聖女様と半人前の勇者様
アレクシスが補欠の勇者だそうです。
「なんであんたはわかるの?」
本に夢中なゼルを捕まえ、説明を促す。
「分かるっていうか、他人の空似程度で、なんか見たことある人に似てるなーという程度に感じていたのが、聖女の魔力と混ざり合って、クッキリしたから、あ、そういえばあの人に似てる!って特定できた感じですかね。」
ああ、さっきアレクシスにキラキラを流し込んだり剣に勇者の魔力を流したりしたからか。
「魔力の波長が似ていたから、不思議に思って魂をじっくり見たら、へんなものが絡み付いていまして。」
「変なもの!?」
「それが、勇者の因子とか呼ばれるやつってことか。」
ゼルは、鳥型の魔族で目が良い。
魔力の波長を見たり、それに合わせて変えたりととても器用だ。
だからこそ、ロベルトも、魔力の扱いに長けていて神聖魔法まで使えたりするのだが。
「帝国の王子って、神出鬼没だからなー。隠れてる感じでさ、あんまり情報もなければ、出兵の時以外は、外にもあんまりでないんだとか。」
「普通、勇者の因子って魂に混ざってて、本人の魂と別にあるなんてことがないんですけど、あなたの場合は、魂の横にもう一つ魂があるような感じでして、違和感バリバリです。」
本を置き、マジマジとアレクシスの顔を覗き込むゼル。
「いくら綺麗な顔をした、にぃちゃんとはいえ、男に見つめられる趣味はないんだがな。
軽口をたたくが、ゼルは全く意に介せず、首を傾げた。
「今までよく誰にもばれませんでしたね。」
「うーん。そんなにバレバレなのか?」
「最初から、気配に多少の違和感があったのは事実なんですが、はっきり分かるようなものではありませんでした。なんていうか、今、急に気配がくっきりしたんですよね。」
そう言って、2人の視線が私の方に向いた。
そうですよね、私のせいですよね。
「わ、悪かったわよ!まさか、勇者の隠蔽魔法を解いてしまうとは思わなかったの!」
「解いたというよりは、聖女の魔力を帯びて強化されたことにより、隠しきれなくなったというのが正しそうですね。」
「……。ゼルにこんなにあっさりバレるのなら……。」
そう思った瞬間、パタパタという足音が聞こえ、同時にドアが開く。
「ここでしゅ!変な気配がするでしゅ!」
「何なの?変な気配って、ティーナお姉ちゃんじゃ無いの?」
「あ、アレクシス様!相変わらず素敵です!」
まず、息を切らした竜娘が現れ、それに続いてハンナと騎士団長の娘。
「何が起きたっていうんだい?」
「嫌な気配がしたけど、帝国の勇者じゃ無いんだ?」
少し遅れて70代の勇者と私の弟。
「こいちゅ!この男!さっきまではなんか曖昧な魔力だったのに、今ははっきり分かるでしゅ!こいつ勇者でちゅ!」
「はぁ?おかしいね、アレクシスが勇者だなんてそんなこと聞いたことないよ?」
「急に勇者になるのもおかしな話だよね。あんた何者?」
エミールは、剣の切っ先をアレクシスに向ける。
しかし、ゆっくりとした動作で、シンディがその剣に手を添えて、下を向けさせた。
「あんたからすれば敵かもしれないけど、こいつは王子なんだよ。無駄な争いはしないに越したことはないさね。」
「ちぇっ。」
「で、アレクシス。何がどうなってるか説明してもらおうか?」
シンディは優雅な動作で、1番の問題児エミールを座らせると、その隣にさっさと腰を下ろした。
「説明しろと言われても、俺もよくわからなくてね。」
肩をすくめるアレクシス。
机の上に派手な装飾の聖剣を置くと言った。
「俺が子供の頃、特殊な封印の施された聖剣が地下から見つかった。聖剣自体はたまに見つかるし、数百年は魔力を帯びているから、魔剣として使う人もいる。王家では、宝物庫の中の肥やしになることも多いな。」
大体は500年ほど長くても1000年もすれば魔力が切れてただの剣になるが、聖剣として使う都合上、大体はそれ自体が魔剣であることが多い。
なので、王家や貴族の間では、家宝として大切に保管されるらしい。
「ただ、封印の経緯が謎なのと、魔族特有の封印が施されていたことから、このこと自体はあまり公にされることはなかった。魔族を倒す聖剣を、聖女と勇者と魔族の三つの魔力で封印してあったのだからな。魔族は敵だと言い張っている帝国には、あまり都合のいいものではないだろうとの考えからだった。」
そりゃね。
魔族まで絡んで厳重に封印されていた剣となると、少なくともその3人の間に何か関わりがあったのだろうし、敵対して封印したというよりは、協力して封印した形だったのだろう。
魔族との協力、という言葉は、帝国にとって都合の悪いものだと思われる。
「ま、あとは、聖女に憧れていた俺は、興味本位で父親に聖剣をねだり、大切にするという約束で譲り受けたのだけれど、触れた瞬間に何か魔力が俺の中に流れ込んできた。それからしばらくして、勇者の力を使えるようになった、という感じかな。」
そう言って、さっきと同じように剣に魔力を流してみせる。
それに呼応して浮き出る文字。
《この力を持って聖女カムラを殺せ。勇者アルフォンス》
「聖女を殺せだって!?」
「カムラというと、聖女の中の聖女、大聖女とも言われたあの伝説のカムラ様のことですわよね?」
「物騒な剣なの。聖剣らしく無いの。」
「しょんな、7000年以上も前の聖女を殺ちぇと言われまちても、古竜でもあるまいち、生きてるわけないでしゅ。」
それぞれが首を傾げたり、頭を抱えたりしている中、剣フェチのエミールは嬉しそうにアレクシスの剣を弄り回し、アレクシスは苦笑していた。
「でも、なるほどでちゅ。青の勇者は一時期から他に比べて弱いと聞いていまちたが、その剣とお前と封印のせいだったのでちゅね。」
「青の勇者ってなんだい?」
ふんふんと、アレクシスの匂いを嗅ぐヒメ。
真っ先に食いついたのは、以外にもシンディだ。
「古竜は長生きだち、たくさんの勇者を見比べたりしてきまちたからね。特に、鼻がいいので、魔力を嗅ぎ分けて勇者を特徴別に色分けしていたと聞いたことがあるでちゅ。」
ヒメは当然のように言ってのけるが、私は初耳である。
すると、さも当然と言わんばかりにゼルが付け足し始めた。
「因子は5個あると言われていましてね。それを古竜は色分けしていました。昔から勇者が100歳まで生きたとき、次の勇者はどうなるのかって話になったことがあって。なんて事はない、産まれないんですよ。一番上の勇者が死ぬまで次が生まれないんです。なので、因子は5個で、ほぼ間違い無いんですが。」
勇者の伝記を広げながらゼルは続ける。
「今みたいに、全員元気に生きてるとも限らなくて、勇者だって人間ですからね。大体は80歳くらいで死にますし、途中で若くして死ぬ勇者もいます。だから、5個で十分だったのでしょうけど、魂を色分けしていたらしい古竜族が面白い事を言っていまして。」
ああ、そういえば……なんか昔聞いたことがあるかも。赤、黄、青、黒、白の五色に分けて勇者の特徴を研究しようとしたってやつか。
思い出した。
「青の勇者が、ある時を境に急激に弱くなり、現れる回数が激減した、と。」
「激減?」
「例えば、赤、黄、青、黒、白の順で生まれるとするじゃないですか。」
本の表紙の色を因子に置き換え、机に並べるゼル。
「そうすると80歳60歳40歳20歳0歳になるのが通常です。
でも、白が生まれる前に赤が70歳で死んだとします。その時は、次に生まれるのは順番通り白です。
しかし、黄が70歳で死んだ時、次は青が生まれるはずのところ、次の周期では青が飛ばされて黄が産まれるんです。
なので、赤、黄、黒、白の四色でなるべく回し、足りない時に青を使う感じです。」
「なんかの原因で青が弱くなったから、なるべく青は使いたくないと?」
この世界の人間の平均寿命は70代半ばくらいだ。
80まで生きれば長生きで、90代の勇者なんて、超レアなほど長生きしている。
たしかに100を超えることもあるが、それこそ伝説の賢者とか仙人とかの域である。
「寿命通りで死んでくれるなら、本来4個で足りますからね。それが変な使われ方をしているなら、きっとそうなのでしょう。」
「ちなみに、エミール君は赤でちゅね。シンディしゃんは白。そこのヘンテコ勇者は青でちゅ。」
ヒメは順に指差して言った。
何でも、魂にうっすら色がついて見えるのだとか。
「推測ですけど、何らかの方法で、自分の魂ごと勇者の力を封印しようとして、半分だけ封印することに成功したのかもしれません。もしくは、失敗して半分しか封印できなかったか。」
「ふむ。剣に封印してあったが、それが解けた事によってその因子が勇者の子孫に宿ったと?もしかしたら、何らかの術を使って子孫を封印解除の鍵にした可能性もあるな。」
ゼルとシンディとヒメが様々な案を出し合いながら推測を始めた。
「つまりはあれかい。青の勇者が2人いるのは、因子が二つに割れてるからって事かい。」
「因子は魂に混ざりますから、魂を自ら封印すれば、確かに因子も回収されずに残る、と?」
「今までも青の勇者は弱かったでしゅが、今代ほどではありましぇんでちた。もしかしたら、この剣の封印が解けた事により、こっちの因子が向こうの因子から力を奪ってるのかもしれましぇんね。」
「となると、俺、完全に狙われるフラグ?」
「そうだね、どちらかが死ねばどちらかに吸収される可能性が高そうだ。」
カムラを殺す前に、真っ先に殺されそうなアレクシスだが。
私が聖女である以上、アレクシスが殺されることはそうそうないだろう。
聖女は勇者を強化し、守り、導くのだから。
「また、作戦会議やり直しかなぁ」
私は、大きなため息をついたのだった。
エミールは、シンディが大好きなようです。