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私達アイン王国軍がデュランの丘近郊へ一番乗りしてからはや一カ月。ようやく対異教徒連合軍の集結が終わりつつあった。
ついでに、騎兵による偵察では、先制攻撃を貰ったせいであまり情報を得られなかったけれど、毎日十回感謝の急降下爆撃と航空偵察のお陰で敵の陣地などの情報が分かりつつあった。
まず、爆撃した際の反応からして、敵は指令系統の異なる三つの軍から構成されるようだ。
北から南までの距離二キーラの広大な陣地に、六つの頂点を持つ星形のコンクリート製の陣地の北三つの頂点を守る、練度のおかしい連中。こいつらは高度六千メルトでも対空砲火を当ててくるので要注意。現在ワイバーン部隊で唯一出ている負傷者もここからの攻撃で、あんまり攻撃したくない。ただ、やる気はあまりないらしく、陣地から少数の偵察以外出ていない。
次に、練度のおかしい連中と隣り合う二つの頂点を守る、物量のおかしい連中。対空砲火は高度四千メルト位からたまに当たる程度の連中なのに、その弾幕は頭がおかしいとしか思えない程撃ってくるので、迂闊に攻撃出来ない。ここは割と堅実らしく、偵察に小型のゴーレムらしきものを使っており、現時点で結構な数のゴーレムを撃破している。対異教徒連合軍としては、これだけゴーレムの数を用意出来る魔術師の数に恐れ戦いており、一番戦いたくない、という意見で一致している。
そして最後の、一番南の頂点を守る、雑魚。舐めてるのかという位練度が低い。低いとはいえ、高度千八百メルトになると普通に対空砲火を当ててくる位には強い。千八百メルトと言えば、大抵の国の爆装したグリフォンライダーの飛行高度を優に超えている。それを考えると雑魚では無いんだけど、あの弾幕の量から考えるとなあ。
この一番雑魚い陣地には、他の陣地からの援護を警戒して、我がアイン王国グリフォン部隊の精鋭部隊、夜間爆撃隊『ナイトメア』の連中五十騎を本国から呼んで、毎晩爆撃を加えている。初回は火薬庫にでも当たったのか、大爆発を起こしていたけれど、流石にそんなことはその一回だけだった。ナイトメアの連中は「良い演習が出来ている」と大喜びだ。
だが、そんな一番雑魚い軍が一番厄介だ。現時点で六回、陣地から毎回五千を超える軍を派遣しており、全て各国から集まったグリフォン総勢七百騎の援護の元対異教徒連合軍の各国軍が撃破しているものの、既に陸軍で二万名近い戦死者が出ており、またあれだけ爆撃を加えているのに平然と軍を派遣してくる様に各国軍は真っ青になっている。そりゃあ、現時点で二十四万集まったうちの二万だからでかい。追加で十万は来るとはいえ、この調子ならすり減らされると悲観的な噂も出ている。
そんな雑魚軍からは、二千名の捕虜を得ており、敵の情報もかなり入っている。
士官らしき兵からの情報によると、彼らは、『地球』という世界の『国際連合』なる組織が派遣してきた『ピーケーオー』なる連合軍らしい。何でも、『日本』という国に『門』が発生し、帝国軍が虐殺を行ったので、その報復兼再びの侵略を防ぐために来たそうだ。中核となるのは『日本』『合衆国』『中国』の軍で、捕虜となっているのは『中国』の軍人だそうな。ただ、ろくな装備を用意してもらえなかった、と悔しそうにしていた。彼らには悪いが、お陰で助かったよ。
一方、ただの兵卒らしき兵からの情報によれば、「未開な異世界を教化、占領すべく来た」だそうな。ちゃんと翻訳魔法は機能しているのに、意味が通じていなくて困る。他の兵卒なんかは「飯が美味い」だとか「戦いたくない」とか、士気が低迷していることが伺える言葉が出ているので、そこにつけ込めるかもしれない。
さて、こんな状況だが、昨日やっとこさ帝国から来た使者に対して怒りをぶつけているのか、本部からもの凄い怒鳴り声が聞こえてくる。そりゃあ、捕虜から得た情報が正しければ、帝国が勝手に異世界とかどうでも良い所に攻め込んで厄介ごとを持ってきたのだから、当然だよね。
私はため息をつきつつ。捕虜から回収した通信機を背負って、敵の陣地へ飛ぶ。場合によっては、乗り込むことになるかもしれないので、遺書は部下に渡して、指揮を引き継げるようにもしておいた。いくら本部命令とはいえ、意訳するとちょっと死にに行けって酷くない?
軍人なので仕方ない、と敵の陣地の上空高度一万メルトから旋回しつつ高度を下げて行き、『英語』なる言語に翻訳された通信を入れる。
《こちらは対異教徒連合軍の使者のフィア・ナイ・ドラコ。アイン王国軍副空軍将です。話し合いに来たので、着陸誘導をお願いします》
同じ文言を繰り返すこと五回。やっと敵から通信が入る。
《私は合衆国陸軍のジャン・テイラー少将。異世界PKOの総指揮官だ。これから着陸場を用意するが、発着距離は何メートル(メルト)必要か?》
《返答ありがとうテイラー少将。必要発着距離は五十メートルです。どの位で準備出来ますか?》
本当は三十メルトもあれば十分だけど、そこは誤魔化した。
《……五十メートルなら準備が済んでいる。赤色の発煙筒の位置から緑色の発煙筒の位置までが発着場だ。見えるか?》
高度は既に三千メルト。魔術で強化された視界では、目と鼻の先だ。星形の陣地の北寄りの真ん中の方に、色付きの煙が見える。
《……確認しました。これより着陸します》
愛騎に念話で指示を出し、位置を調整して、急降下。急降下爆撃の時のような背面飛行ではないので、かなり楽だ。
ぐんぐんと近付く地面に興奮しつつ、銃という小さな砲を持った兵士に包囲された隙間、色付きの煙と煙のあいだに、わざと制動距離を大きく取って着陸。そう怯えないでよ。すぐさま翻訳魔法を発動し、腰の安全帯を外して愛騎から降り、近付こうとしない敵兵達に言う。
『そんなに怯えないで良いよ? 今日は話し合いに来たんだからさ』
すると、兵士達は顔を見合わせ、おずおずと銃を握る手から力を抜いた。
『よろしい。で、私はフィア・ナイ・ドラコ副空軍将。どこで話し合えば良いかな?』
マスクを外しながら言うと、何やら兵士達はどよめいた。何かまずかった?