聖女さまの泥船
「え、えっと。えーっと?……うわぁぁぁ!」
意識を取り戻したシークスは、再び机の上に並んだエリクサーを見て気を失いかける。
話がややこしくなりそうなので、ヤエ、ゴウ、ナナは部屋から出しておいた。
「落ち着いて、落ち着いて!」
「お願い、話が進まないから!」
アレクシスと私で声をかけ、何とか正気に戻す。
「は、はい。すみません、まさかそんな、だって、エリクサーですよ?市場にもめったに出回らない伝説の秘薬ですよ?よく見るとキラキラ光ってますから、全部そうですよね!?これ、どうなってるんですか!?」
「本当は、最初のエリクサーだけをプレゼントして終わろうと思ったけど、元、とはいえ、ナルノバ王国の、それも騎士団の関係者ならいいかと思って。」
私は、一度アレクシスとジークハルトを見て、目で合図する。
二人とも、私を見て、しっかりと頷いてくれた。
「エリクサーっていうのは、あくまで聖女しか作れないうえに、少量しか作れないという制限があるから希少なのであって、作ることができれば希少でも何でもないのです。」
「ということは、伝説のエルフの秘薬を量産できたと?」
ん?ああ、聖女が作ったとは思わないわけね。
「うーん、そういうわけでもないんですけど。」
私が言葉を濁すと、しばらく首を傾げたのち、再び顔から血の気が引いていくシークス。
「えーっと、まさか、そんな、でも、王族が自ら護衛で、騎士団の団長の息子と、そ、そんな……!」
あり得ないと思って、真っ先に頭から除外していたのであろう。
しかし、それ以外には考えられない。
何年も見つかることのなかった聖女が、この場に、居る、ということに。
「……せ、聖女様!!」
「ふっ。」
シークスは立ち上がり、歩を進めると、ふんぞり返っている私の横をすり抜け、ハンナの手を握りしめながら頭を下げた。
「ありがとうございます!聖女様!」
『……。』
分かってたよ!!私が聖女らしくない事なんて、ずっと前から分かってたよ!!
ちくしょぉぉ!!
その様子に、全員、声こそ出さないものの、肩をプルプルと震わせている。
暫くすると、ゼルは目を閉じて首を振っているし、ハンナはため息をついて自分の手を握りしめている男に言った。
「私じゃないの。あっちなの。」
シークスは、私を見て、ハンナを見て、もう一度私を見ると、額を地面にこすりつけるレベルの見事な土下座をした。
「申し訳ありません!つい、思い込みで、聖女様のお姿を勘違いしてしまいまして!」
「……ぶははははっ!!」
限界を通り越してアレクシスが爆笑する。
てめぇら…後で覚悟しておけよ。
というか、もうこの村、助けるのやめようかな……。
地味に心が折れかけたが、私の見た目が聖女っぽくないのはわかっている。
仕方ない、と何度も自分に言い聞かせ、深呼吸をすると話をつづけた。
「先に行った村では、私の力不足もあり、数名の死者を出してしまいました。助けられたかもしれない命を後で悔やみたくはありません。なので、今回は最善を尽くそうと思います。」
「ありがとうございます。我々のために、聖女様自らが……。なんと光栄な!なのに私ときたら、聖女さまの姿を先入観で決め、見誤るなどと。本当にすみませんでした。」
「……なんかもう、悲しくなるからやめて……。」
「ぷっ。ふふっ。くっくっくっく。」
私が頭を抱えると、何とか笑いを止めていたアレクシスは、再び笑い出す。
後で覚悟しとけよ。
「まずは、村人の1家族につき一本これを渡してください。私たちの手が回らずに死者が出るような状況を無くしたい。即死に見える状態でも、魂が離れきってなければ蘇生できます。首を落とされても、身体が残っていれば、繋げて傷口に振りかけたり飲ませたりすれば効く可能性が高いです。ただ、跡形もなく消し飛んでいたり、手の施しようがないくらい細切れになったりすると何もできませんので、戦闘中は一か所に集まり、防御壁の中にいてくださいね。」
私が淡々と説明すると、その状況を想像してしまったのか、シークスの顔色がさらに悪化する。
まぁ、仕方ない。
「後、この村の中で見たこと、聖女のことは他言無用です。使わなかったエリクサーは差し上げますが、下手に売り払ったりすると、良からぬ噂を立てられたり、でっちあげた窃盗罪なんかで没収される可能性があるので、やめてくださいね。一家に一個、常備薬にでもしてください。」
私の説明では不足しているあたりを、ゼルが補足する。
確かに、これ一つ売れば一生遊んで暮らせるとは言わないまでも、苦労せず暮らすだけの金にはなる。
しかし、一農民から、これをまともに買い取ってくれる人がどれほどいるだろう。
場合によっては聖女探しの切り札にもなる。
捕まえて拷問されたり……とにかく、無事で済むとは思えない。
「最後に……あなた達は魔族をどう思っていますか?」
突然の質問に、シークスは顔色が悪いまま、一呼吸おいて答えた。
「帝国が唱えている通り、人類の敵に成り得る、と思ってはいます。」
正面から私の目を見据え、私の望む答えを探っているようにも見える。
聖女は、魔族を滅ぼす存在である、という通説を信じるのであれば、ここで魔族を完全に否定するのは当然なのだが。
「いざ対峙すると、怯えてしまうかもしれません。しかし、聖女様の前でこういうのもあれなのですが……正直、直接被害を受けたこともありませんし、知っての通りうちの使用人はホブゴブリン族です。被害どころか、私が魔王領侵攻の際、傷を受けて死を待っていたところ、たまたま助けてくれたのは彼です。なので、魔族だから、と言ってすべてを駆逐すべきという考え方は、好みません。」
「ふむ。わかった。」
なるほど、彼が騎士団をやめて田舎に引っ込んでいるのはその辺の理由があるのかな?
とはいえ、村長が魔族を軽視しないのであれば、前回の村みたいなことには、ならないだろう、多分。
……ならないといいなぁ。
「聖女さまとしましては、亜人であるゴウも敵になるのかもしれませんが、私にとっては恩人で、この村に必要な人材です。どうか、ご容赦ください。」
「あ、いや、そういうのじゃないから。」
なるほど、私が、ゴウを殺すかもしれないということを心配したのか。
まぁ、そうだよな、質問が突然すぎた。
「ん?村に必要な人材?」
「え、ええ。彼はとても働き者で、亜人ですが村の皆に好かれています。この村には、ほかにも数人亜人の奴隷がいますが、みな、村に溶け込んでおり、とてもいい人たちです。」
「ふぅん。魔族や亜人に寛容な村なのね。」
「はい。ずーっと昔、この村をたまたま通りがかった亜人が魔物から人々を救ったという話が残っておりまして。あまり公にはしておりませんが、魔族や亜人の差別に疲れた人たちが隠れ住んでいる村でもあります。」
「そっか。」
こうやって、普通に一緒に暮らすことができれば、誤解も解けるだろうにな。
いつか、魔族と人間が、仲良く手を取り合う世界になるのだろうか。
「そのことを、視察にした、わけではないです……よね?」
不安そうに私たちを見回す。
「ええ、違うわ。ここへ来たのは偶然だし、ゴウに頼まれただけよ。」
「では、どうかよろしくお願いいたします。村人を。私の家族を助けてください。」
「任せて。」
私が張り切ってふんぞり返ると、アレクシスは苦笑していった。
「この聖女様は、魔族や亜人を差別したりはしないよ。だから安心してくれ。村の亜人や魔族の奴隷を駆逐したりはしない。」
「……ありがとうございます。」
何を急に?
アレクシスの言葉に、ほっとしたように息を吐くシークス。
キョトンとした顔の私に、ジークハルトは言った。
「ここは、おそらく隠れ里だ。ゴウは特殊なケースのようだが、家族の中に魔族や亜人の特徴を持つ先祖返りが生まれてしまった場合、奴隷として扱うふりをしながら一緒に暮らすケースがある。それを村単位でやっているのだろう。」
「……なるほど。」
正体を隠さないと、家族が家族として一緒に暮らせないのか。
ハンナは複雑そうな顔でシークスを見ていた。
彼女も、自分が生まれたせいで家族が人里を離れ魔王領で暮らすことになっているのだから、思うところはあるに違いない。
「アレクシス様達には、隠せませんか。」
「いや、思い出しただけだ。父が昔、先祖返りを隠す村をいくつか見た、と言っていてな。大方、お前がここにいるのも、子供の中に先祖返りがいたんじゃないか?」
「……。」
目を逸らして黙り込むシークス。
「それを隠すために、本物の亜人であるゴウを奴隷として雇っているといったところか。」
アレクシスの言葉に、答えることはなかった。
しかし、沈黙もまた答えなのだろう。
「まぁ、そう怯えるなって。なぁ、聖女様。」
「そうね。後で面白いものを見せてあげるから。その時はぜひ、奴隷のふりをしているお子さんも一緒に、ね。」
そういって私たちは、その話を切り上げると、黒ローブの襲撃に備えて、打ち合わせをはじめたのだった。
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