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フィア・ナイ・ドラコ。
それは、二十年前から始まり、そして今なお続く伝説だ。
アイン王国と南東諸国連合軍との間で五十年に渡り続いていた戦争の中盤、『イプシロン平原』で行われた一大決戦の最中、彼女は油壺に火のついた棒状の布を刺したものを、独断で南東諸国連合軍の本陣へ向けて投下。死者こそ出なかったものの、炎上する本陣に連合軍は混乱し、そこをアイン王国軍が攻め立て、この決戦はアイン王国軍の圧勝で終わった。
それまで、空中戦力とされたワイバーンは、対地攻撃と言えるものは槍を投げる程度しか出来ず、戦力とは見なされていなかった。それが、この一回の攻撃により、ワイバーンはそれまで偵察しか能が無い金食い虫と貶されていたものから、強大な対地攻撃能力を持つものという認識に変わったのだ。それを成し遂げた彼女は、当時七歳でしかも初陣だったと言うから驚くしかない。
それから、彼女が出た戦場で、アイン王国が負けたことは無い。城壁を飛び越えて本丸に火炎瓶をまき、食料を運ぶ馬匹を燃やし、近海を行く船を炎上させ、アイン王国は彼女の炎の下領土を増やし、敵を打ち砕いて行った。
そんな彼女の要求や、彼女の生み出した戦況により、大陸は変わって行く。
それまで攻城塔を壊すための兵器だったバリスタが対空攻撃兵器になり。攻城兵器だった大砲もつられて対空攻撃能力を持つようになり、砲弾は空中で炸裂するようになった。軍人は空からの攻撃に怯えないよう戦争の度徴兵するのではなく、常に訓練された兵士が中心となった。そして、それらを維持するための生産力を上げるため、農業を中心として研究が進み、麦の生産量だけ見ても二倍以上になった。
どの国も、母国であるアイン王国ですら彼女に置いて行かれまいと必死だった。
だが、彼女は先を行く。
ワイバーンによる爆撃は効率が悪く事故率も高い、という現状に、それまで「貧乏な国がワイバーンの代わりに用意する戦力」と馬鹿にされていたグリフォンに注目し、ワイバーンよりも安価で安全に、そして確実に爆撃出来るグリフォンライダーという兵種を生み出した。また、グリフォンは狭い空間でもストレスを感じにくい性質を使い、『空母』という船を海軍と共同で造り海上でも空中戦力が使えるようにした。
同時に、当時多発しだしていたワイバーンどうし、グリフォンどうしの戦闘に、二騎一体となって当たる戦術を提唱。これは最近アイン王国参謀本部にて四騎一体の戦術へと改良され、それが広がりつつあるものの、長きに渡って空戦の基本戦術と見なされた。
一方で、彼女自身はワイバーンの持つ膨大な保有魔力を利用し、多少の対空攻撃ではびくともしない『障壁』を生み出し、対空砲火を無意味なものとした。同時に、得ていた多額の報奨金や給料をつぎ込み、石造りの城壁ですら貫通出来る『対地貫通攻撃砲』と油壺を改良した『焼夷弾』を生み出し、その焼夷弾以上の火力で対象を焼き尽くす『対地燃焼攻撃砲』を作り出し、それらの新たな運用法として、それまで敵兵や陣地を攻撃する『戦術爆撃』一本だったものを、おもに焼夷弾を用いて敵の工場や物資の貯蔵施設を攻撃する『戦略爆撃』や、確実に戦術目標に爆撃を加えることが出来る『急降下爆撃』を提唱。賛同する兵士や将軍の協力を得て実行し、末期を迎えていた南東諸国連合軍の幾つかの軍をまともに戦わずして壊滅させた。
ただ、彼女の開発した『急降下爆撃』は、武器を操る騎士がワイバーンの上にいる以上、どうしても背面飛行にならざるを得ず、その危険性から最も空軍運用の進んでいるアイン王国ですら二年前ようやく試験部隊が出来た程度で、今回の戦闘まであまり重視されていなかった。それが、今回のPKOとの戦闘でかなり有効なことが証明されたため、アイン王国以外でも研究が始まった。
彼女は、フィア・ナイ・ドラコは、『空軍の母』なのだ。
* * *
そんな自慢話を、お客人であるランチュスタ公国のホワイト・ブル百騎長から聞かされたウィリアム・ジェーン少尉は、ブル百騎長と話し合うチンチクリンな少女を見て、複雑な思いを抑えるべくため息をついた。
彼女の駆る白い『ドラゴン』は『スノウホワイト』とデュラン要塞では畏怖されていた。レーダーに映らず、近接信管の作動しないドラゴンや『グリフォン』達の中でも、真っ昼間に何度も何度も急降下爆撃を行ってくるスノウホワイトは、悪夢だった。
ある時など、米軍の管理する第三陣地に向かって降下し、地対空ミサイルの『ペトリオット』が撃破され、その爆発で陣地に大穴が空いたことがある。ガンカメラの情報が正しければ、馬鹿らしい程の対空機銃と百発を超える対空砲、四発のペトリオットを食らっているというのに、この通りピンピンしてやがるのだから、悪夢という他無い。
そんなスノウホワイトが、こうして俺達PKOを何とか支援しようと動いているのを見たり聞いたりすると、恐ろしいやら、戦死した仲間に申し訳ないやら、複雑ではある。だが、敵対する帝国が可哀想に思えるのは、肯定しても罰は当たらないだろう。