聖女さまと古竜と王子様と
ヒメちゃんの王子様。
さて、依頼はこなせたので、次にやるのは手続きだ。
昨日は、なんだかんだ疲れたので、さっさと宿屋に泊まった。
思ったよりも疲労がたまっていたのか、朝までぐっすりだったな。
そして朝から、みんなでギルドへと向かっていた。
今回は、ギルド経由で依頼を受けたので、ギルド経由で報酬を受け取る必要がある。
「すみません、依頼の達成手続きをしたいのですが。」
「はーい。ティーナ様ですね。S級依頼古竜の討伐、もしくはA級依頼古竜からの護衛兼素材収集。依頼主のボルマン商会の方から、討伐と同等の成果ありとして、満額の支払いと、追加報酬をお預かりしております。」
昨日の約束通り、きっちりと報酬を受け取ることができた。
支度金の金貨1枚ですら、正直なかなかのものだったが、今回はサブ依頼ですら金貨10枚。メインの依頼は金貨100枚だったりする。
そりゃ、討伐できたら相当の稼ぎになるもんなぁ。てか、金貨100枚どころじゃないはず。
なんだかんだ、全部消し炭にしてしまうなんてことはそうそうないだろうし。
しかし、討伐で依頼を出せば、注意事項がない限り消し炭になっていても達成とみなされる。
ま、無理だろうと踏んでの依頼だろうな。
じゃないと、討伐対象の倒し方など細かい注文があるはずだ。
「では、こちらが報酬の金貨110枚です。あと、特別手当として、金貨1枚もお預かりしておりますので、お納めください。」
あたりから、どよめきが起こる。
金貨一枚でも慎ましく暮らせばひと家族ぶんの食費をまかなえるレベルの額だ。
金貨110枚といえば、大手の商人や裕福な層のの年収レベル。
「桁、間違ってないか?」
「いや、ボルマン商会の依頼らしいぞ。」
「古竜の討伐だって!?」
「ああ、例の街道のやつか。」
色々な声が聞こえる。
どうやら古竜自体は噂になっていたらしい。
受付嬢は、客が少ないのをいいことに、好奇心に満ち溢れた目をしながら聞いてくる。
「古竜を、倒されたんですか?」
「いえいえ、話し合いをして帰ってもらっただけですよ。」
「古竜と、話し合い!?」
「ええ、古竜は人に化けたりしますし、話も通じますよ。」
ある程度の力を見せたあとなら、と、心の中で付け加える。
「そんな話聞いたことがないです。いえ、確かに人語を操る者もいると言うのは聞きますが、話し合いでどうにかなるなんて。」
「何とかなってしまったのですよ。被害額を弁償してもらって和解しました。」
「こ、古竜が弁償?」
「話のわかる古竜で良かったです。」
「……。」
半信半疑の受付嬢は、理解が追いつかずに目をパチクリとさせていた。
周りの冒険者も、疑っている。しかし、依頼は達成しているので、うそとも言いがたく、悩んでいるようだ。
「とりあえず、報酬はもらったし、一旦ご飯でも食べに行こっか。」
「そうですね。」
「ごはん、ごはん!」
人間の食生活に興味津々な様子のヒメ。
私も最初はそうだったので、あまり諫めることはできない。
周りの人たちも、疑問は残るのだろうが、ご飯ではしゃぐヒメがとても可愛らしく、微笑ましそうに見守っていた。
と、その時。
ギルドの扉が開き、いかにも仕事帰りと言わんばかりに汗と泥で汚れた3人組が入ってきた。
「お、お前らも来てたのか。元気にやってるか?ま、お前らならそう簡単に苦労もしないだろうがな。」
和かにこっちに向かって歩み寄ってくる。
試験の時にお世話になった、Bランク冒険者の、ウーリ、クリスタ、ヴァルタである。
剣士、魔術師、罠師と言ったバランスの良い3人で、若くは無いものの、中堅といった感じの冒険者だ。
「あ、お久しぶりです。まぁまぁ、何とかそれなりに……。」
「きゃぁあああ!!!」
私が当たり障りなく答えようとした時、隣から悲鳴が響き渡った。
「ななな、何だ!?」
周りの視線が、ウーリたちとヒメに注がれた。
訳がわからず、ウーリは、私の肩でも叩こうとしたのか、伸ばしかけた手を引っ込めて立ち止まり、辺りを見回す。
叫んだ本人は、私の後ろに隠れて震えている。
「ちょ、ちょっと、どうしたんだい、お嬢ちゃん?」
お前が何かしたのか?と言う辺りの視線に耐えられず、ウーリは慌てて俯くヒメに声をかけた。
「ヒメちゃん?どうしたの?」
私も震えるヒメの頭を撫でながら問いかけた。そんなに怯えるようなことがあっただろうか?
ハンナとゼルは何が起きたのかわからずに、いつでも迎撃できるほどの警戒の姿勢を取っていた。しかし、何に対して備えていいのかわからず、顔だけはキョロキョロしているのだが。
「お、お……。」
「お?」
うつむきながら、震える手でウーリを指差すと、言った。
「お、王子様……!」
『はぁ!?』
周りの人たちの声がハモった。
ちょっと待て、全く意味がわからない。
「王子?……あ、あの時のチビじゃねぇか!良かった、無事だったんだな。」
「ひ、ひゃぁあ……!」
「あら、ほんと。あの時の女の子じゃ無い。」
マジマジとヒメを見ていたウーリは、思い出したように言うと、ニッコリと笑った。
イケメンとは言い難いが、愛嬌のある顔に、雑に整えられた金髪。
笑顔になると、なかなか悪く無いのかな。
しかし、王子様がウーリだと?
「あら、嫌われちまったかな。」
「あわわわ!?」
「ウーリの顔が怖いんじゃねぇか?」
「ヴァルター。お前に言われたくねぇよ。」
突然の再会に錯乱しまくっているヒメ。
しかし、周りから見れば人見知りをしている子供にしか見えない。
ウーリも、仲間たちと苦笑しながらこっちを見ていた。
「あー、突然の再会だからじゃ無い?」
「そうか?なら良いんだがな。で、何でこの子がお前らと一緒にいるんだ?」
「ああ、そのことなんだけど、詳しく話したいことがあるのよ。ご飯奢るから付き合わない?」
「お、後輩に奢られるなんて先輩として情けない気もするが、なんかお前らの懐具合良さそうだし、お言葉に甘えようかね。さっさと報酬受け取ってくるから、ちょっと待っててくれ。」
そう言って、3人は自分達の手続きのため、受付に行った。
どうやら、討伐依頼をこなしたらしく、小金貨5枚を受け取っていた。
「俺たちも収入があったところだから、奢りじゃなくても良いぜ?」
ほんと、この人たちはいい人なんだよなぁ。
ハンナも、ヴァルターの事をいい人だ、と言っていた。彼女が人を褒めるのは本当に珍しい。
「いいのいいの。」
私たちの報酬額を聞いていなかったから出るセリフだろうが、素直に嬉しい。
しかし小金貨5枚なら、消耗品や食費、宿代でソコソコの額が消えてしまうだろう。
この場合は、私たちが出して当然だ。
「ティーナしゃん。」
「ん?」
ウーリ達が離れた隙に、ヒメは私に小声で話しかけてきた。
「あの、あたくちの呪いの話とかを、秘密にして欲しいのでちゅ。」
「へ?何で?」
「こんな姿では、恋愛対象になんてなれないでちゅ!万が一、ごめん、妹にちか見えないんだ、とか、娘にちか見えないんだ、とか言われて断られたら耐えられないでちゅ。本来の姿で、告白したいのでしゅ!」
何だその複雑な乙女心。めんどくさ過ぎるだろ。
まぁ、今まで娘のように可愛がっていた子が、突然実は大人でした結婚してくださいとか言っても、対応に困るもんなぁ。
「じゃあ、まぁ、当たり障りなくいくってことで。」
「よろしくでしゅ。」
「こんなことしてる暇があったら帰りたいとか言っちゃダメですよね。」
「そうやって空気読まないところが、いつまで経っても下っ端である所以なの。」
呆れ顔のゼルとハンナだが、乗りかかった船とばかりに、付き合ってくれるようだ。
帝国の調査に行くのは、中々に時間がかかりそうである。
「よーし。じゃ、行くか?」
「ウーリさん。食事の前にお風呂でも入ってきたら?」
近寄ると、汗と泥と、魔物の血の匂いがする。
「衛生魔法で処理するさ。」
「流石にこのままではいかないわよ。衛生魔法!」
おお、なにその魔法!知らないんだけど。
「人間がよく使う魔法ですね。魔力の消費量が多いので、あまり戦闘中には使えないですし、やはり気持ち的にスッキリしたいのであまり魔族としては滅多に使わないんですが。」
「でも、冒険者には便利そう!あとで教えて!」
「うふふ、いいわよ!」
ゼルもハンナも使えないらしく、あとで全員クリスタさんに教わることにした。
術者が汚れとして認識する非生物を分離する魔法らしく、汗や泥が消えるのだが、実はアイテム袋内に隔離収納しているらしく、あとで捨てないといけないらしいけど。
「じゃあ、指導料として食事代全部持つので、遠慮なくお願いします。」
私の言葉に、3人は笑顔で答えた。
そんな訳で、私たちは比較的大きめの食堂に入り、適当に注文をした。
本来魔法を習うには金貨数枚から数十枚という値段がかかるらしいが、生活魔法は一般的に知られており、親が子に教えたりもするそうなので、払っても小金貨数枚が精々だと言いつつ、ウーリ達は案外遠慮なく頼んでいた。
「で、お前らはどんな依頼をこなしてたんだ?俺たちは、オーガ討伐だ。最近人里を襲うオーガが現れたらしくてな。あいつら、力は強いが知性は低い。楽な依頼だったよ。」
世間話から入るウーリ。
「私たちは、ボルマン商会の依頼でね、古竜討伐だったんだけど……」
「こ、古竜!?」
「あ、まぁ、討伐というか追い払ったんだけどね。」
「いや、それでもすごいだろ。普通の人間だと、対峙しただけで気絶もんだぞ?」
「ま、あんた達、絶対普通じゃないもんねぇ。」
クリスタは、クスクスと笑いながら果実酒に口をつけた。
因みに、ヒメはウーリの隣に座るクリスタを睨みつけている。そんなとこでヤキモチ妬くなよ。
その視線の意味に気づかないウーリは、やはり嫌われているのでは無いかと、多少ソワソワしていた。
「で、お嬢ちゃん……ヒメちゃんだったかな?元気にしてたかい?」
「はい、王子様に戴いた回復薬のお陰で、無事に家に帰り着くことができまちた。」
「そりゃ良かった。しかし……。」
ウーリは、ヒメの頭と背中を確認するように見ると、少し首を傾げていた。
ああ、そうか。そういう事か。
私は、周りに聞こえないほどの小声で囁いた。
「この子が人じゃ無いのは知ってるんでしょ?」
一瞬驚いたように目を見開いた3人だったが、顔を見合わせフゥッと息を吐くと答えた。
「ああ。知ってるさ。最初に会ったときに、アレを見たからな。」
どうやら、初めて会ったときに羽とツノを見られてしまっているらしかった。
だから今も、どこまで話していいのか訊いて良いのか、探っていたんだろう。
本当にお人好しだ。
「じゃあ、私たちの今回の依頼の話をするわね。」
私は、どこをどう誤魔化しながら話すか、必死に頭を働かせながら、言葉を選んだのだった。
こういう役目は、本当に苦手なのになぁ。
ティーナちゃんは、隠し事も策略も苦手です。
いつもありがとうございます。