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様子を見に行く

 この後は俺だけダンジョン都市の様子を見に行ってくる事になった。何故俺だけなのかと言うと。


「まだまだ時間が掛かるだろ?落ち着くまで。ならここでもうちょっとのんびりしてるぜ俺は。」

「そうね、一応は私もギルドの慌てふためいてる所を見に行きたいけど、エンドウと一緒は嫌だわ。」

「うーん、私はマルマルの教会の様子を先ずは見に行きたいので、そちらに送って頂ければと。」

「ここは魔物の気配が多くて訓練には最適だ。俺もこっちでまだまだ試したい事がある。」

「ふむ、私は既にダンジョンでもう暴れたからな。暫くは静かにしているのが良いだろう。」

「エンドウがして見せた空間繋ぎを私もできるようになっておきたい。あれは便利だ。各地に飛んで練習だ。」


 カジウルは休息を、マーミは俺と一緒が嫌だと言う。ミッツはどうにもやはりマルマルでの活動が長かった事であちらの教会の様子が知りたいらしい。

 ラディはこの森は魔力ソナーのトレーニングに最適だと、師匠は高難易度で魔法を思う存分使った事で満たされているようだ。

 ドラゴンは俺がやって見せたワープゲートを自分も習得すると息巻いている。

 こうなると後はクロが残るが、寝そべって大きくあくびをしていた。どうやら一緒に来てくれないらしい。


「じゃあミッツ、先にマルマルに繋げるから入ってくれ。俺は香草焼きの店の方の様子を見に行きたいから途中まで行こう。」


 ワープゲートをマルマルのクスイの家に繋げるとミッツと一緒に通る。こうして一瞬でマルマルに到着した後はさっさと歩き出す。


「迎えにはどれくらいで来たらいい?こっちで一泊したりするか?」


「うーん、そうですねぇ。患者さんが少々多かったりするとその治療などに時間を大きく取られるかもしれないのでその時は教会の方に泊る事になるかと。」


 こうしたやり取りをしてから途中で別れてそれぞれの目的地へと向かう。俺はテルモの店へ、ミッツは教会へ。

 で、店の前に来てみれば以前よりも長い行列だ。サレンが手伝いに来てからさらに客の数が明らかに増えていないだろうか?


「店の方は順調らしいな。これを見たら中に入らないでもわかる。もうこうなると俺の手なんて無くてもやっていけるか。もう様子見をしに来ないでも放って置いて大丈夫そうだ。」


 また下拵えの為の魔法使いの人数を増やしたいといった事ならクスイが今後は対応するだろう。

 サレンを雇ったのはあくまでも俺が突発的にやったモノであった。テルモがこの先にちゃんと雇用の問題を抱えたらクスイに話を持って行くだろう。

 こうなると魔力薬も香草焼きも俺の手を完全に離れたと言っても過言じゃない。クスイの方で魔力薬はさらなる売り上げを叩き出していくだろうし、安定生産も既にできているので大方の問題は既にクリアはできている。


「さて、ダンジョン都市の件が終わったら次は何処に行く?・・・あ、そうだ。雪国なんてどうだろうか?」


 羊の魔物の毛が大量にある。ならばそれで防寒着でも作って寒い地域にでも行ってウインタースポーツ何て洒落込んでみたい。

 思えば自分は仕事一筋の人生だった。ならばこちらの世界に来てしまった今の俺の人生では、ハメを外して遊び呆けても構わないじゃないかと開き直る。


「それじゃあ早速あっちの都市の様子を見に行ってみるか。もう正直に言ってこのまま勝手に問題が解決してくれればいいんだけどなあ。」


 そんな風に俺が思ったって、そうは問屋が卸さないのである。俺は昨日の人気の無いダンジョン都市の裏通りへとワープゲートを繋げて移動する。すると。


「冒険者ギルドを許すな!」

「我々の平和と安全を守るのがギルドの仕事だろうが!責任者を出せ!」

「ギルド長を解雇せよ!贈収賄の疑いで逮捕しろ!」

「ギルド上層部は既に腐っている!役員全員の首を挿げ替えろ!」

「冒険者の本分を忘れたギルドは解体だ!」


 などと主張する団体が建物の前で声を上げていた。数えるのが面倒になるくらいに。人がゴミの様だ。


(ギルドは扉を閉じて籠城戦か。一応は警備の正規兵が入り口に立ってこの暴動を落ち着かせようと必死みたいだけど・・・さて、どれくらいもつかな?)


 ギルド長が今どの様にこの集団へ対応しようかと頭を悩ませている事だろう。なるべく穏便に、かつナアナアになるように仕向けたいはずだ。

 自然消滅をさせたい、住民全体の記憶にこの先この件が残らない様にと。そうで無いとギルド自体の存続にかかわる。


(だけどこの盛り上がり方だともうワークマンの方で既に真実が公表され終わった状態だろうな)


 こう言った事は関係各所のお偉いさんが集まって話し合いで解決が一番良いはずだ。しかしこれだけの数のこの都市の住民が騒いでいるのだから、これはもうお偉いさんだけの話し合いで収拾はつかなくなっていそうである。

 もしかしたら騒いでいる中に工作員か何かが入っていて煽動している可能性もあるかもしれない。

 こうなったらギルドは活動どころでは無くなる。そうなるとダンジョンへ入る冒険者の数も少なくなるはず。


(負のスパイラルになるな、問題が長引けば。どうする?その時には俺が全部秘かに片づけちゃうか?)


 そうなるとこの都市が崩壊する事に繋がるので安易にダンジョンを全て潰すなんて方法は取れない。

 面倒な事になったな、と思ったが、こうなったのもギルドの自業自得だし、因果応報でもある。

 それにこの都市に住む住民たちにも、これと同じ事が言えるだろう。ダンジョンと言う脅威を忘れて、今まで発展してきたのだ。どんな言い訳も通じない。


「まだまだこの騒ぎは落ち着きを見せないだろうな。じゃあ俺はこの都市を観光でもしていようかな。」


 俺はこの都市に来て早速悪漢どもに絡まれている。なのでまだまだこの都市を見て回れていない。

 観光名所があればそこに行って楽しみたいと思っていたが、どこもかしこも冒険者ギルドの件でもちきりでちょっと辟易した。

 そう言った者たちは自分たちがこの都市の住民なのだと言う自覚が足りていないのかもしれない。


(ギルドの問題はこの都市に直結しているんだから、それが巡り巡って自分にも回って来るって解っていないんだな)


 仕方が無いのかもしれない。所詮は当事者じゃない、などと考えているのだろう。通りを歩けば誰もが危機感を感じさせない顔つきでギルドの話題で盛り上がっている。

 俺は取り敢えずそんな中でウインドウショッピングをしながらあちこち歩いてこの都市を見て回った。

 この都市にはダンジョンで得た品物が多く並ぶ。それら加工品を扱った土産物屋などが賑わっていたり、仕入れをしに来た商人だろう者たちがひっきりなしにあっちへこっちへと行ったり来たりしているのも見える。

 冒険者の必需品を扱う店なども多数見受けられて見て回るだけでも様々な面白い商品をこの目にして楽しめた。

 中には怪しい品を露店で売っていたりと、なかなかにバラエティーに富んでいて飽きさせない。

 俺はこうして久々に観光を楽しむことができて満足したのだが、問題は解決したわけでは無い。


「どうするか。もうこの際ここのギルドの事は全部無視して別の地域に移動するって言う手もあるよなぁ。正直言って、煽るだけ煽ったけど、どうせこの都市の問題の根幹に関わる事だし、俺たちがこれ以上首を突っ込む必要あるのかねぇ?」


 そんな無責任な言葉が漏れて来てしまう。アレだけの演説をギルドの前でしておいて、である。この問題の最後まで付き合う様な殊勝な精神は俺には無い。

 解決のために出しゃばると言った事もしない。ぶっちゃけ「それ俺たちがやらんでも」と感じてしまう。まあ、面倒臭い、薄情だと言うだけだが。

 この問題の責任は俺たちには無く、事がこれほどに大きくなったのはダンジョンを「金儲け」にして発展してきたこの都市全体のせいである。

 俺たちがやった事はきっかけに過ぎず、しかして只々冒険者の本来の真っ当な責務を果たしただけの事なのだ。


「さてはて、どうなる事やら。どう転んでもこの都市は崩壊する、のかね?」


「おいおい、そう言ってくれるな。ダンジョンが無くなれば大幅な収入は減るだろうが、ここは各地への商売の中継点にもなり得るほどに大きな都市だ。崩壊はせんだろうさ。」


 そう言ってワークマンが俺の前に現れた。


「あ、もしかして俺たちの事、探してたりとかしてました?この騒ぎで外に出てても大丈夫なんですかね?」


 ここでワークマンと会うとは思っていなかったので俺の事をもしかしたら探していたのかと思った。

 それと、彼は研究機関の人間なので、今のこの騒ぎの中にこうして外を出歩いていても安全なのだろうか?と心配をする。


「大丈夫だ。確かに研究結果は発表したが、冒険者ギルドの依頼の上での事だったのでなこちらは。責任は全てギルドにあるのさ。そもそもギルドはダンジョンを今後も利用できるか、できないかを見極めるために私たちに調査打診をしてきたんだ。手に負えない結果であればダンジョンを封鎖といった結論を出しただろうが、なまじ攻略ができると分かって、ギルドは汚い正体を前面に出してきていたと言う訳だ。」


「ああ、師匠が魔物を一掃したあれですか。それを充てにしてあんな事になったと。・・・うーん?馬鹿だなぁ。」


 意地汚い根性を出さなければ今こんな事にはなっていなかったと。でも、ギルドは最初から金に目が眩んでいた。どう転ぼうが結末は同じだったかもしれない。


「エンドウ殿は今日は何をしていたんだ?こうして偶々見かけたから声を掛けたが。まあ崩壊などと物騒な事を言っていたので余計に声を掛ける気になったんだがな。」


 ワークマンはどうやら今回の事でつむじ風の皆を探していたと言った訳では無いらしい。俺の発言が偶然にも聞こえたそうで、そこに不穏な言葉が混じっていて思わず、と言った感じか。


「ああ、この都市の観光ですよ。俺、この都市に入って直ぐに悪徳冒険者に絡まれてロクに見て回れて無かったんで。」


「サラッと言う事なのかそれは?まあ、いい。ならば昼を共にどうだ?美味い店を知っている。行かないか?」


 俺はこの誘いに乗ってワークマンのオススメの店での食事をする事にした。

 付いて行けばそこは裏路地に入った怪しい小道。だがそんな場所を迷わずスイスイとワークマンは入って、進んで行く。


「まるで迷路だな。こんな所に?」


 俺は疑問を思わず口にする。どうにも美味い店なんてありそうな雰囲気では無かったから。


「大丈夫だ、問題無い。そこは知る者が少ないんだ。そこの料理を口にすれば一発で気に入って貰えると思う。」


 どうやら隠れた名店、と言ったところらしい。そうであるならもう俺も黙って付いて行くしかないだろう。

 そしてとうとう到着した、と思ったらそこは行き止まりだった。俺は思わず「はい?」と間抜けな声を出してしまう。

 流石に魔力ソナーを使ってはいない。それをすると観光の楽しみが半減するからだ。この目で見る前に魔力ソナーで分かってしまうなどと言うのは楽しくない。

 コレは緊急時用に使うのが良いのであって、普段から使いっぱなしは流石にどうかと思える。


「ここは以前に偶然辿り着いたのだがな。その時に扉が偶々開いていて。何もかも偶然に知ったんだ。さて、ちょっと待っててくれ。」


 行き止まりの壁にまるでスパイ映画の合図の様にリズミカルに拳でコツコツと叩くワークマン。どうやら叩くリズムと言うのが決まっているらしく特定の法則があるようだ。

 俺はコレにちょっとワクワクした。子供か!と言われてもまあ言い返せない。だってワークマンが突然その行動を止めたと思ったら壁が回転扉となってくるりと半回転したのだから。まるで忍者屋敷だ。


「うわー、すっげ!え?マジで?ここが飯屋なの?嘘やん?」


 本当の意味での「隠れた」名店である。本気で店の場所をここまで隠した店が今まであっただろうか?いや、無い。

 俺のこの驚き方にワークマンがドヤ顔をしてくるのでソレがちょっと悔しい。


「さんざん驚愕な場面、経験をさせられたからなエンドウ殿には。こうして逆に驚かす事ができてうれしいよ。」


 ワークマンはどうやらサプライズと言った感じで俺にこの店を紹介したかったんだろう。正直、楽しませて貰ったと言える。

 しかし肝心なのは店の出す飯が美味しいかどうかだ。コレが不味かったらここまでの演出が余計にバカバカしいモノに変わる。


「味は私が保証しよう。では行こうか。」


 言われるがままに俺は回転式隠し扉を通って店の敷地へと入って行く。そこにはなんと。


「日本庭園・・・?とはちょっと違うッポイけど、それに滅茶苦茶近い雰囲気!?ここはどこ?私はだあれ?」


 少々の混乱が俺を襲ってきた。目の前には日本家屋、庭園である。池には鯉らしき魚が泳ぎ、どうにも松の様な木が植えられていて、白い砂利が敷かれていて、と、まるで日本に帰って来てしまったかの様な感覚に襲われた。


「ここはどうなってる・・・んだ?まさか日本に?」


「ん?驚き過ぎて言葉も出ないかね?ここは遥か昔に「賢者」が建てたものだと言う。それを懇意にしていた料理人が譲り受けたのだそうだ。まあ、本当かどうかは分からない話だが、それでもここは今もその料理人の子孫が代々受け継いでいる料亭なんだ。」


 俺の漏らした「日本」という言葉はワークマンには聞こえていなかったらしい。そしてそのワークマンが横に居る事に因って俺はここが元の世界では無いのだと知る。


「ここで「賢者」とはなぁ?しかも、日本人じゃね?コレは確実にそうだよな。」


 ワークマンが先行して玄関に進む。そしてガラガラガラといった懐かしい音を立てながら横へと扉をスライドさせた。


「すまない、二名だが大丈夫かね?」


「はい、ワークマンさん。ようこそいらっしゃいました。おあがりになってください。」


 そこには「女将さん」と行って良いだろう女性が。そう、和服だ。そして若くて美人。先程混乱から脱したばかりだったのに再び頭の中がこんがらがりそうになる。

 そして俺は中に入って驚いた。そこは正しく内装も日本家屋のそれだ。しかも高級懐石を出すお店の。


「さて、エンドウ殿。ここでは履き物を脱いで上がるんだ。」


 分かっていた。俺は日本人なのだから。この世界にこの様な建物がある事の方がおかしい。


「その前に足を洗うんだぞ。おっと、有難う女将さん。」


 どうやら呼び方も女将さんで良いらしいその女性。手には桶と布巾。靴を脱いだ足をそれで洗って拭いてから上がると言う事らしい。


「あらあら、こちらのお客様は御友人で御座いますか?初めてのお方は大抵は驚かれますからね。」


 女将さんは俺の驚きが初見の客の反応だと思ったらしい。しかしその中身は似て非なる驚愕である俺の中は。


「初めまして。今日は宜しくお願いします。」


 俺は簡単な挨拶をするくらいしかできない。それだけ心臓がドキドキしていた。


(こんな所で「日本」にお目に掛かるとはなぁ?俺以外でこの世界に来ていた日本人がいた。しかもそいつは賢者だなんてな)


 ワークマンのした話を全て鵜呑みにする気は無いのだが、しかしそれが真実なのだと言う事は俺にはハッキリと分かる、理解できてしまう。


「畳だし、テーブルは低い。それに賭け軸に、襖、障子。鹿威しが響く。駄目だ・・・頭がどうにかなりそうだよ。」


 案内された部屋はどう考えてもそのまま「答え」だ。何処を見ても日本が感じられる作りである。

 そして出された料理も、懐石料理だ。そして箸である。コレはもう疑う余地は無い。


「料理までその「賢者」が指導したのか?」


 俺は運ばれてきた料理を見てそう疑問を口にする。見た目が麗しい。日本の美的センスが一皿に凝縮されている。色味もそうだし、盛り付けもそうだ。

 グルメテレビ番組で紹介されている料理を、まるで目の前にしているかのようだ。現実感が何処かにぶっ飛んで行きそうだった。

 俺はもうこの世界を大体の部分受け入れている。そんな時にこれが出てきた衝撃はデカイ。


「最初はそうだったらしい。だけども料理人が代を重ねる毎に料理の研究もしていったそうだよ。今ではその味は王宮で出される料理に匹敵するだろうな。」


 食べれば断然美味い、実に深い旨味が感じられる品が順に運ばれてきてそれぞれが至福の時を演出してくれている。紛れも無い「日本の味」であった。


(昔のその「賢者」とやらは余程故郷の味を再現したかったんだろうな。ああ、そうか)


 きっとその賢者は日本に帰りたかったんだろう、俺とは違って。その気持ちがこれほどにこの家と料理に込められていたのだと思える。

 ソレを思ったらちょっとだけ胸の辺りがきゅっと締め付けられた。


 食事は滞り無く終る。出された料理の数々は全て完食だ。最後の最後で緑茶が出される。


「すげえわ。お茶までかよ。尊敬するわ「賢者」。ああ、実に楽しませて貰った。有難う、御馳走様。」


 俺は出されたお茶で一息ついた後に心の底から過去のその「賢者」に感謝の気持ちを言葉に出した。


「さて、どうだったかね?満足してくれたかい?まあ、その顔を見れば分かるな。連れて来たかいがあったというモノだ。」


「いやー、凄かったよ。来れて良かった。ダンジョンの異変が無かったらこうしてここにも入れなかったんじゃないかと思うと、この都市の今のゴタゴタも愛おしく思えるね。」


 この俺の発言に悪い冗談だとワークマンが笑う。食事中俺は食べる、味わう事に夢中で会話はゼロだった。

 しかしそれにワークマンが機嫌を悪くしたようには見えない。寧ろ、それをニマニマと満足そうに見ている。

 どうやら俺の事を驚かせられた事に満足しているようだ。俺もこの様な驚きなら何度でも受けたい。


「ここは私の奢りだ。遠慮はしないで良い。ここにまた来たくなったら一人でもう来れるだろう?その時は多めに金を溜めて置く事を推奨するよ。」


 それだけ高いお値段の店なのだろう。確かに出てきた料理はどれもこれも手間暇かかっている物に見えた。

 それに高級食材などが使われていた場合はちょっと戸惑うくらいの料金になっている可能性がある。


「ワークマンはソレをほいっと俺に驕れるくらいに稼いでる、って事かぁ。」


「いやいや、そうじゃない。安月給さ。今まで趣味なども無く仕事に詰め込んでいて使う場所が無かったのさ。丁度いいのさこの機会はね。」


 何故だろう、このワークマンの言葉に親近感、というか、それは俺もだと言いたくなった。しかし俺のサラリーマン時代をワークマンが知っている訳じゃ無い。

 そんな言葉を言ったら妙な事を根掘り葉掘り聞かれるきっかけにしてしまうかもしれない。

 ソレは面倒なので「有難う。御馳走様」とだけ口にしておいた。

 料金は二人で金貨九枚である。ワオ!なお値段だ。しかしそれも納得できる。

 異世界で日本の料理がこれほどに楽しめる所は皆無だろう。今の所は。それならばこの値段でも今の俺には安いと言えるくらいだ。

 料亭を出る際には女将さんに「またのお越しを」と言った言葉を掛けられながら見送られる。

 そしてまた回転扉かな?と思ったら別のだった。庭を突っ切って別の壁にワークマンが手を付いた。


「出口はまた別で専用があるんだ。面白いだろう?そっちも人気が無い場所に出るんだ。キッチリと隠れ家として徹底している。」


 俺はコレに変な事を考えた。もしかしてその昔の賢者はそもそもが「忍者屋敷」を再現したかったとか言うオチじゃないのか?と。

 まあそう言った変な妄想は止めておく。もうその賢者はここには居ない。失礼な事は考えない様にしようと思った。あれ程の美味い料理をこの世界で再現したその努力に敬意を払って敷地内から出る。


「さて、この後はどうするかね?良ければウチの研究所に顔を出さないか?」


 このワークマンの誘いにちょっとだけ興味が湧く。研究とか言っているがソレは普段どんなモノであるのかを知っておきたかったのだ。


「分かった。お邪魔でなければ御伺いさせて貰おうかな?」


 こうしてこの都市での観光は続いた。てくてくと通りを歩く。大通りを一つズレた道を俺たちは歩いている。

 そこでは怪しい店が何件も軒を連ねており「治安は大丈夫なのか?」と思わずワークマンに聞いてしまった。


「ああ、どこも真っ当な商売をしているよ。真っ当過ぎて嫌われてまともに見えない位に落ちぶれてしまっているだけだ。何処の店も扱っている商品の質は良い。しかし、値引きもされないんだよその代わりね。そしてそれらの商品がそもそも需要の極小さい商いでね。店の店主は何処も副業で開いているようなものだ。雰囲気は悪いが、この通りに悪人は出ないよ。」


 ここの通りはどうやら特殊な通りの様で、治安は見た目とは打って変わって良いらしい。どうやらそれを成しているのはここの通りに並ぶ店の、その扱っている商品がキーとなっているみたいだ。後でソレを確認してみたい。

 どんな危険物を扱っているというのか?悪人どころでは無く、人気も全く無いと言って過言では無い道である。流石にコレはどうなのかと思えたのだ。


「さて、ここだ。入ってくれ。見た目はボロイが、中は最新式の調査器具などが置いてあるから無暗に触ったりは止してくれよ?中には劇物などもある。」


 脅された。まあこれも多分ワークマンの冗談だ。そんな物がある場所であるならばワークマンがこれほどに気楽に俺へと注意事項を言う訳が無い。

 そう、笑いながら言っているのだこのセリフをワークマンは。それは俺が「普通じゃない」と分かっているからこそだろう。

 恐らくはそんな危ないモノなのにもかかわらず、俺には通用しないと考えているに違いない。俺が普通じゃないと。ダンジョンの中を飛行した事でその事を存分に理解していたりするんだろう。

 まあそれは事実だろうが。それでもちょっとくらいは心配をしても良さそうなモノである。

 しかしワークマンは気楽な感じで建物の中に入ってしまった。三階建ての庭付き、そこそこに広い土地である。

 俺もそれに付いて行って建物、研究所の中に入らせて貰った。


「お邪魔しまーす。・・・なんだろうか?理科室を思い出すこの臭い。嫌だな、部屋の内装も何故かソレに近くないか?」


 俺の視界には小学か中学か高校か?の記憶が一気に鮮明に呼び出されるくらいに、その研究室は理科室であった。

 しかし違う所と言えば一番奥の埋め込まれた棚に並んだ物である。おそらくだが魔物の一部分が厚めのガラス容器に何らかの液体に漬けられて密封された状態で並んでいた。

 ホルマリン漬けなのか、何なのか?異様なその光景はグロイ。どうにも内臓やら脳なども並んでいてそちらには近づきたくない。


「適当な場所に座っていてくれ。茶を出そう。」


 ワークマンがそう言ったのでなるべく俺は入り口付近の机の側に在った椅子に座った。奥のグロイ物の側には行きたくなかった。

 そんな俺へとこの部屋で何やら実験をしていた五名の研究者が視線を向けて来ていた。その五名はダンジョンに来ていた研究者たちとは別、その時には居なかった研究者だった。

 何故か俺へと向けてくる視線に込められた感情はいささか複雑である様子だ。その内心は簡単に予想ができる。ダンジョンを攻略された事に対してだろう。

 異変を起こしたダンジョンを残しておき存分に研究を、などと考えていたのだろう。俺がソレを消滅させた事に対するイラつきがチラついているのがアリアリと分かってしまう。


 ここでお茶を入れて戻ってきたワークマンが謝った。


「すまないな。彼らは今回の結末に納得がいっていないんだ。僅かに私たちが持ち帰った研究用の素材を今彼らに任せていてね。それで少しでも不満を解消してやりたかったんだが。どうにも上手く行っていないんだ。彼らは、まあ、アレを自分の目で見ていないからね。どれだけあのダンジョンが危険で我々の手に負えないものだったのかをちゃんと理解できていないんだ。」


 恐らくはクロか、或いはドラゴンを自分で目撃していない事で分不相応な事を未だに考えているのだろう。

 自分だったらダンジョンを上手く調べ尽くせた、とか、或いはもっと現地でサンプルを取って来れたとか、驕っているのではないだろうか?


「まあ、仕方が無いんじゃないですか?寧ろ、今のワークマンさんの態度の方が変わったと言えるでしょうよ。あんな目をしてましたよ?草原ダンジョンに入った時までの貴方は。」


「いやはや、何も言い返せないよ。私も身の程を知ったからな、あの体験で。いや、全く、お恥ずかしい限りだ。調査に来ていた者たちはすっかりと毒気を今では抜かれたように大人しくなっているよ。それがどうやら彼らには不思議であるようでね。」


 ダンジョン都市に居る冒険者では高難易度の魔物を倒す事は困難。それを今回の調査メンバーは身を持って知ったと言う事だ。

 そしてそんなダンジョンから魔物が溢れ出てきたりすればこの都市がどうなるかの結末もちゃんと理解したんだろう。


「我々はこれからダンジョンの攻略を訴えて行こうと考えている。それも特に高難易度、もしくは中位難度のダンジョンを中心にね。」


 ワークマンは突然俺へと真剣な眼差しを向けながらそう口にした。

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