聖女と弟勇者
エミールくんは、母様のアップルパイが大好きです。
「せめて、時間をね?時間を考えて召喚してくれれば、おやつを持った魔王や王子が召喚されることはないんだけど。一応、イメージも重要なんだよ?」
やれやれ、と言った様子のエミールは、食べかけのアップルパイをパクリと口に放り込む。
「時間とかあんまり気にしてなかった……。というか、イメージ商売なの?むしろもう、魔王って時点で人間の中での評価は最低レベルな気がするんだけど。」
「ま、その辺はご愛嬌だね。」
「エミール様。ご無沙汰しております。」
「やぁ、ゼル。この間父さんが呼び出されたかと思ったら、すぐに僕だなんて。もうバレちゃった?」
「あー、バレたっていうかね、バラしたというかね?」
「そこの人間たち?」
「そうそう、紹介するね。あれ?」
軽く話しをしてから、王たちを振り返ると、3人とも恐怖で失神していた。
あ、そうか。外との結界は張ったけど、中にいる3人は、エミールの魔力を超至近距離で浴びることになる。勇者でもない限り、そうそう耐えれないか。
「どうする?起こしても、多分また気絶するよ?」
「どれだけ弱いんだよ!人間!」
「まさか、これ程までに人間が貧弱だとは。」
私とゼルは、頭を抱える。エミールに会わせて、説明して、と考えていたけれど、まさか近くに立つだけで気絶するなんて。この様子だと、私が羽を出すのもやめたほうが良さそう。
地獄絵図になりそうだし。
「とりあえずエミール、羽隠して。」
「仕方ないなぁ。背中がムズムズするから好きじゃないんだけど。」
「あっちの料理食べていいから。あと、あそこの剣も遊んでいいよ。」
嫌そうに口を尖らせる弟に、私は、待ってましたとばかりに料理と剣を見せる。
「おおっ!いいねいいね!さすが姉さん、わかってるじゃん!」
瞬間で、背中の羽を収納し、魔力は一割程度まで減少した。これでもまだ禍々しいけど、流石に気絶はしないだろう。多分。
そのまま料理の方に駆け出そうとするエミールの腕を掴む。
「じゃ、この人たち起こすから、少し話に付き合ってね。」
「えー……。」
不満そうだが、渋々、立ち止まる。おそらく力では私よりも上なのだが、エミールは私以上に家族思いだ。兄弟喧嘩も殆どした事がない。
よほどのことがない限り、家族に対して危害を加えることもなく、素直だ。
「分かったよ。早くしてね。」
名残惜しそうに料理を見つめる。
エミールの我慢が効く間に、さっさと済ませよう。
私は、ゆっくりと息を吐きながら、集中する。瞬間的にキラキラを纏い、そのキラキラを3人に向かって放つ。失神という状態異常を治癒した形だ。
これは、簡単な効果のようだが、精神的なもので、神聖魔法でもそう簡単にはできない。
「んん?なんだ?……はっ!」
「あああ!!魔族!魔族が!」
「ひゃあついかあわたえあっ!?」
王と大臣は魔族を指差しながら怯え、騎士団長に至っては、かなりパニックを起こしている。言葉になってない。
「落ち着いて。何もしないから。話にならないでしょ?」
呆れ顔のエミール。
「で、でも、魔王の召喚式で、魔王が出てきて!」
「僕は、魔王の息子だよ。魔王じゃないよ。」
「ひいいい!!魔王の息子!何故!」
「いや、何故って、呼ばれたから……」
だめだ。なんかよくわからん感じになってしまった。見たほうが早いと思って説明を省略したけど、百聞をしてから一見をさせないといけないパターンもあるんだなぁ。
まぁ、そうか。
大きくて黒くてすごい爪の動物見たよー、とか説明するのを省いて、こんなのいた、と大型のクマとか連れてきたらパニック起きるもんな。
そこまで考えがいたら無かった。えへっ。
「皆さん、落ち着いてください。彼に敵意はありません。そもそも魔族云々と言うなら、私たちはみんなそうです。」
「た、たしかに……。」
私の言葉に、何とか、王は持ち直した。ものすごい汗かいてるけど。
落ち着くのを待ってようかとも思ったけど、相当時間がかかりそうなので、無理やり話を進めることにした。
「まず、これが勇者です。」
「どーも、一応勇者の力をもって生まれたエミールです。」
「は!?」
全く頭がついていかない王が、素っ頓狂な声を上げた。
「そんなバカな!魔族が勇者だと!?勇者は、人間からしか生まれないはずだ!そんな例はない!」
同時に、パニックが突き抜けたらしい大臣が、叫ぶように声を荒らげる。
「そうなの?まぁ、母様は人間だし、そのせいかな?」
「どうなんだろうね。でもさー、母様って勇者の仲間だったんでしょ?普通に考えれば、魔族と結婚なんてするわけないもんねぇ。」
私達も、理由云々と言われて仕舞えば、全くわからない。
「今まで、何万年も魔族の中に勇者が生まれたことなどない。流石に疑いたいところなのだが。」
「じゃあ……これでいい?」
エミールは、剣を抜くとゆっくりと魔力を込めた。
剣から金色の光が迸り、エミールからは白く淡い光が溢れる。
剣を握るその手の甲には、特殊な文様が浮かび上がった。
「ここここここここ、こっ!」
それを見た騎士団長がニワトリになった。いや、変身したわけじゃないけどさ。多分、これはっ!とか言いたいんだろうが、まともに言葉になっていない。
「確かに、勇者の紋章だ。その光も、勇者の魔力に間違い無い。そしてその剣は聖剣だな。これだけ揃っていれば、疑うよりは信じたほうが早そうだ。」
王は、荒い息をしながらも、徐々に冷静さを取り戻していった。本能的な恐怖で混乱したが、一度落ち着けば、魔力を抑えたエミールに対峙することは可能らしい。
「ん?プレッシャーが和らぎました。」
ニワトリ状態だった団長が、突然立ち上がってキョロキョロした。
「確かに。勇者の魔力と魔王の魔力が相殺されている?」
「いや、相殺されれば弱化するはずだが、むしろ強くなった。これは魔王の魔力が勇者の魔力に変換されている感じがする。」
「よく分かったね。」
エミールが、面白そうに答えた。さっきまでは、全く興味がない相手だったが、魔力の流れなども分かるとなると、一つ評価を上げたのだろう。
「僕はねー、姉さん達と違って、魔力を勇者の魔力に変換できるから、禍々しさを隠せるのだ!」
えっへん、と効果音が出そうなほど自信満々にふんぞり返った。
「しかし、今の話を聞く限りでは、この勇者殿は魔王の息子だと。そして、あなたの弟なのですね?つまりは、あなたは魔王の娘ということですか。」
「そうよ。」
大臣の言葉に、私は頷く。エミールは、もう良い?と言わんばかりに私と料理を交互に見ていた。
「良いわよ、あとは説明しておくから、あなたはご馳走になってらっしゃい。万が一毒とか入ってても、あんたなら平気でしょ?」
「毒なんかで死ぬような魔王がいるわけないでしょー♪」
そのまま駆け出し、お皿を持ってニコニコ。魔族領では見かけない料理に、目を輝かせている。
「すみません、お恥ずかしながらまだ10歳なもんで、子供なんです。」
「いえ、無理を言って来てもらったのですから、このくらい当然です。」
「ハンナ殿もよろしければどうぞ。」
思った以上に無邪気なエミールを見て、更に王達は緊張を緩めていた。料理をガン見していたハンナは、大臣に促され、一瞬恥ずかしそうに下を向いたが、気を取り直してそそくさと料理に向かった。
「冷めたらもったいないの。」
7歳と10歳の子供が、嬉しそうに料理を頬張る姿は、確かに可愛い。
ハンナも、かなり無表情な方ではあるが、ケーキの山を見て口の端が緩んでいる。
「なるほど、あの羽とツノを見れば、魔族が勇者を誘拐したという話は全くの事実無根だということが分かりますな。」
「ああ。あの姿と、あれほど禍々しい魔力を持つ人間などいない。」
「疑いが確信にかわっただけだがな。全ては帝国が仕込んでいるのは間違いない。」
大臣達は、どこか悟ったような呆然とした様子でエミールを見つめていた。
言いくるめて利用できるような勇者ではないことに、がっかりしつつも、他国に奪われるようなこともないという安心感もあるのだろう。
「魔族が攫ったという話を聞いたときは、なくは無いと思ったのです。」
大臣はいう。
「一番若い勇者は、次が生まれる前に死ぬと違う場所でまた生まれます。まぁ、かなりの力と加護を持っていますから、そう簡単には死にませんし、強運を持つ母の元にしか生まれないので、この何万年という歴史の中でも片手で数えられるくらいの例しかないようですが。それでも殺してよそで生まれるくらいなら、赤子の頃に攫って魔族として育てれば脅威が減る、という考えになることもあるのかなと。」
「いや、そんな簡単に人間の勇者の赤子とか攫えないし。見つけるだけで命がけだし。」
「なので、魔王領にいると言う魔族の血をわずかに引くもの達の集落に生まれたのではないかと言うのが、最初の見解でした。」
ふむ、それなら、そこから魔王が回収することもありえるのかな?
「しかしながら、魔族の血を引く家系に生まれることもかなり希でして、実際そう言う話は、聞いたことがありませんでした。」
「たが、まさか、魔王の息子がな。これでは、勇者が魔王を討つ方に協力するわけが無い。」
「勇者の因子は聖母に宿ると聞いたが、人間を娶る魔王か。」
もう、どうにでもなーれ、と言わんばかりの王達の様子に、私も苦笑する。
「母様は、30代の勇者率いる魔王討伐メンバーでしたからね。あんなことがなければ、普通に帝国で人間と子供を作っていたでしょうしね。」
「……あんなこと?」
「帝国の勇者に、盾がわりにされて、魔王と一緒にザックリ切られちゃいました。」
「……。」
大臣達は頭を抱える。おそらく、そんな話はどこにも伝わっていない。しかしながら、状況を鑑みて、事実だと判断したのだろう。あの勇者なら、やりかねない。
「勇者の件は分かった。どう考えても魔族との戦いに投入できる人物では無い。」
「それで、その。聖女の件なのだが。」
王は、言いづらそうにエミールを目で追いながら問いかけてきた。エミールは、食べることに満足したのか、剣を手に取り嬉しそうに刀身を観察している。剣フェチめ。
「今、エミール殿は間違いなく聖剣を持っていた。あの形の聖剣は、記録には無い。歴代の勇者が持っていたと言う記録もない。それに、聖女の魔力を纏った聖剣は付与した聖女が死ぬと500年ほどで消えると聞く。そして、古い聖女の剣とは思えないほどに強い魔力を感じた。あれは、どうやって手に入れたものなのだ?どう見ても、今代の聖女の剣だろう。」
私は、どこまで話すかをいまだに悩んでいた。捕らえられて利用される可能性も含めて。
ま、エミールの眼の前で、私を捉えるなんて不可能なんだけどね。
そんなわけで、私は懐から一つのポーションを取り出した。
「こ、これは……?」
液体の中に、キラキラとした金のような、不思議な光が混ざる薬。そんなもの、この世に一つしかない。
「万能の霊薬……?」
「やはり!聖女さまも魔族領にいらっしゃるのか!?」
全力で食いつく大臣と騎士団長。
王はと言うと、私とポーションを交互に見たのち、大きくため息をついた。
「そうか。そなたか。」
私が小さく頷くと、完全に意味のわかっていない大臣と騎士団長に説明するかのように、ゆっくりと言った。
「魔王の娘であるそなたが、伝説の聖女なのだな?」
大きく目を見開き硬直する大臣。白目を向いて二度目の失神をする騎士団長。
2人を眼の端に捉えながら、わたしは大きく頷いて言った。
「そう。私が聖女の力を持つ者です。人間の王よ、私と協力して、お互い家族を守りませんか?」
王は、考えを巡らせるように数秒目を閉じると、私を正面から見据えて言った。
「願っても無い申し出だ。我らは、魔族と共に、聖女さまに従おう。お前達も、それでいいな?」
「……はい。」
パクパクと口を動かしていた大臣は、必死にそれだけを絞り出すと、騎士団長と同じく失神してしまったのだった。
うーん、なんか前途多難な気がしてきた。
今更だけど、失神属性の人多すぎ……!
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