聖女さまと人々の拒絶
「何が何だかよく分からないし、正義がどうのって言うつもりはないけど、黒魔術を使って村人たちを恐怖に陥れたその罪は、見逃せないわね。」
悪魔憑き女をびしっと指さすと、マントをなびかせ格好をつけてみる。
うん、一度やってみたかった、こういうの。
「何を偉そうに。わが身可愛さに冒険者を殺し続けたそいつらも同罪じゃない。」
「罪がないとは言わないけれど、あんたたちがそんなくだらないことをやらなければ、生贄も必要なかったでしょうよ。」
「くだらないですって?そもそも聖女が現れないから混乱が続いているんじゃないの?私たちは、その混乱を鎮めようとしてあげただけよ。人はね、縋るものがないと生きていけない哀れな生き物なのよ。」
「ふーん、じゃぁ、そんな醜い姿になってまで力に縋ったあんたも哀れってことね。」
「なっ!」
安い挑発に対して、安い挑発で返す。
そもそも私、人間じゃないし。縋るものとかなくても生きていけるし。
「……聖女が名乗り出なかった事によって、一体、何人の人が死んだのかしら?無駄に魔王領に出兵して死んだ人の数は、私たちが殺した数とは比べ物にならないわよ。それに対して罪の意識とかはないの?」
「馬鹿馬鹿しい。何で、罪の意識を感じなきゃいけないの?聖女は誰かの所有物ではないんだから、聖女の自由じゃない。」
帝国やら何やらが、勝手に、聖女が魔王に囚われているだの、勇者が殺されただの、難癖つけて攻めてきて、魔物に殺されただけで、私達に非があるとは思えない。
それを、わたしのせいだと言われても、正直知らんがなって話な訳で。
「勝手な聖女ね。あなたを信じて待っている人たちに、申し訳ないとか思わないわけ?」
「自分勝手に人殺ししてる人に言われたくないわね。そもそも、信じて待ってるのも勝手だし、申し訳ないとか思う必要性を感じないわ。そうでしょ、おばさん?」
私は、彼女を指差してニヤリと口元を持ち上げた。
「……痛い目を見ないと分からないようね。」
「やってみなさいよ。」
じりじりと間合いを取りながら、何かの魔法を唱えているようだ。
悪魔憑きとは、召喚した悪魔を力や魔法で屈服させてその力を食うことにより、人間の意識を保ったまま悪魔の力を手に入れる禁忌魔法である。
「後悔しなさい!火槍!」
悪魔憑き女の周りに、数本の火の矢が現れ、私に狙いを定める。
近頃の人間だと、一本出すのがやっとな火の矢も、悪魔の力を借りれば大きい矢を何本も発現することができる。
「ふふふ!!泣き叫んでも遅いわよ!その程度の盾魔法を張ったくらいで、余裕かましてるから、死に急ぐことになるのよ!」
その程度、なんて言われてもなー。
盾魔法と間違ってるみたいだけど、これは上位魔法の障壁に、聖女の魔力を混ぜ込んだ絶対障壁。ぶつかった魔法自体も無効化するので、衝撃が外に漏れることも無く、周りの人も安全設計。
ここに、下位の魔法を強化した程度の火の矢を打ち込んだところで……。
「なっ!なぜ防げる!」
「別に死に急いでないけどね。余裕だから余裕かましてるのよ。」
そう、無傷です。
防げるも何も、その程度の魔法でどうのこうのできると思うのが傲慢よ。ふっふっふ。魔王の血を引く聖女をなめないで欲しいわね。
「くっ!甘く見すぎていたようね!これならどうかしら!!業火球」
先程より高密度、高火力に設定された炎の玉が私に向かって飛来するが、すべてバリアの前に消え去る。
「……それで?」
このように、悪魔憑きは、確かに、人間を超えた力を手に入れられるのだが、所詮その程度なのだ。
こんな気持ちの悪い姿になって、魔力を手に入れたというのに、ハンナやゼルよりもずっと弱い。
何故禁忌かって、対価に見合わないレベルの力しか手に入らないので、そんなの意味がないよねってことで封印されている。完全なる古代のゴミ魔法なのだ。
そもそも、人間の身体で悪魔の力なんて使おうと思えば、身体が消し飛んでしまう。
それを抑えるために、魔力を可能な限り小さくして放出しているわけで、何故その理屈に考えが至らなかったのかが謎だが、考え出した人が赤面してのたうち回るほどに恥ずかしい魔法なのである。
「そんな……私の、絶対的な力が……。世界を手に入れる力が……。」
「え。この程度で世界を手に入れられると思ったの?」
確かに普通の人間よりは強い。
しかし、この程度だとハンナの父と、ほとんど変わらないレベルだ。
力に頼って技術が追い付いてない分、おそらくラードルフさんと戦っても負けるだろう。
ハンナたちも、村人の治療後は、高みの見物を決め込み、ほとんど警戒を解いてしまっているほどに、魔力も弱い。
「この、クソガキがぁぁぁぁ!!!」
つい、ぽろっと出てしまった言葉に逆上し、鋭い爪を振りかざして突進してきた。
だが、それすらもバリアを通過できずにキィンと良い音を立てて弾かれただけで、私はただ立っているだけである。
楽しそうな戦いに、心を躍らせていたけども、なんか、戦っている実感がものすごく薄い。
「卑怯者!正々堂々と勝負しなさいよ!!」
「は?私が卑怯なの?それ?」
村人をいいようにだまして、操って殺していた卑怯者が、急に偉そうな態度に出始めた。
「何であんたの都合のいいように戦わなきゃならないのよ。」
「うるさいうるさいうるさい!!」
「……はぁ。」
今度はヒステリーをおこしながら、ガムシャラにバリアを殴りつけている。
なんとも情けない姿。
「いいぞ、聖女様!そんな化け物やっつけちまえ!」
こちらが優勢とみると、さっさと隠れていた村人が、ひょっこり顔を出して煽り始める。
こういう性質だから、いいように扱われてしまうんだろうな。
「まぁ、でも、きりがないのは確かね。じゃあ、魔法の使い方を教えてあげる。」
私は、バリアを展開したまま、魔法を唱えた。
「火魔法のコツは、温度を上げて行く様子や、空気を取り込んで燃え盛る様をきっちりイメージして魔法に組み込むことよ。こんな感じで、ね。火槍」
「……へ?なに…それ?」
私の周りに現れたのは、先ほどの倍くらいの太さの炎の槍。それが、約100本。
その全てが、悪魔憑き女の方を向き、私が力を開放する瞬間を待っていた。
「……何よそれ、何なのよそれ!そんなレベルの魔法、ありえな……」
「燃え尽きろ。」
私の声に応え、すべての槍が彼女へと降り注いだ。
爆音が響いた後、ゆっくりと煙が風によって散らされる。
さて、と。
爆風が晴れるのを見守っていると、
「やったぞ!これで……」
歓声とともに家から飛び出してきた男が、胸のあたりから血を流して倒れた。
「キャアアア!!」
悲鳴が響き渡る。
ああ、流石にこの程度では中身までは殺せなかったか。
しかし、村人ってやつらは、なぜもっと警戒しないのか。何度生き返らせても、これじゃぁきりがない。
既にゼルが倒れた村人のもとへ駆け寄り、エリクサーを飲ませているので大丈夫だろうが。
またも、調子に乗りかけていた村人たちは、様子をうかがう姿勢に戻り遠巻きに離れていく。
『礼を言うぞ、貴様のおかげで自由になれた。』
煙の中から現れたのは、どこかで見たような鋭い牙と爪、歪な蝙蝠型の羽を生やした、人間よりふた回り以上大きいシルエット。3メートル近い。
赤い体が特徴的な劣化悪魔だった。
「お礼とかいいです。助けるつもりじゃないし。つーか、人間の世界に害をなすつもりだろうから、迷惑なんで死んでもらうし。」
『はっはっは!人間風情が、偉そうなくちをききよる。』
「そんな人間に食われて使役されていたのは誰よ。」
『……くはは!よほど死にたいと見えるな。』
身体の中に生きたまま劣化悪魔を取り込む魔法だからな。取り込まれたってことは、それなりの強さしかない劣化悪魔なのだろうが。
しかし面倒だ。人間の身体を倒したところで、中の悪魔にまではダメージが通らなかったようだ。
流石に下位の魔法じゃ殺しきれないか。
「やってみれば?」
『知っておるぞ!お前は、上位の障壁魔法を使っていたな!しかしその程度で、吾輩の魔法や攻撃を防げると思うなよ。』
「悪魔は、口先ばっかりなのね。」
一日で二体も劣化悪魔を相手にすることになるとは。
「おい、そんなに挑発して大丈夫なのか?あれは、流石にSクラスだろう。」
一応不安になったらしいアレクシスが声をかけて来るが、所詮悪魔の下っ端だ。
人間にとってはかなりの脅威かもしれないが、魔族にとってはそれほどではない。
悪魔族の中でもかなり弱い部類で、悪魔と同類扱いすると悪魔族に怒られるヤツ。一応劣化悪魔にも強さの差はあり、BからSまであるが、警戒の意味を込めてすべての劣化悪魔はSランクとして示される。
私が見たところ、昼間に洞窟で倒した奴がS、こいつがAってところかな。
「うーん、劣化悪魔はSランクでも、こいつはAランク程度じゃない?大丈夫だって。なんかみんな忘れがちだけど、私聖女だからさ。悪魔にとっては最悪の相手だと思うよ。」
「あまり油断するなよ。」
アレクシスとジークハルトは、先ほどまでとは違い、冷や汗をかきながらこちらを見ていた。
やっぱり、悪魔の毒々しい魔力は人間にはつらいだろう。
特にアレクシスは勇者だ。悪魔の魔力とは相反する力で、お互い天敵同士ともいえるが、やはり半人前のアレクシスには荷が重い。
『聖女などといったところで、所詮人間。悪魔憑きを倒すことはできても、吾輩にはそんな下等な魔法は通用せんぞ!闇の息吹』
腐食と毒効果のある闇魔法の靄が広がる。
人の負の感情が自身の力となる悪魔が、人間を甚振る時によく使う魔法だ。
『腐り落ちて死ぬがいい!』
「ほんと劣化悪魔って、ワンパターンなうえに悪趣味。闇の悪食」
『なっ!?』
闇の上位魔法で、劣化悪魔の作り出した靄をすべて食う。
吸収した分の魔力が私の身体に混ざるのが気持ち悪いが、聖女の魔力をもって浄化しているので、純粋に魔力の回復にもなる。ごちそうさまです。
「まさか、反撃は卑怯だとかは言わないわよね?」
『貴様ぁぁぁぁ!』
私のバリアに向け、鋭い爪を振り回し挑みかかってくる。
流石、悪魔の攻撃だけあって、たまにそよ風のような衝撃波がバリアを貫通してこちらに届くことがあるが、やっぱりこの程度か。つまらん。
昼間の洞窟で、悪魔に聖女の魔法をかけると、依り代が死体だったせいかぼろぼろと崩れてしまった。
こいつはどうかな?
「聖女の祈りに応えよ、聖なる光」
『ぐ、ぐぁぁあ!』
お、崩れない。生きた人間との契約として顕現したせいか、きちんと身体を得ているのね。
しかし、なかなかのダメージらしく、ひざをついて肩で息をしている。
そりゃまぁ、魔力そのものを消されてしまうのだから、精神体がメインの悪魔には相当つらいだろう。
『……聖女の力が、こんなに大きいわけがない。貴様……何者だ……。』
「通りすがりの聖女様ですけど。」
『……ふざけるな!!』
本当のことを言っても怒られるという謎展開。
「じゃぁ、とどめといきますか。浄化の炎」
聖女の魔法ではなく神聖魔法で、精神体を焼き焦がす、浄化とは名ばかりの拷問じみた魔法だったりするのだが、気にしない。
人間に使っても気絶する程度だが、アンデッドや悪魔には効果てきめんなはず。
『ぎゃぁぁぁ!!貴様あぁぁ!許さんぞぉお!!』
しかし……あまりに楽勝な相手過ぎて、油断してしまったのは、よくなかった。
絶叫しながら、劣化悪魔は最後の力を振り絞って魔法を唱えたらしい。
『爆ぜろ!』
「えっ?」
同時に、村人が数人自爆した。
先程ゼルが治療し、そのまま抱えていた男も。
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