幼女と魔物と単独行動
ハンナの回です。
次回は男性陣の話になる予定です。
「もうムリィいい!!」
絶叫しながら私をぶん投げると、そのまま草むらの奥へと駆け込んで行ったのは、聖女であり魔王の娘であるティーナ。
三十分くらい前からだろうか。
妙にソワソワしながらあたりを見回すそぶりが増えた。
何か敵でもいるのかと思ったが、しばらくしてトイレに行きたいだけなのだろうと気づいた。
それくらい、言えばいいじゃないか。
まぁ、超鈍感な護衛たちのことだ、下手に用を足すから離れろと行っても、護衛として付きまとうだろう。恥ずかしさのあまり、ちょっとお花摘みなどと言おうものなら、こんな時に花なんて摘んでる場合かよ、なんてストレートに解釈するだろう
結局言い出せないままに時間が過ぎ、ティーナの顔色が悪くなってきたので、助け舟を出してやることにした。
このまま大惨事を迎えると、流石に魔王の娘でも精神が大変なことになりそうだし、恥ずかしさのあまりこの辺り一帯の地形を真っ平らにされては困る。
「ハンナも疲れたの。水浴びがしたいの。」
7歳児という利点を生かし、上目遣いにおねだりする。
しかし、可愛いおねだりのつもりが、いつもジト目だの睨んでるだの言われるのは不本意なのだが。
それに神速で賛同したティーナは、私を抱え、滝壺の方へと全力疾走した。
怖っ!魔王の娘の全力疾走怖っ!
高速飛行もできる私が目を回すほどのスピードで駆け抜けると、なんと彼女はその勢いのまま私をぶん投げた。
待て、死ぬから。
「風障壁!」
大慌てで壁を作り自分の体を支えるが、シールドに激突した。
致命傷などではないが、どこかしらの骨が折れたのではないかというほどの痛みが身体中を駆け巡る。
幼気な7歳児を、この扱い。
全力で文句を言おうかと思ったが、魔族と人間には、認識の差がある。
魔族の子どもなら、この程度普通に耐えるのかも知れない。慌て過ぎて、その辺の認識が疎かになった可能性がある。
「全く。人間の子供の取り扱いを、きちんと教えないと、そのうち一人二人は殺しかねないの。」
そう呟きながら、収納袋に手を入れ、回復薬を取り出す。
骨折程度なら、中級で十分だ。
自分で作ったそれをグイッと飲むと、全身から痛みが消え、小さな擦り傷さえも跡形なく消滅した。
「あの様子だと、大きい方なの。しばらくかかる可能性はあるの。」
長いと30分近くはかかる可能性があることを考慮して、ティーナのアリバイを作るためにも、私はさっさと服を脱いで滝つぼに入ることにした。
滝つぼ、とは言っても水が落ちている滝の部分以外は、すこし小さな湖と言っていいほどにきれいな水が広がっていた。
その先は、穏やかな川になっている。
滝つぼに近い場所は変な水流ができているため素人が遊ぶには危険だ。
私は、なるべく川に近い場所を選び、足をつける。
「うーん、冷たくて気持ちいいの!」
旅館で入るお風呂も好きだが、やはりのびのびと遊べる湖や川は大好きである。
魔王領にいた時も、よく友達とで川で遊んだなぁ。
そんなことを考えながら、すいすいと泳ぐ。
鳥の獣人の血を引いているが、水は大好きだ。
と、いうか、鳥とはそもそも結構水浴びが好きなもので、水鳥でなくても、水辺や水たまりで遊んでいる鳥は多い。
そんなわけで、のんびり水浴びを楽しんでいると、がさり、と草むらが揺れた。
「ティーナお姉ちゃん。こっちなの。」
何の疑いもなく、ティーナだと思い込んで声をかけてしまった。
流石に油断しすぎていたとは思う。
しかし、トイレを済ませたティーナは、ここへ水浴びに来る、と思い込んでいたがゆえに、反応が遅れるのは仕方がない。
『ぐうるるるるるぅ……』
低いうなり声に、背筋がぞくりとした。
やばい、武器も、防具もない状態では戦いづらい。
いくら魔法が使えるとはいえ、防御力0で戦うのは気持ちのいいものではない。
地面を歩くだけで痛そうだし、転べばまた擦り傷ができてしまう。
あと、7歳とはいえレディーだ。
敵が人外とはいえ一糸まとわぬ姿で戦闘をこなすのは、流石にどうかと思うわけで。
こうなると、相手が本格的な戦闘態勢を整える前に、全力を叩き込んで潰してしまうのが最善だろう。力任せ代表のティーナのようで、あまり気乗りはしないが、背に腹は代えられない。
裸でちまちま戦うよりはずっといい。
向こうも多少警戒はしているようで、草むらのこちらの開けた場所へはなかなか出てこないが、ランランと光る目の位置からするに、そこそこの大きさのある獣の類だろう。
草むらから出てくるといえば古竜を思い出すが、流石にあんな大物がポンポン出てくるわけもないし。
彼らは理性のある竜族だ。こんな垂れ流しの殺気など放たない。
明確な殺意が感じられるし、やっちゃってもいいよね。
「風よ、切り裂けなの。風刃!」
まずは邪魔な木や草を薙ぎ払い、現れた魔物を全力で潰す。
ズン、と木々が倒れたそこには、横一線真っ二つになった羽の生えたトカゲのようなものが転がっていた。
むむ?思った以上に弱い。
草刈りしただけで倒してしまうとは。
見た目からして、トカゲの亜種?サラマンダーとかの仲間だろうか。
でもサラマンダーって羽あったかな?翼の生えたトカゲといえば翼竜だが、あいつらは前に見たことがある。もっとスマートだ。
大きさは2メートルを超えているが、ぼてっとした大き目の身体、身体に対して不釣り合いの小さめの翼。そういえば、異国にはクロコダイル?とか言うでかいトカゲ類がいると聞いたことがある。
水辺にいて、かなり大きいのものいるとか。ここも水辺だし、多分それの仲間だろう。さすが、知らない土地に来ると知らない魔物がいるものだ。
まぁいい。そんな事より、さっさと服を着ないと。
風魔法を使い、体の水分を一気に吹き飛ばすと、慌てて服を纏った。
一息ついたその瞬間。
『グル…ぐるあぁ……』
草むらの中に、いくつもの輝く目が見えた。
「一匹だけじゃ、なかったの。」
やれやれ、とため息をつきながらナイフを構える。
相手のサイズを考えると、あまりナイフの相性がよくなさそうだが、目や急所を狙うだけでもかく乱することができる。
「5?6?」
大まかに数えたところ、片手で足りるかな?といったくらいの数がいるようだ。
さっきよりも大きな個体もいる。大き目の魔物や竜はあまり複数で行動しないし、やはりクロコダイルとやらの群れなのか?
「こういうときには、ゼルさんの知識が便利なの。ハンナももっと勉強しないとだめなの。」
相手を知ることは、戦う上でとても重要である。
知らずに攻撃したら、毒を撒く敵で、ちょっとした部隊が全滅する、などということだってあるらしい。
「まぁ、でもさっきの感じだと、倒してどうなるでもない感じなの。さっさとやっちゃうの。」
暫く戦えば、その音を聞きつけてゼルやアレクシスたち、用を足し終えればティーナも合流してくれるだろう。
さっきのように不意打ちでうまくいけばいいが、流石に相手も警戒しているらしく、口元からはチロチロと魔法の炎を出しながら威嚇している。
これでは、下級の魔法だと炎のブレスで相殺されてしまうだろう。
「うーん、なんとか時間稼ぎながら、頑張るの。」
クロコダイルは炎など吐かない。というか、見た目が全然違う。
だが、知識のないハンナは気づかない。自分が今何を相手にしているのか。
そして相手も気づかない。
ちょっとした餌のつもりで狙った子供が、仲間の一体を倒したのはただの偶然ではないことに。
真紅の身体をゆらし、ゆっくりと草むらから出てくる3メートルの巨体。
それが、5体。先程倒したのを入れれば6体だが、流石に死んだ奴はノーカンでいいだろう。
「思ったより大きいの。」
辺りに人目がないのをいいことに、ハンナはばさりと翼を広げた。
服の背中が大きく裂けるが、もともと裂けやすいように加工のしてある特注服だ。
特に気にはならない。
後でそこの部分を後で縫い合わせれば、何もなかったかのように着れる。
しかし、一体で終わったと思い服を着たが、早まったな。
「翼出すなら、上着は着なくてもよかったかもしれないの。」
そんなことを呟きながら、魔法を練り上げる。
無理にすべて倒さなくても援軍を待てばいい。
とりあえず数を減らしながら生き延びる。
幸い生き延びるだけなら簡単だ。即死さえしなければ、聖女の奇跡の回復薬が、腐るほどある。
腕や足を捥がれようが、とにかく回復薬を飲める状況を作ればいい。
そんなことを考えながら、じりじりと距離を詰めて来る魔物に狙いを定めた。
数を減らすのなら、少しでも弱く小さいものから狙う。
「爆裂炎舞!」
予備詠唱のいる中級魔法。
私が使える魔法の中では、最上位だ。
威力も大きいが、使う魔力も多い。連発はできないが、幸い動きも早くなさそうな相手だし、うまく当てていけば……。
『グルアアァァァ!!』
「くっ、思ったよりも頑丈なの!」
直撃した個体は、かなりの傷を負い、焼け焦げながらも、倒れなかった。
よく見ると、うっすら体が光っている。
魔法防御壁?さっきの風魔法を見て対処したの!?
「うーん、思った以上に厄介なの。」
ブレスを避けながら、基本は逃げに徹している。
空を飛べるとはいっても、高く飛ぶと的になるので、走ったり跳躍したりを繰り返しながら、逃げ回っている状態だ。
「風刃!」
「爆裂炎舞!」
当初の予定通り、地道にあいてを削っていく。
先程のように、風の刃で一刀両断、などとはいかない。せいぜい皮膚に裂けめを付け、ひるませる程度だ。
「早く、助けに来いなのー!」
戦うということは楽しいが、命がけの持久戦は精神的にきつい。
これだけ派手に魔法をぶっ放しているのに、誰一人駆けつけてこないなんてある?
戦い始めて10分が過ぎたころ、流石に違和感を感じた。
ドォォォオオン!
その違和感と同時に、ゼルたちと別れた森で一回。
ゴガァァン!!
丘の上の方で一回。
地響きを伴った大きな爆発音が聞こえた。
どうやら、どこもかしこも援軍は期待できないらしい。
大きく息を吸って、吐くと、甘い考えを捨てながら敵に向き直った。
しかし、疲れは貯まる。
たまった疲れはミスを呼び、炎のブレスはハンナの足を焼く。
「うぐぁぁぁぁ!」
自身が焼ける熱さと痛さ。
死ななければ助かるとはいえ、何度この痛みを繰り返すのかと思うと恐怖が先に来る。
気を失ってしまえば、即死でなくても命はない。
感じたことのない恐怖に襲われる。
ハンナはまだ、実力はあっても、7歳の少女だから。
「はぁ、はぁ、ボツの品でも、こういう時は本当にありがたい、の……」
なんとか上級回復薬を取り出し口に含む。
痛みや傷は消えるが、痛みへの恐怖は消えない。
「まだ、戦える、大丈夫なの。」
自分に言い聞かせ、震える足で立ち上がる。
と、同時に。
『予定外の翼の開放を感知。』
なんか変な声が聞こえた。
服の、背中あたり?
『緊急事態と判断。魔力開放を行います。sosを発信します。』
パリンッと、何かが砕ける音が聞こえ、同時に体に魔力が流れ込んで来るのを感じた。
同時にものすごい頭痛と、眩暈。
薄れる意識の中、とにかく敵を倒さないと、という気持ちと、あとは恐怖。
『ピィィィイイイ!』
ハンナは空を仰ぎ、甲高い咆哮をあげて、劣化竜種を次々とそのカギ爪で物言わぬ肉塊へと変えていった。
いつもありがとうございます。
誤字脱字報告、感想やご指摘、アドバイス等、いろいろありがとうございます。
とても励みになります!
特に誤字脱字の多い私としましては、助かります。
チェックをしてはいるのですが、それでもチェック漏れが多数…。お恥ずかしい限りです。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。