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聖女さまは魔王を守りたい  作者: 朝霧あゆみ
聖女さまとラザン帝国
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村人は悪夢に苛まれる

今回は、村人視点です。

平凡な村。

特に名産があるわけでもなく、どちらかといえば貧しいが、貧困に喘ぐ程でもなく、農業も狩猟も、程よく成り立っている、そんな小さな村での出来事。


「おい、なんだありゃ。」


ある日、狩りの最中に出会った化け物。

この辺りにはいるはずのない、高位の魔物、劣化竜(レッサードラゴン)だった。

そんなはずは無い。この辺には、基本はEランク、居てもDランクの魔物しか出ない。

なのにもかかわらず、Bランクの劣化竜が、チロチロと炎を吐きながらこちらを伺っていたのだ。


「ひぃ!逃げろ!!」


恐怖のあまり、一目散に村へと戻った猟師たち。普通に考えるのであれば、それは悪手だった。

倒すこともできないほどの強い魔物を、守るべき人たちのいる村に連れて行ってしまう事になるから。

なのにも関わらず、猟師たちは生き延びた。

昼間だというのに、夢でも見たのかと、仲間たちに笑われたが、翌日、村人たちはそれが悪夢の始まりだったと知る。



「ですから、生贄が欲しいのです。聖女さまを、この地に呼ぶために!」


気が狂ってるのだと笑い飛ばしたかったが、黒いローブを身に纏った男たちは、本気だった。

狂気に満ちた目と、2匹の劣化竜に睨みつけられ、誰一人声を発することさえできなかったのだ。


「急にそのような事を言われましても……。」


男たちを刺激しないように、慌てて取り繕う長老。


「そうですね。では、次の満月までに、よろしくお願いします。こちらからお願いしているのですから、取りに伺いますので、ご心配なく。」


男たちは口元だけで笑った。


「この世は狂っている。一刻も早く聖女さまをお迎えしないといけない。あなたたちもそう思うでしょう?」


一同は、ただただ頷くことしか出来なかった。



「何が、ご心配なく、だ!クソが!」


俺は、苛立ち任せに机を殴った。


「あなた、落ち着いて。大丈夫よ、そんな、生贄だなんて。」


妻は、柔らかい笑顔をこちらに向けたが、震えている手から、俺を励ますために強がっているだけだと分かる。

護るべき相手に、心配をかけてしまうなんて、なんて情けないんだ。


「そうだよな、出せと言われて出せるものでも無いからな。」


俺たちは、それ程重大なこととして捉えていなかった。改めて断ればなんとかなるだろうと甘い事を考えていたのだ。



「用意できていないとは、どういう事でしょう?」


満月の日の昼間。

再び現れた男は、ため息混じりに言った。


「急に、生贄と言われましても、我々も対応するわけには行かず……。」


先日と同じように言った村人は、次の瞬間劣化竜の爪で引き裂かれていた。


「イヤァアア!!」


成り行きを見守っていた集団の中から、悲鳴が上がった。恐らく、彼の嫁だろう。

もうすぐ、子供が生まれるんだとにこやかに語っていた村人、サンス。


「ふむ。今日のところは()()で、良しとしましょう。」


男たちは、既に事切れているサンスの死体を劣化竜の背中に乗せると、満足そうに頷いた。


「また、次も宜しくお願いしますね。」


絶望的なセリフを残し、男たちはその場を後にした。

視界から劣化竜が消えた後、村の中には悲鳴、怒号、そして嘆きが溢れた。


しかし、一般的な村人である俺たちには、抗う術など無かった。



「劣化竜を倒せばいいんだな。任せとけって!」


次の満月が近づくころ、一つの希望が現れた。

村長は、村人が殺された事により、ラザン帝国とギルドに支援要請を出したのだ。

国からの支援は出兵の都合で時間が掛かるそうだが、ギルドから、討伐依頼として冒険者が来てくれたのは案外すぐのことだった。


「是非!是非宜しくお願いします!」

「任せといて!劣化竜なら、倒したことあるからね!」

「心強いです。宜しくお願いします。」

「俺たちは、Cランクの冒険者だが、3人でかかれば、劣化竜くらいなんてこと無いさ。この後の査定で、きっとBランクにだって上がれるはずだしな!」


そう言っていた冒険者は、3人揃ってBランクに上がることはなく、全員劣化竜の餌食になった。

本来の劣化竜の動きではなく、使役されている事により、連携のとれた行動をとる、魔法で強化された劣化竜には、Cランクの冒険者では手に負えなかったらしい。


「ふむ、生贄要員を外から確保したのですか?こちらとしては、それでも構わないんですけどね。しかし、あまり勝手な事をされても困ります。」


男たちは、3人分の遺体を抱えて、劣化竜に乗せた後、呪術師らしき男を連れ、村へと付いてきた。


「余計な事を話せないようにしなくてはいけませんね。」


そう言って、手当たり次第の村人に触れると、何やら護符のようなものを使い、呪いをかけて行った。

逆らおうとした人が一人殺された時点で、誰も、声を上げることさえ出来なくなっていた。


「よし。簡単な呪いです。呪いのことや我々にとって不利なことを言うと死ぬ、ただそれだけのことです。呪われていない人も気をつけてくださいね。下手なことをして、呪われた家族を死なせてしまわないように。逆に言えば、それさえしなければ、末長く生きることができますからね。」


男たちからは、絶望的な宣告がなされた。


「こ、今回のように、生贄になる冒険者を呼ぶのは不利な事にはならないんだろう!?」


俺たちは必死だった。

うまくいけば、時間はかかっても、いつか討伐してくれる人たちが現れるかもしれない。


「そうですね、下手なことを言わないなら、大丈夫でしょう。」


男たちは、自分たちの力に絶対的な自信があったのだろう、俺たちの提案に上手く乗ってくれた。

犠牲になった冒険者には悪いが、いつかは、倒してくれる冒険者が現れるかもしれない。

倒せなくても死んでくれれば生贄になる。


しかし、思い通りにいかない。

先日のように上手く死んでくれればいいが、死なずに逃げ帰るパターンもあるのだ。

そうなると、やはり村人が生贄にされてしまう。


いつしか我々は、討伐に来た冒険者をいかにして殺すかを考えるようになった。



「聖女って、生贄を捧げて呼ぶものなのか?」

「そんな話は聞いたことがないが、今代の聖女は予言では存在するものの、まだ見つかっていないらしいじゃないか。」

「何人生贄にすれば気がすむんだ。どこにいるかも分からない聖女なんかのために。」

「そもそも、聖女が見つかったからなんだって言うんだ。俺たちみたいな辺境の村人には、何の恩恵もないってのに!」


それでも、俺たちは、満月のたびに生贄を出してきた。

家族を失わないため、大切な人たちを守るために、見ず知らずの冒険者を、殺してきた。


いつ、ギルドから調査が入るかと怯えていたが、不思議とそう言うことはなく、定期的に冒険者は来た。

劣化竜自体危険生物なのは間違いないし、依頼失敗が続くこともあるのだろう。

冒険者の遺品を集め、ギルドに失敗報告に行くたび心は苦しかったが、正直、自分の家族の命の方が、重かったから。

見ず知らずの他人の命で済むなら安いとさえ思い始めていた。


きっと、俺たちは狂っていたのだろう。


気がついた頃には、劣化竜は10体までに増え、正直冒険者が太刀打ちできる範囲を超えていた。


そして、現れた若い冒険者たち。

若い奴らは危機感が薄く格好のターゲットな筈だった。しかし、ランクを聞いて不安になった。

3人のCランクはともかく、Aランクが二人もいるだって?


これで劣化竜を倒してくれれば良いが、失敗した時、俺たちが殺すことができるのだろうか。

いやまてよ、不利なことを言ったら発動すると行っていた呪いは、冒険者たちが劣化竜を殲滅した場合はどうなるんだ?


色々なことが頭の中を巡る。


1番の安全策は、冒険者を殺すことだ。

そうして生贄にして仕舞えば、いつも通り。

上手く劣化竜を倒せたら、その後どうなる?あの黒ローブの男たちは何かをしてくるのか?


あくまで、()()()()()()()()というのが呪いの発動条件であるなら、大丈夫なはずだ、と思いながらも、恐怖は拭えない。


そんな中、冒険者たちは言った。


「で、何体くらいなの?」

「わ、我々が確認したのは、10体です。」

「よっしゃぁあああ!もがっ。」


何だ?

劣化竜が10体だぞ?

怯えもせずに喜んでいるなんて、よほど怖いもの知らずなのだろう。


その後、冒険者たちが出発の準備をしている間、黒ローブが一人、接触してきた。

少し手違いで劣化竜が6匹死んだと。

なんてことだ、数が減ってしまったら、冒険者を殺せないじゃないか。


「だ、大丈夫なのか?」


本来、劣化竜の死は我々にとって喜ぶべきことだったはずだ。

しかし、我々はすでに狂っていた。


「いや、4匹も残っていたら十分過ぎるだろう。決行だ。」


黒ローブの言葉に、皆は黙って頷いたのだった。



しかし、まさか、劣化竜が仔ウサギでも仕留めるかのような手軽さで4匹とも肉塊になるとは思わなかった。


何がCランクだ。Aランクと言われていた二人よりも、この3人の方が圧倒的に強いじゃないか。


一瞬、この冒険者に全てを話して助けを求めようとしたが、茂みに隠れている黒ローブたちのことを思い出し、剣を握り直す。

だめだ、こいつらを殺さないと。

でないと、家族が、殺されてしまう。


殺され、生贄にされた友人を思い出し、唇を噛んだ。

大切な嫁が、子供が、あんな姿になることだけは絶対に阻止しなくてはならない。

例え、俺たちが罪をかぶろうとも、もう、後戻りはできない。命は平等だ、などというつもりは毛頭ない。他人の命より、家族の命の方がずっと重いのだ。



油断している隙に、と思ったが、やはりAランクの冒険者には歯が立たなかった。

それどころか、気がつけば首に剣を当てられている。

ああ、終わった。


これで全て終わった。


そう思った。


しかし、冒険者たちは俺たちを殺さず、訳を話せと言ってきた。

しかし、言えない。

言えば、死ぬ。


そう思っていると、意を決した一人が口を開き、死んだ。


やはりダメだった。


絶望に飲み込まれた瞬間、理解不能なことが次々と起こった。

聞いたこともない高位の魔法、聖女の奇跡、死者の復活に呪いの除去、黒ローブたちの死。


正直、頭がついていかない。


聖女は、奴らの仲間ではないのか?

奴らが召喚したのではないのか?

本物の聖女なのか?

黒ローブたちが死んだが、村は平気なのか?


俺たちは、色々なことを頭の中で考えながら、足早に村へと向かったのだった。

いつもありがとうございます。


これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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