さを持つ広場だった。そこに魔物「ビックブス」の集団が居たのだ。
「コレは相当骨が折れるぞ。こんな事になっているとは想定外だ。どうする?最悪、重傷を負う奴が出る可能性もあるぞ?」
ラディは慎重に気配を消してその集団を覗き込んで一つごくりと唾を飲み込んだ。
そこには高さ一メートルを超える猪の群れがいたのだ。そもそも、俺はこのダンジョンの中に入ってから即行でレーダーを展開していた。
だから魔物が居る事は分かっていたが、そのビッグブスが猪の様な魔物と言う事は知らなかったのでレーダーには魔物を示す赤い印しか浮かんでいなかったのだ。
その数は五十は超えるかもしれない。それだけの体格の猪がソレだけいれば、かなりの圧迫感になっている。
その迫力に押されてやる気満々だったマーミも少々冷静さを取り戻したらしい。
「不味いわね。どうしようかしら。これはちょっと打つ手が無いわよ?カジウル、何か無いかしら?」
「どうやらコレはエンドウの力を早速見せてもらう事になりそうだな。イけるか?」
この展開を予想していなかったわけでは無い。だってダンジョンに入った時点ですでにこの状態を把握していたのだから。
隅々までレーダーを広げて魔物を反応を既に把握している俺はここまで来る間にその事も視野に入れていた。だから答えは決まっている。
「どうやって倒せばいい?こいつらの利用価値はどんなモノなんだ?」
何も知らない俺があのモヒカンの様にこのビッグブスの集団を文字通り「消して」しまってはダンジョンに来た意味が無い。
この魔物を狩るために、そしてこいつらを売って金に換えるために来たのだから。
それと俺がこのパーティーでやっていくための「試し」でもあるのだ。
ここで役に立たねば俺の意味が無い。
「こいつらは肉も皮も隅々まで金にできるわ。そうね、普通に動物を狩って、血抜きする的な?まあこいつら腐っても魔物だし、油断をすればあっと言う間に吹き飛ばされるのよね。突進力が桁違いなのよ。」
マーミはそう説明してくれる。それと注意事項も。
「これだけの数が集まっているのを今まで見た事が有りませんね。何か原因があるのでしょうか?」
ミッツがそう不安を口にする。カジウルがソレに被せて言う。
「ヤバい何かが迫って来ているのかもな。しかし、そう言ってここで何もしない事はただ単に大損なダケだ。こいつらをやったら続きはその後考えりゃいい。と言う事で、エンドウ、宜しく頼むわ。」
ニッコリと良い笑顔で俺の肩にパンと手を置くカジウル。
その音に気付いたビッグブスの一頭がこちらへと顔を向けた所を合図に俺は魔法を発動した。
それは逃げる事のできない程の速度を出す。あらかじめこういった広場での戦闘を想定していたのでビッグブスの処置は既に考えておいたのだ。
床に氷を這わせて、そしてビッグブスの脚まで覆い足止めする。そのまま氷の槍が下から生えてきて全てのビッグブスの腹に突き刺さる。
奴らは暴れはじめる。随分と凄い生命力である。しかし、それは悪手だ。悪手と言ってもこいつらはもうこの時点で死しか未来が無いのではあるが。
突き刺した槍の中は空洞で穴が開いている。もちろんそこからどんどんと血が外に出て行く事になっている。
暴れれば暴れる程に血流は激しくなり、抜ける血も多くなろうと言う物だ。
氷の床は瞬く間に血の池へと変わる。この場に血臭が漂う・・・はずであったが、俺はソレも見越して風を起こしてその血臭を隅に追いやって纏めておいている。
流れて血の池になっているソレも魔力を流して一纏めになるようにコントロールし、一か所に血が溜まるように流れを操作した。
「マジか・・・俺ら、必要か?」
「えーと・・・アタシたち、意味ないね。」
「これは予想外過ぎるだろ・・・どう考えても魔法じゃないだろコレ・・・」
「何と言いますか・・・普通の魔法使い、とはこれでは言えませんね・・・」
四人はこの光景に動きを止めていた。目の前で起きた出来事に理解が追い付けていない様子である。
その内に全てのビッグブスが動きを止めた。もう生きているであろうものは無いはずだ。しかし油断はできない。
そのまま串刺ししている状態で生き残りが居ないかの確認作業だ。
「なぁ、一匹でも生きてると危ないから確かめてくれないか?とりあえず魔法は解除しないでおくからこのままで確認をしてくれ。」
こうして俺は雑用を彼らに頼む。やる事が無いと口に出されてしまったからには、仕事を作らなければこのまま彼らが佇んだままでいてしまうから。
この言葉に直ぐに動いてくれたのはカジウルにマーミである。
ラディは周囲の警戒をし、ミッツは正確なビッグブスの数を数えている。
(まあ、俺のレーダーには生き残りはいない事は確認できているんだけどな)
生き残っていれば俺の脳内レーダーのアイコンには赤が表示されたままなはずだ。
しかしこの場にいるビッグブスのアイコンは全て死んでいる灰色に表記が変わっていた。
この判定は魔力の「動き」を捉えているものだ。個体の魔力の「動き」が止まる、それ即ち死んでいると言う事である。
だがしかしそれだけで安全とは言ってはいけない。何故なら死から蘇ってくる根性がある個体が居るかもしれないのだから。
死にかけている所で近づいたら突然ガバッっと襲い掛かられてこちらが被害を受ける。なんて事も視野に入れておかなければ自分の命が幾つ有っても足らないのだ。
(まあ俺にはバリアが有るから大丈夫だし。ただ驚くだけで攻撃されても別に痛い思いまでしないだろうけど)
こうして全ての確認作業が終わるとミッツがその数を教えてくれた。56頭と言う結果である。
「どうしましょうか?これだけの数を処理するのも持ち帰るのも無理な話です。我々のカバンの容量は多く有りませんよ?応援を呼ぶにしても最初から呼んでおくべきでした。これから急いで戻って要請を出しても翌日の夕方になるのではないでしょうか?」
「そうねぇ、これだけの数だとそのくらいは準備に時間も掛かるし、人手もいるから儲けは確かに出ても勿体無い気はするわね。」
ミッツとマーミがそう口に出す。要するに、これだけの収穫を全部持ち帰りたいと言う事だ。
ならばここは俺の出番だろう。しかし、口止めもいれないといけない。
俺はこの力を大っぴらにする気は無いのだ。だから真剣な声音で話し始める。
「なぁ、四人とも口は堅いか?今から俺がする事を一切口外しないと約束できるのであれば、これは俺が処理する。どうする?」
俺の低く威圧する声を聞いてカジウルが逆に明るい声で答えてくる。
「おう!何だ何だ!?俺たちゃパーティーだぜ。エンドウの秘密は俺たちの秘密、共有ってヤツだな。そんな事を俺たちが喋る訳ねぇよ。大丈夫さ、幾ら御貴族様やら王様に話せと迫られても口を割らんぜ。安心しな。あ、拷問を受けるようだったら即行で口を割って良いよな?ソコは勘弁してくれ。」
ニヤリと笑うカジウルに俺は溜息で答えた。拷問を受けそうなくらいなら確かに早々に喋って難を逃れてくれていい、そう思ったからだ。
「俺のこのインベントリの事はそんな事を受けてまで口止してくれなくていい。」
四人が見ている前で俺は魔法でビッグブスの脚を覆っている氷を操作して取り除く。
たちまちに氷に罅が入って砕けてビッグブスは倒れていく。ドサドサといった音がこの広場に連鎖して響く。
その内の一頭に近づいて俺は早速インベントリを開いてその中にビッグブスを放り入れた。
また手近なのから放り入れていく、また、また、また。
次々にこの宙にできた暗い穴へとビッグブスが放り込まれる光景に四人は何と言葉にして良いのか詰まっている様子だった。
その間に俺は地面を覆う氷を踏みしめてパキパキと割りながら作業を続ける。そうしてあっと言う間に全てがこの場から消えて無くなった。
「ねぇ?な、何をしたの?何が起こっているの?何が?何が?何が?」
マーミは壊れたCDラジカセみたいに同じ言葉を短く繰り返す。
カジウルは目の前で起きた現象をどう飲み込んで良いのか苦心してどうにも言葉を紡げないでいる様だ。
ラディがいち早く復帰して疑問をぶつけて来た。
「・・・なあ?あの穴は何だ?そこに放り込んだビッグブスはどうなった?アレは一体なんなんだ?見た事も聞いた事も無い。エンドウ、お前は一体何をしたんだ?」
説明するより見せる方が早い。俺はそう判断してまたインベントリからビッグブスを取り出して見せる。そして一言。
「今入れた物はこうして全部取り出せる。意味は分かるよな。」
ミッツがコレを聞いて顔面を蒼白にした。サッと一瞬で顔から血の気が引いたのだ。今にも気絶して倒れられてしまうのではないかと心配になる程に。
と心配した側から両膝を付いて手もそのまま床に付き頭を項垂れさせた。いわゆる「オルズ」状態である。
「で、伝説・・・魔法・・・今私は見てはいけないモノを見てしまいました・・・」
そう言えば師匠が伝説だ何だとこのインベントリの事を言っていたような。
それをミッツも言っているのだろう。だからと言って「見てはいけないモノ」何て言い方は何か変では無いだろうか?
俺の方はコレをあんまり人に知られると何かと面倒そうだからあんまり「見せてはいけないモノ」ではあるが。
それはさておきミッツのこの言葉を聞いてカジウルがそこら辺を質問してくる。
「なあ?エンドウ、お前は「魔法使い」なんだよな?いや、見たモノは確かに魔法じゃ無けりゃ何だ?って話なんだがよ。もう一度しっかりと確かめときてぇ。お前さんは魔法使いで良いんだよな?」
何か酷い言われようだが、ここで俺はしっかりと言っておく。
「魔法が使えりゃ「魔法使い」なんじゃ無いのか?だから俺は魔法使いだろ?違うのか?」
俺が聞きたいくらいだ。魔法が使えるイコール魔法使い。この世界の基準はそうでは無いのだろうか?
ここでミッツが口を開いた。
「只の「魔法使い」にこのようなマネはできるはずありませんよ。この魔法が使えた唯一の存在、それは文献に出てくる伝説の存在「賢者」しかいないのですから。」
またしてもここで賢者呼ばわりされてしまった。師匠からも賢者認定されている。
もしかしたら俺が考えているよりもこのインベントリの存在はもっと深刻な物であるかもしれない。
少し安易に考え過ぎている可能性がある。この四人の驚き様とミッツの説明。
どうやら俺は「魔法使い」では済まされないようだ。だからと言ってそのこの世界での「賢者」などと言う物がどの程度なのかも俺は知らない。
いや、知ろうとも思っていない。知った所でどうしろと言うのか?である。
そもそもそんな存在がこの世界にあったと言うこと自体気にしていない俺が賢者を名乗る気も無い。
賢者も魔法が使えるなら一纏めに「魔法使い」で済ませておけばいいのだ。
「その賢者ってのがドンダケの物かは知らん。今はそこ重要?で、ビッグブス、どうする?これだけ狩れたからもう帰るか?それとも予定通りにこのまま下の階層に行く?」
このダンジョンに異変が起きている可能性をミッツはビッグブス狩る前に口に出していた。
ならばこのまま帰還する選択肢が一番安全だろう。だけどカジウルはこのまま予定通りに行くと決断した。
「このまま帰っても儲けは出るだろう。あれだけの数だしな。つか、一気に出しちまうと市場で値崩れ起こすから少しづつ出そうや。あんだけアリャ暫く働かないでもグウたら出来るぜ。って言ってもだらけた生活はこっちから願い下げだけどな。腕が鈍っちまうしよ。そんな事よりも、もしこのダンジョンで異変が起きているって言うならその調査もせにゃならんしな。危険度が増した場合はソレをギルドに報告しねーと俺たちの後に入る奴らの危険が増すからな。そこは避けたい。」
「そうねぇ、五階層までの魔物を狩り尽くす、何て冗談で言ったんだけどさ。この数は流石に想像もしていなかったわよ。これもう確実に何かあったわよね。はぁ~。気乗りしないけど、エンドウが居れば楽勝でしょうからこのまま下に降りましょ。」
マーミがそう言ってカジウルの意見に同意した。
ラディもこれに反対は無いようだ。しかし注意は口にする。
「もし、ダンジョンが「成長」していれば罠もヤバい物が配置されてくる可能性が高い。より慎重に行く。不用意に俺の前に出る事が無いようにな。」
「ダンジョン内で死んだ生物から魔力を吸い上げ、それを「ヌシ」は吸収します。それによりまたダンジョンは成長を遂げ、複雑に、そして広大になる。そうするとやはり罠もまた強力な物が出てくる事となる。」
ミッツはラディの言葉の説明をしてくれる。俺がダンジョン初アタックだから講義をしてくれているのだ。
しかしその俺を見る目は少し畏れを内包していて、どうやらかなり心の距離があるようだった。
最初にギルドで顔を合わせた時とは親密度がかなり離れてしまったように感じる。
それほどまでにミッツの言う賢者とは「畏れ多い」モノなのであろうか?
それは俺にはどうしようも無い事なのでこれからのパーティーでの行動で挽回していこうと思ってここで提案した。
「なあ?罠って触らなければいいんだよな?なら俺にちょっと案が有るから実行して見ていいか?ちょっとびっくりさせちゃうかもしれないけども。」
この言葉で四人は察したようであった。
「おい、マジでやる気か?つか、範囲は何処まで・・・」
「ねぇ?まさかとは思うけど、丸ごと一階層ごとやる気なんじゃないでしょうね?」
「おい、俺の仕事を・・・取るなとは言わんが、もうこれ以上は常識外の事はせんでくれ。頭が痛くなってきた。」
「・・・やはり貴方様は賢者なのですね。伝説は再び紡がれる・・・」
ミッツだけ言ってる事が訳わからなかったが、概ね同意を取れた所で俺はこの広場の奥に続く通路へとゆっくりと近づいた。
そうしてこの広場から唯一奥に続く道の前で止まる。そのまま俺は脳内マップに表示される五階層までのダンジョン全ての範囲に隅々まで行き渡るようにちょっと力んで魔力を放出した。
力みながら体内の中にある熱を振り絞り身体から出すようにするイメージで。
そうして十秒ほど経ってから振り向いて四人に言う。
「もうこの先の全ての罠は発動させたから大丈夫だと思う。一回こっきりじゃ無くて再度発動するような奴も根本の所から壊しておいたから、ちゃちゃと先に行って調査とやらを終わらせようか。」
だがしかしそこには異様な事になっていた。
カジウルは腰を抜かし、マーミは立ったまま気絶、ラディは気絶はしていなかったものの冷や汗をバンバン滝のように流していた。
そしてミッツ。彼女は「手と手の皺と皺を合わせて、ナームー」状態で仰向けになって気絶していた。
その表情は何かをやり遂げた感がパナイ、爽やかな顔であった。
「あ、ヤバい、師匠との約束・・・でも、ここ街中じゃないし、イイヨネ?」
どうやら俺の魔力は背後にも漏れ出していたようだ。前面の通路に全て流し込んだと思っていたらちょっとだけ後ろに流れて行っていた様子である。
街中でやっていたら大惨事、どころの騒ぎでは無かったはずだ。改めて自身が危険物であることを認識してしまった瞬間だ。
この四人のリアクションで師匠が言いたかったことがようやく理解できたのである。
「こんなになっちゃうのね・・・確かにまあ、あの狼があんな風な態度を俺にするのも頷けたわ。」
この後皆が元に戻るのに十分ほどかかった。大分ヤバい状態であった事がこの長さで分かる。
抜けた腰が元に戻りそうな所でカジウルは二度ほど「魔力を受けた瞬間」をフラッシュバックで思い出して腰にまた力が入らなくなり立てなかった。かなり深いトラウマにしてしまった模様である。
これには大分俺も罪悪感がデカイ。
単純にマーミは気絶から復帰したのが十分かかったのだが、気絶した瞬間を、何が原因で気を失っていたかを、覚えていないようだった。
それは記憶に残らない程に瞬時に気絶に入ったからなのか、あるいは脳が「危険だ」と緊急措置で記憶封印しているのかは定かでは無い。
これにも俺はかなりの罪悪感である。
ラディはかなり深刻で冷や汗の滝が止まるのに精神安定剤が必要な程にヤバいモノだった。
冒険者とはいつそう言ったパニックに陥る事になるか分からない職業である。そう言った時に冷静になるための精神安定剤を持っているそうだ。
錠剤でソレを飲み込んで効果が出るまで時間が掛かり、その間にラディの服はびしょ濡れになってしまっていた。
申し訳ない気持ちで一杯になる俺。なのですぐにラディの服から汗だけを取り除くための魔法を掛けておいた。
汗の成分を脳内で必死に思い出し、それらが消え去るイメージで魔力をラディの服へと流したのだ。そうすると汗で濡れていた服が即乾いた状態になる。
そう、成功したのだが、成功したら成功したで、またラディは「こんなの普通じゃねえ!」と言って過呼吸になりかけた。
本当に申し訳なく思う。
そしてミッツなのだが、彼女の回復はそこそこ早かった。仰向けに倒れているお地蔵さん、と表現してもなんら違和感が無い状態だったミッツは一分ほどで気絶から回復。目を開いたのだ。
しかしその後が長かった。祈り始めたのだ。しかも聞き取れないほどにブツブツと呟いて「心が壊れちゃった?」と心配になったほどである。しかも仰向けのまま、両手の平を胸の前で合わせたままで、である。
コレには俺が申し訳ない、という気持ちが浮かんでくる前にドン引きしたのは言うまでも無いだろう。
そうしてマーミが気絶から目を覚ました時と同時位に立ち上がって俺に向かって「賢者様について行きます!」と強い言葉でそう言いきられた。
カジウルもマーミもラディもいきなりのこれには「とうとうおかしくなったか?」と言った目をミッツに向けていた。
どうやらミッツの中だけで何かが始まり、何かが決まり、覚悟が完了したのだろう。
これに俺は咄嗟に「いえ、付いて来ないでください」と答えてしまったのは失敗だっただろうか?
しかしこの俺の御断りもミッツの耳に入っていたのか、いなかったのか。
彼女の目はちょっと怖いくらいに見開いて俺を見つめて何も聞こえていない様子だった。