聖女さまは街を見る
無事、帝国に入るまでが大変ですね。
「これがラザン帝国。いやー、思ったよりすごい。」
「どう思っていたかはわかりませんけど、資料は見ているでしょう?」
入国審査待ちの列に並びながら、ものすごく立派な、壁に対して感想を述べると、やれやれと言った様子のゼルに水を差された。
魔王城にはこんなのないんだもん。
「資料と実際では違うでしょ!」
「挿絵から、その情景をイメージできないようではまだまだですね。」
「ぐぬぬ。面白みのない男ね。」
「生憎、面白みを求めて生きてませんからね。」
本当に、ゼルはつまらないやつだと思う。
感情も乏しいし、喜ぶことも、悲しむことも少ない。つまらなそうに、俯き加減で首を傾げていることが多いのだ。
そんな風に生きてたら、一生つまらないままだぞ、と言っても、何も応えない。
恐らく、多くのことに興味がないのだろう。
こいつ、何が楽しくて生きてるのかな?
「まぁまぁ、こう見えて、ゼル君も帝国を前にして多少ドキワクしてるみたいだし。そう言ってやるなって。」
「へ?」
ゼルが不快そうに眉をひそめ、振り向いたその先にいるのは、アレクシスだ。
「いつ誰がドキワクしたと言うのですか。」
「人間に対する恐怖心みたいなのが前に出てるから多少固くなってはいるが、なんか楽しそうな空気を醸し出してたぞ?」
「ええ?!ゼルが?」
「……そんな事ないです。」
プイッと横を向き、その表情は読めないが、言われてみればいつもより少しキョロキョロしていた様な?
「付き合い長い割にティーナちゃんはゼル君に無関心なのな。この程度の付き合いの俺たちにだってわかるぞ?」
「私が、無関心?」
「感情を細かく観察する気がないのか、それとも興味がないのか。ゼル君だけにそうなのかと思ったけど違うね、君はどうやら他人と距離を置くタイプのようだ。」
「へぇ、初めてそんなこと言われた。」
そういえば、過干渉な父親と、自分の興味に突っ走りながらも家族思いの弟、私たちを心から愛してくれる母。
お父さんの部下はみんな私たちを大事にしてくれるし、人の感情を一生懸命読み解こうなんてしたことなかったかな。
でも、そんな風に言われると、ちょっと私が冷たいやつみたいじゃん。
分かるような気がしながらも、多少不服だったので反論しようとしたその時、少し目を伏せながらゼルが言った。
「違います。お嬢様は、他人と深く関われないのですよ。魔族の天敵である聖女が魔王の娘なんですから、当然でしょう?自分のせいで家族に何かあったら、と、こう見えて常におびえながら生きてきたのです。」
「え?」
何だこいつ。
「だってそうでしょう。歴代の聖女に憎しみを持っている魔族だっていなくはありません。魔王の娘だから大切にされる自分と、魔族の敵である自分がいるのです。どうしても、魔族側から距離を置かれています。貴方達のように、ずかずかと土足で踏み込むような真似をする人なんて、いなかったんですよ。」
「……そんなこと、ないって。」
あれ?
本当にそんな大層な事じゃないから気にしないで、と言おうとしたのに、鼻のあたりがツーンとする。
やめてよ、これで泣いたら私が図星をつかれたみたいじゃない。
「自分の事で頭を悩ませる両親を見て、良い気持ちになる子供なんていませんよ。それが、自分自身の存在であるなら、なおさら。」
「……もう、ね、ゼル、いいから。」
「ああ、悪い。そこまで踏み入ったつもりはなかったんだ。」
私が慌てる様子を見て、アレクシスは言った。
目が潤んでしまったのを見られたかもしれないと思うと、少し恥ずかしい。
「ゼル君たちの存在が不思議でね。何で君たちはそんなに人間と和解したいのかと思って。」
「何で?何で好き好んで他種族といがみ合わなければならないのですか。私たちに取ったらあなたたちの方が謎ですよ。食べるわけでもないのに、必死になって魔族を殺しに来る。」
「そりゃ、魔王という脅威がいるなら、人はそれを排除しようとするだろう。」
ジークハルトも言葉をつづける。
「我々にとっては、魔物も魔族も同じ、自分たちよりも強い恐怖の対象なんだ。」
「ああ、最近あなたたちを見ていてすっかり忘れていた。そういえば、私たちって人間たちに死ぬほど嫌われていたんだったわ。」
「それだけ嫌われても、和解しようとする理由は何だい?自分たちの種族を守りたいなら、その圧倒的な力でねじ伏せればいいだろう。」
「んー。そういえば、何でだろうね。」
父親である魔王を、そしてその後を継ぐであろう弟を守りたい。
本当は人間たちも勇者たちも、すぐにお父さんを殺そうとする。大嫌い。
全部殺してしまえばいいと思った。
でも、私は家族を殺されたら悲しい。
人間にだってみんな家族や友達はいる。
孤児だって、親がいないと生まれないのだから、生まれた瞬間から天涯孤独な生き物はいないだろう。
私が家族を愛するように、きっと人間にも愛する人がいるんだと父に教えられた。
「みんな殺したっていいと思ったこともある。気性だけで言えば、実は私よりもエミールの方が聖女向きだろうね。」
聖女という単語を拾い、とっさにアレクシスが周りを見るが、私は小さく首を振った。
「会話は、風魔法で散らしているから、私たち以外には聞こえていないよ。」
「そ、そうか。」
「私は、生まれる場所を間違えたんだろうね。父様も母様も私が普通の子だったらよかったと、ずっと思っていただろうし。」
「お嬢様!そんなことはありません。魔王さまは、お嬢様のことを心から愛しておられます。」
「力加減一つで自分を殺しかねない相手を、ほんとに、心から、愛せるのかな?」
ああ、そうか。
私は、聖女であることが嫌だったんだ。
人間の中では崇め奉られる存在かもしれないが、魔族の中では殺戮の象徴でしかない。
だから私は、自分が役に立つとアピールしたくてただただポーションを作り続けてて。
「魔王さまはお嬢様を愛しています。お妃さまも。あの方々の愛を疑わないでください。私ですら、あの父親の愛情を信じてるんですから。」
そっと私の頭を撫でるゼル。
無愛想で臆病で、いっつもめんどくさそうにしている癖に、影で私のことを守ってくれている。
「あーあ、女の子泣かせるとはこのアレクシス、一生の不覚。」
「詫びて死ね。」
項垂れるアレクシスに、ジークハルトは割とマジで剣を抜こうとしていた。
列に並びながらだとさすがにばれるので、ハンナが止めに入ったが。
「な、こう見えてゼル君て感情豊かなんだよ。細かい気配りもできるしな。」
「泣かせておいて、何を偉そうに。」
「もう、アレクシスさんその辺にしておいてください。私やお嬢様をからかうのも。」
「だって、ゼル君……。」
アレクシスは多少不満が残る様子で何かを言おうとしていたが、ゼルに肩を掴まれ、何かを囁かれると、驚いたような顔をして、やめた。
なんだかよくわからないけど、思ったよりは仲が悪くないのかな。
「ほんと、ゼルはいつも私を助けてくれるよね。こんな私の自己満足の旅にもついてきてくれて。本当に感謝してる。やっぱり、ゼルは、私の頼れるお兄ちゃんだよね。大好き。」
「はい、ありがとうございます、お嬢様。」
いつものやり取りをすると、なぜか頭を抱え肩を震わせているアレクシスと、ゼルに対して憐みの眼差しを向けるジークハルトがいた。
そりゃ、お兄ちゃんとか言いながら、便利な小間使い扱いしたり、護衛扱いもしたけど!
それなりに頼りにしてるし、信頼してるし。
「なによ。私の護衛が可哀そうだっていうの?」
「い、いや、まぁ、うん、まだティーナちゃんも若いしな、うん。」
歯切れの悪いアレクシスに更に文句をつけようとしたその時。
「やめてください!お願いします!」
何か列の先頭でもめているようだった。耳を澄ませてみると。
「貴様!悪魔を帝国に入れようとしたな!!魔族は入国禁止だと知っているだろう!」
「すみません!帰りますので、どうか娘だけは!!」
「魔族はすべて殺せとのお達しだ。まやかしの魔法で羽を消したところで誤魔化せると思ったか!」
「先祖返りなんです、魔力も弱く、人に危害を加えたりしません!どうか!」
「悪と交わった一族には、死、あるのみだ。おい、向こうに連れて行け!」
「お許しください!」
うーむ?
どうやら、羽を隠して入ろうとすると、ばれてしまうらしい。
「誤魔化せなかったら、計画大破綻じゃない?」
「いやぁ、まさか、そんな簡単に見破られるとは知りませんでしたね。」
「これじゃぁ、偵察どころじゃないの。」
私たちが三人で頭を悩ませているとジークハルトは不思議そうに言った。
「こう、魔族の姫なら、こういう場面で『まちなさーい!その子を離しなさい!』みたいな感じで暴れるかと思ったが。」
ああ、私があの子たちを助けないことに疑問を持ったのか。
「そりゃ、助けたいわよ。でもここで暴れたってどうにもならないじゃない。魔族と人間の和平を望んでここまで来てるのに、力を振りかざして暴れたら、悪い結果しかないわ。」
「お、思ったより冷静なんだな。」
「おそらく私よりも、ハンナの方がハラワタ煮えくりかえってんじゃない?自分たちのように混ざり者の先祖返りの迫害は、嫌って程見ているでしょうからね。」
ちらりとハンナを見ると、自分の腕を握りしめながら呟いた。
「……ハンナは、自分に人間の血が流れていることが、おぞましいの。」
「まぁ、どうせ捕まえてもすぐには殺さないでしょうし、この感じだと既に捕まっている魔族や先祖返りや混血もいるでしょう。
どうせ助けるなら、全部まとめての方が効率がいい。一人を助けるためにほかを助けるチャンスを逃すのは愚かな事です。」
どうやら私たちには、偵察以外にも、救出任務があるらしいのだった。
子供は、年頃になると、親の愛情を疑いたくなる時もあるようです。




