聖女様はソワソワしている
女の子にとって、旅の最大の敵はトイレだと思います。
あかん。
このままではダメだ。
「どうしましたか?お嬢様。」
せっかく入った帝国を出て……とはいえ、帝国の支配下にある小さな村なのだが。
そこへ向かう途中のこと。
「な、何でも……ない。」
私がソワソワきょろきょろしていることに気が付いたのだろう。
気が付かなくていい時にだけ気が回るやつ代表のゼルが、不思議そうに私に声をかけてきた。
生き物はだれしも、摂取したものを排泄する必要があるのだが、やはり年頃のレディーが、比較的イケメンを三人もつれた状態で草むらへちょいと失礼、というのはやはり耐えられない。
とはいえ、だ。
王国を出て2時間、村に着くまで2時間、どうにもできない場所で急激な腹痛に襲われたのだ。
小さい方なら一瞬だが、大きい方はまずい。腹痛を伴う場合は、30分ほどかかる場合まであるじゃないか。ああ、トイレ行きたい。
一国の姫が、何が悲しくて森の中に隠れて用を足さなければならないのだ。
うう、旅に出たことを後悔し始めた。
悲しいことに、この腹痛は、生理現象であって病気ではない。ウイルス性のモノや病のモノならば聖女の奇跡で自己完結できるのだが。
いや、まぁ、ただの食あたりや食べ過ぎで聖女の奇跡使うのもどうかと思うけど、腹痛でトイレにこもってるときって、生きてるのを後悔するほど痛いときあるんだよ?
ま、理由はわかっている。
食べなれないものを一気に食べた反動だ。
おなかがびっくりしているだけで、病気ではない。
「おい、大丈夫かよ、ティーナちゃん。顔色悪いぞ。」
「ふむ、少し休憩しますか?」
私の不調を気遣い、休憩を提案してくれる二人。
ありがたいけどね!?ありがたいけど、出すもの出さないとどうにもならない痛みってあるのよ!
ハンナだけは何となく察したのか、ため息をついて私を見ている。
しかしこいつら、鈍感男どもめ、乙女のトイレ事情くらい察してよ!
と、流石に言えない。
「ハンナも、暑いし疲れたの。あっちの方に滝の音がするの。ちょっと水浴びしたいの。」
「わたしも!!!!」
腹痛のために頭が働かなくなっていた私を見かねたハンナが、助け船を出してくれ、私は間髪入れずにその意見に賛同する。
私の必至具合に、男性陣はちょっと引いていたが関係ない。
「覗いたら殺すの。」
「ガキの裸なんかに興味ねぇよ。さっさと行きな。」
「なんだ、ヤッパリ休憩したかったんじゃないですか。」
アレクシスとゼルの言葉を聞き終わる前に、私はハンナを抱きかかえ滝の音のする方へと駆け出した。
もう限界です。
「ティーナおねーちゃん、あれだけ傍若無人のくせに、そういうところだけ乙女なの。」
「誰が傍若無人よ!」
200メートルほど走ったあたりに、なかなかきれいな滝つぼを見つけ、そのふちにハンナを下ろすと、ハンナの様子を確認するよりも先に草むらへとむかった。
流石にこの距離があれば、大丈夫!
下手にトイレとか言ったらさ、平然と「護衛としてついていきます。」とか言いかねないじゃない。
マジで、イケメンに近距離で護衛されながら用を足せる女の子なんてそうそういないから!
「一応隠ぺいの魔法と、それから風魔法と、それから……」
切羽詰まりながらも、乙女としての最低限の作業は忘れない。
あー……助かった。
ハンナには感謝しないとなぁ。
そう思いながら15分ほど過ごし、もちろん環境汚染を考えて浄化魔法で自然に返したのだが。
ハンナのところへ行こうとしたその瞬間。
ガサリ、バリッ、という不審な音がした。
森を歩くときの、葉っぱや小枝を踏み抜く音である。
まさか、乙女のお花摘みをのぞいたのか!?ド変態め!!
「ゼル!?」
が。とっさに振り返ったそこには、見たこともない黒いローブをまとった男がいた。
へ??
男は、私の存在に気づかず、そそくさと滝つぼの方へと向かっていく。袋に入った何かを大事そうに抱えているように見え、興味をひかれた。
てか、この距離で気が付かないのか?と思ったが、そういえばさっきお花摘みしてたんだった。
「ああそうか、隠ぺい魔法と消音魔法に、消臭魔法も重ね掛けしてるから、よほどの能力者じゃないと私の存在になんて気が付かないわよね。」
一人で呟きながら、ハンナの事も忘れてその男の後を付け始めた。
なんか絶対面白いことが起きる予感がする。
こんな山奥の人気のない滝つぼに、大切な何かを持って、必死の形相で歩く男。
怪しすぎる!
しばらく歩くと、何やら洞窟のようなところにたどり着いた。
男はその中に入っていったようだ。
「んー?何の洞窟だろう。生き物の気配とかあんまりしないけど、前みたいにゴブリンがいっぱいいたりしないよね?」
生き物の気配があまり感じられないとはいえ、気配なんて呼吸や動いた時の空気の動き、匂いなんかを総合的に判断したものであって、相手が息をひそめて奥の方にいれば全くわからないだろうし、私のように隠ぺい魔法を使っていないとも限らない。
そんなわけで、引き続き隠ぺい魔法をかけたまま、こそこそと、男を探す。
「あ、いたいた。」
何やら奥の方には祭壇のようなものがあり、男と同じように黒いローブを着た人間が5人いた。
「わが同胞よ。」
「神の導きと御心のままに。」
「この不浄なる世界に、救済を。」
『救済を!』
蝋燭の火に照らされた祭壇の上には……うぇっ!?生首!?
性別や年齢の判断はつかないが、どうやら成人らしき人間の生首が祭壇の魔法陣の上に飾られていた。
まさか、さっき男が抱えてた袋の中身ってあれ!?
暢気な旅路から一転、えげつないものを見てしまったショックで眩暈がする。用を足せたことによる満足感は一瞬で吹き飛んだ。
何だよ、こんなのどかな山奥で何やってんだよこいつら!
今時、生贄捧げるような召喚儀式なんて、悪魔神官でもやらねぇよ。
「しかし、神よとか言ってるけど、この魔法陣に、生贄に、あと、魔力の構成といい……これは、悪魔召還?」
普通の魔法とは違い、召喚魔法というのは複雑だ。
ちょちょいと魔法を唱えてどうにかなるものではない。莫大な魔力と完璧な制御、そして生贄などなど、なかなかに大変である。
私が父さまやエミールを呼んだりするのとはわけが違う。
双方向に道をつなげるだけの簡単なものだし、あれもお守りの中にはビッシリと魔法の構成が練りこまれた魔法陣があるのだから。
しかも召喚される側がノリノリで認証しているからお手軽なのであって、抵抗するものや自分よりもずっと高位のモノを呼ぶとなると……。
そんなことをいろいろと考えている間に、儀式は終盤へと向かう。
「我らの前に現れ、世界を救いたまえ!」
えええ、どう考えても悪魔召還だよ!?
多分、出てくるのは世界を救うような相手じゃないよ!
止めるべきなのかどうするのかを考えている間に、ついに召喚魔法が完成してしまった。
そして、代表らしき男は叫んだ。
「聖女召喚!」
……ないわー。
まさかの聖女召還。
聖女が魔王の娘だから、悪魔召還でも似たようなもんかもしれないが。
……って、そんなことない!悪魔と魔族は違う!
セルフ突込みをしながら、私はため息交じりにその召還を見守っていた。
人数と生贄の数を見る限り、呼び寄せることができてもレッサーデーモンがやっとだろう。
あれは人間でいうところのAランクに分類される。
まぁ、多少町なんかに被害が出るかもしれないが、人間でも数がいれば倒せる程度だろう。
『ぐるぁぁぁぁぁぁ!!!』
重厚感のある咆哮が響き渡った。
そこに現れたのは、真紅の身体に大きな翼が一対。
5メートルほどもあろうかという巨体に立派な牙と爪を持った見まごう事なきレッサーデーモンである。
「く、また失敗か!!」
またって、何度目やねん。
「落ち着け!召還で呼ばれたモノは、召喚者に隷属するはずだ!」
しかし、全員の視線を集めたその男は動かない。
「おい、早くそいつを!!」
が、男たちの目の前で、召喚者の男はバタリ、と倒れ伏した。
倒れたその場に広がる血だまり。
『ふん、下等生物が。』
あーあ。
助けてやる義理もないが、このまま死ぬのを見ているのも後味が悪い気もするし、どうしたもんかな?
そんなことを考えているうちに、その心配はなくなった。
レッサーデーモンが軽く片手を振ると、その場にいた男たちも、短い悲鳴を上げて倒れ伏したのだ。
しかし驚きだ。
まさかその程度の実力でこんなに大層な召喚をやっていたとは。
大した力もないような謎の集団がいきなり聖女召還と間違えてレッサーデーモン召還する?
なんか違和感がすごいのだけど、とりあえは考えても答えはわからない。
そんな事よりも、この劣化悪魔どうしたものか。
放置したら、関係ない人まで巻き添えになるよな。
「こいつらは自業自得だけども、しょうがない。呼ばれたし、飛び出てみましょうかね。」
次の犠牲者を探すべく翼を広げたレッサーデーモンの前に立ちふさがると、すべての隠ぺい魔法を解除した。
こんなイレギュラーがあるなんて!
私は、ワクワクを隠しきれない満面の笑みでレッサーデーモンの前に立ちふさがった。
『まだいたのか。よほど死にたいと見える。』
ニヤリと口元を釣り上げたレッサーデーモンに向かって私はびしっと指をさすと言った。
「さぁ、かかってきなさい!この下等生物!」
いつもありがとうございます。
誤字脱字報告も、とても助かりました。
確認しているつもりなのですが、なかなか修正が追いつかないので、本当に嬉しいです。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。




