幼女と聖女と酔っ払い@ハンナ挿絵
主人公が酔っ払って使い物にならないので、急遽ハンナ視点に切り替えました。
酔っ払いだらけのテンションで多少読み辛いですが、ご了承ください。
おかしい。
過保護な父親から少し離れたくて、どさくさに紛れて魔王の娘である聖女さまの、人間領散歩に同行したのだが。
最強クラスの力を持った娘だ。
これ以上ないくらいの安全な旅のはずだった。
しかし、聖女である魔王の娘は、相当なポンコツであった。
人間としての常識どころか、魔族としての常識も欠けまくり、老人かと突っ込みたくなるくらい物忘れも激しい。
先日も、人間は魔道具無しに簡単に結界なんか張れないという話をしたところなのに、既に人前でいともたやすく結界を張り、好奇心のまま動き回り、あっさりと魔族だとバレている。
年上に庇護されながらの安全な旅のはずが、何故かツッコミを入れるだけが仕事になっていた。
もう今更だが、危機感もクソもない。
そして、たまたまいい人だった人間たちと呑んだくれている。
突っ込みどころが満載すぎて、もう突っ込むことすらままならず、オレンジジュースを飲みながら、焼き鳥を食べつつ、傍観していた。
「こんな所で、防音の結界張ってるからって、騒ぎまくるのはどうなの?」
「じゃあ、大丈夫なところに行こう!」
言った瞬間、世界が切り替わる。真っ白な、それでいて安定した不思議な空間。
暑くも寒くもなく、時間の流れもわからず、地面の存在も曖昧で、外の音も全く聞こえなかった。
それなのに、机もあり、机の上の料理や飲み物がこぼれることもない。
部屋ごと異空間に収納した感じか?
「異空間キタコレ。もういっそ旅が終わるまでここに閉じこもってたい。」
「うおおお、すげぇ!異空間とか次元魔法!?」
「いいぞー!もっとやれー!」
驚くほどに全員が酔っていた。
突っ込めよ。
お嬢様のお目付役という真面目そうなイケメン青年がツッコミ担当かと思いきや、こちらもかなりのポンコツで、自己評価が極端に低く、やる事なす事とにかく消極的で、今の所まともに何がしているところを見たことがない。
そもそも、回復職の最高峰である聖女が、下位互換の回復術師連れ歩いて何やってるんだろうか。
連れ歩くなら、まだ、勇者である弟君の方がよほど使い勝手がいいだろう。
優雅な高級船の旅のつもりが、物凄い泥舟に乗ったかのような状況に、ため息しか出ない。
そして、せめて常識を持った大人の人間を仲間にしたい!と思ったにもかかわらず、追加で仲間になったのは齢100歳の見た目幼女なドラゴンである。
人間でもなければ常識も持ってない上に、7歳である私よりさらに下、5歳くらいの見た目である。
ただ、多少の常識が通じるので、ここまでくるとマシな気がしているのは毒されているのだろうか。
酔っ払って、魔法やらなんやらで隠し芸を始める大人たちを前に2人でため息をついていた。
「ダメでしゅね、これは。」
「時空魔法とか次元魔法とか、本来禁忌扱いなの。使える人が殆どいないから、公に知られてないだけなの。」
「アイテムボックシュが次元魔法の一種じゃないんでしゅか?あれは人間でも使えるでしゅよ?」
「アイテムボックスは、擬似的な異空間につなげる門を魔道具を使って具現化してるだけなのよー。あくまで擬似的だからね。本当の異空間につなげるなんて芸当、そうそうできるもんじゃないのよー。」
「へぇ、違うんでしゅかー。我々は異空間に投げ込んでるので、そもそも魔法の成り立ちが違うんでしゅねー。」
とはいえ、やはり私より長く生きている分、心には余裕があるのだろう。
全力で酔っ払っているクリスタに絡まれるが、ヒメは意に介さず、ニコニコと頷いていた。
もしくは、憧れの王子様に会えて幸せ補正で全てを許せているのかもしれない。
木製の薄い扉が出入り口なのは変わらず、そこは普通に世界とつながっているようだ。
もう、よくわからない。
「さすがはドラゴン!古竜ちゃんは理解力が違うねー!」
ケラケラと罠師のヴァルターは笑っていた。
「しかしこの子は魔族じゃなくて古竜だとは。いやー、驚いたね!生き別れのお姉さんを探して旅をしているとか、泣ける話じゃないのー!」
ヒメが適当に言った設定を鵜呑みにしているらしいウーリも、笑いながらヒメの頭を撫でている。
ヒメは、意中の王子様に撫でられてご満悦のようだ。
どこからどう見ても幼児である。
100年生きている分、知識は豊富だが、精神年齢はやはり5歳前後のまま固定されているらしい。
「それで、この子のお守りをする代わりに、古竜たちと交渉して討伐同等の成果を得たってわけねー。」
無理矢理な話だが、正直どうでもよかった。
ヒメの呪いの話がバレようが何しようが、私たちには大した問題は起きないはずである。
そんな事より、どうしてこんな飲み会に発展したのだろう。
てっきり、ヒメのために軽く話して再会の約束でも取り付ければ十分だったはず。
それなのに、何故無礼講のような、滅茶苦茶な飲み会に発展しているのだろう。
「おじさん泣けてくるわ。こんな小さな子が、旅か。早くお姉ちゃんに会えるといいな。」
涙もろくなってるヴァルターだが、普通に考えろ。
生き別れた姉がいるなら、親が探した方が手っ取り早いだろ。何でこんな幼児がウロウロするんだよ。
疑えよ。
魔族と古竜を、なんでそんなに丸々疑い無く信じられるっていうんだよ。
「うーん、ハンナちゃん、難しい顔してるわね。」
「そ、そんな事ないの。」
顰めっ面をクリスタに見られてしまった。
私は、流石にヒメ程ではないが、感覚拡張という先天性のスキルがあり、普通の7歳児よりは多くのことを学んでいきてきた。
先祖返りした獣人の血が何かの作用を持っていたのだろう。
普通の人よりも、多少時間の流れが遅く感じるので、素早い反応や、熟考ができる。
体がついていくかどうかは別の話なので、その辺は万能ではないのだが。
「ほら、おいで。お姉さんは獣人の血を引いてるからって気にしないわよ。」
無理矢理私をひざにのせると、背中のあたりをムニムニと触る。
人間なのに、何でこんなに怪力なの!?
「ひゃぁあああっ!」
くすぐったさに耐えかねて、隠していた羽が顕現してしまった。
「おおお、コレが鳥獣人の羽かー!」
クリスタは嬉しそうに羽を掴んでムニムニする。
ああああ、そ、そこはっ!
何故的確に弱点を撫でてくるのか!!
「や、やめっ、あうぅ……なのぉ……。」
鳥の性なのか、リラックス状態で羽の付け根、耳の裏辺りを掻かれると、耐えられない心地よさと眠気に襲われる。
「いやー、うち、大型のインコ飼っててさー。なんか、ハンナちゃんを見てると、ついつい。」
人間は亜人や魔族を嫌悪しているという話は一体どこへ行ったと言うのだ。
この人間たちは、私たちが魔族や亜人、古竜の血を引いていることを何ら問題にしていない。
「よーし、次は私の番ね!」
「えっ!?」
何故か半裸のヴァルターを押しのけ立ち上がったティーナから、一瞬キラキラした魔力が溢れているのが見えた。
「まさか……。」
撫でまくられ、全身が痺れるように、力が出ない私が慌てて立ち上がって止めるよりも先に、酔っ払ってタダでさえみそっかすな常識が吹っ飛んだティーナがやらかした。
「酒をエリクサーに変えてみせます!」
「いいぞー!」
「ヒューヒュー」
「何その隠し芸ー!見たーい!」
誰か止めろ。
と言うか、酒をエリクサーって何だよ。
薬草とかの原材料どこに行ったんだよ。
「では、ここあります何の変哲も無いリキュール!ここに聖女の魔力を流し込みます!」
「おおお、綺麗!」
「世界が煌めいてるー!」
「するとあら不思議、エリクサーの出来上がりー!」
「わー!!」
「紅茶のリキュール……。茶葉が薬草の代用品になったんですかね。そうなるともう、薬草とかの概念も無視ですか。聖女って完全にチートだと思いませんか?」
「いやー、聖書ってすごいねー!」
「違うでしょー、聖女でしょー。」
「聖女かー。俺、初めて見たわ。」
「奇遇だな、俺もだよ。あっはっはっ」
あっはっはじゃないでしょ!?
伝説の聖女だからね!?世界中の国々が、喉から手が出るほど欲してる最終兵器だからね!?
「手遅れでしゅね。」
ウーリに撫でられ、正気を失うほどにのぼせていたヒメが現実に帰ってきたときには、聖女は酔っ払いながら魔力をばら撒いていた。
「いやー、エリクサーが酒からできるとはなー。」
「ほんとほんと、聖女ってすごいねー!」
酔っ払いどもは、隠し芸の一端としてしか、この伝説を捉えることができていなかった。
ポンコツ代表のゼルも、完全に論点のずれたツッコミをしている。
どうやって収拾つけるの?
「あ、いっそコレでもできるんじゃない?なーんちゃってー!」
お冷にシソの葉を一枚浮かべてティーナの前に差し出すクリスタ。
「紫蘇って薬草なのかなー!?」
どうやらお酒の耐性がないらしいティーナは、ベロベロに酔いながら紫蘇入りお冷に魔力を流した。
コップはキラキラと輝き、回復薬はエリクサーになる。
おそらく、魔力を用いて煮出し作業やら何やらを瞬間で行なっているんだろうが、よく分からない。
「おー!出来たできたー!ハーブも薬草なのねー!」
もうだめだこの人たち。
「あ、次私ー!とっておきのをみせてあげるー!!魔物召喚!」
「ガルルル……がぅ?」
巨大なイヌ型の魔物は、自分を呼ぶほどの強敵が出現したんだと思った。
だからこそ、全力で威嚇し、魔力をたぎらせて現れた、が。
「きゃー!かわいいー!」
いきなり少女に抱きつかれる。
酒臭い謎の異空間で、どうしていいのか分からずに固まっていた。
うん、わかるよ、その気持ち。同情するの。
「この子もさー、ウーリが拾ってきたのに、結果的に私に懐いて私の眷属になっちゃってさー!どれだけ人望ないの!?みたいなー!」
「うるせぇ!」
どうしようかとキョロキョロしていたフェンリルだが、自分の首に絡みついている酔っ払いから嗅ぎ取った魔力に、震え上がった。
さらにその側にいる幼女からは、逆立ちしてもかなわないであろう古竜の匂いまでする。
「く、くぅーん!」
魔物は空気を読んだ。そして、自分の首にまとわりついている最強クラスの存在に忖度した。
精一杯可愛く振る舞い、モフモフを提供することにした。
おそらく現実逃避だろう。
「ふふふ、召喚なら負けないよー!私だって、魔王召喚があるんだからねっ!」
「や、やめてなのぉお!!」
私が叫ぶ前に、彼女の握りしめたお守りは光り輝き、魔法陣が広がった。
「魔王召喚!」
魔法陣からまばゆい光が溢れ、その中には、どうやら風呂に入ろうとしていたのだろう。
腰にタオルを巻き、アヒルのおもちゃと風呂桶をもったがっしりとした体躯の男が立っていた。
「……えーっと、久しぶりじゃの、ティーナちゃん。」
状況が飲み込めず、魔王は辺りを見回しながらとりあえずそれだけを絞り出した。
「おっさん!おっさん出てきた!!」
「やば!魔王!?まじ!?ちょーウケる!!」
「えええ、父様、服きてよー!」
キャーキャー騒ぐ酔っ払いたち。
自分の娘が楽しそうにしていることから、どうやら魔王は攻撃の意思はなさそうだ。
しかし。
「えーっと、ハンナちゃん、コレ、どうなっとるのかわかるかの?」
困り顔の魔王は、とりあえず風呂桶を置くと、そそくさと着替えを取り出して羽織った。
流石に腰にタオル一枚ではダメだと思ったのだろう。
「話すと長くなるような気がするの。」
私は、大きなため息をつくと魔王を座らせて、そっとお酒を手渡したのだった。
ハンナのイメージラフです。
鳥型の獣人の血を引いている設定ですね。
茶髪ツインテールです。
イメージだけ伝わればいいなと思うわけです。
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