聖女さまは現実を目の当たりにする
「え?」
爆炎、そして飛び散る肉片。
森の中の時ほど爆発の威力は小さいものの、どうやら体内に爆弾のようなものを仕込んであったらしい。
自爆した村人の傍にいた人たちがゼルも含めて大勢負傷し、大変なことになっている。
「あんた!!なんてことを!!」
『あーっはっはっは!あとはファスト様がケリをつけてくれよう!』
もう動く力も残っていないのか、その場に倒れこみ、体の一部が崩壊している状態で嗤っている。
「ちっ!このままじゃ、まずい!」
ハンナも衝撃波で吹っ飛び、体をぶつけて倒れこんでいるし、ゼルは自爆した人間に近かったこともあり、そこそこひどい怪我を負っている。
私の傍にいて、自爆攻撃の影響をあまり受けていないのはアレクシスとジークハルトだが、それでもとっさのことで身を守るのが遅れたらしく、何かの破片が飛んできたのであろう、血を流して体制を崩している。
「卑怯な!」
油断していなかったと言えば嘘になる。
完全なる私のミスだ。
こいつの動きには警戒していたが、まさか村人に魔術を仕込んでいるとは思わなかった。いや、こいつらの仲間は自分の意思で自爆していた。十分に考えられたはずだ。
こういう可能性もあったはずなのに、なぜ油断した。
自分を責めても仕方ない。
とにかく今は、助けられる限り助けないと。
死者の蘇生には大量の魔力を使う上に、10分という時間制限がある。
ゼルの怪我も急いで治癒しないといけない。
あの怪我で、自分でエリクサーを飲むだけの力が残っているのか?
ゼルは気絶するとロベルトが来るが、見た感じまだ気絶はしていないようだ。
倒れ伏しながら、苦しそうに息をしている。
大きなダメージのせいで、変化の魔法が解けて、ハンナもゼルも羽根が出てしまっているが、今はそんなことを気にしていられない。
ああ、いろいろな思考が邪魔くさい!
まずは蘇生、そして治癒だ。
この人数を一度に蘇生するには、すべての魔力を開放する必要がある。
つまりは、私も羽根を隠していられない。
でも、そんなこと関係ない。助けられる命を、無駄に散らす必要はないのだ。
「変化解除」
私は、蝙蝠型の大きな翼を広げると魔力を最大にして練り上げ、放った。
「復活蘇生・エリアバージョン!」
おそらく今までの聖女ではできなかったであろう多人数同時の蘇生。
莫大な魔力量がある魔王の娘だからこそ起こせる聖女の奇跡。
一気に消耗したが、これで終わりではない。
もう一仕事!
「治癒の光」
きらめく光が辺りを包み込み、けが人を次々と癒していく。
「……お嬢様、無茶苦茶です……。」
深いため息をつきながらも、ゆっくりと体を起こすゼル。
『……そんな馬鹿な。あり得ない。あり得ないだろ……。』
その様子を見ていた劣化悪魔は、悪夢でも見たかのように呆けている。
そりゃそうだ。
最後に、多くの人を無差別に殺し、村中に絶望を振り撒いた、と思ったのだろうが、実際死んだのは自爆した村人のうちの数人のみ。
自爆させられた人ですら、魔術の印が急所より遠かった人は、五体満足で蘇生されていた。
どうやら体内に仕込んであったというよりは、つけておいた印を起点に爆発を起こすといった魔術の類なのだろう。
村人に絶望を振り撒き、その絶望を吸収して回復しようという魂胆だったのだろうが、目論みが外れ、茫然とする劣化悪魔。
だが、再び私の顔を見ると、気が狂ったように、大声で叫んだ。
『ファスト様!ここに、敵が!我らの敵が!!思い知らせてやってください!!』
「さっきから言ってるけど、ファスト様って何?」
『ははは!!恐怖するがいい!我ら劣化悪魔の中でも最大級の身体を持ち、何度も人類を恐怖のどん底に陥れた劣化悪魔の王だ!あと数人の生贄があれば、この世界に顕現できるはず!』
「あ、あんたが小さいのかと思ってたけど、劣化悪魔の標準サイズってあんたくらいなの?」
『……?大体は大きくても3メートルほどだが、ファスト様は個人名を持っており、その体も5メートルクラスと、稀に見る巨体だ。吾輩のようにはいかんぞ!恐怖するがいい!!』
どんなけ恐怖させたいねん。
ていうか……もう少しで顕現するはずの、5メートルの劣化悪魔の親玉ねぇ。
…居たな、そんな奴。
「さっき、ここに来る前に、5メートルクラスの劣化悪魔見たけど、それがそうだったりする?」
『おお!既に顕現なさっていたか!お前らもこれで終わりだな!!』
喜色満面の笑みを浮かべ、勝ち誇ったように大声を張り上げる。
「いや、その、ごめん。」
『は?』
目を泳がせながら、私が言葉を選んでいると、勝ち誇っていたはずの劣化悪魔の顔色が、さあっと青ざめた。
『……。い、いや、そんな、ま、ま、ま、まさか……。』
「うん、倒しちゃった。」
『……。この、悪魔、め。』
希望を絶たれたことで、一気に精魂尽きたのか、徐々に形を取り戻しつつあった身体が、再び崩壊を始める。
止めを刺そうかと思っていたが、もう必要なさそうだ。
「悪魔に悪魔って言われてもねぇ。」
私が呟くと、その時初めて劣化悪魔の目が私の背中に生えた翼をとらえた。
『……な、お前、魔族……なのか?聖女・・・だろ?』
「見てのとおりよ。」
『そんなの、反則……だ。だが、面白い。お前らの、絶望を、食えなくて、残念だ……。』
「……おなか壊すと思うわよ。」
劣化悪魔は、口元にだけいやらしい笑みを浮かべ、そのまま灰になり、さぁっと風に運ばれて消えた。
これで、この村に巣食う悪は居なくなった。
本来であれば、この村には平和が訪れ、みな幸せに暮らせるはずだ。
多少の犠牲があったとはいえ、私は、この村を救うことができた。
聖女として、人間の役に立つことができて、これほど誇らしいことはない。いつかこうやって、人間との交友を広げていければ、と思った。
だが、この劣化悪魔が私たちの絶望といった意味を本当の意味で私は理解できていなかった。
「皆さん!劣化悪魔や劣化竜の恐怖は去りました。念のため、村人の中で、呪いを受けている人は……ん?」
肩のあたりに、ドンと衝撃が走った。
何が起きたのかわからずそこを見ると、一本の矢がそこに突き立っている。
私の肩に?矢?
「お嬢様!!」
「ティーナ!!」
ゼルは、視認するのも難しいほどの速度で私へと駆け寄り、次の瞬間には矢を引き抜いて治癒魔法を唱えていた。
後ろをゆっくり振り返ると、矢を放ったであろう男は、アレクシスによって抑え込まれている。
ガタガタと震え、青い顔をし、それでも憎しみの目を私たちの方へと向けていた。
「貴様、何のつもりだ。」
低く唸るようなアレクシスの声に、一瞬ひるんだものの、村人は目を閉じながら震える声で言った。
「うるさい化け物ども!!よくも俺たちの村を!!仲間を!!」
化け物?
理解するまでに、数秒の時間を要した。
いや、理解したくはなかった。
今まで、魔族だと知っても私たちに敵意や悪意を向ける人はいなかった。
それはどれほど恵まれていたことだったのか。
そして、初めて、通常ではどんな扱いを受けるのかという現実を目の当たりにしたのだ。
堰を切ったように、あふれ出す村人からのヤジ。
「お前らが来たからこの村に災いがもたらされたんだ!」
「全部グルだったんだろう!見ろあの禍々しい羽根を!劣化悪魔と同じではないか!」
「我々は騙されていたんだ!」
「何が聖女だ!化け物め!」
「魔族が恐ろしい魔術を使って、我々をだましたのだ!!死ね!!出て行け!!」
ああ、そうか、これが、魔族の扱いなのか。
助けてあげた事実さえ、すべて我々の自作自演だと言うのだな。
急に全身から力が抜けた。
正直、矢が一本刺さったくらいでは痛みなど大したことはないし、致命傷には程遠い。
万が一毒が塗ってあったとしても、私に効くような毒などありはしない。
だが、この脱力感は何だろう。
命がけ、と言えるほど大した戦いではなかったが、それでも私たちは、彼らを救うために全力を尽くした。
村を、家族を守りたいという彼らの気持ちを汲んだつもりだった。
しかし、魔族だというだけで、ここまで拒絶されてしまうものだったのか。
父様が、『人間との和解の道は果てしなく長い』と言っていた。
言葉で聞くのと、実際見るのでは、これほどまでに重みが違うのか。
「貴様ら、よくもお嬢様を傷つけたな。皆殺しに……。」
「……やめよう。行こう、ゼル。ここには、居ちゃだめだ。」
私は、片手を鋭い爪に変化させたゼルの肩に、そっと手をのせた。
普段では考えられないほどのゼルの殺気に、村人だけでなくアレクシスたちまで硬直しているのを見て、胸が痛かった。
「お騒がせしてごめんなさいね。さぁ、行こう、みんな。」
そういって羽根を仕舞うと、村の出口へと向かって歩き出した。
ゼルやハンナも、私に倣い、羽根を仕舞ってついてくる。
少し遅れて、抑え込んでいた村人を開放したアレクシスと、ジークハルトも歩き出す。
矢や石が飛んでくるが、無言で全員分に障壁を張ったのでもう私たちに触れることすらできないだろう。
ため息をつくと、前を向く。
丁度その時、村の外から、馬が駆ける足音が聞こえた。
白馬に乗ってきたのは、三人の警備兵のようだった。
「少し前に、こちらの村で劣化悪魔が現れたとの報告を受けた!村人は無事か!」
ああ、確かに劣化悪魔ともなると大問題だわな。
いつの間にか、何かしらの通信手段を使って帝国に助けを求めたか。
「私たちは……。」
口を開こうとした瞬間、怯えまくっていた村人が声をあげた。
「助けてくれ!!そいつらは、悪魔……。」
「聖女を騙って……。」
しかし、最後まで声を発することなく、こと切れた。
「な!?何があった?どういうことだ!?」
兵士は慌てて村人を抱き起すが、返事はない。
ああ、なるほど。『不利な事を言うと死ぬ』という呪いが、まだ生きてるのか。
どうやら、悪魔や聖女といった宗教団体に直接つながるワードが何かしらキーになるのだろう。
「私たちは、劣化竜の討伐に来ただけの冒険者ですので、詳しいことはわかりません。」
私たちを、宗教団体のメンバーだと思っているなら、もうそれでもいい。
それならば、私たちにとって不利な事を言えば死ぬかもしれない、という恐怖で余計な騒ぎにはならないだろう。
最初に飛び出した村人たちに続いて、色々と言おうとしていた村人たちはそろって口を噤んだ。
「私たちは、依頼を終えました。劣化悪魔のことはわかりませんが、何かの間違いでしょう。劣化竜に怯えた村人が錯乱したのかもしれません。」
「で、ではこの者たちが急に死んだのはいったい……?」
「……死んだ?興奮しすぎて倒れただけじゃないですか?失礼。気付けの魔法を使いましょう。」
私は倒れた二人に触れると、印を刻んだ。
ローブを深くかぶり額を隠し、小さく魔法を唱える。
「光よ、……復活蘇生」
すると、派手な光に包まれた後、男たちの手がピクリと動く。
先に光魔法で目をくらますことにより、キラキラを見えなくする力技だが、案外有効だったりする。
「あれ?今、息がなかったような?気のせいか?」
「急な事でお疲れなのでしょう。では私たちはこれで。」
騎士だか兵士だかわからないが、白馬の三人をその場に残し私たちは帝国へと引き返した。
村人たちも、どうしていいかわからず口をパクパクさせているだけである。
結局この村人たちは、以後、聖女のことも魔族のことも何も語らず、いつ襲ってくるかもわからない魔族や悪魔に怯えながら暮らしたらしい。
たまに酔って外の人に悪魔や聖女の話を漏らしかけた村人が、突然死することがあったとかなかったとか。
いつもありがとうございます。
次の話に進むか、閑話を挟むか悩み中です。
これからもよろしくお願いいたします。




