ダンジョンの終わり
この突進に危険を感じた俺は先ず魔力障壁を展開した。この魔物が突進してくる進路上に。その位置は俺から約20mの場所。
しかしこれを魔物は一切気にせずに突っ込んでくる。それはそうだ。透明にしてあって相手に認識できない様にしてあったからだ。
だけども俺の予想は思いもかけない結末に終わる。魔物がそもそも障壁にそのままぶち当たったのにもかかわらず、地面を蹴り続けているのだ。
「え?理性が無いにしたってソレは無いんじゃないの?・・・あ、罅が入ってる?」
咄嗟に出したとはいえ、そこそこ魔力を籠めて壁を展開していた自覚がある。しかし、どうにもそれくらいでは魔物は自身の突進で破壊する事ができるようで。
「魔力を全身に込めながら障壁にぶつかったのか・・・っていうか、そういう方法で突破できるにしたって頑強な身体だよなあ。」
幾ら何でもかなりの体重で、かなりの速度でその障壁にそのままぶつかったのだ。ダメージがあってもおかしくは無い。
なのにその魔物はどうにもぴんぴんしている。コレに俺は余計に危機感を募らせる。
「今止まっている間に頭を潰しておくか・・・グロイからあんまりしたくは無いが。」
こうした存在を止めるのに一番の方法は頭部を潰して完全に命を絶つ事だ。絶命という方法以外で止めようとしてもあまり効果が無い。
頑丈と言っても所詮ソレを動かすのは脳なのだ。ならばソレを真っ先に潰せば動きは止められるだろう。
俺はその魔物が障壁にまだ手古摺っている間に狙いを定める。頭の位置に。
師匠と森へと初めて行った時にゴブリンの頭を潰した時のあのイメージだ。
グシャっとここまで音が響いてきたかと勘違いしてしまうくらいには、勢い良くその魔物の頭部が瞬間的に潰れる。
「よし、コレで一安心・・・きもぉぉ!?何だよアレ!?」
障壁の罅はまだまだどんどんとその面積を増やしていっていた。そう、頭部が無くなったのにその魔物は動き続けていたのだ。
でも、それだけでは無かった。潰した熊の頭部があったそこからニョキニョキと生えてくるモノがあった。それは。
「ご、ゴリラ・・・気持ち悪ぅ!」
潰れた熊の頭部だった物がポロリと落ちる。そして新たにそこに存在するのはゴリラの頭部。
その目はやはり狂気に満ちており、目の前の障壁をいよいよ破壊した。
俺はその異様な光景に一瞬だけ気を取られてまたしても接近を許してしまった。
「ヤバい!コレは明らかにヤバい!もうとやかく言っていられない!」
完全消滅させるしかない、そう直ぐに判断した。この魔物は食った存在の命を「ストック」しておく事ができるのだと瞬時に理解したからだ。
この魔物の「本体」は頭部では無い。ならばその全てを消すしかないのだ。この魔物を止めるならば。
恐らくだが他の部位を消し飛ばしても他の食った魔物の部位を生やすと見ていいだろう。頭部が生えてきたのだ。他の部位が生えてこないという道理は無い。
ここで俺は直ぐにモヒカンを文字通りにこの世から消滅させたあの時の魔法をその魔物へと放ったのだが、それは直撃寸前に躱された。
しかしその熱の余波なのだろう。もしくは掠ったか。上半身のその右半分が消え去っている。
これにはさすがに立ち止まった魔物はしかしてその姿を余計に気持ち悪い物へと変化させる。
食った魔物の部位が生えて来ていたのだ。様々な部位が。ゴリラの腕、猿の胴、脚、狼の頭部まで生えて来ていた。
これには逆にこちらの行動が凍った。この一瞬の魔物の停止に先程の魔法をもう一度打ち込めば良かったのだが、あまりのこの気持ち悪さに俺の方が硬直してしまう。
「うげぇ!気持ち悪いい・・・あ、やべ。」
もう距離はすぐ目の前。10m。再生?が終わった魔物は再びこちらに近付いて来る。残りの距離5m。
巨体であるためにちょっと移動しただけですぐさまその距離は縮まる。5mの距離で見るその大きさの迫力はかなりのモノだ。
しかしその進攻はそこで止まる。俺がまたしても障壁を作り出して押し留めた。それだけでは無い。左右も後方も、その魔物を逃がさない様にと箱型に障壁を生み出して囲い塞いだのだ。
空いているのは天井のみ。そう、俺はそこから先程の魔物の身体を消し飛ばした高熱魔法をその上空から落とす。
「あ、やべ。逃げなきゃ。」
5m、されど、5m。近いのだ、距離が。俺は即座にその場からさらに15m程瞬時に離れる。
その時には俺が発生させていた障壁共々、その魔物は消えていた。
「恐ろしい相手だった。今までで一番危険を感じたわ。何だよ、あれは。」
この様な気味の悪い魔物がこの世界には存在するのだろうか最初から?しかしその考えを直ぐに否定する。
「話題にならない訳が無いな、あんなの。居たならいたで、絶対に資料とかが残っていないといけないタイプだぞこれ。」
恐らくは国で全力を挙げて討伐する対象だ、あれほどの魔物なら。そうするとそう言った記録が何処かに残っていてもおかしくは無い。
「・・・ここのヌシの影響が魔物に出ていたりするのか?」
余りにも異様な魔物に対してどの様な理由でああなったのかを考えて置く事は必要だと感じる。
なので思考を止めずに続けていて、もしかしたらそう言った事も在るだろうと思っていると、なんだかこちらに近寄って来る集団があった。
先程の魔物との戦闘で集中していて他の事に気が行って無かったのだが。
「マジか・・・コレ全部さっきのと同じ・・・?」
まだ遠い位置に居るのだが、その集団は争い合いながらこちらに近付いて来ていた。さっきの魔物と同じで、互いに食らい合いながらである。それは狂気に満ちていた。
地平線の果てに居るその魔物たちをしっかりと確認しようと魔力を目に込めて見てみる。望遠鏡の様にもの凄くモノが近場にあるように見える様になるのだこれで。
「ネズミ、トラ、蛇、猿、何か羽生えてるけど鳥には見えない何か、巨体の狼、そして鹿。」
動物型の魔物だけでは無い。虫型も混じっていた。
「カブトムシ?クワガタ?カタツムリ?カマキリもいるね?あ、タガメ?ハチも飛んでるな・・・もっと色々いるみたいだけど、これ以上は止めよう、うん。」
そんな集団は互いに殺し合い、食らい合うというカオスを作り上げつつ、こちらに僅かずつ近づいていた。
俺はこの時点で「無」になった。勘弁しろよ、と。で、まだまだ遠い場所に居るその集団に先程の魔物を消し去った魔法を撃ち込む。何発も。
いい加減俺の精神が先程の魔物の気持ち悪さで擦り減っていた。あんなのに近付かれたくは無い、これ以上は。
だから即座にケリを付ける。絶対にこちらにアレらを来させない。
十数発くらいは撃ち込んだと思う。魔物の反応が魔力ソナー上から完全に消え去るまで。
それまでの間俺は思考を止めていた。このダンジョンがどうなろうと知った事かと、そんな風にさえ思っていたかもしれない。そして落ち着いてから呟く。
「あー、やり過ぎだったか?でも、後悔はしていない。これ、大事。」
あんな存在が討ち漏らして外に一匹でも出ようものなら大惨事だ。その前に俺の側まで来られたら俺の精神の方に大惨事であったので後悔は無い。
しかしここでまたしてもこちらに近付いて来る魔物の反応が一つある。それと同時にこのダンジョンが急速に縮んでいる事に俺は気が付いた。
もう既にどうにもこのダンジョン、脱出しなければならない段階に入ったようだった。どんどんと面積が小さくなって行くその様子が俺の脳内でハッキリと分かる。
「やべえな?さっきみたいな魔物はこれ以上いないか?あれらをここで始末しておかないと後々でより一層面倒な事になるし。」
俺はぎりぎりまでダンジョン内の魔物の気配を探り続けた。しかしどうやら先程の集団はこのダンジョン収縮で追い込まれた魔物たちであったらしく、赤点はこちらに近付いて来る一匹しか残っていなかった。
要するに俺がもう既にその一匹以外は全て始末してしまっていたと言う事だ。
「で、お前が残ってたのか。どうやら逃げ惑っていて逆に生き残った感じだな。」
その一匹はこのダンジョンから一番最初に出てきて俺に追い返されたあの黒ヒョウの様なネコ科の魔物だった。
恐らくダンジョンの縮小に気が行っていて俺の事を気付かなかったんだろう。大分俺の側まで来てから俺の事を認識したようで、またしても「びょーん」とびっくりして飛び上がった。
あの巨体が飛び上がるのだから相当な高さだ。確か猫は自身の身長の何倍まで跳べたんだったかな?などとその様子を見て俺はくだらない事を考えてしまう。
しかしこの猫、いや、魔物は、どうにも俺を再び目の前にしてパニックに陥ってしまったらしくその場で高速でグルグルと回り続けた。
犬が自身の尻尾を追いかけ回すかのように。虎がグルグル回り過ぎてバターに変わってしまう絵本が無かったか?などとまたしても俺はくだらない事をこれに思い出す。
「まだ多少の猶予はあるようだけど。もうそろそろここから離れないと俺もヤバいよな。コイツどうするか?」
その黒ヒョウの魔物はダンジョンの規模がどんどんと小さくなることで追い詰められている。そして唯一の出口の前に俺が居て塞いでいるのでここから出る事が敵わないと悟ってしまっていた。前門の虎、後門の狼状態だ。
それでとうとう諦めたのか、うずくまってしまった。思いっきり怯えてぶるぶるとその身を震わせる。両方の前足で自身の顔を覆い、耳は垂れ下がって。
「コレはあんまりにも可哀想だなぁ・・・ちょっと情が移ったか?まあ、こうなったら見捨てるのも後味悪い。」
この魔物の様子に哀れさを感じてしまった俺はこの魔物を殺す事をしないでおく事にした。
しかしだからと言ってこのまま地上に解き放って自由にさせる事はしてはならないだろう。
この魔物はどうやら一般的な強さの冒険者では敵わない位に強い魔物であるらしいと言う事は判っている。放置はさせられない。この魔物を狩ろうとして返り討ちに合う冒険者が出る可能性がある。
こう言った場合、無用な被害を出さないためにはどうすればいいか?ここで俺ができる事と言えば。
「飼う、しかないのかねぇ?愛玩動物にするには、デカ過ぎるよな?・・・こう言う場合はどうしたらいいんだ?」
動物園で飼って貰う事もできないだろう。檻に閉じ込めるのも何だか気が引けた。誰かに引き取って貰うという手段は、有り得ないだろう。
「仕方が無い。もうここにこれ以上はいられない。なあ、お前、死にたくないんだろ?俺の言う事をちゃんと守れるか?勝手に逃げ出さないと約束できるか?」
俺のこの問い掛けが理解できているのか、そうで無いのかは分からないが、魔物はチラチラとその目を塞いでいる前足の隙間から視線をこちらに向けている。
「できるなら一緒に此処から出るぞ。付いてきな。」
俺はこのダンジョンを出る用意をする。まあ宙に浮くだけだ。そのまま背後をちらりと見やると魔物は立ち上がって「ガウ」と一鳴きした。
俺はこれを魔物が了承した返事だと判断して外へ出る一本道を飛行する。その後ろから魔物が俺へと追従してきた。
こうして俺とその魔物は一緒にダンジョンを脱出する。したのだが。
「おい、エンドウ、どうするつもりだ、ソレは。」
俺と交代して見張りをしていた師匠から脱出早々に魔物の事を追及された。
「えー、コイツを飼うって、できますかね?」
「できない事も無いだろうが・・・手続きが要るぞ?しかも、なぁ。それだけ強力な奴だと・・・うむ、証明が要る。いや、ドラゴンも同じだぞ?アレの対処はどうするつもりだ?」
「証明、ですか?いや、ドラゴンは別に愛玩動物じゃ無いですよ。一応は俺の「友人」って事なんで。あれは次元がコイツとは別でしょう。」
どうやらこの猫型魔物を飼う事はできない事も無いらしい。とは言え、別にこいつを街中に入れるつもりは無かったのだが。いわゆる「外飼い」というやつである。
許しも何も、家の中で飼うといったつもりでは無かったので別段許可などを貰うつもりが俺は無い。
「いや、ドラゴンはこのまま私たちに付いて来るのだろう?あれは大騒ぎになるぞ?エンドウ、お前何も考えていなかったな?」
「あ、いやー、そのー・・・ソウデスネ。ナニモカンガエテイマセンデシタ、ハイ。」
片言になりつつも俺はそう師匠へと素直に答える。
「まあ、今は仕方が無いだろう。朝にでも話し合いをするぞ。・・・ん?おい、エンドウ、ダンジョンはもしかして今・・・」
そう師匠が気付いた時に地鳴りがする。ゴゴゴゴと微かに足元が揺れた後にダンジョンの入り口がスーッと縮小し始める。やがてそこにはまるで最初から何も無かったかのように平らな地面が現れた。
コレに師匠はフムフムと感心する。
「なるほどな。今のがダンジョンの消滅か。初めて見たな。・・・所でエンドウ。内部の他の魔物はどうした?これ一匹がお前に付いてきた、しかも、どうやら随分とソレは大人しいな?」
「あー、コレはちょっと訳がありまして?まあ、研究者の人たちに話をしようと考えていたんで、その時に事情は話します。ちょっとだけ仮眠取っても良いですかね?」
俺はここに来て少々眠くなっていた。緊張感が無くなったからだろう。大きなあくびをしてしまった。
「お前が連れて来た魔物が安全だというのが分かれば寝てもいいがな。我々を襲ってきたりはしないのか?」
「え?まあ大丈夫なんじゃ無いですか?あ、そっか。つむじ風の皆は襲われても返り討ちにできるでしょうけど、研究者の人たちは無残にも食い殺されちゃいますね。じゃあ、ほれ、来い。・・・おーし、よしよし。俺はちょっとだけ寝るから。お前が背もたれになってくれ。そうそう。」
俺は魔物を手招きする。言う事を聞いて大人しく側に寄ってくる様子が可愛く見えて来ていた俺は魔物の顎の下を撫でてやる。
そして俺が仮眠をとるための一時的なベッド代わりにする為に魔物を寝させた。その腹に俺は背中を預けてそのまま寄りかかる。
「うわぁ。あったけーな。しかも毛並みがファーだよファー。気持ちが良いな、お前。」
そのまま俺は目を瞑って寝始めたのだが、その時に呆れた声で師匠が「いつもお前は・・・」と言って溜息を吐いていた。
そして早朝に目を覚ました俺はすっかりと眠気は飛んでいてスッキリ起き上がる事ができた。
俺から逃げ出さずにその魔物は一緒に眠っていたらしく、目を瞑って静かに呼吸を繰り返している。
「こいつの毛の感触はもう手放せないなあ。もう愛着も結構湧いてきちゃってるし。そうなると、名前を決めるか?」
俺はそうして呑気な事を言っている場合では無いのをマーミの言葉で思い出す。
「エンドウ、説明はして貰えるんでしょうね?この魔物は一体どうしたっていうのよ?」
俺の背後からジトっとした声音でマーミが魔物の事を追及をして来る。
師匠だけじゃ無くマーミからもこれなので、つむじ風の他の皆だけでなく、研究者たちもこの魔物の事は聞いて来るだろう。
追及されるたびに訳を詳しく話すというのは面倒この上無いので俺はこう返す。
「後で全員が起きて落ち着いたら全部話すから。待ってくれ。こいつはもう大人しいから。見ればわかるんじゃない?」
俺のこの言葉にかなり冷たい視線を込めて睨んできたマーミだったが。
「まあ、いいわ。問題のダンジョンは消えたみたいだしね。それに比べたら魔物一匹くらい・・・って言うと思ったか!」
乗り突っ込みをされてしまった。そんな器用な真似をマーミがすると思っていなかったため俺はそれに驚く。
そして最後にマーミは怒鳴り気味に言い切ったので、これに皆目を覚ましてテントから出て来る。魔物の方も目を覚まして大きなあくびをして起きた。
「まーたエンドウがやらかしたのかぁ?・・・おう、これまたでっけぇ魔物を・・・」
「コレは昨日の魔物ですか?エンドウ様もしかして、この魔物を調教されたんですか?」
「おいおい、いつもお前は何で毎回斜め上を行く?」
カジウルは眠気の取れていない目で魔物を眺め、ミッツは俺がこの魔物を従えたのかと聞いてくる。ラディは俺を批難するかのような物言いだ。
しかしここでドラゴンが見当たらない。
「なあ?ドラゴンはまだ起きていないのか?って言うか、アイツ何処に行った?」
魔力ソナーでテントの周囲を軽く調べてみたが、いない。ドラゴンがどうやらここから遠くへと離れたらしい。
しかしその内に戻って来るのではと思って放置する事に。というか、早い所この魔物の件の説明をしろとつむじ風の皆にせっつかれる。
「じゃあ研究者の人たちに一緒に話すから、先ずは朝食にしない?」
これにはマーミに眉根を顰められた。誤魔化そうとしてるのではないのか?と疑われたのだ。しかしそれも一瞬だけ。次には大きな溜息を吐かれた。
「その魔物の件もそうだけど、ドラゴンの事も今後どうするか、決めてあるんでしょうね?」
マーミはどうやら昨夜の師匠の言葉と同じ事を言いたいらしい。飼うならお前が何とかしろ、と。
「まあ、こっちの魔物は首輪を付けて判別はできるようにしておかないといけないかな?ドラゴンの方は・・・今ここに居ない事で分かるでしょ?」
コレにマーミが「頭が痛い・・・」と額を手で押さえる。それをラディが「いつもの事だろ?」とマーミの肩をポンと軽く叩いて慰めていた。
こうして朝食の準備をし始めるのだが、食料は研究者たちが持ち込んでいる分で賄う。
幾日も調査をする予定だったので食料は大量に余っている。それを惜しげも無く使っての朝食だ。
もう既にダンジョンは消滅している。後はギルドに戻って調書を書いて提出するだけ。まあそれは研究者たちがする事なのだが。
「なあ?俺たちも戻ったらギルドに拘束されて根掘り葉掘り聞き取り調査をされるのか?」
俺は朝食をゆっくりと味わいながらワークマンにそう聞いた。
「一応はこの場で食事後に私が話を聞こう。ギルドには・・・戻らん方が良いだろう。特にエンドウ殿はな。ダンジョンを攻略してしまった、しかもその日の内にダンジョンは消滅・・・残ったのはその魔物だけ。これではギルドが君に目を付ける事だろう。」
資源回収目的で高難易度ダンジョンを保持しておきたかったギルドとしては、俺の起こした行動は目に余るだろう。
そうなると事情を追及されるだけじゃなく、もしかしたら俺のギルド登録が抹消される可能性も否定できない。
これにはどうしようかと少し悩んだのだが。結論はと言うと。
「あら?別に俺はギルドに所属していない方が自由に動けるんじゃないかコレ?」
俺の呟いたこの結論にカジウルが即座に反応をしてきた。
「勘弁してくれエンドウ。お前が自由?何を起こすか分かったモノじゃない。せめて俺たちの目の届く所に居てくれねえと、気が気じゃ無くなる。」
「そうよ。今も頭が痛くなりそうなのに、これ以上の心配はさせないで頂戴。」
マーミも追撃してくる。で、ミッツは。
「私はエンドウ様にどこまでも御供します。」
ミッツの姿勢は全く変わらず。そしてラディは。
「まあ別に良いんじゃないか?逆に寧ろ、ギルドって言う器はエンドウを入れておくのに小さいと思うぜ?国であっても・・・少々足りないかもしれん。こう言うのを手に負えない、と言えば良いんだろうな。」
「そうだな。エンドウを野放しにしたら国を三つか四つは連合させねば対抗はできんだろ。好き放題させれば何をしでかすか分からん所があるしな。というか、それしかないが。」
師匠がラディの言葉に乗ってより一層俺の事を御大層に言ってくる。
「俺も自分の今までを振り返って、言い返せないのが辛い・・・」
言いたい放題されているのだが、思い当たる節が幾らでもあるので俺は黙って食事を終わらせる事に集中した。
その後はずっと待ての姿勢でいた魔物へと餌をやる為に何か無いかと思って取り出したる一匹の羊魔物。
「コイツを一匹解体して見て後で食べてみようか。昼飯だな。取り敢えず内蔵系はこいつにやればいいか。」
俺は魔力を流して羊魔物の構造を把握、解体していく。その際に綺麗に毛は分離して纏めて、肉全般は部位分けをしておき、どちらもインベントリへ。
餌として与える部位は栄養価が高いだろう内蔵部分を中心に魔物に与える。
「うーん?お前の名前何にしようか?とは言っても、もう俺の中では決まってるんだけどな。お前の名は「クロ」だ。」
もう俺はこのクロを飼う気満々である。こいつの毛は肌触りがもの凄く気持が良い。俺の癒し担当になって貰うつもりである。
こうして俺が与えたエサをペロリと即座に平らげてクロは「ガウ」と一鳴きしてまた待ての姿勢になる。
そこにワークマンから声が掛かる。クロにちょっとビビりながらも俺へと聞き取りをしたいと。
「エンドウ殿、宜しいか?内部で何があったのかの話を詳しく。」
こうして俺はダンジョンの中で体験した、見聞きした事をゆっくりと、細部まで詳しく洗い浚い話した。
「その狩った二種の魔物を研究用にこちらで一頭ずつ引き取らせては貰えないだろうか?」
話終えた後にワークマンが求めてくる。どうやら既にダンジョン内に居た魔物が他に無い事で、せめて、と言った形で研究対象が欲しいようだ。熊魔物は当然の事、御乱心、乱闘、壮絶な殺し合いをしながら接近してきていた多数の魔物の群れも俺が全滅させているので研究したくてもできないのだ。
クロは駄目だし、ドラゴンも無理。消去法で行くとそれしかないと言えばそうだ。しかしこれに俺はちょっと懸念がある。
「なあ、多分だけど、ギルドが横やり入れて来るんじゃないか?その魔物を寄こせって。おそらく金に汚いギルドはそれすらも今回の分の回収とでも言って。ダンジョンが消滅した補填だって難癖付けて来るんじゃないのか?」
ワークマンは今、冷静だ。幾ら研究の為と言えどもダンジョンは既に無いので諦めている。だからここで俺のこの懸念の言葉で自身でギルドがどの様に出て来るだろうかと思案を始めた。
ワークマンの方がこのダンジョン都市の冒険者ギルドに詳しいだろう。ならば自然と答は出て来るはずだ。
俺が懸念だとこうして口に出したのはギルドがこのダンジョンを残しておく事を指定してきていたからである。
ギルドはおそらく研究などはそっちのけなんだろうと考えた。産出される富の方が優先、ギルドの態度は明確だ。
しかしこうしてダンジョンが消えてしまったら元も子も無い。ならば今できる損害の補填へと思考を切り替えるのでは?と。
俺はこの牛と羊の魔物はギルドには渡さない方が無難だと思った。特に牛の魔物は肉が絶品だ。非常に美味である。
これを知ったらギルドはきっとこの牛魔物を積極的に狩ろうとするだろう。まあ、この都市にある他のダンジョンにこの牛魔物が生息していたならば、だ。
この牛魔物の強さが他のダンジョンでも同じ程であるならば、きっと冒険者たちに多大な被害を出すと予測がたっていた。
幾ら高級牛肉として市場に出回らせればギルドが儲かる事になるだろうとは言っても、他の冒険者たちに無駄に命を散らせるのは如何なものかと考える。
この魔物の強さを知らない、解っていない冒険者がギルドからの依頼に飛びついたりすれば、むざむざ自殺しに行くようなものである。
戦力をかなり整えなければ死にに行くようなものだろう。高難度ダンジョンでこれまで稼いで来ていた冒険者の強さはたかが知れている。
「・・・うーむ。確かにそう言われてしまうと、何かと文句を付けられて取り上げられてしまう可能性があるな。しかも私たちではソレを防ぐ事はできそうも無い。悔しいが、諦めた方が良いか。」
「口止めもワークマンさんがやっておいてくれません?研究者たちの口から昨日食べた魔物の肉の話が広がればきっとギルドは黙っちゃいないでしょう。おそらくは冒険者を捨て駒ぐらいに考えてその魔物を狩らせようとする事も考えられます。無駄な死人を出したいですか?」
この俺の口止めの求めにワークマンが苦い顔をする。どうやらギルドならやりかねないと判断をしたようだ。
昨日の内に戻って行った派遣冒険者たちのあの時の言葉、態度からしてこの都市のギルドは内部は胡散臭い。
大分金に汚い、危機意識がかなり欠落しているような判断をする上役であるらしいと分かった。ならばなるべくならそう言った金儲けに繋がるような話は誤魔化しておいた方が良さそうだと言える。
直ぐに金の匂いを嗅ぎつけてどんな事を要求、請求、要請をして来るか分かったモノでは無い。
(懲らしめてやろうかなぁ?あ、駄目だ。幾ら何でもそんな奴らに痛い目見させるのに、何ら関係無いこの都市に住む人たちに迷惑はかけられないよなぁ?)
このダンジョン都市はダンジョンから産出される資源で回っている。ダンジョンが「全て」無くなったらそう言ったこの都市で働いている大勢の人たちが無職になる、確実に。
しかしギルドが理不尽だったり無理矢理だったりと、こちらに無理難題を押し付けてくるようであれば容赦はしないと、俺は秘かに決意した。