聖女さまと魔法収納袋
「これだけあれば、しばらく食うのに困りません!」
ご機嫌で解体作業に勤しむゼルの少し後ろで、ぐったりとしているアレクシスとジークハルト。
神経質で、ビビリのくせに、一部真面目なところは、父親の血が濃くでているらしく、こういうところは細かいのだ。
魔王領は、農業もしているとはいえ、土地柄、作物の育ちはあまり良くない。
なので、そんなに裕福に暮らしている人は少ないのが現状だ。とはいえ、魔物だけは豊富なため、生活に困ることはない。定住しているが狩猟民族に近いといえる。
狩りの成果がそのまま生活に繋がるため、狩りの獲物は重宝される。
肉はもちろん、素材も使える限り使う。
生きるため、魔族は幼い頃から解体の練習をするし、大抵みんな基本的な魔物は自分で解体できる。当然素材の扱いもそこそこ出来て当然なのだ。
「あれだけ戦った直後に、食い物の心配ができるお前がすげえよ。」
飛び散る血にウンザリしたのか、アレクシスがぼそりと呟く。人間は、こういうところが軟弱ね。
二人とも返り血で濡れまくっているが、特に怪我をしている様子はなさそうだ。
その割には何故か服もボロボロで、泥だらけ。
特にアレクシスがひどい。
「違うからな?無傷じゃ無いからな?」
私の観察するような視線を感じたのか、アレクシスは不機嫌そうに言った。
「これを飲めば、何も問題ありません!とか言って、在庫過多な回復薬の消化をさせられただけで、やばいレベルの怪我もしたんだからな。」
「まぁ、俺としてはそのままあの世へ旅立ってくれても良かったが。」
「おいコラ、従者くん?」
どうやら、ゼルは過剰なエリクサーや上級回復薬があるのをいい事に、人間であるアレクシスたちにそこそこ無理をさせたらしい。
しかも、ゼルは人間でもレアな神聖魔法の使い手だ。
多少の欠損くらいは治すことができる上に、魔族を基準に考えているだろうから、実際はソコソコどころか、かなり無茶をさせたのだろう。
しかし、シスコン男の方は、主人である王子に対して軽ぐちをたたく余裕があるように見える。
実力的に見れば、アレクシスよりもジークハルトの方が消耗していそうなものだが。
「なんでアレクシスがそんなにボロボロなの?」
「こいつ、ジークハルトの方が弱いからとかいう理由で、ジークの援護ばっかりしやがるからだよ!勇者補正が多少あるかもしれないが、実力はほとんど変わらないってのに!」
「ほう。助けて欲しかったのですか。それならそうといってくださればよかったのに。」
比較的無表情なことが多いゼルだが、ものすごい速度で解体作業をしつつ、ニコニコとしている。
どうやら、いっぱい獲物が手に入り、美味しい食事を楽しみにしているのだろう。
「言っただろうが!」
「そうでしたっけ?」
んんん?
共闘したおかげなのか、ほんの少しゼルとアレクシスの距離が縮まってるような気がする。
まぁ、しばらく一緒に旅をするのに、ゼルもずっと警戒したままというわけにはいかないのだろうが。
「いや、しかし、これで人間の中でもトップクラスと言うんですから、驚きです。人間というのは、もっと凶悪で強いものだと思っていました。」
「遠回しに弱いって言いやがって。……いや、大して遠回しでも無いな。つーか、そんな哀れな目で見るなよ。俺らから見れば、お前ら魔族が規格外なんだよ!」
「人間は、年々弱くなっていると聞いたことがあるの。でも、どっちにしろ、魔族の中でもティーナお姉ちゃんやゼルさんは別枠なの。これを基準にするのも違うの。」
あまり調子が良く無いのか、ヒメの父親と別れてから、怠そうにしていたハンナ。
傷は完璧に治っているとはいえ、やはり失った血液や体力はそう簡単には回復しない。
聖女の魔法で多少補えるとはいえ、貧血気味になったり、疲れが残るのは仕方がない事だ。
恐らく、アレクシスやジークハルトも同じような状態なのだろう。
「さて、あまりゆっくりするわけにもいきませんから、この辺で。もともと時間潰しのつもりでしたし。」
ゼルは、ナイフを拭いて立ち上がると解体済みのビッグホーンを自分の収納へと片付ける。
「残りも勿体ないので、お嬢様、解体していないやつを預かってくれます?」
「いいよー。いくらでも入るし。」
そう言って私は、あたりに散らばるビッグホーンを収納へと取り込んでいった。
こんなに一度に狩ることはないので、私の無駄に大きい収納が珍しく役に立って誇らしい気持ちになる。
いつもは、エリクサーをただただ保管するだけのスペースだし。
ま、この獲物も、さっきのレッサードラゴンも私が狩ったわけじゃないけど。
「全部入るのか?ほんと、お前らの収納はどうなっているんだ?」
「ああ、そういえば、人間は魔法収納自体使える人がそんなに居ないんだっけ?アイテムで補完するのよね。」
興味津々のアレクシスたち。
「聖女の魔力は規格外だし、聖女の魔法収納ともなれば、もっとぶっ飛んでるんだろうな。」
「なにそれ?聖女って別枠なの?」
聖女って、そういうのもある物なの?
「何だ?お前、聖女のくせに知らないのか?」
「魔力が豊富な魔族で、しかも魔王の娘とくれば、大容量の魔法収納なんて使えて当然だろうし、聖女の魔力を利用した収納なんて、使わなかったんじゃないのか?」
アレクシスとジークハルトは、苦笑しながら言う。
「確か、文献では、聖女は時間経過のない無制限の魔法収納を持っていると読んだことがあるぞ。ま、お前らなんてそもそも持ってる魔法収納も時間経過が遅いし、サイズも異常だから有り難みがないかもしれないがな。」
確かに。
元々、個人で魔法を駆使して使える収納がある上に、それとは別に旅に出る時に一人一つずつもらった魔法収納袋。
人間の魔法が込められていて、そのまま魔力を流すと50キロ分ほど入る。技術によって多少前後するが、ほぼ固定だ。
結構高価なものらしく、冒険者はお金を貯めてまずコレを買うのだそう。
中は1/10とはいえ時間経過があるし、少し楽に荷物を持ち運べる、といった代物だ。
ゼルは、コレを少し加工するといっぱい入るとかいって、魔法陣を書き換え、時空魔法をかけ、苦手な収納魔法の足しにしているようた。
本人曰く、少し手を加えたら、イビルブル(500キロ)が5頭入ったとか言ってた。
最初が50キロしか入らなかったことを考えると、魔改造も良いとこだ。
「聖女の収納とか考えたことなかったなー。」
「聖女のくせに、無知過ぎじゃない?」
「いや、聖女って人間の方にいるものだから、魔族には大して文献も情報もないのよ。」
「それは不便だね……確かに。」
何だか、哀れなものを見るような目で見られているが、仕方ないじゃん。
知る方法がないんだから、何もかも手探りだよ!?
「せっかくだし、試してみれば?」
「正直これ以上収納してもしょうがないけど、損することでもないから良いか。」
私は、普段の魔法収納を開く時のようにイメージすると、そこへ聖女の魔力を流し込む。
すると、いつもと違う空間につながったような感触があった。
人間のアイテム袋を使った時も、別空間につながる感じがあるので、普段使っている魔法収納とも、完全に別の物なのだろう。
「おー、凄い。なんか凄い!」
中に手を突っ込み、感触を確かめた。
すると、いつものような圧迫感がない。なんか不思議な浮遊感のある空間につながっているようだった。時間経過も制限もないって事?
「またも、持ち腐れの宝が増えましたね。」
「うんうん、コレでまた無駄なエリクサー作り放題だわ!って、何でやねん!」
「セルフ突っ込みなの。恥ずかしいの。」
「うるさいわ!」
いって仕舞えば、使い切れないほどの広さの倉庫があるのに、さらに追加でバカでかい倉庫を立てているようなものだ。
何のありがたみもない。
無いけどさ……聖女って、何なの?何の役に立つの!?
ふと、マジックアイテムを作る要領で、魔法収納袋に聖女の魔力を付与したらどうなるのかが気になったけど、また怒られそうなのでとりあえず今日のところはやめておこう。
「さて、魔物も片付いた事だしさ、もう一回水浴びして良い?」
「もう一回?」
首をかしげるゼルたちに、私たちは、水浴びの後に魔物にあったことを説明し、さっさと済ませることを条件に許可を貰った。
私たちが終わった後は、ゼルたちが汚れを落とす事にした。
私とハンナが別行動していたことは、ハンナの優しさで伏せてある。
後、ややこしいので、おやっさんが来たことや、ハンナが獣化したことなどもとりあえず伏せておいた。
そんなわけで、さらに1時間、私たちは水浴びをして着替え、サッパリとした上で、依頼のあった村へと向かったのだった。
ギルドで受けた討伐依頼をこなすために。
徒歩で2時間ほどかかると聞いていたが、思ったより早くその村に着いた。
魔道具か何かで連絡があったのだろう。
村の入り口にいた警備の人に声を掛けると、ものすごい速さで村長の元へと駆けて行った。
さーて、楽しみにしていた討伐だ!
劣化竜いっぱい狩るぞ!
……ん?劣化竜?
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