聖女さまは相談する
ゼルは錯策士にはなれないようです。
とりあえず私たちは、今日の依頼受注は諦めて一旦宿屋に戻った。
「ところで、ハンナ、良かったの?」
「何がなの?」
不思議そうな顔でこちらを見るハンナ。可愛いなぁ。
「この国の人間じゃない、って。ラードルフさんはこの国に住んでる事になってるだろうし、あなたもそうなんじゃないの?」
「私は、産後の肥立が悪い母親と一緒に、別の国に引っ越した扱いなの。お父さんは、確かにこの国の人扱いだけど、そこまで詳しく話したわけじゃないの。そもそも、連れていかれかけたのはゼルさんだけなの。」
「ああ、まぁ、そうか。」
私たちはこの国の人ではないと言っただけで、親たちのことに関しては何も言ってないものね。
「しかし、人間というのは、恩を仇で返す生き物なのですね。正直仲良くする価値を感じません。このままだと、殺されてしまうかもしれませんし、やっぱり帰りましょう。」
おや、ゼルさんはご立腹のご様子。
「でもさ、なんでバレたのかな?ギルドも、このあいだの冒険者たちも、盗賊たちも、そう簡単に言うとは思えないんだけど。」
冒険者たちは、俺のことを下位の回復魔法が使える人、として扱ってくれてるし、ギルドもそう。あの時の医者にも、金持ちの冒険者から、上位の回復役を貰ったと言って有るから、バレてはいないはず。
盗賊もは、軽く口合わせしたけど、餌を与えて飼いならしたゴブリンが暴走したことにした。
あの怯え方からして、そうそう話さないだろうし、そんなに追求する事でもない。
じゃあ、何処からなのか。
「恐らく、商人からかと思います。口止めはしましたが、羽より軽い口のようですね。」
「商人?」
私たちは、この数日の旅において、商人になど会っていない。
「ええ、盗賊に襲われていた商人です。」
「ああ!あの時の血まみれの荷車の?」
私たちが魔族と揉めていた時、盗賊たちが引いてきた血だらけの荷車。あれの持ち主か!
「荷車の中に血の付いた人形や、子供用のドレスがありまして、もしかしたら怪我をした子供がいるかもしれないと。」
ああ。そんなこと考えていたのか。
ほんと、ゼルは根っからの回復術師だな。私なんて、そこまで気にしなかったよ、まったく。
「念のため血の匂い辿り見に行ったところ、数人の生き残りがいたため、怖かったんですが一応全員回復させておいたんですよ。勿論、口止めはしましたけど。子供がまずい状態だったので、神聖魔法を使ったのが良くなかったですね。」
やれやれ、とため息をつく。
相変わらず、子供に優しい。ゼルもロベルトも、実は戦場で死にかけた少年兵なんかをこっそり回復させて魔王領の端にある、人間の集落に逃がすなんて事をしていた事もあるらしいし。
「子供は、いくら口止めをしても、口が軽かったりしますからね。やはり情けなどかけるべきではなかったのか。」
口元に手を当て、少し考えたそぶりをしたあと、ため息をついた。
「殺しに行きますか?それとも帰りますか?」
「極端な二択ね。」
「ハンナは、楽しい旅が終わるのは嫌だけど、ゼルさんが危ないのは困るの。一旦何処かへ逃げるか、帰るのも仕方ないの。」
うーん。ゼルのした事を責めたくはない。魔族だろうが人間だろうが、被害者の子供を見殺しになんてしたくない。出来れば助けたい。
「子供がいるかも、と、気づいてしまったら放置はできなかったのよね。仕方ないわ。」
「申し訳ありません。」
「因みに、だけど。傭兵が来た時、あんたにしては落ち着いていたわね。」
その瞬間、ゼルの目が泳ぐ。そうだろうね。わざとだろうね。
「あの、その。」
魔族が出てきたり、回復魔法を使わないといけなくなったり。なんか不穏な空気があったんだろうな。このヘタレはそろそろ帰りたくなったんだろう。だから、人間を試すような事をしたんだ。
秘密を守れるのか、恩人を売るような真似をしないか、と。
「で、あっさり売られたわけだ。」
「まぁ、分かりませんけどね。子供が口を滑らせたのか、護衛が金欲しさに言ったのか。」
今、王都では聖女と回復術師には懸賞金が掛かっている。聖女を見つければ、一生食うに困らないくらいの金が手に入る。もし、聖女が生まれた家が隠しているのであれば、一族死罪。逆に申告すれば数代遊んで暮らせるだけの褒美が与えられるそうだ。
同時に、神聖回復魔法の術師を見つけることができれば、報告者にはかなりの額が与えられるらしい。
「助けたのは何人なの。」
「子供1人と商人の若夫婦。護衛が1人です。」
「結構生きてたのね。」
盗賊は、あまり人を殺さない。抵抗されるよりは、降参させて荷物を奪う方が効率がいいからだ。しかし、あれだけ血まみれの荷車を引いていたのだから、魔族の後ろ盾に調子付いて、かなり無茶をしていたのだろう。
「死んでいたのは護衛の三人だけでしたね。全員足をやられていて、逃げられない感じになっていました。恐らく、ゴブリンの餌やりを兼ねていたのでしょう。」
なるほど。たとえそのシーンを他人に見られても、商人がゴブリンに襲われているように見えるわけだ。
「餌も与えられ、自分たちへの疑いも逸らすことができる、か。なかなか効率いいわね。」
「人間が一番、美味しいところを持って行ってますね。しかし、人間が人間を、ゴブリンの餌として扱うというのは、あまり気持ちのいいものではありません。」
珍しく怒りをあらわにするゼル。彼は基本的には臆病で、あんまり怒らないのだけど。もともと人間が好きではない事もあり、その嫌悪感が助長されているのだろう。
「お嬢様、人間とは仲良くできる気がしません。やはり帰りましょう。」
「もともと、そう簡単に行くとは思ってないわよ。こんなの想定の範囲内だわ。」
ゼルの弱気発言をきっぱりと跳ね返す。
「でも、そうね。なんだか納得いかない部分もあるし、一度この街を出ましょうか。冒険者なら野営してもおかしくないし。」
「えええ、帰らないんですか?」
「当たり前でしょ?本来の目的を何も果たせないままに、魔王領に帰るとか意味がわからないし。それよに何より、間違いなく尾行されるわ。下手には動けない。」
王国にとっては、喉から手が出るほどに欲しい回復術師である。そう簡単には逃さないだろう。
であれば、間違いなく、諦めて帰ったと見せかけて尾行しているだろう。人目につく場所だった事もあり、一旦は引き下がったとはいえ、人目につかない場所であれば、実力行使もあり得るだろう。
「でも、どうするんですか?人目につかない場所で襲われた場合は。」
「場合によっては、殺すわよ?」
「へぇなの。あんなに人間との和睦がどうのって言ってた割には、あっさりなの。」
ハンナが、面白そうに口元を持ち上げた。場合によっては嫌悪感を出されるかと思ったが、そんな事は無いらしい。これでも、ハンナは、さっきの強引な態度にイラついているのかもしれない。
「私は、可能ならば仲良くしたい、と思っているけれど、もともと守りたいのは家族であり魔族よ。あんなクズみたいな魔族はともかく、魔族や魔王領に住む亜人たちを守るのが私の王女として、そして聖女としての運命だと思っているの。」
人間は、魔族たちよりも弱い。なのに、卑怯な手を使い、私の親友を殺し、母様を傷つけ、父様を傷つけた。本来なら全てを殺したいくらいに憎いのだ。
とはいえ、殺してしまうのは違うと思う。人間の中にも色々いるだろうし、女子供を皆殺しなどと考えたことはない。
とりあえず本気で殺したいのは、王子だけだ。あいつはダメだ、と父様は言った。あの温厚な父様がダメというような男なのだから。
まぁ、あの勇者王子はここの国の王子ではない。まだ、この国を見限るわけにはいかない。
「だから、私の大事なものを奪うなら、絶対に許さない。」
「お嬢様らしいですね。私も大事なもの扱いしていだだけるとは、光栄です。」
ゼルが、柔らかな笑みを浮かべる。
「ゼルが私のお目付役である方が都合いいからね。チョロいし。」
「……ま、そういう理由ですよね。」
笑いが苦笑に変わるが、それでもやはり、笑っていた。私は、手の届く範囲の人の笑顔を守りたいのだ。そして私は魔族の王女。そして聖女。普通の人よりも、手の届く範囲が広い。
「よーし。次御誘いされたら、王様に会ってしまおう。どういう手段に出るのかわからないけど、場合によっては敵対する必要がないかもしれないし。」
「まぁ、そんな素直には帰れませんよね。」
「そもそも、あんたが仕組んだんでしょ?」
「い、いや、王様に会うとかそんな大ごとは勘弁ですよ。私はさっさと帰りたいです。人間も勇者王子も怖いですし。」
「ふーむ、勇者か。それも一つの手だね。」
私がニヤリと笑って、ポケットの中のお守りを取り出すと、ゼルは慌ててそれを取り上げて私のポケットにしまう。
「それはなるべくやめてください。彼は、あなたや魔王様とは違います。」
「何も違わないわよ。」
そんなこんなで、私たちは作戦をある程度練った後、宿を後にした。置いていた荷物も全て引き上げ、最悪は野宿も視野に入れて。
宿を出た途端に、待ち構えていた兵士。
そのうちの1人がゆっくりと前に出てきた。
「改めまして、回復術師のゼルさんですね。私、王国の騎士団団長トルベンと申します。先ほどは部下が大変失礼いたしました。」
さっきの乱暴な男たちとは違い、丁寧な対応の男性だ。うむ、これなら話を聞く気にもなるね。
「王が、あなた様方にお願いがあるとのことで、是非とも王宮までお越し頂きたいと思い、我々がこうして馳せ参じた次第です。」
「わかりました。先ほどの謝罪もいただけたことですし、他国とはいえ王からの招待とあれば、喜んで。」
そうして私たちは、王宮へと向かうのだった。
王様に会いに行こう。
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