聖女様の泥船は山も登る
「こ、こっちに来るな!」
男は再び魔法陣の描かれた護符のようなものを取り出し私に向かって投げる。
「奴らを殺せ!!」
召喚された二頭のビッグホーン。
どうやら、一度に二頭ずつしか召喚できないっぽいが、さっきのと合わせて三頭だ。
とはいえ、正直時間稼ぎにもならんぞ、こんなもの。
襲ってきたらさっさと殺そう、と思ったが、ビッグホーンは私とハンナを見ながら後ずさっている。さすがに抑えていないハンナの魔力に当てられた状態で、私たちに襲い掛かれるほどの度胸はないらしい。
「どうしたんだ!?なぜ攻撃しない!」
男は焦りながら、何やら呪文を唱える。同時にビッグホーンに変な文様が浮き上がって魔力が僅かに増した。強化の魔法なのかな?面白そう。
後でゆっくり解析してみよう。
「魔物の分際で、私に逆らったらどうなるか分かってるのか!まずはあの魔族を殺しなさい!」
尻もちをつき、震えながらもビッグホーンたちに怒鳴りつける。
凶暴化の魔法もかかっているのか、怯えの色は消え、じりじりとタイミングを計りながら私たちの方へ向かってくる3頭。
「ハンナは、魔族じゃないの。獣人なの。」
相手にとってはどうでもいいレベルの訂正を入れ、ハンナは怯むことなく三頭を迎え撃った。
「貫け氷槍」
詠唱無しで放つ氷魔法に前の二頭が貫かれ、その場に倒れ伏し痙攣する。
「怯えた獣ごとき、準備運動にもならないの。」
呆れたようにため息をつきながら、、最後の一頭の特徴的な角を掴む。彼女はそのまま角をへし折ると、羽根を開放したと同時に変化した鋭い手の爪をもって、のど元をザックリと切り裂いた。
「ひぃぃぃ!どうなってるんだ!亜人が!獣人ごときがそんなに強いわけないだろう!」
確かに、近年人里に住む亜人や獣人も人間と同じく多少の弱体化が見られ、多少人間よりは力も魔力もあるといった程度だと聞いたことがある。
人間自体の弱化というよりは、住んでいる地域に問題があるのか?
というか、ハンナってこんなに強かったっけ?
確かに、父親であるラードルフさんは、人間にしては相当強い部類だが、ハンナも人間よりはそこそこ強い、といったレベルだったはずなのだけど。
気が付けば、私やゼルほどとは言わないまでも、平均的な魔族と大差ないレベルまで成長している気がする。
姫の父竜に獣化を治療されて以来、更に魔力が増えたような?
「ハンナも驚きなの。魔力が溢れてくるの。不思議なの。」
切断されたビッグホーンの頭部をぽいっと投げながら、ハンナは言った。
投げ捨てられた頭部を見ると、ビッグホーンの角はそこそこ貴重な素材なのに、ぽっきりと折れてしまって、もったいない。
その硬度が売りで、槍や突きをメインとする剣などに加工されることも多いビッグホーンの角を、力を開放しているとはいえ、素手でへし折るとは。
やっぱり普通の先祖返りとは違うのかなぁ。
「今はそんなことはどうでもいいの。色々聞きたいことがあるから、話してもらうの。」
ハンナは、そんなビッグホーンに大した興味も示さす、男に詰め寄った。
ちなみに、自爆を警戒して男を囲うように結界で覆ってあるが、この男は今までのやつらと違って殺意みたいなのが薄い。自爆する覚悟はなさそうだ……。
ま、自爆したところで、昼間のやつらみたいに結界の中を直径1メートルほどを焦がして肉片になるだけなのだが。
「ひっ!私は!知らない!」
血濡れのハンナに詰め寄られ、男は自爆どころか動くことすらできないようだ。
ビッグホーンを呼ばないのは、無駄だと分かって切り札に残したいのか、それとも召喚する魔力が尽きたのか。
ぶるぶると震えながら、必死で声を絞り出しているようだ。
「知ってる、事、なら、何でも、話すから、命だけは!」
「ふむ。じゃあ、生贄を集めて、何やってるなの。」
「聖女を召喚するんです!そのために生贄がいる!」
「聖女が、召喚で現れるとは思えないの。」
「しかし教祖様は、聖女さまは魔族領や悪魔界に囚われているに違いない、と。それならば、召喚で道をつなぐことによって呼び出せるのではないかと、おっしゃっていて。」
「生贄を使っての魔族召喚や悪魔召還は、そもそも術者が相手よりも強い力を持ってないと使えないの。あんたたちが聖女さまよりも強いと思ってるの?」
「……?何故強いのですか?確かに聖女さまは強力な治癒の力を持っているとはいえ、肉体は普通の人間でしょう?」
「……あ、なの。」
ポン、と手を叩くハンナ。
私を基準にした聖女像が間違っていたことに気づいたらしい。
そりゃそうだ。
「つ、強いか弱いかはともかく、悪魔や魔族を召喚する術式なら、普通の人間を呼べるとは思えないの。」
「それを、試験的に改良して、転移の魔法陣を組み込みながらやっているとは聞きましたが、私はあくまでテイマーなので、詳しいことはわからないです。」
「テイマー?そういえば、今まで見た黒ローブはほとんど自爆したけど、お前はしないなの?」
「……私は、教団に護衛として雇われたようなものですからね。劣化竜を使役する優秀な兄とは違い私は術が未熟でビッグホーンしか扱えず……。兄が聖女教に心酔していたので、その伝手でやっているようなもので、私自身は聖女教にそこまでの信仰心はありません!」
ほんとかどうかは疑わしいが、この男、助かりたくて必死である。
まぁ、正直この男を殺すつもりはない。
私たちのことを喋らないように、昼間、こいつらが使っていたような呪詛とかを使ってみるのもいいな、などと考えたりしていた。
「で、黒幕は?」
「黒幕、と言われましても……。」
「その、諸悪の根源ぽい教祖様ってのは何者?」
「ああ、それは、帝国の、ぐっ!?」
そりゃそうか。
村人に、都合の悪いことを喋らないように呪詛をかけるんだから、教団員にかけてないわけはないよな。
男は、胸を抑えるとそのまま倒れ伏した。
「また死んじゃったなの。」
「はぁ。これじゃぁ、話は聞けそうにないね。蘇生する?」
「さっきの二人もだけど、蘇生したらしたで同じことを繰り返しそうだし、しなくてもいいんじゃないかと思うの。」
まぁ一人は、死んでいるのか気絶しているのかわからないが。
「しかし、蘇生できるものをしないというのも、なんか後味悪いような。」
「悪人に人権なんてないの。生贄とか言って人を殺しながら、幼気な少女を襲おうとしたの、万死に値するの。」
「あの人も、生きてるなら、とどめを刺すのか放置するのか悩むところだし。しかし、呪詛で死ぬとか……あ!そうだ!」
私は、いそいそとビッグホーンの死体を一か所に集める。
「ビッグホーンを蘇生するの?」
「当たらずとも遠からず?ビッグホーンは魂をテイムされちゃってるから、術者が死んだ時点で一緒に消えちゃうし蘇生できないのよ。それよりもちょっと反省してもらおうかなーって。」
昔、学校の授業でやったことのある合成獣作成。自由研究では人造人間作製もやったし、案外得意だ。
「んー、見た目も可愛くしておこう。ここをこうして、こうして……。」
私は、治癒の力と特殊な薬液を混ぜながら肉片をこねくり回す。
「うう、悪趣味なの。」
「えええ、可愛いよ?」
出来上がったのは、見た目は両手で包めるサイズの小さなビッグホーンが三体。角も小さいのでスモールホーンか。
尻尾は私の趣味で、キメラっぽく蛇にしてある。
身体には普通のビッグホーンとは違い、縦じまが入っていて鼻の上に角が生えた子イノシシのようだ。
「ここに、あっちの死体から魂を移植して、っと。」
「これ、死んだほうがましなんじゃ……?なの。」
だって、人として生きていたらいつかまた同じことを繰り返すかもしれないし、かといって殺すのもなんかかわいそうとなると、なかなかいい手段だと思うのだけど。
「できたー!名付けてミニホーン!下手に進化とか魔力を帯びて変なものにならないように、加護という名のリミッターつけとこ。」
「……新種の魔物作っちゃってるの。」
床に置いて数秒待つと、ミニホーンたちは目を覚ます。
「ピギ!?プギィィ!?」
「あんたたちは、反省して、死んだほうがましだと思える状況で生きなさい。いやなら、今この場で殺してあげるわよ。」
「ピギャー!!」
ミニホーンたちは一目散に階段を駆け上がり逃げて行った。
「聖女様の割には、鬼畜なの。」
「あたり前でしょ?ハンナも言ったじゃない。自分の目的のために、人々を脅して命を奪うやつらなんて、生かしとく価値ないわよ。なのに生かしてあげるだけ優しいじゃない?さーて、後はこの建物の中を調べて、もう一度祭壇らしき場所に行ったら村に帰りましょ。」
私たちは、教団のアジト?らしき場所を家探しし、書類っぽいものをかき集めて収納に詰め込んでいった。
「ん?なんだろ?この箱。」
奥にある小さな木箱。
何やら魔法陣も描かれている。
「開けない方が良いやつなの。」
「でも開けちゃう。」
私は迷わず箱に手を伸ばす。もちろん、爆発などの罠を警戒して、木箱自体を結界で覆ってある。
手を触れないまま、風魔法と火魔法を利用して蓋を吹っ飛ばす。
『誰だ?我を目覚めさせたのは……。』
箱の中から、どす黒い魔力を纏った人影が現れた。
「やっぱりなんか出たー!」
「なぜ開ける、なの。」
あきれ顔のハンナをよそに、私は興味津々でその影を見つめるのだった。
どんどん事態を悪化させるのがティーナのお仕事です。
いつもありがとうございます。
次回の更新は9/2(月)の予定です。