聖女さまは家出する
聖女様は家出を目論みます。
ふっふっふ。
流石のゼルも、もうドアの前で寝息を立ててる頃だろう。
ちょっと気弱なイケメン君。
回復能力を買われて、師団長として作戦指揮をとったりもするが、まだ20代の若手である。
ま、魔族は長生きだから、若手の期間は長いけどね。
母であるシルフィーヌがこの城へ来てから、城には回復魔法の重要性が広められ、回復に特化した魔族が集められ、教育を受けていた。
元々、魔族には神聖魔法は使えないとされていたが、ゼルが使えるようになったことで、適性さえあれば魔族だろうと神聖魔法を扱えることがわかったのだ。
今では、城に数人控えているのはもちろんのこと、各村にも最低1人ずつ神聖魔法の使い手が常駐するようになっている。
母曰く、「おかしいわねぇ。人間の世界でも、こんなにたくさん神聖魔法使える人、いなかった気がするんだけど。」との事。
もしかして、思い込みで考えられていたが、神聖魔法って案外魔族の方が適性があるのかもしれない。
神聖魔法などという大層な名前がついているが、そもそも魔力を消費して使う魔法なのだから、魔法の扱いに長けた魔族の方が得意でも何ら不思議ではない。
「父様も、心配しすぎなのよ!」
そう言いながら、旅支度を始める。
おやつに、飲み物。キラキラを込めた護身用の短剣に、たくさん作ったエリクサー。
「私がいない間の分は、こちらにありますっと。」
あまり服が好きでは無いのでガラクタ入れに使っていたウォーキングクローゼット。最近では、専ら部屋の中にある小さな備え付けのクローゼットのみしか使っておらず、あっちには侍女すらも入らない。
そこの扉に、張り紙をしておいた。
「これだけあれば、人魔大戦が起きたとしても数年は持つだろうしね!」
魔族は、回復もせず、ポーションも使わないと思われがちだが、そもそも技術がほとんどなかっただけで、いざやり始めるとポーションくらいは作れるし、回復魔法も使えた。勿論、向き不向きがあるらしく、父様はいくらやっても痛みを和らげたり、指先の切り傷を治す程度のヒールしかできなかったが。
「お金もいるよね。」
宝物庫から適当に持ってきた金貨やアクセサリーも詰める。基本的には自給自足の狩猟民族が多い魔族には、あまり通貨の概念が無いが、人間は金銀財宝が大好きだと聞いたことがある。
「よーし!これで完璧!」
リュックを背負って鏡を見る。母譲りの金髪ロングヘアーと青い目。父譲りのコウモリのような羽と二本のツノ。
あ、そうだった。
これがあったら、魔族ってバレバレ。
羽を隠す術を使うと、その場所に特殊な刺青が現れるので、じっくり見られたらバレてしまうが、まぁ、大丈夫だろう。
ツノは特殊な薬を使うと、1日ほどで取れる。
生え変わりを促進する薬なので、また一年ほどすると生えてくるが、それまでに帰って来れば大丈夫なはず!
「完璧よ!完璧だわ!」
友達の仇も取りたい。
クルトは若い方の勇者に、人質に取られて焼き捨てられたと聞いた。ラルフとかいう初老の勇者はともかく、こっちの勇者は過去に母様を殺そうとしたやつらしいし。
殺しても構わないわよね。
「じゃあね、父様、母様、エミール。ゼルは、少し怒られるかもしれないけど……まぁ、大丈夫よねっ」
とにかく、何でこんなに魔族が毛嫌いされているのかを解明して、解決しないと。いつまでも攻め込まれるのは癪に触るものね。勇者さえ殺して仕舞えば、あとは和解できるならしてあげてもいいわ。
父様の言うように、恨みの連鎖も嫌だもんね。
そんなことを考えながら、窓を開け放ち、重そうなベッドの足にロープを結ぶとその端を窓から垂らす。
「これで、オーケー!さ、しゅっぱーつ!」
窓から飛び出し、ゆっくり慎重に降りていく。音を立てて見つかって仕舞えば、今度こそ監視も増えてしまう。
失敗はできない。
そんなこんなで慎重に進む。
ついに地面が見え、夜の庭に降り立った。
「よっ!と。さ、行くぞー!」
「どこへ行くんですか、お嬢様。」
「げっ。」
偉大なる一歩を踏み出した瞬間、背後から聞き慣れた声がした。
「何でよ!!何でゼルがここにいるのよー!」
「どう考えても、抜け出す気満々だったじゃ無いですか。それなら、抜け出さないように見張るのは、窓の外でしょう。」
「ぐぬぬぬ……。」
普段、ポケーっとしてるくせに、そう言うところは頭が回るのね!
ゼルを振り切って逃げるのは、そうそう簡単では無い。
攻撃力は低いが、探索能力に優れた鳥型の魔族だ。夜目が効かないだろうと思ったが、なんかフクロウの血が入ってるらしく、鳥のくせに夜の監視もバッチリである。くそう……。
まぁ、だからこそ父様はゼルに見張りを任せたのだろうけど。
「わかったわ!あなたも連れて行ってあげる!」
「えぇ……?嫌ですよ、人間怖いです。」
「年上のくせに、情けないわねー!」
「なんでわざわざ、自分を嫌って殺そうとする集団のところへ行かなくちゃいけないんですか。お嬢様も、危ないからやめたほうがいいですよ。」
ほんと、ゼルは気が弱いんだから。
「父様も、母様も、みんなみんな、私が守ってあげるの。このままだと、そのうち私の大事な人が次々に殺されてしまうわ。そんなの嫌なんだもの。」
「でも、もしお嬢様が殺されたら、私たちはみんな人間を恨みますよ?きっと、許せなくなります。特に、魔王様が黙っていないでしょうし」
「うっ……」
過保護すぎる父を思い出し、一瞬やめようかなとか思い始める。
私が殺されでもしたら、正直父様の怒りを抑えられる人なんていないだろうし。
最悪の場合、見境をなくして人を滅ぼし尽くす可能性まである。
「それでも!私は行くの!人と共存すべきなのか、それとも無理なのか。この目で確かめたい!私が死なずに無事に帰って来ればいいんでしょ?大丈夫よ!私は強いんだから!」
真剣な私を見て、ゼルはやれやれ、とため息をついた。
「それでは、私もお伴します。どうせ今回無理やり連れ戻しても、またそのうち勝手に出て行ってしまうでしょうし。」
「ほんと!?やったぁ!」
「ただし……」
小言の多いお目付役とはいえ、回復魔法も使えるし、見た目も人間に近くイケメンである。
羽を魔法で隠し、ツノに薬を塗れば何も問題なさそうだ。
ゼルの言葉を遮って、とにかくこの場を離れようとした。
「よーし、そうと決まれば、早速出発よ!」
ゼルの手を取り、進もうとしたその時。
「一体、どこに行くというのかしら?」
冷たい声が響く。
ゼルは、再びため息をついて、言葉を続けた。
「魔王様と奥方様を、説得できたら、ですけどね。」
ゼルの見つめる先には、二人の人影があった。
「こんな時間に、二人で駆け落ちの相談とか!ワシは許さんのじゃ!ワシのマイスイートエンジェルを連れ去るなら、ワシを倒してか……はぅん」
「あなたは少し黙っていてください。」
母様にチョップをくらい、額をおさえて蹲る父様。
どうしよう、魔王より厄介なひとがでてきちゃった……。
ラスボスが登場しました。
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