魔王は恋をする
魔王とシルフィーヌのなれそめの一部です。
昔は、魔物も人間も仲良く暮らしていた。
世界を大まかに半分に分け、お互い、付かず離れずの距離を保っていたのだ。
もちろん、境界に近い町では人と魔族が同じ町に隔たりなく住んでいたことも珍しくは無かった。
サキュバスやドラキュラなどの特殊な魔族以外、人を襲うことも無いし、彼らも相手を殺すような事はしない。少し惑わせて精気や血を分けてもらうだけだ。
魔物はその辺にたくさんいるが、彼らは魔族とは少し違う。この世界の魔力を吸って生まれた生物であり、生きるために人を襲う事はあるものの、それを魔族が指示しているわけではない。
そんな事、誰でも知っているはずだ。人間も知らないわけはない。
なのに何故、近年急に魔族を敵視する風潮ができたのか。
わしの祖父が魔王になった頃から、勇者と名乗る人間達が攻めてくるようになった。
魔族は当然のように追われた。殺されたものも数多くいる。
魔族と付き合いのある人々は迫害され、魔族の血を引くものは奴隷にされるか殺された。
何度か話し合いの場を持とうとしたものの、それは叶っていない。一方的に嫌われている形で、正直何がどうなっているのかよくわからない。
祖父は、先代の聖女と勇者が来た時に、ほぼ相打ち状態で退けた。
父の時代は聖女が居なかったため、何度か勇者の襲撃はあったものの、部下が数名犠牲になる程度で済んでいた。
まぁ、父の頃には、他にも色々あったが。
そして私が継いだ後も、度々人の軍勢と勇者が攻めてきた。
父たちよりもさらに争いが嫌いな私は、なるべく穏便にすませようとしているが、手を抜くとどうしても部下に犠牲が出る。
話し合いをしようとしても、全く聞く耳を持たない。
数年前もそうだった。
こちらにたいして犠牲も出ていないし、向こうの犠牲が増えてることもあって、勇者に撤退を促したのだが、稀に見る愚かな勇者だった。
若さもあったのだろうが、まさか、味方を盾にしてワシに攻撃してくるとは思わなかった。
聖剣の攻撃は、魔王には毒である。
傷の治りが遅く、魔力もかなり奪われる。しかし、そんなことはどうでも良かった。肩口を切り裂かれたくらい大したことはない。
イタチの最後っ屁がこの程度であるなら、ワシを倒すことなどできはしない。
しかし、心配なのはこの僧侶の娘だ。勇者を止める際に、ワシに背を向けた。自分に気が向いて不意打ちを受けさせないためだ。
そして、勇者に切り裂かれた後も、怨みや憎しみが全く感じられない。
勇者を見て、ワシを見て、自分が役に立ったのだと言わんばかりに、微笑んで目を閉じたのだ。
なんということだ。
自分をここまで慕っているものに対してこの仕打ち。
「貴様、我々の領土を犯すだけでは飽き足らず、味方にまで手をかけるとは、その愚鈍さ、目に余る!人の怨みを買う事を忌避したが故に、このような愚か者がのさばるので有れば、ワシは貴様らを逃すわけにはいかぬ!」
殺してしまえば、また憎しみを買う。それを恐れて人の勇者を殺すつもりはなかったが、こいつはダメだ。生かして返していいやつではない。
心を決めて、勇者を睨み付けると、勇者は撤退を決めた。
「勇者様、シルフィーヌを!」
魔術師が僧侶の少女を連れ帰るように言うが、
「良い!もう助からん!捨て置け!」
勇者は、手を貸すつもりもないらしい。
いいように使い、邪魔になれば捨てるのか。
こんな奴が勇者だと?こんな奴が、魔族を悪だと言い放っているのか?
情けなくなってきた。
こんな奴らのせいで、祖父は死に、父も母も死に、魔族たちは死に、この娘まで死のうとしているのか。
そんなことが許されていいわけはない。
こいつは、ここで殺しておかないと、ロクなことにはならない。
「逃すか!破砕氷結弾!」
が、放ったはずの魔法は消えた。
足元に目を向けると、僧侶の少女が、震える手でワシの足をつかんでいたのだ。
直接魔力を流すことで、強制的にワシの魔法を相殺したらしい。
ここまでされて、見捨てられて、それでも勇者を庇うと言うのか。
「魔術式起動!転移!」
勇者たちが逃げたのを確認すると、少女はそのまま気を失った。
「なんと、愚かな……」
この様な、素晴らしい心を持つものが死に、醜い心を持つ者が生き延びるのか。
血にまみれた少女を抱き上げ、呟く。
綺麗な顔の半分は、炎で焼かれて黒ずみ、切り裂かれた傷は深い。
炎の聖剣だけあって、切り口が焼かれてるお陰か、傷の割に出血は少ないものの、それでも助かる見込みがほとんどないと言える傷だ。
さっきからヒールをかけているが、痛みをほんの少し和らげるのがやっとである。
なぜ、助けようと思ったのかわからない。
しかし、ゴミ屑の様に棄てられた娘が宿していた目の光は、とても強いものだったから。
思えばこの時、既に彼女の目に心を奪われてしまっていたのだろう。
もう一度、あの目を見たかった。
そのまま、医務室へと運ぶ。
「娘よ、辛いだろうが死ぬで無いぞ。ワシよりは、少しマシな治癒をできる者がいるのでな。」
声が聞こえているかはわからないが、魔王に怯えられても治療がしづらいので、定期的に声をかけていた。
この娘はかなり高位の神聖魔法を使っていた。自分で自分を治癒できれば早いのだろうが、既に魔力を使い果たし、本人も瀕死である。
なんとか持ち直させないことには……。
「ロベルト!!人の子の治療はできるか!?」
「人ですか?基本的には同じなので大丈夫だとは思いますが……うーん、しかしこれは流石に、見込みが薄いですね。」
「そこをなんとか……」
「まぁ、魔王様のご希望とあれば、最善を尽くします。」
「よろしく頼む。」
ロベルトは神聖魔法とまでは行かないが、大抵の傷や怪我を治す上位の回復魔法を使える。
とはいえ、魔物は回復魔法との相性が悪い上に、好んで使う者が少なく、見よう見まねの回復魔法なので、ここまで重い傷には、なかなか効果が現れなかった。
「魔力が不足していますし、血も足りていません。私の魔法では、これが精一杯です。」
効果は薄いとはいえ、最低限の治療にはなっている様だ。
それでも、辛うじて生きてはいるものの、危険な状態は続いていた。
ロベルトは、休まず魔法をかけ続ける。
他の回復担当の魔族は、今回の防衛戦で傷ついた魔物の治療にかかっており、正直一番優秀なロベルトをここに縛り付けておくのも申し訳ない。
「何か、何かワシにできることはないかの?」
「うーん、とは言いましても、魔王様のヒールは痛み止め程度ですし、魔力を分け与えれば多少は良くなるかもしれませんが、魔王様の魔力を直接与えると、人間には強すぎて毒になります。」
ワシ、役立たずじゃのう。
「あと、魔王様がこの少女ばかりを気にしておられる様なので言いにくかったのですが、魔王様自身も傷を負っていらっしゃいます。許していただけるのなら、そちらの治療も……」
「ワシはいい。手が空いていたのがお前だけと言うことは、ワシの治療のためにわざわざ手をあけて待っていたと言うことであろう。ワシの治療を始めれば、この娘を治療する者がいなくなり、死んでしまう。」
「ですが……」
「どうせ、聖剣での傷は神聖魔法でもかけない限りすぐには治らん。時間をかけてじっくり治るのを待つだけだ。」
治療を続けるつつ、ロベルトと話し込んでいると、横に少年が現れた。
「あの、魔王様……」
「こら、ゼル!ここは勝手に入ってはならないと言っておいただろう!」
15歳くらいであろうか。ロベルトに似た優しそうな顔の少年である。
「あの、そうなんだけど、魔力を与えるとか聞こえたから、その、僕も手伝えるかと思って……。」
「お前、そんなことができるのか?」
「前に、死にかけた魔鳥の雛に魔力流してみたら、治ったことあるんだ。」
おずおずと、少し怯えながら言う。魔力を与えるのは、相手に合わせて体内で魔力を変換する能力があると言うこと。この少年は、どうやら魔力を扱う才能があるらしい。
「しかし、お前程度の魔力を与えたところで、全然足りんぞ」
「あ、それなら、ワシの魔力をゼルに与えて、それを彼女に与えるとかできんかの?」
「ふーむ。まぁ、失敗したところでダメージを受ける可能性があるのはゼルだけですし、試してみますか。」
自分の息子がダメージを受けることをさもどうでもいいかの様に言ったロベルトは、回復魔法を中断し、ゼルの手を少女の傷の上に乗せる。
「このまま、なるべく弱く、相手の魔力に同調しながら流し込むんだ。」
ロベルトの指示通り、ゆっくりとゼルは魔力を流し込み始める。少女の途切れ途切れの息が、ほんの少し落ち着きを見せる。が、すぐにゼルが顔をしかめ始めた。
「魔王様。ゼルの肩に手を置き、ゆっくりと魔力を与えてください。やりすぎるとゼルが破裂してしまうので、手加減をお願いします。」
「破裂って……」
ゼルは一瞬ビクッとしたが、すぐに気を取り直して言った。
「魔王様。僕は大丈夫です。魔力を流してください。」
「うむ、わかった」
ワシは、なるべくゆっくり、慎重に魔力をゼルの小さな体に送った。その魔力は、ゼルを通して変換され、少女へと流れていく。
すると、少女は苦しそうながらも、徐々に顔に生気が戻り始めた。
傷も、ほんの少しだけ、良くなってきている。
このままいけば、と思ったが、そこでゼルはガクリと膝をついた。
「魔王様、今日はこれが限界のようです。峠は超えましたので、後は後日、少しずつ魔力を与え、自己治癒を促し、自分自身で回復できるようになるところまで持っていきましょう。」
「ああ、わかった。ロベルト、ゼルもありがとう。本当に助かった。」
こうして、数日間ゼルとともに魔力を流すことで回復を促し、容体の落ち着いた少女は、自分で自分を治した。
最初は少女に怯えられたりもしたが、いろいろあって彼女はワシの妻となった。
本当に、助かってくれて良かった。
ワシの幸運の女神は、こうしてワシのもとに舞い降りたのだった。
◆◆◆
「私は、魔王様に怯えたのではなく、魔王様の傷に驚いたのですけどね。自分の手当てをしている相手が、自分よりひどい傷を負っているなんて思いませんから。」
「そうじゃったの?ワシ、怯えられてると思ってショックじゃったのに。」
そうして、今も、横に寄り添っている。
長くなってしまったので、後半の詳しい部分は、シルフィーヌ側の回想として後日書こうかと思います。
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