プロローグ(長い)
不定期連載でお送りする私の二作品目です。
活動報告にも書きましたが、どうなるか分かりません。
なのでコレを読もうとしている方に警告です。
続くのか、すぐに終わるのか、はたまた続きが書かれないで放置かは正直分からないです。なのであまり気合を入れて読まない事。(笑)
それとお願いです。
誤字脱字があっても報告はしないでくれると非常に助かります。
見つけても目を滑らせて「あ、・・・ふ~ん」でスルーして読んでください。
では、七万字近いプロローグ(長い)を楽しんでいただけたなら幸いです。
私は間違っていたのだろうか?そう思い始めた事でこんな事になったなんて正直思いたくなかった。
中小企業の中間管理職、そう言うと上から下からの板挟みのストレスで辛い、なんてイメージがあるかもしれないが。
私はその仕事を最後までやり遂げた。六十になってもう定年だ。会社を退職する時も別段他の社員たちに嫌われていた訳でも無く、そこまで好かれてもいなかった。
趣味は無い。コレと言えるものが。読書もした。現代推理小説物を。だけど別に読むだけで推理を一緒に楽しむような遊びをしつつ読んでいた訳でも無い。
漫画も読んだ。しかし別にコレと言って自分の記憶に残るような漫画がある程でも無い。ただ有名どころをかじるように、話題の作品を当たり障りない程度に読んで放り投げる感じだ。どれも最後までキッチリと読んだ事は無い。
ジグソーパズル、プラモデル、ガーデニングなどもした事がある。しかしそれらも少し齧る程度。
アウトドアな事はしてこなかった。インドアが好きなだけである。
興味が無かった訳じゃ無い。しかしそれ以上に仕事一筋。仕事に責任感と遣り甲斐と楽しさを感じていただけだ。
このせいで私は女性との接点も無かった。ずっとだ。それに後悔は無い。自分はそれ以上に仕事が恋人だったと言うだけの話だ。
もちろん結婚もしていない、女性とお付き合いもした事が無い。むしろお付き合いなんてモノは会社の女性社員と仕事の話しかした事が無い。
好きになった女性もいなかった。仕事だけを見て走り切った人生。
さて、世の中にはインターネット上で「三十まで童貞でいると魔法使いになれる」などと言う馬鹿げた言葉があるようだ。
その魔法使いになれると言う証拠を提示してくれと言いたい。どう言った現象でそうなるのかを説明して欲しい。
こんな話をしたのは要するに私が童貞だからである。
風俗に行く選択肢もあった。だけどそんなものは仕事をしていた当時の私には関係無かった。その興味も無かった。
私が仕事していた時の興味は「いかに仕事を、会社を円滑に回すか?」その事だけを考えていた。
キャリアアップとかそんなものは一切考えていなかった。当時を振り返って自分を見つめれば社畜といったモノだろうと冷静に今は判断できる。
そうしたモノを定年退職をして全て会社に置いて行かなければならなくなって初めて私は気付いたのだ。
「自分には何も無くなってしまった」と。
始めの一週間はそこそこ自由な時間だと思い満喫していた。していたはずだった。
しかし段々とソレも自分を誤魔化す「まやかし」だと気付いてしまう。
私が五十五の歳に両親は他界。身近に親戚も住んでおらず言うなれば今、独居老人となんら変わりない。
御近所付き合いもせず、会社の同僚に飲み仲間がいる訳でも無かった。
交友関係が全滅。そもそも最初からそう言った物を求めていない仕事人生だった。そういった繋がりを作る気が初めから無かったのだった。
ここで私は自分のこの先を思い絶望した。
何かしなくては、と。何をしたらいいのかも分からずに。
まだまだ残りの人生は長く、そしてそれが何も無くなっている事に気付いた自分には拷問に思えたのだ。
だからだろう。先ずは手始めに今までもチラホラ休日にしていた読書を趣味にしようと書店に足を運んだのだ。時間を潰し、そしてあまり体力も使わず、そして全てを忘れていられる「読む」という単純な行為。
着ていく服はカジュアルな物は持ち合わせに無く、ただただ、いつも会社に着て行っていたスーツに身を包んである日の夕方、近場の書店まで足を運んだのだ。
私はそこで奇妙な出会いをした。もちろん女性とでは無い。
物に対しても出合いと言う言葉が使われたりするが、それは一冊の薄い本であった。A4サイズである。
それはもう同人誌と呼ばれる存在よりも薄い本だった。
それが私の目に付いた。だってそれは文庫本と呼ばれる手のひらサイズの本である棚の中に何故か紛れ込んでいたのだ。
いや、馬鹿な話そんな陳列に店員がするはずが無い。そう思える表紙だったのだが。
その本の表紙から私は目が離せなかった。なにせ「魔法陣」と言う表記がされているだけだったのだから。
私は冗談だろう?!とビックリしたのを覚えている。
それははっきりと製本されている代物で悪戯とは到底思えない綺麗な仕上がりだったから。
表面は革を表現したような加工であり、中を見られない様に表面はビニールで被膜されていたのだ。
この時に私は何をトチ狂ったのかその本を手にしてしまっていた。
この時の私の心理を解き明かそうとしても自分の事なのに全く理解ができない。
導かれるように、フワフワした気持ちでそれをレジへと持っていってしまった。
ここでフワフワした頭で考えていた事はこの本屋に来る前に見ていたネットの、コメントが自由投稿できるサイトの事だった。
いわゆるネットサーフィンをしていたのだが、その時に辿り着いたそのスレッドの投稿のいくつかの単語である。
童貞、魔法使い、賢者に転職、ラノベ、異世界、無双、おれつええ、魔法はイメージ、考えるな感じろ、etc。
「はあ~、全く、頭の悪い。どうしてそんな事を今私は・・・」
どうしてそんなスレッドの立っているサイトに流れて行ったのか、今は見当もつかない。
そんな違和感を抱いていたのに、その薄い本をレジへと持って行っていた事を覚えている。
ゲームをした事が無い訳じゃ無い。そういったファンタジーを知らない訳じゃ無い。
読み物としてライトノベル為る物を読んだ事もあった。その作品がよっぽど評判の良くないモノだったのかは知らないが、その時読んだそれは所詮はくだらないモノだったと思ってすぐに読むのをやめたが。
「いらっしゃいませ~」と声を掛けられてレジへと並んでいた列が自分の番になった事で自分を取り戻した私は、手に持っていたソレを今更もとの場所に戻す気まずい事はできずに店員に差し出す。差し出してしまった。
もちろんその本にはバーコードが無かった。しかしコーティングしてあるビニールには何故かポツンとソレは付いていた。
店員もこんなものを見た覚えが無かったのだろう。首を傾げつつもそのバーコードをリーダーで読み取るとその値段が電子表記に出てくる。
「二万八千円になります・・・え?!あ、いえ、すいません。えーと。ま、間違っていないです。」
これには私も店員も驚いた。馬鹿な!である。いくら何度バーコードを読み取ってもソレである。
この書店は本の表面をコミックス以外はビニールで覆う事をしていない。雑誌は立ち読みできる。大体の書店が今の時代そうでは無かろうか?
だからこの薄い本も被膜されているから雑誌の類なのでは無いのだろう。そんな中身がちょっと気になってきた。
革のように見えるけれど、どう見ても安っぽい表面加工しただけのこんな薄い本にそんな値段が付くはずは無い。
何処のプレミアがついていると言うのか?しかしそれでも私はこの本の購入を何故かその時断念しなかった。いくら何でもおかしいと自分でも思っているのに。
どうするのかこちらを窺っている店員も訝し気にその薄い本を見つめる。
この店員の目にもしっかりと「魔法陣」とドデカく表紙のど真ん中にあるタイトルが見えているのだろう。
こちらに再び目を向けた店員が口元を隠してププと笑いを我慢したのが分かった。むしろそれを店員も隠そうとしていない。
私はこの店員におかしな客だと思われたようだ。
そこでどうして私はそんな事を思ったのか意地でもこの薄い本「魔法陣」を購入しようと強く思ってしまった。自分で自分の精神の不安定さに心配になりながら。
財布から三万円を取り出して支払う。店員もギョっとした顔をした後に精算を済ませた本を袋に入れて手渡してくる。
「ありがとうございました。またのお越しを。」
そんな見送りの言葉を受けて店を出るが、その後、私はこの店に二度と来る事は叶わなくなるのだった。
家に戻って来る。夕日が部屋の中に入り壁紙を赤く染めた。逢魔が時。
ふとそんな言葉を頭に浮かべて早速買ってきた本に目を通そうと取り出す。着ているスーツも脱がないで。
趣味を読書にしようと考えて書店に行ったのに、この様な薄い本を買って来てしまい今更ながらに自分で自分を馬鹿にする。
「これじゃあどうする事もできないな。あっと言う間、そんな表現よりも早いだろ、読み終わるの。馬鹿馬鹿しい。」
どうしてもこんな馬鹿な真似をした事に意味を作り出したかった私は、この時もうおかしくなっていたに違いなかった。
このどう見ても怪しい本「魔法陣」為るその中身を見てやろうと開くと、そこには何やら前書きが書かれていた。それをゆっくりと読む。
「魔法とはイメージである。強く念じる、思い描く、出来ない事など無いと自分を騙す。これに尽きる。魔法陣とはその補助をする物である。複数のイメージを同時に全て行うのは脳への負担が大きくなる。そこであらかじめ用意できる時間があるのならば、そのイメージのいくつかを理論にそって魔法陣に閉じ込め、そこに魔力を流す事で負担を減らしつつ同時にいくつもの魔法を行使するために使用する。あるいは大魔法などの魔力を多量に消費する魔法などの下地に使うのが魔法陣である。魔道具も似た使い方ではあるが、魔道具は範囲が魔法陣よりも小さく、そして効果が固定的になりがちだ。出力も余り出せない。が咄嗟に動く場合にはこちらの方が便利である。持ち運びも簡単である。魔法陣は準備が長くかかり、そして場所に固定される。使い道はそれぞれであるが、高位な魔法使いになると魔法陣は簡単なものだ。自分の魔力を中空に放ち、それを魔法陣へと展開する。コレもイメージ一つだ。頭の中に描いたものを外へ魔力展開し時空、空間に固定するだけ。安定したら自動発動である。この書はまずその基礎を脳内に刻むための魔力が込められている。魔力を持たないモノは閲覧を禁止する。魔力を持たない者は脳を焼かれてしまうのでこれ以上はページを開くべからず。」
最後に注意書きがされている。何とも胡散臭い説明であった。読んでいて昔途中で読むのを止めたライトノベルを思い出した。
「あぁ、こんなモノに金を払ったのかぁ・・・二万八千。どうせならその金で美味い物と酒を買うんだった。」
私は酒を飲まない訳では無かった。むしろ好きな方だと思っている。めったに飲まないが。それを思うとこんなものに高額の金を出すくらいだったら近場にあるお気に入りの居酒屋でちょっとお高目な酒と肴を頼んで静かに楽しめる時間が買えたと思うとげんなりした。
この前書きを読んでいる間に部屋の中は夕日の入りも変わり薄暗くなった。
もう後2ページもめくれば終わってしまう本の薄さ。表紙に騙されてもう少しあるのかと思えばそうはならなかった。
次のページを読んでしまおうとぺらりとめくる。そこには蛍光塗料と思われる物で見開きを、それこそ目一杯に使用した簡素な魔法陣?が描かれていた。
円の中に五芒星である。何が描かれているのかと思えばただそれだけ。部屋に入ってきていた光の加減でソレが一瞬パッと光ったように見えた。
「なんだかなぁ~。本当に私は何てものに金を出したんだ・・・」
そうして律儀にも最後のページを見てやろうとぺらりとめくってみる。
そこには「さあこれであなたも立派な魔法使い!早速実践してみよう!」といった言葉がポツリと一言だけ書かれているだけだった。
「あーもう!ふざけるな!何だコレは一体!分かった!最後まで付き合ってやる!」
何と表現したらいいテンションだったのだろうか?こんなものに大金を出してしまった事が何処までも馬鹿らしくなって変な意地を張ってしまったんだと思うのだ。そして久しぶりに頭に来てこの時怒っていた。こんなに怒りを覚えたのは十年ぶりだろうか?
私はその時の思いに従ってフローリングの床に先程の魔法陣を水性ペンで描く。
油性じゃ無い所が変に冷静だったなと今更ながらに思う。
そして直径1メートルの円を描いたのだ。
人は精神が不安定な時に綺麗な円を書こうとしても線が歪んで乱れると言う。
しかしこの時の私の精神は普通じゃ無かったにも関わらず、それこそ綺麗な円を描く事に成功していた。してしまっていた。
別に私の性格が神経質だった訳では決して無い。だけどこの時は本当に自分でも「上手くいった」と受け入れていたのだ。不思議な事である。
その中に綺麗な形になるように五芒星を書いた。それこそあの見開きにあった物とそっくりそのままを。
書き終わった魔法陣、その中心に立って私は言ってやったのだ。
「私が魔法使いと言うのであればコレで何が起こると言うんだ!?さあ、何ができるのか見せてもらおう!」
そう言い終えた時だった。もう夕日も落ちて暗くなっている部屋に電気も点けていないのに、どこからともなく光が溢れ出したのは。
その光が暗さに慣れた目に眩しくて、目を細めた時にはもう遅かった。いや、逃げ出す事は目が見えていたとしてもきっとできなかったのだろう。
「なんだ・・・ここは?私はさっきまで部屋に居たじゃ無いか・・・わ、私がいったい何をしたって言うんだ!?どうなっているんだ!だ、誰か説明してくれ!」
私が見た次の景色は何処までも続く平原。風が吹き肌を撫でる心地好い涼しさを運んでくる、そんな大草原。
立っているのは遠くに見える大きな壁へと続いている、長い年月で踏み固められたであろう事が分かる2m程の幅を持つ道。土の茶色が大草原の緑の中に真っ直ぐに走っている。
今さっきまで居たはずの自宅のリビングは何処にも見えない。
混乱だけが心の中に渦巻いて、それでいて答えの出ないままに呆然と立ち尽くすしかない事が、私により一層の絶望を感じさせた。
草原から流れてくる青い草の臭いが私の意識の回復に一役買って、しっかりと自分の事を思い出す事へと成功する。
「先ずは何処から思い出せば・・・そうだ、私がおかしくなったのはあの書店で・・・」
こうして現状を把握するために、そして納得できない事を無理矢理飲み込むための時間に、この後一時間程掛かった。
「そうだな、先ずは腹が減った。ここは紛れもない現実なんだろう。現実じゃ無ければ何なんだ?」
空いた腹がぐるると鳴るので左手をそこに沿える。腹が減るのは生きている証拠だ。食欲が湧くのは生きている証拠だ。
そうして強引に自分を認識する。我思う、ゆえに、我在り、などとはよく言ったモノだ。
自分が今死んではいない事だけは確かな事実であると受け止めて、ここに立ち尽くしているだけでは埒が明かないと言った態でふらふらと視界の中にある壁の方へと私は歩きだした。
そこで新たに驚く。靴を履いている。何故だ?私は部屋に上がっていた。だから玄関で靴を脱いだ、脱いであったはずだ。私は立ち止まってしまった。
でもその事を、もうこれでもかと疲れていた私の脳はそれ以上悩むのを拒否していた。
ひたすらに続く道の先を見据えて私は再度歩き出した。
その間に見覚えが無いか頭の中を検索する。そう、この景色に対してだ。
まさか自分がこの様な超常現象に見舞われるとは誰もが思わないだろう。
自分の部屋に居たと思えば一瞬でどこか知らない土地に立っているのだ。
まさか自分の様な只の一般人を睡眠薬で一瞬で眠らせて誘拐するような真似をする輩なんぞは居るはずが無いだろう。まさか、である。
何の実験であると言うのだ?それなら私を経過観察する存在が側に居てもいいはず。でも辺りを見回した所で何も自分ごときでは見つけられるはずも無い。普通の一般人にどんなモノを求めていると言うのだろうか。
そうするとこの今の自分の現状は何なのか?恐ろしくてその事に触れたくないと心が叫ぶ。
「まさかな?そんな、いやいやいや!だってこの、なあ?有る訳無いんだよそんな事。だって只の有る訳が無い妄想を垂れ流した様な夢物語、ある訳が無いんだよ。それが私に?只の冴えないサラリーマン、しかも定年過ぎて退職した先の思いやられる独居老人に近い存在に?」
ずっと検索し続けた。今の自分がどんな事に巻き込まれたのか?その事象に一番近いものを頭の中の引き出しから引っ張り出し続けた。ひっちゃかめっちゃかに掻き出し続けた。
その結果、どうやら一つだけこの超常現象に当てはまる情報が見つかったのだ。そう、見つかってしまったのだ。
それは信じられない事に、信じたく無い事に。
「ライトノベル・・・読んだ物語の最初は主人公が目の前が真っ白に光っていつの間にか見知らぬ土地に立っている・・・」
余りにも自分の体験した事と同じ過ぎて顔の血が一気に下がった事が感じられて苦しくなった。
いつの間にか過呼吸に陥りかけていた。
意図的に自分の意思で呼吸を整えるために口元を押さえる。強く。
そして落ち着いた時、私は悟りを開いていた。
「何だ、そうか、帰るための方法がこういうパターン的に無いんだろうな。あの読んだライトノベルもそんな設定だった。なら私が元の世界に帰る方法も無いに等しいか・・・でも、よくよく考えてみたら、元の世界に帰ったとして私に何があると言うんだ?そもそも何も持たない事に軽く絶望して慌てて趣味などを作ろうと無理をしてこの結末なんだ。ああ、何て滑稽だろうか・・・」
達観すると人はおかしくなるのだろう。私は本当にこの時、元の世界での残りの人生が別に未練の有るモノで無かった事を知る。
そして歩く事を再開してすぐに大荷物を持った男性が六頭の狼に襲われている所に出くわした。
その様子を観察する。ジッと草葉の陰に隠れて。狼たちに気付かれない距離で気付いた事は幸運だった。
私は視力は良い方だ。その事に喜ぶ。
「ここが地球で無い事は分かった。だって見たことも無い植生であるからして、もうここは自分の知っている世界じゃないとすぐに理解したからな。だからってソレを即飲み込める訳が無いんだが。」
危険なのだ。どうしたってこの世界が地球とは別世界だと理解したらじゃあそんな場合何が自分の身に降りかかるの?と自問自答する。
そして以前読んだライトノベルの世界観は西洋風ファンタジー。そして街以外の場所では危険が一杯、である。
ここは何処か?おそらく街と街を繋ぐ街道である事は予想が付いた。
そして目の前には襲われている旅人らしき大荷物の男性。
自分に何ができると言うのか?只の六十のオッサンに。
体力は年齢と比べてもまだまだある方だと自分では思っている。だからと言って狼、しかも大分デカイ6頭をどうしろと言うのか?
こんな事になって自分の命の事を考えるよりも、赤の他人を助けるために飛び出すなんて事が出きる訳が無い。
馬鹿も休み休み言えと。
「ああ、こんな時にお巡りさん?いや、自衛隊だな。んん?むしろ猟友会?人の命と、ああ、たぶんここは日本じゃ無いし狼くらいは死んでも大丈夫だよな?絶滅危惧種とかじゃ無いよな?」
銃を持ったハンターが害獣駆除をしているイメージが頭に浮かんだ。それを視界の中の狼と重ね合わせる。
それが動いたのと同時だった。狼が倒れて腰を抜かした男に襲い掛かろうと飛び上がった瞬間だ。
ダーン!と乾いた音がしたのは。それと同時に狼が吹っ飛ぶ。その後も連続で五発同じ音が私の側で鳴り響いた。
もうこれにはビックリするしかない。私の側にいつの間にか全身が土で出来た人が立っていたのだから。
その手に持つのは銃であった。しかもライフル銃である。
狼が各一発ずつで絶命しているようだった。ピクリとも動いていない。それを確認した私はそっと草むらの中から立ち上がる。
その時には土人形は解けるように地面に吸い込まれていた。まるでホラーだ。
私は信じたく無かった。目の前で起こった事実が全部自分のせいだと。
「誰だ・・・三十過ぎたら魔法使いになれるって最初に言い始めた馬鹿は・・・」
それが誰なのか今の自分には調べようもない。そして、先程の土人形が自分のイメージから出来上がった代物だという事が何故だか奇妙な感覚で理解できてしまった。
本当は理解したくない。しかし、もう遅い。手遅れだ。
「魔法はイメージ?馬鹿な事言わないでくれ・・・ホンのちょっとあの男性を助けられる力が有ったら、と考えただけだ・・・それが・・・こんな威力に?」
私は助かった事が信じられないと言った感じで未だに腰を抜かして地面に尻を付いている男に近づいた。
「あ、あ、あ、あ、貴方様が!貴方様が私を助けてくれたのですね!ありがたや~!」
いきなり私を拝まれても困るのだ。そしてその男の着ている服を見て改めて知る。地球でこんな服を着ている人はいないだろう。しかもこんな草原のど真ん中の道で。まるでどこかで見たような、しかし現代では着ているだろう人を見ないようなデザイン。中世ヨーロッパか何かだろうか?
草原の気候は安定していてそんな恰好でも寒くは無いのだろう。だから自分の事を余計に冷静に見る事ができた。
(私の着ているスーツはよっぽど良い物として目に映るだろうな・・・目立つか)
この状況で目立つ事が良い事か悪い事か判断は付かない。この世界での今後のこの身に起こるであろう想定される様々な事案に対し覚悟もできていない今の自分に何ができると言うのか?何もできない、が正解である。
「お礼をさせてくださいまし賢者様!私はこのマルマルと、サンカクの街を往復して商いをしているちっぽけなしがない商人で御座います。名をクスイと申します。賢者様の御名をお伺いしてもよろしゅうございますか?」
以前読んだライトノベルのストーリー展開を必死に思い出しながら名を名乗った。
「遠藤、明、と言います。」
私はこの時に違和感に襲われた。ここは確かに地球とは違う世界だと言語からまたしてもショックを受けたのだ。
日本語が通じる訳が無いのだ。だってこの男性の髪は金、瞳は緑色だ。どうしたって日本人では無い。
しかし私の耳に入る言葉は日本語だ。しかしこの男、クスイと名乗ったその口の動きはどう見ても日本語では無いし、ましてや英語でも中国語でも、スワヒリ語でもフランス語でも無かった。
そして私は完全に日本語でしゃべったにも関わらずクスイに意味が届いている。
「エンドウアキラ様でございますね!貴方様は命の恩人で御座います!どうか我が家にいらしておもてなしさせてください!」
ご都合主義過ぎる!展開が早すぎる!だが今の私には都合の良い物だった。腹が空いているのだ。夕飯を食い損ねてこの世界に飛ばされてきてしまった今。頼りにできる人物は彼しかいないのだから。
まあ、見殺しにしようと最初した事を少しだけ後ろ暗く思う所はあるが、それでもここは遠慮なくその申し出を受ける事にする。
「あ、っと、えーと。私は今まで俗世を離れ修行を続けていて世の中の常識を知りません。ご教授願えればありがたい。」
いきなりこの世界の人間じゃねえとカミングアウトなどをしなくてもいいだろう。賢者様などと言われた事を利用して世の中から離れていた設定が無難だ。
賢者という響きからは隠遁していて俗世の事を知らずただ修行の日々、みたいなイメージがある。
私がどんな経緯でここに存在するのかの「真実」など、そんな事はこのクスイには関係無いのだ。だからここはこの命の恩人と言うのに乗っかってこの世界の常識とやらを学ぶことを第一とするべし。
何せ早々に私はこの世界で残りの人生を生きる事を受け入れたから。
今六十であるからして、残りは十年も生きられたら万々歳じゃないだろうか?
どう見てもこのクスイの服を見ると高度な文明存在と言った感じにはならない。
精々西洋、中世?イメージでしかないがそう言った感じの雰囲気を感じた。
ならば食の方も栄養バランスなどを考えると長生きとはいかないとみえた。
「はい!世の状勢そのような事であれば、できる限り私の知る全てをお教えいたします!では参りましょう!とその前に!」
声を荒げてクスイは狼をまじまじと見つめる。
「いやはや、賢者様にかかればグリーンウルフなどは赤子の手を捻るようなモノなのですね。これほどに頭のみを綺麗に打ち抜かれるとは!このウルフ、高い値がついてウハウハですぞ!」
そう言ってどのように六体もの死体を運ぶか悩んでいるクスイ。
持てる荷物は限られている様だ。何せ背中には何が入っているかは知らないが大荷物のリュックである。
良くバランスを崩して後ろに倒れないなと感心してしまう位だ。
そして金の話である。先立つ物は何処へ行っても金である。ならば一つ二つは自分が持って行けばと思いふと思い出す。
(あの話の中にはインベントリなるモノが有ったな?何でも都合のいい四次元ポ◯ット的な?)
なんにせよ、まだウルフを倒した時のあの土人形の感覚がまだ残っていた。
そして思い出すこの世界に来てしまう元凶となったあの薄い本の前書き。
イメージが全て。その言葉を思い出す。実にご都合がよろしい言葉だ。想像力は万能で無限だとでも言いたいのだろうか?
しかしここでこのウルフの死体を回収するのにここに幾体か残していってしまうのはもったいない気がしているのだ。ならば試さない手はない。
しかしこんな流れに対して何の躊躇もなくそんな思考を展開できるなんて、まるで誰かに操られているような気分になる。
自分でも異常だと思う、ここまで来ると。適応するのが早すぎる。
私は凝り固まった頭、思考をしていると自分では思っている。
だからこそ今のこの現状に対してのこの適応力を不可思議に思う。まるで今までの思考回路が一時リセットさせたような爽快な思考だ。
「魔力を・・・そうだな異空間?に繋げて丸い穴で繋ぐ?あぁ、まさしくドラ◯もんのポケットをイメージして・・・それから中身は整理できる方がいいな。後は・・・」
言葉にしながら、しかし馬鹿な事をしていると自分を冷静に見る。
幾らイメージが大事とは言え初めてするのだ。こんなくだらない妄想の如きものを。
仕事をしていた時には現実だけ見ていた。そんな妄想の類など一切してこなかった自分が今更なにをと。
そんな自分であったが同時に子供の頃も何故か一緒に思い出していた。
いろんな空想をして楽しんだ、そんな覚えがある子供時代。
(なんでそんな事を今更思い出したのか?ああ、でも懐かしいな。近くの神社の境内で良く友達と遊んだっけ)
様々な空想をしつつ、そんな設定の下にごっこ遊びをした思い出が今更に頭の中に浮かんできた。
モノは試しとやってみた事だが、こんなくだらない事で成功するはずが無いとも思えた。
幾らこの世界の事を早々に飲み込んだとは言え、まだ夢の中にでもいるのでは?と考えている自分が居る。
だけどクスイを助けた時のあの土人形から耳をつんざく程の発砲音を受けて覚めない訳が無い。
あの時の六発もの発砲音が頭の中でいまだに耳に残響しているように感じ私は顔をしかめた。
そんな次の瞬間、まるで宇宙にでも繋がっているのか?と思える穴が中空に出来上がった。
出来上がってしまった。
「い、一体何です?!こ、これは賢者様が?」
「あー、私の事は遠藤で良いですよ。もちろん呼び捨てで構いません。」
「そんな事はできかねます。命の恩人に敬意を払わないなどと、そんな事は。」
結局様付けは回避できなかった。代わりにエンドウ様と呼ばれる。
で、次の問題はこれだ。
「えーと、ちょっと待ってくださいね。」
私はそう言って足元に転がっていた大きめの石を手に取りその穴に放り投げる。
そして穴が閉じるように念じた。そうだ、コレは自分が作り出してしまったモノだ。
そして一度作ってしまったからには何故か自分の中に「繋がり」が確かに感じられるようになってしまった。
そしてまた穴を「開く」。そう、巾着袋の口を開くイメージで。
そしてその穴の中に恐る恐る手を入れて念じるのだ。先程放り入れた石の事を。
「あ、ヤバい。マジでできちゃったぞコレ・・・」
成功した事に喜べばいいのか、それともコレでもう後戻りは、もう既にもっと以前からできないでいるが、出来ないと確定した。
「ここにこのウルフを入れて行きましょう。全部入ると思います。」
収納制限は無限にしてある。そのイメージは簡単だった。宇宙をイメージすればいいのだから。
それこそこんなものを作り出そうとするのにいきなり異空間なんぞをイメージできる訳が無いのだ。
だってそんな物を覗き見た経験なんてそもそも無い。できる訳が無い。人がそんな深淵を覗き込むような状況はきっとその人は死を覗いている事だろうから。
だけどイメージだけなら「一例」が有れば容易くなる。もちろん国民的アニメ、ドラ◯もんである。
それを参考にしたからここまで上手くいったのだろう。いや、上手く「いき過ぎて」いるようにも感じる。
「素晴らしい!そ、それは先程入れた石ですか?!なんと!入れた物をこのように取り出せる魔法ですか!素晴らしい!何て事だ!これは物流を大きく、いや、そんな物を吹き飛ばす大発明ですぞ!さすがは賢者様!いや!大賢者様!ですな!」
私はこの言葉に恐怖を覚えた。何せ現代でもこのような発明があったならば世界を震撼させる代物だ。
だったらこの世界でこれが普及したらどうなるのか?想像もできない。
最悪、戦争である。大混乱を極める世界となるだろう。危険だ。その想像は最悪と言えども実現に難しくない一つの未来になるだろう。
「私はコレを広めるつもりは無いよ。それともクスイは戦争がお好みか?」
私は至って冷静にそう言葉にした。これは秘密にしておく程の事であると。
この意味が理解できたのかクスイは見る見る内に顔を青褪めさせる。流石商人だ、頭の回転が速い。
「目の前にした余りの価値に少々目が眩んでいたようです。申し訳ありません。」
「謝ることは無いです。この事は内密に。ですね。」
こうしてウルフを作り出した「穴」へと放り込み、ようやっと再び歩き始める。
腹が空いている事を正直にクスイに話すと干し肉と水、それとパンをくれた。
それを齧りながら歩みを止めずに遠くに見える未だまだ近づいたように感じられ無い壁へと黙々と向かう。
(どれだけデカいと言うのか、きっと相当デカイ街と、そういった感じなのか?)
「ところでエンドウ様、どうしてあのような所に?いや、居てくださったからこそ私は助かったのでございますが。」
「道に、そうですね、人生と言う道に迷っていたんです。」
ちょっとしたジョークだった。しかしクスイは真剣にソレを受け止める。
「ふむ?大賢者とあろうお方ですら悩みはあるのですね。それに比べれば私の悩みなど小さい物でありますね。」
はははは、と朗らかに笑うクスイ。もう既に私の事を賢者だの、大賢者だのと決めつけている。
「悩みですか?一応お伺いしても?」
この悩みと言うモノを聞いてみればきっとまた一つこの世界の事を理解できるだろうと思って聞いた。
だがこれは間違いであった。
「魔物がやけにマルマルの周囲で増えておりまして、冒険者たちへの駆除依頼が多く出ているのですけど、一向に収束を見ないのです。それで今日は運悪くその流れに見舞われたと言った感じでして。」
詳しく聞けば良くある定番の魔物の名前を聞いた。ゲームに詳しくないとはいえそれ位は多少の知識がある私にも分かった。
ゴブリン・気味の悪い肌色、醜い顔。小学校低学年程の体格の凶暴な亜人。
コボルト・狼の顔をした、身体は人そのものの様な俊敏性に優れた亜人。
オーク・分かり易くいえば豚人間。もちろん人を襲う。
オーガ・まさしく鬼。肌も赤や青や黄色や黒など様々なものが確認されていると言う。
ウルフ・まさしく狼。様々に生息地があり土地への適応力が高く何処にでも存在する。
トロル・ゴブリンと似た、しかしこちらは身の丈二メートルの巨体。やはり凶暴で人を襲う。
サイクロプス・言わずと知れた一つ目の巨人で青い肌をしていると言う。
巨大蜥蜴・その名の通りで全長二メートルを超すモノも。
巨蛇・こちらも単純に巨大な蛇。何と全長が三十メートルになるものも確認されているという。
その他にもいろいろな魔物の話を聞いて本当に頭が痛い。これらは事実であると言う事だ。
そして命の危険がこの世界には溢れていると言う事。
お手上げである。現代人の私にはそう易々と受け入れられ無いのだ。命の危険が身近などと言うのは。
ここにきてそんな危ない目に遭って死にたくない。そう思える。
「エンドウ様の御力ならすぐにこの問題を片付けて頂ける!本当にありがたい!」
彼の中ではもう私が魔物を狩る事が決定しているようだ。
それを否定したい。しかし、もう既にウルフを六体始末してしまっている。それが手違いだったとは言え。
言葉が出ない。今から向かっているマルマルというふざけた名前の、あんな巨大と見える街で駆除依頼が出ていて一向に収まらないとなれば、その冒険者と言う者たちも猫の手も借りたいと言った感じなのだろう。
私なんぞは絶好のターゲットである。既にクスイにはこうして知られてしまっている。
ならば正直に話してしまうのがいいだろう。
「私は強くない。そんな魔物たちを目の前にしたらスグに殺されてしまうだろう。私は魔物退治なんてできないです。恐ろしいそんな存在を前にしたら腰が抜けてしまう。クスイの事も最初は見殺しにするつもりだった。私は自分の命が惜しい。」
これに驚きの顔をされたが、それでもクスイは嫌な顔をしなかった。
「エンドウ様はお優しいのですな。それでも最後は私を助けてくださった。それが全てです。命が惜しいのは幾らお力をお持ちになった騎士様であろうと誰であろうと、思う事でございますから。不自然な事では御座いません。それでも伏してお願い申し上げたい。この街を救って頂けませんか?どうかこの通り。力無き者はこうして有る方に頭を下げて願い奉るしか守る方法がありません。どうか。」
土下座だ。自分の額を土で汚すのも顧みずに。本気、しかし土下座は大袈裟過ぎる。
こんな事をされたのは今までで初めてだ。戸惑うしかできる事が無い。
「立ってください。・・・ここまでされて断れる程の度胸は持ち合わせが無いです。しかし私は積極的にその魔物とやらを狩るために森に入るなどと言った事はしませんよ?」
平原だけと思いきや辺りには林、それから深い森がある事が見えた。近づいていくにつれてそう言った街の周囲の状況が分かってくる。
「はい、それで構いません。街へと迫ってくる魔物の群れを撃退する事もあったりしますので。私を助けて頂いたそのお力があれば簡単な事でございましょう。」
それならばあの城壁?の上からウルフを倒したあれをバカスカ撃ちまくればいいだろうか?
それ位なら大丈夫そうだ。いきなり向かう街がそう言ったピンチになっているのをスルーすれば今以上にヤバい現状に早変わりする可能性が高い。
そう言った事になるならば、命がどうのと言ってはいられなくなるだろう。
自分の拠点になるかもしれない場所がいきなり壊滅とかされるのは断じてマズイ。
そうなればこちらも逃げ出すなんて選択肢は捨てざるを得ない。こんな魔法なんぞを使えるのだからソレを最後の最後まで振り絞り切るまでは逃げるなんて選択肢は取れなくなるだろう。
シチュエーション次第と言う事だ。
それにしてもあの時の土人形がどうやってウルフを倒したのかの方が気になる。自分のしたこととは言え何故か分からない事だらけだ。
(イメージ、あの時のアレは確かに銃だった。なら火薬は?弾は?発射するための仕掛けは?どうなっていた?)
銃の知識は詳しい所は知らない。火薬の爆発力で弾を打ち出して殺傷力を持たせる威力にする。それ位だ。
インベントリの穴の中に入れる時、完全にウルフは頭を「撃ち抜かれて」いた事は確認していた。
ならばあの発砲音、それは弾を撃ち出した音だ、確実に。しかし、それだけでは全てじゃない。
弾を飛ばす、殺傷力を持たせるだけの威力を出すための、その大本はどこから?
もちろん火薬の臭いはあの時しなかった当然。硝煙の臭いと言って良いのか?
まあそんな物は嗅いだ事が無いからそれが正しいとは嗅いだところで判らなかっただろうが、それでも草の臭いと違うそんな異臭はしなかった。あんな近い距離で発砲だったのだ。
もし火薬を使っていたとしても気付かない訳は無いはず。
弾を撃ち出したエネルギーは何処からだったのかが分からない。
だけど一つのヒントは知識の中にあった。
(地下深くのプレートが動く時のエネルギーって言うのは想像を絶する数値らしいから・・・それか?)
あの土人形は足が大地と繋がっていた事を思い出す。一瞬だけしかその姿は目に入れなかったが、それでも鮮明にその映像が頭に蘇る。
(この世界の大地にもそんな似たような現象が?まさか・・・いや、地球の事も何も知らなかった私が否定できる事では無いな)
後は弾になる何か石かなんかをそのエネルギーで撃ち出すのだろうか?
分からない事だらけだ。ここに私が居るその事自体が一番理解不能である。
もちろん元の世界に戻る可能性を考えて最初に悩んだ一時間の間に、ここに来る前に自宅リビングで書いた魔法陣と同じ魔法陣を地面に書いて同じようなことをした。しかし何の反応も無かった。
このままこうして理解不能だと受け止めずにいても前に進めないと解って前に進んで今に至る。
この世界に私が来た事は何か意味があるのか?はたまた天文学的数値なあり得ない現象に私は巻き込まれただけなのか?
どちらにしろ運が無かったという無理矢理な答えに縋りついて、精神を安定させるしか私に残されていた選択肢はなかった。
こうして歩く事暫く。ようやっと見上げる程に巨大な壁がその全貌を明らかに。
そして本当に巨大な門が、壁の大きさに負けない威厳ある紋様が刻まれた門が、姿を現した。
それは大きく開かれており、その中へと入るための審査を待っているだろう行列に並ぶ。
「エンドウ様、身分証はお持ちでしょうか?無いのであれば私の方で請負人として仮の証明証をお作りしましょう。」
その申し出を有難く受ける。自分はこの世界の事を何も分からない。だから知っている人に頼るしか無いのが私の現状だから。
しかし人のコミュニティに関しては地球の社会と何も基本は変わらいだろう。
身分証明は大事だ。これは基本自分は危ない人間じゃ無いですよ、と言うのを訴えるために大事なものだ。
けっして「危険人物じゃない」と言う証明では無い。身分証を確認、ソレは、犯罪を犯したらスグに照会されて捕まるよ、という抑止なのだ。
だからそういった手続きをして証明をできない存在は、「危ない奴決定」として捕まるのだ。
捕まってしまえば自分はそんなんじゃ無いと証明する事が困難だ。悪魔の証明と言った感じだろうか?
だから今クスイはこうして私の身の証明の請負人として申し出てくれている。有難い事である。
こうして順番が回って来た。かなりドキドキする。
どうしてかって?それは並んでいた人々の着ている服である。どう見てもそんな中で自分の着ているスーツは目立つのだ。目立ちすぎるのだ。
コレはもう既に追い詰められていると言って過言では無い。すぐに噂になるだろう。
そんな目立つ私がクスイと一緒に門衛からのチェックを受けるのだから、どんな風に咎められるか分かったものでは無い。
だけどそんな不安は全てクスイが解決してくれた。
「サンカクからこちらに来る道の途中でこの魔法使い様に救われたんだ!グリーンウルフが六頭も襲ってきた所へ魔法が飛んできてな!この方が全て蹴散らしてくれた!私の命の恩人なんだ!」
そう力説するクスイは私に「一頭出して見せてあげてください」と言ってきた。
たぶんそうすればそのクスイの証言の裏付けになるからだろう。
ここで「穴」をだしてその中に手を入れてウルフを一体取り出した。
「おお?コリャ凄い。脳天を一発か。絶命だな。しかしここまで綺麗な仕留め方なら高く売れるな。羨ましい。」
どうやら私のインベントリに驚くよりも門衛はウルフの仕留められた方法が気になったようで何もそれ以上は追及してこなかった。
アレヨアレヨとクスイがその後の手続きをしてくれた。
もちろん私の身元保証人にもなってくれた。しかし続きがある。
こうして門を出てから一枚の薄い木の板を手渡された。
「コレは仮の物です。正式な証明にするにはこの街の住民になるしかありません。しかしそれもエンドウ様には難しいのです。この街に三年以上暮らさないと正式なモノは手続きできません。その間この仮の証明の発行の継続にお金がかかります。月に銀貨一枚です。本気でこの街に腰を下ろすつもりの者で無ければとてもではありませんが払うのは難しいです。私もそれだけの負担は負いかねます。どうも申し訳ありません。」
銀貨がどれくらいの価値なのかは知らない私には「謝る事は無い」と言う事しかできない。
しかし別の方法もあるようだ。
「エンドウ様が今すぐに身分証を得るためなら冒険者になる事をお勧めします。世の状勢に疎いと仰っていたので、ならば冒険者ギルドで話を聞いた方が私なんかが話すよりもより詳しく知る事ができるでしょう。私の方もエンドウ様の身元を保証したと言えども、実はこれは一ヶ月しか期限がありません。ですので早い所エンドウ様にはいくつかある証明書の発行、身分証明の手続きをどれか選んでしていただく必要があるのです。しかしそのどれもが・・・エンドウ様には難しいモノがあります。」
暗い感じで最後に不吉な言葉を告げられる。
「エンドウ様は長い修行での年月で世の中との何かしらの伝手を持っていないのでございましょう?私が保証請負したとは言え、それでは何処の誰もエンドウ様を自分の所で働かせる者は居ないでしょう。私は既に保証人として受けてしまっています。この場合うちでは働かせることができません。」
それは要するに労働ビザ的な感じだろうか?そしてクスイの所ではもう無理で、選択肢は冒険者しかないと。
「今日は私が冒険者手続きを手伝いましょう。その後は我が家に来ていただき、今日助けて頂いたお礼をさせて頂きたい。・・・お考えはまとまりましたか?」
コレはまとまるも何も選択肢が無いと言い換えるべきだ。
クスイも様々にこういった手段があるとしっかりと説明してくれた誠意がある。
そこら辺を説明せずに冒険者のみを薦めるような真似をしない分、私にはありがたかった。
この世界をいち早く知るためにそう言った小さい事でも、いや、大分重大な事だったが、教えてくれる事は大事だ。
だからしっかりと言葉にする。
「冒険者とやらにしか道は無いようだ。お願いします。」
「はい、どうぞこちらです。」
そうして案内されたウエスタン風な建物。どう見ても早撃ちガンマンが出てきそうなその雰囲気に唖然とする。
もちろんここへ来るまでに街の景観を見ていた。その田舎者な行動を咎めることなくクスイは静かに案内をしてくれていた。
彼は私の説明を信じてくれている。修行してばかりで世の中と隔絶していたと言う説明を。
だからキョロキョロと辺りを見回す私の行動を黙っていてくれた。
そんな事まで考えつつ、しかし私はまるでどこかのテーマパークに迷い込んだのかと頭が混乱しかけていたのだが。
そうユニバーサルスタ◯オジャッパンである。その中の一区画、魔法使いを題材にしたあの映画の街並みを再現したアレ。
そこにいきなり現れたのがコレである。チグハグにも程があった。いきなりイメージが魔法使いからバキューン!である。
次元●輔よりも確か早撃ち、いつも泣いているイメージしかない駄目人間上位に入るノ◯太君をいきなり思い出してしまった。
もうヒッチャカメッチャカである。視覚で頭をぶん殴られたような感覚とはこういったモノなのだろうか?
「どうしましたか?ああ珍しいですよね。私も慣れるまではそのような感じでした。」
クスイがそう苦笑いをして建物の中へと手招きする。
覚悟を決めた私は「こんな服で大丈夫か?」と自分の服装を心配した。
もしかしたらこの着ているスーツにイチャモンを付けられるのではないかと思ったのだ。
冒険者、私のイメージではゲームソフト「アトランチスの●」の主人公のあの恰好を思い出す。
もしくは「スぺラン科」で。しかし考えても見ると魔物とやらを倒すのにそんな装備で大丈夫か?である。
むしろアウトだ。だったらそれを考えるとこの世界での門衛の姿を思い出した。
鉄槍、甲冑な重装備。もしくは鎖帷子にガントレット?
それはまさしく軍隊のイメージ。だけれどソレを考えるとまたしても難しい。
魔物をやっつけるならその軍を動かすのが普通なのでは?と。
だからだろう。私にはこの世界の冒険者と言う立場が分からない。
だが、中に入って見て一目で分かった。これは傭兵だ。そうすると、魔物に特化した専門集団と言う言葉が思い浮かんだ。
「こちらが受付です。エンドウ様お手続きを。」
その一言に我に返って受付と見られるカウンターに近づく。
周囲はそれこそ強面なムキムキ男たちでワンサカだ。大きな剣を腰に、身体は革鎧?で覆う。
背丈は様々だが誰しもが歴戦の勇士と言った風貌だ。その圧力に物理的に潰されそうな錯覚を感じさせられた。
(コレは選択肢がここしか無かったとは言え、私が来ていい場所だったのだろうか・・・)
しかしその逆に受付の担当はあまりにも可憐な少女だった。
「当マルマル冒険者ギルドへの登録ありがとうございます!当ギルドでは優秀な方をいつでもご紹介承っております!どうぞお知り合いにお強い方がおられましたらぜひとも我がマルマル支部へとご紹介くださいませ!」
なんだろうか?こんなかわいい少女がこの街の名を口にしてギルド勧誘するのを目にすると「ふざけているのか?」と言った疑問を浮かべざるを得ないのは。
じっとそんな理由でその少女を見つめてしまったがために妙な間が開いてしてしまった。
「あ、すいません。で、これに書けば?」
既に用意されていた紙、藁半紙だろう。それに必要事項がいくつか並んでいる。私の見た事も聞いたことも無い言語で。
そう言えば今の時代、コピー用紙よりも藁半紙の方が値段が高いらしい。
製紙技術が上がり、昔とは変わって値段が逆転現象を起こしたそうな。
そんな事に現実逃避もするだろう。そんな見た事、聞いた事の無い言語を解らないのが「普通」なのだ。
しかし私はソレが何と書かれているのか理解できてしまっている。
もうこんな不可思議な事に逐一我を忘れていたら精神が持たないと、一気にかけるだけの項目を側に置かれていたボールペンの様なモノで書いて提出した。
(ボールペンの様な・・・いや、もうツッコまないぞ・・・もういい加減・・・)
「はい、確認させて頂きます・・・えーと、お名前はえんどーあきら様ですね。出身地は無しっと。年齢は・・・んん?六十?あのー?十六の間違いじゃ無いですか?」
なんで日本語で書いた私の名前が分かったのだろうか?出身は書く事ができない。何故ならこことはまるっきり違う次元から来たのだから書けるはずが無い。
もうこの世界の事は充分とはいかないまでも呑み込めてきた。しかし、だ。
この少女は何を言っているのだろうか?この年寄りを見て六十では無く十六の間違いじゃ無いかと言ってくる始末。
(そう言えばこの冒険者とやらは年齢制限は無いのかな?)
ふと今更そんな事を思う。そこで違和感がブワッと上がって来た。
この少女は今何と言った?幾ら日本人は年齢が若く見える種族だと言われているとは言え、六十と十六を見間違えるだろうか?
余りにもおかしな疑問が噴き出してきてクスイに鏡は無いかと詰め寄った。
「え、ええ。少々待ってください。こちらをどうぞ。」
そうやって私の詰め寄る必死の形相に少し引いてしまったクスイはそれでも要求通りにどうやら売り物であろう装飾が美しい鏡を渡してきた。
それを勢いよく受け取ってガバッと自分の顔をソレに映す。
「冗談だろう・・・何だ・・・誰だコレは・・・」
そこに映っていた存在に絶句した。見た事があるのだ。しかしあり得ないモノが映し出されていた。
若い頃の自分。そう今はもうアルバムの中の写真でしかお目に掛かれないはずの自分の若い頃の顔だ。
その顔が引きつっている。もちろん自分の顔である。それを自覚した私はもう一度叫んだ。
「本当にどうなってんだよコレぇぇぇ!」
そんな私のこの世界に来て何度目かの心の叫びは誰にも理解してくれる者はここにはいないのだった。
「て、手続きはどうなさいますか?」
その受付の少女の言葉でやっと我に返る事ができた自分はこう告げた。
「・・・十六で良いです・・・」
それだけを絞り出すのがやっとだった。
こうして書類への書き込みは終了し、何故だかシュレッダーみたいな機械にソレを突っ込んでいる受付。
そうするとその機械から一枚の輝く金属のカードが出てきた。
それを手渡される。どう見ても何も書かれていない。只の表面がつるりとした金属板だ。
大きさはス◯カくらいだ。それの使い方を教えると言って受付少女は説明を始める。
「先ずそのギルドカードは無くさないでください。あらゆる手続きで使用します。情報が色々と書き込まれていくので個人の情報が詰まっている代物です。それを他人に取られるようだと悪用されかねませんので自己責任で保管してください。こちら便利機能もありますので後程ソレもご説明します。」
まるで個人情報保護法が頭の中を過ぎる。この世界はどうやら変に高度な所とそうでない所がメリハリも無く混沌としている世界であるようだ。
必死に冒険者の説明を聞こうとして、自分が若返っている事を忘れようと努力する。
「先ずは登録いただいたエンドウ様はEランクからになります。依頼を受け続け、成功をしていけば評価が高まり信用を得られランクアップします。ランクが上がって行けばより高い報酬額の依頼を受けられるようになっていきます。最高はSランクです。」
まるで何か怪しいクラブの会員になった様な気分にさせられる説明だ。
「成功した情報はこのカードの中へと記録されて行きます。なのでこのカードを調べれば幾ら分の金額が成功報酬として預金されているかが分かります。金額を引き出す際にはこのカードを受付へ提出していただき手続きの後に現金をお渡しします。」
銀行の預金カードであろうか?まあ分かる。
「受けた依頼を失敗すると違約金が発生しますので慎重に自分の力量に合った依頼選びをお勧めします。」
当たり前だ。契約をする前に相手側の情報をリサーチしておくのは重要な事だ。
己を知り、敵を知れば契約危なからず、だ。
「その他の事に関しましては、その都度疑問があればお答えします。大事な部分は一応こんな所です。冒険者が依頼を受けるにはあちらの壁に貼ってある依頼の書かれた紙をこちらに持って来ていただければお手続きを致します。依頼の中には様々な条件がありますので、吟味を怠らない様にご注意ください。ギルドでも理不尽な依頼は受け付けない様に選別はしておりますが、あくまでも冒険者の自己責任となっていますのでご了承ください。」
いわゆるここは仕事の斡旋だけ。冒険者は個人事業主?難しく考えずに派遣アルバイトだと思えばいいか?
「ここまででご質問はありますか?」
「いや、今の所は無いです。」
「では、保証人としてカード発行代金はこちらクスイ様がお支払いでよろしいですね?では。」
私は「ぇ?」と後ろを振り向いた。そこにはクスイが銅貨だろうか?ソレを八枚取り出していてカウンターに並べた。
「はい、確認いたしました。ではコレからの冒険者仕事頑張ってください。」
そう言ってペコリと一礼して受付少女は頭を下げる。
「ささ、こちらに。」
そう言ってクスイがすぐに空いているテーブルへと誘導したので、そちらに向かう。
そうやって椅子に座るとクスイは話始めた。
「当面は命を助けられた恩義を返すために私がお世話を致しましょう。ですのでお気になさらず。しかしいつまでもとは参りません。気持ちとしてはいつまでもお世話をし続けたいとは思うのですが、私如きのちっぽけな商人の稼ぎと資産ではお客人として受け入れ続ける事は叶いません。ですので本日の所はこうしてエンドウ様の身元固めで終わりにしましょう。最低限コレでギルドカードを出せば身元の保証になります。後の足りないアレコレに関してはいずれ必要な時が来れば私が精一杯お手伝いさせて頂きますゆえ。では、次はウルフをギルドで買い取りしてもらいましょうか。その後我が家へご案内します。」
そう話をされて今度は受付横の通路を通り別の受付に連れて行かれた。
「はい、こちらは買取所です。本日は何を御持ち込で?」
三十代ほどに見える男の受付員。パリッと清潔な長袖ワイシャツにベストを着ている。
爽やか笑顔で対応するその第一印象。貫禄も見え隠れしてこの仕事が長い事を窺わせる。
「ウルフを六頭です。えーと、何処に出せば?」
「いえ、あの、何処にウルフが?」
「あ、はい、じゃあここに出していいですかね?」
余りにもこの受付員の対応がスムーズだったので思わずモノを出さずに先に何を持ち込んだのかを口に出した。
しかし、確かに今、私は手ぶらである。怪訝な顔をさせてしまい失敗だ。
私はそのように反省しつつもインベントリからウルフを取りだして並べていく。
その事を驚かれはしたが、出されたウルフに余計な傷が一切無い事に気付くとそちらに意識が向いたようだ。
「こ、これは?!しかも・・・ここまで美しい仕留め方は初めて見ますね・・・六頭全て!?・・・非常にいい状態ですので色をお付けしましょう。」
この受付員は鑑定も一緒にしているようだ。話が即終わる。
金額の計算になり、いくらになったのかの取引契約書が目の前に差し出された。
そこには一頭、金貨三枚、合計で十八枚とある。
金貨が一枚日本円で幾らの計算になるのか分からない。だからこれが相場なのかあるいはそうじゃ無いのかが分からない。
むしろ、地球で狼なる存在をここまで綺麗に仕留めてそれを売りに出したら幾らになるのかの知識なんか持っていない。
私の中にこれらを比較して正しいと、正解を出せる基準が無いのだ。
クスイの方を見て確認をする。彼は一つ頷くだけでそれ以上はリアクションしてこなかった。
ならば正当な額なのだろうと思って用紙の一番下の名前欄に自分の名を書いた。
「はい、では冒険者カードを提示してください。・・・はいこちら全てカードの中に代金を振り込みしますか?」
どうやら冒険者依頼の成功報酬だけでなく、こうした買取の金額もカードへ入金できるシステムのようだ。ならば迷うことは無い。
全部カードへと金額を入れておいてもらい。手続きはつつがなく終了した。
買取所を後にして再びテーブルへと戻ったその時、一人の男に絡まれた。
「おう、お前そんなヒョロイ恰好してお貴族様かよ?冒険者舐めて貰っちゃ困るんだがなぁ?」
どう答えたらいいのか分からない。自分はここに身分証明書の発行をしてもらいに来ただけだ。
手っ取り早くソレを得られる選択肢がこれしか無かった。しかもクスイにその手続き料を出してもらうと言う情けない事情もくっ付いている。
幾ら私が命の恩人とは言えこんな事にお金を出してもらう事にやはり抵抗感を感じてはいるのだ。
一文無しは辛い。しかしそれをあえて堪えなければならないのはこの世界で頼れる相手が彼しかいないからだ。
ウルフの買取は冒険者に登録しなければしてもらえないシステムらしいし、だったらウルフを代わりに商人だと言うクスイに買い取ってもらう事も考えたがソレもやはり身分カードが要るらしいので断念したし。
クスイ曰く。
「エンドウ様が倒した獲物です。ならば所有権は貴方様にあるのです。そこは大事な事です。」
だと言う事で、手続きの方も身分証を作ってしっかりとそちらに入れましょう、と力説されたのだ。
「ああ、私はただ身分証を作るために・・・」
ここで私はそう言いかけたのだが、クスイはそこに割り込んで反論した。
「こう見えてこの方はお強いですよ。どうしますか?試されてみますか?」
クスイがそう自信満々に、相手の冒険者を下に見るような発言をした。
しかもその言葉は何故か有無を言わせぬ迫力を伴っていて相手の男はそれに気圧されていた。
何故勝手にクスイがそんな事を言い出すのか分からなかった。
何せ試す、と一言言われてしまうと私はこの冒険者とやり合わなくてはいけないと言う流れになる。
そんな事は御免被る。そんな私は喧嘩など小学校低学年の時を最後にこれまでした覚えが無い。
暴力沙汰、しかしそうはならなかった。
「ちっ!どうやらあんた認められてるようだな。クスイの目にゃ狂いはねえ。試そうとして悪かったな。」
疑問が出てきたクスイはどうやら冒険者の中で信用に値する人物だと言った様子だ。
「いやはや、お恥ずかしい限りですが、私は自分の眼にかなう冒険者の後ろ盾になった事も以前あったりしましてね。その冒険者はその後に成功を収めた者もまあ多くはありませんが存在します。」
どうやらクスイは有名らしい。人を見る目と言う所に冒険者たちに一目置かれているようだ。
そして今その彼に連れられている私がどの様なレベルなのかと、確かめようとしたと言った具合なのだろう。
ソレをあっさりと先に「強いよ?確かめるか?」と強気でグイっと言われたがために冒険者は判断早く引いたのだ。
「ああ、大丈夫だ。問題無い。貴方たちの様な屈強な方の中に、私の様な世間知らずが突然降って湧いたとすればそれは看過できないだろうしな。」
「おいおい、アンタ小難しい言葉なんざ使っていると他の奴らに舐められるぜ?本当にどこぞの御坊ちゃんの道楽なのかい?荒事ばかりの仕事だぜ?こんな事で舐められんようにガサツな言葉遣いも習ったらどうだい?はははははは。」
どうやら言葉は汚いが心配をしてくれているようだ。
だけど今更この話し方を変えられそうもない私は礼を口にすると共に謝罪する。
「ご心配ありがとうございます。ですけど、どうにも即座に変えられそうにもありません。すいませんね。」
一瞬その冒険者は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてまた豪快に笑った。
「あっはっはっは!分かった!ならそのフォローは私がしてやるよ!冒険者のイロハを私が教えてやる!うちのチームで面倒見てやるぜ!」
「カジウル、アンタはクスイの目にかけた冒険者を懐に抱え込みたいだけでしょ!どうもすいませんね、うちの馬鹿が迷惑かけて。」
その後ろからはどうやら弓を扱うのを基本にしているらしい女性が現れた。
何故そう見えたのかは弓を小脇に抱えていたから。矢筒を背中に背負っていたから。
ペシリと頭を後ろからそう言って叩かれたカジウルと呼ばれた冒険者は涙目になっている。見た目より痛かったらしい。
「マーミ・・・いてえじゃねえか・・・何も叩く事無いだろうに・・・」
「ほら行くよ!まだ打ち合わせは済んで無いだろうに!もう、ちょっと目を離すとこれだから!」
「お気になさらずに。」と一言こちらも声を掛けると二人は奥の別のテーブルへと戻って行った。
「さあ、我が家にご案内します。」
こうして一悶着起きそうで起きなかった事に「ふう」と溜息を一つ吐いて肩の力を抜いた。
冒険者ギルドを出てクスイの後を歩く。
「今日は盛大な食事にしましょう。美味い食事に美味い酒。私がここに今生きていられる喜びを!」
道の途中でクスイは振り向いてしっかりと私の目を見て言葉にする。
「貴方様がいなければ、私は今頃、狼の餌にされていました。本当に、心の底からの感謝を。」
深々と下げられた頭にこちらも一つ返す。
「貴方がこうして私に世話を焼いてくれなければ、私はいつまでもこの周囲を彷徨っていた事でしょう。ありがとうございます。感謝しています。」
これに頭を上げたクスイが呆気に取られたような顔をした。そして互いに。
「お互い様ですか?」
「お互い様でしょう。」
と笑い合った。
私は最初に彼を自分の命惜しさに見殺しにしようとしていたのだ。それ後の結果、私の魔法が偶然発動して助かったのであれば、そこまで深くクスイに感謝されるのは少々違うと思った。
なので私も彼への感謝を口にした。
その後はしばらくは互いに口を閉じて黙々とクスイの家に向かった。
そして着いたのはまるでコンビニの様なお店だった。どうやら住居がくっついているタイプの店のようだ。ちらりと見えた店内は雑貨店であるように感じる。
その店の裏手に回るように案内されると裏口だと思われるドアへと入る事になった。
「只今帰ったよ。お客をお招きした。今日は食事を豪勢にしておもてなしをするよ。準備をしてくれ。」
「お父さん、いきなりそんな事言われても難しいわ。あら、こんにちは。どうも娘のミルです。」
そこは台所であった。昔の竈の様なモノが二つ。大きなテーブル、椅子は三つだけ。とても簡素で、しかしそれでいて温かな印象だった。
「娘です。元気に育ってくれたのは良いのですが、この様に私の言う事を時々突っぱねる撥ねっ返りな所がありまして。」
「もう、お父さん!いきなり無茶を言ったって対応できないよ。事前に連絡しといてくれないと。」
「お構いなく。別に私もそう言った持て成しを無理に受けるつもりも要求するつもりもありませんから。どうかお気になさらずに。」
「ふふふ、お若いのにそんな固い喋り方なんてなさらずに。もっと気軽な感じで良いんですよ?それにしても見ない服装ですね。しかも凄い生地・・・縫製もこんなにしっかりした物なんて見た事無いわ。あ!もしかして何処かの御貴族様でしたか!?あ!そうなるととんだ御無礼を!?」
ちょっとワチャワチャし始めそうだった所でクスイが落ち着くようにミルに言う。
「ちょっと早いが食事の用意を始めてくれ。話はその時にする。一番良い酒が残っていたな?ソレを出してくれ。それとこの間買ってきた肉、それを使うんだ。せめてウチで今出せるとっておきを出さねば。」
「もう、お父さんったら。・・・でも、それだけ貴方が大事なお客さんって事よね?なら腕によりをかけて美味しい物を出すわね。」
「あ、申し遅れました。私は遠藤明と申します。宜しくお願いします。」
「ふふふ、はい。宜しくお願いしますね。」
こうしてミルが夕食を準備している間に私はクスイに部屋に案内された。
「こちらに今日はお泊りになって言ってください。明日はエンドウ様の今後の具体的な方針を決めましょう。何も世の中が分からないのであれば、私がご相談にお乗りします。軽くで良いので、今この場で何か思いつく事は御座いますか?ソレに合わせてプランを考えておきましょう。」
私は案内された部屋のベッドに腰かけ、クスイは椅子に座り話し合いをする。
そうして何かあるかと問われても、今日この世界に来たばかりでは何も浮かばない。浮かばないはずだった。
「・・・魔法、そう、魔法の勉強をしたい。この世界の魔法の事をしっかりと。」
そんな言葉がするりと出てきた。たぶん自分の今、最も頼れるモノと言えばこれしか無いのだ。
人に頼るならクスイだ。しかしいつまでも甘え続ける事は無理だと言う事は分かっている。
ならば自分の今まで生きてきた経験に頼れるか?と言えば、無理だ。ここは自分の今まで生きてきた世界と根本的に違う。自分の経験が生かせるとは思えない。通用する部分もあるとは思うのだが、それを基に動く事は今の何も知らない私には危険な道だ。
そしてその根本的に違う事の中に魔法が存在する。そしてその力を私は持っている。
その持っている力の事を私は自分の事なのに理解できていない。根本を理解できなければ足元はぐらついてまともにこの世界で立つ事すらもままならない。
それを早急に自分の物にしなければ、この世界で早々にやっていけなくなると、そう直感した。自分の身を守るためにも。
「・・・賢者様である貴方様の当たり前の欲求で御座いますね。志は何処までも高く。ならば、私の伝手を使いこのマルマルに居る魔法使いの中でも最も優秀な方をご紹介いたしましょう。明日のご予定はこれで決まりで御座いますね。」
こうして私の明日の予定はここで決まった。
そうこうしている間に食事ができたとミルが呼びに来た。
台所へと向かいこうして早い昼食となる。
そこでクスイが私との出会いを話すと驚いた顔でミルが立ち上がって頭を勢いよく下げて礼を述べてきた。
「お父さんを助けてくれてありがとうございました!貴方がいなければこの店も畳む事になっていました。本当にありがとうございます。」
どうやらこの店は亡くなった奥さんとクスイの夢が詰まっているそうな。
クスイが店に商品の仕入れに走り回っている時に娘のミルは店の切り盛りと言った感じらしい。
「二人だけでやっている訳じゃ無いんだけど、でもお父さんが死んじゃったら私一人だけではお店を回せないし、やっていけないしね。」
「もうお前も十七になっただろう?いい男はまだ居ないのか?この店を継げる才覚を持った奴は?」
「もう!お父さん!お客人の、命の恩人の前でするような話じゃないわ!居ないわよそんな好条件な男性なんて!」
にぎやかで温かな食事に私はここにきて初めて笑った。
ははは、とそんな短く笑っただけ。しかし、そんな小さな笑いですらこの十年程することも無く生きていた仕事人生。
私の心の中にこの時からずっと沈んでいた感情と言うものが浮上してきているのを少しだけ感じた。
食事が終わった後、今日はお疲れでしょうとクスイに言われて部屋で休ませてもらう事になった。
スーツの上着を脱ぎ、ベッドに横たわる。
(出た食事はジャガイモ、ニンジン、ブロッコリー、それと何かは分からないが鶏に似た肉の入ったシチュー。それと硬めの丸パン)
ちなみに酒は断った。
この世界の食事情がどれ程の水準なのかはまだこれだけでは分からない。
器は木を使ったモノであるし、スプーンもそうだった。パンと言う事は小麦か大麦かは知らないが存在する。
「私はコレから先どうしたらいいのだろうか?元の世界に戻るための手段を調べる?それとも、このままこの世界で新たな人生を?」
この身は若返った。力溢れる、これが若さか、と。
しかも元の世界に微かな未練も無い事が正直な心だ。
六十、定年退職、その後の残り人生の何も無い事と言ったら寂しさ虚しさ極まるモノだった。
それを思うと今のこの私の身に起きた事を受け入れて第二の人生を楽しむ事も簡単に受け入れられてしまう。
「あぁ、でも貯金・・・大分残っていたのに使わないでこの世界に・・・」
こうなる事が分かっていたらパッと使い切ってからこちらの世界に来たのにと。
そんな絶対に有り得ない事、過ぎてしまい取り返しのつかない事に溜息を漏らす。
そんな風に元の世界の事へと思考を飛ばしていたらいつの間にか私は眠ってしまった。
仕方が無い。ここに来る前、その時間はコレから夜に入ろうと言った時間だったのだ。時差ぼけ、それこそここは異世界である。
こうなってしまった事に対して精神は疲弊し、長く歩いて疲れ、腹が満ちれば眠くなるというモノだ。
私はそのまま翌日の朝までコンコンと眠り続けたのだった。
窓から入る日差しによって目を覚ました。そのままぼうっとした頭で見覚えの無い天井に思考が回り始める。
(朝・・・大分早い時間に起きたか・・・それで、ここは・・・クスイの家、そして泊めてもらった・・・)
ここは異世界で、そして私はそんな世界に何の因果か飛ばされてしまった。
(夢じゃ、無いのか・・・そうか、ならば仕方が無い)
睡眠を取った事で精神が回復したのか、早めに自分の今の状況を受け入れる。そうやって心の準備をした後に部屋を出た。そうして向かった台所にいたミルに声を掛けた。
「おはようございます・・・。申し訳ない。どうやら凄く疲れていたようで。」
「あら、私も起こさないでいたから謝らないで。それよりかビックリしたわよ?夕食時に呼ぼうと思って部屋を見たら、微動だにしないで綺麗な寝姿だったから一瞬死んでるのかと思ってしまったもの。」
そんな冗談を言われて苦笑いをしつつ言い訳する。
「昔からなんですよ。寝返りをあまりしないみたいなんです。」
「おや、お目覚めですな。どうやら顔の曇りも無くなっているようです。良きことです。」
クスイはこんな若造の見た目の私に畏まった言葉遣いで話しかけてくる。
「もっと砕けた話し方にしませんか?どうしても、そうですね、年上の方にそう言った言葉遣いをされると恐縮です。」
私は中身六十で見た目は十六、らしい。なのでクスイの三十後半の見た目の成人男性に畏まった敬語を使われるような事は違和感しか周りに与えないだろう。
ならばそこら辺は無駄な波風立てない様にするために話し方を変えて貰うのが良い。
「そうですか・・・お望みとあらば仕方が無いですかね?ならばいつも通りの喋り方にします。」
こうして朝食を摂る事になった。しかしここで尿意に見舞われる。
「あの、厠、・・・トイレは何処ですか?」
「ああ、そこの通路を真っ直ぐに突き当りです。」
その教えてもらった通りに向かった先にあったのはまさしく洋式便器であった。
(水洗・・・?もう訳が分からない・・・都合ってモノが良過ぎるような・・・)
しかしそんな事は自分へ何の不利益にもならず、それこそ便利であるのだから全力で気にしない事にする。
(これがボットン便所じゃ無くて良かったと思えばどうとでも・・・)
そこで水が通るはずの配管が無いのに水の溜まるタンクがある事が気になった。
そこでそのタンクの蓋を開けて中を覗いてみた。すると。
「青い宝石みたいなものが光って浮かんでいる・・・見なけりゃよかった。」
それがナニで、どんな使われ方で、どんな効果があるのか全く私には分からない。当然だそんな知識が昨日この世界に来たばかりの自分に分かるはずが無いのだから。
そしてついでに気になる事、それは。
(汚水は何処に流れて言ってるんだ・・・?あぁ・・・この件は忘れよう・・・)
この世界に長くいればきっとそこら辺の事もいつか知る事になるだろう。
そうしてこの事は記憶の奥深くに封印しておく事にした。
用を足すとタンク横にこれまたご丁寧についているレバーを捻ってその流れる水を見つめた。
トイレから戻るとテーブルには昨日と同じメニューに目玉焼きとサラダが付いていた。
「昨日はまだお持てなしとしては足りませんでしたから。少しだけ朝食の方を増やしたんです。」
「さあ、食べようか。今日はエンドウを腕利きの魔法使いに紹介しよう。」
クスイは早速私を呼び捨てにしてくれた。どうやら商人と言う事もあって頭の回転は速いようだ。
私の様な小僧に対して大の大人が敬語で、畏まって話していては陰で何か言われるか、はたまた侮られるかしてしまう可能性はある。
それは不利益であり、それを許していてはこの店の評判に関わるかもしれない。
二人で居る時にはいいかもしれないが、外に出て敬語で話すと何処の誰がそれを聞いているか分からない。
昨日だけの事ならまだ大丈夫だろうが、これを幾日も繰り返し続ける事はできないだろう。
だからかこの場ですぐに話し方を変えてくれた。
こうして朝食を食べ終え、クスイの案内で私は魔法使いと初接触となるのだった。
「ここです。おーい、いるかね?昨日話した相手を連れてきた。」
案内された家は壁にびっしりと蔦植物が這っていて見た目に何故か怪しい雰囲気を醸し出していた。
どうやら私が寝てしまった後もクスイは動いていて、既に魔法使いを見つけてくれていたようだ。
しかも既に話は付いていると言った所だろう。知り合いなのか、居るかどうかの確認、その口調は軽い感じだ。
「入れ。」と低い声で一言だけそうハッキリと聞こえた。
随分とぶっきらぼうなソレを気にもせずにドアを開けてクスイは部屋へと入る。
その後ろから私も中へとお邪魔する。
その私の視界に入ってきたのは「理科室で実験」と言ったイメージだ。
そこかしこに小学や中学、あるいは高校で見たような様々な道具が所狭しと並んでいた。
「お前か・・・で、知りたいのだったな。魔法を。・・・何者で、何が目的かは聞かん。ワシが説明している間は口を開くな。それが条件だ。質問はその後だ。それを守れ。」
暗い声音、しかし耳に残る声でそう言ってくる目の前の人物。
「紹介しよう。彼は・・・」
「黙れクスイ。名など無駄だ。この若造と話す事も今日限り。貴様の頼みを聞くのも、コレで貸し借りは無し。それで話を付けただろう?明日以降、お前から接触してくるな。私の方から用があった場合に接触する。」
何やらこの二人の間にはやり取りがあったようだ。
そしてコレでクスイは「貸し」を使ってしまったらしい。
「すいません、どうやら無理をさせてしまいましたか?」
私はそうクスイに聞いてみた。しかしクスイには苦い表情は見られなかった。
「この程度の事は気にしていませんよ。命を救われた恩に比べたらこの程度軽い軽い。」
ニコリと笑ってこちらに不安を持たせないクスイ。
「早い所話を終わらせる。私は忙しいんだ。そこの椅子に座れ。説明を始める。」
「終わったら連絡をくれ。そうだな、あそこにいるからよろしくな。」
私が椅子に座った時、クスイはそう魔法使いに言って部屋を出て行った。
「さて、先ずは魔法の基本からだ。想像力、その一言に尽きる。」
いきなり「魔法はイメージ!」と言い切られてしまった。
だが、まだ続きがあったようで私の表情を見て叱ってくる。
「何を解った様な顔をしている?これだから中途半端に賢い奴は愚者にも劣るのだ。自分は賢いと勘違いしてその一歩先を「読んだ」と勝手に解釈して自慢する。そのような傾向にあるから魔法使いは年々弱体化していくのだ。自ら考え、実験し、体感すらしない。だからどいつもこいつも力の管理ができない奴ばかり。世界の理を知ろうとしないで知った顔をする間抜けばかりだ。」
溜息が盛大に吐き出され再び私に目を向ける魔法使い。
「では、火を出すためには何が必要だ?」
いきなり始まる話。この簡単な質問の答えを頭の中に浮かべる。
(酸化剤、可燃物、その可燃物が着火するための熱、それと・・・火が燃え続けるためには・・・えーと、酸素供給し続けないと、後は元になる可燃物が尽きると火はそれ以上は存在するのは無理、だったか
?)
今のこの状況で学校で習う理科の授業とは如何なる事か?
私は彼の説明が終わり切るまでは質問も喋る事も許されていないのでこうして言葉にせずに黙っている。
「その必要な物を全て魔法で作り出すのだ。魔力とは何なのか?ソレは未だに解明されていない。神学者は神の御業だと言う。魔法使いはこの世を構成する何らかの物質の一つだと言う。生物が持つ生命力が変化した神秘の力だとの主張もある。要するに分からない。そんな解明できていないモノを我らは利用しているのだ。頭の悪い事だ。」
これには私も納得した。ファンタジーには魔法が付き物。しかし大体はその原理、根本を説明したモノは少ない。むしろその「設定」だけは「大体頑張りました」と言った感じの物が多い。
人の理解を超える力、そんな物は「分からない」で片付けてしまう。
だいたいこんな感じ?と言った具合に括って、それを分かったつもりになってばかりだ。
そんなざっくりでも世の中は回る。それは要するに、そんな事知らなくても便利だしいいじゃん、使えるんだから、と言う具合だろう。
「ならば分からない物は分からないで仕方が無い。しかし、魔法がもたらすその効果は追及していくべきだ。先程の質問、火にしても赤く燃える火と、青に燃える火との違いは何だ?」
(えーと?確か・・・ん?酸素不足だと不完全燃焼で・・・火がオレンジ?赤?くなる・・・で。酸素がしっかり供給されていると完全に燃えてるんだっけか?そんで青く・・・うろ覚えだなぁ・・・)
ガスバーナーを思い出した。高校の時に触った覚えがある。
この魔法使いは魔力、魔法が分からないモノだとしても、それを使いこなすための知識はしっかりと必要だと言いたいのだろう。
要するに現象の追及でそれらを頭で理解をしっかりとしてからだと言いたい訳だ。魔法を使うのは。
想像力、それはどうしてこうなったのか?と言う「ソレ」を突き詰めていくための「必要な物」であると言いたいのであろう。
「この世の中のすべてを解明できれば、それこそまさしく賢者と呼べる。しかしこの世界にそう呼べる者がどれだけ居るのか?自称するような者は只の馬鹿だ。周りからちやほやされて鼻を高くしている者は愚者だ。学ぶ事を止めて分かりきった顔をしている者は怠惰であろう。どれも頭の悪く、志も低い魔法使いとは到底呼べぬ者ばかり・・・」
この魔法使いは額に手を当てて下を向き「嘆かわしい」と呟く。
(追及し続けるって行為はエネルギーを必要とするからなぁ。それを長年本気で続けて生きるって相当辛い。その前に社会で身を立てられるだけの充分なものを確保出来たらそこで終わらせてしまいそうだ。そこからは自分で出来る範囲での趣味になっちゃうんだろう)
「これで分かったな?魔法使いとして大切なもの、そしてその愚かさも。」
ここで話が終わりらしい。やっと質問や意見を受け付けると魔法使いは言う。
「全てが魔法で再現できる、そう言う事ですか?」
早速その一言だけを聞いてみる。
「・・・お前が何を聞きたいのか分からんな。具体例を出せ。」
これには少し悩んだ。化学の力で作られた悪魔の兵器すら再現可能だと言っているのだ。
その手の知識の詳しい事は私の頭の中には無い。しかし、私はもう既に魔法を使った後だ。
クスイを助ける際に発生した土人形が、ライフル銃で、ウルフの頭を撃ち抜いている。
(あの時はイメージしか無かった。原理なんてそこまで深い事は考えていない。だけど、私が使った魔法はそこら辺が勝手に代わりを「補って」再現されていた・・・マズイ・・・コレは非常にマズイ事だ・・・)
もしかしたらこのままだと「空想科学」と言うモノも再現できてしまう可能性がある。ミノフス◯ー粒子・・・インベントリなどと言うものを再現してしまった後である。無理だと言えない所がコワイ。
「想像力は無限です。自分が起こしたい現象を完全には理解できていないのにも関わらず、完璧な「結果」を思い浮かべられることができた場合、それは魔法で再現されるのか?と言った感じですかね。」
「お前・・・何を根拠にそんな事を言っている?・・・どうも私の話を理解できていなかったようだな・・・お前も愚か者の類か?」
クスイを助けた時、その時に思い浮かべたのは猟友会が銃で猪、もしくは熊を仕留めている時の映像だったように思う。
テレビ番組か何かでそれを見た事がある。ターンと撃たれた音、銃から上がる白い煙、仕留められた獲物の映像。
一発で仕留めていた。ウルフのその全てがどれも一発で頭を撃ち抜いている。
これに今更ながらに戦慄した。目標に標準を合わせて狙って撃つ。そうでなければその全てを外さずに当てる事は不可能。
しかし、ウルフの全てを仕留めた。相手は動いていたのに?照準を合わせても動かれたら位置がズレて外れるのに?
オートで照準を合わせてあの土人形が撃ち放った?私のイメージに合わせて?
私がイメージしたもの、それは額に一撃、一発で仕留める映像。
(私がイメージしたものはこの世界で補われて再現されるとでも?勝手に魔法に補正が掛かるとでも?イメージが絶対に再現される・・・?)
これほど恐ろしい事は無いだろう。私はこの憶測に震えあがった。
しょい込むには余りにも重すぎるものだコレは。たかが一般人にこんな重い物を背負い続ける事などできる訳が無い。
しかし私の中にしまっておくしかない物でもある。もしこの憶測が真実であり得るならば、知られてはいけない事だと、それ位は私にも分かった。
私の質問の意図をこの魔法使いが「受け止められていない」事がその証拠。
「いや、すいません。少し混乱した質問をしてしまいました。後で今日のありがたい話を思い出してもう一度深く考えたいと思います。」
ここは誤魔化して危機を脱しようと試みた。
すると魔法使いは「ふん」と一つ鼻を鳴らし立ち上がる。
窓を開けて指を外へと向けるとその指の先がホンの少しだけ光った。
「今のは何ですか?」
私はこれに素直に反応して子供の様な質問をしてしまった。
良く考えれば魔法である。今の魔法はどんな効果ですか?と質問するべきだ。
「魔法を初めて見るのならば仕方が無い質問だな。コレは伝言を伝えるための魔法だ。」
この言葉にクスイは私の事をこの魔法使いに詳しく話さずにいた事が分かる。
伝言、その言葉に糸電話を思い出した。携帯電話では無く。
それは光がキラキラとそのまま遠くまで伸びていたから。
特定の人物へとソレは繋がるのだろう。頭の中に浮かべた人物まで。しかも勝手に。
(クスイは「あそこにいる」と告げていた。だからきっとその想像も知っていれば容易い)
この魔法使いとクスイは「あそこにいる」というやり取りだけでお互いに分かっていた。ならばその繋がりだけでこの伝言の魔法とやらは遠くに居るだろうクスイへとつながるのだろう。
(もし勘違いが起きていたら繋がらないんだろうな)
そしてこの伝言の魔法の効果はどんなモノなのか?気になったので聞いてみる。
「繋がるとどういった現象が起こるんですか?」
「相手の元に私の言葉が響く。」
端的に答えを返された。よく考えないでも分かりきった事だったかもしれない。
しかしそう言った事も一つ一つ齟齬が出ない様に確かめる事は今の私にとって非常に重要だ。
何せこの世界の常識、非常識が分からないばかりか、魔法なんて不思議、不可思議、摩訶不思議なモノと対面しているのだから。
「魔力というモノはどうやったら増えるんですか?」
まだこの魔法使いの魔法は継続し続けている。ならばそれを持続させるための魔力を放出しなくてはいけないはず。
「魔力は使わなければ増え続ける。だからと言って一般人の誰もが魔力を多大に持っているわけでは無い。内に秘めてそれを意識して留め、器を広げる事は才能のあるモノで無ければ難しい。そして魔法使いであるならば魔法を使わないと言う選択肢は無い。魔力量を増やす事と魔法を使う事は蓄積と消費だ。使えば溜まらない、しかし魔法は使わなければ自らの研鑽にならん。いざ魔法を使わなければならない場面になれば、その時にどれだけの想像力と検証を重ねたかが大事になる。魔力量が膨大であったとしてもいざ本番でコケれば目も当てられん。」
バランスが重要と言う事らしい。使う、溜める。自分の今の器に合った方法が求められると言う事。
「大体どれくらいの年月を費やせば器は広がりますか?」
コレは大事な事だ。どの程度の魔力でどの程度までの事ができるのか?そしてソレを為すのに何年かかるか?
「先ほども言っただろう?意識して溜める。才能のあるモノで無いと難しいと。検証はする事も難しい。
そうだな。十年も溜め続ける事ができればその者の魔力は宮廷魔術師に近いくらいにはなっているかもしれん。器の広がり具合も一定では無い。個人差がそこにもついて回る。大きく拡がる者がいれば、全く拡がらない者も。一年で増える者、十年かけても幾らも増えぬ者。人とは難儀な生き物だ。」
「宮廷魔術師とはどれだけ魔法が使えますか?」
「ふむ、ファイアボールを三十発は撃てるか?計算はしたことは無いが大体その位だな。」
「魔力が無くなるとどうなりますか?そして魔力はどのようにして回復しますか?」
「どうもならん。魔法が発動しなくなるだけだ。時間経過と共に回復する。その時間と量は個人差だな。」
「ファイアボールはどの程度の威力なんでしょう?見せて頂けないですか?」
矢継ぎ早に質問しつづけても、その答えを間髪入れずに答えてくれる。
しかしこの頼みに魔法使いは黙ってしまった。
基準にされたのが宮廷魔術師で、しかもファイアボール三十発ときたのだ。
そしてこの魔法使い、元宮廷魔術師か、あるいは現役である可能性が出てきている。
計算したことは無いが、と彼は言っている。それは自分の事をよく理解している、とも言い換える事ができる。
そんな彼の魔法の威力を基準にして自分の魔力量を測れば、自分の「立ち位置」がきっと判るはず。
そう思ったのだが渋い顔をされた。いつの間にか伝言はクスイに届いていたようで光は消えていた。
「それを知ってどうする?」
ただそれだけを聞かれたのでただ単純に私はその目的を答えた。
「自分の魔力量を測る上での基準にしたいなと思いました。」
「・・・物好きな事だ。よし、良いだろう。特別に見せてやる。クスイが来たら行くぞ。」
どうやらこの魔法使いに私は気に入られたようだった。何処に気に入られた要素があの会話の中にあったか私にはわからない。
だがそれもどうだっていい。この世界での自分に何ができるのか?自分がどういった立ち位置に居るのか理解し今後の方針にする上でこの話の早さは助かるのだから。
さて、戻って来たクスイがドアを開けたとたんにこの魔法使いは告げる。
「森へ行く。こいつを連れてな。どうする?」
どうしてそうなったのか分からないと言う顔をしないクスイ。
そう、困惑していないのだ。突然そんな事言われたら普通はどういった経緯だと疑問が出るだろう。
しかし事情は分かったとでも言いたげな顔をするクスイ。
「では、昨日の仮証明は門衛についでに返却しておくのが良いでしょう。既に冒険者の登録も済んでいます。今度からはそちらの使用になれていくのが良いかと。」
これに私は頷くしかない。森へ行くと魔法使いは言った。ならば今のこの都市の状況が不安だ。
周囲は確か魔物が増えて活発な動きをしていると昨日聞いたばかりだから。
この身の安全が気がかりである。
「冒険者になっているなら話は早い。最近出ている討伐依頼を受けておくか。」
私はこの言葉にギョっとした。どうしたってこの魔法使いが強いようには見えなかったから。
人は見た目によらないなどと言う事はいくらでもあるけれど、それでも昨日見たウルフ一頭に簡単にその喉首を噛み千切られそうな印象だ。
しかしファイアボールが使える。三十発も。ならば安全なのだろうか?戦力的には。
しかし私にはその魔法の威力が分からない。安心して良い物なのかの判断はできない。
その威力を見せる上での提案された事なのできっと安全をしっかりと取っているのだと理屈は理解している。
だけれども実際に自分の目で見て、感じてみなければ本人の不安はどれだけ言葉や理屈を並べようとも払拭できないものである。
だがここで退いては前へと進めない。この先の自分の進む道をどうするべきか、それを決めるための判断材料をここで逃せば私は路頭に迷うのではないだろうか?
勇気を出すのはここだろう。遥か昔に忘れたはずの胸の熱さがここに来て蘇ってくる。
「宜しくお願いします!」
その一言だけを、私は強い決意で口にした。
クスイは自分の店に戻った。仕事を娘だけに任せている訳じゃ無くこうしてこのマルマルと言う都市に居る間はそうやって頑張っているようだ。
交代して娘に休日を取らせているらしい。そうなるとクスイは休むことなく働き詰めであると言う事になろうか?
過労死しない事を願うばかりだ。私がそんな心配をしていられる余裕は今の内だけだろう。
何せこれから魔物討伐であるのだから。
冒険者ギルドに着いて受付に手続きをする。この時はちょうど受付カウンターが空いていて行列に並ばなくて済んだ。
一応私は一番下のランクだしやり方も昨日今日で解らない。そんな私の代わりに全てこの魔法使いが全部手続きをしてくれた。
「はいでは死なない様に頑張ってください。」
そんなセリフを笑顔と共に言われてゾッとした。
システマチックな挨拶とでも言うのか、その笑顔には何も感情がこもっていない。
しかし、そういうモノだろう。ここは自分がいた世界とは根本的に違うと言う事を忘れちゃいけない。
死がすぐ隣にあるのだ。しかも冒険者などと言った存在にはソレは日常である。
死なない様に頑張る、コレは忘れてはいけないこの仕事の一番重要な部分なのだろう。
手続きは至ってシンプルだった。カードを渡すと何やら読み込み機械?の様なモノに挿すだけ。
魔法使いのカードを差し込んで機械に読み込ませていた。
「行くぞ。平原の方から出て森へと入る。」
私は迷子になれば元の場所まで戻って来れない。異世界と言ったモノに来て二日目の私にコレは死活問題だ。
大胆な行動過ぎると自分でも思う。本当にこれでは大冒険だ。頼れるものが今の私には皆無である。
無茶ぶりもいいとこだ。こんな理不尽な状況は今まで生きてきた中でも初めてである。
こうして緊張しかない状態で予定の門へと到着した。
ここで私はクスイに言われたように仮証明を取り出して返却の旨を言う。
「はいよ、じゃあ代わりの身分証を呈示してくれ。」
そう言われて冒険者カードを出す。
「はいよ、確認した。気をつけてな。死ぬんじゃないぞ?最近はここらにもちょくちょくゴブリンが顔を見せてきてる。森の中も少しおかしいらしいからな。」
そんなフラグみたいなことを言われてしまう。
コレはもう遭遇すると言っているようなモノだ。フラグ回収などと言う事態にならない事を祈るしかない。
それこそ私は魔法に関してこの魔法使いのファイアボールを基準にしようと思って見せてもらうためにここに今居るのだ。
トラブルや突発的な遭遇戦を体験しようとしてここにいる訳じゃ無い。
(神様がいるならご加護が欲しい所だ)
冗談でも何でも、命の危険に晒されるような事にならない事を願う。
「では、先ずはそうだな・・・向こうに魔物が一匹いる。行くぞ。」
どうしてこの魔法使いは魔物が居る場所がすんなりと分かるのだろうか?
(まさか?魚群探知機ならぬ、魔物探知が?)
魔法とは想像力、イメージの強さだとそう教えられた。
そしてここで私はこの世界に飛ばされるきっかけになったあの薄いふざけた本を思いだした。
強く念じる、思い描く、出来ない事など無いと自分を騙す。
ここでイメージをもっと強く鮮明にするために経験という具体的なモノが必要って事になるのだろう。
この魔法使いは魔物を知っている、経験している。そしてソレが今、何処に居るのかのイメージを広げたのかもしれない。
それなら私はウルフを知っている。昨日見たばかりだ。ならばちょっとやってみようと思い、前を歩く魔法使いを気にしながらついて行きつつ頭の中にレーダーの様なモノを想像する。
(まるで潜水艦の、魚群探知機の、もしくはテレビゲームの中の様なモノを・・・)
そうすると脳内でピコンと赤いランプが灯った。脳内に浮かべたそのレーダーの中に。
その向かう方向と言って良いのか、どんどんと近づくにつれてそのレーダーの赤点も円の形をした脳内レーダーの中心に近づいてくる。
そうしている間に視界の中にソレははっきりと見えてきた。
「いたな、グリーンウルフだ。よく見ておけ。ファイアボール。」
視界にとらえてすぐに魔法使いは魔法を使用した。
これに私は安堵した。何にかって?ソレは。
(魔法の詠唱に別に恥ずかしいアレコレを唱えなくても可能であるのか。良かった)
昨日自分で作り出した土人形は突然何も魔法なんて唱えた訳でも無く現れた。
それは解っていたが、しっかりと確認したかったのは確かだ。
こうして派手な魔法を使うにしてもファンタジーなる世界観によくありそうな難しい言葉を立て並べた詠唱をしないで済む。
そう、派手であった。ファイアボールは飛んでいきそしてウルフは魔法を避けられずに奇襲の形でそれが着弾。
それはバスケットボールくらいの大きさだっただろうか。ファイアボールは着弾後に爆発四散。
それはもう酷い爆発音だった。遠くでそれを見ていた私の耳にも痛い位な爆発の振動がきた。
それを食らったウルフは哀れ丸焦げ、舌をだらりと出してピクリとも動かない。
「討伐証明は耳だ。切っておけ。」
「え?私が?」
突然ナイフを渡されてオタオタしている私を呆れた目で見てくる魔法使い。
「何事も経験だ。言っただろう。想像力だと。全ての経験を糧にしろ。」
どうやらこの課外授業も懇切丁寧に私の経験へと変えさせてくれるらしかった。
「さあ、次は森へと入るぞ。気を引き締めろ。油断すれば死ぬぞ?」
ウルフの耳を切り取ってナップサックの様な袋に放り込んでいる私に魔法使いは告げる。
この袋はギルドから渡された貸し出し用の物だ。
ここで私のインベントリを使わないのはクスイのあの時の反応を思い出したから。
この魔法使いがそれを見て驚愕しない訳が無い。そう言う判断だ。
クスイがあれだけの反応だったのだからこの世界にこの様な「魔法」は存在しないのだろう。
そうすると魔法使いもこれを見ればどんな事を私に追及してくるか分からない。
ギルドの買取所の職員にはちらっと見られているが、そこら辺はあの時の私の精神状態がそこまでの事を考え至らなかったと言うだけだ。
ソレにあの時は一瞬で出したし、職員も出したウルフの方にすぐに気が行ったので大きな問題に発展はしないと思いたい。
「あの、ゴブリンが居ると言う話でしたが、大丈夫でしょうか?」
私はゴブリンと言う存在を知らない。知識でしか。それも空想の産物と言うものでしか。
見た体験なんて無いのは当たり前だろう。そんな存在は私の世界、地球にはあり得ないモノだったのだから。
「まあ人が安全な都市内で一生を送れば見る機会もそう無いものだしな。良いだろう。」
魔法使いはゴブリンの特徴を語り出す。
肌は緑、髪は無く、背丈は六才になるだろう子供程度。
口内は牙がアリ、雑食。知能は低いが武器を使うと言うくらいはしてくる。浅知恵もあり、時に侮れない罠を仕掛けてくる奴もいるらしい。そのような個体は大体が長く生きたタイプらしい。
性格は残忍、狡猾、臆病。生体として雄しかおらず、時に人間の女を誘拐し孕ませて繁殖をする。
純粋なゴブリンの雌は非常に珍しく研究対象。繁殖力は強い方で、放っておけば置くほど繁殖をし続け時に氾濫を起こしかねない存在。
長命な経験を積んだモノの中には魔法を使ってくる珍しい個体も居る事が分かっていて、個性も存在する事が研究で分かっているらしい。
ここまで知り尽くされている存在であるにも関わらず、根絶はできていない。
根絶しようと何度も作戦を試みて実践してはいるが、それで全て片付いたと思ったら、まるでどこかから湧き出てくるかのようにいつの間にかゴブリンは増えているのだそうな。
森の中の一つの生態系を維持する部分を担っている事も含めて、根絶をさせると生態系ピラミッドを崩壊させる可能性が出てどのような連鎖被害が発生するかの予測が建てられないという理由もあるらしい。
それで以前には森の中で餌を取れない肉食動物が人里近くに頻繁に現れて被害が出た事が何度もあったそうだ。
しかし見かけたら即駆除案件。放っても置け無いし、ましてや根絶も無理。なのでその場その場の対処しか方法が無いと言う事だった。
(私の知っている「モノ」と今の説明に大きく違いは無いみたいだ。なら探知してみれば捉えられるか?)
この世界のゴブリンを見た事も無い私が話を聞いただけでレーダーで発見できるか試してみる。
これができるかできないかで今後の私の身の安全が大きく左右する。
森の中に踏み入る前に私は自分の魔力というモノが未だに信じられ無いままに想像を巡らせる。
するとソレはあっさりと成功した。しかもウルフとゴブリンがどの赤点なのかの判別もできている。
それだけでは無く、正体不明の赤点も私の頭の中のレーダーに捉えられた。
(なんてこった・・・森の中は魔物だらけって事か!)
私はレーダーに出てきた赤点の多さに戦慄する。しかし魔法使いは至って冷静だった。
赤点の数、それは五十を行く。しかしレーダーに映る存在が後どれくらいの距離あるかの感覚がイマイチ捉えられていないので何処から何処まで魔物が離れているのかつかめない。
焦った私は立ち止まって息を大きく吸いこむ。コレを緊張感からくるものと魔法使いは思ってくれたのか、こちらが歩き出すのを待ってくれていた。案外優しい性格なのかもしれない。
しかし私は緊張感で立ち止まった訳では無い。冷静にレーダーの縮尺を計算するためにイメージを再びし始めたのだ。
(私の立っている場所から目の前の木までが約1m、あっちの木までが・・・3mだ。良し!いい感じだ)
ドンドンとその感覚を広げていくその行為は成功した。魔物を示す赤点はどれもがそれぞれかなりの距離が離れており囲まれていると言う現状では無い事が分かった。
「大丈夫です。行けます。」
その一言だけを安堵と共に吐き出すと、それを聞いて魔法使いは黙って森の奥へと足を向けた。
その後はどんどんと歩き続け、一匹目が見つかった。それは角の生えた兎。
しかもその大きさは大型トレーラーのタイヤくらいである。ウサギにしてもコレは大きすぎだと思える。
私たちは運が良かったのか、その巨大一角兎に気付かれていなかった。
「よし、いい獲物を見つけられた。今日の夕食は豪勢に行くか。」
静かに、そして少しテンションが上がった様な、そんな嬉しさが微かに滲んだ言葉が魔法使いから漏れる。
「今度はファイアボールとは別の魔法を見せてやろう。しっかりとその目に焼き付けておけ。・・・アイススピア。」
私はスピアだと言うので槍を想像した。しかし魔法使いからは何も飛んでいかない。
こう言った場合、イメージなのだが、魔法で発生した尖った氷が飛んでいくモノでは無いのか?と勝手な事を思う。
そして予想は裏切られ、一角兎の下の地面から突然透明な輝く鋭い槍が突き出てきた。
「そう言う手もあるか・・・イメージって確かに何でもできるな。」
一撃で体内を貫通する槍。主だった内臓を全て貫かれたからか、どうやら獲物は即死だったらしい。
「ホレ、血抜きだ。説明してやる。やって見ろ。」
私はまたしても経験だと言われてこの兎の血抜きを教わる事になった。
手伝ってもらいながらも初めての経験に私は慄くばかりだった。何せ以前の私は料理などしなかったし、それこそ生き物を、ましてやこんな巨大な兎なんて見た事も触った事も無い。
どうにか処置し終えたがこれほどの大物だ。この後の森の奥に入る予定は急遽変更になりこのまま戻る事になる。
袋に詰まったその重い荷物を精一杯の力で担ぎながら、その帰り道に私は思考した。
(あのアイススピアは・・・土中や空気中の水分をかき集めで作り出したのか?そもそも魔力で水分があの場に生成された?それこそむしろ氷を直接具現させる?)
氷ができるには先ず水だ。そしてソレを氷結させなくちゃいけない。そうするとその水の温度を氷点下にしなければ氷はできない。
じゃあ今目の前のこの氷の槍は一体どうやってできたか?いくつかその方法を考えてみる、だがあんな短い時間で見事な出来栄えの氷の槍が出現させられる方法は思いつかなかった。本当に魔法とは訳が分からない。
しかしこの曖昧で不思議な力をコントロールできる存在が魔法使いと言うのであれば、間違いなく私も魔法使いなのだろう。
帰り道の途中でゴブリンに出会ってしまった。そこで私は初めて意識して魔法を使う事となった。
私のレーダーでもその二匹は確認できていた。こっちに迫って来ているのを。
森を抜け草原に出たその時に丁度追い付かれたのだ。
どうやら血の臭いを嗅いで追跡してきたらしかった。
「こいつらは鼻が良いのも厄介な所だ。ファイアボール。」
魔法使いが出合い頭に一匹を倒す。爆発はもう一匹にも被害を与えていたが致命傷では無かった。
よろよろと立ち上がり逃げだそうと背中を見せるゴブリン。
そこへ私へと声を掛ける魔法使い。
「お前がやって見せろ。魔法とはどんなモノか教わるために私の所に来たのだろう?ならば多少は魔力をもっているのだろ?ならばここで一度やって見ろ。何事も経験だ。魔法使いを目指すなり、諦めて普通の生活を送るなり、この場で試してみればいい。」
自分の先の未来がここで決定する。魔法が上手く仕えるか否かで。
失敗すればそれはソレこの世界で生きていく上での自分を守る力が無い事になる。しかし既に意識してではないが魔法は使えていた。
ならばここで魔法を意識して使う事に成功した場合、何が起こるだろうか?
(そもそも加減は?この魔法使いの魔法の威力は見た。しかしそれをマネして私が出せる魔法の攻撃の威力はどれくらい出るか・・・)
もし上手くコントロールができて、ファイアボールが出せた場合。
同じ結果になるのか?はたまた何か違う結末が待ち受けているのか?
そもそもこの世界で魔法を使う人間にも根本原理が解明できていないものを私が使いこなせるか?
(魔法はイメージ・・・なら、まさかこんな事もできるのか?もしかして・・・)
私は自分の頭に思い浮かんだその想像に恐怖した。しかしそれを今確かめるか、確かめないかで揺れ動く。
そしてその天秤が確かめる方に傾いた時、私はそれを思い描いてしまった。
次の瞬間、ゴブリンの頭はまるで瞬間的に高い圧力でも掛けられたようにぺしゃんこになった。
「は?」という声が私の隣にいる魔法使いから漏れた。その声を耳にしつつも、ここで私は目の前で起きた事が自分が想像した通りの結末になり背筋が凍り付いた。
圧力と言うのは恐ろしい物で、水の中に沈めた缶が潰れる実験映像というモノを見た事がある。
水深が下がるにつれてドンドンと缶がベキべキと潰れていくのだ。
その圧力と言う部分だけをイメージに取り出し、そしてその威力をもっと大きくした物をゴブリンの頭部へと重ねる、そんな事を頭の中で想像したのだ。
それが見事にこの世界で具現してしまった。コレはどう考えてもあってはならない事だ。
「今のは、お、お前がやったのか?・・・答えるんだ。」
魔法使いは私に問い訊ねる。ここで変に誤魔化す事はしない方がいいだろう。
彼は頭が良い。だからこそ魔法使いをしている。だから自分の部屋にあんな実験室の如くに道具が色々あったのだから。
その回転の速い頭で私が嘘を吐こうとも見破る可能性は高い。
変に誤解をされたり、語弊を生むよりも、正直に話して今後私はどうしたらいいのかというアドバイスを貰う方向に誘導した方がいいだろう。
「私は今後どうすればいいでしょうか?どうしたら厄介事に巻き込まれないで済みますか?」
答えになっていない。しかしこれ以上言う事は無い。これが答えだ。
それを理解してくれたのか魔法使いが忠告、警告をしてくる。
「お前はその力をなるべく人目に付かない様にしろ。使うなとは言わん。こうして冒険者をして生きていくと言うのであれば一人で活動するのがいいだろう。決して仲間を作るなとも言わん。しかし、信頼できて信用できる人物でなければならない。私もお前の事を口にする事はしないでおく。」
力を見せびらかす事は危険だと説いてくれた魔法使いはそう言い終わるとファイアボールで殺したゴブリンに近づく。そして私を手招きした。
「さて、討伐証明は片耳、もしくは牙だな。しかし、牙はよっぽど大きいモノで無いといかん。なのでもっぱら耳を切り取るのが普通だ。」
ここでも魔法使いはブレずに、私に経験を積ませるためにゴブリンの耳を切り取らせた。
そうして切り取りも終わり、道を再び戻る途中に魔法使いは私に提案してきた。
「・・・お前、私の所に来る気は無いか?勘違いはするな。お前、その力は制御できているか?私が導いてやる。一通り制御できるまでは面倒を見てやろう。むしろこのままお前を世に放てばどうなってしまうか分からない恐怖を感じる。最低限、不用意に魔法が暴発しない位は身に付けるんだ。」
魔法使いから提案されたコレは私には願っても無い事だった。私は魔法の制御ができていない。それを魔法使いは見抜いていた。
さっきのゴブリンへの魔法だって発動しない、発動する、の二択すら制御できていなかった事を私は自覚していた。
イメージして、そしてソレを現実へと重ねてしまった。ただそれだけで勝手に実現してしまったのだ。発動してしまったのだ。
もし、私がチンピラなどに絡まれてしまった場合、どうなるか分からない。
制御できていないままにそんな事に出会ってしまったとしよう。恐怖、戸惑い、もしくは怒りなどで相手へのイメージが膨らむのではないだろうか。
その時、もし絡んできた人物を一瞬で消し飛ばすイメージを持ってしまったら?冗談でも、なんでも、もしそんなイメージを目の前の問題へとぶつけてしまえば凄惨な結末を迎える事は想像に難くない。
そんな危険人物は社会からつま弾きにされる。それだけならいい。もし最悪の場合、私は排除対象、それこそ殺害もやむなしと社会から敵認定されればとんでもない事態になる。
私は命が惜しい、だから迫りくる脅威を撃退するためにより酷い地獄を生み出してしまう可能性が出る。むしろ絶対にそうなる。
そうなればもうその時点での私は私では無い「何か」に変貌している事だろう。それこそ「怪物」である。
「宜しくご指導お願いします。これからは師匠と呼ばせて頂いても?」
「・・・はっ!私が師匠か!この私がか。笑えるな。」
師匠呼ばわりを鼻で笑うが、しかしまんざらでもない様子だ。これからはこの人を師匠と呼んで魔力制御を学び出来るようにならなければ私の未来が危ない。
「私がクスイに説明しておく。荷物を纏めて今日から私の所に来い。」
「あ、荷物はこれだけです。」
「は?」と立ち止まって師匠は私の顔を見てくる。その目は険しい。
私の全身を上から下まで再びよく見始めた。
ここまででこの人は信用できると判断していた私はインベントリを見せる事にした。そこに狩った魔物を入れた袋を放り込んで閉じる。そして再び取り出して見せた。
さて、見せたは良いが三分ほど師匠はフリーズしてしまった。
ようやっと解凍されたと思えば大声で怒鳴りつけられた。
「お前!?どうやってコレを!?どうしてお前が!?何故お前の様な小僧が伝説の魔法を使える!?」
次には襟首掴まれて顔を思いっきり近づけられた。
「あの、顔が近いです・・・落ち着いてください。・・・えっと、落ち着いて・・・ね?」
私の怯えた顰め面を三秒ほど睨んだ師匠は手を離して盛大な溜息を吐いた。
「お前、何者だ。全て最初から話せ。そもそもお前は何だ?その恰好からしてこの辺の者では無かろう?ゴブリンを殺したあの魔法は何をしたのか大体は想像がつく。しかしそれをお前のその歳で使えるとは思えん。だが目の前でソレは起きた。ならソレは事実として受け入れよう。だが、何故使えるのかという事も今この場で詳しく話せ。・・・大丈夫だ、安心しろ。誰にもこの事は言わん。」
こうして私はこの質問に何処から話せば良いか迷うのだった。
そしてかれこれ三十分ほどかけてゆっくりと、そして細かく具体的に説明をした。ここに至るまでの全てを詳しく。
そう全て、である。自分がこの世界の人間でない事も含めて全てだ。
信用できるはずも無いだろう。到底考えられない事だろう。
自分の世界とは違う世界が存在している事を。六十の男がこちらにきたら若返っていたなんて。
「事情は・・・俄かには呑み込めないが、理解はした。原因は分かったが、どうしてそうなったかは分からんな。その本の内容を教えてくれ。何か私が言える事があるかもしれん。」
内容を覚えている限り話す。あの薄い本「魔法陣」というタイトルの中身を。
「ふむ、おおよそ書かれている内容はこちらの世界の魔法に関して言われている事と同じだ。・・・おい、お前何故そんな不思議そうな顔で私を見る?」
「いや、信じるんですか?相当怪しいですよね?私も自分で経験して、説明をしているわけですが、自身で話していて信じられない位なのですけど。未だに夢だと思いたいんですよ。こんなになっても。起きたらいつものベッドの上、見知った天井。いつもと変わらぬ毎日。今この時が寝ている私が見ている夢なんじゃ無いかと。」
原因とは魔法陣だろう。あの時自分の部屋で半ば自棄になって書いたモノ。
どうしての部分は、魔力なんて持たないはずであった私がその魔法陣を起動させることが何故できたのかは分からない、と言う事。
そもそも向こうの世界に魔力なんて、魔法なんてモノが存在する訳が無い。
(果たしてそうか?ただ解明できていなかっただけで、それは本当は向こうの世界にもあった?)
所詮は自分の経験した事でしか世界というモノは量れない。知らない事は知らぬまま、知る事ができていないモノ、証明できていないモノも自分の判断の材料にはできない。
「お前、その魔法陣を書いてみろ。」
そう言われて先程ウルフを討伐した場所の地面が草がめくれて土が出ていたので、その地面を均して円の中に五芒星を書いていく。
「ふむ、基本中の基本の五芒星だな。何の変哲も無い。むしろコレで何故お前がその世界から転移できたのかサッパリだ。おい、魔法陣の中に入って魔力を入れてみろ。実験だ。成功すれば元の世界に戻れるかもしれないぞ?」
一度やってみようとして何も起こらなかった事を伝えるともう一度やって見ろと言われる。
「お前はここに来てすぐに試したのだろう?それなら魔力を感じる前だったはずだ。ではその時のお前と今のお前は違うとすればなんだ?魔法を使えばソレだけ魔力は減るモノだ。ならばお前は一日休んだのだろう?魔力は回復しているはずだ。もしかしたら何か変化が起こるかもしれん。魔力を実際に使った経験もした。ならば次は魔法陣に魔力を流してみる実験だ。」
余りにもブッツケ本番で行き当たりバッタリである。だが縋るモノが無い私にはもう何でもやってみるしかないのが現状だ。
今までの経験からして「無駄」と断言できる事なんて今の私には無い。
だってここは異世界。今まで生きてきた世界とは全く根幹が違うのだ。
ならばやってみて利にはなっても損は無いだろうと、どうにでもなれ精神で自分の中にあるであろう魔力を魔法陣へと流すイメージを私はし始めた。
流動的で白い透明な靄が足を通して魔法陣の円の部分から流れ、そして星を描く線へと満ちるように。
するとどうだろうか?虹色に光り始める魔法陣、その輝きはまるで天まで届くかのように高く昇る。
何処までも高く、雲を突き抜けて何処までも。その先が空に吸い込まれて見えなくなるまで。
「やはり普通の基本効果しか出んか。コレはな本人の魔力を増大するための基礎中の基礎だ。だが、しかしこれほどの光、そして天まで伸びた光は・・・前代未聞だ。見た事も聞いたことも無い。」
それは一言で言えば異様、私はイコール「異様」であると。それが確定になった。
魔力を持っているその証拠、その光景を今この目で見る事でやっと自覚を持つ事ができた。
(この世界で頼れるモノは少ない。まだ二日目とは言え、力が有って、それを使える事が判明した。なら、次はコレを完全に制御して使えるようにならなければ・・・)
コントロールができれば、この世界で生きて行く事に何も問題が無くなる。そう確信した。
そしてもう元の世界に戻る可能性が潰えたと言う事。
この世界に来てしまった原因であろうと見なされる魔法陣が「基礎中の基礎」で、そして「魔力増大効果」と判明してしまった。
帰る事の出来る手段が他に見つからない、思いつかない。師匠も知らないと言っている。
この世界で専門職という立場の魔法使いが知らないと言うのならば、余計この世界に詳しくも無い、こちらに来たばかりの私に帰還方法を探すアイデアやらアテなど有りはしない。
「これからどうすればいいですか?帰れないと確信しました。ならばこの世界で生きるしか道はありません。ご指導のほど宜しくお願いします。師匠。」
私は頭を下げる。これに苦笑いの様な、しかし悪い気はしてい無さそうな雰囲気を師匠から感じた。
「今日の所はもう戻るとしよう。と、言いたいが、それはできんようだ。森から多くの魔物の気配が近づいてくる。このまま門へと逃げても追いつかれる速さだ。ここで迎撃しつつ下がる。命が助かるとすれば早めにこの事に気付いた兵が助けを寄越した場合のみだ。やれやれ、私の人生もここまでか?」
私は既に切っていたのだが、師匠はレーダーを展開したままだったようでいち早くソレに気付いた。
遅れて私も頭の中にレーダーを展開するとものすごい密度の数の魔物がこちらへと迫ってきていた。
「ど、どうすれば!こんな数を相手にどうするのが良いんだ!?・・・冷静になって考えるんだ・・・私には魔法が使えるんだ・・・そうだ、イメージだ。イメージするんだ。この魔物の群れが潰せる方法は・・・なんでもいいんだ、そうだ、どんな手を使ってでも成功させないと・・・」
私はこの危機に急激に集中力が上がった。命の危険を感じて脳がフル回転している。
火事場の糞力と言えば下品で、走馬灯と言える程に追い詰められてはいない。
生き残るために私の思考はあまりにも馬鹿げた物を頭の中に想像してしまった。
そこにはあの有名作品の例のアレが私の傍らに出現した。
私はあまりにもこの時混乱していたのだと思う。絶対に出してはいけないアレ。それを想像してしまったのだから。
出来上がった物はそもそもクスイを助けた時と同じで土で出来ていた。
それでもビジュアルはそっくりである。しかも風◯谷で出てきた腐ったモノでは無く、完全体をイメージしたものだからその威容はそれを成した私も震えあがった。
(薙ぎ払え)
突如として私の心の中に浮かんだその一言で巨◯兵が動く。その動きは見事に私の頭の中のレーダーの赤点を全て消し去るように動いていた。
土の巨人の口が開き、白く輝く。その次の瞬間、一筋の光は横一線に森を薙ぎ払う。
その威力はダメな奴だった。赤点が消えた、そう思ったその場所から白い炎が天まで吹き上がったのだ。
その熱量はまだ遠く離れていた私たちの頬を叩く。
白い光線が着弾し白炎が上がる場所周囲一帯は見事に全てが灰に、地面を融かしガラス質へと変える。
死の大地に早変わりである。最早何も言葉が出なかった。
私たちが余波で死ななかった事が奇跡と言える程に。
「な、何て事だ・・・私はこの世界では疫病神じゃ無いか?コレは火の七日間の再現かよ・・・うおっ!」
突然私はふらついた。どうやら体内の魔力とやらが尽きたのか、はたまた自身の為した事に恐れ慄いたのか、膝に力が入らずに立っていられなくなり地面に両膝をつく。
手の平を見れば小刻みに震えてまともに力が入らない。
だが私の目はしっかりと魔法の起こした結果を凝視しており、頭の中は既に冷静になっていた。
ふと隣を見れば私が生み出した破壊神は融けるように大地へと吸い込まれていく。
「お前は・・・どうするべきか・・・コレは・・・どうにもならんな。お前は何てものを生み出しているんだ。仕方が無い。ここから離れるぞ。」
どうやら師匠は私の処分を考えていたようだ。仕方が無いだろう。こんな危険人物放っておけるわけはない。それに師匠が自らの手に余ると判断したなら私と言う存在は今この場で抹消するべきだ。
しかし私は死にたいと思えないし、殺されたいとも思わない。むしろそんな事をされようモノなら全力で抵抗するつもりでいる。
次の師匠の言葉を待ちつつ、私は震える膝を一刻も早く止め、立ち上がれる様にと自分の身体に活を入れた。
どうやら私を処分する事よりもここから少しでも離れる事を師匠は言ったからだ。
「兵に知れればたちまちのうちに私たちは捕まるだろう。その後、生きて英雄と言う名の戦争道具にされ侵略戦争に駆り出されるか。もしくは世界規模の危険人物と見なされて秘密裏に処刑されるかの二つに一つと言った所か。それが嫌ならここから逃げるか、もしくは捕まった後にその力を見せつけて手出しが容易にできない存在だと主張するか。」
人の手に余る力はその未来に二択しかない。成功か、破滅か。そう師匠は言っている。
成功の方も最大最悪な部類の方の例だ。一人殺せば人殺し、万を殺せば英雄だとでも言いたいのだろうか?
そんな未来は御免被る、その前に私の精神は壊れてしまうだろう。そんな大量の命の重さに立っていられなくなり潰されて自らの死を願うようになる。そうしたらもうおしまいだ。
力を振るって自己主張と言う手は使えないことも無い。だけれどそこに人死にが付いて回るのなら許容は無理だ。
普通に生きてきた私にそんな真似は出来るはずが無い。人死にが出ない様に力をコントロールできる自信も無い。
こうして森へと入り目立たない様に、だがしかし必死に走って死の大地へと変わってしまった場所から離れた場所へと向かう。
コレはその当時その場には私たちはいませんでしたよと言うアリバイ造りの為だ。
幸いにもまだ兵は出されておらず、近くに私たちの存在を確認する者はいなかったので私たちを犯人と推理する者は早々現れないだろう。すぐにその場を離れたのが功を奏した。
こうして走り詰めで、外に出た時の門とは別門からこの都市内に入ったので一応一安心だ。コレで今日中に捕まると言う事は無いはずである。
「このまま私の家へと向かう。いいな?それとクスイにはこの件を話す事はしない。それでいいな?」
「分かりました。詳しく話せばクスイも巻き込まれるかもしれないですから。」
疑われるだろう、確信を持たれるだろう。だけど、その事をしっかりと話して知ってしまうのと、一言も触れずにいるのとではかなりの差がある。
知ってしまえば後戻りできないが、知らないでいればそもそも何も始まらないのだ。
この差は大きいだろう。だから何も言わない、何も教えない。それでいい。
これ以上は迷惑をかけてはいけない。幾らクスイが私の事を命の恩人だと思っていてくれたとしても、この件は巻き込んだりしてはいけない。
「助けられた恩返しにはちょうどいい位だ」と例え言われるかもしれないとしても、こちらはそれを良しと思えない。だから彼とは接触をこれからは避けなければいけない。
私はほとぼりが冷めるまで師匠の元で隠れるように大人しくして居なければ。
こうして師匠の家へと着くと何やら丸い水晶の様なモノを持たされる。
「お前は私の隠れ家に避難しておけ。ここに居ればいずれ兵が聴取に来る確率が高い。私だけなら何とかなるが、お前は別だ。」
「え?ちょっと待ってください!いきなりそんな事!?」
「時間は永遠に有る訳では無いぞ?まだ慌てる必要は無いが、しかし不自然に捉えられなようにこのマントを羽織って焦らずに門を出ろ。兵に怪しまれない様に旅人を装え。」
荷物袋とマントを渡された。ソレを否応なく準備させられる。
その間に説明を受け必死に覚える。
「行け。道順は教えた通りだ。目印も覚えたな?ならばこのまま堂々と家を出るんだ。そして何事も無かったようにこの先の正面の道、真っ直ぐにある門から出るんだ。それと、今ウルフとゴブリンの討伐証明はおいていけ。それらは私がギルドで後に手続きしておく。なるべくそう言ったモノは整理しておかないと怪しまれる。こちらでそれらはやっておく。」
「師匠、ありがとうございます。」
「くっくっくっ・・・こんな事になったとしても私をまだ師匠扱いか。ならば弟子よ。お前は私にとって非常に興味深い存在だ。こんな所でつまらん目に合ってくれるな。また顔を合わせたその時には魔法の制御をしっかりと見てやる。死ぬなよ。生き延びて見せろ。」
こうして私はその言葉を受けてしっかりと師匠の目を見るともう一度一礼して家を出た。
言われた通りに真っ直ぐに説明を受けた門へと向かう。これでまた私は一人になった。
しかし気が楽になることは無い。肩が心なしか重い。それはそうだろう。
あんな事案を起こしたばかりだ。誰だって不安に苛まれると言うもの。
しかしそんな私の不安とは裏腹に門からはすんなりと出る事ができた。何も怪しまれる事無く。
普通に「この先の街へと用事で出ます」と言えば門衛から「はいよ」と確認のための冒険者カードを返されてホッとした。
(ここからは真っ直ぐ進んで周りと比べて一番高い木を正面に捉えた場所の岩を右・・・)
急がず慌てず道を行く。自分以外にも道を行く旅人か、あるいは商人と思わしき馬車が通っている。
それなりに道幅は広い。人の通りも多く、私は誰にも視線を向けられる事無く自然とその中に溶け込む事に成功していた。
教えられた目印の場所に着く。しかしそこに道は無い。何せそこからは森の中に入って行かねばならないのだ。目印の岩に座り休憩を取っている風に見せかける。
(人が多くて目立たない様にここに入るのは・・・それに、一人で森の中?遭難するんじゃ・・・)
そんな問題を抱え、しかしそれに縋るしか今は方法を思いつかない私は意を決して人が少なくなった瞬間を見計らって教えられた通りに岩を右に入って森へと突入した。
辺りはそこまで暗い訳じゃ無く一安心した。特有の日が入らない暗さというモノは人の気持ちを萎縮させる。
そんな事ではこの先まだまだ目的地まで遠い私には辛い。進む速さにも影響が出るだろう。
(気合を入れなおさなければ!ここで進めなければこの先どうなるか分からない!)
あのまま岩を曲がらずに真っ直ぐ言って他の街に行く事もできたはずだ。
しかし私はたぶんそこでもきっとトラブルを起こすと思えた。
何せ自分に魔力があると判った。魔法が制御できていないと分かった。
そんな状況では私自身が誰にどのような迷惑をかけてしまうか分からない。
もしそれが「殺し」になるような事になれば私は自身を許せなくなるだろう。
自分の命を守る為、とは言え、あんな大量殺戮、アンド、破壊魔法などをぶっ放した後だ。
それをまた人の大量にいる街中で発動しないとも限らない。
今回の事は事故とは言え、その暴走の可能性を限りなくゼロに近くできるようにならなければ私は人の前に立つことは許されないだろう。
だが、またしても私は不安に襲われる。奥へと進むにつれて森の中は一気に暗くなってきたからだ。
だからと言って迷ってはいない。真っ直ぐに進んでいると確信はある。頭の中に何時もレーダーを使用して歩いているからだ。
師匠も森の中、草原に出た時もずっと常時発動していたらしいから私もそれに倣って発動しっぱなしである。
ソレもかなりの広範囲を。だって魔物に襲われた場合、たったの数時間前にやってしまった「過ち」をもう一度ここで繰り返す羽目になりかねないからだ。
魔物と極力鉢合わせない様に慎重にルートを測り進んでいる。多少はズレが生じているかもしれないがまだ修正は効く。
何せこの脳内レーダーに印がつけられるからだ。森に入った時の岩をスタート地点に迷子にならない様に脳内レーダーにはチェックポイント付けて歩いていたからだ。抜かりはない。ここで迷えば私は死に一気に近づく事になるのだからそれをしない手はない。
コレを思い付いたら脳内では嫌に立体的なマップが現れて驚きを隠せなかった。しかしそれもコレも自分が生き残るためだと考えて詳しく考えない事にした。
原理を追及しても今は意味が無い。使えるモノは、使えるようになった物は、いくらでも使えばいい。
どうしてできるようになったかなど緊急時の今はどうでもいい事である。命を大事に思えば。
大分歩き詰めであった。しかし早く一安心を求めて私の足は止まらない。止めたらもう二度と歩き出せるような精神状態でも無いし、肉体的疲労もそうだ。
下手な事は考えずにひたすら歩き続けた。ここで余計な事を考えた場合、それがまた魔法で実現してしまうかもしれない。
それこそ木が邪魔だから両側に寄って地面が平らになれば歩くのが楽だとか。
一気に目的地にワープできたらとか、空を自由に飛べたらだとか。
そんな事を考え始めたときは、頭を左右に振ってすぐに頭の中から追い出す事にしていた。
ここでそんな派手な魔法が発動してしまえば、ソレを見つけた者が私を調べに来るかもしれない。
そうしたらあの「巨●兵」もバレる事に繋がりかねない。
ならば私はいち早く師匠の言う隠れ家に到着し、魔法の制御とやらを身に付けなければいけない。
こうして頭の中を空っぽにして、半ば無理矢理ナチュラルハイになって思考を止めて歩き続けた。
そうしてやっとそんな歩き続けた森の奥地に小さな小屋が視界に入った。
何時間歩いただろうか?こんな奥地となればきっと人が入ってくることも無いだろう。
コレで私の魔法の暴発で被害者を出す心配は無くなった。
嬉しさで限界に達している私は走り始めた。それこそ少しでも早く小屋に着きたいと願う私。
そんな私はここで失敗した。もっと早く走れないかと。筋力を魔法で強化とかできないかな?と。
馬鹿な話である。そんな事が早々できる訳が無い。しかしできるはず無い事をもうしてしまっているのだ何度も私は。
それは実現した。してしまった。急に私の体感速度は上がり、まるで急加速したF-1レーシングカーの如くにいきなり走る速さが上がった。
これにすぐに対応できずに小屋の壁へと盛大な音を立ててぶつかってしまった私はそのあと五分ほどはその痛みにうずくまるのだった。
ソレも収まった頃には夕方だ。腹も減っている。どう考えても私一人でどうにかこうにかここまで来れたが、その後が問題だ。
食事はどうするのか?寝床はこの小屋の中とは言えベッドはあるのか?この場所まで取り合えず来たはいいが、ここで私は何をして過ごせばいいのか?
「先ずは今日を乗り切らなければ。取り合えずデカイ兎の肉はインベントリに入っている。それを焼いて食おう。しかし、薪はどうする?調理の為の火は?・・・まずは小屋の中に入るか・・・」
まだ小屋の中にさえ入らずに外でウンウン唸って悩んでいた。今後が危ぶまれる。
取り合えずは小屋の中の確認からだと思って中に入ればホコリの被ったテーブルと二脚の椅子のみ。
シンプルである。ベッドは無い。調理場も無い。
ならば外で、と思ってもその手の類のキャンプグッズが渡されたカバンの中に入っている訳でも無かった。
「生きねば・・・」絶望しかけてそんな言葉が漏れる。
渡された水晶玉も何に使うか分からず、荷物袋の中にはナイフが一本それとシーツと思わしき布。
「たぶんコレはサバイバルに必要だろうナイフだ。最低限中の最低限・・・プロはコレさえあれば何でもできる的な事を宣うが、完全にそんな知識も経験も無い私がコレを持ってもどうしようもない。」
シーツは掛布団変わりだとでも言いたいのだろう。無いよりかはマシ。
取り合えず確認したモノはこれだけ。ならばなんとかするしかない。
「食料は、この兎で三日四日有るか?じゃあ火だ、それと燃料は・・・そこら辺で拾った木の枝を元手に・・・そんなに上手くはいかないだろうな。しかし試してみなければ始まらん。師匠も言っていた。何事も経験だ。」
私は以前の会社での経験がここでは何の価値も無いものであると実感させられた。
水の確保も考えなければいけない。魔物の心配もしなければいけない。
身の安全に対してアレコレ私には無さすぎた。多少のボンヤリとした知識くらいしかないのは結構致命的だ。
だが、ここで私は一通の手紙が荷物袋の中に入っているのを見つけた。
師匠からのアドバイスでも書いてあるのかと思い、藁をもすがる思いでそれを読む。
『考えろ、想像しろ。そしてソレを魔法で実現せよ。制御できると自分で強く意識して魔法を使うのだ。渡した球は、手に持ち魔力を流せばソレがどれだけの量なのか測れる代物だ。しっかりと最小、最大を把握し、それを基準に魔力を放出せよ。自覚を持つことが大事だ。それさえ極めれば、その何も無い小屋でも余裕を持って生きる事ができるだろう。生きろ、お前は面白い。いつかまた会える日を楽しみにしているぞ。』
よくあの短時間の内にこれだけの手紙を書いて入れてくれたと思う。
私は魔法が使える。今の私はその事をすっかりと忘れていた。
そしてこの世界で私のイメージした通りの魔法が発動するのだから都合が良過ぎるというモノだ。
しかし今はソレがありがたい。それがそもそものここに居る原因だとしても。
先ずはこの場所で生活していくためのビジョンが頭の中に無ければならないだろう。
ならば私が思い描く「生活」とはどんなモノか?ここで生きて行くにはソレを先ずは頭の中に思い描く所から始める。
それが私が生きて行くために必要な手段だ。
「だけど今はまずそれをしっかりと思い描く事ができるように腹ごしらえをしないとな。腹が減っては何とやらってか。」
食欲、それを元手に地面に手をかざしてキャンプで使うようなバーべキュウセットを思い浮かべる。強く。
そのまま魔法で手から火を出して肉を炙るなど文明人のする事では無い。道具が無ければソレを魔法で生み出してしまえとばかりに私はこの時腹が減り過ぎてまるでタガが外れていたのだろう。
それはにゅるりと地面から生えてくる様に出てきた。お一人様用とでも言わんばかりに小さい物ではあったが、それは完璧な仕上がりだった。
「よし!もう吹っ切れたぞ!生き残れなければ何にもならん!もう遠慮も呆れるのも、ましてや怖がるのも慎重になるのも止めだ!今はここで生きる!ソレだけを考えなきゃやっていけない!」
命の危機だ。しかもこの森の中に私を助けてくれる人物はいない。
ならば何を使ってでも、この森で生き延びねばこの先の人生、話にならない。
この世界から元の世界に帰れる手段があるかもしれない、無いかもしれない。
それを追い求める事をしようにもここで死んでは元も子もない。
元の世界に帰る手段を探さずにこの世界に骨を埋めるにしろ、この森の中って言う選択肢は無しだ。
「ふ、ふふふ、ふふふふふふふ・・・そうだ。どうせ先の見えない残りの短い人生だったんだ。若返ってこんな事になったのなら、それをトコトン楽しんでやればいいじゃ無いか!そうだ!二万八千円もしたんだぞあのクソな本に!そうだ!アレが理由でこんな世界に来る事になっちまった!ふざけるなよ!だったらじゃあこの世界で楽しんでやるさ最後まで!二万八千円分以上に元を取ってやるさ!」
もうこの時になって私の感情という許容量は溢れて決壊していた。
周りへの配慮なんて要らない。むしろこの世界に来てしまってからまだ二日である。そんな何の思い入れも無い世界に何の遠慮があろうか?
この世界がどうなろうと知ったこっちゃ無い。私の命の方が大事である。
私は定年後の残りの人生を変えようと、少しでも変化をつけようと、そう言った気持ちだっただけだ。
その結果がこんな訳が分からない大事になってもう自暴自棄である。あんまりな結果だコレは。
ならば今のこの状況を目一杯に生き抜いてやらねば後々にやりきれない思いを抱えるだろう。
「・・・俺はこの世界で生き抜いてみせるぞ!どんなに周りから奇異の目で見られようとも俺の常識とこちらの常識は違うんだ。なら、俺は俺の道を行く!こちらの世界に擦り寄ったって碌な目に遭わないのであれば何が関係あろうか?自分の事だけ考えて生きよう!」
言葉遣いも自分を指す言葉に「俺」を使う。
この時に俺は第二の人生を生きるのだ。全く違う世界、全く違う自分。
新しく生まれ変わる。そう思えば二万八千円は安い、安すぎる位だ。
騙された、詐欺だ、そう叫んでもいいが、反応してくれる誰かなんて相手は居ない。
誰も悪くないのだろう。加害者は知れず、俺は被害者だ。
加害者と言うのはあの「魔法陣」為る本をあの書店に、あの文庫コーナーに置いた人物だ。
それを今のこの身では追及し探す事は不可能。
一方的に不利益を被ったと思うと顔が下に向いてしまう。
ならば無理矢理にでも前でなく、上を向いてやらねば気が済まない。
俺は今最高の気分だと嘯いてやらねば自分が折れてしまう。
「腹は括った。ならば腹ごしらえだ。もう自棄だ!あの木を伐って、魔法で水分を飛ばせば薪になるか?イメージだな!今の俺なら何でもできるぞ!何でもやってやるぞぉ!」
こうして俺のこの森でのサバイバルが始まった。
小屋を見つけてからの第二の人生を送ってやる宣言の後は何とかその後、火を起こす事に成功し肉を焼いて食い、空腹と言う難を逃れた。
翌日起きたら即効で魔法の訓練をした。師匠からの手紙に書かれている通りに魔力制御だ。必死に時間を忘れて、寝食を忘れて、一日中暗くなり始めるまでぶっ続けでやりまくった。
どうしてそんな事をしたかって?ソレはまずこのサバイバルには魔法が必要不可欠だからだ。
魔法の制御ができるようにならなければ自分の食料も確保できない。狩猟ができないのだ。
威力を押さえた魔法が使えなければ獲物を木っ端微塵、ミンチにしてしまい上手い事食べる部分を残せないのだ。
師匠と初めて行った森の帰りに倒したゴブリンはたまたま上手く行ったのだ。だから同じ方法で練習せずとも何とかいけないかと思って訓練をする前におさらいと思い木を相手に練習をしたら木が滅茶苦茶になった。
これのおかげで俺はこのままではそもそも自分の命を、自分の放つ魔法で危険に晒す事になると自覚した。
夕方、まだまだ残っている巨大一角兎の肉を焼いて食ってそのまま小屋の中で就寝した。
ちなみに昨日今日も炎の力を制御できずにただ火を点けるだけだと言うのに苦戦しまくった。
またしても翌朝は、やはり起きて先ずする事は水晶を手に持ち、流す魔力量を感覚で掴むために必死になっての訓練だ。
人は死に物狂いといった状態になると感覚が鋭くなるのか、その日は暗くなる前には何となく感覚を掴み始めて制御がホンの少しできる程度には上達した。
この日の夕食も肉を焼いて食うだけになったが、その時に出した炎の制御は多少はマシになっていた。
翌日、今まで必死になり過ぎていて水分と言う人体に非常に重要な物を忘れている事に気付く。
そうやって気付けば今まで忘れていた体調を自覚する。喉はカラガラに、頭痛や身体の怠さなどが襲い掛かって来た。
必死にタライをイメージして地に手を付ける。そこに生み出された見覚えのある金属製の器に魔法で水を、大量の水をイメージして流し込む。
するとまるで中空から滝でも落ちているかの如くにジョバァ!とタライが満タンになるどころか溢れる程の水が生成された。
そのタライに顔を突っ込んでガブガブとまるで動物でもそこまでなりふり構わずに補給しねえよ、とツッコまれても仕方が無い程に腹一杯に水を飲みまくった。
コレで俺はやっと心の底から信じる事ができるようになった。魔法は何でも出来ると確信ができた。
その事でやっと冷静になれた。今までは自分の置かれている状況に追い詰められていて視野が狭かった。
だが、水分をしっかりと補給できて、これで文字通りに頭が冷えた。
「探そう、獲物を。無くなってからじゃ遅いんだ。レーダーを最大まで上げて、兎・・・だけじゃ無くて森の恵みなら何でもいい。食せる草、木の実、果実、何でも、そう何でもだ。」
インベントリの中に入っているモノは腐らないようだ。残っていた肉の状態を良く観察したが色の変化も匂いも変わっていなかった。
常温に置いていればすぐに痛みが出ていたはずだ。それが無いのは大いに助かった。
しかし、肉の残りの量は心もとない。なので早めに食料確保をしなければならないのだ。
こうして一人での狩りが始まった。しかし不安は不思議と無かった。
それは脳内レーダーのおかげだろう。魔力制御がホンの少しでも出来るようになったからなのか、より詳細なレーダーが脳内で構築されていた。
こう、目だけで見える視界世界とは違う。もっといろいろな角度で自分を捉えられるレーダーになっていた。
遠・近距離を自由自在にできる俯瞰した視界。
後頭部に目が付いているかのように後方が見える視界。
目の前の障害物が透けてその向こうまで見渡せる視界。
まるで望遠鏡を覗いているかのように何百メートルもの距離が目の前に見えているような視界。
サーモグラフィのように熱感知の映像の様な視界。
そういった様々なレーダーが脳内情報で再生されている。それを「感覚」として脳が全て受け入れて処理できている事が恐ろしい。
そんな震えを抑えつつ、木の陰に隠れながら脳内レーダーに自分の求める獲物が何処に居るのか、と思考を広げる。
脳内で展開するレーダーの中に求める反応があったのか赤点が浮かび上がった。
その場所に静かに直行する。それは一角兎。まだ今の自分にはこの世界の食せる動植物の知識が無い。
だから唯一知っている存在を見つける事にしたのだ。
この一角兎が見つけられなければ果実を、そうでなければ食せそうな野草、山菜を探そうとしていた。
そしてそれらを一つ一つ食べられるモノなのか実験していくつもりだった。
この世界は自分の居た世界とは全く違う世界だ。何が食べられて何が食べられないか何て分からない。
毒を食してそのままお陀仏などと言う結末は避けたいのだ。
この事は後に「毒があれば魔法で解毒してから食べればいいじゃない」と悟りを開くのだが、それはこの日から二週間後の事になる。
こうして見つけた獲物を逃がすまいと大分距離を取って身を潜めていた。
(どうやって仕留める?・・・師匠の使った氷の魔法で仕留めるか?初めて使う俺がそれを上手く使いこなせるか?)
目標の一角兎は師匠の仕留めたものよりも一回り半小さい物だ。
それでもかなりの大きさである事は有るのだが、それに上手く串刺しにできるか分からない。
師匠の魔法は使ってからホンの少しだけだが発現するまでにタイムラグがあったように感じる。
ならばそのズレを自分が合わせて獲物をしとめる機を捉えられるか?と疑問なのだ。
その一瞬の間にたまたま獲物が動いて外す事を俺は恐れた。
別に失敗して逃げられてもレーダーが有るので追跡は可能だろう。二度三度と連続で魔法を使えば逃げる獲物をしとめる事もできるだろう。
だが、コレは俺の今後の生死を賭けた狩りでもあるのだ。失敗は許されない。油断は自身の死を近づけさせる。
だから緊張で思考は硬直しかけていた。だが、もうそう言った緊張はうんざりだった。
気楽に考える事ができない、それが余計なストレスになっている事に気が付く。
(ァァ、この世界の事になんて構ってられないんだった。今は自分の命が第一優先。しかも、どんな手を使ってでも、と思ったばかりじゃ無いか)
発想一つで魔法は変幻自在、その事を強く頭の中に念じる。
獲物の命を止める。その方法は傷つけるだけじゃない。物理的な方法じゃ無くても命は消せる。
(そう、例えば生き物は空気を吸えないと呼吸困難で死ぬ。ならば)
ここで今更この世界で息を吸い、そして吐いていると言う事実に苦笑いした。
人は酸素を吸っている、しかしここは、この世界は以前の世界とは全く違う。
ならば今吸っている気体は酸素なのか?と。もしかしたら得体の知れない未知の気体では無いのか?と。
この世界で生きている存在はもしかしたら酸素を吸っているのではなく、もしかしたら全く違う気体を呼吸で取り込んで生きている生物なのでは?と。
そうしたら今の自分は何を以てして呼吸を?と、そこまで考えて無駄な事だと思いなおした。
(生きている、それだけで充分だ。そう、充分だ)
俺は哲学を頭の中から追い出して改めて一角兎へと意識を向けた。
そしてその周囲五メートル範囲の空間内を真空にするイメージを脳内に作り出した。
頭の中のレーダーをしっかりと確認しながらその時を待つ。
獲物と俺との距離は15m以上離れている。正直魔法が発動するかは賭けだった。
幾ら脳内レーダーが超が二つも三つも付くような高性能で、目の前に獲物がいるかのようにはっきりとその存在が捉えられていたとしても、距離があるそんな状況でキッチリと俺の魔法は届くのかといった不安だ。
しかし、信じなければ始まらない。俺の魔法で仕留めてやる、そんな気概を持ち直したその時にレーダー内の赤点が消滅した。
それは一角兎の命が消えた証。そしてすぐに俺は動き出した。倒れた獲物を回収するために。
「よ・・・っしゃあぁぁ!生きれるぞ・・・俺はこの森の中で一人でも生きて行ける・・・!」
いつ師匠が様子を見に来てくれるか分からない今、もしかしたら明日にでも来てくれるかもしれないし、一年後になるかもしれない。
最悪、師匠が捕まってその後、誰もここに来ない可能性も否定はできない。
そんな不確定な未来に希望を持つよりも、ここで自分の力だけで一生を過ごせるだけの地力を養う事を考えた方が現実的だ。
ここでその大いなる一歩は為された。その事で自信を持つ事ができ、俺は生きる事だけは何とかなる、その事に大きな安堵を得る事ができるようになった。
血抜きをする為にその場で兎の首を斬り逆さにする。命をこうして扱う事に戸惑いが無い訳では無い。
所詮今までの自分は加工された物しか口にしてこなかったのだ。命そのものの手応えをこうして感じて食を得ていた訳では無い。
手の中の、角が生えているとは言え兎をこの手で殺し、こうして血を抜いている事に抵抗感が無い訳では無い。
それをねじ伏せられなければこの森では生きてはいけない。この森の中では自然の摂理に身を投じなければ自分は存在していく事ができないのだから。
こうして時は過ぎ、早くも二か月が経った。
今の俺はこの森に早くも適応している。食料も確保するのに今は苦労は無くなった。
この森には獲物が多く、そして食せる野草や山菜、木の実、果実があちこち豊富で助かっていた。
もちろんそこに至るまでに様々に苦労はあった。脳内レーダーはもはや無くてはならない存在だ。
常時発動しっぱなしであるし、それが自然とまるで呼吸をするかのようにできるまでには修行、訓練は二十四時間四六時中、寝ている時にも常時発動しっぱなしになれるまでに時間はかかった。
何せ森の中では食せる獲物だけでは無い。こちらの命を狙ってくる魔物も存在するのだ。
それらの存在を忘れていきなり出合うような場面や不意打ちを食らうなどと命の危険に晒されればこちらの人生は詰む。
これまではそう言った魔物やら、強力な肉食獣などを避けていた。獲物を狩る時も真正面からではなく必ず不意打ちを狙っていた。
だから真正面から戦う事は今までに一度足りとてしていない。
臆病で居なければ生存確率を著しく落とす事になる。弱肉強食とは言うが、脆弱な肉体である私は弱い。だがしかし使える力は強力だ。そこら辺が要するにチグハグなのだ。
その事を忘れてはいけない。だから慎重さを忘れればたちまちに強靭な肉体を持つ存在に殺されるだろう。
魔法と言う強力な力は使い所である。想像力がものを言う力ではあるが、人の思考と言うのは突然の事に弱く、その一瞬をついて頭の中は真っ白になる。そんな事になれば想像力を発揮できない場面も出るだろう。
そこに不意打ちを食らえば一たまりも無い。瞬間的に命を狩り獲られる。
この森の中で生きて行く事ができるようになるには常に周囲に警戒をしていなければいけない。
小屋の中に入ったとしてもソレは変わらないのだ。もしかしたら猛獣が俺の後をつけてきていて、早朝に小屋から外に出る俺を待ち伏せして奇襲してくるかもしれない。
むしろそういった経験が一度有った。
それはピューマの様な獣で、俺の後をいつの間にか尾けて来ていて、小屋の屋根に上り一晩中張っていたらしかった。それに俺は気付く事ができずにいたのだ。
そして朝にドアを開けた瞬間に屋根から飛び掛かられた。
それを間一髪で気付き避けた俺は小屋の中に再び入りドアを閉めてその危機を脱した。脱する事ができた運良く。
そのドアを閉めている間、俺の心臓は早鐘を打ち、脳内は真っ白で息も荒くなり何も考えられる状態では無かった。
正に思考停止状態である。その後1分ほど経ち、ようやっと冷静になってレーダーを展開し、まだ外に獣がいる事を確認できるまでに回復。
そのままドア越しに魔法を使い殺す事に成功して事無きを得たのだ。使った魔法は対象の周囲を真空にするものだ。
そのまま呼吸ができずに苦しんだその獣は呼吸困難で死んだ。その獣の肉も食料として有難く平らげたが、あまり美味いモノでは無かった。
こうした危機もあり、いつでも冷静でいられるためには常に自分の周りの状況を把握できていなければ安心できない。
だから寝ている時でさえその安全を確保するために脳内レーダーは常に寝ている時も発動しっパ。
安心していなければ不安で眠れない。意識していなければ脳内レーダーは発動していられない。
この矛盾を克服してやっと安眠を得られるようになって俺は精神を安定させることができるようになった。
2か月間、生き延びる事が全てだった。そしてその生き延びる事でさえもう既に自然とできるようになった。
そうなるまでにはどれ程過酷な毎日であっただろうか?そんな事は既に喉元を過ぎた俺はその事を思い出す事はもう無い。
こうして過ぎた日々。そこへ姿を現したのは待ちわびた人物であった。
「待たせたな。私から疑いが晴れるまで長くかかった。ここに来る事もできない程に監視が酷くてな。・・・お前、本当にあの時のお前なのか?クスイから名は聞いた。エンドウ、だったな?」
こうして師匠から声を掛けられたのは、小屋の外で俺が丁度朝のストレッチをしていた時であった。
「あ、師匠。遅かったっですね。このまま一生来ないのかと思ってました。」
「どうやら生き残った、と言う事であれば魔法を使いこなせるようになったか。と、言うか、エンドウ、最初に会った時とは全く印象が変わったぞ?・・・ここで一体お前に何があった?」
「あーそこらへんはこっちの心の問題ですから気にしないでくださいよ。あ、それよりどうします?こんな所まで来てお疲れでしょう?風呂入りますか?」
「・・・お前、何を言っている?風呂だと?一体どこにそんな物・・・それにお前風呂と言えば特権階級、ましてや大分金持ちにしか入る事ができんような贅沢だぞ・・・おい、何だその小屋の裏にできている家屋は・・・私には見覚えが無いぞ?」
「えぇ、そうです。コレ、俺が出しました。浴室ですよ。」
俺は平気な顔でコレを説明する。
「師匠には俺がこの世界の人間じゃ無いと教えましたよね。んで、この二か月でその自分の元々住んでいた環境を整え再現しようと思ってあっちこっち改造していったんですよ。ありとあらゆる物が魔法で代わりが効きましたからね。先ずはどうです?熱々の風呂に入って見ませんか?俺がどれだけのものになったのか、いっちょそれで判断してください。」
俺はスタスタと浴室に向かい中へと入る。
「ここ、俺の自信作なんですよ。デカいでしょ。形や深さなんかに拘りましたからね。でも作り出すときは一瞬ですし、気に入らなかったらすぐに解除しましたけど。感動はあんまり無かったなぁそのせいで。」
俺はそんな事を宣いながら魔法で少し熱めのお湯を作り出し風呂へと入れる。
「さあ、どうぞごゆっくり。あ、それと湯船に浸かる前にソレで身体を洗って流してからにしてくださいね。マナーですよ。あ、脱いだ服はこちらの籠に、それと着替えはこちらを着てくれればいいです。服は洗濯しておきますから。」
俺は人恋しかったのだろう。師匠がこうして来た事で話し相手ができてお喋りが止まらない。
少々ウザいくらいだろう。うっとおしいと言われてもおかしくない位に風呂の説明をする俺。
しかし師匠は開いた口が塞がらないのか、浴室の前にある脱衣所の部分で固まっている。
そう、脱衣所も作るこだわりだ。しかも最初に在った小屋にドアを繋げていて直接ここに通してある。
外側からも中に入れるように作ったし、風呂上りにはそのまま小屋の中へと移動できるようすにする為に改築した。
もちろん魔法である。そう、全て魔法で、魔法が解決してくれた。
ご都合主義ここに極まれり、である。
「あ、そう言えば、師匠。どうやら監視は撒けていなかったようですよ。森の中に反応がありますね。ここから大体二キロほど?かな?」
「!?どう言う事だ?私には確かに監視は付いて来ていなかったはずだ?!何時の間に何処でどうして・・・それにしても、お前はどうやってそれを分かったんだ?ニキロ?ソレは・・・距離の単位か?お前の世界での使われていた?」
「そう言う事ですね。流石師匠は頭の回転早いっすね。まあ、ここに師匠の隠れ家があると言った情報をどこかで仕入れてきていたんでは無いですか?知っている者は居ない訳じゃ無いのでしょう?」
「・・・あぁ、幾人かは知っている者もいる。そうか、それで待ち伏せていたか・・・私への監視がなくなったのも今日のためにこうしてわざと油断を・・・動き出すのを待っていたと。」
「ここに来るまでにはまだ時間が相当かかりますし、先ずはサッパリしてください。」
「お前は・・・どういった神経をしているんだ?全く・・・ここが見つかればお前はどうする?監視の者はきっと「あの件」を調べている者たちだぞ?」
「ん~?どうしますかね?話次第じゃ無いですかね?そもそも、俺は別にここに定住するのも良いと思い始めていたんですよ。こうして快適に暮らせるように改造しましたしね。でも、やっぱりどうせならこの世界を見て回りたいとも思うんですよね。それこそ、元に戻れる可能性は無いに等しいとしても、それを探すと言った理由にして世界を見て回るのもいいかなって。」
「はぁー、随分と最初に会った時と人が違うぞ?印象が変わったとか言う問題じゃ無いな。根性が座っているその今のお前が本性と言う事か?」
「そんな事はどうだっていいじゃ無いですか。人がここまでの厳しい自然の中に放りこまれりゃ一つや二つ悟りを開きますよ。それこそ人が変わるくらいは。そうじゃ無いですかね?」
このまま風呂場で話していてもしょうがないので、師匠が風呂から上がった時の為の御持て成しを用意するために小屋の方へ俺は移動した。
大体三十分くらいで師匠が風呂から上がって小屋の方へと入って来た。
「堪能させてもらった。監視者が近くに迫ってきていると知らなければもっと楽しめたがな。気が気じゃない状態で入っても気持ちが良いのだな風呂というのは。」
「そりゃすいませんね。もう少し気を遣えばよかったですね。あ、師匠。コレ、飲んでください。」
小屋の方は魔改造はしていないのでそのままである。しかしそのテーブルに乗った物を見て師匠は驚く。
「お前、コレは、氷か?・・・しかもこの飲み物は?」
「この森の先の奥地にある木の果実です。その果汁です。酸っぱいんですけどね、蜂蜜を入れるとまろやかで甘酸っぱくなって飲みやすいんですよ。風呂上がりにくっと飲み干すと良い感じで。」
「お前、この奥の森に入ったのか?よく今生きているな・・・しかも五体満足で・・・」
「え?別に危険は無かったですけど?あ、でも一度だけ嫌な動物には遭遇しちゃったな。あいつこっちを睨んだ後威嚇してきたと思ったら逃げて行ったんですよねぇ。何しに来たんだよ、ってツッコミましたよ。一々そいつ俺に近づいて来たんですよ?こっちはそう言った奴らに会わない様に逐一離れるように森を歩いてたのに。」
「お前の魔力制御がどれだけになったのか見てやろうと思ったが、その気が失せたわ。」
そう言うと師匠はグイっと俺が用意したドリンクを口一杯に含んだ。
ゴクリとソレを味わうように飲み込めば、目を見開いた状態で驚かれる。
「何処にこれだけの美味さの飲み物を飲める場所があると言うのだ?何だコレは?何処の王宮にだってこんなものを出せる国は無いぞ?」
「いやー、気に入って貰えたのなら良かった。あ、腹は減ってます?肉野菜炒めくらいしかできないですけど、食べるなら出しますよ?」
「お前、忘れていないか?監視者がすぐそこまで来ているんじゃないのか?準備はできているのか?」
椅子に座ってくつろぐ俺に師匠は問いかけてくる。
「何も別に用意する物なんて無いですよ?あいつらはそもそも招かれざる客ですしね。あ、聞きたいんですけど、師匠は聞き取り調査?尋問?されたんですよね?相手側の、こう、何て言うんですかね?方向性はどんなでしたか?」
俺のボンヤリとした言葉からすぐに師匠は察してくれる。
「あの件の、まあ、言うなれば犯人を利用しようと考えている節がある。あれだけの被害を出したんだ。それを管理しようとする者、もしくは懐に入れようと画策する者、もしくは、担ぎ上げようとする者。いくつかはそう言った輩がいるな。」
「犯人とか言われるのはかなり嫌ですね。あの時はしょうがなかったんですから。命が大事な場面でなりふり構っていられないですよ。そもそもあの時、周囲に五百以上は数が在りましたからね。あのままちょっとでも対処が遅れてたら死んでたのはこっちでしたからね。それを犯罪者呼ばわりは無しでしょうに。」
実際にあの一撃でレーダーに映っていた魔物たちを現す赤点は全て消えたのだ。
逆に言ったら一つでも残らない程の恐怖の威力だったとも言えるが。
「あれから魔物発生頻発は止まった。それがお前がやったアレが原因だと言うのは想像に難くない。しかし何が頻発発生の原因だったのかはもう追及する事も不可能になったがな。」
悪い事があれば、良い事もあり、また悪い事もある。何処へいっても因果は斬っても切れず、連綿と続き行くものだといいたいのだろう。
俺がクスイを助けた、そこから全てが始まり、そして今と繋がる。
「で、そんな事は過ぎた話ですし、これからの話をしなくちゃいけないですね。師匠、この後どうするつもりです?」
師匠はコップの残りを一飲みにしてから神妙な顔つきになって話始める。
「お前を迎えに来た。私の研究に付き合って欲しい。マルマルまで戻り、私の家でやっている実験の手伝い・・・いや、違うな。私はお前から学びたかったのだ、教えを乞いたかったのだ。正直に言う。今となってはもう私がお前に教えられる事は見つけられない。既に魔法を使いこなせているようだしな。私をもう師匠とは言わんでいい。むしろ私が、エンドウ、君に師事したい。私に教えてくれないだろうか?」
「あー、そうですかぁ・・・そっちに行っちゃいましたか・・・ええ、良いですよ。その代わり一年間と言う期限付きでどうですかね?そしたらその代わりと言っちゃなんですが、世間の常識を教えてください。んでもって、ここで授業をしましょう。街には戻らない方がいいみたいですしね。」
「・・・そうだな。あの街にはもう帰らない方がいいかもしれん。私も別にあの街に拘る理由は無い。分かった。言う通りにしよう。私にはあの街に何のしがらみも無いからな。」
「あー、シガラミかぁ・・・クスイに一言くらいは言っておくのが礼儀ですかね。ちょっと後で訪ねてみますか。」
「・・・訪ねる?ちょっとだと?エンドウ、今の自分の状況が分かっていないのか?」
「分かってますよ充分に。ソロソロ監視者の三人組がこの小屋へと到着するようですし。ここら辺まで来ると強力な肉食動物や魔物と遭遇する率がかなり高くなってくるのに、この三人は優秀なようですよ。あの距離からここまで来るのに随分と早い時間で到着してますしね。それに師匠の辿った後を確認するのも怠っていないみたいです。」
「私には全く分からん。それだけの隠蔽の力を持つ者を誰が私に付けたのかも分からん。それにしてもそんな者たちを何故エンドウは分かる?」
「あ、そこら辺も説明しなくちゃいけないですか?その話は後にしましょう。もうそろそろ小屋を見つける距離です。さて、どうやってご対面と行きますかね?こちらから出向く?もしくは小屋をノックしてくるまで大人しくして居ようか?」
こっちから出向くか?相手のアクション待ちか?どちらにしろ久しぶりのコミュニケーションにワクワクしながらその時を待った。
そして待ち遠しくて小屋から出て姿を現した状態で俺は待つ事にした。
相手側の行動もソレで単純化するし分かり易くもなるだろうと思って。
相手が未知の相手にどんな反応をしてくるか?師匠には小屋の中に待機して貰っている。それは師匠の身の安全のためである。
さて、相手の行動予測をしてみよう。
もし監視だけなら接触をしてこないだろう。自分たちから姿を現して挨拶なんてしてくる事も無い。
拘束を狙っているのであればこちらを無力化するのにあらゆる手を講じてくるかもしれない。
マルマルの都市内では話しずらい事を交渉しに来たのであれば、素直にここで俺の前に姿を見せて話掛けてくるはずだ。
そして、暗殺。こうなると暫くは俺の正体を見極めるために様子見か、あるいは問答無用で攻撃を仕掛けてくるだろう。
「さて、どう動く事やら。願わくば悪意ある陰謀で無い事を祈るばかり、って感じかね?」
悪意があろうが無かろうが、誰かが何かしらの危機を感じて暗殺を試みようとしていたとしても、当然こちらはそれに従う義理は無い。
ハイそうですか、と殺されるつもりはサラサラ無い。誰にも俺の命を奪わせはしない。
「で、こうなる訳か・・・残念だな。返り討ちにするか、それとも生きて捉えて拷問してでも雇い主を吐かせるか・・・」
ちょっと考え事をしてぼーっとしていればいきなり目の前にナイフが止まっていた。空中で。
「どうやったかって?そうだな?魔法の基礎は知っているか?想像力だよ。お前たちも知っているだろ当然?」
目では姿は確認できないが、しかし脳内レーダーにはしっかりと敵存在が把握できている。そんな相手に俺は語り掛ける。
飛んできていたナイフもしっかりと認識できていた。そして絶対にソレを止められる事も確実にできると分かっていた。
「どちらが良い?当然生きている方が良くて、最善は誰も死なずに俺と師匠を殺して帰還する事だろうが。言っておくけど、お前ら全員俺には敵わないぞ?投降すると言うなら命は取らないから姿を現したらどうだ?まあ、そのままであったとしても別に俺の方は困らないけど?」
そう口にした俺にまたナイフが投げられた。首、鳩尾、肩、太腿を狙って。
ここにいる暗殺者はプロであるのだろう。その軌道は一切ブレが無かった。この三人組がそれぞれの部位を分けて担当して一斉に投げたのだ。
「はいじゃあ、情報を引き出すのに一人だけ生き残って貰います。誰が良いですか?」
俺に投げられたナイフは未だ空中に留まっている。それをよく見るとぬらりと透明な液体が滴っていた。
「あー毒か。ホント殺意高いな?でも確実に仕留めるならそうじゃ無いとな。でもまあ俺には絶対に刺さらないけどね?掠りもさせる気は俺には無いよ。」
もし刺さったとしても、あるいは少しでも掠って毒を受けてしまったとしても、俺は即座に魔法で毒物を分解する魔法を掛けるが。
使われている毒物がどんな成分であれ、それは体内からしてみれば本来あるはずの無い異物だ。
そう言った何となく?みたいなイメージでさえ俺の魔法は実現してしまう。
だから毒を万が一にも食らった所で俺は殺されることは無い。
本当に魔法と言うものは理解の及ばない超常現象、超能力だ。
それを操る魔法使いとは確かにもの凄い脅威である。為政者であればコレをどうにかしようと悩む所だろう。
そして今、こうして答えを「殺す」と決めた誰かがこうして刺客を放ったのだろう。
師匠が絶対に何か真実を知っていて隠していると見抜いた誰かが。
「さて最後だ。もう一度言う。生きていたければ投降しろ。武装を全て捨てて手を頭の後ろに付けて額を地面に付けろ。」
奴ら俺に姿が見えているハズが無いと思っている。そして慢心している。
ナイフが防がれた事に驚いてはいたが冷静にこちらを観察するのは止めない。
ソレも仕方が無い。こいつらは知らない。俺が奴らの細かな動きさえ把握している事を。超高性能脳内レーダーを持ってる事を。
奴らの体温上昇の機微や、ナイフが防がれて少しだけ焦った時に出た汗の様子さえ俺の脳内ではキッチリと見えているのだ。
こいつらは一撃目で仕留められなかった時点で作戦を変えるべきだった。
そして二回目の攻撃で実力が遥かに違う事を受け止めるべきだった。
そして俺が透明化していて見えないはずのこいつらを把握している事をちゃんと考えておくべきだった最初から。
だって俺は堂々と小屋の入り口の前で待っていたのだから。そして見えるはずの無いこの暗殺者の動きに視線を合わせていたのだから。
こいつらはプロはプロでも三流以下であるようだ。毒を使う所は確かに確実性を求める暗殺者には有用だ。
しかしそれ以前の問題である。こいつらは戦力の差を考慮に入れていない。自分たちより強い相手との戦いを想定している様子じゃない。
なんて残念なのだろうか?俺の把握している所の、こいつらは既に結構なオッサンでしかもどうやら殺しには慣れていると見える。
一番中途半端で使い道が無い者を刺客として寄越してきたとしか思えないのだが、それはこいつらの一人を捕まえて吐かせればいいだけだ。
こうしている合間に飛び道具では駄目だと考えた奴らは三方に広がって俺を囲むような位置に着く。
そして同時に飛び掛かって来た。もちろんその手には三人毒のナイフを手にしてだ。
しかし斬りかかられる前に俺はこいつらを閉じ込めた。そう、閉じ込めた。
地面から石の棺をせり出させてそこにパクっと丸のみするように。三人同時に。
「さて、一番偉そうな顔してた男だけ生かす。残り二人は自分の判断の馬鹿を後悔しながら死んでくれ。」
俺は合掌し、二秒ほど瞑目する。
アイアンメイデンと言う拷問器具をイメージすれば二つの石の棺は中の男を串刺しにする。
しかし棺からは血は漏れてこない。密閉だ。俺の脳内だけがその棺の中の様子を理解できている。
確実に二人の男の命は断ち切られた。そして俺はその棺をそのまま地面に沈ませて処理をする。そのまま地下深くに埋葬した。
「魔法って残酷で、それでいて便利が過ぎる。ぐうたらにならない様に魔法に頼り過ぎない・・・なんて事は出来ないな。こんな物騒な世界じゃソレも無理ってもんだな。」
最後の一つ残った棺は一部分顔だけが出せるようにする。もちろん魔法の力でだ。なんて魔法は偉大なのだろう。
「くっ!お前は何者だ!?私たちはマクリールをやるために・・・クソッ!こんな奴は想定外だ!どうなっていやがる!」
どうやら師匠の名はマクリールと言うらしい。
「で、お前以外の刺客は死んでもらったが、お前にも死んでもらう。だけど、全ての情報を吐かせてからだ。俺はさ、この過酷な森で生きて行くために、この世界で生きて行くために、遠慮は捨てたんだ。」
こちらを殺そうとしてきた者に、いくら暗殺が仕事だったんだから仕方が無いだろう、と言われてもハイそうですかと解放する気にならない。誰だってそうじゃ無いだろうか?
コイツはこんな深い森の奥地で、それこそ法の無い、弱肉強食がルールのこんな場所で俺と師匠を殺そうとしてきたのだ。
ならばその自然に従い、より強い力を持つ俺が返り討ちにするのはソレもまた自然だろう。
それで命を落としたとしても文句は言えまい。負けた弱者を勝った強者がどの様に料理しようがここではその事に文句をつけて来る者など存在しない。
「俺を殺して見ろ!そうなりゃうちの組織が黙っちゃいないぞ?俺を解放するなら今の内だ。俺がお前の命の保証を組織に頼んでやるから解放しろ。」
「下手な交渉だ。お前、もしや頭が悪いな?こんな状況でお前を解放してもしなくても、そのお前の組織とやらは俺を許しはしないだろうし、師匠を殺す事は諦めないだろうよ。だから、お前のこの後の運命は変わらねーよ。あ、それと、俺がお前を許さない。まあ理由はこれだけで充分だろ?」
「おい、馬鹿な真似は止めろ!今すぐに考え直せ!オイ!その手は何だ!ち、近づけるな!おい!止めろ!何をする気だ!」
俺はこいつの額に手を当てて魔力を流す。するとその男は力なく項垂れて目は虚ろになり涎を垂らし始める。
「いや、ホント初めてやるけど、なに?魔法ってホント便利。だけど・・・コレはヤバい・・・でも、仕方が無いよね?」
それは成功した。俺はイメージをその男の頭の中に流し込むように魔力を送った。
それは自白を促すと言った感じよりも、強く明確に聞かれた事には全て答える、どころか聞いた情報から芋ずる式に別の様々な情報も繋がって駄々洩れ、と言った感じのイメージだったのだが、余計なものも一緒にこの男から駄々洩れになってしまったようだ。
「師匠、良いですよ出てきて。これから暗殺者の尋問を開始しますから出てきてください。聞きたい事が有ったら質問お願いします。」
コレは誰が誰で、何がどれなのかが、俺が聞いても分からないから判断を師匠にしてもらうためだ。
大体聞く事は決まってはいるがそれ以外にも重要な情報があったら掴んでおきたい。後々ソレが武器になってこちらの優位に働くモノがあるかもしれないからだ。
そこら辺の事は俺なんかよりも師匠の方が適任だろう。細かな気になる情報があればそれの質問は師匠に担当してもらった方がいい。
「エンドウよ、コレは・・・一体どうなっているんだ?どうやら既に私の助力は要らないようだな。これほどの物を生成する魔力に制御。お前は私がいない間にどれ程の修行をしていたと言うんだ。いや、魔力量は最初に多い事は分かっていたが・・・うーん。」
「そんな事より、こいつは今俺の魔法で何でも聞いた事に答える状態になってますから、どうぞ。」
「・・・そんな魔法は聞いた事が無いぞ?・・・まあ、そこら辺は追及するのが恐ろしくなってきた。気にしないでおこう今は。では、お前たちを雇った者の名は何と言う?」
これに虚空を見つめてピクリとも動かなかった刺客が口を開いて答えを吐いた。
「バルトン。次期都市長選挙のために今回の事件の真相と犯人をとその宣材で。殺しにしては気に食わないからという理由。」