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はあ、と私はため息をついた。毛布に包まっているとはいえ、テントの床はでこぼこしていて気持ち悪い。この練度の低さは参謀本部に報告しなきゃな、と思いつつ状況を頭の中で整理する。
まず、我らが『アイン王国』と北で国境を接する帝国から『対異教徒連合軍』の要請を受けたのが十日前。目標は『デュランの丘』にいる、とのこと。デュランの丘は聖地のひとつなだけのただの丘で、そんな所に敵がいる、などと信じられないが、帝国と戦争するのは勝ち目がまだないのと、デュランの丘のあるダール州は我が国の北東にあり、国境からデュランの丘までは歩いて五日と近場なため、仕方なく我らがアイン王国も対異教徒連合軍を編成。私の指揮する『第一航空試験隊』からもワイバーンライダー二十騎が出ることとなった。
現在我が国は、軍制の大改革の真っ最中であり、余裕が無かったため派遣出来たのは陸軍歩兵部隊二万と騎兵五千。空軍ワイバーン部隊二十騎とグリフォン百騎という比較的少数のみである。その代わり、南部諸国の兵站を一手に握ることになっているんだけどね。お金は払って貰っているとはいえ、もの凄い労力の無駄だよ。
そうして対異教徒連合軍の一番手としてデュランの丘近郊まで来たものの、こちらを呼びつけた帝国軍がいない。ついでにここに来るまでにあった砦にもいなかった。その割に住人は普通にいて色々憶測を呼んでいる。
そして、今日私単騎でデュランの丘へ偵察を行ったところ、何か馬鹿でかい門の周りで帝国軍の死体の山を片付ける謎の集団を発見。鎧も着ずに緑色の服とのっぺりした兜だけを身に付けた集団で、近付くとアイン王国でも最近になって研究されだした『対砲火陣地』の塹壕に身を隠そうとしていた。
それだけなら可愛らしいものだったが、空中へ謎の攻撃をバカスカとしてきたので、仕方なしに、一番強そうだった角張っていて砲にしては貧弱な形の割りにもの凄い弾幕を張ってきていたやつに唯一携行していた対地燃焼攻撃砲で急降下爆撃を行った。対空砲火の届かない上空に退避して観察していると、攻撃したやつは何故か真っ白になっていたものの無事だった。
まあ、対地燃焼攻撃砲は燃やすだけなので、あの白いやつで火を消したのだろうとは予測出来た。でも、燃やすだけとは言っても鉄板を貼った城門程度なら穴を開けられる攻撃なのだ。それを受けて無傷、というのは強敵の予感がした。
その後、対空砲火を防ぐ障壁に回す魔力の都合で、塹壕と馬も無しに走り回っていた馬車に攻撃するだけに止めたけれど、両方とも撃破することが出来た。
これらの情報を参謀本部へ持ち帰り、検証したところ、解答は予想通り。
「我が軍単体ではゲリラ戦でなければ勝ち目は無い」
そりゃあこんな強い敵がいたのなら対異教徒連合軍の要請も納得だ、ということで外務省を通じて各国にこの情報を伝達することに決めたらしい。ただ、この敵の正体は全く見当も付かなくて、そこが一番の不安材料なんだよね。
また、参謀本部はこうも予測している。
「敵が航空戦力を整える前にこちらの航空戦力で徹底的に叩くことが出来れば、殲滅は可能」
ただ、我が軍の対地燃焼攻撃砲並みの対地攻撃が出来る航空戦力って、この大陸ではアイン王国のワイバーンから構成される第一航空試験隊とグリフォンから構成される空軍第二戦隊の他には、ワイバーン中心の帝国第二航空騎士団だけなんだよね。しかも、帝国軍の方は理論上は出来る、ってだけで実際は出来ないっぽいんだよね。帝国の戦ってきた軍にそこまでの対地攻撃が必要な奴らがいなかったかららしいんだけど。
明日からは、私と私の部下で空中からこの正体不明の武装勢力に対して威力偵察しつつ、敵の対空攻撃可能な高度を探り、同時に騎兵隊で敵の警戒線を探る予定だ。敵の警戒線手前から敵陣地までの距離が砲の射程内なら、陸軍主体で攻撃。対地攻撃の高度が地上二千メルト以下なら、グリフォン部隊で爆撃が可能なので爆撃予定。まあ、焼夷弾しか爆薬が無いからどこまで効果があるのか不明だけれど。
両方可能ならいいなあ、と仲間内で笑いつつ、下手すると両方無理なのはみんな分かっている。場合によっては対空砲火はワイバーンの航行可能な高度二万メルトも射程内だろう。そうなると、いくらワイバーンライダーが障壁の展開が可能とはいえ攻撃出来なくなるので坑道作戦位しか手が無くなる。そうなるとゲリラ戦以外取れなくなるから本当困る。
いやはや、強大な敵だなあ、と喜びに顔がにやけるのを、誰も見ていないのを良い事に抑えなかったら思わず笑ってしまった。
次の日、笑い声を聞いていた兵士が噂を蒔いたらしく、「フィア隊長がやる気に満ちている」と部下達が戦慄していた。誰だよそんな噂を流したの。事実だけどさ。