女神は魔王に恋をする
シルフィーヌ視点です。
両親は、貧困の末、事故で死んだ。
私は、親戚に引き取られたが、すぐに奴隷として売られた。
たまたま、回復魔法の素質があり、そのおかげで娼婦や性奴隷になる未来は免れたが、協会に引き取られ、わずかな食事と寝床の代わりに、一日中労働を強いられた。
魔力が尽きるまで、信者の治癒を行い、魔力が切れれば掃除などの雑務を行う。
それでも、飢えずに、凍えずに済むだけマシだと思って生きてきた。
ただ、私は幸せになることはできないのだと。そう言い聞かせて、眠る毎日だった。
そんなある日、救いの手を差し伸べてくれた人がいた。
この国の王子で、勇者。私に笑いかけるその姿は神々しくて、この暗闇から掬い上げてくれる唯一の存在だと思った。
「初めまして、シルフィーヌ。僕の名前はクラウス。君のその才能を、この国のために使ってくれないだろうか。」
私より若いとはいえ、とても素敵だった。身分が違うので、好意を抱くことすら失礼に当たるのはわかっていたが、それでも彼のことを思うと胸が熱くなった。
回復魔法の基礎を学びなおし、周りが驚くほどの速さで、最高位の神聖魔法まで習得した。
「良くやった、シルフィーヌ!これで魔王討伐の旅に出ることができる!」
私は、誇らしかった。私の力があれば、あの悪の化身とも言える魔王を、倒せるかもしれない事に。
暖かい布団と、十分な食事。そして教育。そして何より大切な人の役に立てる喜び。
この命を賭しても、彼らを守ってみせると、誓った。
魔王討伐は、あまり上手く進んでいなかった。多大な犠牲を払っているにもかかわらず、魔族は殆ど倒せていない。向こうは防衛戦なこともあり、危なくなればさっさと逃げていた。
力を持つ魔族が、持たない者たちを守り、逃す。決して深追いはして来ず、こちらを無闇矢鱈に殺しはしないものの、流石に反撃はしてくる。
その結果、基礎能力の差で、アッサリとこちら側が不利な状況になっていた。
「お前らは命がけで囮になれ!俺が魔王の首を取ってくる!」
勇者様は、将軍たちに命令を下すと、そのまま城へと飛び込んだ。
私を含む魔王討伐メンバーは、慌てて追いかける。
城の中は、あまり敵がいなかった。
どうやら、城の護りよりも、周囲の町や住民たちの護りに力を注いだのだろう。
互いに足を引っ張り合い、囮にし、犠牲を増やす王国軍に対し、守り合い助け合う魔王軍を見て、何か引っかかった。
こんな戦い方をする魔族は、本当に悪の化身なのだろうか?
色々な考えが浮かぶが、とにかく今は、目の前の敵を倒さないといけない。無駄な思考で、足を引っ張るわけにはいけなかった。
「よく来たな、勇者。だが、ワシはなるべく戦いたくは無い。話し合いで何とかならんかのぅ?」
堂々と立ちふさがる魔王は、いきなり話し合いを要求して来た。
「貴様ら魔族がここから去り、全員が死に絶えると言うなら戦わずに済ませてやる。貴様らの存在は、悪そのものだ。」
それを、一笑に付して勇者は魔王に斬りかかった。
「なぜ、おまえたちは、いつもそうなのだろうか。」
魔王は、ため息をついて勇者と戦い始めながらも、まだ話しかける。
「人の勇者よ、ワシは人と争うつもりは無い。早々に兵を引き上げて去るが良い。」
だが、見下されたと思った勇者は、激昂する。
魔術師や弓職、戦士に指示を出して、全力で魔王に攻撃を加えた。
聖剣以外で与えた傷は、よほどの致命傷でない限りすぐに治ってしまうので、とにかく全員で隙を作り、勇者が剣を振るう。
「くそ、やはり寄せ集めではこの程度が限界なのか……!」
苦々しげに吐き捨てる勇者。
魔王は、強かった。傷を与えてもすぐ再生し、向こうが少し手を振ればこちらは吹っ飛ぶ。勇者の与える傷も、微々たるもので、気がつけばメンバーはすでに満身創痍であった。
私は、慌てて全員に回復魔法をかける。
するとみんなは立ち上がり、挑むが、しばらくするとまた怪我だらけになり蹲るのだ。
なんどもそれを繰り返し、私の魔力も尽きようとして来た頃。
「ここは一旦立て直しましょう。」
魔王は、私をあまり狙わない。無抵抗の者に手をかけることを避けているようにも思う。
なので有れば、私を盾にして逃げる事もできるはず。
あえて魔王と勇者の間に立ち、進言した。
前なら、下手に声をかけて、振り返り、隙を作らせてしまう事もないだろう。
そんなことを考えていると、突然ドンと衝撃が走り、続いて体に熱が駆け抜けた。
「え……?」
自分の体を見ると、大きく切り裂かれ、燃えていた。これは、炎の聖剣……?
勇者を見て、魔王を見て、勇者を見て。
ああ、私はお役に立てたのですね。魔王に、ダメージを与えることが出来たのですね。
誇らしい気持ちで、もう一度魔王を見た後、一瞬意識が遠のいた。
だが、まだ戦いは劣勢のようだ。
「貴様、我々の領土を犯すだけでは飽き足らず、味方にまで手をかけるとは、その愚鈍さ、目に余る!人の怨みを買う事を忌避したが故に、このような愚か者がのさばるので有れば、ワシは貴様らを逃すわけにはいかぬ!」
あら、魔王が怒っているわ。可笑しなの。
いいのよ、私は、勇者様のお役に立てたんだもの。
「シルフィーヌ!皆を癒せ!撤退するぞ!」
ごめんなさい勇者様、もう魔力が残っていないわ。立ち上がる事もできないの。
どうか、私のことは構いません。無事に逃げてください。
そう思った瞬間、魔王が呪文を唱えたのがわかった。
だめ、転移が間に合わない。
「逃すか!破砕氷結弾」
必死で魔王に手を伸ばし、残った魔力を全て使って魔法を相殺した。
「魔術式起動!転移!」
間に合った。
良かった。私は二度も役に立つことが出来たのね。
とても、誇らしかった。魔王と目があうと、なぜか魔王は、とても悲しそうな顔をしていた。
「なんと、愚かな……」
私のこと?
大切な人を命がけで守ることのどこが愚かなのよ。
とても誇らしいことじゃない。
そう言いたかったが、もう声を出す力も残っていない。
ここで死ぬのね、と目を閉じると、なぜか抱き上げられた。
「娘よ、辛いだろうが死ぬで無いぞ。ワシよりは、少しマシな治癒をできる者がいるのでな。」
何と、魔王は私を治療しようとしているのだ。
そういえば、いろいろ考えることができる程度に、痛みがわずかに和らいでいる。
魔王がヒールしてるの?そんな馬鹿な。
何で私を助けるのか。
魔王って何なんだろう。
そんなことを思いながら、意識は途切れた。
◆◆◆
気がついた時には、私の傷に心配そうに手を置く少年がいた。少年といっても、私より少し下な程度だが。
魔族特有のツノがあるとはいえ、優しそうなイケメンである。
「……あなたが、助けてくれたの?」
起き上がろうとすると、体に激痛が走る。
そうだ、私は、勇者の盾になって、そして……
「……大丈夫、かのぅ?」
「……きゃぁああああ!!!」
少年の後ろからょっこり顔を出したのは、血こそ出てないものの、ザックリと肩口を切り裂かれた状態の魔王だった。
私は、びっくりして失神し、数日後、自分で傷を治して、やっと落ち着くことが出来た。
今では、誰より大事な魔王様。
「ままー、とーたん、また動かなくなったー」
キラキラとした光をまといながら駆け寄ってくる娘。
「だから、キラキラのまま抱きついたらダメって言ったでしょ。」
「ごめんなさい……」
なぜ魔王の子供が聖女なのかは分からないけれど、あの人の子供なら、とっても優しい子が生まれるのは間違いなかった。
私のために怒り、涙し、人との共存を望む魔王。
「あなた、しっかりして。」
「……はっ。今、天使が迎えに来たぞ。ああ、マイエンジェルに抱きしめられたからかのぅ。さすがワシのスイートエンジェルじゃ。」
「もう、あなたは本当にティーナに甘いんだから。毎日気絶してばっかりだし。これじゃあ、もう1人欲しいなんていえないじゃない。」
「え、その、だって、子ども産まれたら、また、お前が大変なことに……」
「大丈夫、だって私たちには、聖なる天使がついてるんだから。」
そう言って夫の頬に口をつけると、再び気を失って倒れてしまった。
「まま……?」
「あははっ、キラキラじゃなくてもダメみたいね。」
優しい夫と、可愛い娘と、親切な魔族に囲まれて、夢のように、幸せなのです。
この辺りで前置きが終わりまして、やっと、主人公が動き始めます。
面白かった!と思っていただけましたら、
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