聖女さまと獣人の血
さーて、水浴び水浴び。
ハンナのことだ、私を待つことなく、さっさと水浴びを開始しているだろう。
むしろ、遅いと怒られるくらいかもしれない。
「ちょっと魔物に襲われちゃって、って言えば平気よね。実際、魔物と戦ってたわけだし。あ、悪魔か。」
ダッシュで獣道を駆け抜けながら、ハンナと別れた場所へと向かう。
別れたというよりは、ぶん投げた場所だが、まぁその辺は大した問題ではない。
「ん?」
しばらく行くと、何やら血の匂いが漂ってきた。
ハンナも、水浴び中に魔物に襲われたりしたのかな?そうだとすれば申し訳ないことをした。
私が変な行動をとったせいで、ハンナが危険に巻き込まれたとしたら。
「ハンナも強いから、万が一なんてことはないわよね?」
自分に言い聞かせるように呟く。
最初はただの先祖返りの混血児だと聞いていたが、魔族と比べても大して見劣りしないほどの力を持っている。
確かにゼルや私に比べれば、大きく差があるものの、一般的な魔族の平均値レベルといっていい。
そんな強いハンナが、そんじょそこらの魔物にやられるなんてあるわけがない。
さっきの劣化悪魔ならともかく、野生で街道沿いに現れるような魔物なんて、たかが知れているだろう。
と、思ったが。
「何がどうなってんの?」
ハンナがいるはずのそこは、大量の血と肉塊に溢れ返った、地獄絵図となっていた。
一瞬ハンナの死が頭をよぎるが、ざっと見たところ大量に死んでいるのは劣化竜だ。人型をした死体は見当たらない。
じゃぁ、ハンナはどこに……この状況を作り上げた張本人はどこにいる?
と、劣化竜の死体の海がぐらりと動いた。
「ハンナ!?」
声をかけるが、違う。人じゃない。
起き上がったのは、まだ息のある劣化竜……でもない!
「烈火弾!」
とっさにそこめがけて、魔法を投げつける。
「ギャァァアア!」
魔法の直撃を受けたその塊は、巨体を揺らしながら炎を振り払う。すごい、中級の攻撃魔法でも傷一つついていない。
炎によって洗われ、全身の煤を振るい落としたその姿は、透き通るように輝く緑色の鱗をもつ、三メートルほどの巨体。
ん?なんか見たことある外見。
「やめんか!せっかく助けに来てやったというのに、本当にお前らは!」
「あ、大丈夫ですのでお帰り願います。」
「えっ……」
見覚えのある親ばか竜、古竜の父親がいた。
「ていうか、ハンナをどこにやったの?この大惨事は何!?」
「いや、待て、ちょっと待て!我は知らぬ。マジックアイテムに呼ばれて、来たらこんな感じで、折角マイキュートプリンセスに会えると思ったらいないし!」
「マジックアイテム?古竜を召喚するアイテムなんてあったの?」
そんなアイテムを持っているなんて話は聞いたことがないのだが。
「その娘が古竜の血玉を使ったらしい。」
「その娘?」
古竜が、その娘、と言って木の上を指示したことで、初めてハンナの姿を視認した。
一度も私の呼びかけに応えなかったハンナ。
彼女は高い木の上から私たちを見下ろしているらしい。
しかし、どう見てもあれは、
「なんか、鷹に見えるんですけど。」
「我にも鷹に見えるが?」
普通の鷹よりも二回りほど大きいので、もうワシの域に達している気がするが、正直そんなことはどうでもいい。
爛々とした目でこっちを睨みつけているその姿は、ハンナとは程遠い。
いや、確かに彼女は鷹の獣人の血を引いているけども。
「あやつ、獣人の末裔だったのか。我の血玉を持っておるとは知らなかった。」
そういって、おっさんは鱗の隙間から器用に赤黒い球を取り出した。
「何その汚い球。」
「汚くないわ!」
ビー玉くらいのそれを、器用に私の方へ投げてよこす。
「古竜の魔力で精製した宝玉だ。獣人は古来より力が不安定でな、獣の力に飲み込まれて、獣化して暴走してしまうことがある。それを防ぐために、獣人は、強力な古竜の魔力を用いて獣化の力を封じるんだ。」
すごいだろう、とふんぞり返るおっさん。
確かにすごいが、なんかむかつくので特にコメントはしない。
「封じてたのに、なんで?」
「そりゃ、危なくなると獣化してでも戦わなければならない事だってあるだろうよ。そんな時は逆に、宝玉を摂取することで魔力の暴走を引き起こして強制的に獣化できるという仕組みなんだ。」
「へぇ、獣人と古竜ってそれなりにつながりがあるのね。」
「まぁな。しかしこの娘がこの宝玉を持っていることは知らなかったが。」
ハンナは、襲ってくるでもなく、こっちの様子を見ながら羽根の手入れをしている。
どうやら、獣化してもマイペースのようだ。
「渡した相手の事を知らないの?」
「獣人との取引で、一定量を酒と交換したりするからな。」
「その程度のアイテムなんかい!」
すっごい貴重なアイテムっぽく見せかけて、酒と交換って。
「実際獣人には結構重要アイテムだからな。獣人相手の取引では必須よ。」
「……おっさんに会ってから、古竜のイメージがどんどん崩れていくわ。」
「で、何でおっさんがここにいるの?」
「最近は、獣人どももその宝玉を改造していてな。魔道具と連携させて、何らかの条件下で宝玉を自動摂取すると同時に、近くにいる古竜に助けを求める事が出来るようにしとるらしい。」
魔改造だな。まぁ、ラードルフさんならやりかねない。
ということは、ハンナはピンチになった結果宝玉を摂取しておっさんにSOSを発信したと。
「って、助けを求めるって何よ。」
「古竜の魔力を拡散することにより、近くにいる古竜に自分の危険を知らせるといった程度のものだ。」
「ふーん、召喚じゃないわけね。じゃぁ本当に近くにいないと意味ないのか。」
「そうなるな。近くにいたとしても我らには助けに行く義務などはないが、助けてやると後で旨い酒をくれるしな。暇を持て余している竜族のちょっとした娯楽だ。」
おっさんは、身体の埃をもう一度払うと、人間の姿へと変化する。
「実際には、救難信号を出したところで、たまたまその近くに暇な古竜がいないと何の意味もなさないし、獣化すると自分の力では元に戻れないこともあって、今時獣化する獣人もそうそう居ないんだがな。」
コキコキと首を鳴らすと、おっさんはハンナを指さして言った。
「助けにきたはいいものの、普通の獣人だったら気絶するまで痛めつけて、古竜の魔力で獣化を抑え込んでやるんだが、あれはキュートプリンセスの友であろう?下手なことをして嫌われたくないからな。死体に混じって隠れておったのだ。」
「うわぁ、役に立たないおっさん。」
「うるさいわ!」
まぁ、下手なことをして致命傷を与えてしまうよりも、様子を見ながら、そのうち合流するであろう私たちを待った方が効率が良かったのかもしれないが。
「古竜は治癒魔法使えないの?」
「使えるぞ?基本は上位までだがな。神聖魔法はさすがに才能に左右される。」
「ふむ。まぁいいや。とりあえずハンナを捕まえればいいわけね……あれ?」
私は羽を広げようとした。
しかし、ふと思い出す。
こんなところで魔王の魔力をまき散らしてもいいのか?
羽根を隠すことによって、魔力の大半を抑え込んでいるのだ。
下手なことをすると、近くにいる人間がまとめて失神しかねないうえに、魔力を帯びた森になってしまう危険もある。
「やっぱやめた。おっさん、捕まえてきてくれない?」
「そうだろうと思ったよ。お前にはキュートプリンセスが世話になっているからな、このくらい、訳ない。だが、多少の怪我は許せよ。」
おっさんは人の姿のまま翼を出し飛び上がると、ハンナに殴りかかった。
ハンナも羽を広げて、違う木に飛び移る。何度かの空振りを経て、ハンナが攻撃に移ったその瞬間、その鋭い爪を掴み腹部を強打した。
おお、情けないところしか見たことないけど、おっさん強いな。
「鳥は首が弱いから、難しい。」
降りてきたその手には、一撃殴られただけとはいえ、内臓にもかなりの損傷を受けているであろうハンナが抱えられていた。
「この獣人もかなり強いものでな、そうそう優しくもできないんだ。許せ。」
「まぁ、仕方ないわよね。」
私は、気絶している2メートル近い鷹を受け取ると、聖女の魔力を流し込む。ぐったりとしたその体には生気が戻るが、気付けは行わない。
「はい、おっさんよろしく。」
「その、おっさんというの、何とかならんか?これでも我は、そこそこ名のある古竜なんだが。」
「あ、つい。父竜さんよろしくです。」
「う、うむ。」
何となく腑に落ちないような顔をしながらも、父竜はハンナの獣人の力を抑え込む術をかけ始めた。
聖女の術とは系統が違い、古竜のオリジナルの魔法なのだろう。
私では、傷や呪いを治すことはできても、この作業はできなかった。
今回ばかりは、この竜に感謝しなくてはならない。
「ほれ、これで終わりだ。後は、さっき渡した血玉を持たせてやれ。」
淡い光に包まれ、普段の姿に戻ったハンナに血玉を握らせる。
そして私は、気付けの魔法、を唱えた。
「聖なる水よ!」
まぁ、聖女の魔力をちょびっと混ぜたとはいえ、要はただの水なのだが。
心臓発作をおこさないように、一応聖女の魔力を混ぜているだけ。
「……。冷たいの。」
ゆっくりと体を起こすハンナ。
「ハンナちゃん、大丈夫?」
「……いっぱいトカゲが来て、あとは覚えていないの。なんか変なおっさんがいるの。」
「おっさん言うな!お前が呼んだんだろうが!」
そんなわけで、ヒメに会えないことが分かりがっくりと肩を落として帰るおっさんを見送った後、私とハンナは最低限の水浴びを済ますと、ゼルたちのもとへ戻ったのだった。
遅くなってすみません。今回は、薬を飲んでも治らずまだ本調子ではありません。少しペースが落ち気味になるかと思いますが、更新はしていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。




