聖女さまとドラゴン幼女
しばらくして、商人が戻ってきた。
「あ、古竜のご両親はお帰りになられたのですね。」
「でちゅ。あたくちは、ティーナしゃん達としばらく一緒にいることにしたでちゅ。なんて言っても、せい……もごっ。」
「せい…生成能力に長けてますからね!ポーションには苦労しません。」
「確かにそうですね。皆さんは本当に優秀でいらっしゃる。本当に最近のポーション不足には困っておりまして。」
慌てて幼女を掴んだゼルがにこやかに誤魔化す。
暫くじたばたしていたヒメも、ゼルのアイコンタクトの後、大人しくなった。
商人も、たとえ気になることがあったとしても、深く追及するつもりはないのだろう。そのまま話を進める方向にシフトした。
「えーっと、ではこのまま一旦国へと引き返すことになります。ドラゴンから守っていただくという意味での護衛も果たしていただいたので、もちろん報酬の方も竜討伐プラス護衛代で合わせて支払わせていただきます。」
「ちなみに、古竜って町に連れて行っても平気なの?」
二本の角、小さな羽をもった古竜の娘を見ながら私は言う。人化後の姿は、魔族にそっくりだ。
「いえ、おそらく平気ではないと思うのですが……。」
商人は困ったように私とヒメを交互に見た。こんなのを連れて歩いたら、「魔族だ」、と大騒ぎになるだろう。その状態で、「違います、古竜です!」といっても、正直何の解決にもならない。
しかし、ヒメはきょとんとした顔で言う。
「ああ、しょういえば人間は角も羽根もないんでちゅね。変化の術」
ぽわんと淡い光に包まれたかと思うと、角と羽根が消えうせた。何それ便利。
「竜族は角と羽根を魔力の媒体にしている魔族とは違うのでちゅ。魔力を凝縮して体を作り変えて変身ちているのでしゅから、別にその辺の調節はできるでちゅ。」
「じゃぁ、その魔法を使って大人の姿にはなれないの?」
「それはできないでしゅ。精密に変身する都合上、身体の器官とかを対象の同等品に置き換えたりちてまちゅから。実年齢と同じになってちまうでちゅ。ホログラムで誤魔化しゅ事は出来まちゅが、魔力の扱いに多少心得のある人にはすぐにばれるレベルでしゅ。」
ん?でも、細かい調整ができないのに、翼と角があったりなかったりするってことは……。
「さっきまでは人間じゃなくて魔族に化けてたってこと?」
「そうでしゅよ?竜族はどちらかというと魔族寄りの地域で暮らしていましゅからね。あの形に変身するとつい魔族に変身してしまうでしゅ。」
うーん、竜族も結構雑な考え方で生きてるみたい。
まぁ、吐息一発でちょっとした村なら消滅させるほどの力を持っているのだから、人間相手に細かいことを考える必要もないのだろうけど。
「その姿なら大丈夫、だと思います。では、一度町へ帰りましょう。」
商人は苦笑すると、
二頭の馬を馬車につなぎなおし、屋根の吹っ飛んだ荷車の様子を確認した。上方向に魔力が炸裂したようで、下の部分は無事らしい。
一応人間を守る防護壁を張っていたので、そのおかげもあるのだろうが。
しかし、馬車にどっしりと積まれた古竜の角と鱗は、ものすごい存在感を放っている。屋根がないので丸見えだし。重さのせいもあり、馬車は比較的ゆっくり走っているので、私たちは、馬車の横を駆け足でついていく。
きらきらと輝く鱗はあのおっさんから剥いだとは思えないほど美しい。
「古竜の鱗か。私も一枚ほしかったなー。」
「わたくちのをあげたいところなのでしゅが、父竜のと比べると1/10くらいのサイズだから、価値は低いのでしゅ。」
ぼそりと呟くと、とてとてと必死に走っている(ように見える)ヒメが自分の首筋辺りに手をかけ、ぶちっと一枚の鱗を引きちぎった。20センチほどの丸くキラキラした鱗だ。
身体から離れると変化が解けるのか!?そんなもの今の身体には付いていなかったよな!?
「お礼にはならないかもちれまちぇんが、あげるでしゅ。」
「あ、ありがとう……。」
確かに、あの鱗と比べれば見劣りはするが、それでも十分美しい。
反対側が見えるほどに透き通っているのに、手では簡単に割ることができないほどに固い。同時に、軽い。
「呪いが解けたら、生え変わりのたびにあげるでしゅよ。」
「な、なんだって……!!」
「あんたじゃないでちゅ。ティーナちゃんにでちゅ。」
「は、ははは。ですよね。」
ものすごくがっかりしている商人。
生え変わりのたびに鱗をくれる古竜なんて、金の卵を産むガチョウや、金の成る木なんてレベルじゃない。一枚あれば金貨50枚だ。一年は遊んで暮らせる。
おそらくこの小さな鱗ですら、一枚で金貨2~5枚の価値はあるだろう。
私はありがたくそれをアイテムボックスに仕舞った。
しかし、あのおっさんと戦った時、もっと鱗を剥ぎまくっておけばよかったと激しく後悔する。一生金には困らないじゃないか。
あ、別に金に困ってないんだった。
「それはともかく、これからどうします?」
「うーん、帝国の偵察に行きたかったんだけど、ヒメとハンナはどうする?」
「私は、お父さんと約束したひと月が経ったわけじゃないし、それまでは一緒にいるの。」
「ちょうど帝国に行って戻ってくるくらいでひと月になるかな。ハンナの父親さんも、多分そのころに来るだろうし、ハンナはそれでいいか。」
「わたくちも、ティーナさんたちと一緒に行きましゅ。」
「王子様探しは後回しになるけど、良いのね?」
ヒメは一瞬虚空を見つめたが、力強く頷いた。
「この姿で成人男性に告白しても軽くあしらわれて終わりでしゅ。恋愛対象になれる気がしないでしゅ。」
「まぁ、それもそうよね。」
「ステキなレディになってから、あの人に会うのでしゅ!なので、王子様を探すのはまだいいでしゅ!」
そんなこんなで、私たちは街へと帰ってきた。
道すがらすれ違った商人達に、何度商談をされたことか。
それほどまでに古竜の素材というのは魅力的なのだろう。
「まだ、雇用主の確認が取れていないので」と、断ったが、ぜひうちと取引してくれと、名刺を押し付けて行った商人もいた。
そんな荷台を丸見えのまま引いて行くと、やはり街でも注目の的となった。
ただ、付き添いの商人と、壊れた馬車に辛うじて残ったマークから、ゼップルさんの所の、ボルマン商会だと分かり、人々は納得した。
あそこの商会なら、古竜の素材だろうと扱って当然だ、と。
因みに、行きよりも時間のかかった帰り道では、なんと素材目的の盗賊にも遭った。
前回のゴブリン事件以来、盗賊を見るとなんか複雑な気持ちになるのだが。
「ティーナさんの道を塞ごうなどと、片腹痛いでしゅ。」
といって、ヒメが一人で殲滅したので、なんか遭ったことすら忘れていた。
幼竜とはいえ、さすがは古竜。魔法の威力も半端ない。唯一、勇者や聖女無しで魔王の前に立てる種族ではある。
もちろん魔法だけではない。
挟み撃ちにするつもりだったのか、後から遅れてきた数人はヒメの体術によってボコボコにされていた。
全ての攻撃をヒラリとかわし、確実に急所を殴りつけていく。
その打撃も、また、正確かつ重いのだ。
まさかの見た目5歳児にボコボコに殴られても足も出なかった盗賊達は、うわ言のように「真面目に働こう」と言いながら涙を流していた。
トドメを刺しそうな勢いで暴れていたので、止めたけど。
そんなわけで、悠々と街にたどり着き、古竜の素材を積んだ馬車をゼップルさんの邸宅へと運び込んだ。
「色々有りまして、古竜討伐には至りませんでしたが、交渉の末に弁償として素材を頂いてきました。」
「あー……。意味がわからなさすぎるので、説明してもらえるかな?」
想像以上の収穫に、ゼップルさんは呆然としていた。
おそらく、名前も聞かないDランクの冒険者など当てにしていなかったのだろう。元々は、ラードルフさんに依頼しようと思っていたわけだし。
素材のカケラでもひろってくればラッキー程度の冒険者が、一生遊んで暮らせるレベルの素材を持って帰ってきたのだ。
驚かないわけがない。
「えーっとですね、まず、この子が古竜です。」
「は?」
「正確には、襲撃していた古竜の娘です。」
「……この子は、うちから出荷した奴隷では無いのか?」
ツノと羽が無くなっているのですぐにはわからなかったようだが、改めてヒメをマジマジと見ながら、ゼップルさんは首を傾げた。
「ええ、この子が家出した古竜の娘でして、その父親が連れ戻そうと馬車を襲っていたそうです。」
「なんて事だ……。」
「なので、母親の方から弁償として古竜素材をもらってきました。」
そりゃまぁ、頭抱えたくもなるよな。
自分は金を払って手に入れた奴隷なのに、その親が取り返しに来るとか、契約違反も良いとこだ。
「そ、そうか。まぁ、大体のところはわかった。これだけあれば金貨1000枚は堅い。弁償としては多すぎるくらいだ。」
そう言って、使用人に命じて倉庫の方へと運ばせた。
一般的な年収が金貨30〜50枚くらいだそうなので、金貨1000枚といえば、かなりのものである。
「因みに、ヒメはそちらの商品だったそうなのですが、納品等に差し支えはなかったのですか?」
「元々、戦える奴隷を二体という取引でな。戦えそうなのを三体連れて行って選んでもらうつもりだった。だから二体でも問題はない。」
「成る程。」
「それに、そんな問題だらけの古竜の娘など、売れるわけなかろう。」
そりゃ、定期的に古竜が取り返しに来る奴隷なんて誰もいらないよね。
「じゃぁ、私達が引き取っても大丈夫ですか?」
「本当は、売値とは言わないまでも、親から買い取った分の代金が欲しいところだがな。」
ゼップルさんは苦笑した。
ま、タダで貰うなんて言うのも虫のいい話かな。
「じゃあ、これと交換でどうです?」
私は、収納から売れない不良品を一本取り出した。
もちろん量販用の簡易瓶のやつだ。
「こ、これは、エリクサー!?」
後ろでゼルがため息をついているが気にしない。
「貰い物ですが、回復魔法が使えるので、そうそう必要にもなりませんゆえに。」
「本当にいいのか?金貨500枚相当だぞ?これではむしろ釣りを渡さねばならんレベルだな。ギルドの方に達成報告と報酬を渡しておくから、後日受け取ってくれ。」
こうして、私たちの古竜討伐任務は、きっちり達成分の代金を貰い、古竜の娘を仲間にして、終わる形となった。
さぁ、次は帝国の偵察だ!
いつもありがとうございます。