帰還するにも一苦労?
その一撃は別段コレと言ってそれ以上の威力は出さなかった。もしかしたら直撃後に大爆発か?と一瞬だけ思ったのだが。
そうはならずにホッとしていられるのもちょっとの間だけだった。骸骨が間を置いてから「ばあん」と弾けた。
「おい!破裂してるじゃないか!手加減はしたのか?ビックリするだろう?」
「いや、これほどまでに脆いとは思っていなかった。魔力はそのままの威力でこの部屋を貫通してしまうとは。」
確かに骸骨を貫いたドラゴンの一撃はそのまま一瞬にして壁まで行って、そして穴を開けている。
「おい、ドラゴン、大丈夫なのかコレは?ヌシは倒した、って事で良いのか?」
「ふむ、こやつの魂は完全に破壊した。時期に空間は縮小して消滅するだろう。さて、久々の地上はどの様になっている?」
「もう一度言おうかドラゴン?手加減を覚えろよ?このままついて来る気なのはもうこの際しょうがないと諦めるけど。それでもちゃんと力の出力加減を調整できないと外には出せないぞ?」
俺はもう既に先程の事など無かったかのようにうきうきしているドラゴンを注意する。
コレに「分かった分かった」などとかなりぞんざいな返事をされたが、今はダンジョンを出るのが先だった。
「じゃあ戻ろう・・・んん?皆、どうした?帰ろう。・・・もしかして、呆れてる?」
ラディもミッツもワークマンも、三名はずっと俺とドラゴンのやり取りを見ていた。口を挟まずに。
「エンドウはもう前々からそういう奴だったからな。もう今更だろう?」
「えーっと?その、ドラゴン・・・さんは、その?私たちに付いて来る、という事でしょうか?」
「私はどの様に見てきた事を調査書に纏めれば良いのか、もう分からない・・・」
ラディの反応はこれまでと別段変わらず、ミッツはドラゴンが付いて来る事に戸惑い、ワークマンは自分の今後の仕事に頭を悩ませ、いや、この場合は困惑だろう。
「おお、そうか。エンドウの仲間だと言っていたな。私も今日から仲間だな。いい響きだ。私が加わったからにはどの様な存在が襲って来ても守ってやるぞ。ドンと構えていると良い。」
ドラゴンはミッツの本当の所の気持ちなんて読みとろうとしないで、そんな宣言をする。
「おい、エンドウ、説明は頼んだぞ?俺たちじゃもう何を言って良いのか分からねえからな。」
ラディが突っ込みを入れてくる。確かにどうやってカジウルとマーミにこのドラゴンを紹介すればいいだろうか?やっとここで俺は次の問題に目を向ける。
「あー、外で待ってる研究者・・・への説明責任は無いな。うん、ドラゴンの事まで俺が説明するとか、面倒だわ。」
正直に言ってしまえばカジウルとマーミにも説明が面倒ではある。しかし仲間である以上、ドラゴンが俺たちに付いて来るなどと言っている以上は、ちゃんと質問されたら答えなければいけない。
「あー、何だか逃げ出したくなってきた・・・悩むより生むが易し?もういいや、さっさと戻ろう。」
ここまでかなりの長い距離を来ている。戻るのにも同じ時間が必要だ。いつまでもここでだべっている時間が惜しい。
こうしてまた俺は皆を魔力で飛ばして高速でこの通路をまた戻る。ワークマンが飛行中もぶつぶつと呟いていたが、その内容は他の研究員とどの様に報告書を分担するかと言った内容だ。それは俺の知った事では無いので無視をして飛び続ける。
通路を出てくればまだまだ広大な草原は健在だ。しかしヌシが消えた影響か、木々がそこらじゅうからニョキニョキと次々生えて来ている現象は治まっている様子だった。
俺はこの草原に入って来た時の扉を魔力ソナーで方角を探し、そちらの方へと進路を変更する。
そうしていれば暫く飛行後にその扉は見えてきたのだが。
「あちゃー。やっぱり言った通りだったなぁ。コレは凄いわ。」
木々に覆われ、蔦が絡まり、まるで古代の遺跡の様相にこの短時間で変り果てている扉が見えた。
「取り除かないと開けられないな。一々これを切り裂くのは骨だぞ?」
ラディは蔦の太さや木々の乱立具合に辟易している。確かにこれらを除去するには相当な時間が掛かるだろう。普通にやろうとすれば。
「燃やそう。あれ?燃えるちゃんとこれ?ダンジョンの中に生えた植物とか特殊で燃えないとか無いよね?」
俺がこれらを燃やして灰にすればいいじゃない、と案を出したらミッツから「うーん」と唸った。
「あの、大火事になりそうですよね?良いんでしょうか?」
そう、この扉の周囲、もの凄く広い範囲に森が広がっていた。どうやら燃えない、何て事は無いが、燃え広がって俺たちまで火の海に沈むんじゃないかと心配らしい。
なので俺は扉の周辺に空気の層を魔法で作り壁にする。
「それじゃあ一気にいくぞ?うーん?もう少し離れていた方が良いか?」
目の前の扉に炎の柱が一気に上がる。そしてそれは竜巻の様に渦を巻いて一分ほど。それは俺が作りだしたもので自由自在に動かせた。
「エンドウを友とする決断は英断だったな。これほどに魔力の腕前が高いとはな。私の目もまだまだ腐ってはいない証拠だ。」
などとドラゴンが一人?一匹?で勝手に頷いて何やら納得していた。けれども俺以外の三人は目の前の炎の渦に目と耳が行っていてドラゴンのその呟きは聞いていない。
「あー、木も蔦も灰にしたのは良いけど・・・扉まで溶けるとはなぁ・・・」
扉の一部が歪み溶けていた。開けない程では無かったのは幸いだが。もっと時間を掛けていたらドロドロに溶けていたかもしれない。
「おい、エンドウ、お前も手加減しろよ・・・金属だろ?この扉?溶けるとか、どれだけ高温だって言うんだ?」
以前に俺はモヒカン男との決闘で相手を文字通りに「消滅」させる程の高温を魔力で作り出しているのだが。
今回はそもそもそれほどの高温を出す必要も無いのでイメージはかなり抑えた方だ。
しかしぶすぶすと地面からは湯気が立ち、まだまだ周囲の温度が下がり切っていないのが目に入る。
「なあ?この扉って融点が低い金属製なのか?俺は扉を溶かす程の温度を出す様に炎を調整して無いぞ?」
どう見ても鉄製に見える扉なのだが、もしかしたら知らない未知の金属なのかもしれない。
「ふむ、魔力の籠められた炎だったからな。もしかしたらその魔力余波で扉に何かしらの影響を及ぼしていたのかもしれん。」
ドラゴンの解説が入った。どうやらこのダンジョンで生成されている扉なので、当然魔力の影響を受けやすいと言った所かもしれない。まあ、それにしても、と言いたくなるが。
「この扉の一部を研究に採取していきたいのだが、良いかね?」
ワークマンが何処までも研究者としての意見を口にする。コレが平常運転、と言って良いのだろう。
俺はこの扉の溶けた部分と変形していない部分を魔力を流して切り取る。切り取った部分はまだ熱を持っていて普通に持てないので魔力を流して熱を発散させるイメージを流す。
こうして冷やした物をワークマンへと渡すと、これをキラキラした目で見つめている。
どうにも頭の中はどこまで行っても「研究馬鹿」といったようだ。ホクホク顔になってルンルンで自らのカバンへとそれを入れている姿は子供っぽく映る。
こうして無事に扉を開ければ外へとつながる一本通路だ。そのまま俺はまた魔法で皆を飛行させて一気に出口の前まで移動した。
そのままの勢いで外へと出ればそこは低級ダンジョンの入り口があった場所。周囲には俺たちの帰りを待っていた全員が揃っていて、突然飛び出してきた俺たちにの事を見てギョッとしている。
「・・・おい、エンドウ。毎度毎度こんな事を続けるつもりか?もうちょっと出て来るのにも静かに登場しろよな?」
「いきなりビックリするじゃない。もうちょっと大人しく戻って来れないの?・・・あ?」
カジウルとマーミが俺へと非難の声を掛けてくるのだが、そのマーミがどうやら例の存在をその視界に入れてしまった様子だ。
ぽかんとした顔になって口をだらしなく開けっ放しにしてしまっている。
「ふむ・・・その、エンドウの側に、浮いている生物は・・・なんだ?」
師匠が誰よりも最初にいち早く冷静になって、恐らくこの場に残っていた者たちが一番聞きたいであろう質問を言葉にした。コレに俺は答えなければならない。
「あー、説明は後で詳しくするとして、こいつは俺の・・・友達、になったドラゴン、って言います。それと、非常に言いにくいのですが、こいつは、俺たちつむじ風に付いて来て世の中を見て回るそうです。」
コレに「何を言っているのか、ちょっと分からない」と言った表情を師匠はする。いや、カジウルも、マーミも、研究者たちも、全員がその顔に変わっていた。
まあ俺もこれだけの説明で理解して貰えるとは思っていない。
「お前たちがエンドウの残りの仲間だという者たちだな?ならば自己紹介をしようでは無いか。私はドラゴンと言う。今後ともよろしく頼むぞ?」
ここでドラゴンが口を開いてお喋りしてしまったモノだから余計に混乱は加速した。
「なあ?俺の耳がおかしくなっちまったのか?今こいつが言葉を喋って・・・」
「あら、奇遇よね?私もカジウルと同じでその、それ、が、喋ってる様に、聞こえたんだ、けど?」
「うむ、お前はあの巨狼だけでは無くそんな存在まで付き従えるように・・・」
師匠は一応はドラゴンが喋る事は呑み込んだらしい。しかし次には俺がドラゴンを付き従えた、などと言った勘違いをしている。
「師匠、違いますよ。ドラゴンは友です。別に俺が従えてる訳じゃ無い。だからまあ、厄介なんですけどね、それが余計に。」
俺は師匠の言葉を訂正する。ここでドラゴンがその内容に怒って暴れたりされても困る。
だけどもそれくらいで怒るような短気な性格でも、ましてや、他者の思考を下に見る訳でも無いらしく。
「よいよいエンドウ。誰しも自分の世界ででしかものを見れぬし、ましてや勘違いなど私でもする。私を馬鹿にするつもりで言った言葉ではないのであれば怒る事も無かろうて。それに、エンドウは私と同等か、もしくはそれ以上と私は見ている。ならば別にお前が私を従えると言った事も現実味があろうよ。」
どうやらドラゴンは俺の事をかなり認めてくれているようだ。懐が深い奴である。
と、ここで俺は不意に自分がこの世界でどれだけの魔力を持っているのかを突然理解した。このドラゴンの言で。
(俺はドラゴンに認められる程の魔力の持ち主?こいつと同等かそれ以上って・・・)
数字としてしっかりと結果が出る方法で調べたりしない方が賢明である様だ。それを俺が知ってしまうと自分で自分を化物扱いする要素を確実にこの目にすると言う事になる。
最低でもこのドラゴンと同等だという時点で既におかしいのだが、それは全力でスルーした。
「あーそれで、ここのヌシはやっつけたんで、高難易度ダンジョンは消滅します。幾日掛かるかは分からないけど・・・あ、駄目じゃないコレ?あのだだっ広い草原に無数にいた魔物って・・・押し出されてここから出て来るよね?」
ダンジョンはそもそも通路は迷路のように入り組んでいて、そう易々と出ては来れない構造が一般的では無いのだろうか?
だからダンジョンが消滅するのに巻き込まれて中の魔物は一緒に「消える」。
しかし、この低級を呑みこんで拡大し、そこから高難度のヌシが新たに作り上げたこの大草原では、通路が複雑と言う事も無く、障害物がある訳でも無い。
草原前の扉はあの炎の一件で一部が溶けてしっかりと閉じなくなっているし、そもそも一部だけとは言え切り取って来てしまったので立てつけが悪くなっている。
この俺の気付きに研究者たちは一気に顔色を青褪めさせた。
「いや、しかしだな?草原の入り口前にまだ一つ扉が・・・んん?」
カジウルがどうやらその点に気付いたようだが、ワークマンが首を横に振った。
低級ダンジョンのボスの部屋だったそこには扉は在った、確かに最初は。そう、最初の時は。
「俺たちが出て来る時にはどうやら構造がまた少々変わっていてな。吸収されていたようでもう無かった。」
「あーもう、何やってんのよエンドウ。ちゃんと考えときなさいよ、そう言う所は~。」
「マーミ!エンドウ様は考え無しに動いた訳ではありませんよ!」
ラディは状況説明、マーミは俺へと呆れを示し、それをミッツが怒るという奇妙な空気になる。
コレに耳が痛いのは俺。しかもミッツの言葉に、である。
(いつも考え無しに動いてるよ!ごめんよ!ミッツが思っている程に俺は賢い訳じゃ無いんだよ!)
賢者なんて言われるのは以ての外。一般市民に毛が生えている思考しかできていない。愚者と言われた方がよっぽど心が軽い。
(いや、愚者と賢者は紙一重?馬鹿と鋏は使い様?愚は賢に似るだったか?いや、どれもこれも微妙に違うなぁ)
などと俺が空を仰いでいるとワークマンが解決策を出してくる。
「すまないが、つむじ風の者たちに我々から緊急依頼を出させて貰おう。ギルドを通さぬ私の勝手な判断ではあるのだが、今からギルドに行って詳細を話し、高難度で稼ぎをしていた冒険者たちを集めるのは時間が掛かり過ぎるだろう。それに・・・言っては何だが、その冒険者たちは深層の魔物になど太刀打ちできる力量では無いのでな。」
この言葉を当人たちが聞いていたらどんな反応をしていただろうか?正直に頷くか?馬鹿にされたと思うのか?苦笑いをして曖昧にするか?
「どうするカジウル?ここはお前が決めてくれ。受けるのも受けないのも自由だ。一応は依頼じゃ無くてもここで待ってれば魔物が一斉に出て来るだろうし、冒険者としてそのまま見過ごす、って言うのもできないだろうけど。」
俺はそうカジウルにワークマンから申し出てきたこの依頼を受けるのか、受け無いのかを聞いておく。
もちろん受ければ金は払って貰えるだろう。なればここは直ぐにこの依頼に飛びついて二つ返事をするのが普通の考えだろうか。
「いや、依頼はいらねえよ。俺たちはアンタらの護衛って事だしなぁ。ここにまだまだ研究の為って事で居座れば俺たちはやる事やるだけだ。それに、金はもうタンマリと稼いでるからな。そこまで飢えてねぇってこった。」
この答えにワークマンが真面目な顔して大きな大きな溜息を吐いた。どうやら安堵の溜息らしい。
感謝する、とだけ言ってワークマンが部下だろう研究者たちに野営の準備をさせ始める。
「さて、私たちも準備しましょ?どうにもこのダンジョンの最後って奴を見届けないといけなくなったらしいからね。」
マーミがそう言って俺へと視線を向けてくる。まあコレは俺のインベントリから荷物を早く出せ、と言った合図だろう。
俺はコレに無言で野営道具を出す事で答える。それをラディもミッツも素早く受け取り、素早くテントもテーブル、椅子も展開されていく。
その様子を研究者たちは唖然と見てきたのだが、そこにはドラゴンをちらちらと警戒する目も見られた。どうやら喋るドラゴンを研究したいと言った心胆もそこに混ざっている様に感じる。
しかしここで全てに置いてけ堀の者たちが居る。ここに追加応援として来ていた冒険者たちだ。その中の一人が俺たちへと声を掛けてきた。今になって。
「なあ?俺たちは・・・その?戻っても良いか?どうやら戦力としては力不足も良い所らしいからな。」
確かに冒険者たちは戻っても構わないかもしれない。そう判断して俺は返事をする。
「ああ、そうだな。研究者たちが初期報告書を書くだろうから、それを受け取ってギルドに運んでくれる役目をしてくれると良いだろう。その後はまあ、多分ギルドで調書を取るために拘束されると思うが。ここであった事を君たち目線で正直に話せば良いと思う。」
俺のこの言葉に頷いたその冒険者は仲間を連れて研究者たちのテントへと向かっていった。
そしてしばらくして紙束を持った冒険者が「戻るぞ」と他の冒険者たちに声を掛けて撤退を始めた。
「ふむ、なるほどな。今の時代の人の「普通」が良く分かった。エンドウよ、お前が異常だというのも良く理解した。しかし、どうやら仲間たちもその「普通」からは少々逸脱をしているらしいな?」
どうやらドラゴンはずっと俺たちを観察し続けていたようだ。それにしても俺の事を異常だなどと言うのは勘弁して欲しものである。
「おいおい、ドラゴン。何だよその表現は。俺の中身は至って「普通」の思考だよ。」
俺のこの言葉につむじ風全員が声を揃えて。
「普通じゃない!」
と言ってくる。この時はミッツだけは別で「賢者様です!」と強く言葉にしているが。本当に悲しい。どうにも俺はこの世界では仲間にすら異常扱いされている。
コレは自分でも自覚している部分が多くあるので言い返せないというか、訂正が難しいので悲しいのだ。
「ここは皆俺を慰める所じゃないの?泣いて良い?」
「エンドウが泣いた所でそもそも何て慰めればいいか、言葉が見つけられないと思うが?」
カジウルがもの凄く俺の心を抉るような返しをしてきて本気で泣いてやろうかと思ってしまう。
しかし俺のそんな落ち込んだ気分なんて関係無しにそいつは現れた。もう今はまだ明るい時間とは言え、夕方前に差し掛かっている。
そんな時に現れたのはどこをどう見ても美味しそうな魔物だった。
「あ、牛肉。よし、お前が俺を慰めろ。その身を持ってして!」
ソレは一言で言うなれば凶悪な牛としか言いようが無い存在だった。
赤黒い角を持ち、その肌は焦げ茶色、顔は俺の知る穏やかな?表情とは懸け離れていて、凶悪な牙をむき出しにしてこちらを血走った眼で睨んできていた。
「タン、カルビ、ああ、レバー、ミノ、ハラミにヒレ、ロースにサーロイン・・・良いよな?おっと、テールはスープで出汁を取ってサッパリと塩コショウか?」
この時、俺は仲間から異常と呼ばれる悲しみと食欲で、そんな牛の見た目から恐怖などこれっぽっちも感じる事は無かった。
「ああ?この魔物は見た事がねえな?」
「そうねえ、私たちも今まで遭遇した事は無いわねぇ。」
「おいおい、エンドウの様子がおかしいんだが?お前ら、分かってるよな?」
「エンドウ様はどうやら・・・あの魔物を食すつもりのようです。」
「・・・大丈夫なのか?まあ毒さえなければ食えん事も無いか。しかし、美味いのか?」
カジウルとマーミは冒険者としては普通の反応を示し、ラディは俺の様子をおかしいなどと断じてきた。
そしてミッツは俺の今の気分を即座に察してくる。コワい。
師匠は師匠で食べる事を直ぐに呑みこんできたが、毒の有無を気にした後はその味の事を言及し始めた。
研究者の方を向くとどうにも彼らもこの魔物は知見していないらしく「あれは一体なんだ!?」と、青褪めた顔でその魔物を警戒していた。
どうやら相当強力な魔物であるように彼らには見えるのだろう。
しかし俺の頭の中にはスーパーのお肉コーナーや、お肉屋さんにある飾られているあの「部位」の図がハッキリと思い描かれていた。
俺は右手に魔力を集中させる。今までにないくらいに。そしてそのまま牛魔物へと無造作に近づいて行く。
コレにどうやら牛魔物は舐められているとでも感じたのか、鼻息を荒くし始めて前足で地面の土を二度、三度と強く蹴り始めた。
そして全身に力を込めたと思えば、その巨体を俺へと向けて突進してくる。コレに俺は歓喜を籠めて。
「今日の夕食は焼肉パーティだ!」
と叫びながら魔力を籠めた右手を迫るその牛魔物の額に「ポン」と当てた。
巨体とその重さで本来なら俺が吹き飛んでいるはずだろう。しかし牛魔物は交通事故を起こした車の様に宙へと高く舞い上がった。
ズドン、そんな音をさせながら仰向けで地面へと叩き付けられた牛魔物は絶命している。俺の手を添えた額の部分だけが10cm程深く陥没していた。
「さあ、解体しよう。肉は肉でも牛肉かぁ~。久しぶりだな。」
俺は牛一頭丸々解体なんて経験は無い。いや、コレが普通だろう。俺という一般人は処理された肉だけを口に入れる時代で育っているのだ。
大昔の日本の様に自身の手で生き物を絞めて捌いていた時代に生きていた訳じゃ無い。
しかし今の俺には以前に持っていなかった特別な力がある。それを使えば一瞬だった。
俺は魔力で牛魔物の死体の下から即座に解体台を地面から作り出す。大きな大きな台を。
解体した肉を分けて置いて置けれるスペースを確保したかなり大掛かりな台だ。そして肉の仕分けも即座に終わる。
俺が魔力を流すだけ。そう、この牛魔物の身体構造など魔力を流してもう把握済みなのだ。刃物なんて使わない。切断機械など無くても切り分けが可能だ。
「おおお・・・滅茶苦茶ヤバイ眺めだなコレは。震える、マジで。」
マルマル一頭、牛の肉の部位が並んでいるのだ。コレに感動しない訳が無い。
どうやらこの牛魔物は筋肉質であったらしく、赤身の強い部位が多かった。これと比べると日本が生み出したブランド牛と言うのがどれだけのモノであるのかが窺える。
「まあ、しかし味の方はどうか?って所だな。ここは別世界。あ、そうか・・・牛の見た目だからって、牛肉の味とは限らない?」
食べてみなくては分からない事だった。俺のこの世界での常識はまだまだ分からない事だらけだ。食の面においても。
独り言をボヤキつつも俺は準備をする手は休めてはいない。皿、テーブル、椅子を用意。テーブルなど焼肉屋でのあの形を再現している。
もちろん火には俺がこの世界で魔力で再現生成したあのプロパンである。もうこの時点で周囲の反応は時間が止まっているのだが、俺はそれを全く気にしない。
仲間にディスられたのだ。俺は今つむじ風の皆に気を配るなんてことはしない。そして研究者の方はと言うと俺を複雑な目で見て来ているので、そんな相手にまともに対応なんて今の俺の心理状態で出来るはずが無い。
俺は程よく熱せられた焼き場へと薄く切ったサーロインの部分を一枚慎重に焼き始める。
じゅわー!と肉の焼ける気持ちの良い音が耳へ、そして焼いた際に出た微かに香る何だか甘い香りが俺の鼻に飛び込んでくる。
さっと焼いたそのサーロインを俺は皿へと乗せ換え、その上へと一つまみの塩を振る。
「頂きます・・・う、う、ううううううう!うっ!」
俺が肉を食べるここまでの間に俺以外の全員が呆気に取られていた。しかし、一切れの肉を口にしただけで呻きだした俺を見てカジウルがやっと思考を動かし始める。
「おい!エンドウ!お前大丈夫なのか!?まさか毒が・・・!?」
「うまあぁァぁァァぁァあああぁァあああああい!」
この俺の叫びで再び時は止まる。いや、一人?一匹だけこの時に素早く動いたものがいた。
「おい、エンドウ、私にも食べさせてくれまいか?お前がそれほどに叫ぶというソレを私も体験してみたい。」
ドラゴンだ。俺はこの感動を独り占めしたいような、共有したいような、そんな複雑な気持ちになったのだが。
「おう、皆で食おう。コレめっちゃ肉の味が濃くてやべえ!この薄い一枚でどれだけだよ!って言うくらいに口の中が肉一色になる!」
俺は再びサーロインを焼く。そして先程と同じく塩を軽く振った物をドラゴンの口へと放る。
ソレを器用にぱくりと頬張るドラゴンはくちゃくちゃと口内の肉を咀嚼し始めた。
その間は静寂がこの場を支配した。誰もがこのドラゴンの感想を待っているかのように。そして。
「ふおおおおおおおおおおお!コレが美味いという感覚か!私は別に食事などと言う維持活動をせずとも生きてはいけるが!コレは!ふはははははは!この様な感動は今までした事は無かった!礼を言うぞエンドウよ!」
肉を味わい気ってから飲み込んだドラゴンはそう叫びながら俺へと礼を口にする。
これをきっかけにつむじ風の皆が動き出した。
「・・・なあ?エンドウ、さっきの言葉は謝るからよ?俺たちにも、そのー?分けちゃくれねえかな?」
「も、もちろん、その皆、って、私たちも、入っているわよね?当然?」
「エンドウ様!私も食べたいです!ご相伴に預かっても良いでしょうか?」
「俺も食わせて貰っても良いか?どうやらその反応だと出回っている最高級肉と同格みたいだ。味わってみたい。」
「エンドウは皆でと言ったんだ。遠慮はせずに私も頂かせて貰おう。」
カジウルは謝罪、マーミはソワソワ、ミッツはハッキリと、ラディは経験したいと、師匠は遠慮など不要と。それぞれがどうやらこの牛肉への興味に負けたようだ。
そしていつの間にか研究者たちも俺たちの側に寄ってきていて。
「私たちにも分けて貰っても良いか?報酬を求めるなら別途支払いはする。」
ワークマンがそう言って同じくこの肉を求めてきたのだった。