聖女は親友を奪われる
たびに出たいけれど、お父さんは過保護です。
「クルト!クルト!!」
冷たくなった体。
「すみません、他にも怪我人が多くいたため、回復薬やエリクサーも間に合わず、ゼル様達が支援に来てくださった時には、もう……」
「だから!私が!私が行っていれば!」
何が魔王の娘だ。聖女の力だ。
友達1人助けられずに、何をやっているのか。
「ダメです。もし人前でその力を使ってしまったら、人間に死ぬまで利用されてしまいます。」
親衛隊の1人、白い髭を蓄えた小柄な老人が跪きながら言った。
「そうだ、ティーナ。お前の力は、本当に素晴らしいものなのだ。死んでからでも、魂が離れる前ならば蘇生もできるほどに優秀な治癒能力、武器を魔剣にしたり、装飾品に特殊効果を付与することもできる。お前の作るエリクサーで、どれだけの魔族の命が助かったか。」
私を抱き寄せながら、頭を撫でているのは、父様。
身体には、大小無数の傷があり、傍でゼルが神聖魔法を用いて治癒を行なっている。
「勇者も、なりふり構わなくなってきたと言うことか?しかし、聖女もなしにワシに勝つのはなかなか大変だとおもうんじゃがのぅ」
見たところ、勇者は既に30才くらいになっていた。聖女が見つからず、既に生まれているはずの次の勇者も見つからない。
そのせいで焦っているのか、攻めて来る回数も人数もかなり多くなっている。
だが、正直なことを言えば魔族の住む土地に奪うほどの価値があるとも思えず、こちらの被害と向こうの被害を考えると、攻めて来る利点の方が少ない気すらする。
一度の侵攻で犠牲になる魔族は多くても片手で足りるほどなのに対し、向こうは毎回何万という軍隊が勝手に死んでいた。
毒の沼の瘴気、群生する魔物、魔草の幻覚。魔族にとっては、ちょっと空気悪いわー、とか、この辺は蚊が多いなーとか、ふわっといい気持ちになっちゃう。吸い過ぎたら毒だけどね、とかで済む物も、人間にとっては即死級だったりするのだ。
こんなところ奪ったって、人間は住めんよ?
って、何度も父様が伝えてるのに、誰も聞いてくれやしない。
勝手にドラゴンの巣に突っ込んでいって全滅した部隊もいたな。
正直、魔王を殺すことに、そんなに意味があるのかと、疑問に思うことも多い。
大抵は、数を大幅に減らした軍が、何とか近場の村にたどり着き、陽動のごとく大暴れして、人質を取ったりしながら生き延びた勇者の一団が辛うじて城に押し入り、魔王にやられて逃げ帰る、というパターンである。
「父様……たとえ少ないといっても、たった1人の犠牲も、出したくないのが本音です。私は、魔族達が平和に暮らせればそれでいいのに。なぜ人間は私達をそっとしておいてくれないの?」
「本当にワシも、よく分からんのじゃ。勇者が来て、毎回死ね死ねって言われると、流石のワシでも多少凹むのよ?」
今回は、軍の数が多かったのと、勇者が2人来たのがそこそこ辛かった。
「若い方の勇者はそんなに怖くないんじゃが、50歳にもなって年配の勇者は相変わらずいい太刀筋じゃったわい。」
「年配の勇者って、あの、ヤル気のなかったおじさん?」
「そうそう。あいつは、わしの知ってる中では唯一話を聞いてくれてのぉ。一緒に茶を飲んだ仲じゃ。」
敵と仲良くなってどうするのよ……。
「でも、それなら何で襲ってきたの?話を聞いてくれたんでしょ?」
「うーん、聞いてはくれたんじゃが、立場上そうはいかないとか、お前らの側に生まれたかったとか、家族を不幸にできないとか、言われてしまっての。」
「立場って何なんだろうね。」
「分からんが、勇者にも色々有るんじゃろうな。」
魔王を前にして、ため息をついて、仕方なく戦ってますって感じが凄かったもんなぁ。
やる気を出せば、本当に父様を追い込めそうなくらい。
若い方は色々指示を出しながら必死になってたけど、戦い方を見ていると、これが才能の差なのかとはっきり分かるレベルだった。
「よし、一通り治癒も終わったし!……ねぇ、父様。」
「ダメじゃよ?」
「まだ何も言ってませんけど。」
「なんか、思いつめたようにこっちを見てお願いされたら、断りたくなるもんじゃよ。」
「うっ……。」
「いくらマイスイートエンジェルのお願いとは言え、危ないことはさせたくないしの。」
父様は、本当に優しい。だからこそ、いつ殺されてもおかしくはない。もう引退した歳の勇者すら引っ張り出すほどに人族は何か焦っていた。
ここ数年、特にその動きが顕著で有る。
このままだと、本当に人魔大戦が起こり、どちらかが滅びるまでなどというくだらない状況になりかねないのだ。
「私も同じ気持ちなのです、父様。」
私は、父様の目を見つめながら、訴えた。
「人の侵略があるたびに、私の家族とも言える魔族が殺されます。私は、何としてでも、それを止めたいのです。クルトのように、何もしていないのに、魔族というだけで殺されるのには納得できません。」
「ティーナ。気持ちはわかる。じゃが……」
「父様は、いつもそう!なるべく戦わないように逃げてばかり。だからこそ人間は調子付き、なんども襲ってくるんだわ!」
「……そうは言っても、なんども話しとるんじゃが、その……」
「この際、私が、この侵略の意図を探り、止めてみせようと思うのです。」
「ダメじゃよ。」
きっぱりと言われてしまった。そう言われることくらい、お見通しだわ!
「分かりました。私は部屋で休みます。」
「こっそり抜け出すのもダメじゃよ?ゼルを見張りにつけとくからの。」
「うぐっ……」
そう言われて、言い返すこともできず、すごすごと自室へと引き返した。
後ろから、呆れ顔のゼルが付いてくる。
「お嬢様。流石にそれは無理ですよ。」
「無理じゃないわ!あんたが私を見逃せばいいのよ。」
「出来ません。私が怒られてしまいます。」
「じゃあ、あんたもついてきなさいよ!」
「ええええ、、。嫌ですよ、人の住む国に行くとか、怖くて無理ですよ。」
「意気地なし!」
バタンとドアを閉め、ゼルをドアの前に置き去りにする。
まぁ、もともとドアの前で見張りをするつもりだったのだろうけど。
「あーあ、私が守ってあげないと、ダメなのになぁ。」
魔族なのに聖女の力を持ったのも、きっと何か意味があるはず。
だから、私は、守りたい。
大事な、みんなを。
抜け出す方法を考え始めました。
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